デスアイランドのあらすじは、こうなってる。
事件は突然だった。
修学旅行中の24名の生徒を乗せた飛行機が、嵐に遭い海に落ちた。
無人島の浜辺で目を覚ました12名の生徒達の傍らには、海に流されたはずの各々のスマホがあり無人島にあるはずのないWi-Fiが繋がっていた。
しかし、なぜかすべてのアプリは起動せず、島外への連絡手段は皆無。
唯一起動するアプリは、インストールした覚えのないものだった。
名称は『
アプリ『デスアイランド』からは定期的に奇妙な指令が下る。
理解の及ばない事態の連続に混乱する生徒達だったが―――
主人公カレンの先導の下、『デスアイランド』が示した地点、森林の中の不自然な校舎を前に、残りのクラスメイト12名と遭遇することになる。
ここからクラスメイト24名でのデスゲームが始まることを、彼女達はまだ知らなかった。
生き残るまで殺し合え!
ってな感じだ。
ネタバレすると、最後まで生き残るのは主人公のカレンだけ。
こいつを百城さんが演じることになる。
他の俳優は時に劇的に、時に無残に、時に無意味に、時に悲痛に死ぬのが役目だ。
他の人間が悲しみ、狂い、人殺しを始め、友人同士で殺し合う中、最後まで諦めず誰も殺さず生き残ろうとする……それが、主人公のカレン/百城さんの役目。
言い換えるか。
最後まで『綺麗であること』が、彼女の役目だ。
少し海外の映画の王道も混ざるが、これは"生き残る女主人公"や、"最後に死ぬ女主人公"の王道と言えるもんでもある。
男との性描写がなく。
デスゲームに流されず。
最後まで殺し合いにのらず。
清く優しく美しく、人間らしさを失わず。
そうして最後まで生き残るっていう、お約束の人だ。
キャビン*1的に言うと『ホラーで処女は最後まで残る』ってやつだな。
だからこそ、綺麗で清廉なイメージを持たれてる百城さんこそが相応しい。
そういう人間が最後に生き残るのは、観客が納得できるからだ。
他人の足を引っ張る奴や、平気でクラスメイトの友達を殺す奴が最後まで生き残ると、普通の倫理を持った観客はもやっとする。
話の出来が良くてももやっとして、ちょっと最高評価したくなくなる。
逆に脚本の出来にアラがあっても、視聴後感が良ければ観客は最高評価を下すことが多い。
観客は『展開で驚かせてほしい』とも思ってるが、『生き残ってほしいキャラに生き残ってほしい』とも思ってんのだ、こういう作品では。
生き残ると思わせたいい奴を殺せば、観客はショックを受けて、先が読めなくなって、映画を見ていてドキドキする面白さが出る。
生き残ると思わせたいい奴を殺せば、観客は応援してるキャラが減って、もう誰が生き残ろうと死のうとどうでもよくなって、作品への興味が薄れる。
デスゲームってのは意外と難しい。
書くのはそんな難しくねえし、びっくりさせるのも難しくねえが、読んでる人観てる人を最初から最後まで夢中にさせんのがクッソ難しいんだ。
その点、原作のデスアイランドは凄え。
流石大ヒットコミックだ。
ちょっと抽象的な表現すると、読者全員に右向かせてから、左から奇襲する、っていう意識誘導テクニックとかがかなり上手え。
意識誘導の計算と、読者の意表を突くセンスが群を抜いてる。
その上で、読者の予想は裏切るが期待は裏切らない、読者の予想の裏をかくことだけ考えて話がしょぼくなるっていう失敗が無い、読者をがっかりさせないバランス感覚を持ってる。
これは『デスゲームものを書くのに最も必要なもの』なのかもしれん。
だから、まあ。
これの映画化ってのは、割といい一手だとは思うんだが。
原作と脚本見比べて、俺はちょっと首をかしげた。
ベンチに一人座る手塚監督に、俺は一人で――皆に聞かせづらいことも聞き出すために――話しかけた。
「手塚監督」
「なんだい?」
「景さんの役のケイコってキャラ、監督が脚本変えて入れたらしいですね」
「そうだね」
露骨すぎねーか監督。
景でケイコって。
「原作のメインキャラクターは24人です。
だから百城さんが一般に募集かけた時も24人でした。
ケイコはオリジナルキャラクターです。
だから……原作のキャラが一人リストラされて、その分シナリオが改変されてる」
「そうだね」
「俺が見た限り、初期案の脚本の出来はさしていいものじゃありませんでした。
これによって脚本が改良されたか、更に悪くなったかは分かりません。
ただ原作キャラを一人削って、オリジナルキャラクターを一人入れるというのは、その」
「僕らしくない?」
「そうです」
「いいじゃない。たまにはこういう冒険して見るのも楽しいでしょ?」
手塚監督は、原作ファンも俳優ファンも取り込んで、一定以上の売上を出すことに長けている監督だとも言われる。
オーディション組に原作に忠実な演技、スターズ組に俳優ファンを狙った演技を指示してるところからもそれは窺える。
が。
景さんだけが、そのやり方の中で明確に浮いている。
オリジナルキャラクターが、原作のファンに受けるもんか。
景さんはスターズ所属でもねえから、俳優ファンの動員も見込めねえ。
原作ファンが怒り狂うのが分かってても、映画オリジナルキャラとして名が知れた俳優や芸能人をぶっこむのは、そいつを目当てにした客の動員を目論んでるからだ。
だけど景さんは、今のところそういう要素が全くねえ。
この映画の撮影終わってから公開までの間に景さんが舞台演劇で大活躍するとか、そういうことでもねえ限り、宣伝効果は完全に皆無だ。
というか、キャスト発表の時点で原作ファンが一定数離れちまうのは間違いなくある。
原作キャラリストラでオリキャラ追加だぞ。
そりゃやべーよ。
手塚監督はこっからでも黒字に持っていける自信があるとは思うが……いや、思いてえが。
もし、そうでないのなら。
「俺達お互い、景さんに強く影響されてて苦労しますね」
「……」
手塚監督は、無言の返答。
ったく。
計算の上でやってるわけじゃねえ、か。
景さんを見て……強烈に影響された人が、ここにまた一人。
えーじゃあどうすんだこの映画、どうバランス取ってくんだ。
「映画の舵取りは、何か考えがあるんですか?」
「ま、それは追々分かるよ」
ふむ。
ごまかしてるが、俺には言えないことってところか。
俺が知ったら俺が邪魔してくる事柄とかか?
俺の地雷は……結構あるな。百城さんも景さんも茜さんも一同に介してるし。
和歌月さんや堂上さんもいる。
亜門さん達とか石垣さん達とも仲は悪くねえ。
手塚監督の目論見がどこにあんのか、いまいち読めん。
分かってんのはこの撮影の中心に百城さんが据えられてることと、手塚監督が景さんを何やら気に入ってることくらいか。
「安牌だと、思ってたんですけどね。
漫画原作は、基本は既定のストーリーラインに既存のキャラを乗せるものです。
どのキャラを演じるにしても、景さんがそのキャラに成り切れればよかった。
景さんは最高のクオリティで、そのキャラの皮を被った自分を演じきっていたでしょう」
「だろうね」
「でも、オリジナルキャラクターです。
景さんがキャラを掴むために参考にできるものは、ぐっと減りました。
原作の漫画を読んでそのままそのキャラに没入する、ってことができなくなったんです」
「かもね」
「そしてこの脚本。
明らかに景さんの性格に合わせた当て書きです。
つまり、景さんに役の演技をさせるのではなく、役を景さんに合わせた。
これじゃまるで、作品の都合ではなく、景さんの都合に合わせたみたいです」
「ははっ、そりゃ考え過ぎじゃないかな?」
「……」
ここまで景さんに合わせるのはなんでだ?
監督の意図が見えねえ。
いや、そもそも。
景さんに作品の方を合わせた結果、この監督の望む何が得られるってんだ……?
「失礼します、手塚監督。先に撮影場所に行ってます」
「よろしくねー」
まいったな。
監督の指示に従わねえといけねえのに、監督の指示を盲信してたら痛い目を見そうだ。
デスアイランドの舞台は、北マリアナ諸島北の無人島だ。
だが、そんなところで撮影なんて出来るわけがねえ。
こういう無人島撮影の場合、どこかの海の海岸線と山を組み合わせたり、国内の南の島を部分的に使って撮影したりする。
デスアイランドは後者だな。
国内の南の島を部分的に撮影して、後は俺と俺の下に付けられたスタッフがああだこうだと工作して、無人島にいるかのように観客に錯覚させて、この作品は完成するってわけだ。
こういう撮影場所として有名なのは、長崎県長崎市の端島―――通称軍艦島とかかね。
いいよなあ軍艦島。
ちょっと動画とかググるだけで最高の撮影スポットだって分かる。
冒険者カミカゼ*2とか007*3とか進撃の巨人*4みてえに、軍艦島撮影に参加してみてえよなあ。
ああでもなあ。
クソが。
軍艦島って、2015年に世界遺産登録されちまってんだよなあ。
だから撮影が、撮影スケジュールが、そもそも企画段階で面倒臭えってなって通らねえ……クソぁ……軍艦島は一般の知名度はそう高くなくても最高の撮影ロケ地だっていうのに。
ただなあ。
世界遺産登録のために頑張ってた人達のこと思うと、"よかったな"って気持ちが、世界遺産登録されたことに対して湧いて来ちまうんだよな。
ユネスコが「軍艦島を世界遺産登録するよ」って勧告したら韓国のそういう人達(婉曲表現)とか、韓国大統領とかが猛烈に反発してきたから。色々苦労した人もいるんだ。
本当よく頑張ったな世界遺産登録しようとした人達。
おかげで実写進撃の巨人の前編公開が2015年8月、後編公開が2015年9月、んで軍艦島の世界遺産登録が2015年7月って感じになった。
すげえなこの滑り込みセーフ!
それでも私欲全開で言いてえ。
俺が撮影するまで、そういうゴタゴタが続いてほしかった……!
せめて、一度くらいは、あそこで仕事やりたかった……!
ちくしょう。
世界遺産登録後にあそこで派手に撮影する方法ねえかな。
無理か。
爆薬とか使ったら全部崩れそうだしな……うん。
対し、この南の島はいい。
撮影許可も出てるし、そこそこいい廃墟に森に海がある。
面倒な申請くぐり抜ければ爆発物の使用もOKと来た。
自由度の高い島はとてもよろしい。
まあ島での爆破って実際あんまやりたかねーけどな。
本土ほど地盤とか頑丈じゃねえし。
爆音は島中に響くから苦情くる可能性高えし。
南の島の多くは観光地になってるから、観光客とかが爆発音でビックリして苦情言ってくるパターンを嫌がって、現地の人がそもそも許可くれねえこともあるし。
大人しい撮影すんのが一番だ。
そんなことを、撮影中に、ふと思った。
目の前には、島特有の不揃いな地形による8mほどの壁の如き斜面……いや、もう背が低いだけの崖か、これなら。
隣には手塚監督。
周りには俳優の皆様方。
少し離れた場所では、カメラなどが準備されている。
「このほとんど直立の壁みたいな崖を、スタントマンに走って登らせたいんですか?」
「そういうこと。
駆け上がってる足回りを撮りたいんだよね、リアルに。
カメラがスタントマンのすぐ後ろをついていきながら、胴と足元を撮る感じで。
それを最終的にカット繋いで、アキラ君が走ってるよう見せかける予定でね」
「監督。通常の撮影機材でここを撮るのは無理です」
「そうかな?」
「そうですよ。どうやってカメラにスタントマンを追いかけさせるつもりですか?」
テレビで走る人の映像を見たことが無いって人はいねえはずだ。
じゃあそういうのはどう撮影するのか?
大まかにわけて、普通の地面を走る人を撮影するパターンは、レール車型とタイヤ車型がある。
レールの上に車を乗せて、その上にカメラを載せるか。
カメラカーを走らせて、その上にカメラを載せるか。
この2パターンがほとんどだ。
現代なら、タイヤでどこでも走るカメラカーの上に運転手を一人、カメラマンとカメラマン補助を一人ずつ乗せた三人体勢が一番メジャーかね。
だけどな。
こいつじゃ斜面は駆け上がれねえ。
斜面を駆け上がる人間をカメラで至近距離を保ちつつ追う、なんて無理だ。
レール車もタイヤ車も平面しか走れねえんだよ。
かといって、カメラマンがカメラ持ったまま後ろをついて行けるわけもねえ。
カメラ重いし、確実に落ちる。
カメラを接続して、電動で動かせる機械の腕をカメラクレーンって言うんだが、これも動く速度はかなり遅え。
カメラは重いから速く動きすぎればカメラクレーンが折れたり、カメラが吹っ飛んで行ったりするし、カメラに殴られて怪我人が出かねねえからだ。
カメラクレーンでスタントマンさんの後追っかけるのも、速度不足で無理。
落ちるシーンなら楽なんだけどな。
人も物も、下方向に移動させるだけならいくらでも方法はある。
ただ、駆け上がらせるってなると、どうにもな……妥協してもらいたいところだが。
「カメラの角度を85°ほど傾けて、スタントマンさんを……
いえ、平地を走るならスタントなしで、アキラさんが走っているの撮ってはどうでしょう。
カメラを傾ければ地面は壁や崖に見えます。
重力の向きはアキラさんの体に固定帯を付けて20kg分ほど引き上げれば表現できますよ。
あえてこの崖を登るように撮らなくても、撮り方は他にいくらでも……」
「でも、リアルさは大いに損なわれるよね」
「……」
痛いところ突きやがるぜ、手塚監督。
「そこはあんまり妥協したくないかな。
ここのリアルさが、映画の評価に繋がってくると思うから」
「……」
そう言われると納得するっきゃねえ。
元より決定権があるのは俺じゃねえ、監督だ。
"こうしよう"って決めんのも監督。
やるだけやって"これは駄目だね"って決めんのも監督。
俺は従うだけだ。
この人が望むものを作る、器用な手足でいよう。
さてどうすっかな。
こういう撮影は、撮影現場ごとに現場ごとの対応してることが多いんだよな。
だから安定したやり方のフォーマットがねえ。
西映や西宝の倉庫あたりなら使えるものあるかもしれねえが、この撮影はスターズ主催で、多分倉庫にすら使えるもんはあんまねえ。
経験豊富な西映のおっさんスタッフチームみたいに、『こんなこともあろうかと!』って車に色々積んでたもんから何か引っ張って来てくれるってこともねえ。
あんのは普通の撮影機材だけか。
どうすっかな。
今あるもの、今あるもの。
俺が出来るのは物作り。
一から作るとしたら何で、組み合わせるとしたら何だ?
触手みたいに、アキラ君の代わりに壁を駆け上がるスタントマンの後を追えりゃあな。
……いや、待てよ。
触手?
西宝では確か、怪獣の触手を表現するために、ゴム製の触手の中を玩具の電車レールを通してたはずだ。ガメラのイリスとか。
レールはしなるから触手表現に最適で、長く伸ばすのも容易、そして地面に敷くだけじゃなく上に向けて伸ばすことだってできる。
この崖の斜めな地面表面にレールを敷くか?
いや、無理だ。
今回持って来たレールじゃ、このデコボコした壁に近い急斜面に設置なんてしても、その上をカメラなんて走らせられねえ。
レールが固えからデコボコ斜面に沿った固定ができねえし、デコボコのせいで地面とレールの間にデカい隙間が何箇所も出来ちまう。
地面自体はそこそこ柔らけえから、カメラの荷重がかかったところで、地面のデコボコに応じた振動がカメラに伝わっちまう。
……木だな。
斜面の横の木だ。
いい感じに木が並んでるそこの側面に、レールの平面をペタッと貼り付けるように固定。
その上をカメラを走らせりゃ、後方斜め上からアキラ君の代理のスタントマンを撮り続けられるだろう。
カメラ用のスライダーレールは、カメラをネジやボルトで固定できる。
カメラは壁走りみてえに木の側面に敷かれたレールの上を走ることになるが、これなら落ちる心配もねえだろう。
木の表面にレールを敷いて、カメラが壁走りできる足場を作る。
これならカメラの荷重も『木の表面を滑り落ちる方向に』かかるから、余計な振動がカメラに伝わることもねえ。
後はこのカメラを上に持っていく動力の問題くらいか。
モーターじゃちょっとすぐには用意できねえ。
第一生半可なモーターじゃ馬力が足りねえ。
だとすると、もう少し頭捻る必要があるが。
……うーん、そもそもの話、レール設置がクッソダルそうだ。
「朝風君、あまり無理はしないようにね」
ただなんか、完成映像でのシーンでは、壁を走って駆け上がっていることになっているアキラ君が、俺にそんなことを言ってきたので。
「大丈夫です。なんとかしてみせます。アキラさんを観客に魅せてやりましょう」
ついつい胸を叩いて、堂々と言い切っちまった。
さーてどうするかバカな俺。
もう後には引けねえぞ。
とりあえず頑張って、アキラ君(のスタントマン)が映像の中で駆け上がる予定の少し横、木が並んで生えているところをよじ登っていく。
下から上に登りつつ、レールをベルクロ*5で木にまず仮固定。
木の一本一本に、レールをベルクロで外れないよう固定していく。
そして、急斜面の上の平面地帯にまで登り終わった。
レールの仮留めはこんなもんかな。
「ふぅ」
片道4分か。
もうちょい速くやろう。
撮影停止時間を10分以上長引かせたくねえ。
俳優達はもう談笑モードに入っていた。
「おお、器用だなあ、朝風君」
「英二君が夢中で作業してる時の横顔って、時々子供みたいだよね」
「千世子君以外は皆朝風君の手元見てるんじゃないかな」
上からロープを一本垂らして、急いで下に降りる。
特撮でビルが壊れるシーンは、壊したいビルのミニチュアの中に糸を何十本も通して、それら全ての糸の端をロープに結びつけ、ロープを何人もの力で一気に引く。
そうしてロープと一緒に糸が豪快に引かれ、大きなビルのミニチュアが倒壊するんだ。
このロープは、そのロープと同じもの。
下に降りて、レールにカメラを固定、カメラ基部にロープを固定する。
これで、斜面の上の平地でスタッフ数人が一緒にロープを引けば、レールに沿ってカメラが一気に上に移動する。
壁を駆け上がるが如くスタントマンの疾走も、余裕でカメラはその後を追えるはずだ。
人力最高。
昭和の時代から、カメラを押してスタッフが全力疾走とかはいつもやってたんだ。
頑張って皆さん数人で引っ張っておくれ。
そんなことを考えながらもう一度急斜面を、ウォールクライミング気分で登りつつベルクロを外して大型の結束バンド*6で固定していく。
固定していったのだが。
やべっ、滑った。
「うわっ」
「危ない!」
落ちっ、地面にぶつか―――らなかった!
俺がふらっとした瞬間に動き出してたっぽい人らが、俺が滑り落ちた瞬間に回り込んでキャッチしてくれたらしい。
ナイスキャッチ。
しかし四人がかりでのキャッチとは。俺も初めての体験だ。
烏山さんと、源さんと、堂上さんと、アキラ君による共同キャッチ。
何だお前らかっこいいかよ。
イケメンの化身どもめ。
俺の命助けてくれた借りは必ず返すからな、覚えとけよ。
「ありがとうございます、皆さん」
「俺この状況でお前が一番平然としてんの腹立つんだけど」
あだだ、頬抓んな堂上ィ!
なんか今日まで顔合わせすらまともにしてねえスターズ二人と、オーディション組二人の間で、初対面なのに名コンビネーションを見せてしまったがゆえの気まずい空気が出来ていた。
何言やいいんだ、みたいな。
「お、おつかれ」
「ど、どうも」
無難な挨拶をしてそそくさと離れる。
うーむ、やっぱ顔合わせ必要だったんじゃねえかな。
何思って顔合わせカットしたんだ手塚監督。
堂上さんが俺の体の脇持って、地面にすとんと降ろして立たせる。
「お前こんなちっせえ体してんだから無理すんなよ」
「体の大きさはあんまり関係ありませんけど、ありがとうございます」
今に見てろよ高身長どもめ。
町田さんとか、他のスターズの人とかにも心配かけちまったな。
顔見りゃ分かる。
心配してない風の顔してる人達がありがたい。手塚監督とか。
全員に心配かけたとかだったら、罪悪感で胸が痛かった。
周りに心配かけないようちゃんと気を付けねえと。
「良かった、朝風君……千世子ちゃんあなた、朝風君落ちた時すごい顔してなかった?」
「気のせいじゃないかな」
「……そう言われてみると、そうだったかも」
大人しく後ろに下がっとこう。
撮影スタッフが斜面の上に行ってロープを持つ。
アレをスタントマンの疾走に合わせて引っ張りゃ、監督が撮りてえ画の撮影完了だ。
「じゃあ撮影入ろっか。二代目も頑張ってくれたしね。それじゃスタントマンを……」
「スタントマンですか?
僕自身が演じた方がアングル誤魔化さずに済みますよね。やりますけど」
おいおめー何言ってんだ。
要らん危険はいいだろ、要らん危険は。
アキラ君が俺の肩に手を乗せる。
「大丈夫」
やめろ、と言おうとしたが、言えなくなる。
「君の頑張りに、応えてみせる」
かっけえな、オイ。
痺れるよな、ったく。
あー、止めてえ。
壁みたいな急斜面の前で屈伸とか始めたアキラ君止めてえ。
ただなんか、あとちょっとで声が出ねえ。
もし怪我したら、って思うとこんなにも怖えのに。
「朝風先生」
「烏山さん?」
「朝風先生も、たまには友人を信じてやるのもいいのではないかな」
「……」
そんなこと言ってる烏山さんを、源さんが力任せに俺から引き離すように引っ張った。
「心配するくらい良いだろ別によ。武光が余計な口出すことじゃねえだろ」
「うむ、その通りだ。ついつい口を出してしまった」
「ったく」
撮影が始まり、アキラ君が軽やかに壁を駆け上っていく。
危なげなく。
いつものように。
カメラに追われるように駆け上がっていく。
俺から見えるアキラ君の背中は、きっと子供が夢中になるヒーローの背中だった。
「うっわ! マジかアキラ! 手使わず3メートルは登ってんぞ!」
俺が滑って落ちる斜度を、アキラ君はまるで平地のように駆け上がって、平地のように駆け下りて来た。
子供の頃のアキラ君はできなかったこと。
けれど、努力したアキラ君にはできること。
降りてきたアキラ君の前で俺が片手を上げると、爽やかに笑んだアキラ君も片手を上げる。
俺の頭より高いところで、俺達の手がぶつかって、パン、と小気味の良い音を立てた。
「ナイスラン」
「君の物作りには負けるよ」
さーて、結束バンド切ってカメラとレール回収すっか。
今度は滑らないよう気を付けて、と。
「まったく」
歩き出した俺の視界の中で、俺とアキラ君を見てた百城さんが、少し呆れた風に笑っていた。
そういう顔も可愛いな、百城さん。
デスアイランドの校舎は軍艦島感あると思います
少し前に注釈で知的風ハットさんの名前使ったんですが、それから間もなくして知的風ハットさんが動画全部消しててすごくびっくりしました……注釈の内容が死んだ……