ノット・アクターズ   作:ルシエド
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(あくた)
 意味:ごみ。くず。かす。転じて、つまらないもの。
 用例:塵芥(ちりあくた)のごとく扱われた


NOT 芥's

 手塚監督は名監督だと熱心に言うファンは、比較的少ない。

 だが商業的に見りゃ、手塚監督がもたらしてきた利益はめちゃくちゃに多い。

 金額換算なら、手塚監督は間違いなく上位層な有能監督だ。

 

 だけど、現代では「興行収入が多いからこの原作あり作品は成功! 監督は有能!」と言うと、あまり歓迎されないってことがたびたびある。

 むしろ、興行収入が結構行ってるのに酷評される映画や、興行収入が死んでるのに満場一致の絶賛の嵐みたいな映画もある。

 大衆に広く浅く受け、商業的に成功し、熱心なアンチを作る作品か。

 狭い範囲に強烈に受け、商業的に失敗し、十年語られる作品になるか。

 怖え話だ。

 どっちに進んでも、別々の苦しみがあったりする。

 

 手塚監督は売れる作品を作る。

 商業的に失敗しねえ怪物だ。

 渡された有名原作と、用意された有名俳優、売り出したいヘタクソ俳優を組み合わせ、それで映画を成功させる手腕は意味わからんレベルだぜ。

 

 だから、なんつーか。

 アキラ君とは触れ合わない平行線になる。

 ぶつかり合わねえ微妙な関係性になる。

 

 アキラ君が売れるより、認められたい男だからだ。

 今の人気沸騰してる自分を捨て、演技力の高い無名俳優になれるなら、そっちを選びそうな気がしないでもねえ。

 逆に"売り方が分かりやすい今のアキラ君"の商品価値を分かってる手塚監督は、そっちを選びたがるアキラ君とは目指す方向性がずれ込んでる。

 

 そんな監督が、カメラの前で演技をするアキラ君を見ていた。

 その横で、俺は仕事の待機をしている。

 

「頑張ってるね」

 

「アキラさんに何か思うところでもできましたか?」

 

「いや、若いなあと」

 

 若い?

 

「良い演技は認められると思ってる。

 良い作品は成功すると思ってる。

 でも、努力が必ず報われるとは思ってない。

 それは彼の人生経験が下地にあるんだろうね。

 だから、才能の絶対視が強まっていく。

 ああいう自信のない努力家の演技っていうのは、小手先すぎてよく分かる」

 

「……」

 

「僕らはいい演技してる作品を撮るのが仕事じゃないんだけどなあ。

 売れる作品を撮って、銀幕にまで届けるのが仕事なんだけど、分かってるのかな」

 

「アキラさんが分かってないはずないでしょう」

 

「だろうね」

 

「それに容姿、演技力、アクション技能など十分です。

 アキラさんは売れる作品を作れる人です。凡人では比べ物になりません」

 

「でも君は、百城千世子に対してそうするみたいに、熱心に絶賛することはない」

 

「―――」

 

 ……うるせえな。

 絶賛されなきゃ価値がねえってか?

 褒めるところがあって凡人とは比べ物にならねえ、十分だろ。

 

「『本物』になれないと自分の価値が認められない、そんな人を何人も見てきたよ」

 

「アキラさんの価値は……」

 

「価値がないって言ってるんじゃないよ。彼が自分の価値を認められないって話」

 

 ……分かってんだよ、んなことは、てめえに言われなくても。

 女性ファンは皆アキラ君にキャーキャー言ってる。

 子供達は皆アキラ君に夢中だ。

 俺とかファンはアキラ君の演技とかに悪口言われてたら、「うるせえ! 上手い下手とか脇に置いといて俺達はアキラ君が好きなんだよ!」って言ってやるだろうよ。

 

 だけど、アキラ君が憧れてる才能は、アキラ君の中にはねえ。

 そいつは欲しても手に入らねえ。

 だから無才でしかねえんだ、アキラ君は。

 能力があっても無才。

 アキラ君が別の道に行こうとしねえ限り、いつまで経ってもアキラ君は無才のままだ。

 

「自分の芸術的価値ばかり考えて、商品価値を冷静に見られない。

 本物になれないと、自分の努力が本物だと思えない。

 隣の芝生の青さしか分からなくなる。

 そういうところを見ていると、若いなあと、そう僕は思うのさ」

 

「手塚監督……」

 

 ああ、全くだ。

 無価値なんかじゃねえ。

 アキラ君は無価値なんかじゃねえんだ。

 少し視点の置き場所を変えりゃあ、今よりずっと楽な人生に、今よりもずっと輝ける俳優にだってなれるはずだ。

 

 それでも、焦がれるように目指してるんだ。

 星アリサや夜凪景が見せるような、見たものの心を奪うような名演技を。

 

「顔が良いならそれだけで満足したって良いのさ。

 それだけで稼いでるような芸能人もたまにいるしね。

 彼の頑張る顔が苦しそうに見えるのは、自分の手札に満足していないからだ」

 

 熊の怪人が動いている。

 アキラ君が生身で、過去最高の戦う演技を見せている。

 手塚監督がそれを商業人の目で見ている。

 アリサさんは、アキラ君に興味の一つも見せてねえ。

 

 この光景が、今の社会の縮図のようにすらみえた。

 

「頑張る顔が楽しそうに見える朝風二代目と並んでると、特にそれがよく分かる」

 

 俺をアキラ君貶めるための引き合いに出してんじゃねえ、殺すぞ。

 

 ……手塚監督の、アキラ君に向けられてる同情がなんとなく感じられるから、どう反応していいか困るじゃねえか、クソ。

 

「はい、一旦休憩! 今の流れで休憩明けにもう一回撮影入るよ!」

 

 手塚監督が休憩を入れる。

 俺は熊の怪人スーツの状態を横目で見ながら、アキラ君に飲み物を渡してやった。

 造形が俺の仕事だが、このスーツは俺が関わってねえ。だから新鮮だな。

 とりあえずアクションおつかれさん、アキラ君。

 

「お疲れ様です、アキラさん。凄い汗ですね」

 

「ありがとう。このシーンはよく動くところだし、それに」

 

 アキラ君の視線が一瞬、ちらりと母親の方に向く。

 アリサさんはアキラ君の方を見てもいない。

 撮影スケジュールやカメラマンの能力などを見ていて、息子を気にもしていない。

 

「あまり、気が抜けないから」

 

 それでも萎えず、心折れず、投げ出さず。

 

 アキラ君はずっと、懸命だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小さい頃の俺は、あんま人間味がなかったと言われることがある。

 今振り返るとそうだったかも、って思える記憶は多いな。

 

 それがなんで直っていったのか。

 今思うと、そいつは周囲の人間のおかげだった気がする。

 転校する途中で出会った子供達。

 撮影現場の子役。

 頭ぶん殴って叱ってくれた巌爺ちゃん。

 頭を撫でてくれた大人。

 偉大な技術だけじゃなく、他にも色んなことを教えてくれた先人達。

 物を作っている合間に触れ合った人達が、俺を変えてくれた。

 

 その中でも、きっとアキラ君が一番に、俺に影響を与えた。

 

 俺の技術に一番影響を与えなかった男こそが、俺の心を一番に人間らしくした。

 

 アキラ君は親に憧れ、親の意志に反して役者になろうとした子供。

 俺は親に連れられ、親に賛成も反対もされないまま、親を超えようと決めた子供。

 俺の親父とアキラ君の母親は昔、親友関係だったらしい。

 でもたぶん昔の話だ。

 俺とアキラ君が初めて顔を合わせた時期にはもう、親父達の間には見えない薄い壁があった。

 

「一緒に遊ばない?」

 

 撮影所の隅っこで他のプロの仕事をコピーし、ガチャガチャと樹脂パーツをいじっていた俺に、幼い頃のアキラ君が話しかけて来た。

 俺とアキラ君は同い年。

 あの頃は確か、お互い10歳くらいだったかな。

 

「遠慮しておきます。その気持ちだけありがたく受け取っておきますね」

 

 俺は話しかけてきたアキラ君を、やや冷たく突き放す。

 

「何で遊ぼうか? あ、台本の読み比べする? 演技が上達するかも」

 

「あの、俺の話聞いてますか?」

 

「もちろん聞いてるよ!」

 

 ところがその少年は、人一倍諦めが悪かった。

 ずるずる引きずられ、次第に撮影の合間に彼と遊ぶことが多くなった。

 

 物作りの仕事以外何も見ていなかった俺の視界が、広がっていくような気がした。

 同性の気を許せる同年代の存在が、俺の中にあった何かを消していった。

 空いた時間を『興味が湧いた技術をコピーする』でなく、『星アキラを引き立てる小道具作り』のために費やすことが多くなっていった。

 

 俺はその頃一度も自分からアキラ君を遊びに誘ったりせず、アキラ君に誘われたならちょっと嫌そうな顔をして引きずられていって、それでいて心の奥では自覚なく喜んでいる、そんな面倒くっせえガキだった。

 

「星さんは諦めが悪いですね……」

 

「あはは、アキラめだって、面白い!」

 

「……」

 

 この頃のアキラ君にはまだ、"常識的に考えて相手の心情を推測する"っていう能力が育ちきっていなかったように思える。

 ズケズケ相手に踏み込んでいく勇気。

 友達になりに行こうとする行動力。

 "迷惑じゃないかな"って思いよりも先に、"友達になりたい"っていう思いが先行する、その子供らしさが俺の心を解きほぐしていた。

 

 いつの間にか彼は、俺にとっての一番の友達になっていた。

 

 俺が冷たく突き放しても、人懐っこく寄って来る人の良い真っ直ぐな少年。

 こんなに人が良い子供を、俺は人生で初めて見た。

 だから、大切だった。

 

「僕達は友達だよね?」

 

 アキラ君が問うて、俺が返答する。

 

「そうですね。俺は、アキラ君と友達です」

 

 アキラ君がにっこり笑う。俺もつられて笑ったと思う。

 そして。

 純粋な友情が続いたのは、ここまでだった。

 

 この頃の形の友情は、もうどこにも続いていない。

 

 

 

 

 

 アキラ君が落ち込んでいると、人伝てに聞いた。

 気になって様子を見に行ってみると、落ち込んでいるアキラ君が目に見えて落ち込んでるのに、分かりやすくやせ我慢して演技をしているのが見えた。

 その頃の俺はよく分かってなかったが、アキラ君は……週刊誌やネットの記事なんかを見ちまっていたらしい。

 

 色々と、本当に色々と言われてたそうだ。

 親の七光り。

 ステマの人気。

 他の子役より下手。

 親の操り人形。

 親が有名ゆえの傲慢が見える。

 仕事を舐めきっている。

 親の才能を全く受け継がなかった無能。

 星アリサの子として贔屓されてなかったなら目立たない、無個性。

 ……本当に、色々言われてたらしい。

 

 これらの心無い言葉の数々、記事のインパクトを強くできるならいくらでもアキラ君を貶めてもいいと思ってた週刊誌とかが、10歳のアキラ君の心を抉った。

 

 何か言おうとした。

 アキラ君に歩み寄って、励まそうとした。

 肩を叩いて褒めたりとかしようとした。

 背中を叩いて、元気出せよと言おうとした。

 額をコツンと叩いて、何も知らねえ奴らの声なんて無視しろと語りかけようとした。

 

 俺は、あの時の俺は、何か言おうとしたんだ。

 

 でも、何もできなかった。

 何も言えなかった。

 アキラ君が自力で立ち上がるまで、結局俺は何も言えず、何もできず、何も救えやしなかった。

 

 この時、初めて、俺は―――俺が本当は何もできないクソな人間だと、思い知った。

 

 だから、なんとかできそうな人の所に行った。

 アキラ君の母親の下に。

 彼女くらいの権力があれば、多少はマシな方向に誘導できると、そう思ったんだ。

 

「ええ、知っているわ」

 

 アリサさんの反応に、少し驚いた覚えがある。

 その返答は、アリサさんが週刊誌やネットニュースでアキラ君が酷いことを言われていることを知っているにもかかわらず、何もしてないってことを意味してたから。

 止めてくれと、俺はそう言おうとした。

 

「なら……」

 

「あの週刊誌や風評は、そこまで的外れだった?」

 

「え」

 

「才能でアキラを感じて、見極めてみなさい。

 あなたの才能は、あなたにだけは絶対に嘘をつかないわ。

 アキラのこれまでの評価に相応の能力が無いなら、今回の報道は真実とも言える」

 

「……!」

 

「問いましょう。アキラのこれまでの評価と、アキラの能力は、釣り合っている?」

 

 やめろ。

 そういう言い方をすんな。

 アキラ君の向き不向きと、望む道を進むための才能の多寡を理解してる、俺は。

 何も、言えなくなる。

 

「……う」

 

 俺の本能と才能は、アキラ君が実力以上に評価されてたこと、その歪みがこうした形で噴出したことを分かっていた。

 名女優の息子は時に贔屓され、時に批判され、名女優の息子っていうネームバリューを利用するためだけの仕事の依頼が来ることを、俺は知っていた。

 だからこれは当然のこと。

 だからこれは普通のこと。

 ……だけど。

 分かっていても、知っていても、納得なんてできなかった。

 

 できるわけ、ねえだろ。

 

「でも、でも……アキラさんは、優しかったんです。俺にさえ優しくしてくれたんです」

 

 何も分かってなかったんだ、俺は。

 

「人を思いやれるアキラさんがあんな目に合うのは、あんまりで……」

 

 そしてアリサさんは、多くのことを分かっていた。

 

「あなたはまだ、父親のようにならなくて済むかもしれないわね」

 

「え」

 

「いい? これから言うことをちゃんと聞きなさい。

 酷いことだと思うかもしれない。

 聞きたくなかったと思うかもしれない。でも、ちゃんと聞きなさい」

 

「は、はい」

 

 戸惑う俺に、アリサさんは真剣な顔で教える。

 

「観客は、俳優の本当の心なんてどうでもいいのよ。

 悲しむ演技をしていれば、悲しんでいると思う。

 怒りの演技をしていれば、怒っていると思うわ。

 俳優が本当はクズでも、本当は優しい人でも、お構いなし。

 そして、演技をもってその俳優を評価するわ。

 優しくて演技が下手な人を、優しいからと言って演技に加点評価する人はいない」

 

 観客視点での俳優の加点項目に『優しさ』なんてものはないのよ、と、アリサさんは言った。

 ドロドロとした感情が溜まった目で俺の目を真っ直ぐに見ながら、そう言った。

 

「この業界において、優しさは頻繁に無価値にされるものなのよ」

 

「―――」

 

「観客はアキラの優しさなどを、アキラの演技の評価点になど加えない」

 

 アキラ君の友達として、アキラ君のためにここにいるはずだったのに、アリサさんの言い分に瞬時に納得してしまった人非人な俺が、嫌で嫌で仕方なかった。

 

 大衆は『役者の人格』を理由にめったに加点しねえくせに、頻繁に減点はする。

 アリサさんの教えは、今も俺の中に息づいている。

 あの頃、アキラ君を潰したものは、ある意味そういうものだった。

 

「そんなものをアキラの俳優としての評価に加えるあなたは、自分を省みる必要があるわ」

 

 俺の感覚が、本能が、才覚と才能が、アリサさんの言葉を肯定していた。

 

 アリサさんの言うことに反抗していたのは、俺の心だけだった。

 

 

 

 

 

 時は流れる。

 俺とアキラ君の距離は、次第に離れていった。

 多分、俺が不味かったんだろう。

 何か、よく分からん何かが噛み合わなくなっていった。

 

 元々、アキラ君から歩み寄って来てくれて、それで成立してた関係だ。

 俺なんかがあがいてもどうにかなるもんじゃねえ。

 俺は所詮裏方のモブ。

 アキラ君は人気が高く、舞台の主役を張れるような光当たる場所の俳優だ。

 元から格が違うと言えばそうで、俺はアキラ君の迷惑になるんじゃねえかと思って、次第にアキラ君に向けて踏み込むことも怖くなっていった。

 

 怖かった。

 物作りしか出来ることがない俺は、他に何もできなかった。

 だから怖かった。

 友達を、俺の技術でどうにもならねえフィールドで、傷付けるのが怖かった。

 

 何年もの間、アキラ君とは会ったり会わなかったり、距離感が縮んだり離れたりしていた。

 俺はその間にも様々な人と触れ合い、技と心をちょっとは成長させていった。

 この世界に居続ければ、いつかどっかで仲直りもするだろうと、そう思いながら。

 

 アキラ君は『本物』になろうと足掻いてる。

 だけど、足掻いても足掻いても、彼はなりたい自分に一向に近づいてねえ。

 彼がなりたい自分になるには、必要な種類の才能の量があまりにも足りてなかった。

 

 報われてほしかった。

 アキラ君が報われますように、と祈った。

 優しくて気の良いあいつをどうか、と願った。

 

 でも結局は、アリサさんが言う通り―――役者の性格なんてのは、めったに加点対象になんかならなくて、優しさは演技力を見る世界において、完全に無価値だった。

 

 周囲の関係者や撮影スタッフは、俺と同じようなことを考えてたらしくて、何人かはアキラ君を助けようとしてくれてた。

 アキラ君に、それが分かってないわけがねえ。

 彼は俺達に感謝だってしてる。

 だけどな。

 『本物』になりたい彼にとって、そいつは無価値なんだ。

 優しさなんかを評価されても、意味なかったんだ。

 

 俳優としてのアキラ君にとって、周囲がくれた優しさは無価値で。

 俳優としてのアキラ君を見ている大衆にとって、アキラ君の優しさは無価値だった。

 

 アキラ君は憑依を使いこなすような名俳優に憧れ、大衆は名俳優による名演技を求めた。

 それが全てだ。

 だからどうにもなりゃしねえ。

 

 だけど。だけど!

 ファンに寄られて、嫌味なく笑顔を振りまいて、手を振って。

 理由を聞いたら「皆が喜んでくれるから」って本心から言う、あの人に。

 

 あの人に、俺は報われてほしかった。

 あの人が求める才能があの人の中にないと分かってたけど、それでも報われてほしかった!

 報われて、輝いてほしかったんだ!

 

 『才能が』なんて一言で片付けるのは……友達に……俺はっ……!

 

 俺はもう、アキラ君に友達と思われてる自信がなかった。

 嫌われてるかも、とすら思っていた。

 関係があやふやな時間は、何年もずっと続いていた。

 

 それでも俺は、彼を友達だと思い続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 子供の頃、僕は自分を天才だと思っていた。星アキラ一生の恥だと思う。

 

 CM、ポスター、バラエティ……どこでも引っ張りだこで、僕はそれら全てが自分の実力によるものだと思っていた。

 母を信じるように、僕は自分の能力を信じていた。

 だからだろう。

 大人に、撮影が止まってる時は子供同士遊んでなさいと言われて、迷いなく彼に声をかけられたのは。

 

「一緒に遊ばない?」

 

 朝風英二。

 当時、撮影所に入るようになってから7年が経ってたっていう10歳の子供。

 僕と同じだと、そう思ってた。

 才能がある人だから、僕と同じでこの年齢でも大人と並んで仕事ができてるんだと、僕はそう信じて疑ってなかった。

 

 友達になれると思った。

 対等だと思った。

 僕と同性で、同い年で、同じように撮影で活躍してる人はいなかった。

 だから同じ目線の高さで話せると、そう思ったんだ。

 今思うと……僕はあの頃、分不相応の人気で引っ張りだこになる中で、大人に囲まれる毎日に、どこかストレスを感じていたのかもしれない。

 

 僕はきっと、あの才能が渦巻く世界で、同い年で同性の友達が欲しかったんだ。

 

「遠慮しておきます。その気持ちだけありがたく受け取っておきますね」

 

 だから、踏み込んだ。

 

「何で遊ぼうか? あ、台本の読み比べする? 演技が上達するかも」

 

「あの、俺の話聞いてますか?」

 

「もちろん聞いてるよ!」

 

 あの頃、朝風君が手がけていた物の数々のクオリティの高さに怖気を感じるような才能が僕にあれば……もしかしたら、僕に違う未来もあっただろうか。

 

 ほどなくして、僕は知る。

 

 僕に実力なんてなかったことを。僕が持て囃されていたのは、母のおかげだったことを。

 

 何もなかった。

 僕には、何もなかった。

 なりたいものになる力も。

 『本物』になる才能も。

 母に言われて確認した週刊誌やネットニュース、SNSの書き込みは、10歳の僕が存在することすら否定しているように見えた。

 当時の僕には、そう見えたんだ。

 

 僕の中に信じるに足るものなんてなかった。

 信じられる能力はなかった。

 僕の無いに等しい才能は、思い上がった僕をいつの間にかに裏切っていた。

 

 自分の能力に裏切られるように、母に裏切られた気持ちになった。

 

「僕、は」

 

 そうして気付く。

 

 僕と違って、本当に実力で業界で活躍し続けている、今も成長を続けている彼の力に。

 

 そうして自覚する。

 

 "彼と自分が同格だと思っていた"などという、僕の救いようのない愚考を。

 

 

 

 

 

 僕は母さんの力に押し上げられ、贔屓され、"星アリサの息子"という記号くらいしか売りの無かった人間だったと思う。

 だから、子供の僕を蛇蝎のごとく嫌う人は多かったはずだ。

 親の七光りというものは嫌われる。

 子役の頃は大目に見てくれる人が多くても、歳を重ねればそれもなくなっていくだろうことは、目に見えていた、

 

 逆に、朝風君はどうだったか。

 彼はもう、周囲の人が気付いた時には、父親というフィルターを通さなくても十分すぎる評価を得られるくらいの技術を持っていたらしい。

 親の七光りなんて程遠い。

 生きるということの全てを物作りに費やすかのような幼い子を見て、僕の周りのプロは皆朝風君を特別視してたけど、才能が無い僕だけが、その異常性に気付いていなかった。

 

 彼は間違いなく天才で、僕はそうじゃなかった。

 なのに。

 世間では僕がずっと持て囃されていて、彼はただ一度のインタビューすらされていなかった。

 

 僕が星アリサの息子で、彼がそうじゃなかったから。

 僕が俳優で、彼がそうじゃなかったから。

 理由なんてそのくらいのものだった。

 それが本当に申し訳なくて、何かがおかしいと思うことしかできなくて。

 

 君はもっと日の当たる場所に出るべきだと、僕は朝風君に言ってしまった。

 

「俺はそういうのいいんですよ。

 あ、でもアキラさんが皆に認められたら嬉しいですね。

 アキラさんが皆に褒められると、自分が褒められてるのと同じように嬉しいですから」

 

 その言葉が、僕の胸の内を抉った。

 

 皆に認めてほしい僕。

 皆に認めてもらうことがどうでもいい、幼い朝風君。

 僕がなんで天才になれないのかという理由を、強烈に叩きつけられた気分だった。

 

「さ、やりましょう。今回も俺、全力でアキラさんをサポートしますから」

 

「……うん」

 

 分かる。

 分かってしまう。

 以前は僕に少し冷たくもあった彼が、暖かく僕に接する理由。

 それは、彼が僕と対等だと思っているから。

 対等の友達だと思っているから。

 朝風英二は、僕を微塵も見下すことなく、対等の友人として大切にしてくれていた。

 

 子供の頃の僕はその視線が本当に辛くて、苦しくて、悲しかった。

 

 

 

 

 

 いつからか無自覚に、彼から距離を取るようになった気がする。

 子供の頃の僕は、本当にバカだった。

 それが朝風君を傷付けるかもしれないと思い到れていたなら、あんなバカなことはしなかったっていうのに。

 

 そのきっかけは、あるスタジオの廊下で大人の男二人がしていた会話を、僕がうっかり聞いてしまったことだった。

 

「すげーな星アキラ。あの食器棚に突っ込んで食器棚が壊れるシーン、いい画になってた」

 

「ああ、ありゃ伊原式だな」

 

「伊原式?」

 

「棘谷のウルトラマンの秘奥技術名って奴だ。

 英二君が前に言ってたよ。

 井原弘*1ってベテランの天才が開発した構造体らしいな。

 壊れる表面の裏に幾何学的計算による仕込みをして、紐を引く。

 そうすることで人より大きなサイズの物体の一斉崩壊を操作するんだと。

 計算と論理による崩壊で、棘谷の撮影でも井原さんしか使いこなせないんだとさ。

 英二君はその技術をコピーして、星アキラがぶつかる食器棚の崩壊に応用したんだ」

 

「どうやって?」

 

「星アキラが食器棚にぶつかって、食器棚が壊れるシーン。今話してたやつのことだがよ」

 

「ああ」

 

「食器棚の戸の裏に透明ワイヤー付けて、裏で朝風が引っ張ってたんだ。

 付けたワイヤーの数は多くて、アキラが突っ込んだ戸を16種別に崩壊させられた。

 つまり、アキラがどう突っ込んでも、朝風が戸の崩壊の形をアキラに合わせられたわけだ。

 しかも戸が崩壊する時、食器棚の中から血糊袋が飛び出してた。

 観客にバレず、アキラの服の表面に血の跡が付けられたってことだな。

 アキラが食器棚に突っ込む演技が未熟だったもんだから、朝風が補填したんだな」

 

「そんなことができるってのか……」

 

「技術吸収型の、造型界の天才児だぞ。

 特撮分野の一流のプロ数百人が星アキラのために全力尽くしてるようなもんだ。

 あいつの作った物を使ってあの程度にしか見えない星アキラが微妙なんだよ、ったく」

 

 ただ、ひたすらに。

 

「―――」

 

 胸が痛かった。

 

「あ、アキラさん」

 

「朝風君」

 

 朝風君は会えば対等の友として僕を扱ってくれて、僕がその時点で足りてない能力を埋めたり、僕の得意分野を強調する仕事をしてくれた。

 僕の良さを捏造したりせず、僕の中に最初からあるものを強調してくれた。

 だから僕は、いつも実力以上に評価されている、気がする。

 

 本当に無才な人間に日曜朝の人気ヒーロー番組なんて任されないだろうけど、朝風君の後押しのおかげで選ばれたのかもしれないと、後々にはそう思えた。

 だって僕は。

 その番組に僕が選ばれたのが、僕の実力のおかげだなんて、とてもじゃないけど思えない。

 

「朝風君は、僕に失望したりしないのかい?」

 

「俺、アキラさんを信じてます。これまでも、これからもですよ」

 

 最悪だと知りつつも、彼と次第に距離を取り始めた。

 

 僕は、彼と友達になったことが『不幸』だったなんて、思いたくなかったから。

 

 

 

 

 

 朝風君が言う。

 

「あなたを信じる」

 

 彼の期待が、重かった。

 

 母が言う。

 

「あなたは役者に向いていないわ」

 

 母の無期待が、辛かった。

 

 時々、スターズの仕事を「彼女の方が受けがいいから」と言われ、千世子君に譲った。

 

「ごめんね」

 

 彼女の謝罪が、痛かった。

 

 

 

 

 

 朝風君を名前で呼ぶ機会を逃して、それからどのくらい経っただろうか。

 幼馴染のちいちゃんを千世子君と呼ぶようになって、それからどのくらい経っただろうか。

 

 僕から友達になりたいと言った。

 僕から距離を詰めた。

 いつも僕の方から遊びに誘い、僕の方から話しかけていた。

 

 なのに勝手に、僕の方から距離を取ったんだ。

 悪いのは、僕だ。

 

 距離を取ったのに、交流は途絶えなかった。

 彼が僕に好意的だったから。

 一緒に仕事をする時は必ず、彼は僕のために全力を尽くしてくれた。

 

 よく分からなくなってきた。

 彼が僕を恨んでいて当然、嫌っていて当然だと思っていた。

 でもなんだが、そうでもない気がしてきた。

 かといって楽観的にもなれず、僕と彼が友達なのかどうかさえ、自信が持てない。

 そんなあやふやな期間が数年、曖昧に続いた。

 

 それでも僕は、彼を友達だと思い続けていた。

 

 

 

 

 

 それが終わったのは、『ウルトラ仮面』の企画で、僕が呼ばれた頃。

 一年を通して日曜朝に放映され、放映終了後もネット配信などのため撮影は続くという、大型企画だった。

 企画の始まりは、放映開始の数年前くらいだっただろうか。

 

 そこで僕は、彼と対峙した。

 僕は主演として、彼はスタッフとして招集されていたんだ。

 久しぶりに彼と一対一で対面した気がして、息が詰まった。

 

 星アキラと、朝風英二の眼と眼が合い、そして。

 朝風君がぎこちない笑顔で、手を差し出してきた。

 

「俺達、友達ですよね?」

 

 どこかで聞いたような台詞。

 僕と彼の間では初めての、彼からする友情の確認。

 

 本当は、色々と考えていた。

 頭の中に、ごちゃごちゃとしたものが詰まっていた。

 でもそんなもの、この不器用な握手の申し出を見たら、全部吹っ飛んでしまった。

 何年も蓄積していたものが、全部吹っ飛んでしまった。

 

「そうだね。僕は、朝風君と友達だ」

 

 彼が差し出してくれた手を、ぎゅっと握る。

 

 その握手で、ただ一回の握手で、確信できた。

 

 また俺達/僕達は、友達に戻れるってことを。

 

 ウルトラ仮面の撮影を通じて俺達は/僕達は、かつて失った何かを取り戻していった。

 

 だって、友達だったから。

 

 一つの作品の撮影を、俺達は力を合わせて駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の親父のアキラ君に対する評価は、辛辣だった。

 

「あんな低能にかかずらうのは時間の無駄だ。

 本物の天才と高め合う方がよっぽど有効だと、そうは思わんか?」

 

 だからその時、俺は熱くなって、親父に真っ向から反抗した記憶がある。

 

「それは違う、親父」

 

 声を張り上げた記憶がある。

 

「俺は、俺が美しいと思った!

 だから全力を尽くしてるんだ!

 それは目に見える演技じゃねえ!

 評価されるような形のある技術じゃねえ!」

 

 その心を美しいと、そう思ったんだ。

 

「俺が大好きな映画で、TVで、作品で! 『諦めない主人公達』が見せたもんだ!」

 

 諦めない彼を、助けてやりたいと思ったんだ。

 

「俺を魅せた心の美しさなんだよ! ……二度と、あの人を見下したようなことを言うなッ!!」

 

 そんな俺の友達を馬鹿にする親父に、無性に腹が立った。

 親父が微笑む。

 

「それでいい。お前は確かに俺の息子だ」

 

 ここでようやく、俺は乗せられていたことに気付いた。

 本音をあっさり引きずり出されちまって、悔しく思ったことを、覚えている。

 

「人格破綻者が社会の中で生きることを認められるには、能力を見せるしかねえ」

 

 親父は。

 

「それができなきゃただの(ごみ)、無価値な(あくた)でしかねえんだ」

 

 あの時の親父は、俺に何を伝えようとしてたんだろうか。

 

「ビーム出せる人間なんていねえ。

 特撮に関わった人間の使命は、そいつができないことをできたように見せること。

 俳優の魅力ってやつを特に弄らずそのまんま、強調して観客にお出しすることだ」

 

 心構えは、受け取れた気がする。

 

「頑張れ。惚れ込んだ俳優がいるってことは、喜んで良いことなんだから」

 

 分かってるさ、親父。

 

 ほんの少しで良い。

 俺ができることなんざ、限界がある。

 天才は一の努力で十の結果を出す。

 無才は十の努力で一の結果しか出せねえ。

 そして、『本物』は十の努力で百の結果を出す。

 

 もし『本物』とアキラ君がタイマンで競えば、その成長速度は百倍じゃ済まねえだろう。

 どうしようもなく追いつけねえ。

 もう、そこはどうしようもねえことだ。

 

 だけど。

 だけどな。

 化粧が美しさを引き立てるように、引き立てるものがありゃ、話は別だ。

 俺達が、裏方として支えられたなら。

 俺が、視聴者の多くが気付いてなかった彼の良点を、皆に分かるよう強調できたなら。

 朝風英二という影が、彼を引き立てられたなら。

 アキラ君の十の努力が十の結果に繋がるようにするくらいなら、成し遂げてみせる。

 やってやるさ。

 

 星アキラが最後の最後に、「諦めなくて良かった」と、そう言えたなら。

 

 俺はその時初めて、アキラ君の友情に報いられる。そう思えるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝風君は僕の長所を見て、ちゃんと褒めてくれる。

 褒めようとすれば何十秒でも褒め続けてくれるだろう。

 だけど、千世子くんなら1分でも10分でも、絶賛し続けられるだろう。

 

 かつてある日に彼の千世子君への称賛を聞いて、僕は悟ってしまった。

 

 もう朝風君の周りには、ちゃんとした天才がいて。

 僕なんかと仕事で組むのは、もしかしたら足を引っ張るようなことなんじゃないか、って。

 ところがその少年は、人一倍諦めが悪かった。

 

「俺、アキラさんに何の才能も無いと思ったことはないですし、無能だと思ったことも無いです」

 

 彼は僕が望みを叶える未来を、諦めていなかった。

 他者を輝かせる。

 そのために全力を尽くす彼の生き方が、僕にはとてもまぶしく見えた。

 千世子君は微笑み、遠くを見ながら僕に言う。

 

「英二君から物作りに関する事柄全部引っこ抜いても、友情とかは残りそうだよね」

 

 何やら含みのある言い方をしていたのが、印象に残ってる。

 少し羨ましい、と千世子君が僕らを見て言っていたのが、彼女らしくなくて意外だった。

 

 そして、母さんは。

 

「彼は本能レベルで他人を見ている。

 天賦の才の視点だわ。

 もうあなたも分かっているでしょう?」

 

「母さん」

 

「彼の他者への絶賛の度合いは、彼が他人に見た可能性の度合いよ。

 朝風も知るあなたの才能の無さでは……どこまで足掻いても、(あくた)に終わるだけ」

 

 分かってるよ母さん。

 でも、だけど。

 

「母さん」

 

「何?」

 

「名俳優になれる才能を持つ人間に彼が惚れ込むのを、『本能』という名前で呼ぶなら」

 

 喧嘩して離れてもまた仲直り出来る友達を得られたことは……絶対に、不幸じゃない。

 

「僕を彼が全力で助けてくれることは、『友情』という名前で呼ぶんじゃないでしょうか」

 

「―――」

 

 苦悩も、無才も、絶望も、現実も、何も解決してないのは分かってる。

 分かってるけど、これは現実逃避なんかじゃない。

 この願いが絶対に敵わないと分かっていても、僕は絶対に諦めない。

 今更もう、諦められるか。

 

 彼と僕とは、競う関係にない。

 彼は裏方。

 僕は俳優。

 彼は僕の味方だ。……やっと、そう割り切れるようになった。

 彼は僕に劣等感を与えず、僕をライバル視することはない。

 僕とぶつかり合いながら高め合うことはないが、彼が作ったものは僕の力量に少し下駄を履かせてくれる。

 

 それは、刀鍛冶と武士の関係のようだと、昔一度だけ思ったことがある。

 彼が武器を作って、僕は戦う。

 他の誰でもなく、自分自身と戦う。昨日の自分自身を超える。

 他の天才には勝てなくても、せめて昨日の自分には勝ち続ける。

 

 彼女らが芝居で一瞬で流す涙の演技に、僕が毎日毎日何年も流し続けた汗が、ただの一度でも勝つことができたなら。

 

 僕はその時、初めて朝風君の友情に報いられる。そう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、それが朝を待つようなものだと、信じてる。

 僕は、それが届かない空の星に手を伸ばすようなことだと、知っている。

 

 アキラ君に、アキラ君が望む形の才能が無いことは俺も分かってる。

 だが、あの人を無能だとは思わねえし、何やっても駄目だなんて思わねえ。

 何より、あの人は頑張ってる。

 報われて欲しいと思うことは、そんなに変なことか?

 

 僕に才能が無いことなんて分かってる。

 でも、諦められるか。投げ出すなんてできない。

 焦がれたあの高みに手を届かせるため、頑張ることをやめられない。

 夢見て努力することは、そんなに変なことだろうか。

 

 

 

 親父を絶対に超えると、俺は誓った。

 母さんのようになりたいと、僕は思った。

 

 おふくろは俺の目の前で首を切った。

 母さんは僕の目の前で、僕の無才を口にした。

 

 子供の頃から俺は、他人を輝かせるために物を作ることが楽しくて仕方なかった。

 子供の頃から僕は、毎日芝居のことだけを考えて生きてきた。

 

 一週間寝ないで物を作り続けることが、子供の頃は好きだった俺。

 強い言葉で自分を戒めていないと、一週間と経たず逃げ出してしまいそうな僕。

 

 楽しかった。

 辛かった。

 

 アキラ君の可能性を信じてる。

 本当は、僕は僕を信じていない。

 

 彼を尊敬している。

 彼を尊敬している。

 

 何もできない俺にも、友達のためにしてやれることがあるのなら、俺は。

 なんでもできる彼のように、高みへと上り詰めたい心があるから、僕は。

 

 アキラ君を高みに押し上げるには、俺はどういうものを作ればいいんだ?

 僕はあの高みに駆け上がるために、何をすればいいんだろう。

 

 俺が人生を何年くらい費やしたら、アキラ君の成長の助けになるもん作れるんだろうか。

 僕は人生を何年費やせば、皆に求められる『本物』になれるんだろう。

 

 俺が見惚れた誰かの素晴らしさを、他の人にも認めてほしい。頑張ろう。

 僕が母さんに認めてもらうには、頑張るしかない。

 

 俺が作る物は、ちょっとくらいはアキラ君の実力を底上げして見せてんのだろう。

 僕を引き立てる小道具大道具の数々が、僕には分不相応だと思うこともある。

 

 でも結局は、アキラ君が頑張るしかねえ。

 でも結局は、僕が頑張るしかない。

 

 俺なんかの造物がなくても、アキラ君はいつかちゃんと報われると、俺は知ってる。

 彼の素晴らしい物がなくても、僕は僕の可能性を信じなければならないと思う。

 

 

 

 ずっと頑張ってきた俺の友達の人生に、必ず夜明けの朝は来ると、信じている。

 空の星にも手を届かせてしまいそうな天才が、僕の可能性を信じていることを、知っている。

 

 だから俺は支えよう。

 だから僕は頑張ろう。

 

 諦めない人を輝かせられるのなら、俺の人生にも、きっと少しくらいは価値がある。

 今更諦めたりなんてするものか。僕は、後悔なんてしていないんだから。

 

 

 

「俺は、俺の才能より価値がある人の良さってやつを知ってる」

「僕は、自分の才能の価値を知らないことが、天才の条件だってことを知っている」

 

「俺は、あいつほど無才の苦を抱えながら、まっすぐに強く育った人間を知らない」

「僕は、彼ほど自分の才能を他人のために費やそうとする人間を知らない」

 

「「 だから、助け合える。全力で 」」

 

 

 

 アキラ君の人生にさっさと夜明けの朝が来いと、俺は今日も祈ってる。

 

 朝風君が夢中になって絶賛する、輝く星になるんだと、僕は今日も自分に言い聞かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一年間撮影を続ける日曜朝番組で一緒に仕事したからこそ、俺はアキラ君の努力家な面に気付けたが、そうでなければ気付けたかも怪しい。

 そう、そのレベルだ。

 小さい頃の俺は、アキラ君の努力家な面すら見ずに、アリサさんに突っかかっていた。

 愚かなんてレベルじゃねえ。

 あの頃の俺は本当に、アキラ君に人の良さ以外の価値を見てなかった。

 

 本当に何も知らなかった頃があった。

 少しは物を知れた今があった。

 そして今も昔も、俺は彼に報われてほしいと思い続けている。

 

 人が良く、優しく、真っ直ぐな性格をしてるっていう長所が、その人の価値に何の貢献もしなかったりするこの変な世界で。

 俺はあの星に、輝いてほしいと願っている。

 

「彼は人柄のせいか、どこの撮影でもスタッフと良好な関係を築いてるね」

 

 手塚監督が、カメラマンや助監督と会話しているアキラ君を見ながら言う。

 

「大悪人の俳優のために懸命に必死に頑張れるほど、裏方(おれたち)は聖人じゃないですよ」

 

「それもそうだね」

 

 アキラ君が顔を上げれば、周りが見える。

 頑張る少年を支えようとする皆が見える。

 うつむいてばっかじゃ見えねえもんもあるさ。

 アキラ君が頑張って、頑張ってる彼を周囲が助けてやろうと思って、助けてもらったアキラ君が周りに礼を言って……そうしていれば、作品は出来る。

 とても価値のある作品が出来る。

 

 撮影ってのは、一人でやるもんじゃねえんだから、そういうもんなんだ。

 

 まあだからって俺を集団で寄ってたかって伝言ゲームで玩具にすんのはどうかと思うがな!

 スタッフ間の仲間意識強いってのも考えもんだぞあれ!

 

「ところでスーツアクターが一人抜けちゃったんだけど、二代目はどうしたらいいと思う?」

 

「あー、あの風邪気味っぽいのやっぱり駄目でしたか」

 

「そうなんだよねえ。代わりがいなくて」

 

「じゃあ俺がやっておきますよ」

 

「……ん?」

 

「次のカットのシーンは、クマの怪人がアキラ君にキック食らう棒立ちのシーンですよね。

 絵コンテはちゃんとチェックしてあります。誰が中の人でも大丈夫だと思いますよ」

 

「はぁー、無茶なこと考えるねえ」

 

「ゴジラを生み出した閉米*2さんを初めとして、昔はよくやったことです。

 スーツは中に人や木などを詰めておけば立ちますから、棒立ちならどうとでもなるんですよ」

 

 よっこらしょっと。

 む。

 ……身長が足らん。手足の長さも足らん。クソァ!

 

 しょうがないのでクマの怪人スーツの指の中にぬいぐるみの要領で綿を詰め、柔らかい長めの棒芯を入れて動かせるようにしておく。

 クマのぬいぐるみの応用だ。

 俺の体格じゃ足らないところにはアンコ*3詰めて、と。

 スーツの足部分にも詰め物入れといて、足りない足の長さはカバーしておこう。

 肩周りもちょっとしょぼくなっちまったで、肩周りの形にした太い針金を内に入れて、肩と胸板の厚さをしっかり誤魔化しておく。

 

「さあいけますよー!」

 

「……何やってるんだ朝風君!?」

 

「さあどんと蹴り込んで来てください。スーツを熟知した俺の受けは完璧ですよ」

 

「いやいやいや」

 

「ほら、いいとこ見せましょうよ。アリサさん……が……」

 

 あれ?

 いない?

 ……もう、帰った?

 

「もういないよ。分かってたことだ」

 

「……アキラさん」

 

 本当になんていうか。

 息子の才能が無いっていう確信だけは、誰よりも強いなあの人は。

 アキラ君に期待してんの経営者としての能力くらいなんじゃねえのか?

 

 アキラ君の心境を思うと、心が痛む。

 だけど同時に、こんなことでへこたれねえだろとも思う。

 これで折れてるくらいなら、こいつはとっくの昔に折れてるはずだ。

 だからこそ俺達は、この撮影の世界で信頼し合う戦友になれたんだ。

 

「ウルトラ仮面ー! 頑張れー!」

 

 と、そこで。

 景さんの弟のルイ君が、遠くから大きな声を上げるのが聞こえた。

 小さな子供の応援。

 ヒーローに届けられる応援。

 母親からの無期待が影を落としていたアキラ君の目に、光が戻る。

 

 知ってるよな、アキラ君。

 ちっさい子供はヒーローの演技が上手いか下手かをあんま気にしねえ。

 子供達にとって大切なのは一つだけ。

 そのヒーローを好きになれるかどうか、だ。

 

 アキラ君、好かれてるみたいで良かったぜ。

 

「"俳優は大衆のために在れ"。

 母さんが掲げた言葉で、観客を前にした僕らが今、胸に秘めておくべきことだ」

 

 そう、その意気だ。

 かっこつけろよ、子供の前だぜ。

 

「ですね」

 

「キックが当たるまででワンカットだから、上手く受けてくれ」

 

「心配ご無用。俺を誰だと思ってるんですか?」

 

「テディベア製造工場工場長」

 

 この野郎!

 

 アキラ君がバイクにまたがる。

 俺が以前デザイン造型を担当した、風をそのままバイクの形にしたかのような、マジョーラを使った風風味(サイクロン)のバイク。

 アキラ君と並べることで両方のかっこよさを引き立てるようデザインした、バイク。

 アキラ君の助言で完成したバイクだ。

 

 バイクでの登場シーンから始まり、さっそうと現れたイケメンが俺を蹴り倒すのだ。

 かっくいー。

 どうにも緊張するが、棒立ちしかすることねえし、特に緊張が悪影響することもなく。

 

「カット!」

 

 手塚監督の少し楽しそうな声が、現場に響いた。

 

 

 

*1マーブリング・ファイン・アーツの鬼才である男。才能によってしか身につかないセンスと、努力によってしか身につかない計算によって、『現実で起こるビル崩壊よりも遥かにリアルなビル崩壊』というものを作り上げた。火薬を使っていないのにビルが爆発しているように見える魔法のようなその技術は、特撮界の技術に一種の革命をもたらしたという。

*2閉米栄三。造型屋として優秀なだけでなく、後に閉米プロダクションを設立し、長く特撮の素晴らしき世界を支えた傑物。

*3筋肉などを表現する詰め物。細身のスーツアクターには必須。英二が仮面ライダーの目の部分を直すのに使ったアレ。




・最序盤の文
>子役上がりの人には、俺と昔馴染みの人も多い。
>俺は3歳の頃から現場にいたからだ。
>大人達に子供同士遊んでなさい、と言われることも多かった。





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