ノット・アクターズ   作:ルシエド

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私だけを見てろっつったのに五秒で他の女優見る男

 まだ初日だが、スターズの売れ筋若手俳優12人を一気に集めて映画に投入、とかいう無茶は着実に無理を蓄積させていた。

 デスアイランドは言っちまえば他の映画での主演級12人の一斉投入だ。

 となると、最低でも十数個の他現場、最悪数十個の他現場のスケジュールとすり合わせなきゃならず、どこか一つでトラブルが起きると最悪数十個の他現場全部に不具合が出る。

 

 よって、融通が利かねえところは楽だが、融通が利くところはキツくなる。

 なんかそうなる。

 つまりよその要求が聞けねえくらい余裕が無いところは予定外の無茶振りをされず、無理をする余地があるところは予定外の無茶振りをされるってことだ。

 なんかそうなるんだ。

 

 たとえば北海道で撮影を終えたばかりの俳優に、「沖縄にすぐ来い」と言っても間に合うわけがなく、無理。

 これが『融通が利かないところ』になる。

 「納期は今週いっぱいだって話だったが明後日までに仕上げろ」と言うのは、職人を二日徹夜させりゃあ何とかなることもある。

 これが『融通が利くところ』になる。

 

 そういう無理が利く部分の一つとして認識されてたのが、俺だった。

 

「スケジュール調整……なるほど」

 

「できますか、朝風さん」

 

「なんとか、そのくらいなら」

 

 まあなんてことはねえ。

 よそのドラマでトラブルが起きて、デスアイランドに影響が出そうだってだけの話だ。

 

 だからまず、スターズが撮影主体の他のドラマ現場に、俺がそこで使う衣服を作って送る。

 その現場は俺が送った衣服で他のカットを先に撮影しておく。

 それでそこの現場は撮影の順序を前後させて、スターズ俳優のスケジュール調整を行う……まあそういう話になったわけだ。

 服送ってやるからスケジュール融通しろや! ってわけ。

 スターズ傘下の現場同士だとこういう調整がいつもアリなのが新鮮だ。

 

 デスアイランドはあんまりにもスケジュールカツカツなもんだから、スターズ俳優はオールアップが終わったら速攻で東京に帰還、以後島に戻って来ねえ。

 常識的に考えると目を疑うレベルのカツカツさだ。

 オールアップ後も現場にちょくちょく来てた私沢ユウキ*1さんみたいにはいかねえんだな。

 桐谷漣*2さんは仮面ライダーWでデビューしそこが初演技・初ドラマ・初主演という菅口将暉*3さんのことを思って事あるごとに飯を奢っていたが、そのせいでお金がなくなり、オールアップ後にもちょくちょく現場に来てた私沢さんに金を借りてたとか。

 オールアップ後にスターズ俳優がさっさと帰るデスアイランドじゃ、絶対に見られなさそうな光景だ……長期撮影ドラマはやっぱ俳優同士が仲良くなるんだよなぁ。

 

 つーわけで、まだ初日だが、撮影と並行して服作りを始める。

 日中に少しでも仕事進めて、かつ日中は俺の平常撮影業務もやって、夕方過ぎに俳優さん達の撮影が終わったら本格的に始めるとすっか。

 クソが。

 仕事で無茶振りするやつ全員死ねとも思うが、仕事を押し付けられることよりも撮影スケジュールが破綻することの方が嫌だ。

 よって黙々と作業を進める。

 

 まあ流石にそこまで無理するつもりはねえ。

 やることはシンプルで、向こうのドラマ現場で使われた衣服作成用の型紙データを送って貰い、デスアイランド用に用意してた生地で一着仕立て上げ、スターズ事務所に生地補充を連絡しておく……こんなとこだ。

 俺はデスアイランド用の専用服はかなり手が込んだ仕立てにしたが、他のドラマに送る分には既製服よりちょっと出来がいいくらいで良いだろ。

 接着芯地式*4で作って送っておこう。

 

「朝風君。生地収納箱持って来たよ。ここに置いておけばいいかな」

 

「あ、ありがとうございます。

 休んでてよかったんですよ。まだアキラさんには午後の撮影があるんですから」

 

「いいんだよ。カメラの前でなければ、僕は君を手伝いたいだけのただの友達だから」

 

 くぁーかっこいい。

 このイケメンめが。

 でもありがてえ。生地持ってくる手間が省けた。

 アキラ君と話しつつ、手も動かしつつ、俺は廃校舎設定の建物内での撮影を眺めた。

 

「千世子君と話してたんだけど、君は夜凪君の影響を受けるとメンタルがブレるらしい」

 

「え、百城さんがそんなことを……」

 

「言われてみるとなんとなくそんな気もするよ」

 

「どんな感じにですか?」

 

「え、具体的にと言うと、どう言ったものか……

 ……千世子君に手を握られて慌てふためくか、そうならないかとか?」

 

「それ慌てふためかない人いないと思うんですが……」

 

「ごめん、今のは僕の挙げた例が悪かった。朝風君はそうだった」

 

「なんで俺に限定するんです?」

 

 なんつーか、あれだな。

 

「他人の心が分からなくなるとか言ったら言いすぎかもしれないし……的確に言えないな」

 

「いいんですよアキラさん、無理に言葉にしなくても」

 

 こうして真剣に向き合ってくれる友人がいるってのは、幸せなことだと思う。

 

「俺と景さんは互いに影響与え合ってると思いますけど……

 俺からすれば、景さんの方が随分印象変わったと思いますよ」

 

「夜凪君が?」

 

「はい。前の彼女の演技は現実逃避の一種でした。

 でも今は、素晴らしい芸術になろうとしているサナギです。

 彼女の人生そのものなんですよ、彼女の演技は。

 夜凪景がこれまでどう生きてきたか、それの結晶なんです。

 だからこそ、役者としての自覚を持った彼女は、心の姿勢からして違うんです」

 

「心の姿勢……」

 

「今の景さんは多分、生きてることが楽しいんだと思うんですよね」

 

 いいことだ。景さんは友達だ。友達には幸せになってほしい。

 

「いいことです。役者になって人生が変わったのなら、天職だったってことでしょうから」

 

「……人間の目は自分は見えてなくても他人は見えてる、とはよく言うね」

 

「かもですね。

 自分のこと把握するより、他人を見てる時の方が正確に分かる時もあります。

 それは俺がクライアントの頭の中のイメージを形にする職種だからかもしれませんが」

 

 俺はいまいちトークが噛み合わねえ時があるからな。

 コミュ力、トーク力、もっと欲しいわ。

 今のところ周りの人が仕事上で何を望んでるか察する察知力と把握力しか伸びてねえし。

 私的な考えってなると、ダチの景さんのことすら内心が読めてるとは言えねえんだ俺は。

 

「景さんにおいては、友人として見守っていたからというのもあります。

 やっぱりこう、友人とそうじゃない人だと、見守る気持ちに差ができますから」

 

「朝風君らしい。……でも本当は、夜凪君の才覚に何か感じ入るものがあったんじゃないか?」

 

 アキラ君は本当に俺のことよく分かってる気がする。

 この距離感が、理解が、俺達の友情だ。

 

「常に目が離せないんですよ、あの人。

 芝居も良いんですが、芝居してない時もなんだか危なっかしくて」

 

「うん……なんだか分かる気がする」

 

「百城さんは百城さんで逆の意味で目が離せないんですよね。

 日常から撮影まで、周りにどう見られてるかを意識して振る舞ってるので」

 

「ああ、朝風君の中では夜凪君と千世子君はそういう感じになってるのか」

 

「百城さんは安定してますけど、景さんは逆に急成長中なので見てると楽しいですよ」

 

 ふむ、とアキラ君が腕を組む。

 今日の撮影の流れの中の景さんの姿を思い出してんのかね?

 

「まだ初日だからでしょうけど、知り合いのアキラさんと景さんでもほぼ話してませんね」

 

「到着してから撮影に次ぐ撮影で、少し話せたけど改めて挨拶もできてないからね、僕と彼女」

 

「アキラさんは本当律儀です」

 

 撮影前挨拶とか儀礼的なもんにこだわるあたり、筋金入りだ。

 アリサさんはこういう性格じゃなかったが、この愚直さはアキラ君の個性でもある。

 欠点かもしれねえし、長所かもしれねえ。

 真っ直ぐであることは、曲者で在れと言われるこの業界ではどう働くもんかな。

 

 ま、アキラ君にも景さんの雰囲気の変化とか感じ取ってほしい。

 今日ちょっと会話できたのが奇跡だったみてえだが、午後の撮影もあるし、明日以降の撮影もあるしな。

 改めて印象見てほしい。

 

「あ、そうだ朝風君。

 僕明日早朝には東京に戻って別撮影の準備して、明日いっぱい別撮影だから。

 明日の夕方になるまでこっちに戻って来ないから、頭の片隅に入れておいてくれ」

 

「了解です」

 

 あ、明日は駄目なやつだった。

 しかし忙しいなスターズ!

 俺も東京とここ往復して仕事することになってっから人のことは言えねえけど。

 

「おーい英二ぃー」

 

「あ、堂上さん」

 

「昼飯持ってきてやったぞ。おにぎり注文してたんだろ?」

 

「すみません、俺の手は今作業中なので口の中に放り込んでいただけますか?」

 

 堂上さんが俺の口の中におにぎりを入れてくれる。

 サンキュー堂上さん。

 目は撮影中の皆を見る。

 手はよそのドラマ撮影に送る服の凝った襟を作る。

 口はおにぎりを食う。

 無駄なく自分の体を制御・運用していこう。

 

「朝風君の手、もう一時間以上一秒も止まってないんだよこれ……」

 

「器用な奴だな本当に……」

 

「ふゃぐふえ……ごくん。

 ありがとうございます、堂上さん。

 手と口と目は別々に動くんですから、せっかくですし」

 

 現在13時前。

 予定の撮影終了予定時刻は18時。

 ビルとか山とかが沈む太陽を遮らねえ夏の南の島の日没は、だいたい19時くらいだ。

 

 できればハプニングが起きないまま、早めに終わってほしいところだな。

 

 

 

 

 

 俺は部下に付けられたスタッフさん達を動かしつつ、撮影の流れ全体に目を走らせ、ミシンを使って服の縫製を一気に進めていた。

 服を一から作ってると、どうしても手作業じゃねえとできねえ・遅え・雑になるところと、機械に任せてガーッとやった方がいいところに分かれる。

 俺は指示出しに徹し、指示に使う頭と口を仕事に振り分け、指示に使わねえ手と足を服作りに回していた。

 

 人手が何よりも大事な単純作業は、俺が普通の人の十倍の速度で仕事やるより、普通の人が二十人いる方が確実に速え。

 ただまあ、そんなのは理想論だ。

 慣例的に、特撮映画の美術スタッフは10人以下。

 たとえば『ガメラ 大怪獣空中決戦』*5では特撮ユニットの三池監督曰く、最初は特撮美術を3人で作ってたはずだ。

 3人。3人である。

 パンフレットを見ると10人以上で作ったように書かれてるが、3人だ。

 ひっで。

 

 続編の『ガメラ2 レギオン襲来』*6では前作が売れたことも鑑みられて、事実上の4人スタート。

 やったね1人増えたよと言うべきか、大差ねえよと言うべきか。

 前作同様途中から少しずつ手伝ってくれる人も増えたが、焼け石に水。

 だが皆の頑張りもあって、ガメラ2は大ヒットで大好評。

 前作が興行収入5億だったのを興行収入7億まで伸ばした。

 特撮美術スタッフは「次こそは六人体制で臨むぞ!」と気合と期待を胸に秘めたという。

 目指せ六人、というひっくいハードルからも撮影環境の辛さが窺える。

 

 そして続編、『ガメラ3 邪神覚醒』*7

 ここでなんと、特撮ユニットの監督入れて三人+新人が一人という体制に。

 前作より人を増やすどころか事実上三人になったので減ってしまっていた。

 なんでやねん。

 何もかも現場の貧乏が悪い。*8

 三人じゃ撮りたいものも撮れやしねえ。

 なので当時西宝の美術部から一人辻村という人が招かれた記録が残ってたりする。

 

 ちなみに、シン・ゴジラの美術は六人。デザイナーを無理に入れても七人*9だ。

 『六人体制』って特撮界隈じゃ結構な高望みでもあるってわけだな。

 他の撮影でも大まかにこうなんで、美術スタッフは万年忙しく、他のところのスタッフに手伝いを頼んだりもするのである。

 

 その前提で見ると、この撮影はすげえ。

 俺を入れて美術スタッフ11人。

 スターズマネーと社長&プロデューサーの手腕によって揃えられた最高の軍団だ。

 単純作業以外は難しいって人が多いものの、この数はぶっちゃけ頼りになりすぎる。

 サンキューありがとうアリサ社長。

 大好き。

 

 指示を出しつつ服を縫っている俺の横に、景さんが座った。

 

「英二くんが言ってた通り、周りをよく見てる千世子ちゃんは本当に森で躓かないのね」

 

 その目は百城さんを捉えている。

 いい感じに意識してるみてえだな。

 互いにいい影響与え合ってるといいんだが。

 

「人間一人の目玉に見えてるものなんてたかが知れてます。

 だからこその三人称視点……俯瞰視点です。

 映画というジャンルも基本は三人称視点で構成されるものですしね。例外もありますが」

 

「POV?*10

 

「ですね」

 

 一人称小説と三人称小説。

 POVと通常カメラ映画。

 ゲームのFPSとTPS。

 見えている範囲が違うと、見えている世界ごと違う。

 

 きっと百城さんには俺には見えてねえ世界が見えてんだろうな。

 俺が見えてる範囲なんざたかが知れてる。

 俺に見えてねえものもたくさんあるだろう。

 そういう、俺に見えてねえたくさんのものを、百城さんの視界は捉えてるはずだ。

 

「次は24人が一堂に会する、映画序盤の盛り上げどころです。

 台詞は茜さんと百城さんしかありませんが……

 景さんは間近で見れると思うので、注目してみるといいですよ」

 

「千世子ちゃんに?」

 

「千世子ちゃんに、です」

 

 あ、やべ、つられて千世子ちゃんとか言っちまった。

 

「成長のコツは嫉妬で終わらせないこと、そして渇望することです。

 あいつはいいな、で終わらせない。

 羨ましいな、妬ましいな、で終わらせない。

 どこかで嫉妬になりそうな感情をプラスの原動力に変えると自分を高められます。

 あくまで今の俺個人の生き方の論理ですけどね。これが結構大事なことです」

 

「嫉妬……」

 

「どんな形でも自分の中に強い感情があると、原動力に変えられますからね。

 あの人の技能が欲しいな、って思ったら全力で盗もうとしてみるのも手です。

 俺も15年くらいそれ繰り返して周囲の人達の技能片っ端から喰ってきた人間ですから」

 

「!」

 

「景さんの凄いところは二つあります。

 一つは、見惚れるほど凄い演技をすること。

 もう一つは、そんな景さんですらまだ発展途上だってことです」

 

 景さんの目を覗く。

 その心の状態を覗く。

 景さんの信念、決意、想い……そういったものに、やる気という燃料が注がれたのが見えた。

 

「俺も、父親への嫉妬を力に変えられるまで、そこそこかかりました。

 父は俺が欲しがっても手に入れられないものを、全部持っていましたから」

 

 最高の才能とか。

 おふくろからの一番の愛とか。

 最大の理解者になってくれた女性とか。

 まあ、いろいろ。

 

「百城さんを食ってしまう勢いで、敬意を持ってぶつかるといいと思います。

 景さんが百城さんと共演するのはスケジュール上結構先ですけどね。

 できれば友達になったりしてくれると、見守ってる方も安心できるんですが」

 

「それは……よく分からないわ。私、千世子ちゃんのことまだ何も知らないから」

 

 そうだな。

 

 その気持ちはきっと、百城さんも持ってるものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 14:30。

 ちゃくちゃくと、廃墟を校舎っぽく見せる準備も整った。

 もうただの廃墟ってか、不気味な廃墟校舎にちゃんと見えるようになったか。

 俺が服作りながら指示出し、細かいところを俺が仕上げつつも、美術担当チームを手足のように……いや手足のようには動いてねえな。

 マジックハンドぐらいの感覚で動かす。

 

 こっからの撮影はこうだ。

 まず、主人公カレン(百城千世子)が11人のクラスメイトを引き連れて校舎前に来る。

 そして茜さんが演じるキャラが同じように11人のクラスメイトを引き連れて来る。

 まー分かりやすいが、スターズ組とオーディション組で12人ずつだ。

 

 再会を喜ぶ両集団の代表の百城さんと茜さん。

 さあ24人一緒に島から脱出しよう、と主人公の百城さんの掛け声でカット一区切り。

 登場人物が出揃い、予定された通りの演出だとここで登場人物達の下に名前とかのテロップが一気に出て、さあ物語が始まった! 感が出る。

 手塚監督はここでタイトルロゴをドゴンと出して、重低音のBGMを流し、一気に雰囲気を出して観客の心を掴みてえらしい。

 

 いいね。

 そういうのは好きだ。

 よく分からねえ状況から、死んだと思ってた友達と再会して、全員の顔を順に映しつつ名前紹介がテロップで入って、全員で生き残ろうと決めたところでタイトルロゴがドゴン。

 王道だぜ。

 流石に映画初見の人はここで全員の名前は覚えられねえだろうから、後の展開で追々覚えてもらう形。原作ファンにはここで原作と実写の顔を脳内照合してもらうわけだ。

 

 まあ皆死ぬんだけどな!

 特に茜さんと景さんはこっから重要な展開があるんで、集団の先頭に立ってもらう。

 茜さんは後々、友達でありながらも百城さんと仲違いするポジション。

 景さんは基本的に一貫して何もできねえが、最後の最後で主人公の百城さんを庇って死ぬっていうポジションだ。

 オリキャラだが大活躍のシーンとかは全くねえ。

 ここも原作ファンの賛否分かれそうだなぁ。

 

 最後のシーンで百城さんを輝かせられるかは景さんにかかってて、景さんの印象を強く残せるかどうかは百城さんにかかってるわけだが。

 

「百城さん、景さんと友達になれると思いますか?」

 

「共演者として上手くやるつもりだけど、それだけじゃダメ?」

 

「いえ、それだけで十分だとは思いますが……」

 

 ハッキリ言って百城さんの普段の人間関係って非の打ち所ねえんだよな。

 親しい仲は数えるほどだが、誰とでも仲良くはやってる。

 スターズというコミュニティの中でも上手くやってて、撮影現場で上手くやれないことはほぼなく、初めて一緒に仕事する人ともそつなく助け合える。

 皆と仲良く仕事やれんのに、ドラマとかで誰かの恋人役やろうとも、役に引っ張られず熱愛報道とかも皆無。

 人間関係を疎かにせず、されど他人と深すぎる仲にはならず。

 まさしく理想の女優だ。

 

 めっちゃ好き。

 そのスタンスが好ましすぎる。

 百城さんは観客に理想を売ってる自覚があって、スキャンダルでそいつを損なっちまう可能性をきっちり考慮してる。

 だからこそ、強え。

 

「夜凪さんを随分心配してるんだね。

 でも、その発想は正しいと思うよ。

 あの人、自分の延長でしか芝居ができない人なんでしょ?

 だったら私から友達になれば……夜凪さんも、私のことを友達だと思えるわけだ」

 

「……はい」

 

「ケイコがカレンを友達だと思うように、ね。夜凪さんを助けたいの?」

 

 仲良くしてもらいてえのも本当なんだが、やっぱ打算とか計算とか混ざってると、百城さん相手には高確率で見破られるな。

 

「なってあげようか? あの子の友達に。

 英二君のお願いなら、別に聞いてあげてもいいけど」

 

「いえ、いいです」

 

「いいの?」

 

「景さんのために、百城さんにそういうことを強いるのはちょっと……

 今のところ景さんを百城さんより優先する気はないです。

 百城さんの心に嫌な不快感が溜まるようなことを頼むつもりは無いですから」

 

「……そうなんだ」

 

 俺は言葉選びもヘタクソで、仕事での対人能力と比べると仕事外での対人能力がゴミカスみたいな男だが、それでも気を遣えるところでは遣いてえ。

 うっかり発言、うっかり発言に気を付けよう。

 クライアントが作りてえ物のイメージを理解すんのはできるが、やわやわふわふわしてる女子のメンタルを理解すんのは高難易度だ。

 

 景さん差し置いて百城さん優先するのは心痛えし。

 逆に百城さん差し置いて景さん優先すんのも心が痛え。

 この辺は"先に約束してた方を優先する"とかそういうことがねえ限り、優先順位とかつけねえようにしとこう。

 

「茜さんと百城さんの次のシーンも、俺は服飾作業しながら見てますので、それで……」

 

 百城さんが微笑む。

 

「呼び方茜さん、なんだ。別にいいけどね」

 

「? あの、何がいいんですか?」

 

「英二君だから、そこはちょっとね」

 

「ああ、呼び方変わってることが気になったんですか。実はこういう経緯があって……」

 

「いいよ、興味無いから」

 

 ニコッと笑う百城さん。

 可愛い。

 まあ撮影前に無駄な長話する必要もねえか。

 いつもの百城千世子の合理的な選択と振る舞い。

 この人が被ってる仮面と似たようなその生き方が、とても好ましい。

 

 百城さんが、撮影準備をしているスタッフ達がまるで目に入ってないかのように、自然な所作で木々を見上げた。

 

「右手に校舎。

 左手に森。

 ここの木は背が高いよね……ねえ、英二君」

 

 その瞬間、俺は思わず、木々を背景に木々を見上げる百城さんを、スマホで撮っていた。

 

 思わず、反射的に撮ってしまっていたほどに、その時の百城さんは綺麗だった。

 

 とても綺麗な立ち姿で、とても綺麗な横顔だった。

 

「百城さん、百城さん」

 

「何?」

 

「今凄く綺麗に撮れたんです。

 見てくださいこれ、凄く綺麗です。

 芸術品ですよ、これもう。

 この美しさ、俺の手でも類似品すら作れないやつです。

 スマホの待ち受けにしていいですか? 百城さんに言われたらすぐ消します」

 

 やべえ、ちょっとテンション上がってる。

 声が僅かに上ずって、言葉のテンポも僅かに早まってる気がする。

 つか失礼だな俺!

 無断撮影から待ち受けとか!

 普通怒られるわ!

 ……でもなんか、今の百城さんが、俺の深い所にビビッと来たんだ。

 今物作りしたら、凄え良い物作れる気がする。

 

 百城さんは、呆れたような表情を浮かべていた。

 

「まったく、もう」

 

 勝手に撮ってマジでそこはごめんなさい。

 

「いいよ」

 

「ありがとうございます! あと勝手に撮ってすみませんでした!」

 

 心が広い! 天使!

 

「英二君は本当に、そういうのが好きだね」

 

「人が作り出す美しいものは大好きです。

 目に見えるものも、心みたいな見えないものも。

 泥まみれでも、何気ない一瞬でも、全部そうなんですよ。今何考えてたんですか?」

 

「人に教えると価値がなくなっちゃうこと、かな」

 

 そりゃ繊細そうなやつだな。

 今の百城さんが綺麗に見えたのは、何か心の動きがあったからか、百城さんの技術が上手い感じに噛み合ったからか。

 親父だったら、それが何か分かったのかもな。

 でも俺にはさっぱり分からん。

 ただ今、百城さんは奇跡の一瞬みたいな何かを見せた。

 普段から『百城千世子』を演じてる百城さんのことだ、何かの仮面を被ったんだと思うが。

 

「はい、集合ー。カメラ回すよ、配置について」

 

 おっと、撮影始まるか。

 百城さんとの会話中も進めてた服作りもあんま進まなかったな。

 美術チェック、美術チェックと。

 俺の指示通りに10人のスタッフが単純な美術作成作業をやってくれたかを確認する。

 

 ここでの撮影は4カメラ。

 4方向から主人公のカレンにカメラが向けられ、百城さんが撮影される。

 その内2カメラは建物の中まで見通す視点なんで、この2つの視点のカメラに『リアル』を見せるために、建物内部をある程度整理・加工する必要があった。

 

 校舎の表面の壁の加工は、撮影開始前の期間に俺がやった。

 森の中歩いていい感じのツタや植物引っこ抜いて、剥離が容易な接着剤で校舎(廃墟)の壁表面にいい感じに貼り付けて、寂れた廃校舎感を出した。

 いい感じの緑がどうしても足りねえ場所は、青のりと緑に着色した綿をちょっと継ぎ足して、自然な感じの緑を校舎表面に演出、これで完了。

 "謎の廃校舎"って感じがバリバリ出てるぜ。

 

 だから部下を使ってカメラに映る一階校舎部分を指示通りに調整させた、調整させたはずなんだが……一箇所、室内の壁の色が指示した通りになってねえ部屋があるな。

 なんか、雑。

 俺の指示をこなせてねえなあの部屋の中。

 今年度入って来たっていう新人に任せた部屋か、あそこは。

 

「朝風さん、どうでしょうか」

 

「……なんかあの部屋だけ少し質悪いですね」

 

「うっ」

 

「カメラで撮るとあの部屋だけ目立つかもしれません。壁で隠しましょうか」

 

「すみません……」

 

「いえいえ、俺の責任でもあります。

 俺がスケジュール調整に服飾やってたのも大きいですから。

 俺の指示が悪かったんでしょう。

 第一、俺が指示出しだけでなく手出しもしてれば防げた問題ですからね。

 監督の想定した絵面を作れなければ、それは美術監督の責任ですから」

 

「本当にすみません!」

 

 いいんだよ、気にすんな。

 人使う技は熟練じゃねえ癖に、想定が足りてなかった俺も悪いんだ。

 これからどうにかすっからさ。

 

 部屋の中をカメラに映したくねえなら、色々方法はある。

 カーテンを仕込む。

 部屋の内に壁を立てる。

 カメラワークを融通してもらう。

 カメラマン側に美術側の失態で変更を強いるのはけっこう心苦しいし、他の窓が割れガラスくらいでしかねえのに、そこだけカーテンや壁があんのは気になんな。

 俺の感性での判断だが、カーテン一つあるだけで統一感が薄れる気がする。

 

 じゃあいっそ全部の窓にカーテン付けるか。

 いや、それだとカーテン一箇所が目立つってことはなくなるが、逆に元々あった廃墟感が薄れちまう。カーテンがねえからこその廃墟感ってのがあったんだ。

 つか、そんな沢山カーテンねえよ。

 

「壁か、だったらどうするかな……」

 

 どうしようかな、と思ってた俺の肩を、二人が叩いた。

 振り返ると、和歌月さんと堂上さんがそこにいた。

 ……景さんの代わりにスターズオーディションに受かってから、しっかりレッスンと現場こなしてきたのか、すっかりスターズらしい雰囲気が身に付いたな、和歌月さん。

 嬉しい限りだぜ。

 

「僭越ながら、私も手伝います。存分に役立ててください」

 

「俺達に任せろ。なーに、難しいこっちゃねえはずだ」

 

「和歌月さん、堂上さん……」

 

「私がこの辺りに立って……」

 

「俺がこの辺りに立つ。

 俺の身長が177で、和歌月の身長が175に少し届かないくらいだったな。

 俺達の身長がありゃ、部屋の中をカメラから隠す壁に使えるはずだぜ。

 校舎の窓を移すかもしれねえカメラは二つ。

 俺達二人が立ち位置調整すりゃ、部屋一個分くらいはどうにか誤魔化せねえか?」

 

「だったら僕も使ってほしい。二人より三人だ。三人いれば十分じゃないかな」

 

「アキラさん……」

 

 その通りだ。

 

 三人いれば十分隠せる。たまんねえぜ。感謝する、偉大な俳優さん達。

 

「……すみません、お願いします! 頼ります!」

 

「おう、頼れ頼れ」

 

 堂上さんが俺の側頭部を小突いて来た。

 こんにゃろう。

 まあいいか。

 

 地面に紙でバミリ*11を置いていく。

 24人の俳優が、指示された通りの立ち位置に移動していく。

 よし。

 サンキュー、和歌月さん、堂上さん、アキラ君。

 

 撮影の流れに熱気が入り、撮影直前に指示の怒号が飛び交い始める。

 緊張をほぐすためか、会話を始める俳優まで出て来た。

 

「英二君が昔他の学園ドラマでしてた仕事、ちょっと思い出したよ」

 

「百城さん。……お互い、あの頃と比べれば成長しましたね」

 

「そんなに?」

 

「しましたよ。百城さんはこれまでも、これからも、成長です。まだ若いんですから」

 

「夜凪さんほどには伸びないかもしれないよ」

 

「いいえ、百城さんはまだ伸びますよ。景さんの強みを盗めばいいんですから」

 

「……え?」

 

 俺は親父にはなれなかった。

 だがな。俺は親父の強みを沢山盗んでいったんだよ。

 百城さんが景さんになれなくても、景さんの強みをいくつか盗むくらいはできるはずだ。

 そう信じてる。

 ずっと信じてる。

 あんたが、百城千世子だからだ。

 その仮面に見えるあんたの素晴らしさを、信じてる。

 

 景さんが百城さんを、百城さんが景さんを、もっと最高に美しいものに変えてくれると信じてえ……いや、信じてる。

 何故ならば。

 1+1=2。

 俺が見惚れた二人を足し算したら、なんかよく分からん内にすげーことになって、もっと素晴らしいものが生まれるに決まってるからだ。

 

「俺は百城さんの能力を理解してます。

 現段階でも最高です。いくつ褒め言葉を並べても足りません。

 でもそれは、百城さんの良さがもう天井に辿り着いてることを意味しません。

 百城さんはもっと素晴らしくなれます。

 俺はもっと百城さんを好きになります。

 と、いうか。

 百城さんがこの程度の高さの実力で満足して足踏みしてたら、ガッカリじゃないですか」

 

「―――」

 

「大丈夫です。自分を信じて。百城さんはそんな情けないことにはならない人ですよ」

 

 百城さんが一瞬、すっと真面目な顔をして、呆れた風に微笑む。

 

「英二君はさ、精一杯走ってる馬の尻叩いて、

 『お前の限界はこんなところじゃない、もっと速く』

 って言いそうな人だよね。根性論、精神論じゃなくて、才能論で」

 

「もっと速く走れない馬にそんなことは言いませんよ。

 ただ、遅い馬にも期待はします。俺の見切りを超えてくれたら、きっとそれが最高です」

 

「優しいんだか、残酷なんだか」

 

 最高の俳優になる、と確信して俺が見惚れてる人がいる。

 最高の俳優になってほしい、とすがるように俺が祈る人がいる。

 どっちも好きなんだよ俺は。

 ただ、百城さんとか景さんとか、そういう人の演技は……本当に、心奪われる。

 だから、きっと特別なんだろうな。

 

「私が情けないことになるかどうかは、私だけを見てれば分かるよ。きっと」

 

 百城さんがバミリの位置まで移動する。

 

 それと向き合う位置に、茜さんが移動していた。

 

 おいおい。

 茜さんガチガチに緊張してやがる。

 あれじゃあ演技もトチるぞ。

 肩の力抜けよ、ったく。そう思って、茜さんに話しかけた。

 

「茜さん、頑張ってください」

 

「ん、お、おお、もちろん、頑張るやんで」

 

「言葉遣い変になってますよ。リラックス、リラックスです。俺も見守ってますから」

 

「せ、せやな……落ち着いて、落ち着いて……」

 

 駄目だこりゃ。

 ん? どうした百城さん、肩叩いて。

 

「英二君は優しいよね」

 

「え? いえ、百城さんほどでは」

 

「私はそんなに優しくはないから」

 

「ご冗談を。百城さんは演技抜きにしたって優しい人ですよ、俺の目は誤魔化せません」

 

 百城さんが何やら言い淀む。

 え、何その反応。

 何やら言い淀んだ百城さんが、少し悩んで言葉を選び、一言にまとめて言った。

 

「英二君が見誤らないのって、才能と能力だけじゃないかな」

 

 えー。いや百城さんの性格評は絶対間違ってねえって! 信じろや!

 

 百城さんが、視線を俺から茜さんに向け直し、握手を求める手を差し出す。

 

「よろしく湯島さん。これが初日最後の撮影になるだろうから、いいカットにしようね」

 

「よろしゅうな。『スターズの天使』の胸を借りるつもりでやるわ」

 

「私が天使じゃないことは、私が一番よく知ってるんだけどね」

 

「……?」

 

 茜さんが握手で応えて、百城さんが軽くトークを始める。

 それが茜さんの緊張を少しずつ抜いていくのが分かった。

 

 流石天使。

 トーク力は俺の一万倍だな。

 やっぱ優しい人だってあんた。

 

 俺はぼちぼちカメラの邪魔になるんで、少し退がって22人のクラスメイトに囲まれたそこで始まる、百城さんと茜さんの初共演を見ることにした。

 しかし服飾作業進まねえ!

 撮影の平常業務こなしながらじゃたかが知れてんな。

 撮影が終わってから、夜になってから本腰入れよう。

 っと、助監督が俺呼んでるな。何用だ?

 

「朝風さん、千世子ちゃんがああいうことするの珍しいですね」

 

「そうですか?」

 

「何か思うところでもあるんじゃないですか、湯島さんに」

 

「前に百城さんが別の撮影で別の女性にしてたの見たことありますし、普通じゃないでしょうか」

 

「そうですか。じゃあ俺の勘違いですね、多分」

 

 何に違和感持ったんだあんた。

 

 まあいいや、二人の共演をじっくり見守ろう。

 

 

 

*1
仮面ライダーW、園咲霧彦役。

*2
仮面ライダーW、左翔太郎役。

*3
仮面ライダーW、フィリップ役。

*4
第二次世界大戦以降に流行した、服飾の革命。表地の布と裏地の布の間に、接着剤で芯地を接着する。服の大量生産に大いに貢献した。

*5
1995年、平成ガメラ第一作。後の時代に大きな影響を与えた怪獣映画。

*6
1996年、平成ガメラ二作目。その王道な話の作り・秀逸な人間と怪獣の描写・視聴者を夢中にさせる戦闘シーンのクオリティで、平成ガメラ最高傑作、20世紀終わり際屈指の名作と言われることも多い。

*7
1999年、平成ガメラ第三作にして三部作シリーズの最終作。『街を守る巨大な存在がいても、その戦いに巻き込まれている死者はいるのでは? 人を守る戦いに巻き込まれ殺された罪なき人はいるのでは?』というテーマを正面から取り扱った意欲作。

*8
1996年ウルトラマンティガ、1997年ウルトラマンダイナ、1998年ウルトラマンガイアの撮影チームと、平成ガメラは撮影スタッフを一部共有する。よって多くのリソースをそちらに持っていかれてしまっていた。

*9
パンフレットを見ると違った人数にも見えるが、監督が熊本城プロジェクトのメイキングでデザイナーを入れても美術は七人とはっきり明言している。

*10
Point of View Shot。略してPOV。要するに一人称視点の映画。「この映像はカメラマンが撮影した実際の映像である」などの導入から始まり、映画本編がずっと、カメラマンの視界=カメラが撮影してる一人称視点の映像として撮影されることが多い。この技法を用いたモキュメンタリー(フェイク・ドキュメンタリー)は数多くの後追い作品を生み出し、映画界に見たこともない形のうねりをもたらした。

*11
演劇や番組撮影などで、人が立つ場所やマイクのスタンド・演劇の家具などを置くための場所に、テープで印を付けたもの。演劇ならビニールテープを貼って自分を見失いがちな憑依型の移動の目印にしたり、屋外のテレビ撮影ならヒーローの立ち位置にガムテープを貼ったりする。この撮影場所は土の上なので、紙を置いてその上に重し用の土を被せたものがバミリとして使われた。




 手塚監督からすれば英二君は絶対に自分の目的を話せない、目的を話せば絶対に自分の味方に付いてくれない、そんな最高の味方(無自覚)です
 ブルドーザーに英二というドリルを積んでいくスタイル

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