ノット・アクターズ   作:ルシエド
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撮影に参加してる女優のスリーサイズを全て把握しているのは控えめに言って変態では?

 不気味な廃校舎を背景に、カメラが俳優に向けられる。

 よし、この角度なら堂上さん、和歌月さん、アキラさんのおかげで部屋が隠れる。

 サンキューベリマッチ。

 お前らがこの先一千万くらいの何か壊しても、何が何でも駆けつけて、俺の手とポケットマネーで直すことを心の中で約束しておくぜ。

 

「本番、よーいっ」

 

 カチン、とカチンコの音が鳴る。

 

 台詞があるのは百城さんと茜さんだけ。

 カメラも基本はこの二人を映す。

 だけど。

 こういった一瞬一瞬にも、景さんは"友達を想う学生の自分"をメソッド演技によって引き上げ、『ケイコ』って役を作ってやがる。

 景さんが"入った"のが、少し離れた俺の目にもよく見えた。

 

「良かった、皆生きてたんだね」

 

 撮影が始まり、百城さんが茜さんに歩み寄る。

 『カレン』は清廉でコミュ力が高え、周りから好かれるキャラだ。

 誰とでも仲良くできるそのキャラが、主人公として真っ先に共に歩み寄るのは自然なこと。

 

 お、演技の嬉し泣きだ。

 百城さんの目から、"皆が生きてたことを喜ぶ涙"が流れ落ちる。

 

 撮影で使う涙は二種類ある。

 偽物の涙と、本物の涙だ。

 

 偽物の涙は、目薬を差したりして使う。

 とはいえ、直立不動で泣いてない人の顔をアップでカメラで撮って、一回止めて、目薬差してから撮影再開してもズレが出る。

 1mmも顔ズラさねえで撮影再開とか無理だからな。

 だから俳優をうずくまらせる動きさせて一回カット切って、目薬差してから撮影再開、みたいな風に『涙を流し始める瞬間』ってやつを動きで誤魔化さなくちゃならねえ。

 

 逆に言やあ、そういう誤魔化しができる以上、涙を流し始める瞬間に動きを入れりゃいいだけなんだから、涙を自在に流せる技術の価値は相対的に減っちまった。

 これは純粋に技術の蓄積と進歩だな。

 先人の恩恵だ。

 昔はあんまできなかったことだろうし。

 

 だがこうして立ったまま、ワンカットの中で泣いてねえ表情から嬉し泣きして涙を流す表情に数秒でシフトできる百城さんは、やっぱ非凡な存在としか思えねえ。

 涙を流す技術ってのは、これまた二種類に分かれる。

 身体制御か、感情移入。

 そのどっちも凡人にはできねえ、かなりの才能を要される方法だ。

 

 感情移入は、景さんがやってるやつだ。

 悲しみの感情を思い出し、それで涙を自然に流す。

 んでもって悲しみの感情は理性で制御して、悲しい思い出を使ってるってのに嬉し泣きの演技をする……とかするわけだ。メソッド俳優は。

 感情で心の中が大変なことになるんで、精神安定剤とかが必要になってくる。

 人間の心は脆く、簡単に自分を見失いかけるからだ。

 プロでもそうなのに、薬が必要じゃねえ景さんのメンタルマジでどうなってんの?

 

 誰もが知る海外の伝説的女優、アリリン・モンローとかですら、自分の精神状態が不安定になること承知で、自分の人生で最も辛かったことを思い出して泣いてたんだ。

 自在に涙を流す手法は、この感情移入が主流。

 感情移入で自在に涙を流せる俳優を除外すると、自在に涙を流せる俳優ってもうほとんどいねえってレベルに、希少になるんだぜ。

 

 役に感情を入れ込まねえ百城さんの涙は、完全な身体制御。

 "自分をコントロールする"っていう異能だ。

 試しに目を動かして泣いてみようとしてみりゃいい。

 目なんて眼球運動とまばたきと焦点合わせしかできねえもんだってのに、涙を自在に流すなんて無理に決まってんだろ。

 目をずっと開けっ放しにして乾燥で涙を流すとか、撮影中にカメラとかの前でやったら絶対バレるんだ。乾燥もしてねえ目を意識だけで涙出させるとか、本当に信じられねえことしやがる。

 

 百城さんのこれは、景さんでも同じやり方じゃ真似できねえし、茜さんじゃどんなやり方したって真似できねえ。

 景さんは感情を思い出さなきゃならねえし、茜さんは目薬差すとか目を乾燥させるとかのワンアクションと時間が要るからだ。

 

 そして、悲しい記憶を思い出して泣く俳優と違って、悲しみの記憶を呼び起こしてねえ百城さんは、より"それっぽい"嬉し泣きができる。

 ほんの僅かな悲しみすら混ざってねえ、本物の嬉し泣きを演じられる。

 

「生き残ったのは私達だけかと……本当に良かった!」

 

 茜さんに歩み寄って、百城さんが茜さんの手を握る。

 高い表現力によって、観客までじんわりと伝わってくる"友達が生きていて嬉しい"っていう主人公カレンの心中。

 序盤からこういう演技がありゃ、観客は十分に映画の流れに乗れるんだよな。

 

 百城さんの演技を見てると、観客は感情が伝わってくる。

 景さんの演技を見てると、観客はその感情が自分のことのように感じられる。

 百城さんは表現で、景さんは言わば再現だからだ。

 最終的に実現に至るのは同じだが、景さんは自分の中の表現力を使いこなせてねえし、演技単体で見りゃまだ百城さんが格上か。

 

 涙を流す百城さんが、良演技で茜さんに話しかけ続ける。

 

「大丈夫!? ケガはない?」

 

 あ、つられた。

 あーやだやだ。

 茜さんの意識がつられちまったな。

 百城さんの演技に合わせようとして、思考がそっちに幾分か割かれて、緊張もあって茜さんの思考が一瞬悪い形で止まったのが見えた。

 茜さんの呼吸が、撮影の呼吸とズレる。

 

「うっ、うん。私達は大丈夫」

 

 ほら、どもった。

 何してんだよって気持ちと、茜さん頑張れって気持ちが同時に湧いて来る。

 "ここでこういう台詞を言ってこういう演技を見せて"みたいに考えてた茜さんが、0.1秒にも満たねえ思考の停止のせいでどもり、そのせいで頭の中真っ白になったのが見えた。

 それでも茜さんが台詞を忘れず続けられたのは、茜さんが脚本をしっかり読み込んでこの本番に臨んだからだろう。

 茜さんは努力を怠る人じゃねえからな。

 だけど。

 

「皆こそ―――」

 

 そこまでだな。

 

「私達も大丈夫! 皆で協力すればきっとこの島から生きて帰れるよ!」

 

 どもった茜さんをフォローする形で、百城さんが茜さんの台詞を遮り、振り返って背後の人物に呼びかける演出を加える形で、自分の台詞で今の一連の流れを完成品に仕上げた。

 

 百城さんが一気に畳み掛けたんで、どもったことは目立たなくなった。

 茜さんの台詞を遮って百城さんが台詞言ったんで、今の一瞬がかなりのハイテンポになって、どもったのが結果的に目立たなくなった形だな。

 

 百城さんはさり気なく足を動かし移動して、『百城さんの後頭部』と『茜さんの顔正面』を映していたカメラの中央に自分を据え、茜さんを自分の体で隠すような位置取りで、自分を映した。

 茜さんが隠れたことで、結果的にそのカメラには百城さんだけが映る。

 振り返って背後の仲間に呼びかけるような百城さんの動きは、そのカメラに最高の形で映されたことだろう。

 何せ百城さんだけ顔が全部映ってる形だ。

 視聴者は画面のどこ見りゃいいのか、ハッキリと分かる。良い画だってことだな。

 

 周囲にある4カメラがどこにあるのか、何を映してるのか、どこからどこまで映してるのか、その全てを理解してやがる。

 だからこそ、最高の画が撮れる。

 他人のNGを自分を映えさせる一要素に昇華させやがった。流石、百城千世子。

 

「うん、OK」

 

「カット! OKです! OK!」

 

 カメラが止まり、監督がお疲れ様と、周囲に声をかけ始める。

 

 15:20。撮影一日目、予定より三時間早く終了。

 

「ん、あれ?」

 

 俺の脳内に疑問が湧く。これで今日の撮影終了?

 

 ……はて。少し監督と話してみるか。

 こりゃなんか、ちょっとどうかと思う。

 いやそうする理由も分かるけどな。

 

 流石に裏方スタッフが全員スターズ側で、オーディション組の味方が一人も居ねえってのは、あんまりにもかわいそうだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、18:30。

 

「何の成果も掴めなかった……美術監督の権力弱え」

 

 監督と話して、梨の礫で、とりあえず仕事片付けて、また監督と話して、梨の礫。

 なーんもできずに戻って来ちまった。

 茜さんにとりあえず謝ろう。

 あークソ。

 期待されてんだろうなあ。

 朝風英二なら交渉してくれるはず、とかそんな風に。

 気が重ぇ。

 

 俳優さん達が寝泊まりしてるロッジに移動する。

 

「はぁ、あかん」

 

 お、茜さんの声。

 

「完全にやってもうた。

 台詞どもったんをOKされるなんて……

 ただでさえ私達オーディション組は見せ場少ないのに」

 

「いつまで言ってんだよ。

 気にし過ぎですよ、千世子……さんがフォローしてくれてたし、目立ってないって」

 

「スターズ……ナメてたわ。

 真咲ちゃんも見たやろ。アキラのシーン」

 

「……」

 

「私かてそれなりに現場慣れしてるつもりやったけど。

 撮影の規模と雰囲気に飲まれて、自然な芝居もできひんかった」

 

 あっちだな。声が聞こえる。

 

「一方、スターズ俳優はともかく撮影がスムーズすぎる。

 踏んできた場数の違いを思い知らされる……ただの美男美女ちゃう」

 

 茜さんと源さんの声も聞こえたな。会話中か。

 

「このままじゃ残りの撮影もスターズ組に飲まれて終わってまう。

 私達は元々期待されてへん。爪痕残さな、ほんまに引き立て役やで」

 

 茜さんもやっぱ、そういう空気は感じてたか。

 

「まだ初日だろ。ここからスよ俺達は」

 

 その意気だぜ源さん。

 あ、いたいた。

 手すりによっかかって海見てたのか、二人とも。

 

「こんばんわです、お二方」

 

「あ、英ちゃん」

 

「英二さんじゃないスか。お疲れ様っす」

 

 二人にまず、頭を下げた。

 

「すみません、監督に提言したんですが百城さんの判断の方を優先されてしまいました」

 

「え?」

「え?」

 

「え?」

 

 ん? なんか話が噛み合ってない感じがすんな。

 

「あの、今日の茜さんがどもってしまったあそこでのことなんですけど」

 

「……あ、あー、たはは、情けないとこ見せてもうたな、英ちゃんに」

 

「いえ、そういうこともあるかもしれないとは思ってました。

 緊張されてましたからね。どうかお気になさらないでください」

 

「でも英ちゃんは、千世子ちゃんは信頼してるやろ。

 私に対してしとるみたいな心配はしとらんし、不安も持っとらんかったはずや」

 

「そうですね。百城さんならそういうことはなかったでしょう。

 でも茜さんは茜さんで、百城さんではありませんし。子供みたいなことは言いませんよ」

 

「……」

 

「俺はいつも茜さんを応援してます。それは変わりません」

 

 茜さんが溜め息を吐いて、源さんが俺の頭を掴んで脇に抱えてきた。

 おい何さらす。

 

「そこは嘘でも何か、百城千世子より茜さんが上みたいに言えよ」

 

「俺そういう嘘はすぐバレる上に毎回ロクなことにならないんですよ、なんでか」

 

「ああもうっ」

 

 離してくれた。

 あのなぁ。

 才覚や能力に感嘆せずにはいられねえ俺が、薄っぺらなお世辞並べてどうすんだ。

 正直に、誠実に接して、その上で友情を理由に応援する。

 それ以外に何が出来るってんだ。

 

 俺はな、茜さんの演技が好きだってのも嘘じゃねえんだよ。

 それが嘘じゃなくて本当だって信じてもらえてるから、俺達はダチやれてんだ。

 

「ともかく、すみません。

 茜さんの今日の撮影、撮り直し頼んでたんですが駄目でした」

 

「えっ、英ちゃんそんなこと頼んでくれてたん? 嬉しいけど……」

 

「はい。茜さんと百城さんが喧嘩する可能性もあったらと思うと、それが怖くて」

 

「え?」

「え?」

 

「え?」

 

 何か噛み合ってねえな。

 

「だって、今日の撮影三時間早く終わってたじゃないですか。撮り直しの余裕絶対ありましたよ」

 

「―――あ」

 

 あれ、気付いてなかったのか。

 そこまで緊張してたのか?

 余計なこと考えてる余裕がなかったのか?

 ……オーディション組の感情部分をかなり読み違えてたみてえだな、俺。

 

「撮影はテスト、本番、NG出たら撮り直しの三段階です。

 NG込みで撮影スケジュールは組まれています。

 NG一回くらい出しても撮影時間的には問題ないんですよ。

 現に、今日は茜さんのNGで撮り直ししなかった分、三時間早く終わったわけですから」

 

「ああ、そや、確かに!」

 

「明日からはちゃんと認識しておいてください。

 今日は緊張で失念してたかもしれませんが……

 茜さんも監督に撮り直し要望するのもいいと思います。

 今日みたいに、百城さんの名演でOKが出されてさらっと流されるかもですから」

 

 結構重症だな。

 そこに疑問を持てねえのはちと危険だ。

 茜さんがどもったのに、それをNGにされず、撮り直しもなく、OKされたこと。

 撮影が予定より三時間早く終わったこと。

 そこは無関係じゃねえんだよ。

 

 おかげで茜さんのどもったシーンが全国の劇場で流れることは現状ほぼ確実だ。

 百城さんの名演はおかげで引き立ったが、見るやつが見りゃ茜さんのミスはひと目で分かる……だから、俺は監督に撮り直し頼みに行ったんだよ。

 駄目だったけどな。

 クソ。

 

「千世子の奴、そうなるって分かってて、撮り直し言い出さないでスルーしてたのか……!?」

 

 源さんが、怒りを露わにした。

 

「源さん。最終的にOKを出すのは監督です。百城さんではありません」

 

「っ」

 

「茜さんがミスをしようと、しまいと。

 百城さんがそのフォローをしようと、しまいと。

 最終的にその瞬間を映画に使うかの判断は、監督がします。

 茜さんに芝居やり直しの機会を与えるかの権利も。

 百城さんのフォローの結果出来た予定外の映像をOKにするかの権利も。

 監督にしかないんです。

 そして、OKにしてしまうか、NGにしてしまうか、手塚監督は選択しました」

 

「……」

 

 茜さんに挽回のチャンスを与えるんじゃなく、茜さんのミスを百城さんがカバーした流れを、映画本編に使うと、そう選択した。

 

「その理由は……」

 

「オーディション組をスターズの引き立て役にするためでしょ。分かってんスよ、そんなこと!」

 

 怒るエネルギーがあんなら、芝居に噴出させとけ。

 この逆境を正しく認識して、あがけ。

 そうでもしなきゃきっと、この状況で、あのスターズを相手にして、敵うわけがねえぞ。

 

「ただ、百城さんはより良い映像を求める人です。

 かつ私情で動かず、広い視点を持ってる人でもあります。他に理由もありそうですね」

 

 なんだかんだ負けず嫌いで。

 自分一人が撮影を支えてるって自負があって、気負ってて。

 それが空回りせず、良い映像に直結させられる技能がある。

 百城さんは、一番多くのプレッシャーを背負い、一番多くのものを見て、一番多くのことを考えてる人だ。

 

「他に理由があるってのかよ。英二さんから見ると、別のものが見えてるんスか?」

 

「いくつか理由は考えられますね。

 百城さんの撮影を巻く*1癖とか。

 オーディション組を引き立て役にするのは企画レベルでの意向なので……

 百城さんは監督やPが予定通りに作品を作る助けをした、とも考えられます。

 フォローしたのは確実に"撮影仲間を助けよう"って意識があったと思いますよ。

 百城さんが自分の損得抜きで共演者を助けるのは、いつものことですしね。

 何より、監督がOK出すかNG出すかのラインを見極めつつ、周りに周知させたかったのかと」

 

「はぁ……色々考えてるんですね」

 

「『この撮影はこういうのも監督がOK出しちゃうよ』

 って周りに伝えようとしたものの、伝わってなかった可能性があります。

 オーディション組の緊張の度合いは百城さんもまだ測ってる最中なのかもです」

 

 色々考えてると思うんだよな。

 "オーディション組をスターズ組の引き立て役にして撮影する"ってのは、スポンサーやプロデューサーの要望を聞いた監督の意向で、百城さんはその意向を綺麗に拾ってたと思うし。

 実際、茜さんのミスのせいで、その直後の百城さんの名演が目立ったのも確かだ。

 

「英ちゃん、千世子ちゃんのこと深いところまでよく分かっとるんやな」

 

「一緒の仕事をこなした数が多いと互いのことが大体分かってきますからね」

 

「ふーん」

 

「おかげであっちも俺のこと分かってくれてて助かります」

 

「私は売れんかったからな。

 英ちゃんとも付き合い長いだけで現場一緒だったのも数えられるくらいや。

 今一番売れとる女優の方が、そら英ちゃんの理解度は高くなるんかもな……」

 

「何言ってるんですか。

 茜さんはここから売れるんですよ。

 ここから大女優になるんでしょう? 俺はいつも信じて見守ってますからね」

 

「うっ、ちっさい頃の話を引き合いに出すのは卑怯やん……」

 

 へこたれてんじゃねー。

 頑張れ、気張れ、マイフレンド。

 百城さんほど仕事が来てねえ自分に劣等感覚えてしょげたりしても、変に落ち込む必要とかねえんだって。

 そうなっても、俺は必ずあんたを励ましに行くぞ。

 

「千世子の巻く癖か。俺はその辺りがデカそうな気がするんスよね、なんとなくですけど」

 

「俺が予想してる理由全てが複合してるって可能性もあります。曖昧に見定めましょう」

 

「私が単純に千世子ちゃんに気に入られとらんとかもあるかもやしなあ」

 

 茜さんの性格で嫌われるってあんまねえ気がする。

 アキラ君とか茜さんとか、昔から付き合いがある人は皆性格良いと俺は思ってるしな。

 ……あれ? これ俺が無意識に贔屓してたりすんのか?

 

「茜さん」

 

「なんや真咲ちゃん」

 

「英二さんの言ってる"理由"は九割がた間違ってない気がします。

 なんとなく、そう思うだけですけど。

 ただ、それだけじゃねえ気がします。

 俺が百城千世子を見た限りでは、そう思わざるを得ないんですよ」

 

「なんや、はっきり言い」

 

「『茜さん』で、『百城さん』だったじゃないですか」

 

「ん? 何言……あ、あー、あー……なるほど、せやんな」

 

「お、源さん視点の見解ですか。聞かせてください。

 こういうのが多人数チームの醍醐味ですよね、違う視点の合議というか」

 

「……えー」

 

「俺は何も言えねっす。フェアじゃねえんで」

 

「あれ?」

 

「千世子ちゃんにちょっと負けた気がしてたんやけど……

 なんかしょーもないことで負け犬感薄れたわ。もうちょい頑張れそう」

 

「オフィス華野専用の暗号でもあるんですか?」

 

 同じ事務所の二人だけで分かり合ってる感じになられるとちょっと困る。

 ったく、妬けるぜ。

 だが、茜さんの業界での味方ってちゃんといるんだって思えて、少し嬉しくも思えるんだよな。

 友人が一人だと心配になって、友人に友人がいるとほんわかして安心するもんだ。

 

「あ」

 

 お。何か気付いた顔したな、茜さん。

 

「英ちゃん、今日のお仕事終わったんやな」

 

「はい。とりあえず東京に送る服も完成しました。

 明日の撮影の準備も完了し、島のミニチュアの作成に入ってます。

 今日は結構夜更かしするつもりだったんですが、早く眠れそうです」

 

「ああ、なんかこれが一番の理由な気がするわ」

 

「どれですか? どの理由だと思ったんですか? 流石茜さん、俺が気付かないことにも……」

 

「これ言うのは、なんか悔しいから言わん」

 

「あれっ?」

 

「……あー、俺も前言撤回。

 千世子さんがああした理由の一番が癖でそうやったのかもって発言、撤回します」

 

「真咲ちゃんも分かるかー。いや本当あれ何考えてんのか分からん子やな」

 

「英二さんが一見常識人に見えてとんでもない人だからじゃないんスかね」

 

「ああ、千世子ちゃんも普通の人と同じ感覚で制御すんのが無理になっとんやな……」

 

「二人ともわざと俺に分からないように話してません?」

 

「まさかまさか」

「そんなそんな」

 

 分からねえように話してんだろ! 海に沈めんぞコラ!

 

「英二さんが悪いってわけじゃないんですけどね……

 俺も第三者だから分かってるみたいなとこありますし。

 ただなんつーか。

 英二さん頑張ってというか、夜凪と千世子さんの扱い頑張ってというか」

 

「ああ、そこは大丈夫です。何も心配要りませんよ。俺に任せてください」

 

「そこで根拠なく迷いなく断言できる英二さん本当羨ましいっす」

 

 根拠はあるぞ。

 俺がその人を大切に想ってる。

 その人が俺を大切に想ってくれてる。

 これで上手くいかねえわけがねえだろ?

 

「うち、百城千世子のことあんま嫌いや無いんやな。今なんか、ふと思った」

 

「ですよね! いい人なんですよ百城さん。

 優しいですし、可愛らしいところもありますし。

 芝居や仕事抜きでの百城さんの良さももっと周知されてほしいところです」

 

「私はどうなん?」

 

「そりゃもうめっちゃ大好―――」

 

「ああ、言わんでええ、言わんでええて。前に一生分言われたからもうええわ」

 

「えー……」

 

 ちぇっ。

 

「大変スね、英二さんも」

 

「あんま俺をからかうようだと、源さんの制服もバージョンアップしてあげませんよ」

 

「え」

 

「皆さんの服作ったのも、それを手入れするのも俺なんですから」

 

「そうなの!?」

 

「衣装担当扱いで女性の方と男性の方を配置してもらってますけどね。

 肩書き上はそうでもありませんけど、事実上衣装・美術・造型は全部俺の傘下です」

 

「ああ、なんで衣装合わせの時にいたのかと思ったら……色々やってンすね。すっげ」

 

「色々やってると、他に活かせるんですよ。

 服作りはスーツ作りに活かせます。

 怪獣の体の硬いトゲを作る技術で、ミニチュアの街を作ったこともあります。

 美術で撮影セットを作った時に弄った布で、服を作ったこともあります。

 技術とは多分野を混ぜると壁の突破(ブレイクスルー)が生まれやすいんですよ。

 俳優を支えるなら、全力であれ、真摯であれ、多様であれ、ってことですね」

 

 ちょっと親父の受け売りだけどな、これ。

 

「今日、あんたが斜面に登り始めた時、スターズが誰も何も言ってなかった理由が分かった」

 

「?」

 

「英二さん、信頼されてんスね」

 

「……そうですね。そこは本当に、ありがたいことです」

 

 俺は監督や俳優に信頼されてねえと、俺が撮影に関われやしねえからな。

 若造が、と俺を侮る人がいる。

 若すぎる、と俺に仕事を絶対に振らねえ人もいる。

 俺が撮影に関われんのは、監督とか俳優とかが俺を信じ、俺の腕を求め、俺が作る何かを望んだ時だけだ。

 

 スターズの若手俳優達は、皆俺を信頼してくれてる。

 嬉しいよな。

 最高だよな。

 歳が近いってのもあるが、誰も俺を見下してねえ。誰も俺の仕事を疑わねえ。

 それでいて、転がり落ちた俺を受け止めてくれたりと、俺をちゃんと助けてくれる。

 

 そういう人達こそを、俺は輝かせてやりてえと思うんだ。

 

「俺は物を作ります。

 物を作ることしかできません。

 だから、絶対に必要なもの、なくてはならないものが二つあります」

 

 その二つがなけりゃ、俺は絶対的に無価値だ。

 

「俺が作ったものを見て喜んでくれる人。

 そして、俺が作ったものを使って、輝いてくれる人です。茜さんや、源さんのように」

 

 茜さんがにっこり笑う。

 源さんが気恥ずかしそうにして、頬を掻く。

 何でも作るさ。

 服も。

 舞台も。

 小道具も。

 報酬は、輝いてる茜さんや源さんの姿でいい。

 

「さあ、パワーアップイベントといきましょう。

 今日一日で24人分の動きを見せていただきました。

 身長、体重、筋肉、骨格、技能。

 現段階での24人全員のデータは把握できました。

 撮影衣装を皆さんが脱いだ今夜の内に、明日から皆さんが着るこの衣装を強化します」

 

「出た出た、英ちゃんの長期撮影特有のアレ。待っとったよ」

 

「おいおい、マジかよ」

 

「明日までに源さんのその服で出せる50m走の記録、1秒は縮められるでしょうね」

 

 どういう改良するかは、明日朝改めて説明すりゃいいか。

 

 とりあえず撮影疲れたろ。俳優さん達、ゆっくりお休み。

 

「カメラが動く時間の外側は、俺の時間です。皆さんの良さ、引き出してみせますよ」

 

 飯は食った。

 

 さーて、24人分の服アップデートして、俺もさっさと寝るか!

 

「茜さんの撮影衣装ここに畳んであるやつですよね。じゃ、持っていきます」

 

「あ、ちょ、ちょい待ち! 今うちが脱いだ撮影衣装、下着が間に……!」

 

「え、あ、う、す、すみません。一回ここ離れます」

 

「うーわド変態! 何を持ってこうとしてんだよ! 朝風エロ児!」

 

「源さん!」

 

 うるせえな!

 

 

 

*1撮影を予定より早く終わらせることだが、撮影日程は基本極端にクオリティが下がらない限り、早く終わらせるほうが理想的。それは不測の事態に対応する余裕になり、映画全体のクオリティアップに使える最後の時間にもなる。




 デスアイランド撮影期間30日
 初日撮影スケジュール、終了

 予定より三時間早く撮影が終わったのでデスアイランドの仕事をしなくていい余裕が三時間分出来て、スケジュール調整のための服作りとかを終わらせてなお休めた造形屋がいるらしいですよ
 凄まじい技能で撮影を巻き気味に終わらせて、それを振る舞いと言動で完璧に隠し通す演技の達人がいるらしいですよ

・NG相当のミスをOKされたので茜さんがどもったのが全国劇場に流れること確定
・千世子にフォローされてるところまで映ってる
・どもった直後、千世子が立ち位置調整したせいで茜さんの顔が映らなくなる
・三時間分取り直す時間の余裕があったはずなのに、どもったのOKされたまま撮影終了
・結果的にあったはずの茜さんの台詞とカメラアップが大幅カット

 そりゃ原作で夜になっても茜さん気にしますよアレ
 これで翌日に引きずらないのかなりのタフさだと思います


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