ノット・アクターズ   作:ルシエド
<< 前の話 次の話 >>

49 / 72
原作でカメラの性能とレンズのサイズを全部把握してるとわざわざ言及される百城千世子


特撮で言えば強化イベント(なお登場人物全員が強化されるため相対的に見た場合に他の人より強化された者は一人もいない模様)

 あれ。

 夜間散歩してたら面白いもん見つけたな。

 烏山さんと景さんだ。

 浜辺で烏山さんがスマホのカメラで景さんを動画撮影してやがる。

 何やってんだあれ。

 撮影初日の夜くらいぐっすり寝ときゃいいのに。

 

「どうかしましたか、お二方」

 

「あ、英二くんだわ」

 

「どうも、朝風先生。夜凪の特訓に付き合ってるところです」

 

「その先生というのはあまり……まだ俺には相応の実力が無いですし」

 

「はっはっは、ご謙遜を!」

 

「いい声してますよね烏山さん。近くにいると耳が少しキーンとします」

 

「ありがとうございます!」

 

 いい声量してやがる。

 耳が痛え。

 しかし特訓か。何やってんだ?

 

「そうだ英二君、目を携帯のカメラに入れる方法って何かある?」

 

「切り刻むか乾燥させるかですね。

 特に眼球はその20%がジェル状の液体なので、そこの水分が真っ先に飛んで……」

 

「えっ……あ、ううん、眼球をカメラに入れる方法じゃなくて」

 

「視点の話ですか?」

 

「そう、それ。

 黒山さんが千世子ちゃんのことを、

 『自分の目玉を捨てて自分を俯瞰する無数の目玉を選んだ』

 って言ってたの。それって、カメラのことなんじゃないかなって」

 

 ……ほぅ。

 やるな、初日で気付いたか。

 あれ百城さんみてえな撮影現場俯瞰タイプでも気付くのに時間がいるもんなんだが。

 全く別タイプの人間が頭の中で処理してるだけのテクニックを、観察だけで気付くとは、景さんには見る目や理解力の才能もあんのかもしれん。

 大半の人間は、百城さんの俯瞰能力を認識すらしてねえからな。

 

「なるほど、分かりました。

 だから烏山さんにスマホのカメラで撮ってもらっていたんですね。

 スマホのカメラの視点を得るために。

 自分の目をカメラに付ける感覚を得るために。

 カメラが映す範囲に綺麗に自分を映す技術を習得するために。

 百城さんの脳内技術を見て盗み、身に付けようとしていた……そういうことでしょうか」

 

「私はこれが良いと思ったんだけど……

 自分をカメラの中に入れることができても、少しズレが出てしまうの」

 

「俺も良いと思います。この方針は間違ってないと思いますよ」

 

 たまげたな。

 もう『メソッド演技とカメラ視点認識の両立』は問題ねえのか。

 

 メソッド演技とか、感情移入が激しすぎる演技法の弱点は、熱中しすぎちまうことだ。

 他俳優に蹴り入れてた景さんとか、まさにそうだな。

 熱中しすぎたせいでカメラの撮影範囲からついフレームアウトしちまう、とかのNGだってあるのが困りもんだ。

 

 だからこそ、役になりきる俳優には、自分を客観視して制御する技能が要る。

 景さんはもう、メソッド演技で役になりきる自分と、そんな自分にカメラの撮影範囲を認識させる客観視の自分を両立できてるってことだ。

 もはや、『二重人格の自分』を使いこなせてると言っても過言じゃねえだろう。

 

 百城さんだな。

 あの人の影響が、あの人から盗んだ技術が、景さんにガッツリはまった。

 百城さんが素晴らしい教師になってて、景さんがしっかり成長してて、俺も鼻が高え。

 

 黒山さんは『幽体離脱した幽霊のように上から見下ろす視点』を提示した。

 百城さんは『カメラ等、周囲から自分を見る無数の視点』を使っていた。

 景さんは後者を選び、身に着けようとしてる。

 自分に何が必要なのか、目の前に並べられたものの中から何を選んで自分に付けるべきか、それを本能的に分かってる証拠だ。

 たまんねえな、本物の天才ってやつは。

 

 この技術が、完全に習得できれば。

 景さんは自然に飛び回り走り回ってるのにカメラの撮影範囲から自然に出ていかない……なんていう、矛盾したようなとんでもねえ演技も可能になる。

 百城さんから盗んだ技術で、それが出来る。

 そいつは、『極めて自然な演技』を"理性的に使いこなす"っていう最強コンボの第一歩だ。

 

「どうしても私だとほんの少しズレてしまうの。

 私の目玉が、どうしてもカメラレンズの中に綺麗に入らないの。

 千世子ちゃんはどうして、あんなにも沢山の視点からズレなくものを見れるのかしら」

 

「ああ、それなら俺分かりますよ。百城さんと一緒に仕事するのもそこそこ長いですから」

 

「えっ、そうなの? 英二君、教えてくれる?」

 

「烏山さん、景さんを撮っていたそのカメラを貸してもらえますか?」

 

「どうぞ、朝風先生!」

 

 カメラの前でぴーすぴーすしてる景さんの録画映像を確認する。

 しかし綺麗な服着てなくても、普通のシャツ着てても、景さんは素材が良いから普通に美人に見えるな。

 今は残念美人臭が強いが。

 

「……朝風先生、ひょっとして夜凪のシャツを選んだのは朝風先生ですか」

 

「いえ、違いますよ。

 何故そう思ったんですか、烏山さん」

 

「夜凪が『アサガヤ』とだけ書いてあるシャツを着ていて。

 朝風先生が『753』とだけ書いてあるシャツを着ているからなんですが」

 

 753Tシャツは着てるとリラックスできるし塗料で汚しても罪悪感ねえんだぜ。

 

「俺はそもそも自分が着るシャツにあんまりこだわらないというか……

 気楽なのがいい、シンプルなのがいい、ってタイプなので。

 753Tシャツは結構お気に入りです。

 趣味物なので2500円くらいはしますけどね。

 あとはそうですね、もしかしたらシャツの趣味が景さんに近いのかもしれません」

 

「ほら烏山くん。

 私が知る限り最もハイセンスな英二君に近いんだから、私のシャツもきっとハイセンスなのよ」

 

「えっ……いやその……それはどうだろうか……

 いや夜凪のシャツがハイセンスだとは断じて認められん」

 

 よし、映像チェック完了。

 

「景さんはどういうイメージで撮影範囲を認識していらっしゃいますか?」

 

「イメージ……?」

 

「距離感というのは重要です。

 たとえば一般人に『5mを視界の中で区切って』と言ったとします。

 でもこれができる人はほとんどいません。

 普通の人は、視界内の全てをm単位で正確に脳内で区切る、ということができないんです。

 だからこそプロは、目で見たものを頭の中で処理する時、専用の定規を使います」

 

「定規?」

 

「それは人によって違います。

 『目に焼き付いてる1辺1mの立方体』であったり。

 『頭の中で長さを測る紐』であったり。

 『感覚的に理解している空間の体積』だったりします。そうですね、このスマホだと……」

 

 烏山さんのスマホを調べつつ、瞬時に計算。

 

「イメージセンサがAPS-Cで3.2%*1

 撮影時は横向きに使ってたので……

 イメージセンサ水平が4mm。

 イメージセンサ垂直が3mm。

 カメラ内の焦点距離が3.99mm。

 今してた撮影だとカメラ(烏山)被写体(夜凪)間の距離が5m。

 この距離でカメラが捉える範囲は……

 水平方向5m1cm2.53mm。

 垂直方向3m75cm9.4mm。

 対角線6m26cm5.66mm、ですね。これが俺や百城さんに見えてる世界です」

 

「全然わからないわ」

 

「すみません、ここから説明入れます」

 

 木の棒を拾って、地面にカメラが捉える範囲を描く。

 

「夜凪、これは大変な人を頼ってしまった感じじゃないか?」

 

「覚悟の上よ」

 

「しかし、朝風先生は夜凪寄りの人だと思ってたら、もしかしたら百城寄りなのか」

 

「うん、そうなのかも」

 

 どういう解釈だ。

 まあいいけど。

 

「はい、書きました。この砂浜に書かれた線の範囲が、カメラが捉えている範囲です」

 

「意外と狭いのね」

 

「ですね。

 このスマホのカメラだと、デフォルトで水平63°、垂直50°。

 ズームだとカメラ被写体間距離がそのままスライドしていく感じです。

 人間の目の視界が上側60°、下側70°、左右合計120°です。

 カメラは人の目に近いですが、上側が-10°、下側が-20、左右合計値で-20°ですね。

 広角カメラ等でない通常のカメラは、人間の目より少し見える範囲が少ないんです」

 

「あ」

 

「おわかりになられましたか。

 そうです、それが景さんがおっしゃられていた、『ほんの少しのズレ』の正体です」

 

 おっそろしい話だ。

 この人、自分の目玉がカメラレンズの中に入りきってなかっただけで、自分の目玉を別の場所に貼っつけて正確に見るって部分だけは、極めて正確にやってやがった。

 だからこそ、指導が難しい。

 黒さんがとにかく現場で経験積ませようとするわけだ。

 どこで躓いてんのか分かり辛えこの美人さんは、本人が自分で勝手に壁を乗り越えて来るのを待つのが一番楽な気がしないでもねえ。

 

「百城さんにズレがないのは、あの人が理性の人だからです。

 カメラ性能とレンズのサイズを把握してるあの人は、全てを計算しています。

 本来、カメラの撮影範囲というのはあやふやです。

 俳優がしっかり意識していてもm単位のズレが出ることがあります。

 多少であってもカメラを意識できる俳優さん達は、その時点で有能なんですよ。

 でも、カメラの性能を把握しておけば、今の俺のように精密な撮影範囲計算ができるんです」

 

「……すごいわ、千世子ちゃん」

 

「だからこそ、百城さんは動き回っても常にカメラの中心にいるんです。

 リアルタイムで全てのカメラの撮影範囲を把握する。

 それを彼女は、徹底した下調べと計算によって成立させています」

 

「私には、できそうにないわ。どうしよう」

 

「そうですね……手っ取り早いのは、動かない撮影です」

 

「動かない撮影?」

 

「動く俳優を、動くカメラが撮る。

 そういうシーンでカメラの撮影範囲を精密に把握するのは困難です。

 どっちも動いてますからね。

 でもカメラと俳優が動かないシーンなら、方法はあります。

 カメラマンさんに頼んで、撮影前にカメラをじっくり使わせてもらえばいいんです。

 カメラの視点で見えるものを、撮影前に頭の中に叩き込んでおけばいいんですよ」

 

「あ、なるほど」

 

「これなら、カメラが映す範囲を見間違えることはありません。

 それと、そうですね。

 こうしてカメラの映す範囲を理解できたなら……

 それを景さんなりに昇華して、動きながらの撮影もできれば最高だと思います」

 

「カメラの撮影範囲は見れば覚えられるかもしれないけど、その次は難問だわ……」

 

 カメラの撮影範囲は一回見りゃ覚えられる自信があるか。

 とんでもねえなこいつ。

 

「ウィアーズ・ラボ*2だと、アンカーポイントというのを使ってましたね」

 

「ああ、俺もアンカーポイントは使ってますよ、朝風先生」

 

「本当ですか? では烏山さん、景さんに教えてあげてください。

 お願いします。裏方の俺が教えるよりも、烏山さんが教えた方がいいでしょうから」

 

「お願い、武光君」

 

「ふむ。俺のはやや我流だが、まあいいか」

 

 役者なら、技能は役者から盗むもんだ。

 

「夜凪、サイコロの中にいる自分を想像してみろ」

 

「うん」

 

「サイコロの頂点はいくつある?」

 

「八つあるわ」

 

「その頂点がアンカーポイントだ。

 お前は今、その八つの点に囲まれた中心にいる。

 目を開けてても、イメージのサイコロがうっすら見えるか?」

 

「うん、分かるわ。ちゃんとイメージのサイコロも見える」

 

 やっぱ実経験者の説明は分かりやすいな。いいぞ烏山。

 

「こうして空間に点を打つことを、アンカーポイントと言う。

 目に見える景色に、頭の中で点を打つんだ。

 これで大まかなカメラの撮影範囲が分かる。

 舞台の上では立ち回りにもかなり役に立つぞ。

 何せアンカーポイントは床にも打てるからな。

 点を打って、点と点を線で結んで、空間で把握する。

 演出でライトをほとんど付けてない時、これができると舞台から落ちずに済むこともある」

 

「アンカーポイント、アンカーポイント。覚えたわ」

 

「まあ暗い舞台だと蓄光テープ使うから誰も落ちないんだがな、最近の舞台は」

 

「えっ」

 

 まー便利な道具使った方がいいよな、基本は。

 

「アンカーポイントは、舞台の上では活動範囲の調整においても多様だ。

 例えば、三人の舞台俳優がいるとする。

 主役一人に舞台上の真ん中八割を駆け回らせる。

 脇役二人に、左右を一割ずつ割り当てる。

 割り当てた範囲が広い一人が主役だと、観客は一人で理解するんだ。

 この空間の計算にも、アンカーポイントは使える。

 空間に点を打ち、点と点を線で結ぶ……合わない人もいるが、有用な技術だと思うぞ」

 

「あ。そうだわ。カメラの撮影範囲を、点と線で視界の中に作れば……」

 

 お、よし。景さんが感覚的に"自分に使える何か"を身に着けたな。

 

「そうです、そのとおりです、景さん。

 ありがとうございます、烏山さん。景さんは何か掴めたみたいです」

 

「いえ、朝風先生の頼みですから。

 それに俺も、こいつの演技がどこに行くのか、どこまで行けるのか、見てみたいんです」

 

「視界の中に、赤い線と赤い点を付けて……うん、私、なんだかいけそう」

 

「いけそうみたいですね、景さん。

 視点を増やして俯瞰する技術、その実用が。

 烏山さんの手元のスマホが僅かに動けば、それに合わせてアンカーポイントを動かす。

 カメラはズームもするので、それも把握してアンカーポイントを動かす。

 こうすれば、カメラの撮影範囲を常に意識できます。あとは、景さんの才覚次第ですね」

 

「二人とも、ありがとう」

 

「夜凪、アンカーポイントはあくまで思考の補助だ。

 こいつだけでカメラの映す範囲を精密に理解できるわけがないが……

 明日の撮影、俺も脇で見ることにする。お前の演技を楽しみにしてるぞ」

 

「うん、頑張る」

 

 視界の中に点を打つ、線を引く。

 烏山さんからしても、秘蔵の技術でもなんでもねえ、そのレベルの技術なんだろう。

 基本をおろそかにせず、細かなミスを防ぎ、自分を次のステップに進ませるための意識の持ちようを、俳優に根付かせるための技術。

 

 つまり、"凄腕の初心者"である景さんに、"凄腕の名女優"である百城さんの技術を固着させる繋ぎの技術になるってわけだ。

 きっとこいつは、基本レベルだからこそ役に立つ。

 

「英二くんはこれが全部数字の計算でできてしまうなんて、本当にすごいわ」

 

 景さんが言う。

 思わず笑った。

 笑っちまった。

 

「なら俺にできないことができるあなたは、俺よりももっと凄いんですよ」

 

 明日の撮影楽しみにしてるのは、烏山さんだけじゃねえんだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 撮影二日目、開始。

 

 千世子ちゃんはまだ遠く。

 茜ちゃんとも仲直りできてない。

 撮影スケジュールもまだ1/30しか消化してないけれど、まだ俯瞰視点というものを使いこなせてるかも分かってない私が、残りの29/30で何ができるのか。

 少し、不安になる、

 でもそれ以上に、ワクワクもする。

 初めての長期撮影は、なんだか楽しくて、私の知らないことでいっぱいだ。

 

 靴を脱いで部屋に上がって、服を着替えて、部屋を出る時に靴を履き替える。

 ふと、今の私は私用の靴も撮影用の靴も、英二君製だということに気付いた。

 

―――随分ボロボロですね、その靴。姉弟三人分お揃いの靴、作ってきますよ

 

 使うお金で削れるところを削っていくと、どうしても靴は買い換えないことが多かった。

 それが、英二くんの目に留まったらしい。

 というか、我慢ならなかったらしい。

 あっという間に、私とルイとレイの靴が用意されていた。

 なんだかかっこいいやつ。

 私達三人で色違いだったけど、お揃いなことは造型を見てるとよく分かる、そんなかっこいいスニーカーだった。

 

 いつ私達の足のサイズを知ったんだろう、と疑問に思って、聞いてみたら。

 

―――まあ、ボウリングの時に他人をよく見ておくと、靴のプレゼントはしやすいですから

 

 マメな人だ。

 そう思った。

 私だけじゃなく、ルイとレイの靴のサイズも見ていて、三人お揃いのを贈ってくれたあたりに、特にそう思う。

 きっと好きな人が出来たら、素敵な物を毎日のように作って、贈る人なんだと思う。

 英二くんに好きな人が、できたら。

 

 あんまり余計なことは考えないようにしておこう。

 

 こう、あれだ。

 映画とかでよくあるやつ。

 女主人公に女友達がいて、女友達に彼氏が出来て、疎遠になって寂しくなるやつ。

 ああいう気持ちが私を襲うかもしれないのはちょっと怖い。

 でもそういうこと考えてもしょうがないから、忘れておこう、今は。

 

 英二くんの作った靴は、私用のやつと撮影用のやつで、少し履き心地が違う。

 軽さとか、履き心地とか。

 英二くん曰く、いい靴というのは、何十年も使える長保ちする靴とか、どんな場所でも転びにくい靴とか、軽くて動きやすい靴とか、色々あるとかなんとか。

 

 私達三人が英二くんに貰った靴は、靴ずれしにくくて、釘とかを踏んでも怪我しないようになってて、それでいて軽いものだって言ってたわ。

 靴に防刃素材とか仕込んであるとかなんとか。

 ……。

 確証があるわけじゃないけど。

 感覚的に、英二くんが作った撮影用のものより、英二くんに貰った靴の方が高価な気がする。

 

―――いいですか。怪我しにくい靴、転びにくい靴ってのはあるんです

 

 英二くんが初日夜に手を入れたらしい私の撮影用の靴は、随分動きやすくなっていた。

 英二くん曰く、強度をそのままに軽量化する手入れをしたらしい。

 軽い軽い。

 改良前の靴を一日履いてたから、どのくらい軽くなったのか歩くだけですぐ分かる。

 あ。

 真咲君と英二くんが話してるわ。

 

「ま、マジで動きやすくなってる……」

 

「どうですか源さん、結構改良になったと思いますが」

 

「え、これどうなってんですか?」

 

「関節部分に手を入れました。

 源さんが少し動きにくそうだと思いましたので。

 ジーンズとか、硬い素材の服は裁断段階から関節を計算して作ってるんですよ。

 なので一回バラして、関節に一仕事入れてアイロンを入れて調整しました」

 

「アイロン?」

 

「アイロンは一般家庭レベルではシワを伸ばして消すためのものです。

 ですが、生地を伸長させて立体的に布を組み立てられるものでもあるんですよ。

 オーダーメイドの服だと、こうして個々人の関節の形に最適化するんです。

 でなければスポーツ選手の太い腕などに対応できませんからね。

 源さんの撮影衣装で手を入れたのは主に肘と膝の関節です。なので走る時の動きが……」

 

「ああ、分かる。動きやすいっすわこれ。

 服自体が元々軽かったから、これなら確かにかなり速く走れるかも」

 

 私の靴も調整されて軽くなってたけど、他の人も改良されてたみたい。

 

「英ちゃん、スカートいい感じになってたで。あんがとさん」

 

「スカートの重し(ウェイト)を調整したので、激しく動いてもめくれませんよ」

 

「たはは、そこ気にしとったの見抜かれてたんやなあ」

 

「そう思ってるかもな、と思っただけです。

 なんかもう……もう! って感じですよね、デスアイランドの女子制服。

 百城さんのスカートと茜さんのスカート、丈が倍くらい違いますよ。

 原作は漫画ですから気にしなくていいんでしょうけど、原作再現するともう……」

 

「おつかれさん。ありがとね、英ちゃん」

 

「この映画の方針を考えると、パンツが見えるってのは良くないですから。

 スカートの内側は全員見えないようになってます。

 皆さんの筋量と運動能力、関節の曲がる角度は見て読み取りましたので。

 スカートを手で持ってたくし上げるとかしない限りは、中身は見えないはずです」

 

 オーディション組はほとんど戸惑ってて、スターズ組は慣れた様子で喜んでるように見える。

 茜ちゃんも、慣れた様子で喜んでたわ。

 やっぱり、とっても仲良いのかな。

 

「着心地また良くなったんじゃない? 町田さん大満足よ」

 

「服を着て動きやすいかは、

 『生地がどれだけ柔軟に伸び縮みするか』

 『生地にどれだけ余裕が想定されてるか』

 『縫い付けやアイロンかけなどの仕事がどれだけ入ってるか』

 等々の要素によって決定されますからね。結構動きやすく作ったつもりですよ」

 

「良いね良いね。私この服の内側の肌触り、めっちゃ好きよ」

 

「ただほら、町田さんはそういうのないですけど、雨降りシーンとかあるじゃないですか」

 

「……あー」

 

「服を軽くする。

 服の裏地、あるいは生地の裏側の肌触りを気にする。

 よく伸び縮みする素材にする。

 そういうのにすると、痛みやすくなったり、その、濡れ透けしやすくなったり……」

 

「うんうん、その女の子への気遣いはグッドよ」

 

「夏場の南の島だから熱いんですよねここ。

 だから通気性良くしないと皆さんヤバいくらい汗かくんですが……

 薄手の生地にするとやっぱ汗や雨の演出で透けるので……男性の方が本当楽でした」

 

 ふと遠くを見ると、色んな人と話してる英二くんの横顔を、お気に入りの玩具を見るような目で見ている千世子ちゃんがいた。

 見てるだけで楽しいんだろうか。

 私もベンチに腰を降ろして、英二くんを見る。

 色んな人と話してる英二くんを見る。

 ……これはこれで、楽しいかもしれない。

 

「おーい英二、動きやすくなってるのはいいけど、襟どうなってんだこれ」

 

「堂上さん。気に入りませんでしたか?」

 

「いや、めっちゃよくなってるわ」

 

「襟の中の芯を変えたんです。

 現在日本の衣服は、使用芯地の90%が接着芯地だと言われています*3

 ただこの服は非接着芯地にしておいたんです*4

 芯地をよりフィットするものに変えて縫製したので、首周りの感触が改良されたんですね」

 

「着心地だけか?」

 

「いえ。堂上さんが演じるキャラは、堂上さんの性格に近いです。

 自由奔放、ともすればだらしがない。

 気楽で肩の力が抜けていて、常にごく自然体。

 24人の中でも、ネクタイを付けず制服の胸元を開いているのはなかなか印象に残ります」

 

「だな」

 

「だから柔らかく、奔放な印象を受ける襟にしました。気に入らなければ、いつでも戻せます」

 

「いや、気に入った」

 

 英二くんもプロだけど、皆プロなんだわ。

 英二くんの意図を聞いて、互いの認識をすり合わせてる。

 こうして意見をすり合わせてると、英二くんが細かな調整をしてくれて、皆も英二くんの意図を演技に反映したりできるのね。

 

「和歌月さん、どうですか?

 俺なりに改良してみたんですが。

 和歌月さんのキャラは制服の上にジャージを着ている、常に袖まくりキャラ。

 アクションのたびに、まくった袖が戻ると大変でしょう。

 まためくり直す必要が出てきますし。

 ジャージにベルクロを仕込んで、マジックテープ感覚で留められるようにしておきました」

 

「助かります。私はクラスメイトを殺すために刃物を振り回すキャラですからね……」

 

「暑さはどうですか?

 制服の上にジャージって、結構暑かったでしょう。この季節の南の島ですし」

 

「はい、かなり涼しくなりました。生地が変わったんでしょうか、これは」

 

「はい。昨日百城さん見てて気付いたんですが、皆さん服装変わらないんですよね。

 皆さん原作通りの服装のまま変わらない。

 和歌月さんも原作通り、ジャージは脱がないわけです。

 なので思い切って、背中側の生地の一部を黒い綿麻のメッシュ*5に変えました。

 和歌月さんがジャージを脱いで背中をカメラでアップにしない限り、バレないでしょう」

 

「背中側によく風が通る感覚があります。昨日とは雲泥の差ですよ」

 

 こうして、英二くんの視点を得ていくと面白い。

 英二くんは私とは違うものを見てる。

 私が気付かなかったことに気付いてる。

 英二くんの視線を追えば追うほど、英二くんが普段からどのくらい周りを見てるのか、周りに気を遣ってるのか、周りの人に何をしてあげてるのかが分かる。

 これは、優しさだ。

 仕事の中じゃないと見えない、英二くんの優しさだ。

 

 俳優みんなに振りまかれてる、彼の優しさなんだ。

 英二君は24人分の撮影衣装全てに、ほんの少しの手も抜いてない。

 

「和歌月さんみたいに、制服の上にジャージやカーディガンを着てる人は他にもいます。

 漫画ですからね。そういうところで特徴を出していたんでしょう。

 ですから他の人の制服にも和歌月さんと同じ処置を施しました。

 上着を脱がないと見えないところに生地張り替え処理を……あ、木梨さん。どうですか?」

 

「う、嘘みたいに涼しいです。制服の上にパーカー着てたから、昨日は本当に暑くて」

 

「すみません、気が回らなくて。

 制服にパーカーは暑かったでしょう。

 昨日の撮影中、木梨さんの発汗量は他の人より多かったですからね。

 でも今日からは、服による暑さは他の人と変わらないと思いますよ」

 

「あ、そ、その、ありがとうございます!!」

 

「いえいえ、どういたしまして。

 あ、烏山さん! 烏山さんが廊下歩くシーンありますよね。

 あそこで烏山さんの靴にこのパーツを取り付けられるようにしておきました。

 廊下を歩くと『コツ、コツ』といい足音が鳴るようになるパーツです。

 ここの廃墟、どうやら半ば腐ってて普通に歩くといい音が出ないみたいなので、これを……」

 

 英二くんの愛は、この場だけ見ても全部違うものが24種類はあるわけね。

 千世子ちゃんが英二くんの横顔を見てた理由が、ちょっと分かった気がした。

 

 私の目には、英二くんが作ったものは、一つ残らずキラキラと輝いて見える。

 英二くんが物を作ってるのを初めて見た時から、英二くんもキラキラ輝いて見える。

 なんでだろう。

 英二くんを、その周りの皆を見てると、ワクワクしてくる。

 

「監督! このアクション、撮影に取り入れませんか?」

 

「いいよいいよ、入れちゃおっか」

 

 英二くんが服や靴を最適化して動きやすくして、動きやすくなった衣装で、スターズの……堂上さん? 若狭さん? 石垣さん? 名前覚えてないスターズの男の人がバック宙する。

 監督がそれを見て、それを映画に取り入れることを決めていた。

 いいのかしら。

 

 皆で、映画を作ってる。

 互いに影響を与え合いながら、一人がした良い仕事が波及して、映画全体に大きな影響が伝わっていく。

 黒山さんは、私にこれを見せたいって気持ちもあったのかも。

 

 でもなんだか違和感。

 ああ、アキラ君がいないのね。

 英二くんもしかして、一番の友達がいなくなってて寂しかったりするのかしら。

 そうだとしたら、英二くんが寂しく思ってることは、私だけが気付いてたりするのかも。

 なんて。

 

「ひゃあああああああ!!」

 

「わっ」

 

 突然、近くから聞こえた絶叫。

 そこではパーカーの……木梨? 林梨? 森梨? 名前を覚えてないオーディション組の女の子がすごい顔で絶叫していた。

 ホラー映画の、死ぬ直前の可愛い女の子みたいな、そんな顔。

 

「な、生首が! 朝風さんの道具ケースの中に!」

 

「ああ、それは俺の作り物です。驚かせてすみません、木梨さん」

 

「いやこれ絶対本物ですよ!」

 

「首を切られた女性の首ってこういう感じになるんですよ。吐き気がするほどリアルでしょう?」

 

 英二くんが、珍しい顔をした。

 ほんの一瞬、一秒にも満たないくらいの時間、本当に嫌そうな顔をした。

 英二くんの顔をじっと見ていた人だけが気付けるくらいの、本当に一瞬。

 その生首に通じる嫌悪感を、英二くんが顔に浮かべた、そんな気がした。

 

「映画なら、本物の生首より怖い作り物の生首にしてこそ、ですからね」

 

「英二くん……」

 

「ゆ、夢に見そう……」

 

「すみません木梨さん。俺の不手際です。

 でも今日の最後の撮影で使うので、木梨さんはそこでもう一度見ると思いますよ」

 

「ひぇぇ」

 

 英二くんが生首をしまう。

 作り物の生首がちょっと見えたけど、ちょっと度を過ぎてるくらい怖いわ。

 

「グロさは抑えめにしたつもりなんですが……映画のレイティング*6上がるのも嫌ですし」

 

「英二くん、ルイやレイにはそういうもの見せないでね」

 

「見せませんよ。子供には刺激が強いですし。

 でも、あの二人は愛する姉の出演作見たいと思いますよ。どうするんですか?」

 

「……どうしましょう」

 

 生首を見る。

 怖い。

 でもグロテスクじゃない。

 ただただ、リアル。

 吐き気を催しそう。

 

「英二くん、ゲロ吐く女の子をどう思う?」

 

「え? そりゃちょっとどうなんだろう、とは思いますが」

 

「そう、それなら、ちょっと我慢するわ」

 

 とりあえず、今は我慢して。……どうしよう。

 

 ええい、なるようになれ、だわ。

 

 

 

*1撮影基部がどうなってるかを説明している。

*2プロ俳優、プロモデルの職業訓練とメンテナンスを行う為のアクティングレッスンスタジオ。熟練の現役俳優が主宰している。

*3英二が余所のドラマの服を作るのに使っていた、世界大戦以降に一気に普及した、接着剤付きの芯地。これを表地と裏地挟んでアイロンをかけるだけで、接着剤が溶けて固まり素早く簡単に堅牢な作りのスーツを作ることができる。服の大量生産の革命。

*4接着芯地とは違う、縫製によって縫い付けられる芯地。かつては強度面・着心地・高級感など多くの面で接着芯地に勝っていたが、生産性や価格面で非接着芯地服は接着芯地服に敗北しており、近年の接着剤樹脂の改良によって、強度面でも接着芯地と非接着芯地に大差はなくなった。

*5シャツの素材は絹・綿・麻などが有名だが、冬に暖かい絹に対し、汗をよく吸う綿とシャリ感が出る麻は夏に向く。乾燥地域の夏向きなのが綿、湿度が高い夏向きなのが麻。二つを合わせメッシュの網目状に仕上げた綿麻メッシュは、その中間でより汎用的な夏向け生地。通気性第一の生地が選ばれたので、デスアイランドのような黒制服でなければ、普通に下の下着が透ける。

*6原作デスアイランドには首を切断された女性の死体シーンが普通に登場するため、普通にそこを撮ってしまうとレイティングが上がり、最悪子供や青少年が年齢制限で見られなくなってしまう。よって、興行収入が大幅に減ってしまう。R15+判定をくらえば、15歳未満視聴禁止に仮面ライダーアマゾンズのように地上波放送時に大幅規制を受けてしまう。R18+判定まで食らってしまうと、18歳未満視聴禁止に広告・宣伝・地上波での放送もほぼ不可能になる。レイティングを低く抑えるためには、直接的なグロ描写を減らす必要があり、そういうものを減らしていけば映画の味付けが薄味になって魅力が減ってしまう。そのため、造型担当はグロを抑えて映画倫理委員会の審査をくぐり抜けつつ、かつ観客にショックを受けさせる生首を作る超高度の技術を求められる。




デスアイランド二日目
現在9:10
アキラ君離脱中

 夜凪は24人分だと認識していますがスタントマンの分と予備分が入ってるので手が入れられた服の数は更に多いです。
 英二くんが「誰か一人の服が事故の連続で一着もなくなってしまった場合」を想定したマニュアルを用意してあるので、その場合でもある程度仕立て直しは利きます。
 スタントマンの服なども改造流用して俳優に着せられるよう、そこまで計算して色々いじってます。
 デスアイランドはガチで30日分の撮影期間を使い切っても撮影完了してなければもう駄目・延期も無理・最悪一年後まで撮影再開も不可だというのが公式設定ですので……





※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。