ノット・アクターズ   作:ルシエド
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手塚監督の望むもの、その一つ

 景さんの変化は、割と面白い。

 

 時代劇の時とか、デスアイランドオーディションの時の景さんが周囲にかけた迷惑は、景さんが自分を制御できてないからこそ起こったもの。

 つまりは、景さんの未熟さゆえのものだった。

 

 が、今回の撮影への悪影響は、景さんの演技に茜さんや和歌月さんが影響され、引きずられてそれぞれの対抗心を見せちまったことが原因だ。

 つまりは、景さんの優秀さゆえのものだった。

 

 ぶっちゃけ、景さん一人ならどうにかなったんだ。

 海水濡れになる衣装は一着だけで、それなら撮影に遅れが出るって可能性さえ無かった。

 三人まとめて落ちたから最終的に三時間の遅れが出たわけだ。

 景さんが最初のオーディションから見せてた"引き込む力"が、二人の女優を引き込み、撮影全体に影響を及ぼし始めてやがる。

 やがてどこかで、制御不能になるかもしれん。

 それは監督の撮ろうとしてる映画が撮れなくなることを意味し、誰も予想してなかった映画が完成することを意味する。

 

 それを手塚監督が分かってねえはずがねえ。

 分かった上で、采配してるはずだ。

 今回の崖上の撮影だって、テストを一回やってりゃ避けられた事態のはずだ。

 

 と、なると。

 

「一度、俺の記憶と判断を、客観的に整理してみる必要があるな」

 

 あの時の俺は、あまりにも動揺しすぎてた。

 記憶を精査する必要がある。

 そもそも俺は、飛び降りの可能性を考えてなかった。

 この撮影でそうなるわけがねえと、景さんの能力と人格をある程度読んだ上で判断してたはずだ……景さんの外側に、景さんの暴走の理由がある?

 

 景さんはカメラの客観視点を得ていた。

 俺もそんな景さんを見守っていた。

 景さんの性質は、手塚監督も把握していた。

 スタッフは驚いてたが、皆が崖から落ちてから助けに行く流れは、とてもスムーズだった。

 

―――あら

 

 景さんが飛び降りた時、手塚監督はそれだけ言った。

 驚きもなく。

 動揺もなく。

 想定、していた?

 

―――カットかけるの忘れてた僕のミスだけど

 

 俺は手塚監督がカットかけるの忘れたところ、一度も見たことねえぞ。

 あれだ。

 あれが、俺の予想と景さんの想定を揺るがせた。

 いや、そもそも。

 

―――カメラ回ってるし勿体無いから続けて貰おう

 

 "続けて貰おう"?

 いや、これ、茜さんが飛び降りねえなら撮影続ける意味ねえだろ。

 茜さんや和歌月さんが飛び降りねえなら、二人は崖の前で立ち止まるだけなんだからよ。

 景さんが飛び降りたところは撮れてんだし、茜さんが飛び降りるシーンは合成で済ませられるってことは分かってんだ。

 "続けて貰おう"は……『期待』?

 続いて飛び降りてくれるかも、っていう期待?

 

「撮影記録だ。チェックしねえと」

 

 撮影記録をチェックした。

 岸側から、海越しに崖と滝、そして飛び降りる景さん・茜さん・和歌月さんが映ってた。

 おい。

 おいコラ。

 なんで()()()()()()()()、これ。

 

 カメラは回してなきゃ撮影されねえ。

 かつ、撮影時しかカメラは回されてねえ。

 だからこのタイミングでカメラが回されてるはずがねえんだ。

 飛び降りる景さん達が撮影されてるわけがねえんだ。

 景さん達が飛び降りる予定はなかったんだからな。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……焦ってた俺がいて。

 焦りの欠片もなかった監督がいた。

 

 カチンコの音で役に入り、カチンコの音で現実に戻る景さんは、その生殺与奪の権利と自分自身の操作権を監督に握られているも同然。

 あの瞬間。

 景さんが飛び降りるか飛び降りねえかの選択権は、手塚監督の手の中にあった。

 

 手塚監督は景さんが飛び降りることを確信してたのか、してなかったのか。

 どっちなのかは分からん。

 どっちもありそうだ。

 証拠はねえ。

 だから確信してたか、してなかったか、どっちかだと言い切るのは無理だ。

 

 だが、景さんが飛び降りることは確実に想定してやがった。

 すぐさま下の海に拾いに行けるくらいには。

 あの這い上がれる気配もねえ崖下の海で、死人出さねえ自信があったくらいには。

 その飛び降りの瞬間を撮影できるくらいには。

 ……舐め腐りやがって。

 

―――先走って個人的に呼ぶなんて心配性だね。それとも愛かな?

 

 あの時のあんたの台詞は。

 

 今日のここまで想定に入れて、俺に探りでも入れてたのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手塚監督に話に行こうとしたら、監督と景さんと茜さんと和歌月さんが話してた。

 

 反省会か。

 もうこんなことがないように、っていう話し合いだな。

 少し待とう。

 景さんが謝りながら、何を思ってああしたかを説明してる。

 

「ごめんなさい。

 カットがかかったらお芝居が終わると思っていたのだけど……かからなかったから……」

 

 だよな。

 景さんにとっちゃ、カチンコの音だけが、同時に響くカットの掛け声だけが、現実の自分と作り物の自分を仕分ける境界線だ。

 監督がカチンコ鳴らしてカットをかけなきゃ、景さんは戻って来れねえ。

 元の自分に戻れねえ。

 最初に頭の中に設定した思考回路に準じた形でしか思考できねえ。

 

 それは命綱みてえなもんだ。

 景さんが監督を信頼して預けてた命綱。

 監督の手の中に預けた景さん自身の生命線。

 手塚監督は、そいつを巧みに操り弄った。

 景さんは"自分が思っていた以上にケイコを演じすぎて自分の意志に反し飛び降りた"。

 いや、飛び降りさせられたわけだ。

 良心的な監督なら絶対にカットかけて、景さんを飛び降りさせなかっただろうしな。

 

 怖え。

 いや、本当に怖い。

 景さんはよくこんな危ねえ演技法を躊躇いなく実行できるな。

 その頭のどこかがイカれてる感じ、何故か好感が持てる。

 

 黒さん、自分の手で完成させてえなら、早めにこの人を女優として完成させてくれ。

 百城さんと違って、この人は見てると時々本当に怖くなる。

 信頼できるのに、怖え。

 景さんが大女優になって、目障りだと思った会社の監督が景さんに"そういう"役を割り振って、役に入りきった景さんの演技中に意図的にカチンコを忘れれば……多分、簡単に事故死に見せかけて殺せる気がする。

 "役に入り込みすぎた女優の判断ミスによる事故死"とかで。

 

「夜凪ちゃんが飛び込んで、私が飛び込まん訳にもいかんかなって。

 ……なんか悔しいし……すみません」

 

 茜さんが、そう言う。

 景さんに敗北感や劣等感だけじゃなく、"負けるか"って競うそのガッツは評価してえ。

 ……あーなんか、茜さんは色眼鏡を外したつもりでも贔屓目で見ちまうな。

 色眼鏡と贔屓目のダブルで見てる普段の俺は相当駄目くせえ気がする。

 

 対抗心。

 あとは、友情か。

 『友達が勇気出したんだから自分がビビってられない』みたいな感情があったのかもな。

 対抗心と友情の共同意識が混ざってんのは、とても普通の人らしいと思う。

 

「合成なんかより本当に飛び込んでしまった方が良いかと……

 役者としての私の意思です! スミマセン」

 

 和歌月さんはより良い映像を求めるプロ根性が飛び降りた理由か?

 いや、それだけじゃねえな。

 茜さんと同じ対抗心、されど茜さんより大きな対抗心。

 "あいつにだけは負けてられない"っていう競争心か。

 最初の出会いとオーディションの結果は、景さんと和歌月さんの関係性をかなり強めに固定してると見たぜ。

 

 "とりあえず飛び込みの合成無しで撮る"って通達より、"飛び込み合成はそもそもないよ"ってキッパリ通達して何度も何度も念押ししてた方が良かったか。

 ……俺のせいだったのかもしれん。

 ここまで想定して、監督達が言ってなくても俺が和歌月さんにそういう通達してれば、少なくともリスクはまだ軽減できた……はずだった。

 まだまだ、俺も二流か。

 

 前例あんだよなあ。

 こういう、微妙な認識の差異が後々に響くやつ。

 伝説の名作、宇宙刑事ギャバンの主演・太葉健二*1さんは、ギャバンの撮影の時、ロープを持って15mほど落下し、15m分の衝撃を腕力だけで支え、ターザンのように移動などの撮影を行ったって話だ。

 だが、太葉さんにとってギャバンの撮影はむしろ比較的優しいもんだったらしい。

 太葉さんがもっともヤバかったと言ってた撮影は、ギャバン系のインタビューで明かされた、セスナでの撮影だった。

 

 時速120kmで飛ぶセスナとヘリ。

 セスナから吊るされた縄梯子から、ヘリから吊るされたロープへ飛び移る撮影。

 高速で飛んでるせいで音も聞こえねえセスナの中のスタッフがジェスチャーし、太葉さんは「飛び降りろってことか。マジかよ」と解釈。

 「いや、自分を石にすりゃいい。水切りと同じだ」と思い切り、飛び降り、水面でバウンドしながら50mほど吹っ飛び、全身打撲で医者の世話になったとか。

 それを見てた偉い人は「死んだ」と確信したらしい。

 ところが太葉さんは死ななかったどころか意識すら失わず、全身打撲で海に落ちながらも泳いでたんで溺れ死ぬこともなかったらしい。

 なんだこいつモンスターか?

 

 極めつけは、その顛末。

 スタッフは「絶対に降りるな」とジェスチャーしてたらしい。

 つまりただの勘違いだったってわけだ。

 ひっでぇ。

 

 スタッフと俳優に認識の差異があると、そいつが思わぬやらかしを生む。

 特に俳優は、主体者だ。

 その人自身が望めば、いくらでも危険なアクションをやれる。

 そして根本的な話、俺にそれを止める権利はねえ。

 危険なことをやると決めたのはその人だからだ。

 

 思い切りが良いアクション俳優って意味じゃ、和歌月さんは太葉さんの系譜をしっかり受け継いでるのかもしれん。

 あんま喜べねえことだが。

 

 景さんは役に殉じ。

 茜さんは対抗意識と友情を持ち。

 和歌月さんは対抗心にプロ意識を上乗せした。

 

 三人の謝罪を受けた手塚監督が、内心の読めない軽薄そうな笑みを浮かべている。

 

「ま、今日はケガもなかったし良い画が撮れたし……

 元はと言えばカットかけ忘れた僕のミスだしね」

 

 監督が自分の非を認め、自分の責任であることを公言する。

 こういう主張を監督がする限り、プロデューサーや事務所は監督を責めることはできても、俳優側を責められん。全責任は監督にある。

 その辺察したのか、茜さんや和歌月さんは申し訳無さそうな顔をしつつ、感謝の意を表して頭を下げた。

 "カットかけ忘れた僕が全部悪い"でこの話を締めるのは、本当に曲者って感じがすんなこのダサグラサンめが。

 

 ただ、本当のことを言わないだけで、責任取る気があるのは伝わってくる。

 この監督の嘘と偽装は、保身のためという要素が微塵もねえ。

 恐らくは、全員無事なまま良い映画を撮る、そのためだけのもの。

 だがまだこの監督の目的が全部見えねえ、監督の本心はどこにある?

 

「しかしカットがかかるまで芝居を止めないなんて、3人共役者の鑑だねえ」

 

 けらけらと監督が笑う。

 軽薄だから伝わりづらいが、本気の賞賛が混じってんな、これ。

 

「何言ってんスか監督」

 

 あ、堂上さんが会話に入っていった。

 一瞬こっちをちらっと見た。

 何故?

 

「身体張る必要のない場面で身体張る役者なんてただのバカだ。

 怪我でもしたら撮影中断だろ。金も時間も無意味になるでしょうが」

 

 うわぁ言っちまった。

 心情的にはこっちの味方したくなるぞ。

 こういうイライラは珍しいな、堂上さん。

 

「竜吾さん、私に負けるなって言ったじゃないですか」

 

 "この人にだけは負けられないんですよ私は"と言わんばかりに、和歌月さんが不快そうな顔をする。

 

「度胸試ししろとは言ってねぇよ」

 

 堂上さんが怒りを露わにする。

 和歌月さんへの……いや。今の一瞬の視線の動き。

 和歌月さん以上に、景さんへの怒り?

 "仲間を危ないことに巻き込まれた怒り"か? 和歌月さんと堂上さんやっぱ仲良いな。

 

「ったく、こんな素人のゲロ女に感化されやがって」

 

「なっ……」

 

「ちょっと失礼でしょ!」

 

 景さんが小馬鹿にされて茜さんが怒り、和歌月さんが怒って立ち上がり声を上げた。

 おい和歌月、オーディションで景さん相手に敗北感味わって、以後ずっと対抗心持ってて、景さんが馬鹿にされると怒るって、お前ベジータか何かか。

 ちょっとワクワクする反応を見せるんじゃねえ。

 

 だが、流石にこれ以上は看過できねえな。

 撮影チーム内にあんま対立構造を作りたくねえ。

 堂上さんが止めて、たしなめようと俺が一歩を踏み出した瞬間。

 監督が周りの人に見えないよう、俺を手で制した。

 ……。

 撮影に必要なのか? これが?

 

「また言った、ゲロ女って……」

 

「気にせんでええから」

 

 景さんが落ち込んで、茜さんが景さんの頭を撫でて慰めている。

 木梨さんが景さんのファンになってたのを、ふと思い出した。

 スターズとオーディション組の二軸状態だったところに、景さん派閥とそれ以外って二軸状態が出来始めてる?

 だとしたら、これが監督の目的なら……『撮影チームの中で衝突する状況』を作りたいわけだから……誰かと、景さんをぶつけたい?

 

 ぶつけることにより、何かが得られることを期待している?

 殺し合いの空気を作って、演技の迫真性を引き上げ、本気でぶつけ合いたい人間がいる?

 だとしたら。

 「スターズとオーディション組の二軸」、「不確定性と確定性の二軸」、「夜凪景に影響された者とそれに反発する者の二軸」、なら。

 この軸で景さんと必ず対立する人間は。

 監督が景さんをぶつけて、監督が何かしらの目的を達成しようとしてる相手は。

 

 ―――百城さんか?

 

 まだ確定じゃねえし、うっすらした推測だが、そうなのか?

 

「夜凪……だっけ? 俺は認めねぇよ。お前みたいな役者」

 

 瞳に怒りを浮かべて、座る景さんを見下ろす堂上さんを見て。

 

 一瞬口元に笑みを浮かべた監督を、俺は見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 百城さんは周囲に内心を読み切らせず、景さんは自分の先の行動を周りに読み切らせねえ。

 "計り知れない女優"ってのは相応のポテンシャルを持ってるってのがよく分かる。

 二人は対だ。

 だからおそらく、最も向いた撮影環境も違う。

 景さんは不確定要素が多い方が強く、百城さんは不確定要素が少ない方が強い。

 

 何が起こるか分からねえ状況に、景さんは素早く的確に対応する。

 また、ギチギチに固めてねえ撮影の方が景さんの強みは出やすい。

 100の予算が10の出来にも100の出来にもなりそうな撮影で、200の出来の映画を作っちまいそうなのが景さんだ。

 不確定要素が増えるほど、メチャクチャな景さんが有利になる。

 

 百城さんは、"何が起こるか分からない"となる要素を一つ一つ除去していく。

 不確定要素の排除と、それによる安定した売れる作品の製作がこの人の強みだ。

 100の予算で145から155の出来の映画しか生み出さねえのが、あの人の真骨頂。

 不確定要素が減るほど、いつも通りに芝居ができる百城さんが有利になる。

 

 まるで、物語における主人公と敵組織みたいだな。

 ヒーローと悪の組織とか、勇者と魔王とか、ああいうの。

 

 敵組織は長く時間をかけて計画を立てるが、正義の味方はその場のノリでぶち壊す。

 魔王は邪魔になりそうな人間をちまちま排除して不確定要素を減らすが、勇者は仲間と不確定要素をガンガン増やして最後に奇跡を起こす。

 ボスキャラ達は計算と計画で、主人公達は熱意や奇跡を目標達成に使う。

 主役は挑み、敵はそれを受けて立つ。

 

 不思議な対立構造だ。

 ただまあ、景さんも百城さんもどっちも悪じゃねえんだが、景さんが挑戦者ということもあってこの対立構造は割としっくり来る。

 百城さんがいつも作ってる安定した撮影環境をぶっ壊してるって意味じゃ、景さんの方が大魔王かもしれねえけど、そいつは脇に置いとこう。

 

 もしも推測通り、監督が監督という最上位の立ち位置からバックアップし、景さんを百城さんにぶつけようとしているなら、百城さんでもどこまでいつも通りに撮影ができるか。

 秩序の塊に混沌の塊をぶつけるようなもんだ。

 どうなるか、俺にも分からねえ。

 

「手塚監督。話があります」

 

 俺は部屋で映像を確認している手塚監督に会いに行き、全ての推測を叩きつける。

 

 監督は景さんが飛び降りるかは"そうなるかも"程度にしか思ってなかったと言っていたが、他は大まかには肯定した。

 

「気付いたのは君と千世子ちゃんだけだね。それもまた、必然かな」

 

「百城さんも、ですか」

 

「よく周りを見てるよ彼女は。この件で僕を問い質してきたスターズは彼女だけだね」

 

「でしょうね。あの人なら気付いていても何もおかしくはないです」

 

 だから、信頼できる。

 

「もっとリスクを極力排除しろ……って言っても、聞いてもらえないんでしょうね」

 

「リスクは極力排除してるよ。君が推測した通り、海に落ちた場合の想定もしてたからね」

 

「……正しい準備と想定でした。

 最初から海に本当に落ちる撮影の予定だったなら、あれでOK出る撮影も多いと思います」

 

 俺はリスクを恐れ、排除しようとする人間で。

 この人はリスクをコントロールする人だ。

 リスクを極限まで減らそうとするのは同じ。

 だが根底が違う。

 俺は知ってる人の『事故死』を恐れ。

 この人は『売れる作品に事故でケチがつかないこと』を求めている。

 

 俺は逃げ、この人は求める。

 その結果として、俺もこの人もリスクを削ろうとしてる。

 けど。

 最後の最後で、俺は僅かなリスクを恐れ、この人は僅かなリスクを許容する。

 

 『どんな撮影でも事故の確率を完全に0にはできない』。

 

 少し危険な程度の撮影なら、それで撮影事故が起こる確率より、交通事故に遭う確率の方がよっぽど高えよ。

 分かってる。

 分かってるがな。

 それでも俺は、0に近付けて、0にしていきてえんだよ。

 

「決定権は監督にあります。俺に何かを変えさせる権利はありません」

 

「君はそういうとこ本当に真面目だよね。だから大人受けがいいんだろうけど……」

 

 だから俺は。

 ネズミの撮影のあれも。

 抗議繰り返して撮影を中止させるんじゃなく、リスクを0にするのに手を尽くした。

 

 ふぅ、と手塚監督が、深く息を吐いた。

 

「僕はね、いい加減君を『二代目』以外の呼び方にしたいんだよ」

 

「はい?」

 

「君の親は良いものも悪いものも君に残していったんだろう。

 ほら、ああいう性格の人達だったしね。

 でも僕は、その『次』も見てみたいんだ。それも僕の本音なのさ」

 

「それと、手塚監督の方針が関係あるんですか?」

 

「ぶっちゃけて言うとあんまり関係無いかな」

 

「え……何故関係ない話をこの流れで?」

 

「方針に関しては君にしても仕方のない話だからだよ。

 僕がそこで期待してるのは、君でも天使でもなく夜凪ちゃんだからね、正直に言えば」

 

「……いいんですか、そこまで明かして」

 

「いいんだよ。それもきっと、良い結果に繋がるから。

 夜凪ちゃんは期待できるけど何するか分からないから、信頼できるかと言えば微妙だから」

 

「?」

 

「真面目に舵取りしてくれる人がいて初めて許容できる、ってやつさ」

 

 そうか。

 分かった。

 じゃあ俺はきっと、あんたの目的の邪魔になるだろうな、きっと。

 忠実な手足が時々頭の意向に逆らうかもしれねえが、いいのか?

 それも許容済みとか、何考えてんだこの人。

 

 薄っぺらく、陽気な笑みを監督が浮かべる。

 

「君の能力は非常に高いと思う。

 君の得意分野で君に勝てる人を僕は知らない。

 もう君の父親と比べても遜色ないと僕は思う。

 信用できるし、君がいればそれだけで仕事が格段に楽になる……でもね」

 

 でも?

 

「ただ僕にとっての君は、まだ『信頼できるキチガイ』には少し足りないかな」

 

「―――」

 

 ……。

 ああ。

 なるほど。

 あんたは確かに、親父の同僚だ。

 親父やおふくろが撮影の世界で大暴れしてた頃に現役だった人だ。

 

 俺に効く台詞を、よく分かってやがる。

 少し待ってろ。

 親父だって……俺は超えて……あんたに"父親を完全に超えたな"って言わせてやる。

 

「君が僕の予想なんか超えてくれると期待してるよ。

 夜凪ちゃんがどんなに大暴れしても、君がいれば一人の怪我人も出ない、ってね」

 

 ただ、なんか。

 "その人に自分の予想を超えてほしい"って気持ちは、痛いほどに分かった。

 この人は周りの人に、自分の予想を超えてほしい人だったんだろうか。

 

「……あなたは、全ての責任を取る気があるだけの無責任な大人です」

 

「だろうね。君の両親にもこんな曖昧な無茶振りしたことなかったよ」

 

「……」

 

「どうしちゃったんだろうね僕。夜凪ちゃんの影響受けすぎかな?」

 

 俺も、深く息を吐く。吐かずにはいられなかった。

 

「しょうがないですよ。見惚れるようないい女に振り回されるのは、男のサガです」

 

 方針は決まった。

 監督の意を汲みつつ。

 景さんや他の俳優さんが演じやすい状況を作りつつ。

 安全な撮影を形成してくれそうな百城さんなどと協力し、撮影の最後の一線を守らせる。

 やるっきゃねえな。

 

 でなけりゃ、この撮影、どこかで必ず破綻する。

 

「良い画を撮りたいというのは僕の意思だ。

 でも、願うものは君と同じさ。

 一人の死人も出さないで、皆で笑ってクランクアップの日を迎えたいよね」

 

「はい、監督」

 

 やってやるよ。あんたが監督で、俺は裏方だ。あんたの手足だ。

 

 だからその願い、必ず叶えてやる。

 

「失礼します。また明日」

 

「うん。また明日」

 

 部屋を出て、ドアを閉めようとした、その時。

 

「君が自分の作品より人の命を優先する姿は、親に似てなくて少し安心する」

 

 声が聞こえて、俺はドアを閉めるのを止めた。

 

「君が、千世子ちゃんに合うような造形屋になるにしても。

 夜凪ちゃんに合うような造形屋になるにしても。

 心のどこかで一線を越えないような人間になってくれたら、不安はないさ」

 

 それが、監督の最後の言葉だったようなので。

 

 俺はドアを閉めて、自分の部屋に戻るべく、歩き出した。

 

「あ、英ちゃんやん」

 

「茜さん」

 

「夜凪ちゃん落ち込んどったから、後で励ましに行ったげてな」

 

「分かりました。これから行きます」

 

「……」

 

「茜さん? なんで俺の頭撫でてるんですか?」

 

「英ちゃん元気出るかなーと思て」

 

 あーもー。

 

 いっそめんどくせーこと全部投げ出して、この人だけの味方になっちまおうかな。

 そんなことを、冗談めかして頭の中で考えた。

 百城さんしか頼れる有能な味方はいなそうで、怪我人出さねえように気を遣って舵取りしなくちゃならねえ。

 多少の寝不足もあって、つい弱気なこと考えちまった。

 でも、駄目だ。

 万が一にも百城さんを孤軍奮闘させるわけにはいかねえ。

 

「ありがとうございます。でも子役時代のノリをいつまでも引きずってていいんですか?」

 

「……あー、まあ、ええわ。今は棚に上げとく」

 

「あれま」

 

 ったく。景さんがこれ以上暴走して、スケジュールが狂って、堂上さんみたいにスターズで景さんを嫌う人が増えたら、監督の意図のせいで景さんがスターズの面々に嫌われるとかいうことになっちまう。

 スケジュールが崩壊すりゃ、茜さんがせっかく取れた映画の仕事が幻と消えちまう。

 結果、皆に景さんが嫌われかねねえ。

 俺が、俺と百城さんが、やるしかねえか。

 

 じゃなきゃきっと、全員笑って終われねえ。

 

 

 

*1旧JAC、現JAEの一期生。アクションクラブ出身の名俳優という意味で、和歌月の大先輩にあたる。『アクションスター』の擬人化のような、骨太な男の中の男。




 いい映画を撮りたい(監督の匙加減で自分の意思に反したことをさせられる)
 いい映画を撮りたい(僅かなリスクなら許容する)
 いい映画を撮りたい(でも怪我人が出るようなら許せない)
 いい映画を撮りたい(そのためならなんでもできる)
 いい映画を撮りたい(と思ってるけど具体的には自分の芝居のこと以外には考えてない)

 映画撮影チームの思惑は様々です

 さて、夜凪派閥(夜凪の演技肯定派、迫真の演技によって危険が発生する)と千世子派閥(夜凪のやり方を迎合できない)に徐々に二分化されてきました


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