二日目はアキラ君が離脱中、俺は校舎内撮影準備、景さんとかなら初台詞の撮影になる。
三日目になるとネズミ撮影、スターズが三人離脱、景さんは和歌月さんに追い込まれて崖から落ちる(フリ)の撮影。
四日目はスターズが全員揃うんで一気に撮影を進める。
五日目と六日目は俺が抜けて、六日目は亜門姉弟と堂上さんが抜ける。
七日目に百城さんが抜けて、海岸線での撮影を一気に進める。
初週における、これから数日の流れは大まかにこんな感じだ。
人が抜ける日付は当初の予定通りならこうなるが、どうなるかは確定じゃねえ。
デスアイランドは初日から予定変更してるからな……スターズが撮影するタイミングも、はてさてどうなることか。
特に俺が抜ける日は最初は不安じゃなかったが、日が進むごとに不安になってきた。
大丈夫か。
いや大丈夫だと思うけど。
いざとなりゃ俺が飛んで戻ってくるけど。
こういう時に不安になっちまうから俺は半人前なんだよなあ、ああやだやだ。
そんな不安を、百城さんと一緒に昼食を食べている時に、ポロッと漏らしちまった。
「何かあっても私がフォローするよ?」
「な、なんて頼りになる優しげな一言……!」
こいつ天使かよ。
天使だった。
「すみません、もしもの時は俺への連絡と対応をお願いします。
……なんか、どうにも手塚監督が怪しくて。
他のフォローまで安心して、信頼して、心の底から任せられる人、百城さんしかいないんです」
「私だけかぁ」
「はい」
「私だけ?」
「? はい」
「そっか」
百城さんが笑顔で食ってるサンドイッチ美味そうだな。
サンドイッチにすりゃよかったか。
いや俺が食ってるこのビーフカレーも美味い。
肉がデカいからな。
これはこれで満足だ。
「あ、そうです。
喧嘩起きそうだったら止めてください。
ちょっと俺の友人の間に確執があって……」
「私もあのオーディションは見たよ。
武光君が受け入れてたってのがミソだよね。
一番被害者になりそうだった人がもう夜凪さんを許してる。
でも夜凪さんが怪我人出しそうだったのは事実。
それと、普段の姿を見てる限り、夜凪さんっていい子みたいだしね」
「ですね。だからなんというか、対応決めかねてる微妙な距離感になってるわけです」
「単純に良いとも悪いとも見れない人が一番対応に困るんだよね」
百城さんも認識してたか。
もう一つ問題なのは、景さんがあの時茜さんに言われたことが正しいと、そう思ってるってことなんだよな。
まーそれは俺も思う。
相手の気持ちが分からないなら役者やめろ、か。
耳が痛えよなあ。
俺も痛い。
景さんが演技をしながら周りの人の気持ちを考えて、他の演者の気持ちを受け止めながら、他の演者に合わせた演技が出来るのはいつになることやら。
「本当は、俺が友人として仲裁するべきなんでしょうが……
なんででしょうね。
俺が景さんのフォロー懸命にしても、あんまり真に受けてくれないんですよ。
……想定してなかったわけではありませんでした。
俺が景さんを無理に擁護してる景さんの味方だと見られてる、という可能性も。
その場合は、茜さんに向けて景さんの擁護をしても効果は薄いだろうということも。
ただ、そういうことだったと考えても、茜さんがあそこまで頑なになるのは珍しくて……」
「なんでだろうね」
なんでだろうな。
だが茜さんのことだ。
その裏には俺が把握できてねえだけの深謀遠慮が……何か、彼女らしい理由があるはずだ。たぶん。分からんから、とりあえずは友人のことを信じておく。
「英二君が夜凪さんに惚れ込んでるからだったりして」
「景さんに惚れ込んでるのは事実ですけど……
それなら茜さんが百城さんに対しては友好的な理由が説明つかないと思います。
俺、百城さんに対する気持ちと評価は周囲に対して隠してないはずですし」
「英二君また夜凪さんの方にメンタルが寄ってない?」
「はい?」
「ま、それはいいとして。
湯島さんが理解できる私と、理解できない夜凪さんの違いじゃないかな」
「なるほど……?」
なんだ景さんの方にメンタル寄ってるって。
最近普通の女の子らしさが増えてきた景さんに寄ってるってどうなんだろうかそれ。
はむ、と百城さんが可愛らしくサンドイッチを
「ともかく、俺は喧嘩とか対立とかなくしたいわけなんです」
「深い意味もなく私に『喧嘩をなくしてほしい』とか、英二君は感覚が天才だよね」
「え?」
「英二君の選択が間違ってないってこと」
「はい。百城さんを選んだことは間違いないと確信してます」
「そうなんだ」
百城さんは微笑んだ。
可愛いなこいつ。
俺もカレーを食っていたら、見覚えのある白髪の多いオッサンが話しかけてきた。
「すみません、朝風様でしょうか」
「あれ。この辺の宿泊施設のオーナーさん……でしたよね」
「百城様との楽しげな時間を邪魔して申し訳ありません。少し良いでしょうか」
「いいですよ。仕事の話ですよね多分。百城さん、ちょっと席外していいですか?」
「私が駄目って言ったら私の方を優先してくれる?」
「えっ……あ、ええと、そうですね……」
「冗談だよ」
この女ァ!
「大変ですね、朝風様」
「……ご用件はなんでしょうか。さっさと処理してしまいましょう」
オーナーさんは笑っていた。何笑ってんだ海に沈めるぞ。
「実は―――」
要件は、一言で言っちまえば廃品回収だった。
以前からこの南の島のあるホテルには、ウルトラマン人形の自動販売機があったらしい。
左太腿に百円を入れると右膝から玩具のカプセルが出て来る自動販売機だとか……まあ、ガシャポンの一種だな。
ただ、この特徴を聞いた時点で、俺はピンと来ていた。
もう完全にぶっ壊れたそのウルトラマン人形を粗大ゴミに出すと、金がかかる。
だがもういい加減塗装は剥げ、表面は汚れ、この南の島の観光地イメージとかけ離れてる人形を置いておくわけにはいかない……そこで、プロデューサーから俺の話を聞いたらしい。
俺が引き取ってくれるかも、と思ったそうだ。
なんで?
いや、引き取るけど。
オーナーが運んできた引き取ってほしいというものの現物を見て、俺は自分の推測が間違ってなかったことを理解した。
「し、信じられない……壊れてるとはいえタカトク・ジャンボキャラクター現存品……!?」
「あ、もう一つあります」
「しかも二つ!?」
嘘だろ!?
2014年に岐阜県羽島市で奇跡的に、ウルトラマンエースのタカトク・ジャンボキャラクター人形の生き残りが見つかったって話が、ファンコミュニティで報告されたって話は聞いたことがあるが……まさか、こんなところでも見つかるとはな。
2mのウルトラマンジャック人形二つ。
その太腿と膝には自動販売機システム。
たまんねえな。
昭和40年台に日本の覇権を握っていた、ウルトラマンや仮面ライダーのジャンボ人形がまさかこんなところで見られるとは……とんでもねえ。
百城さんが首をかしげる。
「珍しいの?」
「マニアなら最低百万円は出すかもしれません」
「!」
「ただ、現在でも買うマニアがそもそもいるかどうか……
需要が寿命死してるかもです。
当時の購入価格でこの自動販売機は30万円。
ええと、昭和40年代の物価は企業指数で49.2、消費者指数で24.4ですから……
現在の貨幣価値なら60万円から120万円ってところでしょうか。雑把な計算になりますが」
「高いねえ。これだけ大きいならそりゃそうか」
「修理できる人間がいないと売るのは無理ですからね。俺も修理するなら苦労しそうです」
「え、できるんだ」
「この人形は販売していたところこそタカトク*1ですが……
実際に作っていたのは日本娯楽機*2です。
技術体系としては失われた技術とかではなく、現在に繋がる系譜の一つであるはず……」
いざとなりゃ棘谷の倉庫に行きゃいい。
確かいくつか保存してんじゃなかったかなこのウルトラマン人形の自動販売機……参考サンプルがいくつかありゃ、それで直せないってことはないはずだ。
「凄かったんですよ、この人形と作ってる会社。
日本娯楽機の社長が100歳超えても社長やってたり。
娯楽で国に貢献したと認められて旭日章を叙勲したり。
この当時三十万円のウルトラマン自動販売機も爆売れしたんです」
「そうなんだ」
そうなんだぜ。
しかし、そうなるとここのオーナーさんもこの人形手放すの少し躊躇うかね。
「引き取っていただけるのなら、それだけで嬉しいです。
価値が分かるという朝風様に貰っていただけるなら、なおさらに」
「分かりました。では、ここで俺が引き取ります」
そうでもなかった。
まあ修理できる人探して、修理依頼して、いるかも分からん買い取り手探して……ってのは普通に手間だよな。
では引き取ります。しゃっ。
「綺麗にして俺の事務所の前に置いとこうかな……」
「英二君すっごくイキイキしてるね」
「え、そうですか?」
「うん」
昭和11年*3の日本娯楽機の商品目録とか見ると楽しいぞ。
日本だと自動販売機が生まれたのが大正13年(1924年)、全国的に普及したのは昭和40年代だって言われてる。
100円と50円の新硬貨が発行されたのが昭和42年だからな。
ところが日本娯楽機は商品目録見る限り、昭和11年時点で遊園地のゴーカートの原型とか、小型のメリーゴーランドとか。
筐体型のシューティングゲームとか、パンチングマシーンとか、卓上サッカーゲームとか、対戦ゲームとか、お菓子景品のパチンコマシーンとか。
食券自動販売機とか、切符自動販売機とか、映画を映す映写機とか、おみくじ自動販売機とか、菓子と飲み物の自動販売機とか、生年月日入力するとその日の運勢吐き出す機械とか。
そういうの全部一社で作ってたんだ。
なんだこいつ。
娯楽の化物か……? S○GAか……?
そこが作ったウルトラマンや仮面ライダーの人形型の自動販売機だから出来もよく、全国的にそいつらの人気に貢献したってわけだ。
当然ながら、こういう自動販売機の外見は俺と同じ造形屋が作ってる。
俺の先人の作品ってわけだな。
現代でもこのタカトク・ジャンボキャラクター人形の系譜は続いてて、4mのウルトラマンメビウスとウルトラマンマックスの像が、丁BSの放送センター前に悠然と立ってる。
倍のサイズになってんぞすげえ。
この4m像、あんま掃除してねえのが気になるが、デカいのはいいことだ。
たまーに子供とか親御さんとかが見に来てる。
とまあ、最近のウルトラマンではあんまねえ仕事だが、造形屋はこういう巨大人形や人形型自動販売機を作るのも仕事だってことだ。
「あ、そうだ百城さん。これ撮影に使っちゃいましょうか。
確か和歌月さんに追われて景さんと茜さんが崖から飛び降りるシーンがあったはずです。
そのシーン撮影が明日あるので、人間の代わりにコーティングしたこれ落とすとか……」
「これ人間に見える?」
「表面にテープ巻いて肌色に塗装して、衣装着せれば見えると思います」
オーナーのオッサンは帰ったんで百城さんと飯を食いながらちょっと仕事の話をする。
「遠景カメラなら、見ただけじゃ人形と分からないと思います。
何よりこれ、重いんですよね。
島外から運び込む関係上、持ち込んできたマネキンは軽い物だけ*4だったんですが……
これなら崖から投げ落とした時、海面にいい水飛沫が出来ます。
遠くからカメラで崖と海を映してても、カメラによく見える水飛沫になりますよ」
「へぇ」
「マネキンにこっそり重り付けて落とそうと思ってたんですが、望外の幸運です。
この人形の表面テープでぐるぐる巻きにして、塗装して、服着せて落としちゃいましょう」
100円を入れる穴と商品が出て来る穴を塞いで、表面をテープで覆えばまず浸水はしねえ……と思う。
確か岐阜県で見つかったタカトク・ジャンボキャラクター人形もそうして穴塞いで、自動販売機じゃなくてただの立像として使ってるのが発見されてたはずだ。
こいつを、景さんと茜さんの代わりに落とす!
人形は後で引き上げりゃいい。
重いからそこで少し手はかかるかもしれねえが。
「あそこの崖あんまり近付かないでくださいね。
目算ですけどあそこの崖、水面まで10mくらいありますから。
高さ5mから人間が水面に落ちた時の速度は時速35.65km。
高さ10mから人間が水面に落ちた時の速度は時速50.417km。
だから娯楽での安全着水高度は6mだと言われてます。
"危険だが緊急時には仕方ない"という着水安全限界が10mだと言われてますね」
「落ちたら……鍛えてない女の子だと、大変かもね」
「そうですよ。
下は海ですが、崖の上での撮影です。
ふざけて足を滑らせたら大変です。
たとえば、守護神*5でのセリフで言うと……
『
ってとこですね。あそこ10mくらいですから、本当に危険な高さですよ」
どうせマネキン落とすしかねえんだから、重い人形が見つかったのは幸運だったな。
「各俳優さんに配った台本と予定表にも危険があるということは書いておきました。
危険場所の記載は撮影の慣例ですが、慣例ゆえに軽く見られることもあります。
俳優間でも意識を共有しておいた方がいいと思います。
あそこでの撮影は明日ですので、百城さんからそれとなく危ないことを仄めかせてください」
「うん、わかった。英二くんは優しいね」
「……何度言われても、百城さんにそう言われるとむず痒くなりますね。
もしかして、そういうの分かってて俺にそう言ってます? からかってます?」
「英二君はどう思う?」
からかってると思ってるぞ。
言わねえけどな。
「たとえば、景さんの体重を目算で計測し、落下エネルギーの計算をします。
この場合は落下エネルギーは4903Jです。
拳銃が300J、ライフルの弾丸が2500Jなので、景さんの体格における衝撃は……」
「英二君」
「え……あ、すみません。
景さんの体重は逆算しないでいただけると助かります。
申し訳ありません。今のは女性の体重を勝手に他の人に話す軽率な行動でした」
「よろしい」
いかんいかん。
心配だからって冷静さを欠いてたな。
ただな、裏方はどうにも俳優さんを心配しがちだってこと、ほんのちょっとでも俳優さんには認識しておいてもらいてえもんなんだ。
その点百城さんは、なんつーか。
安心できる。
この人は『自分という価値ある商品を守る』。
『死にたくない』じゃねえ。
『痛いのは嫌だ』じゃねえ。
『百城千世子という商品の価値を損なってはならない』で自分の体を守ってくれる。
この人にとって、自分の商品価値と作品の出来というものは自らの命より重く、ゆえにこそこの人は自分の顔や命をとても大切にしている。
この人ほど、自殺しそうにない女優は見たことがねえ。
だから、安心して見てられる。
だから、好ましく思える。
俺は自分の気持ちに鈍感じゃねえ。
なんでこの人に自分がそう思うのか、その理由もちゃんと分かってる。
作品の完成に命を懸けられるこの人は俺の親父のようで、かつ自分の価値を理解し自分を大切にするこの人はあまりにも、俺のおふくろから遠い女優だ。
だから。
作品を大切にしながらも、時に無茶をしながらも、作品の完成に妄執の如く前のめりになることがあっても、自分を大切にできるこの人が好きだ。
「今日始めたら、明日には周知されるかもね。
分かった。あの崖が危険だって、皆にそれとなく広めておくよ」
「お願いします。助かります」
少し、安心できる。
俺がいる以上は、僅かな危険性でも排除していきてえからな。
「ただ危険はいいとしても、喧嘩はどうかな」
「なんでしょうか?」
「どうしても合わない人っていると思うよ。
まだ夜凪さんと一緒の撮影は二日目だけど、スターズには合わない人も多いと思う」
「……む」
「私にも好きじゃないものってあるからさ。たとえば、心配されてることに気付かない人とか」
そういうこと言われるとな。
俺もあんま色々言えなくなるぞ。
百城さんは信頼できる。
俺が百城さんのことを何もかも分かってるとは思わん。
むしろ知らんことの方が多いだろう。
その内心だって、俺が外側から把握してるだけだ。
仕事で齟齬が出てねえし、才能の器は見切れてるし、たぶん百城さんの内心をそれなり以上には理解できてると思うが……それでも、知らねえことは沢山あるだろうな。
アキラ君や茜さんに対してすらよく分かってねえことは多いんだ。
内心が読めねえことが多い百城さんの内心なんて、読めねえことの方が多い。
むしろ、百城さんの俺に対する理解度の方が高えだろう。
あの人の考えてることなんで俺に推し量れるもんじゃねえ。
けど、信頼できる。
俺があの人のことを全部分かってなくても。
あの人が俺のことを気遣ってくれてるのは分かってるから。
百城さんの考えてることがほとんど読めねえ時も、信頼できる。
逆に、景さんのことは百城さんよりも分かってる気がする。
あの人は分かりやすいし、時々相当に明け透けだからな。
夜凪景を理解すんのは難しいことじゃあなかった。
けど、芝居で次の一瞬に何をするか分からん景さんは、百城さんと比べると信頼しにくい。
何をするか分からないってことは、見てて楽しいってことだ。
何をするか分からないってことは、俺の予想を超えてくるってことだ。
何をするか分からないってことは、その時俺はその人に見惚れるってことだ。
何をするか分からないってことは、たぶん、百城さんよりかは信頼できねえってことだ。
あくまで、比較でしかねえけどな。
けど、大まかに言えば、俺はこの撮影に参加してる多くのやつを信頼してる。
ガキの頃、アキラ君が言ってた。
―――その人の考えてることが分からないと、信頼できないのが嫌いな人で
―――その人の考えてることが分からなくても信頼できるのが、友達じゃないかな
まったくもってその通りだ。
俺のマブダチはとてもいいことを言う。
俺はアキラ君も信じてるし、アキラ君が言ってることも信じてる。
つまりダチってことだ。
それは百城さんに対しても同じ。
俺の百城さんへの信頼には、多分に友情ってやつも混じってんだろうな。
だから。
今また、もう少し信じてみるぜ。
景さんと茜さんが仲良くできるって、信じてみよう。
俺が作った作り物の生首と、作り物の死体を前に、廃墟校舎の中に作られたセットの中で、和歌月さんと堂上さんがワンカットの撮影を行っている。
周りには待機中の俳優と、数多くのスタッフ達。
日常から切り離された"映画の空気"がここにある。
「お前だ! お前のせいでリンは死んだ! お前がアプリの指令を無視したから!」
「ぐ、偶然だよ! 『デスアイランド』にそんな力があるはずないだろ!」
「私はやめろって言ったはずだ! 全部お前のせいだ!
リンが死ぬくらいなら、お前が死ねばよかったんだっ―――」
「やっ、やめ……」
和歌月さんの叫ぶ怒りの演技と、堂上さんの怯え戸惑う演技が噛み合う。
さすがスターズ。
呼吸合わせは完璧だな。
"生真面目で追い込まれると何するか分からない"女キャラには和歌月さんがあてがわれ、"チャラくてあんま深く考えてない自然体のお気楽"男キャラには堂上さんがあてがわれている。
キャスティングの妙だな。
違和感全然ねーわ。
「うわー、なんて」
……堂上さんがふざけた声とふざけた演技で倒れる。
真面目にやれや堂上!
「カット!」
「ちょっと! 真面目にやって下さい! 竜吾さん」
「どうせ切られるとこは次のカットで撮るんだからいいじゃん。和歌月真面目すぎ」
「そうだね、OK」
監督がOK出した。うひゃぁ。
……『ここでこのカットを撮り、そこでそのカットを撮る』って撮影レベル・編集レベルで理解してるやつの手の抜き方は、本当に熟達してんな。
力の抜きどころ知ってるやつって、長期撮影スケジュールの最後あたりでもバテねえし、無茶なスケジュールにも余力で対応するし、気持ち病気離脱率も低い気がすんだよな……逆に『頑張り過ぎちまう』真面目な人はコロッと離脱することが多い。
一長一短かもな、この辺は。
俺が好きなのは頑張りに頑張りを重ねる百城さんタイプだし。
堂上さんの今の適当な演技で、緊張でガチガチになってたオーディション組の緊張が少し抜けたみてえだ。
やるな堂上。
褒めるぞ堂上。心の中で。
まあ堂上さんはそういう効果あんま狙ってねえ気がするけど。
「じゃ次、竜吾君が和歌月さんに切られて、それを目撃した3人のシーンを貰うよ」
「はいっ」
「はい」
「はい」
監督に呼び出された木梨さんが元気に、茜さんが落ち着いて、景さんが撮影に気分が入った様子で返答する。
カメラのフレーム内に入る三人。
さて、本日最後の撮影だ。
カメラマンがカメラを覗き込みつつ木梨さん、茜さん、景さんに位置を指示する。
「木梨さん、もう少し前に出てもらえる?」
「は、はい!」
「あ、前に出過ぎ。靴二つ分くらい後ろに下がって」
「す、すみません!」
「湯島さん、木梨さんが移動したからもう少し右に……そうそう、そこね」
「はい」
「夜凪さんは……その位置がいいから、そこから動かないでね」
「はい」
木梨さんにはカメラマンや助監督の指示が何回か必要みてえだな。
撮影に慣れてる茜さんは流石だ。
カメラの撮影範囲を大まかには理解してるから、最初からいい位置に立ってて、一回指示されれば最適な位置に立ってる。
手がかからなくていい俳優だな。
そして、景さんはカメラマンや助監督に立ち位置の修正を一度もされてねえ。
……ああ、いいな。いい感じだ。いいぞ景さん。
緊張してるらしい木梨さんが、景さんに話しかける。
「うー、初めての台詞緊張するね、がんばろ」
「……うん」
ん?
あれ。
今気付いたがひょっとして、手塚監督が俳優の初顔合わせの時にオーディション組だけ揃えてスターズ組揃える気が全く見えてなかったのって、こういうことか?
オーディション組という『枠』を強固にして、オーディション組を『負けるか』って想いで一丸にして、撮影中に仲間意識で結束させるつもりだったのか?
思った以上にオーディション組の仲間意識が強え気がすんな。
いや、今は撮影中だ。そっちに集中しねえと。
「茜ちゃん。私、頑張るから」
景さんが茜さんに、宣誓するように言う。
返答はなく。さりとて拒絶もなく。景さんの方から茜さんに歩み寄っていく。
周りを見渡してみた。
源さんがいる。烏山さんがいる。百城さんもいる。
カメラの撮影範囲には殺されそうな堂上さんと、殺しそうな和歌月さんと、それを目撃してしまう普通の女の子三人。
カメラ数は三。
堂上さんと和歌月さんのアップ撮影カメラが一つ。
殺人を目撃してしまった女の子三人アップ撮影カメラが一つ。
五人を一画面に収めるためのカメラが一つ。
カメラの位置を考えて、俺は
「はいテストォ!」
「テスト!」
撮影が始まる。
いつも通り景さんが集中して、役に入り、練習してた二重人格のメソッド俯瞰視点に景さんの心が"入って"……
あれっ。
『夜凪景』が『ケイコ』になってないのが、振る舞いから見て取れた。
あれー?
推定数値になりますが、英二くんが前に作中で言及したエクシードラフトの撮影中の首の骨折り事故は、15~16mの高さから着地セットに飛び降りて着地には成功したものの、落下の勢いによって生まれたエネルギーによって首がポキっといったそうです
首は脆いので、一定以上の高さになるとどんなに柔らかいところに落ちるとしても死にます
死にます
10mなら死なない時も死ぬ時もあります。原作アクタージュのあそこが10mというのは推定数値ですが