現在、撮影準備して皆揃って森にいんぞコラ、って感じ。
木々。
森。
国土面積の67パーセントが森林である日本の撮影において、なんとなくでなく、意識的に軽視しねえよう気を付けねえといけねえもんだ。
葉は季節によって色が変わる。
落葉は地面を腐葉土にして、ふにゃふにゃにしたりふかふかにしたりして、撮影車両やカメラの三脚を地面にめり込ませる。
火薬は火が着き、火事になり。
木々そのものはその土地の所有者の保有財産なんで、迂闊に傷付けられん。
それらに巣食う虫は羽音などで思わぬ雑音をマイクに残し、カメラの前に張り付かれると一発で撮り直し確定だ。
だから俺は個人的に、森撮影の時は虫除けとか色々やったりもする。
デスアイランドは意外と海岸付近のシーンが少なくて、森近くの撮影やら校舎セットの中の撮影が地味に多い。
デスアイランド俳優は半分が女の子なんで、その辺は普段以上に気遣うべきだ。
嫌いな人は本当に嫌ってるからな虫。
殺虫剤定期的に撒いてねえ森は、"顔を刺す虫"とかいう俳優の天敵がうようよいやがる。
撮影日時が30日と決まってて、決まった日程しか来れねえ忙しいスターズ俳優の顔に、1日や2日で消えねえ虫刺されの腫れが出来たらどうなるか。
ハッキリ言って、虫はこの世から絶滅しろって気分になるだろう。
だから俺はこうして、百城さんの白い肌に虫除けスプレーを吹き付けるのだ。
なんか本当に肌綺麗だなこの人。
他の女性と同じ生物か時々怪しく見える。
「百城さん、次の森のシーンで要望ってありますか?」
「監督はあの辺りで撮影したいみたいだけど、採光量*1は大丈夫だと思う?」
「百城さんや監督の意図次第ですね。
どのくらいの光量の画を想定していらっしゃるんですか?」
「監督と私は―――」
ふむふむ、なるほど。
会話を重ねることで、俺はより鮮明に監督側・俳優側が作りたい画を理解していく。
そしてより正確に、彼ら彼女らが望む画を『作り上げ』る。
「―――なるほど、分かりました。
それだともう少し自然光が欲しいところですね。
自然な木漏れ日が一箇所に集まるよう、細工しておきます」
「うん、お願い」
「状況次第で、レフ板とか使って太陽光も足しますので、多分想定通りにはなりますね」
「ああ、そういえば英二君、前に人工の木漏れ日技術のこと熱く語ってたっけ?」
「はい。後は植木で少し背景の景観を調整*2します」
「それは必要?」
「必要だと思います。
この作品の特徴は黒い学生服と、その中で目立つカレンの白カーディガンです。
周りが黒い服を着る中、一人だけ白い印象を受けること。
周りが手を汚す中、一人だけ綺麗でいること。
そして終盤のクライマックスで、この白い服が泥などで汚れること。
その辺りが印象的だと俺は考えます。なら、その『白』が印象に残る背景にしたいです」
「そっか。じゃあそれでお願い。
そうだ、英二君また補色*3を気にしてたりする?」
「そうですね、少しは」
「あんまり気にしなくていいよ。
英二君は私がやりやすいように合わせすぎないで大丈夫。
より自然な形を目指すか、英二君らしいやり方でお願い。
私が英二君に全く合わせないで仕事やってると、調子狂いそう」
「そうですか? その方がいいなら基本方針はそうします」
「いつもみたいに相互に合わせるくらいが良いよ。
逆に私の方に何か要望はある?
私にやりたい演技があるように、英二君も魅せたい画があるんじゃないかな」
「そう……ですね。
先程言った百城さんの服の白さですが、これは欠点でもあります。
アップだと汚れが目立ちやすいんです。
食事の汚れや泥の汚れ、だけでなく……
椅子の背もたれにくっついていた小さな虫をうっかり背中で潰した、レベルでもです。
汚れ取りも俺の仕事*4ですが、できれば汚さないでいただけると嬉しいです。
カメラに映るあなたが常に綺麗であればあるほど、後に作る画の意味が変わると思います」
「うん、分かった」
軽く言うなあ。
だが、本当に頼りになる。
水ぶちまけて、泥巻き上げて、殴り合い殺し合うこの作品で、草地の上をカレンが転がるシーンすらあるこの作品で、服の汚れを抑えることがどんだけ難しいことか。
他の女優なら"背後に人がいるのに気付かず泥を引っ掛けられてしまった"とかありそうだが、百城さんならそれはねえ。
この人の立ち回りの精度は、常軌を逸してやがるからだ。
「では作業に入るので、木の下から離れてください。
俺がもしまた落ちたら、百城さんが怪我してしまいますから」
「じゃあ私は木の下にいるから、絶対に落ちないでね」
「え……あ、はい」
木に登って、枝を掴んで寄せて、紐で結ぶ。
こうして木の枝の位置を調整すりゃ、葉の位置もまた連動して動き、今空高くでギンギンに輝いてる太陽の光を、好きな形の木漏れ日に加工できるってわけだ。
これで、自然な木漏れ日が集まって百城さんを照らすっていう森林のステージが出来る。
周囲の木に生えてる枝の位置と葉の位置全てを把握しておけば、どこの枝をどのくらい動かしゃいいのかくらいは分かる。
木を操り、木に光を当てるアート。
木の形そのものを加工して作るアート。
俺の頭の中には、大量の"先人達が作った前例"のデータが入ってる。
やってやれねえこともねえ。
本当は枝を切り落としたいところなんだが、それは駄目だ。
許可を得ず枝を勝手に切り落とすと、後で結構な苦情が来ることがある。
「撮影に貸してるだけで自由に切り刻んでいいとは言ってない!」とか言われるんだよな。
だから枝を引っ張って、紐で縛るだけにしておく。
「大丈夫? アサっち落ちない?」
「足元気を付けなよ、アサっち」
「お二人とも、百城さん連れてもうちょっと下がってもらえませんか」
「えー」
「えー」
スターズの双子、姉の亜門一葉さんと弟の亜門二葉さんが木の下に来る。えーじゃねえよ。
百城さん引っ張って安全圏に……なんで三人で木の下に留まる!
俺の動きが落ちないようおっかなびっくりな動きになって、仕事速度が落ちるだろうが!
一葉さんと二葉さんはこの撮影の最年少組の三人の内の二人だ。
スターズの一葉さんと二葉さん、そしてオーディション組の木梨かんなさんを加えた三人が15歳の最年少組になる。
一葉さんと二葉さんは顔の造りがよく似てるが、一葉さんが女の子らしい長いサイドテールにしてるんで顔だけで見分けんのは難しくねえ。
一葉さんと二葉さんがこっちを見てニヤニヤしている。
「それにしても相変わらず朝城コンビネーション抜群ですよねお二人、ヒューヒュー」
「ねー」
「一葉さん? 二葉さん? あんまり変なノリ続けるならまた親御さんに報告しますよ」
「あ、ちょ、ちょっと」
「それ勘弁」
この年頃の子は割とクソガキ寄りが多くて困る。
まあプロ意識もあるんでそこは信頼してるが。
木の枝をささっと結んで、木から降りる。
結構汚れちまったな。
意外と木の上って汚れてんだよな。誰も葉の表面とか掃除しねえから。
砂埃や土埃が葉の表面に降り積もってて、雨が降っても土砂が溶けた雨が葉の間で止まって、晴れた日に乾いて固まったりもする。
うへー、枝と土埃と葉っぱまみれになっちまった。
「朝風君、そこで立ち止まって。枝と葉を取るから」
「すみません、アキラさん」
気遣いマンだなお前。
ありがとう。
「私も」
「わ、景さん?」
「こうして泥をはたいて落としてると、ルイのお世話をしてる気分」
「……小さい子扱いですか」
あ、これは女の子に世話されてんのに嬉しくねえやつ。
でもありがとう。
俺の体のゴミを取りながら、アキラ君と景さんが話し始めた。
しかし何気にやるなアキラ君。
お前今のところオーディション組と仲良さそうに話し始めたスターズ組第一号だぞ。
「ねえウルトラ仮面、いつもこうなの?」
「アキラ、ね。いい加減名前を覚えてほしいな夜凪君。こうって何が?」
「千世子ちゃんと英二くん」
「ああ、そういうこと。
二人はいつもこうだよ。
僕から見れば万能な二人だけど……二人からすると違うらしい。
俳優と裏方でそれぞれできないことがあるらしいからね。だから、助け合ってるんだ」
「ふぅん……」
「二人が言葉を尽くして分かり合ってると、不思議な安心感があるよね」
まあ、なんだ?
百城さんが主人公級なら俺はオートバジン*5みたいな。
煌めく人がいてこそだよな、俺は。
「なんだかんだ、一緒に仕事しやすい人っていうのはいるんですよ。百城さんがそうです」
景さんがあんまり感情の読めない表情で自分を指差そうとし、けれど指ささずハッとして、肩を落としてガクッとした。
え、何今の一連の動き。
「……私、客観的に見ても一緒に仕事しにくい役者だわ」
「そんなことはありませんよ。俺が合わせればいいだけですから」
「でも千世子ちゃんは英二君に合わせてたわ。
周りに合わせてもらうだけじゃ、私はまだ役者として駄目なのよ」
「うっ」
「二人の息もピッタリだったし、二人は仲が良いのね」
ぐぬっ、くそっ、聞かれてたのかさっきの百城さんとの会話。
しまったフォロー入れようとしたのが裏目に出た!
これならフォロー入れない方がマシだったか!
撮影初日からやらかしちまうとは、俺としたことが。
どうにか軟着陸させねえと。
景さんはフラットなメンタルが強みでもあるし、俺のせいで余計な劣等感とか覚えさせるわけにはいかねえ。
「仕事で一緒なことが多かったんですよ。
百城さんは優しい方で、俺も何度も助けてもらいました。
俺が心の底から素晴らしいと思える俳優さんの一人です」
「……」
「ほら、今撮影が始まりますけど、振る舞いが綺麗でありながら可愛い人なんですよ、ほら」
森の中で、百城さん/カレンとクラスメイトが喋りながら歩くシーンの撮影が開始される。
こうして自分がやるべきことやって、見てるだけの状態になると、俺の心はすっかりファンモードになっちまう。
百城さんは相変わらず視点が広いな。
「何気ないああいう歩き方が強いんですよ。
"考えないで踏み出す一歩"が無いんです。
ドジっ子を売りにしてる類の女優なら、初めて歩く森では転びます。
地面に目ではほぼ見えない窪みがあったり、木の根があったりするからです。
百城さんはその真逆です。
転ぶ気配がない。転ぶイメージが湧いてこない。
周辺の木の根や地面の凸凹もきっちり把握した上での立ち回りです。
だからこそ百城さんはあらゆる状況でNGが無く、その足取りは軽やかなんです」
「……それは、確かに」
「あれこそ百城さんだけの個性。
俺ああいうの見てると好きだなあって思うんですよ」
俺の目はよく見える。
使われてる技巧も。そこにかけられた歳月も。
習得までにどのくらい汗が流された技なのかも。
だからこそ、見ているだけで夢中になれる。
「景さんは綺麗に演じると美人に見えますけど、百城さんは綺麗に演じると可愛く見えますね」
「そうね」
「んー、うーん……駄目だ、僕には肯定的なことも否定的なことも言えない……」
いや、言いたいことあるんなら言えよ星アキラ。
ここの撮影自体は、数秒のカットの撮影にて終わる。
この森の中を歩くシーンは、平均で4人1組なんで、3人組や5人組のところもあるが、全部で6組。つまり撮影すんのは6カットになる。
ただ使えるスタッフが少なけりゃ、1カットの準備にも相当な時間がかかってたことだろう。一時間くらい平気でかかってた可能性もあるんじゃねえかな。
百城さんの組が終わって、他の組の撮影が始まる。
だから撮影前に気合いを入れすぎんな双子。
「アサっち、綺麗にお願い!」
「アサっち、華麗にお願い!」
「ええと、ちょっと待ってください、小細工を考えます」
綺麗に華麗にってなんだ。
えーとどうすっかな。
そんな気合入れる場所でもねえし……校章使うか。
原作デスアイランドでは、制服に
百城さんの役なら左襟に。
景さんやアキラ君の役なら左胸に。
それぞれ光の反射だけなら金属と同じように見えるものがくっついている。
カメラに映る角度考えて、光量を調整した白色のレーザーポインタで照らしてみるか。
キラッ、といいタイミングで光らせられたら、面白い魅せ方できるかも。
演出担当に提案してみよう。
「英二君、英二君」
「はい、なんでしょう景さん」
「英二君、あれだけど」
「はいはい、あれですね」
色々考えながら、景さんが気にしてる地面の穴をスコップで塞いで
こりゃ深いし見辛えな。
メソッド演技中の景さんなら確実に足取られて、最悪足首骨折しそうだ。
森はこういうのがあるから困……ん?
あれ。
なんで今俺、景さんが言いたいこと分かったんだ?
景さん"あれだけど"しか言ってなかったよな。
やべっ、他のこと考えてたせいで今の俺の思考プロセス分かんねえ。
「よく"あれ"で私が言いたいこと分かったわね」
「よく"あれ"で俺に言いたいこと伝えられましたね」
「え?」
「え?」
「……」
「……」
「英二くんは何が言いたいの?」
「景さんは何が言いたいんですか?」
「おいこの二人の会話誰か止めろ!」
何か今、物凄いことをやれたのに、奇跡的にできた一回を物凄い無駄遣いしちまった気がする……気がする!
仮説は立つ。
演技のこと考えてた景さん。
仕事のこと考えてた俺。
"伝える才能"をまだ使いこなせてねえ景さんと、"依頼者の望んでるものを読み取る"能力がまだ発展途上な俺。
なんか今、俺と景さんが互いを見てなかったからこそ、奇跡的にどっか噛み合ったんだ。
さっき百城さんと話してた時と同じくらいの情報量交換があった気がする。
「アキラ君、英二君と夜凪さんって付き合いどのくらいの長さだっけ?」
「千世子君、何故僕に……ああ、分かった、分かったから。半年はなかったと思うけど」
「数ヶ月?」
「そのくらいだろうね。顔を合わせた頻度は、どのくらいか分からないが」
「アキラ君と英二君だとどのくらい?」
「ええと……大まかには十年くらいだと思う」
「そっか」
とりあえず仕事だ。
目の前の作業に集中しよう。
一葉さん、二葉さん、景さん、アキラ君が森を歩く準備に入る。
「一葉さん、二葉さん、ネクタイもう少し締めましょう。その方が原作っぽくなります」
「言葉尽くして話し合って分かり合う友達と。
言葉なくても通じ合う友達と。
それってどっちが仲良いんだろーね。永遠の謎だ」
「さあ。双子でも互いの考えてること全部分からない私達じゃね」
「真面目にやりましょうお二方。お仕事ですよ」
「はーい」
「はーい」
スターズは余裕あるな。
流石は現役若手スター共。
年若い頃からこの業界で売れてて、多くの撮影に参加し、現場慣れしてるがゆえのナチュラルな振る舞いは見てて安心できる。
景さんも余裕ある……というか、最初のオーディションからずっと、この人はまるで緊張って概念がねえ生物みたいに振る舞ってる。
自分の感情を塗り潰せるからか、現状を深く考えてねえからか。前者だな。
逆にオーディション組の動きが固え。
どーすっかなー。
何かできることあるかね。
このままだと、動きが固いまま撮影終了もありえなくはねえ。
茜さん達がそういう終わり方すんのは俺が辛い。
なんとかしてやりたいとこだが。
「英二君、隣座っていい?」
「いいですよ、どうぞ」
百城さんが隣に座ってきた。
オーディション組の動きが固い理由は明白だ、緊張してるからだ。
結構な予算をかけた映画の参加経験に乏しいからだ。
となると緊張するなって言っても無駄中の無駄。
リラックスしてもらうには、どうしたもんかな。
オーディション組も悪くねえもんは持ってると思うんだが。
「考え事? 私に手伝えることかな」
「あ、いえ。
少し俺が気にしてることがあるだけで……
百城さんの手を煩わせるほどのことじゃありません」
「そっか。あ、撮影始まるよ」
お、森の中の移動シーンだ。
森をちょっと歩くだけで足を挫くだらしねえ仮面ライダー俳優もいるが、アキラ君の足腰だと森を歩いてる時も安心して見てられるな。
亜門姉弟も双子の特徴を上手く活かして森を進めてる。いいぞいいぞ。
そして……景さん。
うーむやっぱいいな景さんの演技。
今回は目立つところがねえが、これは分かる奴には分かる演技だ。
「さっき地面の穴埋めてた時、英二君と夜凪さんの息ぴったりだったね」
「大事な友達ですからね」
「……」
「ほら、見てくださいあの穏やかで歩いてるだけの演技ですけど、ほら」
景さんの演技は今んとこ、過去の自分をトレースした感情的な演技こそが真骨頂だが、シチューCMの時みてえなしっとりとした演技も俺は好きだ。
質感がある穏やかな演技は、周囲に伝わりにくい上質な質感が出る。
こうして自分がやるべきことやって、見てるだけの状態になると、俺の心はすっかりファンモードになっちまう。
景さんは相変わらず没入度が桁外れだな。
「景さんの強みですよね、ああいう歩き方。
"取り繕ってない自然な一歩"と言いますか。
初めて来た森では、人は自然に躓きます。
木の根に足を引っ掛け、地面の窪みに足を取られ……
そういった『自然な演技』をごく当たり前にやってるんです。
観客が自然と感情移入する演技。
森を歩いたことのない人に"森は歩きにくく走りにくい"と伝える演技。
だからこそ景さんの演技は、映画として完成を迎えれば強い感情移入を生むと思います」
「そうだね」
「あれこそ景さんだけの個性。
俺ああいうの見てると好きだなあって思うんですよ」
うおおお……景さんと百城さんの演技、ここ繋いだら相当面白くなるぞ。
誰もが多少程度に、森の中を歩きにくそうにしている中。
観客に歩きにくさがそのまま伝わってきそうな、演技していることすら忘れている景さん。
観客に歩きにくさを全く感じさせねえ、軽やかで平然とした歩きの百城さん。
これを一連の流れで見りゃ、ケイコ(景)の森の中を進むのにすら苦労する凡人っぷりと、カレン(千世子)の『主人公っぷり』が強調される。
景さんの演技が、百城さんの特別性をじんわりと感じさせ。
百城さんの演技が、景さんが演じてるキャラの無個性凡人という、無特徴な特徴を際立たせる……予想外の効果だこれ。
まるで景さんという夜が、百城さんの輝きを引き立てているような。
やっぱそうだ。
今んとこ、百城さんは景さんに当たり負けしてねえ。
それどころか属性が違う二人の全く噛み合ってねえ感じが、互いの良さを結果的に引き立ててる気すらするぜ。
あー、いいなこの二人。
絶対に相性抜群だぞ。
まだ二人が直接絡む場面の撮影予定は先だが、どうなるか俺にも想像がつかねえ。
あ、カット終わった。
「お疲れ様です、景さん」
「……ああ、そうだった、私、夜凪景だったわ。
台詞を一切言わない自分を掘り出すのって意外と大変ね」
「あー……景さんはそういう問題もありますか」
「どこか変じゃなかった?」
「どこも変じゃありませんでしたよ。
明日は景さんの初セリフで茜さんとの初共演です。頑張ってください」
「うん、頑張る」
大変だなメソッド演技は。
普通の人なら、台詞が無いシーンは黙ってるだけでいい。
だがメソッド演技だと、『黙ってる自分』を作らなくちゃならねえ。
そのシーンで黙ってる合理的理由が無けりゃ、景さんのメソッド演技は黙ってるってことができねえからだ。
このシーンで自分はこうこうこういう理由で喋らない、とまず頭の中で組み立て。
その理由も込みで、掘り出した感情で自分を作る。
"自分はこういう理由で喋ってなくて、こういう理由で森の中にいるケイコだ"という思い込み……いや、自己催眠に近いそれで、景さんは喋らず1カットを乗り切った。
この人本当によく分かんねえところで苦労してんな。
よく頑張ってる。
応援してえ。
「アキラ君さ、私と夜凪さんならどっちの方が英二君に似てると思う?」
「それは……強いて言うなら、夜凪君だと思うが」
「だよね。絵に描いたような天才肌だし」
「アキラさん、百城さん、俺の話ですか?」
「気にしないで、英二君。ちょっと頭の中で色々整理してただけだから」
えーなんだよ。俺も会話に混ぜろや。仲間はずれはクッソさみしくなるだろうが。
「アサっち、アサっち」
「なんですか一葉さん」
「デリカシーって知ってる?」
「熟知しています。
デリカシー。心配りや細やかさを示す名詞。
デリケートの変形だと考えると分かりやすいですね。
相手をいたわる優しさと言うより、相手を傷付けない気遣いの方がニュアンスが近いです。
また、実際は和製英語に近い属性を持っています。
英語圏ではデリカシーは"美味しい食べ物"という意味もありますからね。
だからこそ『
また、同じラテン語の語源を持つドイツ語の『デリカテッセン』もあります。
これは美味しい食べ物を意味し、ドイツでは惣菜屋さんを示す言葉でもあります。
日本にこれが輸入された結果、コンビニ弁当がコンビニデリカとも呼ばれてますね。
こうして生まれたコンビニデリカの空箱を加工することで、特撮番組では―――」
「知識じゃなくて認識の話なんだけど」
抽象的で分かり辛いことを言うな。
「二葉は言葉が足りてないんだよ。
ごめんねアサっち、ちょっと話ややこしくしちゃった」
「いえ、構いませんよ」
よっしゃ、ここは年上の男らしくたしなめつつ導くとかやってみるか。
「一葉さん。言葉が足りないってのは結構大変なことです。
いいですか?
間違った言葉選びだけが人を傷付けるのではありません。
間違いだけでなく、足りない、ということも人を傷付けるのです。
言葉が足りない。
配慮が足りない。
足りてないなら、無いも同然です。
言葉も、配慮も。
足りないということこそを、人間である俺達は気を付けるべきなんです。分かりますか?」
「アサっちがそれ言う?」
「アサっちがそれ言う?」
あれー?
「俺、どこか言葉足りてませんでしたか?」
「私アサっちは脳味噌足りてないと思う」
「ひ、酷い!」
「あと悪気も足りてないと思う。というか無い。悪気が無い」
「うん、わかる」
オイコラ。
そこまで言われるようなことお前らにした覚えはねえぞッ!
現在デスアイランド撮影初日11:30
残り日数、30日
撮影はすこぶる順調の模様