ノット・アクターズ   作:ルシエド
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 月曜日がいつもお休みだといいんですけどね

 英二君の仕事は舞台を含めた全てを造形すること、つまり無能の力をブーストしたり、無才の数少ない輝く部分を目立たせたりすることです
 逆に言えば何も無い舞台の上ってそういうもの一切ないですよね、とふと思ったり


風無くて凪、朝無くて夜

 弁明完了。

 解説完了。

 全ての誤解は粉砕された。

 俺は何故仕事の外側でこんな労力を……?

 

 とりあえず挨拶して回る。

 俺は数回こっちの仕事に来て多分サヨナラだと思うが、そんな理由で挨拶省くのは失礼だし、なんか個人的に嫌だ。

 挨拶と礼儀は欠かさないで損することはねえ。

 金も時間も大してかからねえし、かかるのは労力だけだ。

 

 とりあえず欠かしちゃならねえのは、主演達メイン級の俳優への挨拶と監督への挨拶だな。

 

「それじゃよろしく頼むよ朝風君」

 

「分かりました。任せてください、監督」

 

「君が仕事場にいる内に作りが怪しい道具は全部任せておきたい」

 

 了解だぜ。

 

 時代劇ですっげー金食う分野がある。

 物作り。

 物作りだ。

 現代では「え? 主人公が水飲むシーン? 100均の紙コップでいいじゃん」で済むことが、時代劇だと「それっぽい時代を感じさせる物を用意しろ!」になる。

 こういう事態があちこちに発生すんだ。

 

 時代劇の視聴率は年々厳しくなってんのに!

 仮面ライダーとかみたいに売れる玩具で金回収もできねえのに!

 そんじょそこらのドラマよかよっぽど金がかかる!

 そして予算は減らされる。

 死ねって言ってんのかクソが。

 

 俺は時代劇が特撮のアクション分野に良い影響与えてるの知ってっから、残ってほしい。

 つーかそういうの抜きにしても残ってほしいわ。

 もし時代劇が消えたら寂しい。

 

 俺は普段安物や既存のもの組み合わせたり、やっすい素材を技で補ってセット組んだり大道具作ったりしてるが、高いセットってのは余裕で一個五千万を超える。

 で、今のエロHKの事業計画とかでの時代劇の制作費の最低基準は確か『一千万出さない』(990万)だったはずだ。

 あ、一作品でな。

 だから10話構成だと1話に使えるのが99万。

 ちなみに平成仮面ライダーが1話1500万だ。

 ……ネトプラが外資の金をぶちこんでくれたからか、良い俳優一気に呼んだプロデューサーの気持ちが痛えくらいに分かる。

 

 普通のドラマで名が知れた俳優をゲストに呼ぶ相場が20万だからな。

 五人呼んだらパンクすっぞ、ハッハッハ笑えねー!

 「地上波の時代劇は売れないから金は出さんぞ」って声が聞こえる。

 うるせえ、じゃあ道具とか安く仕上げりゃいいだろ……と、俺は思うが、やっぱ時代劇に沿った物作りは金かかるぞ、ってとこに話が戻って来るわけだ。

 

「確かに破損中の物のリスト、受け取りました。

 俺は合間を見て直しておきます。他の撮影にガンガン使い回してください」

 

「礼を言おう。最近はスポンサーも減り気味だ、使えるものは使い回したい」

 

「配信サイトという最高のスポンサーが登場した今の時代はマシなのかもしれませんね」

 

 現代ドラマは良いよなあ。

 「あ、これうちの新商品だからドラマの中で目立つように出して。その代わり制作費出すから」「わーいうちのドラマで商品宣伝したらスポンサーになってくれるってよー!」みたいなスポンサー確保ができるんだからさ。

 時代劇はスポンサーが見つからねえ地獄だぜ。

 江戸時代に清涼飲料水もメーカーマークが付いたシャツもねえからな!

 

 まあ分かるぜ。

 百城さんがドラマ内で食品美味そうに食ってたりしてたら俺は間違いなく買うし。

 それならスポンサーはそっちに金出すよなー。

 

「監督、俺は少し聞いておかないといかんことが……おお、二世君じゃないか」

 

「お久しぶりです、高田さん」

 

 お、高田高二郎さんだ。

 ミフネ倶楽部所属の時代劇俳優だな。

 

 "ミフネ"と聞くと50年くらい演劇や映画の世界に触れてなかった人でも「んっ?」となる。

 その反応は正解だ。

 高田さんの所属事務所はかつての『ミフネ』の流れを組んでる。

 

 かつて世界のミフネと呼ばれた男がいた。

 世界規模で活躍し、世界規模で多くの監督や俳優に影響を与えた大偉人だ。

 んで、この世界のミフネの影響を受けた人はめっちゃ多かった。

 日本人なら白澤明、闇崎駿、低倉健とか。

 外国の人ならジョーイ・ルーカス、スティーヴン・スピルハンバーグ、ジョフィ・フォスター、アラソ・ドロン、クリンチ・イーストウッド、マッハ・ディロン、ハリンソ・フォード、ブルーズ・リーとか。

 つーか国内外に影響受けた人が多すぎんだよ!

 全列挙すんの無理なレベルだぞ!

 

 フランスでミフネがボートでウキウキで遊んでいたら、近くを通ったフランス客船の客が気付いて、「ミフネー!ミフネー!」の大合唱が始まったとかの逸話で度肝抜かれるわ。

 

 ミフネの娘が「スター・ウォーズのオビワン役とダース・ベイダー役のオファーが父に来てたんです」とか証言してるレベルの人だった。

 目眩がするレベルだな。

 

 そんな世界のミフネさんが立てた名プロダクションがあって、『東京で唯一時代劇が撮れる撮影所』とかも建設したんだが、内ゲバが発生。

 あいつのせいだー、あいつの不義理だ、あいつの裏切りだ、とか色々あって大崩壊。

 いや、まあ、なんつーか。

 凄すぎる天才のおかげで成立した組織は、その天才が死んだら崩壊する運命なのか?

 

 "ミフネ"なんつー恐れ多い名前を掲げてる高田さんの事務所は、その流れを汲んでる。

 どのくらい汲んでるのかは正直分からん。

 そのせいなのか知らんが、高田さんはめっちゃ正統派の時代劇俳優だ。

 

 剣を持っても演技上手いが、剣を持ってない時の演技も上手い。

 今年で御年40のオッサンだが、その年齢相応の実力がある一人だ。

 真面目な仕事が期待できるぜ。

 

「二世君、ところで前に事務所で話の途中だった『江戸に現れたキングコング』の話なんだが」

 

 ……おい!

 俺今、内心で真面目な仕事期待してたんだが!?

 

「江戸に現れたキングコング*1がどうかしましたか?」

 

「いや、前に君が映画の名前だけ出して帰ったからずっと気になってたんだが!?」

 

「そ、そんなにですか!?」

 

「時代劇家の前でこんなパワーのある名前出して解説せず帰る君もどうかと思うんだが!」

 

 江戸のセットの中で、江戸時代の撮影準備をする中、江戸に現れたキングコングの話をする俺達はけっこうキチガイに見えると思う。

 

「江戸をキングコングが襲う映画です。

 それ以上の説明はありません。感じて理解してください。俺にはそうとしか言えません」

 

「……分からん! 何故キングコングが江戸に……!?」

 

「高田さん、朝風君。今回監督の俺は江戸にキングコングを出すつもりはないぞ」

 

「分かってる!」

「知ってますよ!?」

 

 まー1938年公開の映画ってことは、日本が戦争で国家総動員法だ! とかやってた頃だったもんな、確か。

 なら江戸をキングコングが襲うくらいは許してくれ。時代なんだ。

 1938年は……アメリカのSFドラマで「火星人が攻めてきたぞー!」って、本物のニュースっぽく流したら、120万人くらいが信じて大パニックになったのもこの年だな。

 昔のドラマ撮ってた人とか相当楽しかったんじゃねえかなアレ。

 

 毛もっさもさの江戸を襲ったキングコングを思いつつ、俺は高田さんが頭に被っている『ちょんまげに見せるためのハゲカツラ』を見た。

 ……時代劇の物作りは金を食う。

 具体的に言うと高田さん(このひと)が被ってるちょんまげに見せるヅラの類とか、撮影に使うヅラは種類によっては20万円くらいかかったりする。

 高田さんのこのハゲヅラだと10万か15万くらいか。

 

 ……たっけえと俺は思うんだけどさ!

 個々人によって頭蓋骨結構形違うんだよ!

 それ込みで、頭髪のボリューム計算して、頭に完全フィットするハゲヅラ作んのは……割と金と時間食うんだよな……手抜くとすぐハゲヅラがカツラだとすぐ分かっちまうし。

 

 ハゲは悲しい。

 ハゲには悲しみしかねえ。

 ちょんまげの周りのハゲには、いつだって金欠現場の悲しみが詰まってやがる。

 

「こういう配信サイドから制作費が改善されるパターンがあるといいですよね。

 この予算改善に続いて、撮影現場のバリエーションも解決するといいんですが」

 

「最近は長野の合戦場*2もなくなるみたいな話もあるからな」

 

「ああ……俺も聞きました。また撮影の場所が減るみたいです」

 

 高田さんが腕を組み、沈痛な面持ちとなる。

 

 ちょっと前に湯島さんと話したが、時代劇の撮影に使える場所ってのは限られてやがる。

 街が見えたらアウト、遠くに鉄塔が見えてもアウトだ。

 だから現代を舞台にしてる仮面ライダーとかと比べて、撮影に使える場所の数は1/1000以下ってレベルだろう。

 

 景さんが新時代の到来を感じさせる新たな波なら。

 時代劇は旧時代の遺物として取り残される運命に必死で抗う、旧時代の象徴みたいなもんか。

 

「だがほら、俺はよく知らんが、宮河さんがSNSで色々やってるじゃないか」

 

「高田さんがおっしゃってるのは、SNSのブランディングのことでしょうか?」

 

「ああ、よく分からんがそれかもな」

 

 現代の仮面ライダーやウルトラマンで、俺がクッソ強いと思ってるもんが一つある。

 それが、放映直後のツイッターだ。

 

 ツイッターでもなんでもいいが、SNSやってる人なら結構知ってるだろうが、日曜朝特撮番組とかは、放送中と放送直後に実況書き込み・感想書き込みがドバっと増える。

 そりゃもうドバっと。

 洪水かなんかじゃねえかと思うレベルだ。

 

 んで、その中で秀逸なツイートとかはバズるし、知り合いと互いの感想について語り合えるし、赤の他人の感想にピンと来たらフォローしたりするわけだ。

 「今回のジオウ*3の次回予告やべーぞ!」とか皆が揃って言ってると、自分の興奮と周りの人の興奮が混ざってもう何がなんだか分からなくなってきて、そりゃもう盛り上がるわけだ。

 お祭りの熱狂みたいなもんか?

 まあそういう、『熱い一体感の楽しさ』みたいなのが頻繁に楽しめるわけだ。

 こいつはもう完全にSNSの専売特許だな。

 

 仮面ライダーとかウルトラマンは近年、完全にこいつを強みとして使いこなしてやがる。

 特定の時間帯のSNS実況の熱さはもう異常なレベルだ。

 で、時代劇を配信っていうフィールドに持っていって生存させた宮河朋之さんは、これに目をつけたわけだ。

 

 まず、60歳以上の定年退職とかした団塊世代、スマホを使いこなす爺ちゃん達である『プレミアムエイジ』を中心に照準を合わせた。

 んでオリジナルの時代劇を制作し、平日と休日の朝十時から劇場公開して、「劇場で見た時代劇の感想をすぐSNSで言い合える」環境を整えた。

 『映画公開直後の感想を言い合う空気』を作ろうとしたわけだな。

 

 今時のじーさま達は普通にスマホもSNSも使いこなす。

 『一体感』で時代劇を盛り上げようと、そう考えてるってわけだ。

 今のSNSは良い意味でも悪い意味でもパワーがある。

 宮河さんは、昔ながらの金にあかせた絨毯爆撃みたいな宣伝よか、こういうSNSでの一体感の方が強くなったって言ってたな。

 

 景さんはともかく、黒さんはこの辺を確実に分かってる。

 大手の宣伝と広告だけが時代を作る時代は終わったんだ。

 ……景さんの演技を見てきて、俺も確信した。

 景さんが表舞台に出始めたら、スターズの権力じゃあ止められねえ。

 

 今の時代、口コミが評価を広げるこの時代は―――『本物』に有利な時代だ。

 

「まだまだ時代劇は終わらんさ。

 いずれはまた地上波で復権することもあるかもしれん」

 

「あるかもしれません。

 仮面ライダーやウルトラマンだって、何度も『もう終わり』って言われてきたんです。

 でも、終わりませんでした。

 くじけませんでした。諦めませんでした。

 "俺が好きなこれを終わらせてたまるか"って思う人がいれば、可能性は0にはなりません」

 

「……ああ」

 

「やってやりましょう。俺は所詮短期間の応援ですが、全力を尽くします」

 

「頼むぞ」

 

 時代劇の世界にだって、いつか棘谷*4のゼロ*5かギンガ*6みたいなのが来るかもしれねえ。

 頑張ってる人を見てると、"まだまだ終わらねえよな"って思える。

 

 さて。

 道具の手入れでもしておくか。

 

 時代劇に使われる陣笠は安けりゃビニール製、プラスチック製が多い。

 こいつはプラスチック製だな。

 表面をいい感じに本物に見えるよう表面処理しておこう。

 高田さんが斬り殺される役の歌音ちゃんを切るシーンで、いい感じに画面の中で存在感を発してくれりゃいい。

 

 刀は……お、ジュラルミンだ。

 時代劇の刀ってのは、昔は竹を削って表面に卵白塗って、その上に銀箔を貼って作った。

 だからこいつを、竹光(たけみつ)って呼んだんだな。

 

 だが最近で竹光って言うと、竹の代わりに削った樫を使い、銀箔の代わりにアルミを貼ったもんのことを言う。

 安く、そこそこ丈夫で、軽いのでひょろい俳優にも使える。

 貧乏時代劇にとっちゃ手放せねえ模造刀ってわけだな、竹光は。

 

 こいつとは対照的に、割と高くて、質感と多少の重量感を感じられんのがジュラルミン刀だ。

 60cmくらいの長さでも200gちょいってとこなんで、取り回しがしやすい。

 高田さんレベルのベテラン役者なら、こいつを使わせてもらってんのも納得だな。

 

 ……今日の撮影が終わったら、一部の刀持って帰らせてもらって、俺の事務所でクロムメッキ仕上げとかしてみるか?

 あれ人気高えんだよなあ。

 とーけんらんぶ?*7 だっけか?

 あれで刀人気が高まって、時代劇の方に刀提供してる店とかがホクホクになった時、クロムメッキ仕上げを人気高えものの一つに挙げてた覚えがある。

 

 ん? この袴、折り目が強いな。

 どういう意図でこうなってんだこれ。

 ちょっと誰かに聞き……って、打ち合わせやってねえのが周りに歌音ちゃんしかいねえ。

 

「山森さん、ちょっといいですか?」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「この袴、この撮影用に用意されたやつなんだと思うけど、これ何ですか?」

 

「あ、それ、監督の要望だったと思います。

 明神阿良也さん、だったかな……

 舞台演劇の方で、折り目を強調した袴を着てる人がいて。

 でも、その役者さんの演技がその折り目の印象の強さにも負けていなくて。

 役者の演技と高め合う"目立つ袴"を、監督さんが使ってみたいと思ったそうなんです」

 

「……ん? んん?」

 

「私はそれを見てないんですけど、その袴を作った人って、たぶん……」

 

 ……。

 世間ってやつは……割と狭いな……うん。

 

「あ。山森さん、もしかして……」

 

「ごめんなさい。勝手に朝風さんの袴作りのこと話してしまって」

 

「いいんですよ。気にしないでください」

 

 そういや、あの時あの袴を作ってたのを山森さんにも見られてたか。

 世間ってやつは狭えなあ。

 俺が滑り込みでここの仕事に入れた理由、そういうとこにもあったか。

 仕事色々やってると、意外なところで繋がって困る。

 まさか袴を使う時代劇みたいな撮影で山森さんと仕事するとか思ってなかったもんな。

 

「10分後にテスト開始しまーす!

 エキストラの皆さんはお手洗いに今の内に行ってくださーい!

 セット準備も再確認をお願いしまーす! 監督、ちょっとあそこの……」

 

 撮影開始前の呼びかけが始まった。

 ぼちぼち本番だな。

 子役の歌音ちゃんも気合が入り始めてる。

 

「応援してます、山森さん」

 

「み、見ててください! 立派に死んで見せます!」

 

「いえ、怪我しないように気を付けてくださいね」

 

 今回最初に撮影するカットの流れはこうだ。

 

 女の子(山森さん)が蹴鞠を追って、大名行列の前を横切る。

 その罪で女の子は武士(高田さん)に切られる。

 ワンカットだが印象的なシーンを組み立てたいところだな。

 景さんは背景でそれを見ている群衆の一人という役どころになる。

 

 エキストラでよく見る演技だと、驚きの顔、悲しみの顔、無力感、嫌悪感、憤り、目を逸らすとかがベターなところか。

 背景は背景らしくなきゃいけねえ。

 エキストラがここで笑ってたり、ボーッとしてたり、バカにした顔してたりしちゃアウトだ。

 何せ、被害者のキャスティングが小さな女の子だからな。

 監督の意図は、視聴者に残酷さや憤りを感じさせるところにある。

 視聴者に与える印象は、統一しておかなきゃならねえ。

 

 ん? ここ演出だと、歌音ちゃん地面に倒れんのか。

 

 地面は……まだちょっと石があるな。

 地面を見つめて、撮影開始までちまちまと石を拾っていく。

 

 特撮の基本だ。

 特撮で爆発物を使う時、爆発物の周りの地面に小さな石とかがあると、爆発で飛んだ石が目に当たって失明する可能性がある。

 特撮で敵に吹っ飛ばされた主人公が路面を転がるシーンで、路面に石があると俳優が想定外に怪我をしちまう。

 だから小石拾いは基本なのさ。

 爪切りで切った爪くらいのサイズの石でも、人の肌や目は切れる。

 

 小石拾いは地味で効果そのものは小さいが、俳優が怪我をする可能性を少しずつでも削れる。

 だからちまちまやっていく。

 幸い俺は多少手先が器用で速い。

 山森さんが転ぶ可能性がある範囲の小石を、ひょいひょいと集めるのに時間はかからん。

 

 そうしていたら、誰かが俺の横で同じことをし始めた。

 

「景さん?」

 

「私も手伝うわ」

 

「いえ、景さんは本番まで休んでて……」

 

「気にしないで。やりたいと思ったからやるだけだから」

 

 景さんは江戸時代の雰囲気に合わせ、長い髪を上げて纏めていた。

 江戸の町人らしい袖まくりをした着物が、『気の強い美人』って印象を受ける。

 髪の量が多いから上げて纏めるとカツラが被れないんだろうな。

 だけど服装のバランスがいい感じで、ちゃんと背景の町人達に溶け込んで見える。

 

 つか、面白いな景さんの髪。

 綺麗だし長いし、いじりがいがありそうだ。

 何やっても美人で綺麗に見えるだろうが、あれこれ魅せ方を考えてみてえ。

 

「撮影頑張ってください、景さん」

 

「私、立ってるだけらしいけど……?」

 

「……真面目にやればなんだって役者の仕事には変わりないですし、応援してます」

 

 エキストラに"頑張って"って言うのは確かに何か違うな。

 

「皆さん良いですかー!」

 

 あ、エキストラへの説明が始まった。

 

「景さん、早く他の人に混ざってください。……あと、手伝ってくれてありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

「場面設定は見ての通り江戸時代の街の往来です!

 一人の少女が蹴鞠をおいかけ、つい大名行列を横切り―――」

 

 行ったな景さん。

 あ、あそこにいんのは黒さんと柊さん。

 

「おはようございます、黒さん」

 

「ん? エージか」

 

「『ん? エージか』じゃないですよ。さっきからあくせく働いてたでしょ」

 

「悪い、見てなかったわ」

 

「もー」

 

 いいんだよ柊さん。

 そういう人だって俺達分かってんじゃん。

 あ、そうだ。

 

「柊さん、黒さんは景さんに何か指示出してましたか?」

 

「え? ……言ってないかな。有象無象の一人の役やれって言ってたくらいで」

 

 ん?

 

「あいつが失敗でもしたら『ちゃんと町人Aやれ』とでも言うさ」

 

 ……ん?

 

「黒さん、『目立たない町人Aやれ』って言うつもりないんですか?」

 

 その時、黒さんが俺を見る目が、いつものように『遊べる玩具を見る子供の目』に変わった。

 

「『江戸時代の町人A』やりゃいい。俺からすりゃそれで十分だ」

 

 嫌な予感がしてきたな。

 

「エージ、分かってるな? お前が言いたいのは"そういうこと"だろ?」

 

「……何がですか」

 

「エキストラは目立たねえのが仕事だ。

 背景が目立ったら意味がねえ。最悪でも役者を引き立てなきゃカスだ」

 

 ああ、そうだな。

 そいつは俺が巌爺ちゃんのとこの空背景描いてた時も強く意識してたことだ。

 

「だから俺は、俺が監督の映画ならエキストラは目立たせねえよ。

 俺の映画でそんな勝手させたらなー、俺はクソ腹立つだろうからな!」

 

 嫌な予感が高まってきた!

 

「撮影のどこかにはいるんで、何かあったら俺に連絡お願いします、柊さん!」

 

「あ、うん」

 

 俺はスタッフサイドの方に戻るため、人の合間をかき分けて動き始める。

 

「なぁ……あの男……どっかで見たことね?」

「あ? そりゃ同業だしどっかで見てるだろ」

「いやあんな柄悪そうなのいたら忘れねぇよ。そうじゃなくてなんか別のとこで」

 

 黒さんを見たことのある人がぼちぼち反応し始めた。

 日本じゃ無名っつっても、過去の入賞ニュースまでなかったわけじゃねえ。

 知ってるやつは知ってる。

 いや、今は余計なことに気回してねえでいざという時フォローできる所に早く行かねえと。

 

「柊。よく見てろ、面白いもん拝めるから」

 

 黒さんの声が聞こえる。あ、駄目だこれ。

 

「え?」

 

 柊さんの声が聞こえる。駄目だ間に合わん。

 

 撮影現場の緊張が高まっていく。

 日常の空気から、撮影の空気に。

 撮影テスト開始前のカウントが始まって、殺される役の歌音ちゃんと、殺す側の高田さんが役に入っていく。

 カメラが回され、合図のカチンコが構えられる。

 

「ではテストー、よーい」

 

 カチン、と音が鳴り。

 移動中の俺の目が、景さんの目を捉えた。

 

 その時の俺には不思議と、何故か、景さんの心情の動きが理解できた。

 

 景さんの心情が役に入っていく。

 そして、『ズレ』ていく。

 メソッド演技……過去の自分をリプレイする彼女の演技法が、夜凪景の内側から『最も妥当な記憶』を引きずり出していく。

 江戸の町人という設定から、決定的に景さんをズレさせていく。

 

 "小さな女の子"の存在が、景さんの中から、妹を愛する姉の記憶を蘇らせる。

 演技法が強制的に小さな女の子を『妹のレイ』と認識させる。

 役に入れば入るだけ、景さんが普段持っている意識が、認識が、常識が、頭の中から消える。

 そうして、"夜凪景"が消えて、"作られた町人の役"がその体を支配した時。

 

 景さんは、高田さんに飛び蹴りをかまし、地面を転がしていた。

 

「大丈夫?」

 

「―――。はい……でも、私、殺される役……」

 

「?」

 

「うわぁぁん!」

 

 ビックリしすぎて泣き出す山森さん、地面に転がる高田さん、唖然とするスタッフ、はっとして正気に戻る景さん。

 

 江戸に、大暴れ怪獣(キングコング)が襲来した。

 

 ウオァー! 頑張れって言った俺のせいか!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 案の定というか、景さんはやらかしてしまった。

 おめーよー、おめーよー。

 おめー本当によー……まあ微塵も予想してなかったってわけじゃねえけどよ。

 

 景さんは過去の自分を今の自分に引き出し、演技する。

 だから、なれねえ。

 江戸時代の人間に本当の意味でなりきることができねえ。

 

 ただ、なんつーか、俺はやっぱあの人が結構好きだ。

 

 景さんは小さな女の子を見捨てなかった。

 人を殺そうとしてる人間、人を殺す刃物を持った人間に立ち向かい、自分がどうなろうと女の子を助けようとしてた。

 妹と小さな女の子が重なったんだろうが、演技法のせいで現実と芝居の区別がつかなくなる中、命をかけて他人を守りに行ったんだぜ。

 そいつは、つまり。

 この人は過去から今にいたるまでずっと、強く優しい人で在り続けた人だってことだ。

 

 この人には演技の才能が無かったとしても、愛情深いって個性がある。

 自分が信じる在り方のために命を投げ捨てられる、その在り方は美しい。

 ああいう心が好きだから、これで終わりとかになってほしくねえ。

 

 なので、色々スタッフ間で動いて擁護に動いてみた。

 頼むぞー、頼むぞー、ちょっと大目に見てやるかーみたいな空気になってくれ。

 景さん達の方に行く余裕ねえなこれ。

 

 撮影ってのは集団でやるもんだ。

 プロデューサーのタイプによっては会社所属、フリーランス、他の制作チームの人間の応援等々色んな人間が混ざってる。

 「役に気持ち入れすぎてうっかり蹴っちゃいました」とかエキストラの女優が言い始めたら、もうその時点で業界永久追放とかなくもねえ。

 

 週刊誌とかで時々あるからな。

 撮影中の女優の暴挙暴言がスクープされて、ネットで大炎上して、それが一生ネットで罵倒のネタにされるとかのやつ。

 これ全部分かってやってるとしたらぶっ殺すぞ黒山ァ!

 景さんのやらかしも!

 撮影スタッフ内部で俺がフォローすることも!

 全部計算尽くで分かってやってるとしたらぶっ殺すぞ黒山ァ!

 

 特に、高田さんは怒り心頭だった。

 景さんを叩き出してやると言わんばかりだった。

 

「監督がなんであの女を叩き出さないのか分からんが、それなら俺が叩き出す!」

 

「お、落ち着いてください高田さん。

 彼女は時代劇が初めてできっと緊張してたんです、どうかチャンスを」

 

 俺がなだめていると、高田さんが怪訝な顔をする。

 

「なんだお前、あいつとデキてるのか? まあ顔は良いだろうが、やめとけ」

 

 失礼なこと言ってんじゃねえぞオッサン!

 

「景さんに失礼ですよ、高田さん」

 

「……ん?」

 

 やっべ、どう説得すりゃいいのか分からん。

 俺は作品で納得させるのは得意だが、口八丁で説得するのは別に得意じゃねえっつうの!

 

「もはや彼女は江戸を襲うキングコングですが、キングコングは優しいんです。どうかご容赦を」

 

「それは擁護してるつもりなのか?」

 

「た、多分なんとかなります。多分」

 

 ゴで始まってイで終わる言葉で説得を繰り返す。

 ごめんなさい。

 ゴリラは優しい。

 俺が謝ってどうにかなるもんでもねえが、人は謝られるとなんとなく許したい気持ちになってくるもんだ。心理学の話だな。

 だが高田さんは、俺の予想よりもはるかに早く、ため息を吐いて妥協してくれた。

 

「まあ、いい。とりあえずはな」

 

「……? こんなにあっさり受け入れてくださるんですか」

 

「ああ、いや、なんだ」

 

 高田さんは、なんでか神妙な顔をしていた。

 

「特撮の神様、棘谷英二*8が"キングコングに惚れた男"と言われていたのを思い出してな」

 

 ……親父がつけた俺の名前の元ネタの人っすねー。

 ところで、その発言にはどういう含みがあるんですかね。

 

「ただし、仏の顔も三度までだぞ!」

 

 あざす!

 

「お前の顔を立ててやる。

 お前がさっきちまちまと小石を拾ってくれたおかげだ。

 地面を転がった俺の肌には傷一つ付いてない……感謝しておく」

 

 ……あざす!

 

 

 

 

 

 そして黒さんがいいアドバイスしてくれてるはずだ、と信じて挑んだテイク2。

 

「ダメ!」

 

 また突っ込んでくる景さん。

 今度は高田さんを蹴らなかった、蹴らなかったが。

 

「お願い……! この子を助けて!」

 

 山森さんを庇い、高田さんに命乞いをする。

 "景さんらしい"。

 "江戸の町人らしくない"。

 強く優しい女性が、命をかけて少女を守る、台本にない美しい姿。

 

 はい、当然NGっすね。

 

 お、お前っー!

 

 確かに景さんにギャグは向いてねえだろみたいな話はしたが!

 

 こんなやっちゃいけねえ天丼する奴がいるかッー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すれ違った時に高田さんが「仏の顔も三度までだぞ」とか言ってたのが怖い。

 監督が何やら考え込んでんの怖い。

 撮影スタッフがイライラし始めてんのも怖え。

 

 昔ながらの伝統的で派手な特撮をやろうとすると、事前準備五時間撮影数秒とかザラだ。

 一番時間がかかるのは撮影準備だと言っても、そんなに過言じゃねえ。

 準備して、準備して、短い撮影で最高の画を撮る。

 そいつが撮影ってもんだ。

 

 皆で息を合わせて、力を合わせて、準備に準備を重ねて……立ってるだけで良いはずのエキストラ女優が意味分かんねえことして、全部台無し。

 んで、また準備からやり直して、今度こそと思ったら、また同じ女優のやらかし。

 そりゃキレるわ皆。

 むしろまだ大きな声があんま出てないって時点で、寛容にすら見える。

 西條監督*9とか、ウルトラマンのスーツアクターが一回でも満足できねえ演技したら、その時点で全力ドロップキックかましたって話だからな!

 

 エキストラの間にも嫌な空気が広がってる。

 こっちは一般人の分、本当にヤバくなったらどうにもできねえ。

 エキストラ間で人間問題起きて他エキストラに蹴られる、って時々あんだぞ?

 つか。

 時代劇のエキストラの一般公募の人、ってのは、時代劇好きなわけで。

 高田さんのファンとかも当然多くて、高田さんの撮影だからってエキストラに来てる、高田さんの重度のファンとかもいるわけで。

 よくいるんだよ役者のファンでエキストラに毎回来てる人とか。

 だから高田さんを蹴った景さんが……ヤベえ……どうしよう。

 

 普通の役者なら、撮影開始直前の景さんの周りでエキストラ達がぶつぶつ言ってる「なんだあのキチガイ」「なんでまだいるんだ」「外せよ」って声で心折れてる。

 自主的に撮影から出てくだろうな。

 でも景さんは自分の内面に潜ってる人だから、"まだ演技の時に周りが見えない人だから"、気にしてる様子はねえ。

 そこは幸いか。

 

 ……あんまり良い幸いじゃねえけどな。

 

 もう俺にできることがなくなって来たんで、柊さん達に合流する。

 

「おつかれ、エージ君」

 

「もう先が無いですよ。大丈夫ですか?」

 

「……墨字さん何考えてるんだろうね」

 

 はぁ、と俺と柊さんの溜め息の音が重なった。

 

「エキストラの不満とかは、もう俺にどうにかできるもんじゃないですね」

 

「そっか。エージくんエキストラの指揮ってしたことある?」

 

「ありますよ。ウルトラマンで。

 俺が大体朝の五時くらいに現地入りして、エキストラさん達は八時くらいに集合です。

 怪獣の頭の高さに視線を誘導するため、先に布付けた棒を振ったりしてました。

 六割から七割の力で走ってくださいね、って言わないと皆転ぶので注意したり。

 あと、『これが最後ですよー』って言う時が肝だと思います。

 最後の一回は一般人のエキストラの皆さん、なんでか力いっぱい走って転ぶんですよ」

 

「へー」

 

「エキストラの誘導自体は、何事もなければ、マニュアルあれば十分できます」

 

「墨字さんが時代劇とか撮ったら、それはそれで大変そうだよね」

 

 絶対大変だと思うぞ。

 

「おいエージ」

 

「あ、黒さん。ちょっと、なんで景さんを……」

 

「あれでいいんだよ。どうせ次のカットで終わりだ」

 

 ? 次のカットで終わり?

 撮影予定時間はまだまだ長え。

 ここで追い出されるってことか……? 追い出される前提で何を……?

 

「お前にちょっと、夜凪に講義してもらいたいことがある。

 そいつをやったら、俺が少しだけ夜凪にアドバイスして、それで終わりだ。

 あいつの才能は、そうやって一つ気が付けばそれだけで全てを解決するだろうさ」

 

 講義?

 アドバイス?

 いや、待て。

 景さんですら制御できてない、景さんですらまだ完全には分かってない……景さんのその心に、あんた何を見たんだ?

 

「お前に、他人の心に魔法を掛けるやり方ってやつを教えてやる」

 

 俺を、何の仕込みに使うつもりだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何言ったんだ、あの人。

 雰囲気が……いや、もう相当に()()()()()()

 平成に生まれて平成に生きた夜凪景って存在が、この世のどこにもいなくなってやがる。

 

 なんだ。

 テイク1、テイク2と、今の景さんはまるで違う。

 溶け込んでる。

 過去の自分を現在に引きずり出す景さんが―――なんでこんなに、江戸の世界にマッチしてる?

 

 撮影が、始まる。

 

 瞬間、景さんの心が切り替わった。

 

 もうカメラは止められない。

 

 切る芝居をした高田さんの目の前で、見るだけの芝居をする景さんの前で、切られた芝居をした歌音ちゃんが地面に倒れた。

 

 景さんが握りしめた拳から、血が流れる。

 "小さな女の子を見殺しにする町人の演技"が展開される。

 もう蹴り飛ばしになんて行かない。

 もう女の子を庇いになんて行かない。

 歯を食いしばり、血が出るくらいに拳を強く握り締め、流れる嫌な汗、こぼれそうなのに必死にこらえられた涙。

 優しい人が女の子を見殺しにしなければならないという苦悩が、強くにじみ出ている。

 

 伝わってくる。

 台詞がないってのに、景さんの表情から、全ての感情が伝わってきやがる。

 見捨てたくなかった、という苦悩。

 死なないでほしかった、という願いが踏み躙られた痛み。

 生きてほしかった、という祈りが砕かれた無力感。

 マイムから派生した「言葉を使わずとも無いものを有るものに見せる演技」の究極系を、何の技もなく、才能と本能だけで成立させている。

 

 画面内の存在感の比重が変わる。

 

 カメラは殺した高田さんと、殺された歌音ちゃんを中心にしようとしているはずなのに。

 もう高田さんに目が行かない。

 もう歌音ちゃんに目が行かない。

 殺した武士の理不尽に怒りも湧いてこない。

 殺された女の子への同情も湧いてこない。

 自然と皆、景さんを見ていた。

 

 背景の中の一人でしかない景さんを、皆見ていた。

 立っているだけの景さんから、目が離せなかった。

 表情で演技をしているだけの景さんに、皆が心を奪われていた。

 ブラックホールみてえに、景さんが視界に入ってる人の全ての視線を、自分に集めてやがる。

 視線の略奪者。

 注視の支配者。

 景さんと、高田さんと、歌音ちゃんが視界に入っている人に、景さんは自分以外の何かを見ることを許さない。それ以外の選択肢すら与えない。

 

 周囲の観客の想像力を支配したあの日のオーディションとは違う。

 今日、夜凪景は、観客の視線の全てを支配した。

 

「カット! カット!

 あいつを……あのエキストラを外してくれ!

 黒山の野郎何しやがった! たった一人のエキストラに、シーンごと喰われちまう!」

 

 監督の驚愕の声が響く。

 もう駄目だな。

 

 景さんが景さん以外の何かを見ることを観客に許さねえ以上、景さんが画面に映った時点で、景さんを主演に据えない全ての撮影は成立しねえ。

 主演が何言っても、観客は景さんを見る。

 誰が殺しても、誰が殺されても、観客は景さんを見る。

 このまま撮影が続いてたら、下手すりゃ他の役者すら景さんに引っ張られる。

 もう、景さんが演じることすら、この撮影は許容できねえ。

 

「ははっ」

 

 思わず、笑いが漏れた。

 

「はは、ははは……いいなぁ。流石だ、景さん」

 

 何故か、俺の一番深いところにある何かが、景さんを見ているだけで、かつてないくらいに『仲間』を見つけた気がしていた。

 

「あのエキストラを外してくれ! これじゃ主役にまるで目がいかない……!」

 

 監督の声で、周囲に温度差が出来る。

 監督の言葉を理解した者。

 まだ景さんの演技に目を奪われたままの者。

 そして、景さんの左右にいて、景さんの演技が目に入ってなかった者。

 三者の間に致命的な温度差が出来て、瞬時に景さんを撮影から叩き出すことができてねえ。

 

「えっ……NG!?」

「どうして!?」

「この子今回は何もしてな……」

「……え」

「き……君?」

 

 景さんが町人を演じたまま、地面に倒れて死の芝居をしている歌音ちゃんに歩み寄る。

 心が戻ってきていない。

 まだ、役の深くまで心を潜らせたままだ。

 夜凪景の演技はまだ、続いてる。

 『カットで終わった』と思っていた周囲の心が、芝居から離れて現実に戻って来ていたはずの皆の心が、景さんの演技で力尽くに引きずり込まれる。

 

 跪き、無力感に打ちひしがれる景さん。

 その瞳から涙がこぼれた。

 死んでほしくなかった、という心の底からの叫びを、景さんは飲み込む。

 こらえて、飲み込んで、けれどそのせいで感情は二つの瞳からこぼれて。

 とめどなく溢れる涙が頬を伝い、死の演技をする歌音ちゃんの服に落ちる。

 

 何かができたはずなのに。

 助けてあげられたかもしれないのに。

 こんなことは間違っていると、そう思っていたのに、何もしなかった自分がいて。

 景さんは万感の想いを込めて、涙と共に小さな一言の声をこぼした。

 

 

 

「ごめんね」

 

 

 

 万感の想いを込めた、ただ一言。

 "芝居の温度が下がった"。

 "撮影の空気が冷えた"。

 そうとしか言えない、周囲の空気ごと巻き込む景さんの芝居の干渉。

 

 全員の視界に景さんが入った瞬間に景さんが芝居をしたため、景さんの芝居の影響が、撮影全体に及ぶ。

 本気の悲しみ、本気の後悔、本気の無力感、そして本気の謝罪。

 流れ落ちた本気の涙が、撮影に参加していた全ての人間にざわめきを生む。

 

「え、おい」

「あの子役……本当に死んでんじゃ」

「えっ……」

「何!? 事故!?」

 

 景さんのかけた魔法が、一瞬周囲全てに『山森歌音が死んだ』『あのエキストラはそれを本気で悲しんでいる』と認識させ、集団がパニックに至る寸前まで張り詰めた気を膨れ上がらせ――

 

「あの……」

 

「え」

 

 ――傷一つない山森さんが目を開けて、死体のフリを辞めた瞬間、魔法が解けた。

 

 ああ。

 やっべえ。

 胸が躍る。

 心奪われる。

 俺も、景さんしか見えない。

 

「あ、ああ、なんだ、勘違いか」

「ほっ、良かった……生きてる」

「そ、そりゃそうだろ」

「え……ウソ、今の芝居?」

 

 知っていたはずだ。

 皆、この子が死んでいないことを知っていたはずだ。

 演技だって知ってたはずだ。

 これはただの撮影なんだからな。

 

 なのに、景さんが見せた演技を見て、誰もが最初に聞いてた話と、自分が認識していた現実の全てを疑い始めた。

 自分達が間違ってるんじゃないか、と。

 子供が殺される・殺されたと認識していた彼女の方が正しいんじゃないか、と。

 自分の認識への疑問。

 彼女を見て得た確信。

 その二つが先にあって、『事故で人が死んだんじゃ』という結論に、周囲の全ての人間が至っちまいそうになっていた。

 

 危うく誰もが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 とても珍しいことだが、フィクションを現実だと信じる人間は少数だがいないわけじゃねえ。

 バカみたいなフィクションの本を読んで、ずっとそれを信じてる人もいる。

 人間の脳は、時に現実より創作にリアリティを感じように出来てるもんだ。

 そいつは、景さんを見てるとよく分かる。

 今、景さんが見せた"偽の現実"は、周囲から"本物の現実"を奪い取りかけた。

 あと一分山森さんが目を開けるのを遅らせていたら、救急車くらいは呼ばれてただろうな。

 

 アリサさんは、景さんを「現実と芝居の境界が曖昧すぎる」と言った。

 景さんの将来を危ぶんで、そう言った。

 まったくもってその通りだな。

 今、景さんは。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 『銀河鉄道の夜』でジョバンニがカムパネルラと共に旅路を進み、現実/生と幻想/死の境界が分からないままに歩んで行くかのように。

 

 芝居で、この場の全員の心を奪った。

 芝居で、スタッフ全員の現実を奪った。

 芝居で、作り物で、本物の現実に打ち勝って全てを塗り潰しかけた。

 

 ああ、クソ。

 

 なんて、綺麗。なんて、強い。……惚れる。

 

 景さんが、現実に戻ってくる。

 

「君! 名前は―――」

 

 監督が呼び止めようとするが、黒さんが景さんを抱えて逃げた。

 

「上出来だ! 帰るぞ夜凪。お前はもう用無しだとさ」

 

「?」

 

「なっ……待て! 黒山! その子は一体―――」

 

 柊さんが勢い良く車を回して、黒さんが景さんを抱えたまま車に乗り込んだ。

 監督が呼び止めようとするが、まるで止まらない。黒さんが聞く耳を持たない。

 そこには黒さんの、映画監督としての、景さんの才能に対する独占欲が垣間見えた。

 

 柊さんがこっちに視線をやる。

 いいですよ気にしないで。後始末やっとくんでさっさと帰ってください。

 景さんがこのままここにいたら、さっきの演技のせいで撮影絶対成立しませんから。

 柊さんが俺に謝って頭を下げているのが、車のガラス越しに見えた。

 

「すまん監督! 埋め合わせは必ず!」

 

 そんな捨て台詞を吐いて、黒さんは車を走らせ、三人で退却していった。

 

 ……あーあ。

 このクソ問題児どもめ。

 俺が色々フォローしとくっきゃないか……プロデューサーとかその辺に。

 

 ざわめきが広がってる。

 無茶苦茶な黒さんのやり方に。

 無茶苦茶で桁外れな景さんの演技に。

 怒りなのか感動なのか、困惑なのか称賛なのか、ざわめきの当人達にすら分かってねえであろう混乱が広がっている。

 

 俺は地面に腰を降ろしたまま、立ち上がっていない歌音ちゃんに歩み寄った。

 

「山森さん、大丈夫ですか?」

 

「……あ、あの、あの」

 

「落ち着いてください。痛いところはありますか」

 

「痛いところが、あったんです。すごく痛かった、気がするんです」

 

「?」

 

 なんだそりゃ。

 

「倒れた時、お腹を打ったんだと思います。

 痛かったんです。

 でも、あの人が演技をして……すごく悲しんでて……お腹は痛くて……

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、って思って。

 目を開けるのが怖くて、カットって聞こえてたのに、目を開けられなくて……

 なんだか、お腹がすごく痛いような気がして……

 勇気を出して目を開けたら、でもやっぱり血は出てなくて。

 今思うと、あの人が演技してる時、なんで私はあんなに痛いような気がしてたのかな、って」

 

 歌音ちゃんは困惑している。

 

 夜凪、景。

 ()()()()()()()()()()()()天才。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()天才。

 

 歌音ちゃんが子供で良かった。

 まだこの子は、今の演技を完全には理解していない。

 感覚的に少し分かってるだけだ。

 この子が子役だけで引退するにしても、この先も俳優続けるにしても、景さんの演技が悪影響することはあんまないだろう。

 

 大丈夫だ、気にすんな。

 

 君程度じゃどうせ頑張っても、景さんみたいにはなれないから。

 

「よしよし」

 

 優しく歌音ちゃんの頭を撫でてやる。

 くすぐったそうにする歌音ちゃんが可愛らしい。

 自分が死んだかもって思った時は怖かったよな。よしよし。

 歌音ちゃんはいい子だからな。

 成功してほしいと思ってるし、幸せになってほしいと思ってるぞ。

 よしよし。

 

「あ、あの……私の演技、立派に死ねてましたか?」

 

「はい、立派でしたよ。

 子役の中では頭一つ抜けてると思います。

 俺が子供の頃の子役と比べても、とびっきりで上手いですね。流石スターズです」

 

「えへへ」

 

 いや、かなりの名演だったぜ。

 子役でこのレベルの演技できるの三人もいないんじゃねえか?

 素直に称賛できる。歌音ちゃんは優秀だな。

 

 歌音ちゃんの手を引いて、監督の下に行く途中、ふと景さん達を乗せた車が走り去って行った方を見る。

 

「魂まで、持って行かれそうだ。俺の片想いなのが少し寂しいな」

 

 思わず、言葉がこぼれていた。

 

 

 

*11938年公開映画。発想自体が頭煮えている。

*2長野県富士見町の原野のこと。12万6000平方mの広大なフィールドで、関ヶ原の合戦撮影などに使われる。時代劇の印象的な平野合戦と言えばここ。10年以上の歴史、東京から近い、法的に緩い、馬が借りやすい、大型駐車スペースがある……等々、多くの利点を持っていたが、様々な理由からメガソーラー発電所設置のための土地として使われることとなった。2018年よりここは撮影に使えなくなったということである。

*3仮面ライダージオウ。先にデカい過去ライダー客演の情報を出し、続けて更にデカい過去ライダー客演の情報を出すことで、余すことなく衝撃を伝え視聴者を粉砕する、次回予告左之助の二重の極みを得意とする。

*4ウルトラマンを生み出した棘谷プロダクションは疲弊の極みにあった。何故なら、皆が予算額を見ないでドバドバ金を使い、映像を作るたびに赤字を出しまくっていたからだ! 平成の時代でもテレビ局から数百万の予算を貰うも、その範囲で作らず、一話平均四千万で撮影。もちろん大赤字。後に玩具販売などである程度赤字は減らせたものの、基本的に撮れば撮るほど赤字だった。昭和の時代は予定話数の折返しの地点で予算が尽きるのも日常茶飯事だったという。結果、どんぶり勘定の連続でウルトラマンの放映継続体勢は完全に破綻した。

*5ウルトラマンゼロ。地上波から消えたウルトラマンの人気を支えた、元劇場版限定ウルトラマン。「俺はゼロ! ウルトラマンゼロ! セブンの息子だ!」が印象的。特に中国を始めとした海外圏で人気が高く、最近新造されるウルトラセブンのデザインなどは「ゼロに寄せて」と注文されているという疑惑がある。因果が逆転してない!?

*6ウルトラマンギンガ。地上波にウルトラマンを復活させた今の世代の始点の一人。ギンガ世代から『最初に番組全体の予算を決め、そこから一話ごとに使う予算を計算する』ということができる人が指揮に入った。棘谷の革命である。お、遅い……

*7刀剣乱舞のこと。刀がイケメン男に擬人化するお話。爆発的に売れたこの作品の影響で、時代劇演劇系の人達が御用達にしていた店のいくつかで商品が枯渇した。

*8『棘谷英二の人生がそのまま日本映画の歴史』と言われるほどの傑物。特撮の歴史でこの人と同格に人間は存在しないというレベルの偉人。世界規模で国家単位の経済と歴史に大きな影響を残し、『特撮の神様』の呼び名の通り、特撮に携わる全ての人間にとって神に当たる存在。

*9西條昭平監督。スーパー戦隊シリーズ演出本数歴代二位のレジェンド。戦隊とウルトラマンの両方で名仕事を重ね、西映と棘谷の個性の違いについて言及した稀有な人物。




 補足:英二君は歌音ちゃんを心底凄い天才だと思っていて、見上げるように称賛しています

 なお、夜凪ちゃんが本格的に成長するのはデスアイランド編と舞台編の模様
 原作の重要なシーンの周囲の反応や起こってることは極力原作そのままにするスタイル
 これを原作沿い二次創作って言うらしいですよ!


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