一つ。
たったひとつだけ。
このデスアイランド撮影で、俺が『俳優の仕事に比肩する』と思えるくらいに重要な仕事が割り振られてる。
俺は撮影開始前にもかなり進めていたその仕事を一気に進めるため、この二日という時間を与えられていた。
これこそが、俺がこの仕事に採用された最たる理由なのかもしれん。
『造形』の本領。
物を造り撮影の根幹を造る、小を造ることで大と見せる技……ミニチュアの作成。
すなわち俺の仕事とは―――『デスアイランド作り』だ。
当然のことだが、デスアイランドなんて島はねえ。
だが俺達は、観客にデスアイランドって島があるかのように思わせなきゃならん。
観客は気持ちよく騙されたがってる。
俺達は気持ちよく騙さなきゃならねえ。
だからこそ俺は、
ミニチュアだと意識すらさせねえデスアイランドのミニチュアを造るなら、全縮尺1/1000で島を隅々まで作らなくちゃならん。
大体縦2m×横3mの島セットだ。
海込みだともっとデカいが。
上から見下ろすようにこのミニチュアを撮影し、デスアイランドという架空の島を実物のように観客の頭に認識させる。
これが、第一の"小を大にする"。
で、現実の南の島で撮影した森での映像、海での映像なんかは、それだけだと『南の島での映像』でしかねえわけだが。
この島のミニチュアを一回でも映しておけば、「あ、この島のここからここに移動していったんだな」というイメージが持ちやすくなる。
転じて、「この島のここでこのシーンは展開されてるんだな」という、実感を伴うイメージが完成する。
ミニチュアという小さな物を、俳優と撮影セットというやや大きなもののイメージ補正に使うってわけだ。
これが、第二の"小を大にする"。
そして、嘘で観客を騙す。
カメラをズームするような映像編集をして、『空から島に近付いていくカメラが島の片隅にいる登場人物を映す』っていうカメラワークをやる。
あたかもマジで島があって、そこに人がいるかのように!
ミニチュアを本物の島だと誤認させ、俳優が演技している場所を島の一部だと誤認させ、世界観レベルでの嘘を作る。
後はそうだな。
CMでもこのミニチュアを使いまくって、観客の深層心理に、この視覚的嘘を染み込ませておけばいい感じになりそうだ。
他にも回想シーンの学校セットや、飛行機内に見えるセットでの撮影も組み合わせ、島の中も外も全部『漫画準拠の世界』だと観客に認識させる。
小せえ嘘を組み合わせて、デカい嘘にして、世界観レベルの大嘘にして、観客が気持ちよく騙されることができるでっけえ虚構にする。
これが、第三の"小を大にする"。
ってなわけで。
俺は最高レベルのミニチュアを、最高レベルの別途成功報酬で依頼されていた。
ちょっとビビるレベルの高評価である。
「おはようございまーす」
「おはようございます」
俺は挨拶して現場に入る。
ミニチュア作成の現場には、スターズが募集かけて集まった美大の学生さん達と、東京の美術館の学芸員さん達が集まっていた。
まーバイトだな。
一定以上の技術が要される単純労働力だ。
学生さんとは言うが、全員俺より年上である。
大学生はもう大人にしか見えんなあ。俺の目から見ると、だが。
この人らは撮影参加チームとは別だ。
あくまで、別途に集めたバイト。
だから予算もデスアイランド撮影とは別に計上されてる。
その代わり、他のスターズ撮影現場に必要なものも、こっちのチームで作ってる。
なんて言うのが正しいんだろうか。
臨時招集型:スターズ撮影バックアップ用美術造形チーム?
俺達物作り分野の人間は俳優とは違え。
撮影開始前から動ける。
俺はデスアイランドに行く前にミニチュアの雛形をここで作っていったし、基本設計書もデジタルとアナログ両方で残していったし、見本も残していった。
この人達が設計書通り、見本通りの物を作ってくれてたらいいんだが。
「朝風さん、今皆を集めてきます。各作業してますので、10分あれば集まります」
「お願いします、チーフ」
現場チーフが人を集めてくれるらしい。
名義上は今はここのチームのトップ俺だからなあ。
こっちの作成にあんま参加できてねえ俺が敬われてると居心地が悪ィ。
仕事しよう。
ちょっとでも仕事すりゃ罪悪感が薄まる。
気がする。
「朝風さん、集まりまし……何してるんですか」
「模造の木のチェックと選り分け終わりました。
こっちは合格、こっちは失格です。
失格は後で俺が手直しして、また別の撮影に使うと思います」
「え」
「すみません、お手本のミニチュア木と設計図だけ置いて、
『同じもの作ってくれ』
とだけ言って、島の撮影の方に行ってしまっていて。
この本数の単純作業は皆さんの人数でも結構手間だったでしょう?」
「いえ、それはいいんですが。3000本よく数え終わりましたね」
「こう、模造木の山に手を突っ込みます。
突っ込むと同時に五本の指で四本の木を挟みます。
そしてすぐ引きます。引くと同時に木の出来を確認します。
腕を振りながら指を動かして、4本の木の中から出来が悪いものを投げ捨てます。
出来がいいものはこっちに積みます。
これなら手を突き出し、引き、振る。3動作で合計1秒。両手合計なら1秒8本。
10分時間を貰えたので600秒、3000本チェックしてから一服する余裕はありますよ」
「……先生10分あったらなんでもできそうですね」
「何でもは無理だと思いますけど」
どうしても"作る"は腕動かさなきゃならねえが、"見る"は要するに光の速度だしなあ。
手で物作るより、目で出来を見る方が速え。
あー光の速度で手を動かしてえ。
"お前手の器用さより目の良さの方が優秀そうだな"とか言われたらもにょりそうだ。
しっかし皆優秀だなあ、この木の出来を見る限りよ。
「いや、でも大したものですよ。
正直言って期待以上です。上に皆さんの給与に色つけておくよう頼んでおきます」
「そ、そうですか?」
「当初の予定だと、現段階では進捗2000本の予定でしたからね。
でも3000本ありました。手直しが必要そうなものもたったの500本です。
実は俺、1000本あればいいと思ってたんですよ。
それが完成品2500本です。もう木は作らなくて良いかもしれませんよ、すごいです」
「ありがとうございます朝風さん。その言葉が励みになります」
「時給アップに相当する仕事ですとも。
二日じゃ間に合わないと思ってたんですが……
皆さんほどの能力でこの数が揃っていれば、十分間に合いそうですね」
いやー嬉しい。
デスアイランドに数人連れて行きてえくらいだ。
でもそうすると宿泊費とかの計上が面倒臭そうだ……無念。
「皆さんが優秀でとても助かります。
少し余裕が出来た分の時間で礼に何かしますよ。何が良いですか?」
「スケジュール前倒しでいいんじゃないでしょうか」
「じゃあ後で皆で飯食いに行きましょう、朝風さんの奢りで。なーんて」
「後で私のイラストとか見てください!」
「はい、了承しました。では細かい進捗確認しましょうか」
と、俺が進行しようとすると。
「こっちにまとめといたよ」
「はいありが……柊さん!?」
「おはよ、エージくん」
「あ、はい、おはようございます。……あれ、大黒天の受け持ちでしたっけこれ?」
「ピンチヒッターだね。
来てるのは私だけだよ。墨字さんは来てない。
スタジオ大黒天は今ちょっと、かなり危険な財政難に苛まれててね」
「……ああ。本来の制作会社に仕事代わってもらったんですか」
「その通り。悲しい私の出稼ぎです」
「おつらいですね……でも、心強いです。柊さんの撮影なら百人力ですよ」
予想外なところで少し不安だった要素が補われた。
俺が作る。
柊さんが撮る。
パーフェクトだ。
俺が上手く作ってもカメラ周りがヘボだと必要な映像が全く用意できねえが、柊さんが来てくれたならもはや隙はねえ。
勝ったな!
「あ、そうだ。けいちゃんはどう?」
「元気にやってますよ。
成長率も凄まじいです。
もう安心していいと思います。
あとは多分、俺が全力フォローすれば……って段階ですから」
「そうなんだ。よかったぁ」
「なんだか、すっかりお姉ちゃんですね」
「そ、そう?」
「優しいお姉ちゃん感ありますよ。
ずっと自分の方が姉をやっていた景さんには新鮮なんじゃないですか?」
「どうだろ。けいちゃんとあんまりそういう話しないから」
「俺には露骨に姉ぶってたことあるのに、景さん相手に尻込みする理由無いでしょ」
「あ、あれは……エージくんがしょんぼりしてたから」
「なら景さんがしょんぼりしてた時も同じようにしてあげてください。
あ、いや、特に何か考える必要もないかもです。
いつも通りの柊さんなら……少なくとも俺は、話しかけてもらえて嬉しかったので」
気遣われるのは、心が暖かくなるからな。
スタジオ大黒天で、年上と仕事で絡む景さんを俺は見た。
デスアイランドで、同年代と仕事で絡む景さんを俺は見た。
見比べた俺には分かる。
親がいない景さんにとって、友達と放課後に遊ぶ時間も惜しんでバイトして弟妹を養ってきた景さんにとって、その二つは大分違え。
年上に甘えられる仕事場と、同年代との気安い仕事場ってのは違えんだ。
どっちが上かとか、そういう話じゃなく。
ずっと"姉でいるしかなかった"景さんに対し『面倒見のいいお姉ちゃん』みたいに振る舞ってくれる同事務所身内って、この人しかいねえんだよなあ。
「仕事場にいいお姉ちゃんがいるってのは、景さんにとっていいことなんですよ、きっと」
柊さんは頬を掻いて、照れ臭そうに笑う。
「けいちゃん泣かせちゃダメだよ、エージくん」
分かってるって。
ヒゲのオッサンと美人のお姉さんがいる事務所から景さんが離れてる間は、俺が気を遣う。
ダチだからな。絶対に守るさ。
「もちろんです。景さんを泣かせるいかなる要素からも、俺が守ってみせます」
「……まぁいいや。いい、エージくん、けいちゃんを泣かせちゃ駄目なんだよ」
「はい」
何か台詞を飲み込んだ感じがした。
今、柊さんがなんかの台詞を飲み込んだ。
え、なんだ。
"俺に言ったら何かがもっと悪化しそう"みたいな台詞がなんかあったのか?
それとも俺を傷付ける台詞か。
何にせよ言わない方がいいって柊さんは思ったわけだよな。
えー、なんだよ。
「泣かれると本当困りますからね。
本当に困るのは、女優は嘘泣きくらいならお手の物なんだってことですが」
「エージくんは墨字さんをほんのちょっとくらいは見習い……やっぱ見習わなくていいや」
「ひどい」
会話しつつ、ささっとお互いの認識を共有する。
気心知れた相手だと、業務連絡はより速く、より楽に、より正確になるもんだ。
柊さんがいてくれて、すっげー助かる。
俺は、現地での撮影状況や何かしらの変更を伝える。
それによって、ミニチュアの予定完成図にも少し調整が入ることが、柊さん達に伝わる。
俺は柊さんの報告を聞く。
そしてその報告を元に、多少なりとスケジュールを調整する。
一番やらかしちゃならねえのは、例えば、撮影現地の調整や思いつきでアクションが撮影された広く長い道が、ミニチュアの島の方には存在しない……とかの齟齬と差異だ。
報告、連絡、相談。これはどこまでも徹底的にやんねえとな。
あ、手塚監督と百城さんからLINE来てる。
返信しねえと。
柊さんに断ってから、二人からのメッセージを確認する。
『この辺予定より予算抑えられないかな?』
監督からのメッセージ。
僅かに質が落ちますよ、と返信しておく。
『夜凪さんって大切なものとか執着してるものとかある?』
こっちは百城さんだ。
お、良かった。俺がいない間に少しは仲良くなれてるっぽいなこれ。
好きなもの聞くってことはそういうことだ。
美味しい食べ物とか好きみたいですよ、前に俺が作ったお菓子の城とか好評でしたし、と送信しておく。
『英二くんは夜凪さんが私的に好きなものとかよく知ってるんだね』
そりゃお互い大事な友人ですしね、と返信。
『ありがとう』
百城さんからの返信が来て、仕事に入ったのかそれっきりだった。
手塚監督との連絡も終え、柊さんとの仕事の話に戻る。
「このCM用の絵コンテだけどさ、これならこういう海の作り方にしない方がいいかも」
「どういうことですか? 柊さん」
「海の光の反射率上げてさ、南の島感を出すんだよ。
後は、カメラは定点固定じゃなくて、島の周りを回るようにしよう。
島の全景を360°から映す感じにして。
エージくんの腕なら、どの角度から見ても質は一定以上でしょ?」
「それは、そうですね」
「でもやっぱり、ミニチュアはミニチュアだからね。
カメラ一箇所固定だと島に違和感持つプロ寄りの人はいるよ。
だから、作り物の海の反射率を上げて、輝かせて、僅かに目を眩ませる。
カメラを動かして一点を注視できなくさせる。
こうした方が、よりミニチュアが本物の島っぽく見えるんじゃないかな」
「! 確かに」
「島の周りをカメラ円周させて、1周5秒パターンと1周10秒パターンで撮ってみよっか、後で」
なるほど。良い案だ。
俺がよく考えてる"作り方"の妙案じゃねえ、"撮り方"視点での妙案だな。
海の粗を隠す、キラキラの海か。
「エージくんはリアリティとクオリティを思いっきり上げる人だからね。
そっちに集中していいよ。
"いい塩梅に細かいところを見えなくする"ってジャンルの方は、私がやっとくから」
「助かります」
「映像編集もこっちが受け持つから。
……というか、今日と明日、エージくんがやる予定の仕事多すぎじゃない……?」
「後で不都合が起きた時のため、早めに色々終わらせておきたいんです」
「仕事人の鑑……! でもやっぱこれ流石に無茶だって!」
「いつものことです。無茶振りこそが特撮撮影現場の日常ですよ!」
「思わず私も姉ぶって仕事止めてやろうかと思うレベルだよこれ!」
「いつまでも弟みたいに扱わないでください。
自分の限界や体力残量を認識する能力はしっかり身に付いてますから」
チーフも呼び、色々と仕事の算段をつける。
んで、俺は仕事に入った。
とりあえずは海からだな。
海。
それはかつて、特撮の凄まじさの代名詞だったもの。
そして今は、特撮のかつての凄まじさと、現代の技術の素晴らしさを示すものになった。
昔々。
特撮の神様・棘谷英二達が作った海戦のミニチュアは、あまりにもリアルだったために、GHQに「いやこれは本物の海戦撮った記録映像だろう」と検閲されたという*1。
俺の名前の元ネタの神様はすげーな。
寒天を敷き詰め、表面を加工して波などがあるように見せかけるその技術はあまりにも画期的なもんで、当時の映画界隈に大きな影響を与えたそうだ。
が。
これも、当時の映画だからこそ通用した手法なんだよな。
その頃と違って、もうカメラはカラーになった。高画質になった。
だもんで、昔のままの技術だと粗が見えちまうようになったんだな。
まず波。
海の表面で波が動いてるように見えねえとアウト。
次に質感。
プールとかに小さな船を浮かべても、海に本物の船を浮かべた時とはなんか違う。
で、総じて言えるのが、水の張力などに由来する『本物っぽさ』。
これが一番厄介だ。
水は張力とかの関係で、水の粒の大きさがいくつかの種類の同じ形にしかならねえ。
リアルにするなら、小さな人形の体の表面に着く水滴と、人間の体の表面に着く水滴と、デケえビルの表面に着く水滴の大きさは、同じじゃなきゃいけねえ。
現実ならそうなるからだ。
だから小さな人形がミニチュアのビルを壊すシーンを、雨の中って設定でやると、水滴の大きさでくっそバレやすくなるわけだな。
こういう張力などの水の形質は、波にも出る。
プールに波立てて撮影して、海を撮影したものと見比べりゃいい。
波の質が全然違え。
プールに精巧な玩具の船浮かべて撮影したのと、海に本物の船浮かべて撮影したのじゃ、海への沈み込み具合・水面での揺れ方・海面の光の見え方が何か違うんだよな。
『海』は、小さくすればするほどに本物っぽさが失われていく。
船はまるで木の葉みてえになっていく。
海は広大さも奥深さも失われていく。
いくら試行錯誤してもそうだった。
だから、棘谷英二のお孫さんは、いくら試行錯誤してもこの問題を完璧に解決できねえ祖父を見て、日経カレッジカフェのインタビューにてこう表現した。
―――『火』と『水』だけはミニチュアにできない。
まさに、大問題ってやつだ。
だが、デスアイランドが海の上で浮かぶ島である以上、俺は海を模した偽物の現実を最高レベルで作らなくちゃならねえ。
この映画を、成功させるために。
海外の有名映画だと、最高レベルのCGで海を作ってる。
もはや人間の目じゃ見破れねえ……が。
高い。
無茶苦茶に高い。
高い技能を持ってる人間を長期拘束して作らせるから、めっちゃ金がかかるんだよな。
例えば『GODZILLA』*2なら制作費170億円以上、『パシフィック・リム』*3なら制作費は200億円にも迫る……なんだこの金額!
デスアイランドの制作予算6億だってめっちゃ多いんだぞ!
分かってんのか!?
こんな金は出せねえわ、流石に。
だからミニチュアで、高くなりすぎねえように作らねえとな。
さて。
ここで考えるのは、現実とミニチュアの違いを意識する、ってことだ。
答えはミニチュア風写真、っていうジャンルにある。
10年くらい前に写真好きの間でガッと流行ったヤツだな。
今だと、チルトシフト写真とか言うんだっけか?
現実の風景を特殊なカメラで撮る、あるいは撮った写真を少し加工することで、現実の風景をあたかもミニチュアのように見せかける、ってジャンルだな。
写真家やデザイナーが時々これをやってる。
俺が普段やってるミニチュアを本物に見せるってのの逆をやってるってわけだ。
写真の上下などをぼかし、写真に通常の風景じゃありえねえ歪みを作ることで、人間の脳を騙して現実の風景をミニチュアに見せかける。
そいつがミニチュア風写真だ。
俺の仕事と、ミニチュア風写真の仕事。
ここに共通点を探す。
すると見つかるのが、『視差』、『被写界深度』、『脳内情報』の三点だ。
まず、視差。
人間の目は右目と左目で違うものを見てる。
なんで、右手側にある物と左手側にある物、近くの物と遠くの物を見てる時じゃ、左右の目に見えてる風景に差異が出て来るわけで……これで人間は、遠くの風景・近くのミニチュア・眼前の写真などを見分けられる。
ここを意識して映像を作り、錯覚させれば、実際の映像に見えやすくなる。
次に被写界深度。
視差の時にもあった、"遠くと近くのものを見分ける"目の機能の、メイン機能みてえなもん……って言うと正しいんだろうか?
人間の目はレンズだ。
だから、『街の風景』を遠くから眺めると、風景全体にぼんやりピントが合う。
なので街全体を見られるが、街の片隅で人が転んだりしても気付かねえ。
『街の風景の写真』を見ると、手元の小さな写真だけにピントが合う。
だから街を注視して見られるが、写真が置いてある机の汚れには気付かねえ。
遠くを大まかに見る時と、近くの一つのものを集中して見る時で、人間の目は全然違う動きをするため、『遠くの風景っぽい写真』と『目の前のミニチュアを撮ったっぽい写真』ってのは、写真加工・ミニチュア加工・視覚情報加工で作り分けることができるってえわけだ。
で、脳内情報。
人間は頭の中に情報を持ってる。
"これはこのくらいの大きさなんだ"って認識を持ってる。
ゴジラがビルを壊すシーンを入れる。
すると、"ゴジラはビルより大きいんだな"と脳が錯覚する。
人間が怪獣を見上げるシーンを入れる。
すると、"怪獣はこんなにも大きいんだ"と脳が錯覚する。
映画『ULTRAMAN』とか凄えぜ。
1/2サイズのセットで、身長166cmの岩木さん(スーツアクター)が入ってる怪獣を歩かせ、身長3m強の怪獣に見せかけ、脳を錯覚させたり。
1/5スタジアムセットを作って、そこでスーツアクターが中に入ったウルトラマンと怪獣を戦わせ、10m規模でのウルトラマンVS怪獣だと見せかけ、脳を錯覚させたり。
完成した映像ではマジでそのサイズの怪獣達に見えるからたまげるわ。
『これはこういうサイズなんだ』っていう脳内情報が生む錯覚を使うからこそ、ウルトラマンやゴジラなどの巨大特撮は作れるってわけだ。
この三つを意識し、ミニチュアを本物の風景に見せる。
だが今回、俺は撮り方分野ではこういうのをあんま考えなくていい。
本物に見えるミニチュアの作り方だけ考えて、本物に見える撮り方は柊さんの方に任せときゃあいいからだ。
らっくぅー。
クッソ楽。
ありがとう柊さん。
一緒の仕事やってるとホント助かるっすわ。
「柊さん、とりあえず第一方針です。
加工樹脂で海の表面を作ります。
後でミニチュアに海をはめ込みますので、そのつもりでお願いします」
「うん、わかった。カメラの方を動かして、海が動いてるように見せかける、でいいのかな」
「ですね。カメラが島を映しながら、島の周りをぐるりと回る。
カメラがかなりの速さで回転すれば、撮影範囲内で海も相対的に動いて見えます。
後は俺の腕の見せ所でしょうか。
波の形を工夫して、カメラが動いてるだけなのに海面で波が動いてるように見せかけます」
仕事仕事。
あ、またLINE。
助監督と景さんだ。
『手塚監督が何か考えてるか聞いてません?』
ぼちぼち助監督あたりも違和感強まってきたか。
まあ景さんがあれで、監督がそれに肯定的だとなあ。
……この助監督は監督に逆らうほどの度胸はねえ。
変につっついても監督の隠した目的の味方が増えるだけで、監督の狙いに利するだけか。
何も言わんでおこう。
何も知りません、と。
『英二くん、千代子ちゃんの誕生日にお菓子のお城送ったって本当?』
お。
なんだ、地味に仲良くなってるみたいだな。
百城さんが景さんにあれのことを話すとは。
いや、俺としても多くの西洋城を組み合わせた『城』のケーキを『百城』さんの誕生日に贈るとか、芸がねえとは思ったけどな。
その分造形の芸を込めた。
百城さんに洋式の城ケーキ作って、景さんに初めて作った和式お菓子の城贈って、あれでようやく菓子造形もののコツを掴んだったっけなあ。懐かしい。
『写真見せてもらったけど、あの時見たお菓子のお城より立派だったわ』
そりゃ百城さんの誕生日だし思いっきり時間もかけて気合いも入れますよ、と返信。
しっかし誕生日の話をするくらいの仲にはなったか。
もうそろそろ友人か、それとももう友人か。
次の百城さんか景さんの誕生日にはまた新作お城ケーキでも作ってやるかな。
友人同士一緒に食えばほんわかした空気になりそうだ。
『千代子ちゃんが好きなものって何かある?』
最近お前らの間でそれ流行ってんの?
いや、でも、そうか。
百城さんは撮影を円滑にするため、景さんは百城さんの友達役を演じるため、友達関係があった方が楽だしな。
それなら、相手の好きなものを知るのが一番だ。
悪くねえ手だぜ。
そういえば。
百城さんは子供の頃、現実から逃げるために好きな映画に没頭してたって聞いたことあるな。
断片的な話でしかねえが。
そこは、景さんと同じだな。
景さんも好きな映画に没頭して、現実逃避からあの技能を身に付けたんだ。
そういう意味じゃ百城さんと景さんは、同じ気持ちと同じ過去から生まれた、正反対の二極化した俳優なのかもしれねえな。
二人とも、一時期は現実の世界より映画の世界に行きたがってたはずだ。
『映画好き』。
これだな。
二人の話もここでピッタリ合うだろ。
送信送信。
『映画が好きなんだ、千世子ちゃん』
そうですとも。送信。
『何が好きなんだろう』
花とアリス*4とかだった気がしますね、と送信。
『見たことあるわ。嘘つきの女の子が男の子に一目惚れする、ちょっとややこしい話』
荒井花と有栖川徹子の花とアリスコンビが、ちょっとややこしいながらもいいコンビで、見てて楽しくなりますよね。と送信。
俺の個人的な想像だけど、あれ作中の登場人物の選択次第で、女の子のどっちがあの男の子とくっついてもおかしくなかったよなあ。
『ありがとう英二くん。
千世子ちゃんは怖いけど、友達にならないと役が作れないから、頑張る』
どういたしまして、ってな感じに送信。
『芝居って大変ね』
ん? と思った俺の指が止まると、数秒後に続けてメッセージ。
『私の中にこんな私がいるなんて、思ったこともなかったわ。ありがとう』
それを最後に、景さんのメッセージは止まった。
また新しい自分でも見つけたのか?
いいことだ。
景さんはそういうことを繰り返せば繰り返すほど、役の幅がぐっと広がる人だからな。
さて仕事仕事。
パッパッと造形を進めていくと、またLINE。
今度は堂上さんかよ。
『お前いつ帰ってくる?』
今日がデスアイランド撮影五日目で、明日も俺は島に戻らず、七日目に戻ると返信。
って、まただよ。
今度は誰だ。
あ、亜門二葉さん。双子の弟だけがメッセージとは地味に珍しい。
『アサっちいつ帰ってくる?』
まーたかよ!
同じ内容には同じ返信でいいや。
堂上さんにしたのと同じ返信をする。
『うちの姉、撮影予定明後日まで無いけど、服破っちゃったみたいで』
えー、マジかよ。
じゃあ戻ってすぐに直す……いやこっちの現場に送ってもらって仕事の合間に俺が直して、すぐデスアイランドに送り返すか?
いや。そこまで急ぐ理由はねえな。
無茶に仕事詰めなくていい。
今は、二日でこっちの仕事を終わらせてからだ。
だからこっちに集中して集中してってまたかよ!
一時間前に二葉さんに返信したばっかだぞ!
誰だ!
つまんねえ用ならぶっ殺すぞ! 許さんぞ!
あ、アキラ君。
まあいい。
許してやろう。
『朝風君、仕事延長する予定があったりしない?
大丈夫だよ、こっちは心配要らないから。
いたって順調だから、そういう予定があれば焦って帰って来なくてもいいよ』
なーに言ってんだこいつ。
明後日帰りますよ、と返信。
アキラ君達に何かお土産……差し入れ買ってくか。東京ばな奈とか。
食えるもんがいいよな。
30個以上入ってて皆で分けられるお菓子とかだったら最高だ。
もう日が暮れる。
夜になる。黙々と仕事を続けて、就業時間を終えて帰っていく人達を見送る。
時計の短針と長針が同時に12の数字を指して、電子時計の日付が変わった。
デスアイランド撮影、五日目終了、って感じかね。
あー、今頃皆何やってんだろ。
【原作時系列】
・12日目
夜凪「私、千世子ちゃんのこと好きじゃないんだと思う」
・18日目
夜凪「あんな仮面を被り続けている千世子ちゃんが可哀想で」
・18日目夕方がきっかけで23日目昼から
夜凪視点での千世子への認識が変わる
・夜凪撮影ラスト
撮影中に友達だという認識を持つことに成功
夜凪のキャラ考えてると、夜凪が自分の頭の中身入れ替えて好きになろうと努力しても、どうしても好きになれないと撮影半ばでも言ってる千世子ちゃんは、何気に凄いと思います。
いいですよね、原作で千世子ちゃんに聞こえるところで夜凪が「あんな仮面」「かわいそう」とか言っちゃって、千世子ちゃんが立ち止まり、振り返り、何も言わず動きもしない18日目!