ノット・アクターズ   作:ルシエド

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 ルシエドが前に作中で言及していた「世界最高齢の主演女優は88歳で、日本人だ。」の赤木春恵さんが死去されたようです
 ご冥福をお祈りします
 もう少しタイミングが前後していたら、ルシエドも自分の作品で彼女に言及することはなかったかもしれませんね


劇場版ウルトラ仮面 Wヒロイン&ディ景ド スーパーヒロイン大戦2018 公開未定

 そういうこと(映画鑑賞)が数日前にあったことを、休憩室で二人で話している時、テーブルの向こうの町田リカさんに話した。

 

「そんなことがあったんですよね。皆で映画見て、ワイワイして」

 

「わぁ楽しそう」

 

 ここは池袋サンシャインシティ。

 本日ここで行われるウルトラマンのライブステージ……まあ最新型のヒーローショーの運営要員として、俺達二人はここに来ていた。

 

 ウルトラマンのステージは、かなり子供向けに作られている。

 が。

 関わっている人達の質で言えば、かなりのハイレベルで纏められている。

 

 和歌月さんが所属していたアクションクラブよりも格上に位置する、最高レベルのアクションクラブの人間が派遣される、ウルトラマンの中の人。

 こうしたステージで活躍した有能な人間や一部の天才のスーツアクターは、ここからアクション俳優になったり、日曜朝特撮スーツアクター→アクション監督→助監督→TV監督といった様々な出世街道を進み始めたりもする。

 

 司会はトークショーならテレビ局のプロアナウンサー、ヒーローショーならば勝裏まりえ*1さんなどの所謂『ショーの綺麗なお姉さん』などが担当。

 特にいつも一発勝負で"アクシデントだから撮り直し"ができねえヒーローショーの司会のお姉さん役は、トーク力や表現力、不測の事態に対応する対応力と応用力などが求められる。

 あと一定以上の容姿もな。

 

 ウルトラマンのイベントは舞台の背景に空中戦の背景を投射して、ステージの上のウルトラマン達があたかも空中戦してるように見せかけたりもする。

 ステージの上のウルトラマンが光線ポーズ取ると、背景がビームのエフェクト出して、マジでビーム撃ってるように見せる演出とか凄え。

 あれ思いついた人は絶対に天才だな。

 その辺の背景管理にも結構有能な人間で固めてやがる。

 

 で、スーツ造型も実はかなり悪くねえ。

 昔のテレビの画質が悪かった頃は、テレビ撮影用のスーツが壊れた時にアトラクション用(ヒーローショー用)のスーツを流用しても、ほとんどバレなかったって話だ。

 テレビ撮影用ほどの質はねえが、当時からそんくらいの質はあり、今ではもっと質が向上してる……それがヒーローショーのスーツってやつだな。

 たまに倉庫から引っ張り出して来たせいですんげえボロッボロなスーツもあるが、ヒーローショー用に棘谷が新造したスーツもあったりする。

 

 一般層への訴えかけも、ウルトラマンフェスティバル公式サポーターに爆撃問題*2の田井中裕二さんと大田光さんを招いてる。

 隙がねえ。

 おかげで毎年のように急成長を見せてる、それがウルトラマンの公式イベントだ。

 

「いいなあ、身内で映画トークとか丸一日オフの時とか絶対に楽しいやつじゃない?」

 

「楽しかったですよ。また時間見つけてやりたいですね」

 

 町田さんは司会での契約。

 要するに、ヒーローショーの綺麗なお姉さん役と、トークショーでウルトラマンの監督や脚本の人、昔のウルトラマンに出ていた有名俳優さんなどの混合トークを綺麗に回す仕事。

 

 俺は美術、及び小道具と大道具での契約。

 壊れたスーツやステージの修復、ウルトラマンが持ってる武器とかの調整、展示スペースの巨大ジオラマ作成、入口近くのウルトラマン像のチェックと修復、後はたまーにウルトラマンや怪獣になりきって撮影できるスペースの衣装・スーツ・舞台の修繕もやってる。

 仕事は多いが棘谷さんは超大手で人材も豊富なんで、俺は基本的に潤滑油や緊急補佐をする何でも屋みたいなポジションだ。

 

「それにしても今日のステージ、町田さんあれ中々ファインプレーだったんじゃないですか?」

 

「咄嗟に必死にやっただけだから、そんな大したもんじゃないよ」

 

「いやいや、そんなことないですって。

 まさか子供がウルトラマンのステージに上がって来そうになるとは……」

 

 こういうヒーローショーでは、大人が手を引いてねえと、小さい子供はすぐステージに上がって来ようとしちまうもんだ。

 普段はかなり常識が出来てるお父さんお母さん達のおかげで、子供の手がしっかり握られてたりしてて問題が起こらねえようになってる。

 サンキュー親御さん達。

 スタッフ一同普段から感謝してます。

 

 だが、アクシデントってのは予防しようとしても起きるからこそアクシデントと言う。

 NGや撮り直しがねえ舞台演劇やヒーローショーではこいつはマジで致命的だ。

 

 今日も子供が一人、ウルトラマンと怪獣が十人近く入り乱れて戦うステージの上に上がりそうになった時はひやっとした。

 いや、町田さんのアドリブが神がかってたな。

 

 親よりも先に子供がステージに上がりそうになっていたことに気付いた町田さんは、迂回してステージ前で子供を止め、ステージ上のショーをそのまま続けさせる。

 司会のお姉さんがステージ前に降りた違和感を消すため、「皆! ウルトラマンをもっと応援して! 皆の声が力になるわ!」と大きな声を上げ、観客席の子供達の頭を撫でながら客席の合間を軽やかに駆け回った。

 

 咄嗟に状況に対応した俺が、照明の光を弱く柔らかくするフィルターを照明担当に届けた。

 一人か二人だったが、この状況に一秒の遅れもなく的確に動いていた照明担当もいて、客席の合間を駆ける町田さんをフィルター越しに照らしてくれた。

 柔らかで目立ちすぎない光が町田さんを照らし、町田さんは観客の合間を駆けながらステージへと戻っていき、自分が集めた観客の注目をステージへと戻す。

 

 これにより、ステージの上のウルトラマン達の戦闘は継続させつつ、ステージの上に注目を集めさせつつも、観客席の合間を駆けて応援を求める町田さんも目に入るという構図になった。

 最終的に、注目も全てステージのウルトラマンに集まった。

 こいつは昔から演劇の世界で、観客との一体感を出すために使われてきた技術の応用だな。

 

 舞台役者が、どうしても舞台から遠くなる観客席後方の客の注目を引くため、後方観客席の合間に突然現れ、観客席の合間を歩きながら演技をして目を引き、最終的にステージへと戻る。

 こうすることで観客席後方の客の注目を、自然と舞台の上に誘導できるって技術だ。

 見てて"やるなあ"ってつい思っちまったわ、町田さんの名判断。

 

 これはウルトラマン・マリーエ*3の再来が来てもおかしくないかもしれんぜ。

 

「そういえば朝風君、ジオラマ一つ任されてたね。見たよ」

 

「これはお見苦しいものを。未だ精進中の身です」

 

「企画の人が褒めてたよ。最近クライアントの意を汲むの上手くなったんじゃない?」

 

「去年と比べればそうかもしれません」

 

 ちょっとコツが掴めてきたからな。

 

「ほら、人間って自分の頭の中のことを全部言語化できるわけじゃないでしょう?」

 

「うんうん」

 

「自分でも気付いていない本音があったり、そもそもアウトプットが苦手だったりで」

 

「打ち合わせの時とかしょっちゅうあるねえ」

 

「でも結局、言葉ってのはその頭の中で考えてることが元になってるわけです。

 例えば"今回は大人向け要素を減らしていこう"って言ってる人がいるとします。

 この場合本当に言いたいのは"前回より更に子供向けに寄せたい"だと考えられます。

 なら大人向け要素を減らさなくていい場合があるんです。

 より良く、より整理し、より増やす……そういう形で子供向けにするとOK出たりしますから」

 

「へー」

 

「もちろん、話し合いは重ねた方が良いです。

 自分の解釈が間違っていて、単に予算を節約したいだけかもしれませんから」

 

 俺達には口と耳がある。

 対話を重ねるに越したことはねえ。

 だが、人間の意思疎通の道具としては口と耳でも能力不十分なのも事実だ。

 もっと感覚的に理解して、物質的に明確化しねえと。

 

「ちゃんとクライアントの頭の中を把握して、理解して、仕事に反映する。

 他のスタッフの頭の中にもクライアントのイメージを共有させる。

 その上で物作りをする。

 ちゃんと意識しながらやると、仕事の流れがかなり楽かつ綺麗に出来るようになりました」

 

「……英二君、能力が『美術監督』にも向いてきたんじゃない?」

 

「本当は指揮は周りの人に任せたいんですけどね。

 やっぱり人の指示を聞いて手を動かしてる方が性に合ってますし。

 人を使うのに時間を割かれるとやっぱりどうしても気になります。

 ただ周りの人に指示を出して、群体として物作りをするのにも慣れてきました」

 

 黒さんとドラマの撮影に行った時、俺一人じゃ手の数が足りねえって思った時、アキラ君と百城さんが来てくれた。

 手の数が増えて、どうにかなった。

 あの時のことは忘れねえ。

 

 それに、人を使うだけじゃなく、俺自身の技量も日々上がってきた。

 

「ようやく

 『俺が思ってた以上に素晴らしい!』

 って感想をクライアントから安定して貰えるようになってきました」

 

「いいことだねー」

 

 景さん。

 あの人の才能が、俺を刺激してくれた。

 古今東西、パッとしなかった芸術家が他の天才に刺激されて覚醒すること、美しい女性に出会ってインスピレーションを刺激されることはよくあることだ。

 そうやって殻を破った事例がいくつもある。

 ……それで天才に引きずられて自分を見失って自滅すること、女に傾倒しすぎて身を持ち崩すことも多々あるが、そいつは脇に置いておこう。

 

 前よりなんというか、感覚や才能ってもんに深く潜れるようになった気がする。

 

 バガー・ヴァンスの伝説*4での指導台詞で、「手を使って探せ。考えず、感じろ。手にある知恵には頭の中の知恵が逆立ちしたって敵わない」ってのがあった。

 あの時はフィーリングで分かった気になってたが、今はあの助言が俺にも本質的に理解できるようになった。

 

 俺はあれを、手癖で同じ作業が出来るようになること、つまり頭で考えなくても手が勝手に動いて、考えてる時と考えてない時の手の動きを同レベルにすることだと思ってた。

 そいつは作業スピードの向上や、俺が疲れ果ててても同じ質の仕事を仕上げる技能の習得に、随分貢献してくれたもんだ。

 

 だが、違った。

 景さんを見てりゃ分かる。

 これまでの人生全てが、景さんの身体に演劇に必要な身体能力、演技技能の下地を染み付かせて来た。

 だからこそ景さんの体には、頭で考えなくても凄いことができる"何か"がある。

 そいつがおそらく、"手にある知恵"。

 景さんの中にも、俺の中にもあるもんだ。

 

 頭で考えてる人間には絶対に到達できねえ領域。

 本来、最高クラスの天才の技術ってのは造型でも俳優でも、後の人間には絶対的に継承不可能だったりするもんだ。

 だから本質的な意味じゃ『技術』にならねえ。

 そいつだけの『異能』のままで終わる。

 景さんの演技法みてえにな。

 

 景さんともっと一緒に仕事できれば、もっと先に、もっと上に行けるかもしれねえ。

 俺にも、ちゃんと異能としての個性が生えるかもしれん。

 現状俺の最も優れた部分ってのは、過去の偉大な先人の技能と技巧を誰よりも早く、超高速で行使するっつー、芸術的というよりは工業的なもんだ。

 機械にはできない領域の人の技を、機械の速度でやってるだけ。

 

 もし、景さんに合わせて、俺もあの人みたいに"そいつにしか生み出せないもの"を作れたら。

 俺もまだまだ、進化できる。

 ここ数年上がり幅が一定だった俺の成長速度が、景さんと出会ってからは爆発的に伸びてることも見れば、この志向はきっと間違ってねえはずだ。

 

「ああ、そうそう。朝風君にこれ見せようと思って」

 

 何? 企画書のコピー? ……『デスアイランド』。へー。漫画の映画化か。

 スターズ主催の映画だな。

 デスゲーム系の漫画の映画化か。

 

「私結構初期から企画関わってたから、色々頼まれてるんだ。

 今日の休憩時間に英二君にスケジュールの打診しろって、手塚監督から頼まれてさ」

 

「スターズ主催。

 監督は手塚監督。

 登場人物24人の内12人がスターズ、残り12人は一般オーディションから募集。

 一般公募も若手俳優に募集かけてて、スターズメンツは……おおっ」

 

 強い!

 町田さん、堂上さんいるし。

 景さんが事実上の除外されてたとはいえ、事実上3万人参加のオーディションでただひとりの勝利者になった和歌月さんまでいんじゃねえか!

 双子の亜門さん達も目立つが、お前、お前。

 アキラ君と百城さん居んじゃねーか。

 日曜朝の主人公であるイケメンヒーローと、現在若手No.1女優の美少女がダブルでメインにキャスティングとか……広告効果がこれだけでやばくね……?

 

 しかし12人がスターズ、それも全員最近売れてきてるメンツか。

 デスゲームものだと……考えると……ああ、分かった。

 デスゲーム系の作品はどうしても活躍しねえ奴と活躍する奴、引き立て役になる奴と作品の中で輝く奴に二極化しがちだ。

 デスゲームが本当であることを教えるため、序盤で死ぬバカ。

 知略を尽くして勝つ奴と、知略を尽くして負ける奴。

 素の戦闘力でバカ強い奴に、自分より強い奴をハメて死に追いやる奴。

 そういう()()()()()()を一般募集の俳優に割り振ったりとか、そういうやり方をするつもりだな?

 

 いわゆる"ジョニタレ"やスターズ俳優なんかによくあることだが、嫌いな人が多くはなくとも一定数いる割には、演技力の平均値が高え。

 しっかり金かけてレッスンで鍛え上げられたスターズの俳優は強い。

 一般オーディションで集まる俳優のレベルなら、まず当たり負けはしねえだろう。

 つまり。

 一般で集められる俳優は、引き立て役としての面も強いってことだ。

 

 かといって、下手な奴が一般オーディションで集まっても映画はクソ寄りになる。

 大変だな手塚監督。

 12人のスターズ俳優は事務所から渡された"推したい俳優リスト"から選んだだろうし、残り12人も一般のオーディションから選ばないといけないんだろ?

 欲しい俳優に電話でオファー出したりとかできないんだろ?

 最悪上から勧められた俳優12人と、一般募集の大して能力も高くねえ俳優12人だけで映画作らなきゃならねえんだろ?

 地獄だな。

 

 これで黒字狙えたら割と化物なんだが、あの人いつもこういうので黒字出してんだよな。

 

「昨日テレビで千世子ちゃんが一般の応募呼びかけてたんだよ」

 

「昨日? しまった、テレビ見とけばよかったですね……」

 

「朝風君は最近本当忙しそう。ちゃんと寝た?」

 

「一昨日寝たばっかですよ。今夜また寝ておきます」

 

「うーんこの……」

 

 なんだよ。

 言いたいことあるならちゃんと言えや。

 

 ん? この企画書……あれ?

 

「あの、俺の記憶だとこの脚本の人結構その……アレだったような」

 

「私はノーコメントです。プロデューサーにコネがある脚本さんだから」

 

 やーめーろーやー。

 百城さんとかが舞台裏で「酷い台本(ホン)。また私頼みか」とか言ってるタイプの人だぞ!

 いや……俺と比べりゃ、間違いなく脚本書く能力は高いと思う。

 思うけどさ。

 この脚本の人、オリジナルだと黒字と赤字を行ったり来たりで、原作付きだとかなり評判良くねえタイプの人で……そうか、最近仕事減ったから、漫画原作の映画の仕事探してたのか。

 うーむこりゃ大変だ。

 

「分かりました、援軍に行きます。俺もこの日程なら大丈夫です」

 

「本当? あ、一般オーディションも来る? 一ヶ月後だけど、お仕事あるよ」

 

「行きます。オーディションで一般の俳優も見ておきたいですし」

 

 デスアイランドの一般オーディションが一ヶ月後か。

 なら、特撮関連の仕事を前倒しで終わらせておこう。

 そのためには色んなとこに連絡とって、先の先までスケジュール立てて、俺が作らなきゃならねえ建物やスーツを作り置きしといて……あと、緊急時にはデスアイランド関連の仕事を抜けて応援に行ける体制作りだな。

 

 スケジュールを再確認する。

 これから一ヶ月告知を続けて、応募を待つ。

 一ヶ月後に一般オーディション開始、そこで俺も仕事参加開始。

 一般オーディションが終わったら俺は撮影用の大道具・小道具・衣装を作成開始。

 24人分の衣装が用意できたら一回デスアイランドの舞台になる島に行って、現地視察とセット準備開始。

 その後東京に帰って来て、スターズ組、一般組の順に衣装合わせして……一般組と一緒に島に移動して現地入り、撮影開始。

 そして一ヶ月で島での撮影を完了させる。

 後はちょこっと東京で別撮り。

 こうだな。

 現段階でこのスケジュール予定なら、多分最終的には俺の動きはこうなる。

 

「手塚監督が、朝風君が来てくれるなら美術監督に据えるって」

 

「えっ……も、もっと軽いオファーだと、てっきり」

 

「朝風君最近どんどん伸びてるから、プロデューサー受けもいいみたいだね」

 

 嬉しいこった。

 評判が上がってんなら、その評判に恥じねえように技術を上げていかねえとな。

 つか、今気付いたが、スターズ参加者の年齢。

 

「ざっと計算してみましたが、スターズの撮影参加者の年齢の平均が約17歳ですね」

 

「え?」

 

「百城さん。アキラさん。町田さん。和歌月さん。堂上さん。

 亜門さん達。石垣さん。合原さん。若狭さん。九条さん。小澤さん。

 全員の年齢の平均を取ると四捨五入で17歳、切り上げで18歳です。

 多分ですけど主人公にして中心人物である百城さんの年齢に合わせたんじゃないでしょうか」

 

「ひゃあ、計算速いねえ」

 

「一般募集は……若手俳優に限定する、とは書いてありますが。

 年齢制限ないんですねこの募集。

 若く見えれば20代の俳優でもオーディションで取るってことでしょうか?」

 

「BLEACH実写劇場版の福土蒼汰*5さんみたいなのもアリだと思ってるとか」

 

「ああ、確かにそれはありそうです」

 

「あと、10代しか取らないと20代の参加者がうちの石垣さんしかいなくなっちゃうし……」

 

「……あー」

 

 スターズ12人で20代なの石垣さんしかいないからな。

 10代23人と一緒に撮影して、一人だけ20代とか結構地獄な気がするぞ。

 

「スターズの売れてきてる11人とあの百城さん全投入……

 スターズの本気は伝わるんですが、これ撮影スケジュール大丈夫ですか?

 島の外と内を皆さんが行き来しても、一ヶ月の撮影スケジュールで相当ギリギリなような」

 

「そこで君だよ、朝風君」

 

「俺?」

 

「融通が利かないスケジュールの人達がいる。

 そういうのがあると、他にしわ寄せが行くのが撮影。

 だからそのしわ寄せを受け止められる、融通の利く人が必要なんだ」

 

「了解しました。それなら俺も、なんとかお役に立てると思います」

 

「ごめんね。スターズの都合でこんなこと」

 

「スターズの都合かもしれませんが、俺の望みでもあります。

 表舞台に立つ人達を助けることは、俺が望んでやっていることです」

 

 町田さんが喜ばしそうに笑った。

 

 しかしなんだ。

 スターズには珍しくねえが、『芸能事務所主催の映画』をさらっとやってるスターズの事務所パワーには恐れ入る。

 ジュニーズだってジュニーズ主催の映画は『大勝負』って報道されてたが、こんなこと平然とやる事務所はすげーや。

 

 ただ、そこには間違いなく、アリサさんが育ててきた"当たり外れのない必中の人材"への信頼ってやつがある。

 作れば売れる手塚監督。

 おそらくは景さんとぶつかっても打ち勝つ百城さん。

 日曜朝の大人気俳優なアキラ君を始めとした、若手のエース達。

 そして大ヒットコミックスの原作。

 『絶対に黒字になる』んなら、俳優事務所主催の映画制作なんざ賭けでもなんでもねえ。

 ただの商品作りだ。

 

 デスアイランド。

 無人島に漂着した24人の生徒達が放り込まれたデスゲームを描く人気漫画、その映画化。

 半分は俺もよく知ってるスターズメンバー、なら残りの半分はどうなるか。

 はてさて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やることはそこそこに多かった。

 

「朝風さん、マスクの内側が曇って見えないんですが……」

 

「新人のスーツアクターさんですか? はい、ちょっとお待ち下さい」

 

 怪獣のスーツアクターさんが、怪獣スーツのマスクを持って来た。

 頑張ってんなあ。おつかれさん。

 スーツの内部ってのはすっげえ蒸れ蒸れだ。

 子供達のために動き回るスーツアクターさんはめっちゃ汗をかき、かいたそばから汗が蒸発し、蒸発した汗がスーツの内側にこもる。

 まさにこの世の地獄。

 

 どんぐらい汗をかくのか、というと。

 きむち英一*6さんというスーツアクターがいる。

 この人は毎日毎日、スタミナと塩分を補給するニンニクの醤油漬け、疲労回復と糖分を補給するレモンの砂糖漬け、塩を大量にかけた生野菜をバリバリと食べていた。

 それら全てが流れ出るほどの汗をスーツの中でかいていた。

 ニンニクによって胃は荒れ、英一さんは「これ体に悪いんじゃ?」と思って撮影終了後に医者に行ったほどだったらしい。

 

 そして医者は言ったという。「塩分不足ですね」。どんだけ汗かいてたんですかね?

 

 スーツアクターは激務だ。俺じゃとてもこなせねえやべーやつだ。

 きむち英一さんもプールに自分がいる時スタッフがうっかり電流流して死ぬかと思いましたよはははーみたいなこと言ってたが、それを切り抜けてこそスーツアクター。

 タフじゃなけりゃ生きていけねえ。

 が。タフなだけではどうにもならねえことがある。

 

 わんさかかいた汗が蒸発すると、マスクを内側から曇らせる。

 スーツの構造によっては覗き穴に蒸発した汗が詰まる。

 こいつが最悪だ。

 スーツを着たままじゃ内側は拭けねえ。

 拭くにはスーツを脱がなきゃならねえ。

 けどショーの最中にそれは不可能で、子供に絡まれてる時もそれは不可能で、スーツが一人で脱げないやつなら助けてくれる人がいない時にも不可能だ。

 かといって前が見えない状態じゃ、下手すりゃ子供蹴っ飛ばして泣かせちまう。

 そりゃ新人さんはどうしていいか分からねえよな。

 

「誰にでもできる技術なので、見て覚えておくといいですよ。

 特にヒーローショーでは、先輩が慣例的に後輩にこれをやらせていますから。

 まず、面の覗き穴に当たるアクリルなどの内側に、シャンプーを塗ります」

 

「シャンプーですか?」

 

「はい。これを業界用語で『面シャン』と言います。

 時に汗と混ざるので、ハッカなりなんなり、気持ち悪くならない匂いを選んでください。

 シャンプーを塗って乾かした部分は結露しないんです。

 蒸発した汗が曇らせることはこれで防げます。

 シャンプーを厚く塗れば長時間問題なく見えますが、少し見難くなります。

 薄く塗ればより明瞭に前が見えますが、あまりにも大量の汗は防げない時もあります」

 

「な、なるほど」

 

「今日は俺がちょうどいい具合に仕上げておきますね。

 それと、マスクだけでなく体の方のスーツも全部脱いでください」

 

 脱いだスーツアクターさんの汗を拭いてやり、濡れタオルでもう一度拭く。

 汗臭えなあ。

 こういうのが嫌な人って結構多いから、人が来る前にささっと終わらせておこう。

 拭き終わったスーツアクターさんの体に、鎮痛消炎剤を塗ってやる。

 

「うっ」

 

「鎮痛消炎剤です。体温を下げてくれるので、自分用に一つ買っておくと良いですよ。

 安いですし、冷房や扇風機の恩恵を受けられないスーツアクターさんには必須です」

 

「すみません、何から何まで」

 

「この消炎鎮痛剤は、ヒーローショーの戦隊世代の発明です。

 面シャンは本家仮面ライダーのカブト(2006)あたりで生まれた技術です。

 俺は貰った技術を次の人に渡しているだけです。

 この技術を生み出したのは、あなたの先輩にあたるスーツアクターさん達です」

 

「……」

 

「技術は仲間を助けるため提供してこそ、です。頑張ってくださいね」

 

 怪獣のスーツを着終わったスーツアクターさんが、俺に深々と頭を下げる。

 

「……すみません! 俺より随分年下の人に励ましてもらうとは! 行ってきます!」

 

 よせよ照れる。

 

「足元にお気を付けて。転びますよ」

 

 行った行った。

 

 さーてと。

 次はどこ行くかな。

 

「朝風! 入口近くのゴモラコーナー*7で興奮した子供が飛びついてゴモラ折れた!」

「朝風さん! ステージ大道具スタッフが足りないのでこっちに回ってほしいと!」

「英二、あのジオラマちょっと見かけ悪くね? 明日以降別の形にしようぜ、私達で」

「朝風ぇ、サンシャインシティのこの構造ちょっとアレじゃね?

 なんで北西に入り口、南西に出口で、順路がその二つ繋いでんのにトイレが南東だけ?

 しかも再入場口出入りしないと駄目なやつじゃん。案内板今より良いの作っといてくれ」

 

 ……次はどこ行くかな!

 

 

 

 

 

 あくせく動き始めた俺は超速攻でゴモラの一部損壊を直し、巨大バトルジオラマ*8の方に行こうとした。

 と、その時。

 飲食のコーナーで、見知った顔を見かけた。

 

「あれ、湯島さん」

 

 なんでこんなとこで……いや、待てよ。

 そういやウルトラマン関連のイベントはバイトも募集してたな。

 短期バイトで時給950円。昔は900円だったか値上がりしたらしい。

 昔は昼飯支給で今は交通費支給とかやり方が移り変わってったとかなんとか。

 うーん俺はバイトとかの方はノータッチだったからな……人事部の仕事だったし……まあ多分、湯島さんはバイトに来てるってことでいいんだろう。

 

 そういや湯島さんは中華料理屋でバイトしてたっけ。

 ウルトラマンのイベントのバイトは飲食店カテゴリで求人出してることがたびたびあったか。

 そんならこの繋がりも不思議じゃねえ……と思いたいが、やっぱ違和感はある。

 聞いてみるか。

 

「どうもこんにちは、湯島さん」

 

「! 英ちゃんやん!」

 

「バイトですか? 珍しいですね、こういうところで」

 

「事務所がなー。色々言うんや。

 せやから、少しでも多くの人に顔売れるバイトしてみたらどうやろ、と思て」

 

 ほー。

 いや、悪くないと思うぞ。

 

 今回のこれはウルフェスじゃねえが、ウルトラマンフェスティバルは年に一回の開催で10万人以上の来場者数があるのが慣例だ。

 確かプロ野球の試合が一試合平均来場者数3万人。

 プロ野球で顔出しするより顔を見てもらえる可能性は高え。

 「あ、あの時の姉ちゃんだ」みたいな風に後々思い出してもらえたりとかすれば、テレビとかでちょい役で出てもファンが付く可能性が出て来る。

 万人単位の人に顔を晒す、ってのはそういうことだ。

 湯島さんの笑顔が客の印象に残れば、そいつは必ず後々生きる。

 

「何か頼みにきたん? アイスならいっぱいあるんやで」

 

「じゃあレッドマンアイス以外で。湯島さんにお任せします」

 

「……せやな」

 

 なーんで棘谷は公式で、こういうイベントで、レッドマンアイス*9売ってるんだろうな……?

 

「英ちゃんはなんでここに……って聞くまでもないな。お仕事か」

 

「そうですね。子供の夢のためのお仕事です」

 

「あはは、私も"子供好き求む"みたいな求人見て、私にもできそうやなって思って来たんや」

 

 イベント飲食の店員として、バイトしながら地味に知名度を上げる。

 多分湯島さんとオフィス華野はその辺目論んでた、と思うんだが。

 

「ただ、良くも悪くもいつも通りの客入りらしいんや。

 あんま期待してたようなことは起こらんなあ、と思うてた」

 

 このイベント店舗の客入りからして、望んだほどの効果は出なそうだな。

 ウルトラマンのイベント全部に10万人クラスの人が来るわけでもねえ。

 全ての人が飲食に来るわけでもねえ。

 もうちょっと、何か客寄せ要素でもねえと、顔を売るとかの効果が薄くなりそうだ。

 

 ん、ここの店のあそこにあるあれは……そうか。今年はここだったか。

 

「頑張りましょう。お互いに、頑張る以外に道は開けませんから」

 

「……せやな。私もうつむいてる時間なんてあらへん!」

 

 そうそう、その意気だ。

 

 俺は店を離れ、スタッフ用区画に入る。

 今日俺が持ち歩いていたバックパックからカポック作成用発泡スチロール*10を取り出し、削って、塗装して、初代ウルトラマンを作った。

 

「朝風君、ちょっとウルトラマンスーツのカラータイマーの調子が悪いんだが」

 

「はい、チェックして直します。見せてください」

 

 ささっと直して、また待機。

 そこそこ柔らかい木があったんで、彫って塗装。今度はウルトラセブンを作った。

 

「英二君、ちょっとバトルジオラマの調整行ってくれないかな?」

 

「分かりました。他の人と連携します」

 

 他の人の応援に行きつつ、戻ってきたらエンボスヒーターで透明赤色の塩ビを加熱し、飴細工に見えるウルトラマンジャックの人形を作成完了。

 おお、いい感じの出来になった。

 

「ウルトラライブステージの人が足りん。ちょっと行ってくれ」

 

「分かりました。俺は小道具担当で良いんですよね?」

 

 ヒーローショーで壊れた小道具を、グッズ販売エリアで買ってきたウルトラマンの玩具を素材にセコセコ直す。

 帰って来てバッグを漁ると、ロウがあった。

 こりゃいい。

 ロウを削ぎ、切り込みを入れ、擦るようにして形成。筆で着色する。

 ウルトラマンA、ウルトラマンタロウ、ウルトラマンレオの人形を作成した。

 おっ、調子が出て来たな。

 速さと出来が徐々に上昇してきた。

 

「英二君、さっき修理頼んだスーツのことなんだけどゆっくりで良くなったから……」

 

「もう直ってますよ」

 

「うおっ」

 

「通気性良くするためのメッシュ部分が破れてただけでしたので、楽でした」

 

 バルーンアート。

 細い風船をねじって色々作る芸術。

 俺もまだプロの平均値を超えられてねえ、匠の技の集合技術体系だ。

 しっかし、風船をある程度形にして、表面を塗装するとちゃんとウルトラマンに見えるもんなんだな……驚いた。

 とりあえずウルトラマン80とゾフィーも完成。これで兄弟揃ったか。

 

 風船の表面はゴムだから、塗料次第では溶剤にゴムが溶けて破裂しちまう。

 そこは注意のしどころだった。

 なんかちょっと物は試しって感じだったが、また俺の芸風が増えた気がする。

 

「すみません朝風さん、人手が足りないばっかりに」

 

「迷子が複数箇所で何人も出ただけじゃないですか。

 俺は子供の手を引いただけですよ。

 このくらいなら、いつでも緊急の人手に呼んでください」

 

 ぼちぼち仕事が忙しくなって、休憩時間を全部物作りに割くのも難しくなってきたな。

 俺の休憩時間が他の人の援軍に使われることが増えてきた。

 まあいいか。

 描いて描いて、よし完成。

 ウルトラマンティガ・ウルトラマンダイナ・ウルトラマンガイアが邪神ガタノゾーアに立ち向かってるファンアートだ。

 縦1m横1m。再確認良し、設計通りだ。

 

「八面六臂の活躍ご苦労さん。皆の総意だ、朝風はしばらく休んでおけ」

 

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」

 

 時間こんなに貰っちゃっていいのかね?

 と思いつつ、最新作ウルトラマンR/Bのウルトラマンロッソとウルトラマンブルのアートパネルを完成させる。

 要らんパネルあるって話聞いて、ダメ元で聞いてみて良かったな。

 まさかタダでパネルが貰えるとは。

 塗料ならいくらでも持ってきてたし、これならいくらでもアートが書けるってもんだぜ。

 

 さて、休憩時間中にアイスでも食いに行くか。

 

「おお、朝風君。少しいいかね?」

 

 ん?

 おやあんたは企画のプロデューサーさん。

 湯島さんと二人で何話してるんですかね。

 

「どうかしたんですか?」

 

「なんか私の名前宛てで、あのコーナーに寄贈の人形がいっぱい来とったんや」

 

 湯島さんが指差したのは、通路側からも飲食店の中側からも見ることができる、一般人から贈られたファンアートとか人形とかを飾るコーナーだった。

 子供の精一杯の絵とか、プロのファンアートとか飾っておくやつだ。

 こいつが中々需要があって、こういうのをわざわざ見に来る人もいる。

 公式の絵が上手くても何とも思わないが、ファンアートが上手いと興奮する、っていう人は何故か一定数いるもんだ。

 

「湯島君の名義宛てに贈られた人形がたいそう出来が良くてね!

 風船やロウに木彫りに絵と、種類も実に多彩だ!

 今日に備えて色々と作ってきたに違いない!

 おかげで客がどんどんこちらの店に来てくれているんだ。

 なんでも、湯島君はテレビに出ている女優の雛だそうじゃないか。

 ならばあれは女優としての彼女のファンが贈った物だと思うんだが、君はどう思う?」

 

「一定以上の力量がある者ならひと目で分かりますよ。

 あれは間違いなく湯島さんのファンが作ったものですね。

 ファンが献上するために作ったものって特徴が少し出るんですよ。

 献上するために作ったものというか、作りに少し癖が現れるんです」

 

「やはりか、君も湯島君のファンの手による物だと思うかね」

 

 間違いないな。

 

「客も集まった、湯島君の顔を覚えて帰った者もいるのではないかな。

 そのファンの狙いは大まかに成功したと見ていいだろう。

 いやあ、それにしても売上への貢献がめざましい!

 これは通常の時給以外にも特別ボーナスを出さなければならんな!」

 

「そうですよ。

 その人形や絵を見に来て店に入ったお客さんいたんですよね?

 なら、伸びた売上は湯島さんの功績と言っていいはずです。

 ちょっとは給与に色付けてもバチはありませんし……

 あ、そうだ。

 給与を大目にした恩を売って、いつか撮影の仕事を受けてもらうのもいいかもですよ」

 

「うむ、顔と名前は覚えておこう」

 

 まあプロデューサーからすりゃ、女優の雛なのに既に熱烈なファンがいるってのは好印象だよなあ、知ってる。

 近年のプロデューサーは嫌いな人の声の数より、金を出す熱烈なファンの数の方が重要だって考えでやってるもんな、知ってる。

 

 あいたっ。

 湯島さんに肘で突かれた。

 なんで?

 

「英ちゃんはさぁ……」

 

 湯島ァ! なんだその表情は!

 

「英ちゃん、そういうとこやねん」

 

 何その顔?

 

 言いたいことあるんならハッキリ言えよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あー疲れた。

 ……と言いたいところだが、あんま疲れてない。

 後半戦はかなりスムーズに移行してて、イベントの優秀なスタッフがキャパオーバーになることもなく、多くのアクシデントを的確に処理していった。

 俺あんま要らなかったな。

 最終入場17:00、イベント終了17:30を迎え、まったりとジオラマについて検討して、明日以降の改善点を検討しつつ19:00まで各セクションの人と話し合う。

 スーツと人形のチェックまでしたら20:00になっちまった。

 明日も欲を言えば06:00くらいには会場に入りてえが、それで早め早めに段取りした今日みてえに後半俺の仕事無くなりそうだ。どうしよう。

 

「遅かったやん」

 

「え」

 

「女の子を待たせるなんてどうかと思うんやけど」

 

 え? 湯島さん? ……待ってたのか?

 バイトの人達は18時解散だったはずだよな。

 ずっと俺を待ってたのか?

 

「あの……俺に、何か御用でしたか?」

 

「ちょっと話したいなー、って思てな」

 

 そんだけか。

 待たせてすまん。

 待ってると知ってたらさっさと仕事切り上げてきたぞ。

 どうせ明日早くに来れば良いだけの話だったからな。

 

 二人して並んで歩き、帰路につく。

 

「英ちゃん、一緒にやった怪談映画の撮影覚えとる?」

 

「覚えてますよ。俺は幽霊のマスク制作を担当してました」

 

「私は幽霊に殺される女の子役やな。

 でも、私の演技が悪いって大人の俳優に怒られて……

 才能無い、やる気が無い、役者辞めろて、散々言われて泣きそになって……

 その時、英ちゃんが割って入って言ったんや。

 『あんたの演技より湯島さんの演技の方が俺は好きだ』って」

 

「ああ、あの時の……」

 

「大人の人めっちゃ怒ってたやん。

 贔屓目にも私の演技は上手やなかったし、大人の方が上手かったもんな」

 

「あの時は、話をややこしくしてすみません。

 あの大人から湯島さんへの心象も悪くしてしまいました」

 

「ええてええて。

 でもあん時の英ちゃんはもう見られそうにないなあ。

 あの頃のトゲみたいなもんもうどこにもあらへんし。

 どんどん周りに気を使って、周りに合わせられる人間になってった」

 

 言葉の裏には暗に、"あの頃の朝風英二も嫌いじゃなかった"という意図があるようで、結構気恥ずかしくなってきた。

 直接言わなきゃ良いだろの精神か湯島!

 なんか何となく伝わってるぞ湯島さん!

 

「今は私も、あん時の英ちゃんのことが分かるようになったんや」

 

「何をです?」

 

「英ちゃん、『湯島さんの演技の方が上手い』とは言わなかったな。

 あの大人は気付いてへんかったみたいやけど。

 上手い下手で英ちゃんは嘘ついてへんかったって、よう分かった」

 

「……」

 

「私を庇ってはいても、庇ってるだけで、褒めてへんかったんや」

 

 あー。

 クソ。

 これだから、俺はトーク苦手だって言うんだ。

 何も誤魔化せてねえじゃねえか。

 

「英ちゃんがあの時一番残酷で優しかったんやなって、後になってからよう分かった」

 

「……すみません」

 

「ええんや。私はあの時、嬉しかったから」

 

 夜空を湯島さんが見上げる。

 子役からずっと芸能界にいる役者には、他の人には理解できない苦しみがある。

 俺は。

 この人にとっての俺は、どっちの役割を果たしてたんだろうか。

 湯島さんの苦しみを増やしてたのか。減らしてたのか。

 

 湯島さんに聞いたって分からねえ。

 きっと、肯定的なことしか言わねえはずだ。

 そもそもきっと……湯島さん本人にすら、俺の存在が"湯島茜にプラスだったかマイナスだったか"の冷静な判断なんてくだせねえはずだ。

 

 俺はこの人と同じ速度で芸能界を走ってこなかった。

 そういうことを、最近まで意識すらしてなかった。

 付き合いは長くても、仲が良くても、俺は時々そういう余計なことを考えちまう。

 

「英ちゃんがあの時言ってくれた言葉が。

 あの時私が感じたものが。

 どうしても俳優を辞められへんことの答え、みたいな気がするな」

 

「え?」

 

「認められたいんや、私達は。今ここにいることを、周りの人達に」

 

 湯島さんが、夜空に手を伸ばす。

 

 届きそうにもない、と思っちまった。……なんで、俺は、そんなことを。

 

「撮り終わって。

 オールアップの花束渡されて、拍手されて。

 おめでとう、ありがとう、お疲れ様、って暖かく言葉かけられて。

 『周りに認められる瞬間』が嬉しくて、楽しくて、その喜びが胸に染みて。

 だから辞められないんやな。今更なんも、捨てられへんのや」

 

 俺達は呪いをかけられている。

 監督も、俳優も、造型も。

 一般人が呪われてないなら、俺達はきっと一人残らず呪われている。

 星を見上げるように目指した"それ"を、諦めるなんてできやしねえ。

 

 湯島さんが、陽気な少女を演じるように、ニヤリとした笑みを浮かべる。

 

「私、デスアイランドっちゅうやつのオーディション受けるんや」

 

「奇遇ですね。俺も誘われてるんですよ、あれ」

 

「え、ホンマに? もし受かったら……

 映画一本、私がメインキャラで英ちゃんが美術で、って仕事久しぶりやね」

 

「かもしれませんね」

 

「ま、受かったところで24人の一人で主人公でもないんやけどな。

 それが今の、私の精一杯。

 でも私は、このオーディションに全力で挑んで……結果次第で、今後の身の振り考えるわ」

 

「……湯島さん」

 

 いつか、湯島さんが遅い足で走り続けるのを辞めるまで。

 俺は彼女に手を貸すことができる。

 いつか、湯島さんが歩みを止め、この世界から消えた時。

 俺達の繋がりは、きっと消える。跡形もなく。

 

 あの頃、子役だった湯島さんと俺の周りには、多くの子役がいた。

 今はもう、そのほとんどがこの世界から消えている。

 湯島さんという友人まで消えた後、俺は……俺は、どうなってんだろうか。

 

 友達ができるたびに俺の中に何かが増えて、一人業界から消えるたび、俺の中から何かが削れている気もする。……気のせいか。

 でもやっぱ、人との繋がりが消えるのは、寂しいんだ。本当に。

 

「英ちゃん、オーディションでは私を応援してな?」

 

「そりゃもう、他の候補者の誰よりも応援しますよ!」

 

「誰よりもかー、そら嬉しいなー、ふふ」

 

 飛び抜けた天才が業界から消えることは悲しい。辛い。惜しい。

 そう思う理由は、理論的に説明できる。

 じゃあそうじゃない俳優が業界から消える時、いつかの日に笑いあった人が業界から消える時、俺の胸の奥に湧くこの痛みはなんなのか。

 分からん。

 俺はこの感情に、なんて名前を付けりゃあいいんだ?

 

「夕飯奢りますよ。何が良いですか?」

 

「私が知ってる美味いお好み屋でええかな?

 お店がオリジナルのタネ出して、客が自分で作るとこ」

 

「はい」

 

 なあ、親父。

 くたばった親父。

 ……まだ俺なんかじゃ超えてねえと、そう信じてえ親父。

 

 あんたくらい誰か一人に惚れ込めば、他の余計な何もかも忘れて、悩まないですむ人間になれたりすんだろうか。

 俺は、今は、あんたのそれが、無性に羨ましい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突破口をどこに見出すか。

 そこが問題だな。

 黒山(おれ)の名前になんざほとんど力もねえ。

 そもそも、権力闘争なんざやってこなかった俺だ。

 さっさと夜凪をねじ込むなんて力は俺にはねえ。

 あるのは数えられるくらいのコネと、世界一の映画撮影能力くらいのもんだ。

 

 スターズ主催『デスアイランド』。

 一般応募の俳優と、百城千世子が共演可能な奇跡みたいなチャンスだ。

 こいつを逃す手はねえ。

 百城千世子含めた23人分の技術を、夜凪に一気に吸収させてやる。

 

 今の夜凪と主演助演で真っ向からやり合えんのは、同性同年代じゃあいつだけだ。

 百城千世子だけだ。

 この機を逃せば、夜凪を助演出演で一気に成長させるチャンスはいつ来るか分からん。

 

 だが問題がある。

 スターズ主催ってことは、審査もスターズだ。

 なら、社長意向で夜凪が落とされる可能性が高え。

 監督の手塚には真正に評価しろって言ったが、さてどうなるか。

 

 おそらく、監督の手塚が夜凪に肩入れすんのは三次審査以降。

 夜凪が手塚を変える可能性は大いにある。だがそれも三次以降だ。

 手塚があの面白味のねえやり方を変えるかもしれねえのがそこからな以上、一次の書類審査と二次の映像審査はどうにもならねえ。

 

 俳優発掘オーディションであんな下の方の審査から自分の目でチェックしてるババア(アリサ)の目をくぐり抜けんのは難しい。

 夜凪は通すな、くらいは下達してるだろう。

 ならどうやって書類を通す?

 どうやって映像審査を通過させる?

 

 スターズの従業員は100%ババアの忠実な配下だ。

 手塚だって夜凪の演技を見て何か心境が変化でもしねえ限り、そうだろう。

 複数の職員の中の誰か一人が"夜凪"の二文字を見ただけで、夜凪の顔を見ただけで、一次審査と二次審査で引っかかって落とされるのは間違いねえ。

 となると、どっかで工作が必要だな。

 手塚が監督権限で夜凪をねじ込める段階まで、夜凪を連れて行く白馬の王子様みたいな奴が。

 

 ……そういやいたな。

 夜凪にベタボレな奴が。

 スターズ事務所に簡単に出入りできる奴が。

 問題は、あいつがスターズ側の人間だってことくらいか。

 あいつがこの頼みを聞くかどうかは半々くらいと思うが、とりあえず奴を電話で呼び出す。

 

「おいエージ、ちょっと来い」

 

『今ちょっと大事な食事なので無理です』

 

「は?」

 

『後でいいでしょうか? 大黒天事務所の方に行きますよ』

 

「お、おう。お前がこんな強い口調で断わんの珍しいな」

 

『ちょっと色々とありまして。何用ですか?』

 

「お前に夜凪の仕事を用意する手伝いを」

 

『……後で必ず行きますから、今は食事させてください。後で必ず行きますから』

 

 そうだ、それでいい。

 

 周りの常識だの一般的な感覚なんかに惑わされんな。

 お前の道はお前が選べ。

 お前の幸福はお前が選べ。

 "常識的に考えてそっちの方が幸福だから"なんて考えじゃ、"役者は皆不幸になる"なんて言ってたあの幸せ押し付け星ババアと変わらねえ。

 少なくとも、お前が本気の本気になっていっても、俺に夜凪に柊に、お前の才能を分かってる奴らはお前から離れて行ったりしねえさ。

 最高の映画をお前と撮り続けてやる。

 

 夜凪に惚れ込んでるんだろ?

 そこまで惚れ込める相手ってのはな、人生で何人も出会えるもんじゃねえ。

 心底惚れ込んだその感情を、適当に終わらせたりなんざすんじゃねえぞ。

 

 お前が人でなし、ろくでなしになったくらいで離れていくような奴らと居るくらいなら、夜凪に一途に惚れたままでいいじゃねえか、なあ。

 

 

 

*1プロMC。東京ゲームショウ、東京おもちゃショーバンダイステージ、ウルトラマンフェスティバル、遊園地ヒーローショー、桃の天然水などの飲食広報イベントなどで活躍中。

*2お笑いコンビ。ちゃんとレギュラー番組を獲得して固定ファンを獲得したお笑いコンビって全体で見るとほんの一部なので、かなり有能枠だと思います。

*3ウルトラマンフェスティバル2016で「司会のお姉さんも実はウルトラの母の部下のウルトラマン」という斬新な設定で進め、「ステージのウルトラマン達が皆戦って手が離せないところで司会のお姉さんがオリジナルのウルトラマンに変身する」という驚きの展開で観客の度肝を抜いた、公式ヒーローショー限定女ウルトラマン。勝裏まりえさんなのでマリーエ。ゼットンにあえなくボコボコにされるが、そこに颯爽とウルトラマンゼロがゼットンにウルトラゼロキック! 観客が「ああ今のでゼロに惚れたな」と思うほど見事な展開だったという。

*42000年に映画化した、名作小説にして名作映画。自分を見失った天才ゴルファーと、僅かな助言で人を導くバガー・ヴァンスの物語を描く。監督はアカデミー作品賞とアカデミー監督賞を初めて同時受賞したハリウッド監督のロバーツ・レッドフォード。メイン二人は「出た映画が全て売れる」と言われた、『インディペンデンス・デイ』『メン・イン・ブラック』『アイ・アム・レジェンド』のウィン・スミス。そして『プライベート・ライアン』『オーシャンズ11』『オデッセイ』のマッド・デイモン。

*5仮面ライダーフォーゼの主役、如月弦太朗を演じた。笑顔に不思議な魅力がある、という独特の才能を持つ俳優。若々しい演技が印象に残る爽快な俳優だが、劇場版BLEACHの黒崎一護役(高校生)を25歳の福士蒼汰が演じたことで、「あの歳で高校生演じて違和感無いのが凄い」「あの歳で高校生は厳しくなってきた」等の人それぞれの意見が出されていた。

*6昭和の時代の名スーツアクター。スーツアクターだけでなく、他番組では悪の組織の戦闘員・麻薬組織の構成員・ヤクザなど、戦闘ができる悪役もこなす。ウルトラセブンなどで名演を見せたためまたウルトラマンのオファーが来るが、「あんなキツい一年またやれるか……そうだ! ギャラを1.5倍要求しよう! 他にも要求しよう!」と体よく断ろうとしたが、あっさり了承されて逃げ場を失ったという。要するに年収1.5倍要求にも等しかったわけだが、それでOKが出されるあたりその能力が窺える。

*7ウルトラマンフェスティバルなどで入り口から入った子供達が最初に見る、古代怪獣ゴモラの首から上だけ人形。首から上だけで7m近くあり子供に人気。制作はクリエーターズフェスのような新しいものから国立民族学博物館のような古いものまで、様々なところに大型モニュメントを提供しているクラオン・ビー。

*8かなり大きなウルトラマン人形・怪獣人形・街のセットで作られた圧巻のジオラマ。近くで撮影しようとすると大の大人でも、ウルトラマンを見上げて撮影する形になるほどに大きい。原作でなかった夢の対決もあり、おそらく最低でも数千万クラスの金をかけて作られた最高レベルのジオラマセット。

*9あまりにも容赦のない残虐ファイトで有名になった低予算特撮・レッドマンをモデルにしたアイス。アイスの上に並べられたストロベリーやラズベリーはまるで切り刻まれた怪獣の肉片のように見え、ストロベリーソースは怪獣が流した血に見える。血みどろ肉片どんと来いな、レッドマンを象徴するようなウルトラマンフェスティバル限定アイス。美味しい。

*10その場で人形のように彫り、クライアントに大雑把な完成形をとりあえず見せるために使う。




 作中で時々出て来る『戦友』って概念は結構ややこしい感情が絡むやつです。



 アクタージュ13話扉絵のデスアイランドキャスト一覧で、24人分の名前と年齢は確認できるんですが、多分これ『混乱を避けるためこの年度で年齢が上がった分は記載しない』ってスタイルだと理解してないと二次創作で致命的にミスするやつ。
 二話などで二年と言われてる夜凪は高校二年生、プロフィールに16歳と記載されている5月生まれなので、アクタージュ本編開始が高校二年生の4月から5月。
 デスアイランド告知から一般オーディションまでが一ヶ月で夏付近の台風シーズンになり、千世子との共演時ではおそらく既に夜凪は千世子と同い年の17歳に。
 なので、島に夏の台風が来てます。
 ですが夜凪のこの年齢アップがキャスト欄の年齢に反映されてないので、年度変更時に全キャラの年齢を一括で上げるやつなんじゃないかなーと推測してます。
 んで銀河鉄道の夜本公演が三ヶ月後なので秋、ひょっとしたら冬。

 コミックス単行本裏だとアキラ君と千世子の年齢差は一、おそらく学年差も一。
 現学校法だと4/1生まれの千世子ちゃんは4/2生まれの子が小学二年生の時に小学三年生をやってる、ということになります。
 なので多分、

大学一年相当18歳:アキラ君、英二(中卒)
高校三年相当17歳:千世子
高校二年相当16歳:夜凪

 だと思うんですが……正直ここは開示された情報をまた別の解釈することで、千世子と夜凪を同学年扱いにもできると思うので、二次創作者の自由にしていい気がします。
 二次創作は自由。
 さして言及されていない時系列を事細かに考察する奴は神経質な愚か者よ……

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