ノット・アクターズ   作:ルシエド
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ゲロ女、降臨

 あーダメだ、全然役に"入って"ねえな景さん。

 止めるか?

 いやどっかで止まるか、これなら。

 

「リンが死ぬくらいなら、お前が死ねば良かったんだ!」

 

「やっ、やめ……うわああ!」

 

 和歌月さんが刀で切る演技をして、堂上さんが切られる演技をして、堂上さんが倒れる。

 血も出てねえし服も切れてねえが、今回の撮影は後々編集で血などを合成する形式なんで、これでいい。

 実際に切れた服と血糊を用意する撮影じゃなくて、合成だからな。

 切られた結果服の数が減ったりとか、事前に用意する"最初から切れてる服"の分の予算がなくていいとか、予算に優しい撮影だ。

 

 まーリアルな血が吹き出す合成素材は特撮で言う操演、この映画で言うところの美術が用意しなくちゃならん……つまり俺が用意すんだけど*1

 

 この刀は中々の自信作だ。

 何せ中盤のハラハラシーンの要、和歌月さんの抹殺ブレードだからな。

 軽い! 総重量200g!

 頑丈! 細パイプを芯に、その周囲にウレタン刀身を構築することで強固に!

 安い! 工業商路のまとめ買いウレタンにやっすいパイプ、レジン塗料で塗装したんでどう高く見積もっても500円!

 風雨に強く、血糊でベチャッとしても変質しねえし、太陽光や皮脂とかの劣化要素にも表面塗装で長年耐えられる。

 しかも外見的には、本物の刀より本物っぽいときた。

 撮影の財布に優しく、が俺のモットーだぜ。

 

「キャアア!」

 

 木梨さんが叫ぶ。

 割といい声出すな。

 "普通の子の悲鳴感"が出てる。

 体の所作がついてってねえやや棒立ち演技気味なのはどうかと思うが、撮影の緊張がまだ抜けてねえのかね。

 

「あんた達もこいつとグルなんじゃないの!?」

 

「ちっ、違うよ!」

 

「信じられない、証拠はあるの!?」

 

「来……来ないで!」

 

 和歌月さんが正気を失った様子で、狂乱の演技で刀を振り上げる。

 恐れおののく三人が順繰りに発言し、最後に景さんが『逃げて』と言う。

 皆が逃げて、カット、終わり。

 んで、映像は学校の外に移り変わって、崖に追い込まれて斬り殺される木梨さん、崖から飛び降りる景さんと茜さん、崖上で海の中に落ちた二人を見失う和歌月さん、となる。

 学校シーンと崖シーンは別撮りで、飛び降りシーンも東京のグリーンバックで別撮り。

 だから誰も死んでねえし、実際は時間は連続してねえし、誰も飛び降りねえ。

 

 あ、そうだあの崖、撮影の時以外は注意の張り紙貼っとこう。

 普段は県庁が責任もって自治体が監視しつつ落下防止杭とロープ張ってんだが、撮影の時だけ除去してもらってんだよな。

 確か崖の高さが1mか2mでも、『海の中から陸地に戻れなくなるから』ってことで、そういう落下防止の何かしらが必須になってたから。

 役所に連絡して、普段あそこに貼ってるロープに注意書きを貼る許可貰っとこう。

 

 ……さて、撮影に意識戻すとして。

 撮影の空気が留まってるのが見えた。

 景さんが自分の台詞のところで、台詞を言えなくなってる。

 いや、台詞を言うのを忘れてる。

 あーあ。

 

「?」

 

「ん」

 

「……あれ?」

 

「うん? 夜凪ちゃん? 次、君の台詞。『皆、逃げて』だよ」

 

 ハッとした景さんの意識が戻って来た。

 危ねーことしてんなー。

 今景さんの意識、現実にも役の中にも無かったぞ。

 カメラの客観視点と自分の体の主観視点がごちゃごちゃになった挙げ句、どっちの視点の認識も失って、自分の意識がどこにあるか分からなくなってたな。

 

 舞台演劇の練習で傷害事件を起こした人が"我を忘れて"って言ってた時、少しこれに近い状態になってたんじゃなかったか。

 

「台詞飛んじゃった?」

 

「すみません」

 

「あはは、緊張しちゃったかな。いいよ、テストはそのためにもある訳だし」

 

 景さんが謝り、監督が笑って許す。

 普段の景さんなら何も言ってねえ自分に違和感持ってただろうし、役に入ってる景さんならそれこそ何も言わねえなんてありえねえ。

 

 周りは緊張で台詞忘れたんだと思ってるが、実際は『自分が誰なんだか忘れた』っていう表現をすんのが正しいだろうな。

 それに気付いてるのは今ここにいる人だと……俺と、烏山さんと、百城さんと……もしかして、手塚監督もか?

 今『緊張』って単語出したの、緊張で台詞を忘れたと周囲に誤認させて、笑い話で流しちまおうって狙いか?

 駄目だ、分からん。あの監督グラサンは表情隠しに本当役立ってんな。

 

 けれども、面白くなってきた。

 

 木梨さんが緊張する自分を制御して、なんとか役をこなそうとしてる中。

 茜さんが場馴れしてる女優なりに、スターズの作る場の空気に飲まれないようにしつつ、自分の演技を見せようとしてる中。

 景さんは、自分の内側にしか目を向けてねえ。

 自分の中にある意識を二つに分割し、片方をカメラの視点に、片方を役になりきる自分に振り分ける、二重人格に近い技法……その成立にしか心の目を向けてねえ。

 意識を置いている位置、って奴が他の人とは違えな。

 

 緊張や動きの硬さがまだ抜けてねえオーディション組の中で、一人だけ違う。

 だから景さんのそういうところは、百城さんの目にも映ってるはずだ。

 影響し合ってほしいもんだな。

 百城さんからすりゃ、"自分をコントロールできてない"ことの象徴みたいな今の一幕は、マイナス評価対象かもしれねえけど。

 

「ごめんなさい、うまく集中できなくて……」

 

 景さんが申し訳なさそうに、茜さんに謝る。

 この距離からでもその瞳を覗き込むと、茜さん達がした真剣な演技を無駄に終わらせてしまったことを、景さんが申し訳なく思ってることが分かる。

 『撮影』を見る視点が広くなってるな、景さん。

 時代劇エキストラの時よりもはるかに、"周りの迷惑"をリアルタイムで分かるようになってるみてえだ。

 確かあの時は俳優蹴ってNG出されて、最初は監督に怒ってたくらいだったんだよな。

 なんでNGで自分が怒られてたのかって。

 

 景さんは確実に成長してる。

 "能力が伸びる"とかそういう成長じゃなくて、"撮影という環境に最適化される"という形の成長を繰り返してる。

 自分を、使いこなせてきている。

 そんな景さんの本当に申し訳無さそうな謝罪に、茜さんが返答した。

 

「カメラ前は緊張するもんやから」

 

 ……うむ。

 茜さんらしい。

 そういうとこ俺むっちゃ好き。

 

 景さんが話しかけても無視してたんだがなあ。

 景さんが緊張で台詞忘れたと思ったから、景さんが失敗で大なり小なり落ち込んでると思って、ついついフォローの台詞言っちまったんだろう。

 カメラ前は緊張するのが当たり前だ、って。

 

 茜さんの主観じゃ仲良くする気ねえだろうし、まだ仲直りもしてねえし、景さんを見直す機会もなかっただろうに。

 カメラ前で失敗して落ち込んだ風の景さんを見たら、フォローせずにはいられなかった。

 だから景さんをずっと無視してたのに、つい言っちまったんだな。

 無視し続けたのが終わって、そこからの第一声が景さんへの罵倒じゃなくて、景さんの失敗を責めねえための一言だってのがめっちゃ茜さんらしい。

 いいぞ。

 そういうとこ俺はクッソ好きだぞ。

 かっこいいし優しいぞマイフレンド!

 

「どんまい」

 

「ごめんなさい」

 

 木梨さんが景さんに親指立てて、励ましの言葉をかける。

 景さんは木梨さんにも謝り返したが、罪悪感は相当薄れてるように見えた。

 いいぞ木梨さん。

 この子は普通にいい子だな。

 君も頑張れ。

 

「監督~、俺達の芝居は問題ないでしょ。次本番にしようよ」

 

「な……それじゃテストの意味ないでしょ。

 竜吾さん、地べたに倒れる芝居少しでもしたくないだけじゃないですか」

 

「んー」

 

 堂上さんが適当なこと言い出して、和歌月さんが反論して、監督が考える。

 普通、テスト撮影に使う時間を一回二回分減らそうがデメリットはあっても、メリットはほぼねえんで、この申し出を受ける理由はねえんだが。

 今の手塚監督なら、多分。

 

「……そうだね」

 

 ほら、受けようとしてやがる。

 手塚監督本人にすら、どういう画が撮れるか分かってねえはずだ。

 何せ景さんだからな。

 景さんという特大爆弾を撮影に綺麗に組み込む最適手は、『テストを重ねる』ことだ。

 

 本番は練習のように。

 練習は本番のように。

 それこそが、撮影の世界における基本だ。

 景さんはどうせテストでも役に入り込む。

 役に入り込んだ景さんがどう動くかをテストで見極めて、周囲の俳優やカメラの動かし方を調整して、景さんに合わせて撮影する。

 これが一番自然な撮り方だ。

 

 だが、テストをやらず、景さんがどう動くかも想像できねえ一発撮りなら。

 景さんの動きには誰も合わせられねねえ。

 場合によっちゃ、()()()()()()()()()景さんの動きが、映画本編に採用される。

 おいおい。

 景さんの演技法が理解されてねえからか、誰も疑問に思ってねえのか、この流れ。

 

「……」

 

 百城さんとか何か勘付いた顔してんぞ。

 何考えてんだ、手塚監督。

 

「夜凪ちゃんどう? 次本番でいけそう?」

 

「はい!」

 

「じゃ、本番で」

 

 一瞬景さんが不安そうな顔をしたが、すぐに即答。

 あ、今の返答、俺の『できます』みたいなニュアンスだったな。

 「やってみます」とか「全力でやります」とかの『努力を約束する返答』じゃねえ、『できることを約束する返答』。

 俺が変な影響与えた結果とかだったら嫌だな。

 きっぱり言うと周りは多少なりと安心するが、女優初心者なんだから多少不安な返答したっていいんだぞ。

 

「本番!」

 

「よーい!」

 

 カチン、とカチンコの音が鳴る。

 

 『入った』。今度こそ、景さんの心が役の中に入り込む。

 あとは……撮影中、カメラからの視点を、最高の集中力で併用できるか。

 

「リンが死ぬくらいなら、お前が死ねば良かったんだ!」

 

「やっ、やめ……うわああ!」

 

「キャアア!」

 

 そこからの演技は、ただ一瞬。

 

 

 

「―――皆……逃げて!」

 

 

 

 見惚れた。ただ見惚れた。俺まで吐き気がするほどに見惚れた。

 ただ一言の演技。

 一秒から数秒程度の、ほんの一瞬の演技。

 

 カメラを覗いていたカメラマンを除く、ほとんどの人間が驚愕しただろう。

 和歌月さんが堂上さんを切る演技をして、堂上さんが倒れる演技をして、木梨さんが悲鳴を上げて……景さんが、嘔吐した。カメラにだけは、映さないように。

 嘔吐した景さんはそのまま演技を続行し、青い顔で台詞を吐いた。

 予定にない順序の台詞。

 他の人の台詞より先んじて発せられたその台詞は、他の人の台詞の機会を奪い、脚本の流れを無視したものだったが―――とても、とても、自然だった。

 

 人が人を殺す瞬間を見てしまった人間の台詞、そのものだった。

 

「―――」

 

 誰もが、目の前の光景を疑った。

 一瞬前まで健康体そのものだった景さんが、一秒足らずの間に顔を真っ青にして、嘔吐して、なおも芝居を続ける。

 そこにいるのが、景さんなのか、ケイコなのか。

 その人が健康体なのか、病人なのか。

 演技なのか、そうでないのか。

 誰もが、自分の目で見た現実を疑い、どちらが現実なのか一瞬分からなくなっていた。

 

「カット。OK」

 

 カチンコの音が鳴り、カメラが止まると同時に、景さんは崩れ落ちるように倒れた。

 カチンコの音が鳴り、カメラが止まると同時に、俺は走っていた。

 ドアの前にいた百城さんを優しく押しのける。

 邪魔だ、どいてくれ。

 

「どいてください!」

 

「あ……」

 

 周りの人を押しのけて、景さんに駆け寄る。

 

「茜さん、そこどいて!」

 

「う、うん」

 

 戸惑っている茜さんもどけ、景さんに歩み寄る。

 嘔吐している景さんを、まず横向きにし、回復体位*2を取らせた。

 

「景さん、景さん」

 

 意識がねえ。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

「触らないで、無理に起こさないでください!」

 

「え、何、なに?」

 

「美術班! 俺の荷物の場所分かってますよね!

 簡易担架組めるキットが入ってるんで持って来てください!」

 

「は、はい!」「了解!」

 

「え、病気? 夜凪さん大丈夫?」

 

「病気ではありません。

 命にかかわるものでもない……とは、思います。

 カメラが回るまでピンピンしてたの見たでしょう。多分、これは……」

 

「げぼっ」

 

 意識が無いまま、景さんが嘔吐する。

 体を支えてた俺にかかる。

 知ったことか。

 気道確保を再確認。

 そのまま横に向け、口内の吐瀉物を、景さんを刺激しないようかき出す。

 

 気絶時の嘔吐は喉に詰まり、窒息に繋がり人を死に至らしめる。

 『嘔吐』と『気絶』はどっちか片方ならまだしも、両方セットでは死にかねねえ。

 しかも仰向けにしてると、気絶時に舌が喉側に倒れ込んで、やはり窒息死する。

 連続して嘔吐する可能性がある人は、横向きの回復体位を取らせなきゃならねえ。

 気道は、なんとか確保した。

 

「担架セット持ってきました!」

 

「俺の横に置いてください!」

 

 手早く、素早く、俺の手製の担架セットを組み上げる。

 

 ……数十秒経った。

 心因性の神経失神は、神経の混乱による低血圧が原因だ。

 横になってれば血が巡って、ほとんどの場合は数十秒以内に目覚める。

 人間の体はそうなっている。

 今まだ目覚めてない、ってことは。

 

「アキ―――はいなかった。堂上さん!」

 

「お、おう!」

 

「ベッドまで運びます! 俺が担架の片方持ちますので、もう片方持ってください!」

 

「何が何だか分からねえが、大体分かった!」

 

 景さんの口元を拭いてやって、担架を持ち上げる。

 

 大丈夫だ。

 大丈夫のはずだ。

 これが、あれなら。

 この人は自分の演技に酔った、それだけだ。

 それだけのはずだ。

 おふくろみたいにはならないはずだ。

 少しは理性で考えろ。余計な不安を抱えるな。今は景さんに手を尽くせ。

 

「カメラ止まった?」

 

「は、はい、監督。ですが……」

 

「いい画が撮れたかもね」

 

 監督。

 

 予想外のことに混乱して景さんを心配する気持ちと、予想外のことに喜んで撮れた画に期待する気持ちと、両方が顔に浮かんでるぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 景さんは、和歌月さんが堂上さんを切った時、飛び散る血から、堂上さんが死んでいく瞬間まできっちりイメージしてたんだろう。

 景さんは最初から口に手を当ててた。

 あれは、『飛び散った堂上さんの血が口元に当たる』目と肌の感覚まで、景さんの演技の中には含まれていたからだ。

 あれは嘔吐を抑える所作で、口元の血を拭う所作だった。

 

 分かるさ。

 俺もあの時、親父の血が口元にかかってたから。

 景さんの動きのリアルさは、俺にはとてもよく伝わった。

 

 肌の感覚と目に見えているもの、その全てにおいて人が殺される感覚をリアルにトレースしたからこそ、景さんはあの瞬間に嘔吐した。

 その演技は、俺が作った血の合成素材を、編集さんがあの場面にちゃんと合成すれば、極めてリアルだったってことが分かるだろうな。

 吐き気がするほど、リアルだった。

 目の前で人が死んだ瞬間の人間、そのものだった。

 人が死ぬところを目の前で見たことがある俺が、太鼓判を押してやらあ。

 

 知ってる。

 知ってた。

 俺は、分かってたはずだ。

 

 野犬を見たことがねえ景さんが、野犬を見たことがねえ弟妹に、野犬を見せた。

 それが景さんの芝居だ。

 

 だから。

 現実で人が死んでいくのを見たことがねえ景さんが、映画知識しかなさそうな景さんが、映画知識でしかねえとしても俺に"人が斬り殺される瞬間"を見せられたのは、当然のことだった。

 

 人が殺されたところを見たことがねえ景さんが。

 こんなにもリアルに、人が殺された瞬間を見た自分を、具現化した。

 景さんは順調に、アクターズが生み出したテンプレート的なアクターズ流メソッド演技の卒業を成し遂げ、アクターズに非ず(ノット・アクターズ)の成長を遂げてるってわけだ。

 そこは。

 そこだけだは、ちゃんと喜んでやらねえとならねえ。

 

 危なかった。

 景さんの芝居の中に"死の実感"があったら、俺も完璧に引き込まれてたかもしれん。

 一瞬の芝居だった。

 秒数に直せばおそらく一秒か二秒。

 だからこそ"引き込まれた"人は少なかったが、百城さんは景さんの本質を掴みかけてたし、和歌月さんはあのオーディションの時と同じ劣等感に飲まれた顔をしていた。

 手塚監督も、景さんがなんで倒れたか理解してるみたいな振る舞いしてたんで、おそらくは理解してるだろう。

 

 俺が血の合成素材を作って、映像編集担当に送って。

 そこでポスプロ*3して合成して。

 その映像を見りゃ誰もが理解する。

 今のところ、デスアイランドで一番の名演を見せてるのは景さんだ。

 

 なんだよありゃ。

 一秒足らずだった。

 『景』から『ケイコ』に移り、血色の良かった顔が青くなって、一気に嘔吐した。

 シフトするのに、一秒もかかってなかった。

 本当に、全てが一瞬で切り替わってて、数秒の中にありえねえくらいのものが詰まってた。

 

 しかも、顔を青ざめさせて、その場でしゃがんでゲロ吐いた。

 カメラの撮影範囲ではゲロ吐いた瞬間の景さんの顔は映ってねえから、景さんがふらついて、すぐ立ち上がった演技したようにしか見えてねえんだろうな。

 何故カメラがゲロを映さなかったのか。

 それは、景さんが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 狙撃手のように冷静に、正確に、撮影範囲の隙間に滑り込んでそこにゲロを落とした。

 ただただ普通の女の子のように、恐怖し、怯え、真っ青な顔で嘔吐した。

 本心から普通の女の子になりきりながら、緻密な計算でその行動を制御する。

 まさに、二重人格。

 

 もはや景さんは。

 俺や百城さんのようにカメラの性能やレンズサイズを把握した上で計算せずとも。

 感覚と才能だけで、()()()()()()()()カメラの撮影範囲を理解してやがる。

 化物だ。

 後々教えるつもりだったカメラごとの撮影範囲の特徴、まだ教えてねえんだぞ。

 

 しかも現段階でも、自分の目の主観視点とカメラ三つ、合計四つのマルチタスクをこなしやがった……昨晩、カメラ一つにも苦労してた奴が、だ。

 それなら普通、今日はカメラ一つの視点を得るのが精一杯だろ。

 なんでいきなりカメラ三つの視点を理解しながらの演技に成功してんだ。

 なんだ、この成長力。

 

 今回、景さんが台詞を言うのは、少し早かった。

 そのせいで、予定されてた他の人の台詞は言うこともできなかった。

 だが、それこそが"自然"。

 リアルさを求めるなら、『友達が目の前で切られたけど他の俳優達の台詞がまだ言われてないから自分は口を開かない』、なんてやっていいわけがねえ。

 人が切られたその瞬間、ケイコは叫ぶべきだ。

 だからこそ景さんは、予定より早く、堂上さんが切り捨てられたその瞬間に、他の人の台詞を上塗りしてまで叫んだ。

 ゆえにこそ、リアル。

 だからこそ、名演だった。

 

 思い返すたびに、わけがわからなくなる。

 

 俺は景さんの心配だけしてんのか、それとも―――

 

「二代目。どう、夜凪ちゃんは」

 

「手塚監督。……何時間経っても、景さんは目覚めませんよ」

 

 監督だ。見舞いか? マメな人だな。

 

「あらら。日没になっても目覚めないって、重症だね」

 

「医者を呼びました。この島の医者はちょうど出てるそうで、明日朝来るそうです」

 

「先走って個人的に呼ぶなんて心配性だね。それとも愛かな?」

 

「愛って言ったらもう少し気をつけてくださいますか?」

 

「んっ、んんんんっ!?」

 

「冗談ですよ。何動揺してるんですか。

 お願いですから、もう少し監督として気を遣ってください」

 

「あ、ああ、そうなんだ。ビックリした」

 

 冗談なんてあんたが普段から言ってることだろうがこのダサグラサン。

 俺は今結構怒ってんだぞ。

 どうなるか分からねえ俳優を使う時は、せめて気を遣った采配してくれ。

 じゃねえと、こうなるんだよ。

 

「特に理由もなく倒れたんだから、特に理由もなくさっさと起きてくると思ってたんだけどね」

 

「漫画じゃないんですから。

 人間が倒れるメカニズムには当然理由があります。

 突然何の理由もなく意識が吹っ飛ぶような生物なら、人間とっくに滅びてますよ」

 

「ん、それは確かに」

 

「あれは血管迷走神経性失神だと思われます。

 神経調節性失神症候群、とも言いましょうか。

 恐怖やストレスが、脳貧血などの失神原因を引き起こすんです。

 子供が学校の朝礼で倒れることがあるでしょう。

 あれです。

 神経バランスが変わりがちな子供は、あの時期だけ朝礼中に起立性の脳貧血を起こすんです。

 通常、この症状は過度のストレスや恐怖などが原因となります。

 景さんは役に入り込みすぎるあまり、殺人を目撃したショックで神経反射を起こしたのかと」

 

「ああ、ありそうだね」

 

 ……驚いてねえな。

 驚くフリすらしてねえ。

 "人の死を見る役に入り込みすぎて嘔吐・気絶した"くらいは推測してたってことか。

 クソが。

 

「この症状は、あまりにも役に感情を入れ込んだ結果発生したものであり……」

 

「そうだね。君の母親がよく起こしてた症状だ。

 親のために色々と調べて、結果的に詳しくなった君は、息子の鑑だと思うよ」

 

「―――母のことは、関係ないでしょう」

 

「かもしれないね」

 

 大事なのは今の景さんのことで、それが全てだ。

 

「多くの場合、この症状は横になっていれば回復します。

 脳や、脳に血液を送り出す心臓に血液が戻るからです。

 それでも意識が何時間と戻っていない景さんは、相当『深く』まで役に入っていたようです」

 

「なるほど、君が焦って医者を呼ぶわけだ」

 

「景さんの体に問題はないと思います。そこは確信してます。

 でも、念の為です。撮影に影響が出るスキャンダルにはならないよう、気を付けてます」

 

「うん、ありがとう」

 

 百城千世子にスターズの人気俳優11人だ。

 下手に医者でも呼びゃあ、港を見張ってる週刊誌の記者あたりがあることないこと書き散らすに決まってやがる。

 医者がここに来ただけの話が、『速報! スターズ撮影で大事故か!? 隠される傷害事故!』くらいの見出してスクープされることは想像に難くねえ。

 

 景さんはもう何時間も起きてねえ。

 ここが本土なら、俺は焦って医者に連れてったこったろう。

 だがここは島で、十分な医者が常備されてるわけでもなくて、島と本土を行き来する定期便は数えるほどしかなく、交通は週刊誌に見張られてる。

 迂闊は、映画の死を招く。

 それは週刊誌とそれの読者以外誰も望んでねえ結末だ。

 

 監督以外の来客も来るかもしれねえ、と思ったんで、景さんの髪を優しく撫でで、髪の毛に付いてた癖を優しく直してやることにした。

 手を動かしながら、会話を続ける。

 

「そもそもですね、監督」

 

「ん、なんだい?」

 

「前に時代劇の撮影があったんです。

 景さんはその時に見てるはずなんですよ。

 他俳優の切る真似をする演技も。

 役の目に映る、切り捨てられる子供も。

 なのに、その時は吐かなかった。

 なのに、今回は吐いてしまったんです。なぜか」

 

「へぇ、それはちょっと面白い話だ」

 

「理由はいくつか考えられます。たとえば、マルチタスクが脳に負担をかけていたか」

 

 起き上がった時、景さんの体とベッドの間に挟まれた景さんの髪が固定されて、髪の毛が抜けることにならないよう、そっと髪の位置を調整してやる。

 

「あるいは、成長によって役に潜る深度が増し、感情移入しすぎていたか」

 

 髪をさらりと流して、掛け布団を肩までかける。

 気温は高めだったから、室温は冷房で相応に下げて、心地よく眠れるように。

 

「……仲間と、隣の茜さんと仲直りするために、気合いを入れて深くまで役に潜りすぎたか」

 

 前髪を整える。

 美人がブサイクに見えないように。

 仰向けだから、起きた時に前髪が目に入らないように。

 

「朝見た俺製の生首見て、吐き気を抑えていたのが効いたか。つまり、俺のせいか……」

 

 俺のせい、かもな。

 景さんの髪からそっと手を離すと、手塚監督が笑っていた。

 

「君のせいってことはないんじゃないかな」

 

「さて、どうだか。分かりませんよ、本当のところなんて」

 

「やれやれ」

 

「本当はこういう危険性が見える撮影は全力で止めるべきなんでしょうね。でも……」

 

「でも、君は見惚れた。彼女が演技してた時は、素晴らしいとすら思ったはずだ」

 

「―――」

 

「我に帰ってからの君の行動も、実に人道的だったと思うよ」

 

 ……ああ、そうだよ。

 見惚れたよ。

 心の底から。

 おふくろのことを思い出しながら、おふくろのことを忘れそうなくらいに強く、目で見て耳で聞きこの記憶に刻んでた。

 

 今の夜凪さんの演技の姿勢を、俺の本心は肯定的に捉えてる。

 その果てに死んだ母親(バカ)を知ってるのに、その上で、否定できねえ。

 

「君は自分の命と『素晴らしい作品』なら、自分の命を下に置くんだろうけど……」

 

 それは、そうだが。

 

「それは、君の中にとても強い良心があるから成立していることだ。

 他人の命を自分の命より上に置く君だから成立していることだ。

 もし、当たり前の人間のように、君が他の人の命を自分より下に置いたら……」

 

 ……!

 

「君の中で、その他人の命は、素晴らしい作品を撮るための犠牲にしてもいいものになる」

 

「―――なりませんよ、大丈夫です」

 

 うわっ。

 すげえ薄っぺらい宣言になっちまった。

 俺自身が信じてねえ断言なんて、こんなもんか。

 ろくな人間じゃねえよな……俺は。

 

「夜凪ちゃん見てると、末期の君の母親を少し思い出さない?

 全然似てないけど、何故だか少しだけ思い出すよね。

 あの子が危ないことをすると、君は色々思い出して、自分を戒めるんじゃないかな」

 

「息子から言わせてもらうと、そんな似てませんよ」

 

 この人は。

 周りの人に聞かれりゃ、俺の親父もおふくろも好ましく思ってたと言うだろう。

 大人だから。

 笑って平気で嘘をつけるから。

 だけど、息子の俺にその辺の嘘が分からねえわけがねえんだ。

 

「手塚監督は、俺の母親が嫌いでしたね」

 

「ははっ、父親も嫌いだよ。

 君には申し訳ないけどそこを隠す気はないかな。

 有能だったから、同僚としては信頼してたけど……

 僕は心情的には君寄りだから、子供を残して消える親はちょっとね」

 

「そうですか。でも俺は大好きな親ですし、今でも愛してますよ」

 

「君にとってはいい戒めだろうからね。

 あの二人が残したものは君の中で、良い意味で大きいんだろう。

 良い影響も多く残してるんだろうね。

 でも僕は本当のところ、信頼してただけであんまり好きじゃないんだよ、あの二人」

 

 この人はただ、特に深い理由も因縁もなく、俺の親と俺のどっちが好きかといえば俺の方が好きだというだけのことで、心情的に俺の味方をしてくれている。

 俺が好きな親をこの人が悪く言っても、だからか悪い気はしねえ。

 

「ありがとうございます。俺のために怒ってくれて」

 

 手塚監督が口元を一文字に結んで、サングラスを指で押し上げた。

 

「好きな親をバカにされたら、怒っても良いんだよ、君は」

 

「いいんです。皆さん、優しい人ですから。俺も親も、ろくでなしですから」

 

 先人バカにされたら俺も怒るさ。

 単にバカにするつもりなら俺も怒る。

 でも、そうじゃねえだろ。

 

 撮影中、俺はずっとあんたの思考を拾ってる。

 あんたの頭の中の作りたい映画を形にするため、俺はずっと手足に徹してる。

 手足を気遣う頭に向かって怒るやつがいるか?

 いねえだろ。

 

 だからさ。

 景さんがとんでもねえことするの喜んでねえで、景さんのことも万が一を考えながら、気遣ってやってくれよ。

 なんとなく。

 なんとなくだけど。

 あんた、景さんをとても頑丈な、何かにぶつけて対象をぶっ壊す何かだと思ってねえか。

 

「でもやっぱり、人が死ぬのは嫌ですよね。本当に」

 

 ああ、これが俺の本音だな、と他人事のようにしみじみと感じられた。

 

「……ああ」

 

「監督。時には独断で俳優の安全対策をする許可をください。

 安全対策をした後には、必ず監督に報告すると約束しますから」

 

「ああ、もちろんだ。予算もいくらでも使ってもいいよ。そっちは僕が調整する」

 

「ありがとうございます」

 

 監督には監督のやりたいことがあるんだろうさ。

 

 でも俺にも、万が一にも壊れてほしくねえってもんはあるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 景さんの服が汚れねえよう、俺の腕で吐瀉物を受け止めたりしてたが、それでもやっぱり衣装は汚れちまった。

 今洗濯にかけてるが、明日までに乾くかどうか。

 デスアイランドの学生服はベースが真っ黒だから、ゲロのシミは目立たねえんだが……ネクタイの白地にガッツリゲロが染み込んじまった。

 ちょっと変色してるかもなぁ。

 クソッ。

 

 染料ってのはpH*4にかなり左右される。

 天然染料とかはエグいレベルで影響される。

 人間の胃液って塩酸以上濃塩酸以下とかいうとんでもねえ酸性だからな。

 胃液の中の酵素を塩酸の中にぶち込んでも死なねえんだぜ。

 そりゃ大抵の菌も死ぬわ。

 凄えな人体。

 

 まあそういうわけで、ゲロは結構シミになりやすい。

 洗濯終わってもネクタイにシミが残ってたら、新しいの作らねえとなあ。

 外見が同じやつもう一本。

 景さん明日も撮影あるし。

 ねえと明日からの景さんが困る。

 

 ただ、ゲロで発生した困り事は景さんの服が汚れたかも、ってことじゃなかった。

 その、なんだ。

 景さん着替えさせねえといけねえことがだな。

 女性の手を借りないととても困ったことになってた。

 

 つーわけで、茜さんに景さんの服を着替えさせてもらったわけだ。

 ゲロ服着たままじゃ流石に借りてる宿泊施設のベッドに寝かせんのは気が引ける。

 茜さんは景さんの演技に何か思うところがあったようで、景さんのお世話に献身的になってくれた。

 

 景さんが倒れて、茜さんが着替えさせて、茜さんを先に休ませて俺が看病してて、そこに監督が来て、茜さんを残して俺と監督が離脱して、茜さんが看病に入って。

 俺は何時間か景さんの看病に回ってた分やってなかった仕事を終わらせて、ついでに景さんのネクタイの使うかもしれねえ予備を作って、仕事を続けた。

 

 そして翌日。

 朝起きたばかり風味な俺の下に、景さんが茜さんの手を引いてやってきた。

 

「仲直りしたの、私達!」

 

「おはよ、英ちゃん。ちょいとお邪魔するで」

 

「あ、そうだわ。おはよう、英二くん」

 

「朝の挨拶より優先とかよっぽど嬉しかったんですね……おはようございます」

 

 よかったよかった。

 なんか仲直りできたのか。

 まあ互いにちょっと認識のズレがあっただけだしな、よかった。

 

「どう仲直りしたんですか?」

 

「あのオーディションで、私が悪かったから」

「あのオーディションで、私が悪かったんや」

 

「……!」

「……!」

 

「いや、私が!」

「いや、私が!」

 

「俺朝飯まだなんでお二人も一緒にどうですか? いやー楽しみだなー今日の朝ご飯!」

 

「あ、うん」

 

「せやな」

 

 ……流石に、話を中断させるにしても大根演技すぎたか。

 生暖かい視線を感じる。

 こっち見んなや。

 

「英二くん、仕事してたの?」

 

「はい、ちょっとこの先使うので」

 

 景さんが俺が一分前まで弄ってた偽物の木を拾い上げ、言った。

 

「作り物がいっぱいだわ……何時から作ってたの?」

 

「六時から今お二人が来るまでずっとですね」

 

「六時から……早起きさんだわ」

 

 なんか景さんが十二時間くらい勘違いしてる気がするがまあいいや。

 突っ込んでも藪蛇だし。

 いやー仕事進んだ進んだ!

 今日は早く寝れるな。

 健康的な睡眠計画が立てられる。

 

 景さんが先に進む中、その後を俺と湯島さんがついていく。

 

「英ちゃん、せめて昼寝とか取らんといろんな人にチクるで」

 

「……はい」

 

 バレテーラ。お前読心能力者か何かかよ。

 

「六時からなら英ちゃんの仕事した量があんなに多いわけないやん」

 

「ごもっともです」

 

「英ちゃんはなぁ。徹夜でゲームしとる子供みたいでほっとけんわ」

 

「俺に母性アピールして何をするおつもりですか」

 

「しとらんわ!」

 

 好きなものが洗濯とアイロンって時点であんたの母力は大概だぞ。

 

「……夜凪ちゃんにな、悪いことしてもうたわ」

 

「夜凪さんが許してるならそこで終わりです。違いますか」

 

「せやかてな。夜凪ちゃんの演技を私が理解出来てれば、問題なかったはずなんや」

 

 あれ理解しろってのはキツくねえかな。

 少なくとも俺はそれを茜さんの失態とは思わねえぞ。

 

「英ちゃんなら、ひと目で見抜いてたんやろ、あの子の演技の本質」

 

「……それは」

 

「"物の価値が分からん愚か者"とか言うやん? うち、それやったんやろな」

 

「茜さんは愚か者なんかじゃありません。

 景さんの演技は大抵の人が見ても分かり辛いものですから」

 

「ええんや。夜凪ちゃんに悪気はなかったんやから、許さんかった私が悪い」

 

 あーもう。

 いい人だなこの人は。

 "しょうがないことだった"で許しに行って、謝りに行ったのか。

 誤解とかなくても景さんのあれは許せねえ人、そこそこいるって。

 茜さんが、俺と景さんを交互に見て微笑む。

 

「夜凪ちゃんは私と違って、英ちゃんと同じ景色も見えるんやろな」

 

「……ははっ、なーに言ってるんですか。今、俺と茜さんは同じ景色を見てますよ」

 

「―――」

 

 茜さんの言ってることが、分からねえ俺じゃなかった。

 その意図が汲めない俺じゃなかった。

 それは茜さんだって分かってる。

 

 その上で、俺は会話をズラした。

 変な劣等感持つなって。

 ……その劣等感が俺のせいなら、俺はいくら謝ったって謝り足りねえ。

 同じ作品の撮影してて、同じ集団に居て、同じ景色を見てる。

 今は、それでいいだろ。

 

「英ちゃんは、周りに甘えとるな」

 

「……自覚はあります」

 

「ええんやで、甘えても。

 私はここにおる内は、頑張っとるから。

 辞めたいと思った時、辞めんで踏ん張る沢山の理由の一つに、英ちゃんも使ったる」

 

「……」

 

 この業界から友人に消えてほしくねえってのは、俺のワガママだ。

 じゃあ、友人がそのワガママ聞いてくれてるってのは。

 沢山ある辞めない理由の一つに、俺のワガママを聞くって要素を入れてくれてんのは。

 この人の好意だ。

 この人の優しさだ。

 まったく。

 なんで客観的に見て、茜さんより業界で食っていく才能に恵まれてる俺が、精神的には茜さんの舎弟みたいになってんだろうな。

 たまげるわ。

 

「うちもまだ大女優諦めてへんからなー!」

 

「その意気です! バックアップは任せてください」

 

「夜凪ちゃんとも仲良くなれるとは思っとらんかった。

 世の中思いがけないことなんて沢山あるもんや。そう……」

 

 俺の方から息を合わせて、声を合わせた。

 

「「 人生はチョコレートの箱、開けてみるまで分からない 」」

 

 楽しく笑って、朝飯にゴー。

 

 茜さんに席取ってもらって、俺と景さんで三人分の飯を取りに行く。

 ここの食堂の飯は美味い。

 ついベーコンレタスサンドとサラダと野菜スープの野菜づくしを選んじまった。

 特に好きなメニューってわけじゃねえけど、まだ食ったことのねえメニューが気になって仕方ねえんだ、これは男のサガだ。

 

 景さんと飯を運びながら、言葉を交わす。

 

「茜ちゃんには、とても酷いことをしてしまったの」

 

「茜さんが許してるならそこで終わりです。違いますか」

 

「でもやっぱり、皆が私のフォローしてくれてたのに、私だけ暴走してたのは……」

 

「気持ちは分かりますけどね。謝り合ったならもういいんじゃないでしょうか」

 

「うん、そうよね。茜ちゃんともっと仲良くならないと」

 

 ……切り替え速えな。

 

 俺、なんつーか。

 複雑な感情を抱えつつ噛み締め、頑張って笑って前に進んでく茜さんと。

 基本ネガティブな癖に、感情を人格ごとコロコロ排出したり装填したりしてるから、さっさと気持ち切り替えられる景さんと。

 見比べてるとこう……筆舌に尽くし難い感情が湧いてくる!

 

 そうだよな!

 この先喧嘩とかしたとしても、感情切り替えられねえ茜さんがむすっとし続けて、感情サックリ切り替えられる景さんが仲直りしようとして、今回と同じ構図になるのがありありと見える!

 これちょっとズルくねえ!?

 

「早速芸能界で女優の友達が出来てしまったわ。

 英二くんは……女優の友達とっても多そうね」

 

「あの、言葉にトゲがないですかね」

 

「無いわ」

 

「無いんですか……いや俺の知人は中年男性が多いですよ。

 特撮の名の知れた有能なスタッフさんは大体そうですしね」

 

「そうなの?」

 

「話が合う人とは仲が良くなりやすいものです」

 

「そうね。私も、茜ちゃんや……千世子ちゃんと仲良くなっていかないと。

 茜ちゃんとやっと仲直りできたんだもの。ここからちゃんと、本当の友達にならないとね」

 

 一息、間が空いた。

 景さんが俺を見て何かを思い出すような顔をする。

 景さんが何言うか、なんとなく分かった。

 

「「 これが、私達の美しい本当の友情の始まりだ 」」

 

 景さんがキョトンとして、一瞬後に、とても幸せそうな笑顔を浮かべた。

 

 本当に美人だよなあ、この人。

 

「英二くんって、本当に私の気持ちを分かってないの?」

 

「分からないことは分かりませんよ。そうですね。

 今の景さんが、初めて出来た同年代同業者の友達に、喜びを感じてることくらいでしょうか」

 

 景さんが照れ臭そうに微笑む。

 

 分かるさ。

 夜凪さんにとっての茜さんが、俺にとってのアキラ君だったから。

 

 ガッツがある優しい友達ってのは、才能も能力も抜きで大切に思えるもんだろ?

 

「いい友達になれると思いますよ、二人とも。

 芝居が好きで、一生芝居をして生きていたいと思ってる二人ですからね」

 

 友達と友達が仲良くしてれば。

 応援してる俳優と俳優が仲良くしてれば。

 それだけで、嬉しい。

 

 舞台の上で輝く人達の間には、絆があってほしい。

 

 こいつも俺のワガママだが、できればそうであってほしいと、いつも祈ってる。

 

 

 

*1特撮の合成など、『合成素材』は特撮や美術の担当が撮影期間中に用意しておく。なので編集担当から事前に「なんか便利に使える合成素材用意しておいて(はぁと)」などと曖昧に言われることもある。

*2気道確保に使われる、意識がない人間に取らせるべき体勢。

*3ポストプロダクション。撮影後作業。撮影映像を編集し、音を付けて、特殊効果を追加し、画を合成し、上映時間に合わせて映像を切り削って時間内に収め、映画館上映用のフィルムや店頭販売用のDVDなどの製作もポスプロに含まれる。デスアイランドでは大型機材を設置する部屋を借りれなかったからか、夜になってから森の中にパソコンを設置して監督達がせっせとポスプロをやっている。かなしい。一ヶ月の撮影であれば撮影完了から五ヶ月ほどのポスプロを経て、劇場公開用フィルムは完成する。

*4酸性かアルカリ性か。例えば木綿や麻などのセルロース繊維を染色する場合で、これを直接染料で染色する場合、一般に酸性側で染着率が高く、アルカリ側で染着率が低い。ただし染料を溶解させる溶媒はアルカリ性の方が好ましく、人間の体も弱アルカリ性のため、一般的には中性やアルカリ性で染色される。




茜「ナチュラルに『俺は夜凪さんの手当て何もしてませんよ』みたいなツラして、実際何も言わんで夜凪ちゃんと話しとる英ちゃんは……英ちゃんやな!」

真咲「うひゃあ」

烏山「(笑いをこらえる顔)」



 夜凪が嘔吐して倒れてるところ、いわゆる回復体位っていうのになっていたので、原作でも呆然として立ったままの茜さん以外の誰かが回復体位取らせたんだと思うんですよね
 多分





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