ルシエドがソシャゲの企業の経済状況とか見るのに使ってるサイトです
で、そこで
「ソシャゲ会社なのに名前以外何の関係もない数年前の戦隊・キョウリュウジャーとのコラボを発表」
「ソシャゲの金でキョウリュウジャーの新規30分を撮影」
「登場人物は当時の人間を全員集めて撮影」
「ソシャゲ新作発表会で突如ヒーローショーを始めるキョウリュウジャー」
「広がる困惑と歓喜」
「コラボなのに新規撮影されたキョウリュウジャー30分の中でソシャゲ宣伝一切ない」
「『キョウリュウジャーが好きなだけの開発の素敵な暴走』と困惑しながらも喜ぶ声」
「撮られた新規一話はVシネマ級のクオリティ」
「新規CMもパロディながら非常に高品質」
「繰り返し上がる『何故無関係のソシャゲがこんな高品質なものを』という困惑の声」
「ソシャゲが作ってるのにマジでソシャゲ側の宣伝がなにもない」
というとんでもない大事件が起きまして
愛があるのは分かるがバカじゃねえの!? と言われてまして
そのやったソシャゲ会社の決算公告が報告されてたので見に行ったんですね
【キョウリュウジャー新作公開前:第五期決算広告】
当期純利益:9899万3000円
利益剰余金:1億3526万4000円
【キョウリュウジャー新作公開後:第六期決算広告】
当期純利益:1億6557万7000円
利益剰余金:3億84万1000円
め、メチャクチャ伸びてる……!
キョウリュウジャー後めっちゃ伸びてる……!
利益とか費用対効果とか全く考えてないソシャゲ開発の特撮オタクが大人気なく金出して好きな特撮の続編作らせただけなのに、めっちゃ伸びてる……!?
人と人、会社の繋がりってのは、見ようとしなければ見えねえ。
社会ってのは全てが繋がってんのに、適当に生きてる限り、なんもかんもがその繋がりを見せねえもんだ。
たとえば、山木化学工業株式会社。
200年ほど前に回船問屋として開業したっていうクソ長え歴史がある素材会社だ。
ここで作ってるスーツ素材を使ってる映画はウルトラマン、バットマン、トゥームレイダーと錚々たる顔ぶれが並ぶ。
更にはここの素材で作られた高速水着『バイオラバースイム』は世界50ヶ国で採用され、トライアスロンのシェア90%だとか、世界水泳大会やオリンピックで次々と世界記録を打ち立てたとか、強いことしか書いてねえ。
むしろスポーツ分野の人の方が「え、あそこで作ってるものって特撮映画に使われてたの!?」って驚きやすいかもしれねえな。
『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE』のスタッフロールの1:33:33の『協力』のところ見るとちゃんと山木化学工業株式会社の名前がある。
ここのゴムがウルトラマンスーツには欠かせねえんだ。
良い素材は特撮にもスポーツにも使われてるぜ、ってことだな。
繋がりは、見えねえところにある。
「おはようございます。木梨さん」
「あ、朝風美術監督。おはようございます!」
「好きに呼んでいいですよ。長いでしょう? 朝御飯ご一緒してもいいですか?」
「はい!」
「撮影には慣れましたか?」
「少しは慣れました。でも―――」
何気なくした木梨さんとの会話の途中にも、それまで見えてなかった繋がりが見えてきた。
「え、木梨さんって文華高校の学生さんなんですか?
あそこの高校出の人を服陪栄養専門学校*1で見たことありますよ」
「あ、それ私の先輩かもしれません!
演劇部の先輩が、先輩の先輩がそこに行ったって言ったの聞いたような気が……」
「文華高校の演劇部の存在は初めて知りました。
木梨さんがいるなら高校演劇でもかなりレベルが高い方なんじゃないですか?」
「えへへ、そうでもないです」
意外と、高校演劇でも頭角を現すやつってのはいる。
学生時代から撮影にバイトで来まくってて実戦経験積みまくってるやつもいる。
けれども、高校生相当の年齢で優秀なやつってのは結構見るが、現役高校演劇部で映画に出るほどの能力を持ってるやつってのはそうそう見ねえ。
高校でピークを迎える早熟タイプか、飛び抜けた才能があって成長も早え大器晩成型か。
まあどっちかだな。
木梨さんはまだ伸びしろがありそうに見える。
この人はまだ自分の才能の上限にまで来ちゃいねえ。
「朝からの撮影では私出番もありませんが、見学してたくさん学ばせていただきます!」
「それがいいと思います。
欲を言えば木梨さんの死亡シーンはもっと後が良かったかもですね。
他の人の死亡時演技を見て覚えてからの方が色々改善できたでしょうし」
「え……わ、私、何か演技マズかったですか?」
「合格点は超えてると思いますよ。
演技が駄目だと思われたらNG出されてるでしょうし、大丈夫ですよ」
「ほっ、よかった」
ま、オーディション組の演技合格点は、スターズと比べると相当に低く設定されてる気もするが……それはここで言う必要のねえことだな。
「さて、撮影行きましょうか。と言っても、木梨さんの出番があるわけではないですが」
「あ、荷物運び手伝います」
「いいんですか? ではすみません、軽いものをお願いします」
助かるわ。
「朝風さん、これなんですか? 鞭……?」
「ですね。そこに入ってるのは全部鞭です。使うのは一部ですけど」
「鞭に見えないものがあるような」
「ああ、それは合成用です。
柄だけの鞭なんですよ。
後で合成素材の鞭を柄に合成してくっつけるんです」
「合成……プロ感ありますね!」
「高校演劇部の方から見るとそう見えるのかもしれませんね」
たとえば、鞭の両端を二人で掴んで持って動かす。
グリーンバックで、緑の糸で鞭を操る。
鞭をブルーバックで上から垂らして、揺らして撮影、90°傾ける。
こうして『柄を除いた鞭の動きの合成素材』を作っておいて、柄だけを持って振っている俳優さんの映像に合成、実際に鞭を振ってるように見せかける。
西映式の鞭描写術だ。
特撮大手の西映には、こういう技術が武器造形面でも蓄積してる。
このため、『劇場版仮面ライダー電王 さらば電王 ファイナル・カウントダウン』の敵キャラである仮面ライダー幽汽/死郎*2の鞭は実に四種類が用意された。
長短二種、人間状態の手持ち用の一種、んで柄だけの物が一つ。
仮面ライダー幽汽の鞭は、独楽を回す紐イメージの造形。
よって、柄はFRP(繊維強化プラスチック)、柄から先端までは柔らかい芯材にウレタンを巻いて造形されている。
けれども仮面ライダーサガ*3の鞭とか、造形の目標によって鞭の質は一気に変わる。
仮面ライダーサガの武器はジャコーダーという柄に赤い棒状のフロップを装着することでロッド剣型のジャコーダーロッド、短いビニールロープを装着することで立ち絵状態の鞭ジャコーダービュート、長いビニールロープを装着することでアクション用ジャコーダービュートとなる。
ビニール。ビニールだ。
こちらの鞭には『硬くも柔らかくもある』『刺し貫くこともできる』というイメージを持たせたいことがよく分かる。
仮面ライダーオーズ シャウタコンボ*4にも鞭はある。
真っ白なウナギの触手って言うのが正しいかもしれねえが。
こっちは水を撒くホースにウレタンシートを巻いたもんだな。
ともかく、鞭は柔軟じゃなくちゃならねえ。
かつ、監督の撮影意図に合わせなくちゃならねえ。
死神博士*5の鞭みてえに天木英世*6さんがエジプト旅行で買った私物使うみてえなことしてもアレだしな。
ってわけで、デスアイランドの撮影に使う鞭は結構軽く柔らかい振る用と、重量感を感じさせる手持ち用と、柄だけの合成用と三種類を作った。
重量感を感じさせる鞭を、立っている時に持たせる。
これで"アレで叩かれると痛そう"と観客に思わせることができる。
そして軽く柔らかい鞭は、振る時に手に余分な負荷がかからねえ。
人間の目ってのは不思議なもんで、一回重量感を見て感じ取ると、軽々と振るったシーンで多少の違和感は自然と無視してしまい、「腕力凄え」と感じやすくなるんだとか。
目の錯覚ってやつだな。
これで鞭シーンの見せ方はパーペキだ。
更に、鞭の表面には毒という設定でしっかり油を塗った。
原作デスアイランドでは、鞭から毒の雫が滴るシーンがあるのだ。
事前に飲んでおくと毒が効かなくなる解毒剤とセットで鞭が置かれていて、「ほー、確かにこれなら毒が飛び散る鞭でもこういう毒の演出ができるんだな」とちょっと感心した。
この油が安全装置になる。
人間に当たってもぬるっと滑るぜ!
重い鞭、使いやすい鞭、合成の鞭。
的確に使い分けりゃあ、もはや言うことなしのリアリティが出せるってこった。
森中での撮影に備え、森中での撮影準備中の集団の端っこにドスンと箱を置く。
「あ、木梨さん、そこでいいです。ありがとうございました」
「よい、しょっと」
「後で飲もうと思ってたアクエリですが、二本あるので片方あげます。お礼です」
「え、そんな、悪いですよ」
「熱中症起こさないように見学するなら木陰がオススメですよ。それじゃ」
アクエリ押し付けて、仕事を開始する。
さっさとこの鞭も渡さねえとな。
「九条さん、これが例の鞭です。扱いは練習してきましたか?」
「ちょっとはね。あ、軽い」
「スターズの皆さんは筋肉の量も把握してますので、武器の重量は最適化してあります」
「わぁ気持ち悪い」
「えっ」
「冗談よ。もう慣れたから」
九条百合さん。
12人のスターズ俳優の一人だ。
動的な印象を受けねえ、やや落ち着いたタイプの人でもある。
スターズ女優は五人で、百城千世子さん、町田リカさん、和歌月千さん、亜門一葉さん、んで九条百合さん。これで五人だ。
ちなみに俺と同い年の18歳組だとスターズの星アキラ君、若狭翔馬さん、オーディション組の湯島茜さん、烏山武光さん、リー・チャンさん、小西透さんで五人だ。
生首になって死んでたのがリー・チャンさんで、それで怒る役が和歌月さん。
途中のクライマックスの一つで百城さんを怒声と共に追い詰めんのが茜さん。
九条さんに殺されんのが一葉さんと若狭さん。
若狭さんと殺し合うのが烏山さん。
源さんとかと殺し合うのが小西さんだな。
流石デスゲーム映画。
二時間弱の間にめっちゃポンポン死ぬんだよなこいつら。
「ちょっとアサエイ、これ私が振って人にもし当たっちゃっても大丈夫?」
「ある程度なら大丈夫ですけど当てないように注意してください」
こえーこと言ってんな九条さん。
っと、亜門姉弟に服引っ張られた。
「ちょっとアサっち」
「要望聞いてよアサっち」
「私達、鞭が当たっても我慢はするけど油濡れはちょっと嫌かなーって」
「見えないバリアとか僕ら二人の周りだけでも作れない?」
「収束気流で見えないバリア作ったことはありますけど鞭は無理です。仲間を信じましょう」
「「えー」」
予定ではこうなってる。
九条さんが鞭を振る。
亜門姉弟やアキラ君、百城さんは一歩も動けないが、その周囲の地面に鞭が当たる。
恐怖に一筋の汗が垂れ、百城さんのこめかみから滑り落ちる。
これが、今回の撮影だ。
つまりそれっぽく鞭を振る技術と、迫力ある猛烈な振り方をしつつ人に当てない技術の両方が必要になる。
絵コンテ見る限りスタント入れるのも無理そうだ。
九条さんの技量を信じるしかねえ。
が、どうすっかな。
亜門姉弟の不安、何とか解決する方法はあるか?
安全の確保が一番手堅いだろうけども。
あ、百城さん。
「あなたはそっち、あなたはこっち。
あ、カメラはもう少し引いた方がいいかも。
九条さん、鞭を振る時は余分な一歩を踏み出さないようにね」
百城さんが俳優の立ち位置と、カメラの位置を調整していく。
「ここなら、カメラからは鞭が当たるように見えても、絶対に当たらない位置だから」
結果、九条さんが鞭を振るえば確実に当たるように見える位置に。
かつ、九条さんが鞭を振るっても確実に当たらない位置に。
九条さんの肩・肘・手首の可動域、鞭のリーチと軌道変化可能範囲、それぞれの人とカメラの立ち位置を把握した百城さんによって、完璧な安全と臨場感のある画が両立されていく。
極めて安全に、危険に見えるリアルな鞭の攻撃シーンが次々と撮影されていく。
あ。
柄だけの鞭使った。
……百城さんと一葉さんの間を鞭の先が通過していくシーンとか、鞭が万が一にも当たるシーンを的確に合成シーンにしていく気か!
現場判断による勝手なシーンの編集だが、監督もNG出してねえ。OKか。
編集に多少予定を変えさせることになるだろうが、最終的な映画の完成度は増してる。
後は俺だな。
百城さんがマリオネットの如く動かしてる九条さんの、柄だけの鞭。
あそこに合成する鞭の映像作成調達を、俺が頑張りゃいい。
余裕があったら柄から先の鞭の合成素材をもうワンセット作っておくか。
「千世子、脚本のこの辺の動きどうする?」
「こことか、動きながらの鞭を振るう動きだと……」
やがて、百城さんは動きのある画のクオリティも上げ始めた。
「英二君、この辺の木を加工できる?
あと、この辺りの草も自然な形で、かつ私達も動きやすくできるかな」
「分かりました。造形しておきます」
「ありがとね」
「それと百城さん、こちら次の撮影で使う地面の加工図面です。
そこの地面を鞭が当たると中のバネが動いて、地面が弾けるようになってます。
鞭の破壊力を自然に大きく見せる細工ですね。
踏まないように気を付けて、周りの人にも踏ませないように気を付けさせてください」
「うん。ああそうだ、ここの撮影、ほら三ヶ月前の撮影の使えそうじゃないかな」
「ああ、あれは使えそうですね。さすが百城さん」
俺が物を造り、百城さんが映画を作る。
いいもの、いい画、いい映像を作れれば、監督はOKしか出さねえはずだ。
百城さんの得意分野で、百城さんに息を合わせる。
俺の得意分野で、百城さんに息を合わせてもらう。
森中での撮影が終わったら、海の撮影へ。
今日の空模様なら、森中の開けた広場と、空がよく見える海の撮影はしておきてえところだ。
俺がここまで運んできた荷物はスタッフの車両に載せりゃそれでいいんで、荷物を載せてもらう代わりに運転の仕事も俺が代わる。
「車回しますよー。俺のとこ乗る方いらっしゃいますか?」
「あ、じゃあ僕が」「俺乗せろ」「私乗っていい?」
「英二ー、お前バッグに菓子持ってたよな」「運転中肩でも揉んであげようか!」
「私乗せてもらえる?」「僕は助手席で」「コーホー」「英二君の運転が一番好き」
「アサっちー! 二席用意して二席!」「二席な!」「あ、メガネ予備その車に置いてた」
「アサエイ、私化粧したいからバックミラー貸して」「仕事の打ち合わせしながら運転を」
「一斉に喋ったせいで全員何言ってるか分からないやつ!」
突き出される無数の腕。
これこそがスターズの1/3くらいに定着している暗黙のルール。
じゃーんけーん、ぽん。
勝ち残った七人だけがこの荷物と人を積み、大人が一人も乗ってねえ超お気楽なこの車に乗る権利を得る。
そして、勝ち残ったのは!
席順に見ると。
助手席町田さん。
一列目席、景さん、アキラ君、百城さんの順。
二列目席、烏山さん、茜さん、源さんの順。
割と親しい知り合いが固まったな。
「アキラ君、女の子二人に挟まれていい気分だったりする?」
「えーとね、僕は助手席に行きたかったかな」
「アキラ君は英二くんの隣が良かったのね。友情だわ」
「あそこが一番気楽だなあとも思うけど、僕はここに座ってるべきだとも思うよ」
景さん、アキラ君、百城さんの順に並んで座ってるのがバックミラー越しに見える。
あの三人は仲良いな。
つか羨ましいぞアキラ君め。
代わってほしいくらいだが、その位置に座ることが許されるのはアキラ君レベルのイケメンだけだろうな……美人の隣に居ても見劣りしないイケメンっぷりは流石だ。
羨ましい以上に、あんたがその位置が似合う男であることが誇らしい。
景さんは百城さんと距離を縮めてえ様子。
だが百城さんは距離を詰められたくない様子。
アキラ君はその間で距離を縮めたい子、距離を縮められたくない子の思惑の合間で、緩衝材と中継地点として使われてるようだ。
「アキラ君、千世子ちゃんが好きな物って何かある?」
「えーっと、それはね」
「マシュマロだよ。ねえアキラ君」
「……そうだね」
「アキラ君、英二くんが好きなものって何かある?」
「えーっと、それはね」
「海外の造形技術者の技術本だよ。ねえアキラ君」
「……そうだね」
後ろを見ていたら、俺の横の助手席で町田さんが苦笑いを始めた。
「私よりももっと助手席に相応しい人間がいたのでは……? 私は訝しんだ」
「助手席に相応しいも何もないでしょう、町田さん」
「ノリで席選ぶもんじゃないなあ」
「助手席の脇に立ててあるアクエリはお客さん用のなので飲んでください。
あ、それと、そこに置いてある俺のバッグの中にお菓子入ってます。
好きなの取って、後ろに回してください。保冷剤は食べられませんけど」
「あ、溶けてないチョコだ。気が利くねえ。私は飴貰っちゃうけど。ありがと」
バケツリレーの如く後ろに回されていくバッグ。
それが最後列の茜さん達の手元にまで渡った。
「ほら真咲ちゃん、前に言ってた通りやろ。
英ちゃん差し入れの中に必ず一個はこれ入れとるんや。
三個のガムの中で一個めっちゃ酸っぱいやつが入ってるやつ」
「うわっ、マジだ、友達多い小学生かよ……」
「はっはっは! いや悪いことではないだろう! 朝風先生! 一つ頂きます!」
「うるせえんだよお前は一々!
車の中だってこと分かってんのか!
他の人の迷惑を考えて声量選べ、俺を見習え!」
「まーまー真咲ちゃん、武光君、このガムをお食べ。めっちゃ酸っぱいハズレは一個や」
「感謝する!」
「だからうるせえ。ったく、密室で周りに人がいる時くらいは静かに酸っぺええええええ!?」
「真咲ちゃんうるさい」
「うるさいぞ真咲」
後ろの方うるせえな。
とんとん、と運転中の俺の肩を、誰かの指が軽く叩く。
その細く綺麗な指が、ほんの一瞬、優しく俺の頬を撫でた。
バックミラーで見ると、案の定百城さんだった。
ちょっとドキっとした。
「英二君。二年くらい前に常備してたあの透明パネルって使う?」
「海の撮影ではバージョンアップした物を使います。
あの時よりもずっとシズル感*7増したのが作れましたから。
今は水中撮影だとそっちの方を作ったり、既造品を撮影に持ち込んだりしてます」
「学校で使ってた大型扇風機は?」
「ああ、ネズミの誘導に使ったやつですね。
あれは12日目に百城さんの撮影で使いますから、一回箱にしまいましたよ」
「そうなんだ。あのネズミ、よく操れたね」
「ネズミは光が苦手ですが、光当てるとばーっと散っちゃうんですよ。
しかも手で驚かしても、単純に自分の反対方向には逃げません。
単純に脅威の180°逆方向に逃げたら歩幅の差ですぐ食われると分かってるんでしょうね。
だからライトとレフ板で光を満たして、進行方向の逆に一番強いライトを置きます。
そして風を吹き付けるんです。
ネズミは風を怖がりませんが、体が小さいからか風にあまり逆らわないんです。
吹き飛ばされないために、風に流されるまま走って……だから、誘導できるんですね」
「へー」
「ULTRAMAN*8の技術です」
「じゃあ、あの大型扇風機も出そうと思えばすぐ出せる……と」
思考材料が増えると百城さんの計算と調整はますます冴え渡る。
俺が百城さんに教えられる撮影の情報を10とすりゃ、百城さんが活かせる情報はその中の1か2だろうが、教えることそのものに意味があらぁな。
百城さんが助手席いたらずっと仕事の話してる気がするわ。
「それにしても百城さんこういう時のじゃんけん何故か本当に強いですよね」
「気のせいじゃないかな」
「スターズで勝ってる人見たことないですよ」
席選びとかもじゃんけんだったらまた百城さんが助手席取ってたりしてな。
流石にそれはねえか。そうする必要性もねえし。
「ULTRAMAN、ってウルトラマンの映画っスか?」
「そうですね、源さん」
最後列席から話しかけてくるとか中々にブレイバーだな。
「ああいう特撮って子供向けに見られがちだと思うんスが。
そういうの嫌ってあの手の界隈離れる人も多いって聞きますね。
英二さんの腕と評価ならそういうところからも離れられるんじゃないんスか」
「はは、確かに。そういう人もいらっしゃいますね」
見る目がある人が俺を見れば、その辺は一回は考えるんだよな。
「ガメラの銀子監督がおっしゃられてましたね。
『中高生ともなると巨大な怪獣というもの自体に幼児性を感じてしまうかもしれないけど、
小六の12歳ならまだ怪獣というものが許せるかもしれない。
でも一方で、12歳はかなり大人なところもあって、
ただのおとぎ話ではなくてSF的なリアリティがないと許せない。
でもやっぱり怪獣も好きという(笑)
自分は大人だと思っているけど、大人から見ると子どもという存在。
『ガメラ』は、そんな大人と子どもの境目にいた頃の自分に向けて作った映画なんです』
と。俺がメインで動いてる界隈は、そういうものを作っているところなわけですね」
「あー、俺もそのくらいに離れた気がすんな。烏山は?」
「俺はそもそもさして熱中したことも離れたこともなかったな。見る機会があれば見た」
「真咲君、私は最近見始めたわ。
ウルトラ仮面がとても面白いの。
明日の日曜日はおっきなテレビで一緒に見ましょう」
「見ねえよ。つか夜凪には聞いてねえっつうの」
「皆さん、仲良いようで俺は何よりです。
子供も楽しめる。大人も楽しめる。
それが今の特撮の鉄則です。
昔は子供と大人の合間も狙って作品を作っていました。
ですが今は、子供も大人も狙う作品作りをしているわけですね」
「へぇー」
「俺の父が、大人に握手を求められていたのを見たことがあります。
ニッチなスタッフまで見ている重度なマニアだったそうで。
何十年もずっと、俺の父の作る作品のファンだったそうです。
その人を俺に見せて、父は俺に……どこか誇らしげに、こう言いました」
もっと言い方あったんじゃねえかな、と今でも思う。
「『そいつの人生の大半が俺の作品に支配されてるなんて、たまんねえだろ』と」
「うわぁ」
「実際そのマニアさんは、年齢一桁の頃からずっと父の造形のファンだったそうです」
親父はいつだか、"好きということは好きになったそれに支配されてるのと同じことだ"と、俺やおふくろを見ながら言ってたことがあった。
好きということはそれのことを考えてるってことで、それのことだけを考えてるってことは、好きなそれに支配されてるも同然じゃねえか、とも。
「分からなくもないんですよね、父のそういう気持ちも。
一生愛されるコンテンツ。
一生愛される作品作り。
どこかの誰かに、子供の頃からお爺さんになるまでの長い期間愛される。それは……」
少し、車のアクセルを踏む強さを弱める。
少し、車のハンドルを切るのを緩やかにする。
少し、車が立てる音が静かになった。
「それはとても、『愛されてる実感』があると思うんですよ。
俺はまだたったの18年しか生きてないので、ただの想像ですけどね」
武光さんが、最後部座席で立ち上がる。
「いいと思いますよ朝風先生! 素晴らしいことかと!」
「だからお前はうるせえ!」
「武光君、私あなたの前の席だから耳がキーンとするわ」
「うちも夜凪ちゃんと同じくキーンとしたわ、堪忍してほしーわこれ」
「朝風君、私今気付いたけどさっきまで朝風君の口と耳は千世子ちゃんが独占してたんじゃ」
「まあまあ。真咲君も武光君も夜凪さんも、喧嘩しないで」
「皆! とりあえず座ってくれ!
千世子君と湯島さん以外、一人もまともに椅子に座ってないのは事故が怖い!」
危ねえなお前ら!
止めに入った百城さんと、座らせようとしてるアキラ君と、ちゃんと座ってる湯島さん以外誰も安心して見てられねえ!
そんなこんなで到着。海。見渡す限り海。
少し周囲を見渡せば、さっきまでいた森がちょっと遠くに見える。
海の撮影の準備を始めよう。まず荷物降ろしだ。
「荷物降ろし、手伝うよ」
真っ先に、アキラ君が荷物降ろししてる俺の横に来た。
イケメンに気遣いの天井はねえのか。
「わ――」
「私も!」
「――たしも、手伝うよ」
「ほな、うちも」
「茜さんが行くなら俺も」
「力仕事は俺に任せろ! 自信がある!」
「あーこれスターズのアキラ君と千世子ちゃんが参加してる以上、私も参加必須のやつ」
百城さんが「私も」と言いかけて、それを台詞の途中でぶった切るように景さんの「私も」が飛んできて、百城さんが一瞬台詞を止めて景さんの台詞を通し、景さんの台詞に被らねえよう台詞を続行して言い切った。
その選択に、茜さん達も続いてくれた。マジでありがてえ。
しっかしこの突貫ぶりは景さんらしいし、他者発言を気遣う譲りの姿勢は百城さんらしいぜ。
声帯の制御力でもやはり百城さんが勝る。
景さんのこの猪突猛進ぶりはもはや長所だが、百城さんの呼吸に合わせられてねえから台詞を被せちまったのは少し難点か。
手塚監督はこの二人をぶつけたがってるが。
演技の場でこの二人がぶつかっても、現状の実力だと百城さんが景さんの演技の手を引いて行く以外になさそうな気がするぞ。
だが、『未知数』『可能性』の塊の景さんなら、あるいは。
そんなことを考えつつ、一人でカメラ組み立ててた俺に、百城さんが話しかけてきた。
「色々考えてたんだけどね。私やっぱり、夜凪さんの演技は盗めないや」
「え」
「私きっと、あの子のこと好きじゃないと思うんだ。あ、夜凪さんには言わないでね?」
「そりゃ言いませんが……一体何故……?」
「あの子の演技を見てて、ああいう風になりたいって、あんまり思えない。
でも見下してるわけじゃないよ? むしろ……素顔を愛されるあの子は……」
百城さんが、微笑んだ。
いつもより、少し下手な笑顔だった。
「本物の自分をいくらでも変えられる人は。
どんな形の"好かれる人"にも、自分自身を変えられるから。
いつだって、どこでだって、どんな時だって自分自身が皆に愛される、そうは思わない?」
「……それは」
「羨ましいけどああはなりたくない、っていうのが正しいのかな」
「百城さんの方がそれに相応しいでしょう。
皆の望むものを研究して作り上げた、誰からも好かれる仮面。
それはきっと景さんでも作れない、一つの芸術だと思います」
「かもね。英二君が言うならそうなのかも。
だから夜凪さんと技を盗み合ったり、高め合ったりしてほしかったんだろうけど……」
百城さんが、横顔を見せる。
とても綺麗で強固な仮面。
どこから見ても百城さんの素顔が見えねえ仮面。
仮面を被った横顔が、そこにある。
この仮面こそが『百城千世子』で。
この仮面の下にも『百城千世子』はあって。
『百城千世子』をこの仮面が隠している。
「でも英二君。『素顔での芝居』が怖いと思う人もいるってこと、覚えておいてね」
何も言えなかった。
この仮面がどれだけの労力で作られてるか。
どれだけの尽力で維持されているか。
それが分かる俺には、何も言えん。
景さんだけが技術を吸収して成長していっちまうかもしれねえが、それで百城さんと景さんのバランスが崩れるかもしれねえが、それでも何も言えなかった。
自らの素顔を引っ剥がして新しい自分を貼り直すような景さんの技術が、百城さんにとっては何の役にも立たないと言われたら、何も言えなかった。
デスアイランドおける二人の姿勢は夜凪が「私は私のまま天使みたいになる」で千世子が「お芝居にあなたみたいな心は要らないんだよ」で『互いの強みを盗み合う』競い合いにならないのは結構面白いところだと思います