俺は初心者に仮面ライダーやウルトラマンやスーパー戦隊を勧める時、大体数個に絞ってオススメしている。
仮面ライダーW、ウルトラマンオーブ、獣電戦隊キョウリュウジャーとかがそれにあたる。
電王とかもそうだな。
あんまクセがなくて、王道仕立てで、面白さの総量が多い作品が初心者向けには良い。
ただ、あんま裏事情は知るもんじゃねえなとも思う。
初心者には裏事情は知らず素直に作品を楽しんでほしいもんだ。
例えば仮面ライダーNEW電王*1。
あれの色合いは黒倉プロデューサーの提案で決まって、最終的に某プレミアム缶ビールのカラーリングを参考に決定された。
どうかと思わんでもない。
子供向けヒーローのカラーリングの参考がビールって。
まあ出来上がったスーツはデザインも色合いもかなりかっこよかったが。
缶ビールのデザインを参考にする……こういうのが自然に出るのは、成人してる大人の特権って感じがすんなあ。
少なくとも未成年の俺には馴染みがねえや、ビール缶。
プレミアムの紺と金ってなんだ。
技術でも、年齢だけはどうにもならん。
「すみません、ビールでも差し入れしようかと思ったんですが、やっぱ買えませんでした」
「いいんだよ! そういう気遣いは!」
打ち上げ用にビールを買ってこようとしたが、駄目だったのでサイダーを買ってきた。
そんな俺を、亀さんがツッコミ入れつつ笑いつつ、俺の髪の毛をクシャクシャにしながら迎えてくれた。
やめろや。
やめろ!
身長差を見せつけるな青田亀太郎!
本日の俺のお仕事は舞台演劇のお人達から。
なんと西映主催の、結構なごった煮大型イベントであった。
舞台演劇とテレビ番組の距離は遠いのか?
アニメと特撮って遠いのか?
答えはノーだ。
少なくともエンタメ・オブ・エンタメの西映で、その心配はねえ。
たとえば、西映太秦映画村*2なんかを例に挙げてみっか。
ここでは毎日子供向けの刀剣侍指南イベントをやってる。
アニメ分野では、ゲゲゲの鬼太郎の大型イベント。
特撮分野では、ジオウ*3&ルパパト*4のジョイントイベント。
ジオウ&ルパパト&ハグプリ*5の握手会なんかもある。
かと思えば手裏剣大会とかやってるし。
演劇屋が忍者時代劇やってたりもする。
今回のイベントは西映主催だが、共催は事実上の名前貸しも含めりゃ数十社ってレベルだ。
入り口でパンフレットを貰って広げると、会場の東西南北色んな所でやってるショーが、タイムスケジュールごとにズラッと並んでて、わくわくする。
大型ステージを借りるような有名演劇一座とかも呼ばれてるんだぜ。
劇団天球も、その中の一つだった。
まー公演があるわけじゃねえけどな。
顔売り、ってのが一番正しいんだろうか。
有名な劇団は、公演の後や公演の前にこういう仕事が回ってくることがなくもねえ。
公演の後の挨拶、次の公演の宣伝ってやつだな。
寸劇見せたり、ファンと触れ合ったり……まあやることは色々だ。
イケメンを売りにしてる劇団は劇イベントの即売所でCD売って、そのCDに握手会参加券を付属とか普通にやってんだよなあ。
TKB*6の握手券商法が業界に残した影響は大きいぜ。
亀さんに案内される最中、劇団天球の人数分買ってきたサイダーを渡す。
「お、サンキュ。お前こんなもの持って来なくても皆歓迎するぞ」
「気持ちですよ。ねぎらいたい気持ちです」
「生意気なこと言いやがって」
ぐあああ!
かき混ぜるのはいいが上から頭を押し込んでくるんじゃねえ!
身長が縮むだろうが!
そうこうしてる内に、俺が辿り着いた場所には、立派な演劇用の甲冑があった。
「じゃあ仕事入りますね。この鎧の色を変えれば良いんですか?」
「ああ、頼む」
「一時間……いえ、40分ください。間に合いますか?」
「余裕余裕。わっりーなー、それ複数の劇団が使うやつだからさ」
「いえ、仕事ですので」
ふむ。
ほー。
いいなこの甲冑。
布部分の生地は黒く、鎧部分は黒と赤と金。
ちょっと麻っぽい生地が入ってるのもアクセント入ってる感じで悪くねえ。
だが、デザイン以外の部分に細かな仕事が結構入ってんな。
黒地の布部分を一部切り取って、メッシュ生地を貼り直してる。
生地の向こうが透けて見える用なメッシュ生地は、外から内側が見えちまう欠点があるが、このメッシュ生地は周りの客に見えない角度と生地面積をきっちり計算してある。
いい仕事だ。
フォーゼスーツ*7を少し思い出すな。
お、これ、真珠に見える装飾、パールカラーのシートの上に半球状のレジン*8を乗せてんのか。
……仮面ライダー電王・ストライクフォームの体表面の宝珠表現技術じゃねえか!
流石西映イベント。
特撮分野で見た技術がこんなところにまで見られるとはな。
ん?
いや、待て、腕のここの造型……まさか!
オリジナルの造型の甲冑だが、腕部分だけが伊達政宗所用の黒漆五枚胴具足!*9
そうか。
鎧を着て中の人が動けば、一番動く腕が目に入る。
立っている時なら額、顔、胴体とかがまず真っ先に目に入るが、動き出せば動いてる腕がよく目に入る"注目の逆転"……分かる奴が分かればいい、っていう仕込みだな。
憎い仕事がされてやがる。
こういう名も無き職人の仕込みに気付くとちょっとテンションが上がるな。
まあとりあえず色変え色変え。
悪いなこれ作った人。
今日のクライアントはこの甲冑の色合いが今回のイベントに似合わんと思ってるらしくてな。
よし。
「亀さん、できましたよ」
「おお、速いな」
印象がちょっと電王ロッドフォーム的っつーか……まあ子供向けな感じになったぞ、亀さん。
「かなり色合い変わったな。時代劇の甲冑が一気に子供向け特撮っぽくなった」
「表面にカッティングシート*10を貼り付けただけです。
装甲の寸法を測って、ハサミでシートを切り分けて……
それを甲冑の各色部分に貼って別の色に見せてるんですね。
表面にシール貼っただけみたいな感じです。
仮面ライダーネガ電王*11のスーツ作成方法と同じ手法です」
甲冑のフォーマットは、特撮ヒーロースーツのフォーマットとは違え。
その最たる違いは、"顔が出てる"ってことだろう。
スーツアクターは、顔が売れねえ。
スーツのせいで顔が出せねえ。
動けるイケメンアクション俳優は、だからスーツアクターの仕事を嫌がるもんだ。
顔を見せれば、顔を覚えてもらえる。
顔を覚えてもらえば、ファンになってもらえる。
ファンになってもらえれば、最終的に自分が売れる。
こいつが顔を売る俳優、ってやつだ。
全身を包むヒーロースーツと違って、甲冑は顔が露出してる。
顔が売れる可能性はあるってことだ。
まあ髪とかは隠れちまうことが多いから、実はこれでも覚えてもらうのには苦労する。意外と甲冑着てる人の顔は印象に残らねえからな。
一旦そいつは脇に置いといて、と。
今回の仕事の依頼主はイベント主催だ。
俳優事務所じゃねえ。
俳優事務所からの依頼だったなら、鎧を比較的目立たねえようにして、俳優の顔を覚えやすくしてたが……そうじゃねえから、鎧にはバリバリ手を尽くした。
甲冑表面の光の反射率は高けりゃ『鏡みたい』って感想、程よく高けりゃ『艶がある』、程よく低けりゃ『渋い輝き』って感想が来る。
今回はしっとりと艶を出す感じにした。
よくよく考えると面白え話だよな。
なんだよしっとりとした光沢って。
光沢に湿度はねえだろ。
ただ本当に、"しっとり"以外の表現がしっくり来ねえんだよなあ、こういう艶。
造型ってやつの本質はまだよく分からねえし、奥が深え。
「でも悪い、今日俺達15時まで仕事ねえんだわ」
「何故!?」
なんか俺の"喉乾いてるだろうから"って差し入れサイダー微妙に空振ってんじゃん!
「運営の手違いでちょっとな。
伝達ミスだから依頼料は拘束時間分だけ増やしてくれるとか言ってたけどよ」
「太っ腹ですねえ」
主催が普通のとこだと、夜に三時間仕事してもらう劇団を伝達ミスで結果的に十時間くらい拘束することになっても、特に依頼料を上げたりしねえ。
"余分の金を払う余裕"がねえからだ。
だからよそに負担をおっかぶってもらう。
ポスター作りとかやってた頃、これで負担押し付けられてやべーことになった会社いくつか見た覚えあるわ。
大手はこういう時『金をケチって信用を失う』ことを避けるから、本当にいいこった。
大手と仕事できるってだけでハードル高えが、だから大手の仕事は鉄板になる。
劇団天球も大手にさらっと仕事に誘われるあたり流石だぜ。
「この鎧は使うところに回しとく。お前これから暇か?」
「んーと……事務所に帰って依頼の物を作るくらいですね。
早めに片付けようとしてはいますが、急を要するものはないです」
「そっか、んじゃあ」
「亀……あ、朝風だ」
「阿良也?」
「おはようございます、阿良也さん」
アラヤさんだ。
そっか、あと数時間暇だから劇団天球の人、思い思いに時間を過ごしてんのか。
今日はイベントなだけで公演がねえってことは、公演直前まで集中力を高めてメンタルを最適な状態に持っていく、とかもねえだろうし。
「朝風、フランクフルト食べる?」
「あ、いただきます」
「珍しく気が利いてんな阿良也。ゴチになります」
「亀の分はないよ」
「なんでだよ!」
俺地味にこういう阿良也さんの会話の呼吸に合わせられてる亀さんやるなって思うよ。
「あ、このフランクフルトケチャップ容器付いてますね。
亀さん、これ一本しか無いみたいですし、賭けをしませんか?」
「うん?」
「俺がこのフランクフルトをケチャップで彩ります。
亀さんが感心したら俺が貰います。
そうでなかったら亀さんのものです。ゲームですね」
「ほー? なんか面白えな。やってみろよ」
こういうのは、心にはいくらでも嘘がつけるもんだから、亀さんのポジションにいる人が感心しなかったと嘘をつけば成立しねえ。
だからまあ、信頼が前提にねえと駄目なわけだ。
亀さんが信頼できねえ人だと、こいつは成立しない。
信頼できる人との遊びってやつだな。
っと、出来た。
「はい、イエスキリスト・オブ・フランクフルトです」
「フランクフルトにケチャップで描くもんじゃねえ!」
「へー、朝風、筒の表面に描く絵がまた上手くなったんじゃない?」
「あ、アラヤさん分かりますか。
絵って筒に描くのと平面に描くのだいぶ違うんですよね。
特に俺が昔柱に描いた絵とか遠近感が微妙な感じで……
平面の絵を柱に巻いてもリアルにならない。
筒状の物の表面に描く絵は独特の嘘が必要。
習得したのはそこそこ前ですが、ようやく身に付いてきた気がします」
こういうフランクフルトをクルクル回すと初めて見える絵とか結構好き。
「まあいいか、ほれ食え英二」
「ありがとうございます」
やーりぃ。合格だ。
しかしイベントの時に食うフランクフルトは何故こんなに美味いのか。
うめえ。
「朝風、マスタードで描かなかったんだ。なんで?」
「え……特に理由はありませんけど」
まーたよく分からんアラヤ節だよ。
「朝風って微妙にケチャップ避けてるところあったじゃん」
「……え」
「赤いケチャップも、赤い塗料も、何か苦手だったでしょ。
ケチャップとマスタードがあったんだから、今までの朝風ならマスタード選んでたはず。
仕事に影響出したことはなかったけど、それでも朝風は赤色の液体何か嫌いだったよね」
―――愛してるわ、英二。
「別に嫌いではないですけど……何か俺の仕事で気になるところでもありましたか?」
「だから朝風がそれを仕事に影響出したことは無かったってば。
ケチャップが大嫌いってわけでもなかったでしょ。
なんか例を挙げるなら……ああそうだ、仕事外で気を抜いた朝風が作ってたオムライス」
ふと、アキラ君にオムライスを作った時のことを思い出した。
―――事務所にアキラ君を招いて、オムライスを出す。
―――まあ普通レベルだ、俺の作る飯は。
―――強いて言うならケチャップ一切使ってなくて、ライスはコショウを利かせたチキンライス、卵の上に味を調整したデミグラスソースが乗ってることくらいか。
ふと、ルイ君にオムライスを作ってあげた時のことを思い出した。
―――あー! 俺が気合いを入れてルイ君に贈ったケチャップ製平等院鳳凰堂のオムライスが!
その、違いは。
「朝風は変わってきてるんだよね、色んな意味で」
……。
変わってきてるんだろうか。
景さんと出会ったあたりから、今まで以上に急速に俺は変わってる気がする。
俺の中のものが色々と噛み合ったり、変わったり、増えたり減ったりしている。
今までずっと目指してた道の進み方が分かってきた、というか。
アラヤさんは前に言っていた。
―――ちょっと見ない間に人間になってきたね。巌さん、今の朝風の方が好きなんじゃない?
天才の見える景色は凡才には見えず、天才ごとに見える景色は違うとも聞いた。
アラヤさんの景色は他の誰にも見えねえ。
ゆえにこそ、演劇界の怪物。
なら、この人の目に俺はどう見えてるんだろうか。
「朝風はトラウマがトラウマにならないくらい、自分を制御してたけどさ。
普通に見てると分かんないくらいケチャップ使えてたけどさ。
こう……うん。
オムライスの中の見えないライスが、赤く染まってなかったけど、もう赤く染められる。
朝風の心の中って赤く染まってたけど、もう染まってないから、ケチャップは大丈夫だと思う」
亀さんが、目をしばたかせていた。
「いいことだと思うよ」
「阿良也、お前……」
「最近変化してきた……いや、成長してきたって言うべきなのかな、これって」
心配かけたくねえな、って。
そう、思った。
「アラヤさんは勘違いしてらっしゃるんですよ。
ボール・マッカーシー*12だって言ってたじゃないですか。
『皆アートを言及するときケチャップと血の大きな違いがあるということを考慮しない』
って。
俺だって血とケチャップの見分けくらいつきますよ、アラヤさんの見込み違いです」
「そう」
「でも、ありがとうございます。変わることは、いいことだと思いますから」
俺がどんな道に行くか、正直分からねえ。
だけど、どの道を選ぶとしても、後悔だけはしねえようにしよう。
「飯食おうぜ飯。
さっき言おうとしたんだが言いそびれちまった。
まだ朝って時間帯だが、ラーメン食おうぜラーメン! 英二もまだだよな朝飯?」
「はい」
「奢ってやるよ。ここの会場、ラーメンの出前ならめっちゃ速く来るんだ」
「え、そんな、亀さんに奢ってもらわずとも俺には俺の財布が……」
「どのラーメンにする? 俺とんこつチャーシューメン大盛りで」
聞いちゃいねえ。
「じゃあ俺はネギ醤油ラーメンで……ありがとうございます」
「ありがとう亀。俺白味噌胡椒バターラーメン大盛りで」
「あれ阿良也も奢られる気満々!? いや別にいいけどよ」
注文してる亀さんを見ている内に、俺はふと疑問に思った。
「アラヤさん、他の人は何してるんですか?」
「変装してイベント回ってたりしてるよ。
巌さんとかは知り合いに会いに行った。七生は時間出来たから眼鏡屋行くって」
へー。
そこで注文を終えた亀さんが会話に入って来て、俺に耳打ちした。
「なあ英二、女ってなんでコンタクトに行くんだろうな、メガネのまんまでいいのに」
「それ俺がどんな返答しても面倒臭いことになるやつですよね」
「男でも女でも、メガネの方がシャレオツだろ?」
「答えなくても話が面倒な方向に!」
なんだかなーもう!
「造型屋としては、最近伊達メガネ作る機会が無いなあ、くらいしか言えません。
強いて言うなら表面にゴミが付きやすいメガネよりコンタクトの方が……」
「お前もメガネ派閥に来い……来い……」
「ゴリ押してくる! いや違う! これ押してるんじゃなくて引っ張り込もうとしてるやつ!」
「朝風、最近俺のイヤホン調子悪いんだけど直せない?」
「あ、アラヤさんは平常運転ですね……」
アラヤさんの方の話題に乗って亀さんの話題を流したれ。
どれどれ、イヤホンを拝見しますっと。
ふーん。
一部のコードの中身がくたびれてんのかな。
そういやウルトラマンの目の部分を光らせる配線用の予備パーツがポケットにあったな。
これならさっさと直せるか。
「海外の映画で時々驚くんですけど、SONYとかのイヤホンって造型に使えるんですよ」
「イヤホンが?」
軽く配線交換しつつ、バッグをゴソゴソ。お、あった。
「ほら、こんな感じに……」
イヤホンからコードを引っこ抜いて、イヤーピースを取って、メタリックに再塗装とするとこういう風に見える。
SF映画の機械パーツとか、ハイテクデバイスとか、額にくっつけて洗脳装置、とかな。
「脳に埋め込む洗脳装置みたいに見えるんですよね」
「へー」
「いいなこれ、確かにそれっぽく見える」
「海外は良いですよねえ。
日本だとこういうのやるのはちょっと怖くてできませんし。
バレたらシュールなんてもんじゃないですから。
アメリカあたりの製品でこういうのに使えるのあったらいいんですけどね」
海外の商品買って、弄って再塗装して利用。
これが低予算映画では本当につえーんだ。
メタルマン*13の仮面ライダーカブトのベルト*14とか、キングスパイダーVSメカデストラクター*15のライガーゼロ*16とか。
日本の特撮界ではあんま使われてねえ手法が、海外の低予算特撮とかで使われてるの知るとちょっとワクワクするよな。
メガネの話から、イヤホンの話に行ったんで、バッグからボタンを取り出して見せる。
「日用品って意外と色々使えるんですよね。
たとえばほら、このボタン。
革製品に使われるボタンですが、ウルトラマンタロウの胸や頭のそれと同じものです。
金色のボタンですね。
タロウの頭や胸をズームで見ると見えるのが、これです。
「あ、これ俺が前に使ってた革鞄のボタンと同じやつだ」
「ボタンは色々な素材で出来ています。
ウルトラマンタロウのスーツに使われた金属ボタン。
今アラヤさんが着てる服の、牛乳から作られるカゼインボタン。
亀さんが今着てる服の、石油から作ったポリアミド樹脂を加工したナイロンボタン。
石油から作った不飽和ポリエステルを加工した、俺の服のポリエステルボタン。
巌さんが前に着ていた服だと、かなり歴史を感じる木製ボタン。
七生さんは地味な服でもマザーパールの貝ボタンの服で、さり気ない女子力を感じますね」
「英二」
「はい、なんでしょうか」
「お前、女が着てる服の素材とか値段とかひと目で見抜きそうだな」
「? ええ、そのくらいなら」
「……お前とデートできる女子とかあんまいねえ気がするぞ。
服の値段見抜かれたら嫌だし、お前に服に言及させないままデートするってのがまず困難だ」
えええ……?
「とはいっても、服の良さとか見抜けるに越したことはないと思うんですが。
服の良さが分からないと正確に褒められないじゃないですか。
服の良し悪し見抜いちゃ駄目なら、正解はどうすればいいっていうんですか」
「ノーコメ」
「ノーコメントで」
役に立たねえなこのあんちゃん達。
「つーか英二ってデートとか行ったことあんのか?」
「朝風って本質的には仕事より大切なものなさそうだよね、なんか」
「失礼な。……天使みたいに可愛い子と行ったことありますよ」
嘘は言ってねえぞ。いやデート行ったってのは嘘だけど。嘘はなかった。俺は正直。
「「 話盛ってない? 」」
「なんでノーコメントのところはハモんねえのにそこだけハモるんですか!」
「ラーメンお持ちしましたー!」
さて、食事タイムである。
「そういや英二ってラーメンの具面白く作れねえの?」
亀さんがラーメンをすする。
跳ねたラーメンの汁が亀さんのメガネに当たってくっついていた。
ばかめ。メガネ派に落ちた天罰だ。
「俺は面白いナルトもどきを作るくらいですね」
俺もネギ醤油ラーメンをすする。
あっつ! 跳ねた汁あっつ!
「お城みたいなの作れないの? ラーメンの上に」
アラヤさんが白味噌胡椒バターラーメンをかき混ぜ、バターを白味噌スープに溶かしていく。
あっ、美味そう。
今度食う時は俺もあれ頼もう。
「俺の仕事において造型の基本って、
『熱して柔らかくして冷やして固める』
なんですよね。樹脂を溶かして型に入れて固める、とかで」
ラーメンすすって、噛んで味わい、飲み込み、話を続ける。
「このラーメンの構成要素は大雑把に……
焼成した器。
色んなものが溶けたスープ、浮かぶネギ。
練り上げられた麺。
上に乗ったチャーシューと卵とナルト、で出来ています」
一つ一つ、俺のラーメンの丼の中のものを、箸で示して説明する。
「まずこのどんぶりですが、重さと手触りからして磁器です。
高温で焼成された、爪で叩くと金属音がするものですね。
大まかには1200度以上で焼かれたものだと考えられます。
となるとラーメンの熱で変形しないのも当然ですね」
チン、と俺が箸で叩いたどんぶりが、小気味のいい音を立てた。
「このスープは、スープにダシや油を溶かしたものです。
造型において、"AをBに溶かして塗る"というのは基本中の基本です。
絵画が顔料を油に溶かして筆で塗るのと同じですね。
スープの表面にはネギが浮く。
これは俺の普段の仕事で言えば、塗料にアルミ粉を混ぜて浮かせて塗るのと同じでしょうか」
塗料の表面に銀粉が浮かんで綺麗なんですよ、と言いつつ、レンゲでスープを飲む。
美味い。
スープ飲みながらネギ噛むとシャクシャクするし別の美味さが出てくるな。
「麺は基本的に、"練るとまとまる"性質を利用して成形されてます。
造型でもよく使われているテクニックですね。
練ってまとめたものを、圧力をかけて麺状に押し出して成形。これが麺です。
練ってまとめたものを、圧力をかけて熱して固めると、硬い装甲になったりするわけです」
練ってまとめる。
これ大事。
粘土を練ってまとめて、軽く焼いてフィギュアみたいなモデル人形にしたこととかあったっけなあ。最近はあんまやんねえけど。
「チャーシュー・卵・ナルトは、加熱製品ですね。
肉を加熱して、チャーシューを作る。
魚肉のミンチを加熱して固めて、切り分けてナルトにする。
生卵を加熱してゆで卵にする。
だからラーメンの熱にも結構強いんです。
タンパク質は加熱すると不可逆の変化を起こし、脂は加熱で溶けるのでこうなるんですね」
俺、チャーシューと麺一緒に食ったり、麺と卵一緒に食ったり、チャーシューと卵を一緒に食ったりすんの好き。
「ラーメンも基本原理レベルで見れば俺の普段の仕事とそこまでは変わりません。
問題は熱・水・食感なんですよね。
例えば飴細工を乗せても溶けてしまいます。
スナック菓子を乗せてもスープを吸ってふやけてしまいます。
ラーメンの具は大抵柔らかく噛み切りやすいので、硬すぎる食感などはまた駄目ですし」
「お城は無理か。残念」
「いやまあできますけど」
「できんのかよ!」
「ラーメンの上に組むなら、ラーメン二郎風に野菜で城組む感じになりそうです。
ただ、俺自身料理の腕が大したことないのと……満足する作品が作れなさそうなんですよね」
「熱・水・食感か」
「そういうことです。
ここはどうしようもないんですよ。
それならまだアート分野で技術が発達してるお菓子の世界の方が楽です」
ラーメンってのは結構気楽な料理界隈のはずなんだけどな。
お菓子やパンみたいな"アート分野での技術"が発展してねえのは、ラーメンでアートやんのはめっちゃ難しいからだと、俺は思う。
食うのに時間かかると伸びるし。
「まあ、そうだよね」
アラヤさんがずずずっとラーメンをすする。
「専門分野外の英二にあっさりどうにかされたらラーメン専門の人が泣くよ」
「それは……確かに」
「たとえば、亀の食ってるとんこつラーメン」
「これか?」
「これだって昔は日本に無かったものでしょ。
じゃあラーメン界の英二みたいなやつが見つけて、作ったんじゃないかな。
で、それが美味しかったから皆真似した。技術ってそういうもんじゃないの」
ううむ、正論だ。
「でしょうね。俺も先人の天才や親父の技術を、こうして受け継いでるわけですから」
うめえなあ、ラーメン。
このラーメンに、いったい何人が生み出した技術が溶け込んでるんだろうな。
安くて美味いラーメンは、低予算で面白く作った映画みてえな良さがあるのだ。
「英二、さっきの技術解説講座の報酬にチャーシュー一枚やるよ」
「いいんですか? ありがとうございます、亀さん」
「いいってことよ」
あざす!
チャーシューが一枚増えるだけで嬉しい。
あ、このチャーシューとんこつ風味だ。ラッキー。うまうま。
「そういえば、俺しばらく事務所も空けます。
拘束時間が長い仕事は受けられないので注意してください」
「朝風は仕事?」
「ですね。
南の島に行って一ヶ月撮影にかかりっきりです。
本土に戻って来ることもありますが、基本は時間のほとんどをそっちに使うかと」
「忙しいやつだなお前も。……そういや英二、前に島の危険な撮影の話しなかったか?」
「仮面ライダーV3対デストロン怪人*17のことでしょうか」
「そうそう、それそれ」
「あれ、火薬を用意しすぎたんですよね。
火薬をたくさん四国現地に用意しすぎて、持って帰るのが怖くなったんです。
当時は軽トラに山積みにするしかありませんでしたから。
軽トラの荷物ってたまに落ちますし。
ちょっとぶつけたらその火花で火薬に引火しますし。
だからこう……ドカン、と。島で大量の火薬無理に使い切ろうとしちゃったんですよね」
「ドカンと」
「ドカンとです。
島の海岸線の地形が変わり、島にはヒビが入りました。
あまりの轟音に市民は通報、官公庁が動く事態に。
俳優は命の危険を感じたと言いつつ、自分が本当に吹っ飛ばされてる画が撮れたと笑い話に」
「いい俳優だね。共感できる」
「アラヤさん!?」
いやいや、共感はすんなや。
仮面ライダーV3・風見志郎役の
「番組の中の設定ではトラと友達って設定なんですけど、実は初対面でいつ襲いかかられるか分からなかったんですよ(笑)」とか言ってる人だからな仮面ライダーV3の宮外さん!
野獣の前に一人で行くとか普通死ぬからな!
ああいう人に共感だけは絶対すんなよ!
「島撮影だし、島での火薬使用も視野に入れて、それっぽい撮影させようとしてんじゃね?」
まっさかー。
「あの時代の危ない撮影なんてさせませんよ。
島は地盤が緩いんです。少し無理させたらすぐ地滑り、死人が出ますから」
「真面目だなあ」
「当然のことです。亀さんは軽く見過ぎですよ。
俺は明日メインのキャスト24人と正式に顔合わせ……なんですが。
スターズの方の12人は何人来れるかいまだにハッキリしてないんですよね」
「けっ、大手事務所は仕事が山程あって、忙しそうでかわいそうだこと」
スターズは忙しいんだが、それにしたって手塚監督にスターズのスケジュールと合わせようとする気が見えねえ。
何考えてんのかねあの人。
……正直言うとあんま読めてねえ。
一般オーディション側の俳優の性格把握しねえと、手塚監督の目論見は読めてこねえな。
あ、LINE。
百城さんからだ。
『前に言ってたケーさんって夜凪景さんのこと?』
お、百城さんも景さんのオーディションの演技とか見たのか。返信返信。
『そうですよ』
ラーメンも食い終わった。
どうすっかな。
帰って仕事するか、劇団天球のイベント見てくか。
公演じゃないなら帰ろっかねー。
「英二、暇潰しに付き合えよ」
「いいですけど、何するんですか?」
「このスマホアプリのゲームをだな……」
「俺が入れてないやつですね」
「いいんだよ、今入れりゃ。ほらスマホ貸せ」
「亀、ほどほどにしときなよ」
どんちゃん騒ぎになる一歩手前の、その空気。
その空気を、カツン、という音が押しのける。
コンクリートを杖が叩く、そう言う音だった。
振り返ったそこに、巌爺ちゃんがいた。
「仕事終わったガキ引っ張り込んで、仕事前に遊んでんじゃねえ!」
「うわああああああすみません! すみませんっ!」
「ふん」
マジごめんなさい。
俺は道草食わずにそそくさと帰宅した。
世の中にはヒートアイランド現象というものがあります
特に意味のない独り言です