ノット・アクターズ   作:ルシエド
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(ひい)でる
 意味:才能が抜きん出ている。他のものより特に優れている。
 用例:美しさに英でる

(はなぶさ)
 意味:房になって咲く花のこと。
 用例:青い桔梗の英

 今週号のアクタージュ引き合いに出すなら「まともな人間らしさ」って「どうしたいか」というより「どうあるべきか」カテゴリですよね
 逆に全ての倫理をすっ飛ばして好きなように生きるのは「どうしたいか」カテゴリ


英でることも二のつぎで、城にはやがて朝がくる

 撮影は続く。

 とりあえず景さんが抜けてエキストラに欠員が一人出た分は、俺が入って埋めた。

 "基本誰でもいい"ってのがエキストラの長所だ。

 

 ……うーん、黒さんどこまで考えてんだ。

 最後に柊さんに車回させて、自分は景さん拾って、俺は残して帰ったの見ると、「ちょうどいいやあいつならエキストラの穴も埋めんだろ」って考えてたような気すらする。

 エキストラに穴が空いて撮影に悪影響出たら俺は難色示すだろうからな。

 俺を駒のように使ってるようでいて、上手く俺の文句をかわしてやがる。

 畜生かあいつは。

 

「利用されたんだ、俺達の作品ごと。あの少女の成長のために」

 

 そんなこと言ってた監督が、俺の頭をむんずと掴んだ。

 待てい。

 そんなことしなくても逃げんぞ俺は。

 

「そうだろ、朝風君」

 

「俺に聞かれても曖昧にしか答えられないんですが……」

 

「……? 君は黒山の指示で工作してたんだと思ってたが」

 

「いえ、景さんの擁護してたのは自分の意志で、それが全部ですね」

 

 洗いざらい話す。

 まさかこうなるとは思ってなかったってところから、景さんの演技の素晴らしさまで。

 いやー、良かっただろあの演技!

 エキストラとしてはゴミカスだったけど!

 主演で見れてたら最高だったぞ!

 

 "何も知りません"で信じてもらえたのは、俺の普段の行いってやつだろうか。

 

「黒さんは俺達にあんま内心も目的も話さないんですよ。協力はさせますけど」

 

「怒っていいんだぞ君は」

 

「いや怒ってますよ。口に出さないだけです」

 

「それは怒ってないのと同じだ」

 

 そういうもんかねー。

 

「もしやとは思うが、あの子はメソッド演技の使い手か?」

 

「おお、流石監督。三回エキストラ役を見ただけで気付きましたか」

 

「話には聞いたことがある。

 メソッド演技はアメリカが本場で、あっちではメソッド演技の暴走例がいくつもあるからな」

 

 詳しいな監督。

 なるほど、だから景さんがやらかしても叩き出さなかったのか。

 "あれかもしれない"って気付けるだけの下地知識があったんだな。

 

「周りが全部飲み込まれてしまった。黒山め、あの子に一体何をしたんだ……?」

 

「俺も聞いてないんですよね。黒さんが何か話す前に、講義したくらいで」

 

「講義?」

 

「監督、朝風二世。黒山とあのエキストラの会話聞いてたカメラマンがいたぞ」

 

 あ、高田さんがいいタイミングでいい感じに人連れてきてくれた。

 景さんと黒さんの会話か。超気になる。

 そこで聞いた話をまとめると、大まかにこんな感じだった。

 

 

『夜凪。お前に何が足りないか教えてやろうか』

 

『最初から勘違いしてんだよお前は。あのガキはお前の妹じゃねぇ』

 

『お前の家族はこの江戸の町にいて、お前の帰りを待ってるんだ』

 

『あそこで奴に逆らってもみろ。

 お前だけじゃねぇ、一族郎党、お前の妹弟まで皆殺しだぞ』

 

『夜凪。もっと世界を、他人を、自分を知れ』

 

『それがお前の―――役者の仕事だ』

 

 

 カメラマンの話はところどころ欠けてたが、合間の単語埋めると黒さんが景さんに言った内容はこんな感じだな。

 つーか。

 なるほど。

 会話聞いて、納得できた。

 

「なるほど。大体分かりました」

 

「いや待て朝風君、なんだこれは」

 

 説明がいるか、監督達には。

 

「夜凪景さんは、自分が江戸の町人だと思い込んで演技してたんですね。

 なので、小さな女の子が殺されるのが見過ごせなかった。

 景さんは勇気ある人ですから。

 なのでそこに、黒さんが"止めようとしたら家族も死ぬ"と新知識を刷り込んだ。

 そのために、景さんは家族を想って無謀を自制した……ということですね」

 

 まー古今東西蛮行を制止すんのはリスクって相場が決まってるしな。

 家族が殺されるリスクを思わせて、蛮行の演技を止めさせた。

 いい策だと思う。

 

「いや、待て」

 

 ん? どうしたんだ監督、そんな考え込んで。

 

()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ってことか?」

 

 そらそうだ。

 景さんのまぶたの裏には、江戸時代で自分が住んでる家も、そこで一緒に住んでる家族もちゃんと見えてただろうぜ。

 

「そうですね。

 でないとこの演技は成立しませんから。

 江戸時代に生きる自分、江戸時代に生きる弟妹……

 それを鮮明にイメージして、自分の本当の過去と同列に扱ったんでしょう。

 でなければ黒さんが『江戸時代に生きる夜凪景』のイメージだけを作らせた理由がない」

 

「……俺なら、この時代劇が、作り物の世界だと認識させる。

 本当に殺す気などないと割り切らせる。

 江戸にいる家族の話をする? なんだそりゃ。

 江戸に本当に生きて"いた"認識を持たせるなどという無駄な行為は、それは……」

 

「それだと、黒さんが『江戸に当時生きてた人』を見れないじゃないですか」

 

「―――は?」

 

「江戸時代を本当に生きた人なんて現代にはいません。

 でも景さんにこういう経路で思考させれば、真に迫ったものが出来ます。

 限りなく江戸時代当時に生きていた、心優しい女傑の町人に近い心が。

 それは"江戸時代を想像する現代人"とは一線を画す、一種の自己催眠ですね」

 

 なんて言うのが正しいんだろうな。

 黒さんが誘導して、景さんが現代に生きる自分すら忘れて、江戸時代に生まれ育った自分の過去と記憶を捏造し、そっちが本当の自分だと思い込んだ……って感じか?

 よくもまあ、って感じだ。

 

 江戸時代の知識すらほぼねえのに江戸時代の人間になりきったか。

 それって「俺は日本のこと何も知らないが自分が日本人だと確信してる! 疑いもしてない!」みたいなもんだろうに。

 

「黒山、夜凪……人間の心を粘土細工のように扱うのか……」

 

「正直怖いですね。景さんの心にかかってる負荷は相当なもんです。でも」

 

 でも、見たろ監督。

 

「美しかった」

 

 いいもんだったよな。

 俺みたいな物作り畑の人間には一生作れない、自分の心も魂も捏ねくり回すような、『自分以外の何かになる』芸術。

 俺が作るような『何かを作る』芸術を、使う側の芸術の人達。

 

 惚れ込む気持ちと一緒に、"家族がいるんだから危ないことはやめろ"って言いたくなる気持ちがふつふつと湧いて来る。

 景さんが芸に命まで捧げようとしたら、俺はその時……どうすんのかね。

 自己判断で勝手に死んでいいのは家族がいない奴だけだぞ。

 

「景さんのことを考えるなら、辞めろと言うべきなんでしょうけど……

 景さん自身が全く止まる気配がなく、俺は止められる立場にないんです」

 

 監督と高田さんが、じっとこっちを見ている。

 

「お前、さっき黒山の前に講義したと言ったな。何を話した?」

 

 そんな大したこと話してねえけど……黒さんの話の直前に知識の下地入れただけだしな。

 大体こんな感じ。

 

 

 

 

 

 落ち込んでる景さんを見て、俺は少し驚いた。

 お前、こういうので落ち込むことある生き物だったのか……いや、人間だしそうか。

 二回連続で失敗すると少女相応に落ち込むってのに、撮影開始直前の周りの陰口は気にしてなかった風なのは、どことなく景さんらしい。

 

「あら、英二君」

 

「どうも」

 

「……ごめんなさい、迷惑をかけてる気がするわ」

 

「いえ、お構いなく。フォローも裏方(おれ)の仕事と言えば仕事ですから」

 

 少し、嘘をついた。

 俳優を支えるのは俺達の仕事だ。

 だが撮影全体に悪影響を与えるような俳優は、つまみ出すのも裏方の仕事。

 本当は良くねえのかもしれん、俺の私情は。

 

 つか俺は気にしてないが、テイク2も終わってテイク3に入る今、他の人のイライラがヤバい。

 大丈夫なんだろうな黒さん。

 「こういう系の話したら俺がどうにかしとく」って黒さんが言ってたが、俺がその通りに教えれば大丈夫って信じていいんだろうな。

 俺現段階じゃよく分かってねえぞ。

 

「肩の力を抜きましょう、景さん」

 

「肩に特に力は入れてないわ……私は力の入れどころを間違えてるのよ……」

 

「ま、まだチャンスはありますって」

 

「体が勝手に動いてしまって……」

 

 好奇心が百万倍になってそうだ。じゃ、なくて。

 しゃあねえ、ちょっと強引に切り込んでみるか。

 

「俺のちょっとした豆知識で気分を切り替えましょう!」

 

「なんだか強引に話を切り替えてるところを見ると、英二君のトーク力の上限を感じるわ」

 

 ぐっ、こんにゃろう!

 

「それなら何か、演技の助けになるものを……私、このままじゃいられないから」

 

 えっ、うーん、そういう無茶振りする?

 黒さんと景さんの両方の要求に応えられる豆知識か。

 景さんがあのエキストラの役をやる一助になりそうな知識だよな。

 何かあったかな俺の知識の中に。

 んー、んー?

 よし。

 あるっちゃあった。

 

「これは、京都でのお話です」

 

「京都?」

 

「学生特撮ヒーローが修学旅行に行くところ。

 一説には日本映画発祥の地。

 八ツ橋が美味いところですね。あのやーらかいやつです」

 

「食べたことないわ」

 

「……八ツ橋の話は脇に置いておきましょうか。

 今回の撮影と同じ、京都で"メンツのために人が斬り殺された"事件です」

 

「!」

 

 さて。

 1419年、6月に起きたこの事件。

 どういう風に教えたら分かりやすくなるかね。

 俺個人的には仮面ライダーの例とか混じえまくった方が分かりやすい気もするが、景さんはそんな特撮詳しくもなさそうだしなあ。

 

 この手の知識を定着させるのに良いのは、面白い話をするか、面白く話すかの二択だが、俺のトーク力はたかが知れてるから前者しかねえんだよな。

 固有名詞は極力減らして語ってくか。

 

「京都に、髪留めの紐を売る店がありました。

 事前に注文していた女使用人さんが、店に取りに行きました。

 店がまだできてないよー、と言うと、女使用人は激怒しめちゃくちゃに店を罵倒しました」

 

「いきなりクライマックスね」

 

「キレたお店の人は、女使用人をボコボコにし、踏みつけ、彼女の髪を切り刻みました」

 

「更にクライマックスが」

 

「女使用人は自分の主人に涙ながらに訴えました。

 私何も悪い事してないのに! と。

 使用人の主人は、貴族に仕える侍だったのです。許せんと叫びました。

 ふざけんな俺は何も悪いことしてねえぞ、と髪留め屋の店主は上司に訴えました。

 髪留め屋の上司は、幕府の偉い人だったのです。

 上司の貴族に訴えに行った侍さんは、幕府の侍に待ち伏せされてぶっ殺されました」

 

「く、クライマックスが止まらない……!?」

 

 そうだぞ。

 

「これに貴族側の侍達が大激怒。

 出撃した貴族侍軍と幕府侍軍が京都の街中で衝突、大規模な市街戦を開始しました」

 

「1時間30分の映画の残り15分くらいのところかしら……」

 

 そうそう、そんな感じ。

 

「幕府侍軍は貴族侍軍を撃破、そのまま貴族の家を焼き討ちしました。

 ところがここで驚くべきことが起きます。

 幕府侍達の上司にあたる将軍一門の名家の人達が、貴族に助勢したのです」

 

「映画みたい」

 

「映画みたいですよね」

 

「マッドマックス*1とかああいうの」

 

「……いや、それは、確かにそうなんですが」

 

 世紀末ロックンロールだよな。

 

「最終的に幕府が貴族側を称賛、暴走した侍達を処罰しましたが……

 重要なのは、『皆が皆メンツと仕返しにこだわった』というところです」

 

「うちのルイとレイの方がまだマシね」

 

「あの二人はいい子ですからね。景さんの教育がきっといいんですよ」

 

「……それはいいの、別にいいのよ」

 

 こういう"メンツが重要だぜ概念"が頭に入ってると、多分後が楽だ。

 

「昔は市民も武士もロックでした。

 基本的に皆"侮られたらぶっ殺す"が基本です。

 一説には、これを身分の区分けが防いだとも言われます。士農工商とかのやつですね」

 

「歯槽膿漏……」

 

「士農工商です」

 

「身分を分けると喧嘩が止まるの?」

 

「『偉い人に喧嘩は売るなよ』って教育が浸透しますからね。

 あと、偉い奴は身分が下の者を弱い者いじめすんなよ、などもです」

 

「なるほど」

 

「だからこそ、身分が下の者は身分が上の者に失礼をしちゃいけないんです」

 

 景さんが眉をひそめる。

 俺が言いたいこと、分かってきたか。

 そう、そういうこった。

 これが、今回の撮影で"女の子が殺される理屈"だ。

 

「極端に言えば、これは武士のメンツによる殺人です。

 現代の価値観だとよく分からないかもしれません。

 メソッド演技だと更に分からなくなるかもしれません。

 ただし、これは当時の人達にとって、決まりごとの一つだったことを記憶して頂ければ」

 

「嫌な決まり事だわ。……本当に」

 

 ん。

 これでよし。

 なんとかこれで、景さんにとって武士の思考が頭に入った。

 予備知識としては多分十分だな。

 

 本当は、時代劇ってのは嘘が多い。

 

 例えば、山森さんが高田さんに斬り殺される、ワープステーション江戸南東のこの大店通り。

 時代劇ではよく見る町並みだが、実はこの町並みのセットは武士の家と庶民の商店街が並べてあって、歴史的にはおかしいことになってる。

 史実だと、武士と町人の居住区はきっちり区分されていたからだ。

 

 大名行列の前を横切ったって、実は切り捨てることはほぼねえ。

 こっそり許してもらえたりもするし、津軽とかには十歳の女の子が大名行列の前を横切ったが、親が金払って許してもらった事例もある。

 つまり今回の撮影のあれも、結構なフィクションってことだ。

 

 時代劇は、物語のための嘘が多い。

 面白くするための嘘が多い。

 そういうのを引っこ抜いて戦隊フォーマットのエンタメに仕上げたのが、侍戦隊シンケンジャーっていう傑作……いずれ夜凪家にもオススメすっかな。

 

 色々考えてるよなあ、黒さんは。

 "現実の過去の本当の江戸に合わせたら時代劇と齟齬が出る"とかさ。

 だから俺も、話す内容はそこそこ気を使った。

 今景さんに話したのも、景さんに色々理解させるのに便利だから使ったが、実際は室町幕府の時代の事件だし。

 侍が気軽に市民ぶっ殺すタイプの時代劇の侍倫理観は、江戸時代よりむしろ室町時代の方が近えんだ。ややっこっしいよな。

 

 景さんに時代劇の認識を持ってもらったままじゃねえと、リアルな本当の歴史の知識とか入れても、撮影で混乱するだけという面倒臭さ。

 

「私、女の子が殺されるのに納得しないといけないのかしら」

 

「どうでしょう」

 

「?」

 

「役者さんだと、納得しないまま納得する人もいらっしゃいますから」

 

「……納得しないまま、納得する」

 

「役者さんはいくつもの自分を持っていらっしゃいますからね」

 

 矛盾してるように聞こえるかもしれねえけどな。

 意外とこれが矛盾してねえんだ。

 役の心と、自分の心。

 いくつもの心があるからこそ……成立する、芸術もある。

 

 

 

 

 

 と、いった感じだったが。

 俺が知識の下地を埋めて、黒さんが江戸で生まれ育った景さんの心を植え付けた。

 俺はあくまで下地作りしかしてねえけどな。

 これがやらせたかったんだろうか? と今になって思う。

 

 だがなんか、外野から俺達のことを見ている監督は、何か気付いたようだった。

 

「役作りと物作り、か」

 

「え?」

 

「黒山、あの野郎」

 

 え、何?

 

「……あの野郎。

 自分のアドバイスを活かすために、他人の心の中に『知識の下地』を作らせやがった」

 

「え」

 

「お前、"そういう物"も作れたのか」

 

「え?」

 

「お前は相手に分かるレベルで説明するのが意外と得意だろう。

 感覚の言語化と、細かな解説が得意だからな。

 だけどそれが、『他人の中にイメージという物を作らせる』なんて使い方ができるとはな」

 

「―――」

 

 え、何、俺もしかして自覚なく黒さんの"景さんの頭の中にイメージを作る"っていう物作り作業の助手として参加してたのかこれ。

 

「例えばお前が、黒山の頭の中のイメージを、絵や像で作れれば……

 お前が作ったものが何であれ、周囲にイメージを共有させれば……

 お前に"イメージを作らせ"れば。

 黒山がイメージしたものはそのまま形にできる。意思疎通の齟齬が無いからな」

 

「いやそんな、まさか」

 

「朝風君。造型屋の仕事はなんだ」

 

「……まだ実物になってないクライアントのイメージを、実物にすることです」

 

「そのために必要な能力はなんだ?」

 

「クライアントの脳内のイメージを、誰よりも的確に読み取り、反映することです」

 

「お前、仕事で黒山のイメージを形にしたことがあるだろ」

 

「……あります」

 

 あるわ。前にそれでドラマの家具とか作ってた覚えがある。

 あの時、俺は黒さんの中の合格ラインを越えてたってのか。

 

「あの野郎、自分のスタジオに使えそうな人間を揃えるつもりか」

 

 監督が頭を抱えていた。

 

「黒山の奴め……

 今回のはメソッド演技の知識と、夜凪景への理解の両方が必須だ。

 でなきゃああいうことは言えねえ。

 少女が少女の助命嘆願だけで一族郎党処刑の罪?

 俺の知る限り、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 一族郎党皆殺しは大謀反、主君殺しクラスの罪への罰だぞ?

 たまげるな。黒山の野郎、堂々と胸張って嘘ついて、少女を完全に騙しやがった」

 

「景さんが騙されて信じ込んでれば、それは景さんにとって真実ですからね」

 

「極悪人の役人が適当な理由付けて娯楽殺人、くらいならそんな展開もあるだろうが……

 逆に言えばそんなサイコパスの口から出まかせレベルでもなきゃねえよ、そんなの」

 

 一族郎党皆殺しだ、と黒さんに言われた景さんは、『あの女の子が殺されるのに逆らったら自分の家族が殺される』と思い込み、演技をあの形に変えた。

 それは嘘だったってのにな。

 

 なんつー人だ、黒山墨字。

 景さんがさほど時代劇に詳しくねえってのに気付いて、しれっとした顔で大嘘ついて、完璧に景さんを操ってみせた。

 凄いのは誰だ?

 知識の下地を入れた俺か? いや、そりゃないな。

 名演見せた景さんか?

 全部狙った通りに話を進めて、狙った通りに人を動かした黒さんか?

 

「黒さんが言ってましたよ」

 

―――お前に、他人の心に魔法を掛けるやり方ってやつを教えてやる

 

「多分これが、黒さんの言う魔法です」

 

 あの人こそまさに、『映画監督』だ。

 

 造型屋も俳優も含めた全てを支配して、望んだ映像を撮りきる支配者にして自由人。

 

 なんつーか、強え。

 

「二世君は彼らとの付き合いをちょっと考えた方がいいぞ」

 

 高田さんが忠告してくる。

 妥当な忠告、歳を重ねた人の善意。

 だけど、あんま受け入れたくはねえ。

 

「俺、ああいう人の手助けがしたいんです。

 もうこれは理屈じゃないんです。

 ふつふつと胸の奥に湧いてくる、俺が生まれた時から持ってた、本能なんです」

 

「……あの子の演技を見るとな。なあ、二世君」

 

 高田さんくらいの年齢層の人には、時々俺を『二代目』『二世』と言う人がいる。

 そう呼ばれるたび、なんだかよく分からん気持ちになる。

 

「黒山はともかく、あの子との付き合いはやめた方がいいんじゃないんか」

 

「それは、ちょっと……すみません、考えておきますね」

 

 嫌だよ。

 嫌に決まってんだろ。

 なんでんなこと言われにゃならんのだ。

 俺の付き合いは俺が決める。

 

「……名実共に二世になってきたな、お前。女に影響受けるところとかそっくりだ」

 

 何言うとんじゃアンタ。

 

 俺のどこが女の影響を……影響を……受けてねーよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おそらく、景さんのメソッド演技は、現在の映画演劇界で最もオーソドックスなものの一つへと進化した。

 

 他人を演じるメソッド演技。

 過去の自分のどれにも該当しない、遠くかけ離れた者すら演じるメソッド演技。

 もう景さんは、自分の内側の掘り方を考えることで、自分以外の何かの役を演じられる、ちゃんとした意味でのメソッド演技者に進化したってことだ。

 

 オーソドックスなメソッド演技は、演じる対象の役を調べ上げ、役に自分を"寄せ"ていく。

 そして過去の自分の経験を追体験する『だけ』でなく、追体験した上でそこから演技プランを構築していく。

 

 今回の景さんは、黒さんの誘導で擬似的に"江戸時代の町人少女"という役の設定や境遇を調べ上げた形になり、プランに沿って他人の役を演じていった。

 結果、メソッド演技の延長で他人を演じることに成功した。

 絶対に子供を見捨てない景さんが、子供を見捨てる自分になれた。

 

 言い方変えりゃ、『演技で良心と倫理を捨てる方法を学んだ』って言って良いのかもな。

 

 メソッド演技は自分の内面を掘り下げる。

 だから善人がメソッド演技で悪人を演じるのは、相当な負荷になる。

 "私の中にこんな悪い一面があるなんて知らなかった"という思い込みは、役者の心を自殺方向に追い込んで行きかねない。

 

 だから、心配だった。

 だから、会いに行った。

 

 撮影を一区切り終えて、今日の山森さんの名演を褒めるのも兼ねてケーキ買って、山森さんに贈って、んで送っていった。小学生だしなあの子。

 景さんのあの演技がなけりゃ、山森さんの年齢不相応の名演もめっちゃ褒められてただろうに、そこだけは本当に惜しいと思うぞ。

 そんでそのまま一直線に、夜凪家へ。

 エキストラお疲れ様、という慰労も兼ねて、ケーキを三つ買っていった。

 

「あの、私大失敗して逃げてきたようなものなんだけど……慰労……?」

 

「そこは、その、お中元とか引越し蕎麦みたいなあれという感じでお願いします」

 

「ケーキ!」「ケーキー!」

 

「ここは弟妹のために甘んじて受け取る、ということでどうでしょうか」

 

「甘んじて甘いものを……?」

 

「甘んじて甘いものを受け取ってください、はい」

 

 結局受け取ってくれた。良かった良かった。

 

「大丈夫ですか?」

 

 見捨てられない善人が、人を見捨てる役を演じた。

 それを心配したことを、俺は口にする。

 景さんはきょとんとして、心配性な奴を見るような目でこっちを見てきた。

 なんだその目は。

 

「英二くん、本当に私のこと好きじゃないの?」

 

 失礼な。

 俺の尊敬は恋愛感情すら凌駕するぞ。

 

「すみません。俺のこの内の熱は、世間一般的な男女のそれじゃないと思います」

 

「あら、フラれちゃったわ」

 

 くすっと笑う景さん。

 ……慣れたなこいつ! ネタにし始めた!

 

「ねーちゃんの何が不満だ!」

「おとこってかってね」

 

 ここぞとばかりに畳み掛けてくるな双子!

 姉の後ろでケーキ食ってろ!

 

「私、今まで昔の自分になることをお芝居だと思ってた。

 だから、知らない自分は演じられないと思ってた。

 それなのに……子供を見捨てるような自分にも、なれてしまった」

 

「景さん」

 

「私、自分がこんな酷い人間だなんてまるで知らなかった。

 私の中にはまだ、私の知らない人間が眠っているんだわ。

 黒山さんが私を見つけてくれて、私の中のそれを教えてくれた。

 私は私の中の知らない私を見つけていけば……どんな他人(わたし)でも演じられる」

 

 俺の眼前で、笑む景さん。

 

 到達してたか。

 "制御されるメソッド演技の基本"である、この芸術の始点に。

 自分の内を通して外を知り、演じるということ。

 己が内面を裏返し、外面にし魅せるということ。

 感性を理性をもって制御する。

 深い悲しみを知ることで、悲しみの演技や悲しみの絵などを生み出すことができるような、この在り方こそが……ずっと昔から、人を芸術で魅了してきたもんだ。

 

 しかし、いい顔すんな、この人は。

 

 何かを演じている時の景さんと、夢を語るような今の景さん。

 どっちが綺麗なんだろうか。

 俺には分からん。

 ……どっちの顔にも同じように見惚れちまったから、分からねえ。

 

「私、英二くんが思ってるより酷い人間だったの」

 

「俺が思ってたより素敵な人間でしたよ」

 

 俺にもあんたにも、自分で気付いてない酷い自分とかはあるだろう、多分

 しっかし、問題は本当に山積みだ。

 

 今回、景さんは高田さんと山森さんの存在感を完全に塗り潰していた。

 もう完全に、相手にならないってレベルに。

 スターズの子役と、時代劇ベテランの俳優を、画面上で同時に食い潰した。

 

 本領を発揮した景さんはもう、並大抵の役者には打ち負けねえ。

 いや、()()()()()

 景さんが助演でも、脇役でも、エキストラでも、その場にいれば主役を食っちまう。

 

 じゃあ主演以外の仕事はまず無理だ。

 CMみてえな一人仕事なら問題ねえだろうが、演劇系は途端にキツくなる。

 かといって、実績がほとんどねえ景さんをどう主演に据えてもらう? 無理だろ。

 黒さんもこのレベルだと、楽しそうだが辛いだろうな。

 景さんがもう少し成長しねえと、仕事はほぼ主演縛りだ。キッツ!

 

 俺が知る中で、景さんを助演にしても存在感で負けず、主演として景さんに打ち勝てるような同年代女優なんざ……一人しか、心当たりがねえ。

 

 逆に言えば、もうあのクラスじゃなきゃハマってる時の景さんには太刀打ち不可だ。

 どうにもならねえな。

 つか、歪にもほどがある。

 普通の役者は脇役やエキストラから徐々に仕事に慣れ、技量を上げて行くもんだが……景さんの場合、未熟だからこそ脇役が出来ねえ。

 自分を殺していけねえからだ。

 だから逆に主演級から仕事ぶっこんでいかなきゃまともに成長していけない。

 歪極まれりだなこりゃ。

 

 助演なら、劇団天球の亀さんとか凄いんだよな。

 あれは凄え。

 アラヤさん級に凄えと思うこともある。

 存在感を示しても主役を引き立てるに留め、この前俺が背景描いた時みたいに、自分が集めた観客の注目を主演になすりつけて消えたりする。

 ああいうのは、今の景さんには無理だ。

 主役を最高に輝かせられる亀さんと、主役から注目を奪うことしかできない今の景さんじゃ、助演適正には大きな差が出来ちまう。

 

 『最強の無能』。

 今の景さんに脇役をやらせれば、間違いなくそうなる。

 だから主役か、主役の最終的な相棒くらいのポジに置いとかねえと。

 

「景さんが何にでもなれるようになれれば、もう何も心配はいらないかもしれませんね」

 

「私が……何にでもなれる? 私は今日、酷い自分を見つけただけだけど」

 

 俺は特に何か考えてたわけじゃないが、心の中からするりと、言葉が口をついて出た。

 

「そうです。

 本当は、善性だけの人間が素晴らしいんじゃないです。

 可能性に満ちた人間もまた、素晴らしいんです。

 だから酷い自分を見つけられた人もまた、素晴らしいんですよ。

 善人にも。

 悪人にも。

 暴君にも。

 聖人にも。

 本当は人は、心持ち一つで何にでもなれるんです。

 どんなものにもなれる人は素晴らしい。

 舞台の上で役者は、絢爛なお姫様にも、七つの海を股にかける冒険家にだってなれます」

 

 俺が今まで、一度も言ったことのないような言葉が口から出てくる。

 今までの人生の中で見てきたこと、聞いてきたこと、学んできたことが、俺の内から景さんに引っ張り出されて、ひとつながりの言葉になっていった。

 

「役そのものになりきれる人は、新しい役を得るたび、別の人生を生きるといいます」

 

 そうだ。

 だから、アラヤさんも言ってた。

 "一人演じるたびに生まれ変わってる気がする"って。

 "演じるために邪魔な自分を捨ててる"って。

 

 ……あれ。

 なんであの時ピンとこなかったアラヤさんの言葉が、今になってよく分かるんだ?

 なんで今の俺には理解できるんだ?

 

「それで自分の人生を見失ってしまう人もいます。

 でも、それでも、見失わなければ……

 あなたは役の数だけ人生を生きられる、この世で最も幸福な者になれます」

 

「大袈裟ね、英二くん」

 

「大袈裟なんかじゃありません。

 この世の誰もが、一つの人生しか生きられないという制限を持っています。

 でも本物の役者には、そんな制限はありません。

 なりたいものになり、生きたい人生を生きる。望むまま、思うままに。それは、きっと……」

 

 自由、だってことだ。

 何にでもなれる、したいようにしていい、この世で一番自由な存在だってことだ。

 

「それが、一生役者として生き続け、その中で幸せを得ていくということだと思います」

 

 言いたいことが湧いて来る。

 それをするりと言葉にできる。

 普段の俺じゃないようで、けれども俺らしいような、しっくりとくる言葉が口をついて出る。

 

 俺は景さんがこの世で最も凄い役者になれるかもしれないと思ってると、言おうとした。

 

「俺は、景さんがこの世で最も幸せな役者になれるかもしれないと、そう思っています」

 

 言おうとした言葉とは少し違う意味合いの言葉が、口をついて出た。

 だけどそっちの方が、俺の言いたかった意味合いの言葉な気がした。

 景さんにはこっちの方が受けが良かったらしく、弟妹の頭を撫でる景さんが、少し楽しそうに微笑む。

 

「そうなれたら、素敵ね」

 

 なれるって。

 

「景さんならできます、きっと。

 今日あなたは、役作りを覚えました。

 自分の中から掘り出した過去をそのまま使うのではなく、ちゃんと役を作ったんです」

 

 あれが『役を作る』ってことだ。

 役は自分の内から掘り出すだけのもんじゃねえ。

 自分の内側から掘り出した感情を加工して、役を"作った"時、あんたは役者になる。

 今日、江戸時代に生きる自分という過去のどこにもなかった自分を創造したのと同じように。

 

「あなたは役を作る。俺は物を作る。

 自分を作るあなたと、自分以外を作る俺。

 俺はあなたが作り上げるものを、自分が作り上げられる物で、全力で支えます」

 

 誰も見たことがない景色を作る創作の世界によく来たな、天才。

 

「ようこそこちらの世界へ。歓迎します、夜凪景さん」

 

 握手を求め、右手を差し出す。

 

 そこで景さんは、指輪を取り出した。

 俺が作ったやつだ。

 気に入ってくれてたのか。

 そいつがほんの少しでも、夜凪景に俺が認められる理由になってくれてるなら、嬉しい。

 

 景さんはなんでか、俺と景さんの手で指輪を包み込むようにして握手をする。

 世界中で俺達しかしてない、俺達だけの、特別な握手な気がした。

 末永い共闘を約束するような、創作の戦友同士の握手だと、何故か確信できた。

 

「よろしく。指輪の人」

 

「よろしくお願いします。役者の人」

 

 微笑む景さん。

 

 また何か一つ、この人に、自分の内にある何かを持って行かれたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し仕事を進めたくて事務所に帰った。

 よく分からない感覚があった。

 今物作りをすれば、もっと深くまで自分の内側に潜れる気がした。

 

 今までなれなかったものに。

 今までならなかったものに。

 今の俺なら、なれるかもしれねえ。

 たとえば、景さんやアキラ君、百城さんに山森さん、湯島さんにアラヤさんに……俺の知ってる全ての人間を、もっと上のステージに押し上げられるような。

 

 分かる。

 感覚で分かる。

 今の俺なら、とりあえずで、親父と同じレベルには行ける気がする。

 今すぐにでも、親父に並べる。

 そうなったら親父を超えるのだってすぐだ。悪くねえ。

 

 余分なものは削ぎ落とせ。

 今見えてるものだけに集中しろ。

 ただの人間じゃ見えない世界に向かえ。

 俺じゃ足元にも及ばねえ天才を押し上げるためには、今の俺じゃ絶対足りねえ。

 

 もっと、俺の全身全霊を込めるように。

 他の何かができなくなってもいいから、物を作る能力に俺の全身全霊を注げるように。

 まだ行ける、まだ先に行ける。

 誰も見たこともないものを。

 誰もが楽しめるものを。

 人を引き立て、役者を輝かせて、見たものを笑顔にさせるものを。

 創れる。

 作るだけじゃねえ、きっと、今なら、造れるし創れる。

 

 その時、インターホンが鳴った。

 ……なんだよ、邪魔すんじゃねえよ、クソ。

 

 事務所のドアを開けると、百城さんとアリサさんがいた。

 なんで来てんだお前ら。

 とりあえず今いいとこなんだから邪魔しないでくれ。

 また明日なまた明日。

 適当にあしらって、帰ってもらうことにしよう。

 

 そんなことを、考えていたら。

 

「また何か変なものの影響でも受けたのかな?」

 

 百城さんが俺の両頬に両手を当てて、俺の頭を逃さないよう固定して、俺の額に百城さんの額がくっつけられた。

 

 目が近くに見える。

 顔が近い。

 吐息が顔にかかる。

 柔らかな百城さんの髪が、俺の顔を撫でた。

 

「な、ななななななななななななななななななななっ」

 

「あ、私だけ見るようになった」

 

 百城さんが悪戯っぽく微笑む。

 クソが! 謝れ!

 顔が良くてごめんなさいと言え!

 

 あ、あれ? 今何考えてたんだっけ?

 駄目だ百城さんのことしか考えられねえ!

 俺の人格がエンジェルに支配されてやがる! いや何考えてんだ俺!?

 

「英二君はさ。惚れ込んだ人にすぐ引っ張られるよね」

 

 はーなーれーろーやーッ!!

 

 

 

 

 

 今日、歌音ちゃんから連絡を受けた。

 「今日の撮影で朝風さんが少し変だったんです、千世子さん」だって。

 なんで私に真っ先に連絡してきたか分からないけど、情報はありがたく受け取った。

 

 よく分からないけど、何かあったらしい。

 何かよく分からない俳優がいたらしい。

 最近何かが起きている。

 それはアキラ君が知っていることで、アリサさんが知っていることで、英二君が知っていることで、噛み合わせが悪く私の耳にはまだ入ってきていないことだ。

 

 何かの予感がする。

 色々なことが変わっていきそうな予感がする。

 

 英二君の事務所のインターフォンのボタンを押した。

 今事務所に帰ってきていることは、事務所の窓に見える明かりを見た時には分かっていた。

 

「はいはい」

 

 出てきた英二君が私とアリサさんを見て、一瞬だけ面倒臭そうにしたのを見て、大雑把に私は状況を察した。

 これは私の思い上がりかもしれないけれども。

 普段の英二君が価値あると見ているものにそんな顔を見せた時点で、今の英二君は普段の英二君というより……小学生の頃の彼に近かった。

 

 それは、小学校の時の彼を知る私だったからこそ、分かったかもしれないことだった。

 

 それにしても英二君はなんで私相手に自分の本心が隠せると思ったんだろう?

 なんで面倒臭がる感情を隠せてると思っているんだろう?

 思い上がるのもほどほどにしてほしい。

 冗談は作品だけにしてほしい。

 

 才能の大小を的確に見る目があるくせに、他人の能力の上限をあっさり見切るセンスがあるくせに、普段から他の俳優の褒めどころ探してるあなたが。

 俳優の才能の大小と、俳優の好き嫌いは分けて考えて、褒めるあなたが。

 才能ない俳優でも結構褒めてるあなたが。

 普段から俳優を好き好きといった風な目で見てるあなたが。

 いつものそういう目をしていなかったら、横顔を見ている私が気付かないはずないのに。

 

 アキラ君に才能が有るとは決して言わないけど、何か実を結ぶ可能性はあるはずだと自分でも信じきれてないこと言い続けて、アキラ君の在り方を好きだと言い続けてた君が。

 アキラ君が望む才能無いって分かってるのに、友達として応援を続けてた英二君が。

 そういう方向に行ったら、ちょっと私は気に食わない。

 あの余分も、あの無駄も、私は嫌いじゃないのに。

 

「あ、もしかして、今日の山森さんとの仕事について何か聞きたいんですか?」

 

「そうだね」

 

「また実力伸びてましたよあの子。

 次のスターズのエース級になれるかもです。

 年齢のおかげか伸びる速度も速いですし、子役の内にブレイクできる可能性が高いです。

 流石スターズというか、あの歳で優秀な子がいると、改めて層の分厚さを感じますね」

 

「そっか、いい感じに成長できてるんだね、あの子」

 

「それで、話はそれだけですか?」

 

 あのさあ。

 英二君?

 話切り上げたいって気持ちは伝わってくるけどね。

 普段私をちやほやしてる英二君にそういう雑な扱いされると、私でもちょっと、ほーんのちょっとだけど、イラッとするよ。

 といった感情を顔に浮かべてもどうせ今の英二君には伝わらないだろうし、仮面を維持した。

 

 アリサさんが、私の後ろで呟く。

 

「……朝風、父親の目に……」

 

 そっかー。

 アリサさんに「アリサさんをセンサー目的で連れて来ちゃってごめんなさい」と言ったら後で猛烈に怒られそうだから黙っておこう。

 うん、それがいい。

 

 大体分かった。

 や、実は分かってないけどね。

 英二君の最近の環境は分かってないけど、英二君のことは全部分かった。

 ちょっと荒療治がいるのかな、これ?

 

「また何か変なものの影響でも受けたのかな?」

 

 だから、英二君の顔を逃さないよう手で挟んで、おでことおでこをくっつけてやった。

 

「な、ななななななななななななななななななななっ」

 

「あ、私だけ見るようになった」

 

 わー。

 一発で戻って来ちゃった。

 英二君ちょっと私のファンすぎないかな。

 真っ赤な顔で、私以外何も目に入ってないのがよく分かる。

 

 こうやって女優の手の平の上で簡単に踊っちゃうから、英二君は不安になるんだけどな。

 まったく。

 ちょろい人は困る。

 

「英二君はさ。惚れ込んだ人にすぐ引っ張られるよね」

 

「え?」

 

 顔を離して、英二君からどう見えてるかを意識して、微笑みかける。

 まさかこんなこと一発で大体大丈夫になるとは思わなかったな。

 英二君、単純すぎない?

 ちょっと可愛い。

 

「色々言いたいことも、聞きたいこともあったけど」

 

 でも今日は、あんまり時間がある日じゃなかったから、これはこれでよかった。

 

 英二君に紙袋に入れたDVDとBDを押し付ける。

 

「時間無理に見つけて来たからあんま時間ないかな。

 はい、これ私の私物の映画。英二君に命令ね。

 アキラ君がちょうどオフだから、友達として一緒に映画でも見てるといいよ」

 

「え、な、何故」

 

「英二君はもっと沢山の映画を見て、研究して、芸風増やした方がいいと思って」

 

「む」

 

「友達同士で見たらそれだけで楽しいだろうし、アキラ君の視点の意見も大切じゃない?」

 

 英二君の目の色が変わった。

 そりゃそうだよね。

 だって私が言ってること、"あなたの仕事に現状で満足していないからもっと勉強しなよ"って言ってるのと同じことだもんね。

 

 英二君の同業者に同じことしたら、多分不快に思われる。

 でも、英二君だから。

 今の英二君の頭の中は、私を満足させていなかったっていう羞恥と後悔でいっぱいになっているはず。

 

「分かりました。必ずや百城さんの要望に応えられる人間になります」

 

 後は頑張ってアキラ君。

 人が良いっていうのは、努力や演技の才能で手に入るものじゃないよ。

 友達として影響を与えるってことは、役者の才能でこなせることじゃないよ。

 少なくとも、英二君はそう思ってるから。

 

 あ、でも。

 アキラ君のことだから、そもそも英二君がどっかの女優さんに影響されて引っ張られてることにも、全く気付かないかも。

 それでも良い影響は与えてくれるはず、と信じておこう。

 

「どんな君も、案外綺麗だと思うけど……『星から離れる』のは、なんか違うって思うかな」

 

「え?」

 

「なんでもないよ」

 

 聞き返す英二君に返答せず、ごまかす。

 背後のアリサさんが動揺して、路面のジャリを変に踏む音がした。

 余計なこと言わないでね、アリサさん。

 私は髪をかき上げて、髪飾りが目に入るようにする。

 

 英二君が私の髪に付けられた―――青い花の髪飾りを、凝視する。

 

「その髪飾り……」

 

 今やっと気付いたんだ。おっそいなあ。

 

「良い出来だと思わない?」

 

「―――」

 

「私がお店探してたら、一番良いと思ったやつなんだ。多分、一番良い出来の物だよね」

 

 見てる見てる。

 可愛いなあ。

 

 そんな目をするくらいなら、さっさと作って私に贈っておけば良かったのに。

 さっさと動かないから、私みたいな悪い女にこういうことされちゃうんだよ?

 ほら、ほら。

 綺麗な青い花の髪飾りだけど、所詮市販品。英二君なら出来は分かるはず。

 

 "俺ならもっと百城さんに相応しいものを作れる"とか。

 "俺ならもっと百城さんの良さを引き立てられる"とか。

 そういうこと考えてるのが、顔を見てるだけで伝わってくる。

 英二君らしい嫉妬だね。

 

 私が男の人と一緒に歩いているより、私が身に着けているものに、英二君は嫉妬する。

 何故なら。

 英二君は私が大好きで、私に幸福になってほしいと、私に美しくなってほしいと、私のために全身全霊を懸けて物を作りたいと、そう思う物作りの人だから。

 

「百城さん。明日会いに行きます。ちょっと時間を空けておいてください」

 

「なんで?」

 

「いえ、ちょっと百城さんに個人的に渡したいものがあることを思い出しました」

 

 ああ、可愛い。

 バカみたいに真っ直ぐで、他人の美しさに敏感で。

 才能の大小にも敏感なのに、頑張ってる人を心の底から褒め称えていて。

 努力する人の心を尊んでるのに、天才と凡才を褒める時の褒め言葉の量と熱に、無自覚に大きな差を作ってしまう英二君。

 

 そんな英二君が、物作りに集中してる時の横顔が、私は嫌いじゃない。

 

「それじゃ英二君、また明日」

 

「はい。百城さんもアリサさんもお気をつけてお帰りください!」

 

 英二君の目を最初に見た時からほとんど口を開いていなかったアリサさんが、帰り道で私の名前を呼ぶ。

 

「千世子、あなた……」

 

 聞かれてることは分かってる。

 だから、簡潔にまとめてご報告。

 

「私の知る限りの、英二君の言動と行動の全記録と分析。

 私の知る限りの、大衆の言動と行動をエゴサーチしての分析。

 前者の方が楽で、前者は後者をやるついでにやればいいだけのこと」

 

「―――」

 

「振る舞いと言動で周りの反応と思うことを誘導するのが女優。

 大衆っていう、時に何億体で徒党を組む怪物に比べれば……

 本当は純情で、可愛い女の子に弱い男の子一人くらい、手を引くのは簡単でしょ?」

 

 アリサさんが何かを思い出すようにして、複雑そうな、苦悩と後悔が入り混じったような表情を浮かべる。

 そんなに重大そうに受け止めなくてもいいのに。

 私、難しいことはしたかもしれないけど、そんなに難しいこと言ってないと思うけれど。

 

 私は英二君のことをよく知っている。

 私はアキラ君にはなれないけれど、アキラ君よりは彼のことをよく理解している。

 

 英二君は私のお願いを聞いて、怪獣映画の時を初めとして私の専門分野外の事柄のイメージを、私の頭の中に作ってくれる造形師。

 創り作る創作の世界で私を助けてくれる、私の戦友だ。

 

「そうね。

 その通りよ。

 それは私より正しい選択。

 千世子……あなたの言っていることが、正しいわ」

 

 アリサさんは何か言いたげだったが、あえて聞かない。

 

 アリサさんが今思っていることを聞かれたら、流石に私も照れ臭くなってしまっただろうから。

 

 

 

 

*11979年公開のオーストラリアのアクション映画。このシリーズで生まれたモヒカンヘアーで暴れ回る暴走族って概念、冷静に考えると頭おかしくない? マッドマックス2は北斗の拳の元ネタの一つである。




 天使は守護する。
 悪魔は誘惑する。
 アリサさんは今までスターズのやり方で良かった人達が誘惑されて堕ちてお腹が痛くなる。

 昔から、芸術家に関する天使と悪魔の神話や伝承にはルールがあります。
 悪魔は芸術家と対等の立場で取引し、魂を持っていく代わりに物凄い才能を与え、天使は芸術家を守護し「人間関係も上手くやれよ」って言ってくるってことです。
 聖書唯一の芸術家の守護天使ジョフィエルは祈ると、家庭と職場の人間関係を良好にしてくれるらしいです。コミュ力高そうな天使……
 あと、悪魔は基本芸術家の魂に惚れ込む側なので裏切らないとか。

 まあ多分方向性違うだけでどっちと一緒に行っても幸福にはなれるんじゃないでしょうか。

 また、芸術家は自分を進化させてくれる、芸術的インスピレーションを与えてくれる女性のことを『ミューズ』と言います。
 この単語は単数ではなく複数の芸術の女神を指すと言われます。
 伝統的なこの言い回しは一説には、芸術家は芸術に対して一途なくせに、複数の女性の間でふらっふらすることが多かったからだという説もあります。
 『ミューズ』という概念が成立したのは、大昔、天才の条件の一つに「なんか女と絡んでると物凄い作品を生み出す」みたいなのがあったからでしょうね。



 あと作中の英二君の言及だけだと『二代目』『二世』と呼んでくる世代の年齢層がよく分からないと思うのでまとめ。

 山森歌音  7歳
 和歌月千  16歳
 夜凪景   16歳(現時系列だと実は17歳)
 百城千世子 17歳
 源真咲   17歳
 朝風英二  18歳
 星アキラ  18歳
 湯島茜   18歳
 堂上竜吾  19歳
 町田リカ  19歳
 柊雪    20歳
 黒山墨字  35歳
 手塚由紀治 38歳
 高田高二郎 40歳
 星アリサ  54歳


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