原作だと、デスアイランド撮影の後のスターズが『手いっぱい』って表現されるほどにカツカツになるみたいなので、このタイミングは(英二は知らないものの)スターズもカツカツになり始めてると認識してくださいませ。
デスアイランドスポンサーの勝手な離脱で、これが起爆点となり、ここらへんから仕事にしわ寄せが来始めてるとも言います。
禅と骨*1を、ふと思い出した。
さて。
目標を達成するには、手段、計画、考慮が要るな。
冷静に考えてみるか。
アリサさんは無茶なことやらせてえ時はちゃんと会話して言う。
ゴジラの時がそうだったな。
伝言な時点で、俺に期待はしてくれてるものの、俺ができなきゃ失望するとかそういうことじゃあねえ気がする。
俺に話振ってる時点でスターズのどこもかしこもカツカツなのは伝わってくるしな。
ダメ元ってとこか?
んでもって。アリサさんは有能だ。そこは疑わん。
俺に成功させる目があると、アリサさんは考えてるわけだな。
成功率がどんぐらいだと見込んでるかは分からんが、10%でも1%でも0.1%でも、俺がスポンサー引っ張ってくる可能性はあると見てるわけだ。
俺の、どこにだ?
あるとすりゃ、俺個人の人脈への期待か。
基本的に、スポンサーは金出してる分偉い。
今回はスターズ主催だ。
金の多くはスターズが出し、脇を固める会社がいくつかあるって状態だ。
主催なら基本半分以上の制作費出すからな。
スターズが一番偉い顔できるもんだが、脇固めるスポンサーがねえと、金額的バランスとか、商品展開とかでアヤがついちまうことがある。
金出してる会社にも上下があるわけだな。
会社間ですら上下関係があるが、スポンサーとスタッフ間だと更に明確な上下関係がある。
スポンサーの機嫌損ねて監督が飛ばされるとか、十分ある話だな。
が、逆のことも言える。
スポンサーに気に入られてるスタッフは……例えば、スポンサーに気に入られてる俳優と反目したスタッフが更迭された、っつー話は真実から噂話まで山のようにある。
良い意味でも、悪い意味でも、人と会社の繋がりってやつにはパワーがあるってこったな。
例えば百城さんだ。
百城さんは、存在自体がスポンサーを引っ張れる要素の塊と言える。
その名前だけで集客効果がある上に、人当たりがいいからスポンサー側にファンがめっちゃいるからだな。
それと比べりゃ、俺の人脈なんてゴミカスみてえなもんだ。
ただ、スターズや俳優の持ってる繋がりと、造形分野の俺の繋がりは随分違え。
そこか? 何か期待されてるとしたら。
"別ルートならあるいは"的な。
例えば手塚監督。
あの人は作れば売れる人だ。
スポンサーに対しては、名前出せばけっこうな確率で金引っ張れる……気がする。
俺の方が持ってる繋がりで、それを打診する。
色良い返事が帰ってきたら、スターズ事務所に繋ぎを取る。
スターズとその新スポンサーの間で交渉が始まり、契約内容が決まって、新しいスポンサーが出来る。
よし、これだ。
この流れで行こう。
俺が売りにすんのは手塚監督、スターズの人気若手俳優12人、スターズ主宰で大幅黒字が見込める、という三つの点。
特に手塚監督と百城千世子の名前はでけーはずだ。
特撮畑のスポンサーなら、俺の名前もちっとは足しになるか?
金があってて手広くスポンサーやってるとこなら、玩具系の会社も良いかもな。
パンダイあたりは造形で一緒に仕事してること多いし、8000万くらいは意外と出してくれるような……気がする。気がするだけだが。どうだろうか。
知り合いのプロデューサーに打診してみっか?
……親父の名前出したら、俺の仕事分野から遠いスポンサーも、受けてくれる可能性あるか。
そういう手もあるっちゃあるんだよな。
どの道、利益が見込まれなきゃスポンサーは金出さねえ。
利益が出ると思うから金出してくれるわけだしな。
スポンサーの金出し相場と見返り相場は、状況次第でかなり変わってくる。
例えば、その映像作品で商品の宣伝して、商品を現実で売るってスタイルなら、スポンサーは金で多くの見返りを求めるわけじゃねえ。
玩具屋が仮面ライダーの番組に制作費を渡して、番組が武器をかっこよく魅せて、玩具屋が武器の玩具を売る、って感じにな。
逆に、商品の宣伝するわけじゃねえなら、映画の興行収入の何%をスポンサーが貰う……って感じに利潤を得る。
デスアイランドに8000万出してもらうなら、こっちになるだろうぜ。
8000万出してもらうなら、追加スポンサーへの見返りはどんくらいが妥当だ?
1億? 1億6000万とかは絶対無理だろうしこの辺のラインか。
デスアイランドが制作費6億だから、黒字ラインは興行収入18億。
"興行収入の6%を○○社に見返りとして支払います"って契約が妥当か。
大ヒットしたらそのスポンサーはボロ儲け、爆死しても制作は興行収入の6%だけ払えばいいから払えないってことはありません、みてえな。
今日中にスポンサー候補とスターズの交渉に持っていくんなら、金持ってる会社で、スターズ・手塚監督・百城さんを強く信用してるとこがいい。
かつ、スターズのツテよりも俺のツテが強えとこがいい。
俺との繋がりよりスターズとの繋がりが強えとこで、すぐスポンサーになってくれそうなとこがあるなら、アリサさんそもそも俺頼らねえだろうからな。
となると。やっぱ特撮畑に金出してるところか。
さてどっから電話かけるかな。
金あるところ。
フットワークが軽いところ。
とりあえず電話帳に登録してるところに片っ端から連絡取ってみるか。
「もしもし、今ちょっといいですか?」
しかし芳しくねえ。
どこも返事がよろしくない。
急ぎのスポンサー確保なのもあって、『せめてもうちょっと相談出来る時間があれば』って返事が多い。
プロデュサーレベルでもこの金額は、上に打診して企画通さねえと駄目だろうからな。
大手ほど金を出しやすいが、大手ほどフットワークは軽くねえし。
こんな急な話通せんの西映の黒倉プロデューサーくらいじゃねえか。
俺には無理なのかもしれん。
「うーむ、これはキツい」
しかし俺、いつの間にこんな評価されてたんだ?
アリサさんがスターズに俺を取り込もうとしてた理由、分かってなかったわけじゃなかったが、ここまでとは。
「朝風さんが参加してるなら」「ですが何分急なのが……」みたいな反応をこんなにされるとか思わなかったな。
時間があったら、さくっとスポンサー招けてたかもしれん。
いや、それは流石に思い上がりすぎか。
過小評価もあんま良くねえんだよなあ、自己評価においては。
自分の非常に高え商品価値を僅かなズレもなく把握してる百城さんが、どんだけ優れた隙の無い人かって話だわな。
……いかん、俺の認識があちこち不安になってきた。
一回途中経過の報告も兼ねてアリサさんに報告しよう。
つか早くスポンサー確保まで行かねえと、ミニチュアの方を完成させる時間ねえんだけど!
『できなければできないでいいわ』
「あれ、そうなんですか?」
『ただ、手塚は一度こちらに戻してもらうわ。
スポンサーが抜けたことで生まれた問題の処置でこちらは手いっぱいだし……
もちろん手塚が抜けてる間に撮影を進めることはできないと思って頂戴』
手塚監督引っ張られるかー。
……ちっと困るなあ。
いやめっちゃ困るわ。
いやいやいや。
数日でも抜けられたら俺一週間の徹夜してもカバーしきれねえぞ!
最低十日徹夜しても間に合うかどうか!
30日って日程がギッチリ決まってる撮影で監督何日も引き抜かれてたまるか!
百城さんのスケジュールはこの30日逃したらもう調整利かねえし、出番一番多い百城さんが一番出番減らせねえんだぞ!
この30日だけで終わらせないと最悪お蔵入りになんぞデスアイランド!
6億円の無駄撃ちとか、その悪影響想像したくもねえわ!
「このスポンサー抜けでスターズ結構大変なのでは」
『ええ、そうね』
「多分大変な部分のほとんどはスターズ本社で請け負ってますよね」
『あなたが気にすることでもないわ』
「……分かりました。俺は俺で尽力します」
『ええ、お願いね』
どんぐらいやべーことになってんだろうか。
抜けたスポンサーに配慮してた(過去形)広告とか全カットで、抜けたスポンサーに許可貰ってた権利利用とかも無かったことになるから差し替えで。
申請のスポンサー欄全部書き直し、完成してた分の広告やCMは全部再検討。
後あそこのスポンサーはディスク製造委託もやってもらってたから*2、新しい円盤販売委託先も探さねえとな。
予算は全部リセットと再計上準備して……あ、税金処理の仕事量とかヤバそうだ。
今回抜けたスポンサーの出資金ってどう扱われてたっけ。
協賛金? 広告宣伝費扱いだっけ? 今回帳簿とか見てねえからなあ俺。
あ、トレーラー制作費は宣伝費の中に含まれて計上されてんだった。
あれこれ結構ややこしい計算になるか?
スポンサーは払う側だから、全額損金扱いになって、法人税計算過程で差し引く数字になって、これがスポンサー撤退で差し戻しになって、これがスターズの払われる側から見ると……あれ、源泉徴収税額込みで報酬額決めてたんだっけ? 今回どうだったっけ。
めんどくっさ!
税金めんどくっさ!
しかもこの面倒臭え帳簿上のあれこれとかでも、ほんの一部でしかねえよな。
スポンサーが抜けると、スポンサーが所有権持ってた放送枠*3とか、広告枠*4とか、どっか行っちまうこともあるからな……どうなんだ、どうなってんだろうか。
いや、信じてスターズの人らに任せとくしかねえ。
百城さんとか景さんとかが撮影してる裏で、ホント色んな人が苦労してんだよなあ。
俺も裏方として、やることやっていかねえと。
スケジュール問題だってある。
デスアイランドの水際で止めとかねえとな。
スポンサー問題で30日で撮影終わらなくなり、無理してデスアイランド続けようとか思ったなら、スターズ12人のスケジュールも破綻する。
それなら、撮影続けねえ方がまだマシだ。
客からの信用も失う覚悟で、穴だらけスカスカ超駄作でも仕上げてリリースする勇気か。
映画お蔵入りにして6億ドブに捨てる勇気か。
じゃなきゃ、スケジュールの連鎖破綻で、6億で済んでたかもしれねえ被害が60億、600億、って膨らんでいっちまう可能性もある。
かのジュニーズの年商も1000億って言うしな。
アリサさんなら6億の損失くらいは受け入れそうな、そんなイメージがある。
でも俺はちょっと……いやかなり気が引けるわ。
なんかできりゃあいいんだが。
「俺にこの案件を振ったことに理由はあるんですか?」
『あなたにとっては楽な話かもしれないわ。あなたにとっては、だけど』
「……?」
『この件はできなくても気負う必要はないわ。自分の仕事と体調を一番に考えなさい』
電話が切れる。
俺にとっては?
俺に限定?
ふむ。
もうちょっと考えてみるか。
俺に可能なこと。俺に話が振られた意味。
あとアリサさんが奥歯に何か引っかかったような言い方してた意味。
アリサさんが俺に言い辛いこと、何かあんのか? はて。そこにヒントがあるか。
しっかしアレだ、これが女心とか把握せにゃならんものなら、結局俺には分からん可能性も……いや、とりあえず考えよう。
俺にしかできないこと。
アリサさんができると思ってること。
「クラウドファンディング、とか」
クラウドファンディング。
ここ数年、映画やアニメで流行ってる資金調達方法だ。
なので、クラウドファンディング。
インターネット経由で、一般の人達から制作費を募る方法だな。
色んな分野に色んな形のクラウドファンディングのやり方があるんだそうな。
昔から、映画は撮ろうと思った監督が走り回って制作費集めることから始める。
金出してくれるスポンサーが見つからなきゃどうにもならねえからな。
だが、クラウドファンディングがある現代は違え。
映画のサンプル画像、作品コンセプト、目指すもの内容、そういったもののを公開し、ネットで制作費の提供を求める。
そうすりゃ、琴線に触れた人が制作費をくれる。
金をネットで調達できるんだな。
で、クラウドで金を出してくれた人に、限定品のクリアファイルとか、フィルムの一部とかをお返ししたりもするわけだ。
支援してくれてありがとう、ってな。
こうして見返りを見せることで、資金提供の受け皿を広くする……いや、つかこれもう、金出して貰う代わりに見返りを用意してもらう普通のスポンサーに近くなってきてるじゃねえか!
クラウドファンディングは、世界最新のスポンサーシステムってわけなんだな。
だから普通にクラウドで金出してる一般人をスポンサーって呼んでるとこもある。
一般人がスポンサーってことは、映画の概要説明次第じゃ、出して貰える金が0から無限大までいくらでも変動する。
可能性は無限大だぜ。
しかも、自由度も高え。
そういう意味でも可能性が無限大だ。
スポンサーは「うちは金出すんだから口も出させろ」と、撮影にあれこれ口出ししてくるし、その権利がある。
だがクラウドならそれもほぼねえ。
監督達が好き勝手作品撮れるってわけだな。
まーこれが悪い方向に噛み合うこともあるけどな。
仮面ライダーやスーパー戦隊の玩具だって、玩具屋・造形屋・特撮屋で合議して、売れない武器は玩具屋が却下し、安く丈夫に安定して沢山作れねえものは造形屋が却下して、かっこよくねえものは特撮屋が却下して、それで良いものが作れてんだ。
少なくとも俺は、話し合いして中央値取りてえタイプだなあ。
ただし、クソスポンサーがいる場合は消えろクソがと思う。……場合によるな。
クラウドで俺の名前で8000万集めたら……?
「いや一般の知名度ねえ俺がやっても10円も集まらねえだろ」
無理だな絶対に。
俺の仕事を知ってる社長さんとかは俺に金出してくれるかもしれんが、一般人は俺に一円も預けようとは思わんだろうぜ。
これもまた、クラウドファンディングの個性だ。
客からの一般知名度こそが、スポンサーからの集金力、撮影の資金力に直結する。
通常のスポンサー集めの場合、業界でのコネ、過去に作った作品の興行収入と純利益、各社の偉い人に自分からぶつかっていく能動性が必要だ。
偉い人に当たっていって、自分の手で金集めるわけだからな。
クラウドの場合、テレビ出演などによる一般知名度の増大、過去に作った作品の収入じゃなくてファンの評価値の高さ、金が集まるのを広い受け皿でじっくり受ける受動性が必要だ。
過去の実績を撒き餌にしてページ作って、後は待つわけだからな。
例えば『売れる作品を安定して沢山作ってる』手塚監督は、通常のスポンサー集めの方が適してるはずだ。
小銭出してくれるライトファンは多くとも、多額の金出してくれるヘビーファンが多くねえ監督で、映画黒字がほぼ確実な手塚監督は大抵のスポンサーから絶大に支持されてる。
逆に『日本では無名だが海外の超有名映画祭の数々に入賞してる』黒さんは、海外のスポンサーとかも想定しつつクラウドファンディングやっても、相当な額が集まりそうだ。
日本国内じゃほぼ無名な黒さんは普通のスポンサーが集まり難ぃ。
だが重度の映画ファン、海外の映画スポンサー常連社は、黒さんがネットでスポンサー募りゃ確実に食いついてくる。実績があるからな。
金を集める。
こいつは、映画を作る上で絶対に必要な能力だ。
普通スポンサーを集めたりすんのは企画担当やプロデューサーだが、本当にどうしようもなくなりゃそれ以外も走る。
美術監督もせっせと走る。
いいよなあジブリの美術監督は。
ジブリって頭に付けてりゃクラウドでサックリ金集められたりするんだぜ。
ちえみとチェリー*5とか、クラウドで美術監督の名前だけを売りに献金求めてたことあったからな……ファンディングのお願いのページタイトルに、美術監督の名前しかなかったぞオイ。
あれで翌月全額達成してたのが凄えわ。
俺に売れるような名前がありゃあなあ。
テレビとかに出て名前を売りつつ、悪感情を抱かれないよう完璧な振る舞いをしつつ、観客や視聴者の好感だけ得る……百城さんのあれは俺には到底無理そうだ。
「はぁ」
もう少し、冷静に考えたら、何か正解出るか?
いっそ仕事再開すっかなあ。ミニチュアの。
頭に負担はかかるが、仕事と対策に脳味噌を半分ずつ回していつもの倍の速度で頭回せば、まだ何とかなるかも……仕事してる時が一番頭回ってる人間だしよ、俺。
「よう、苦労してるみてえじゃねえか」
「! 黒さん!?」
屋上で佇んでた俺にかかる声。
その声の方に顔を向ければ、そこには黒山墨字がいた。
さてはちっちゃい子らの世話を柊さんに任せて……いや待て、なんであんたがこっちに?
「話は聞いたぞ。ところで色々電話かけてたらな、8000万出してくれそうなとこがあったぞ」
「ゆ……有能! 信じられないくらい有能! ありがとうございます!」
「気にすんな。デスアイランドに夜凪をねじ込んだ時といい、お前には借りがいくつもある」
速え!
話が速え!
「協力してやるよ」って声かけから始まるんじゃなくて、「最高の手土産持ってきてやったぞ」から話始めんのマジで速えな!
有能。
「どこです?」
「西芝」
え、西芝? マジかよ、いいとこの家電じゃん!
あそこなら確かに8000万くらいはサクっと出せるか。
後で払われる見返りが9000万くらいでも、あそこくらいの大手ならこれでスターズに恩売って、末永く稼ぐこともできらあな。
あそこがスポンサーになってるドラマは、特撮畑の人間がそこそこいる。
今度やる予定の『下町ロケット』とかも、スポンサー西芝で制作が丁BS、音楽はアニゴジの人、プロデューサーは実写あしたのジョーとか企画プロデュースした人、演出は特撮オタクの日常だけでドラマ作りてえ! 本物怪獣スーツも借りてこよう! な人だったりするしな。
黒さんのアポ次第じゃ、特撮畑の俺の心証良さそうな偉い人もいそうだぞ。
「ただし、確定の話じゃねえ。
自慢じゃねえが俺はこの手のコネはねえからな。
話届けたのはこの手の管理やってる専務までだ。
西芝の担当者は、後はエージと直接話して、それから決めてえんだってよ」
「なるほど、面接ですね。
分かってます。
今日中に話を通そうとしている時点で難度が上がっていることは。
ですが、無茶は承知。
話を繋いでくれた黒さんの名にかけて、必ず勝ってきます! だから―――」
「ダメ押しもしとけ」
「え?」
「俺が巌のジジイと知り合いなのは前に言ったっけか?」
「はい、前に聞きました」
何の話だ?
「俺が通したのは加賀経由*6だが……
その時にちょっと話振られてな。巌裕次郎さんに繋ぎ取れませんか、ってよ」
「!」
「お前も聞いてんだろ、ドラマの演劇化企画の話だよ」
なるほどそうか。
例を出して、思考を整理してみっか。
今予定されてるドラマ『下町ロケット』のメインスポンサーは、大手電機メーカーの西芝。
制作はテレビ局の丁BS。
スタッフチームは半分くらいが『半沢直樹』*7のスタッフ達だな。
半沢直樹然り、下町ロケット然り、西芝と丁BSが組んでる事柄は今、いくつかある。
例えば今度やるっていう、百城さんがメインで出る作品とかな。
詳しい話は聞いてねえが、百城さんがメインで出るって話は聞いてる。
他にも、進行中のテレビドラマの舞台化企画とかあるって話は、前に聞いたことがある。
『大奥』『踊る大捜査線』『さくら』あたりはもう舞台化してたんだっけか?
ドラマをアレンジして舞台でやる、ってのは結構あるんだよな。
丁BSは今、これで何かドラマを舞台化する話があるとかいう話だ。
巌爺ちゃんは元々テレビと映画の監督を結構な数やってた人だし、演劇演出家がテレビ監督やった例はかなりあるし、巌爺ちゃんと繋ぎ取りてえってのは多分これだな。
丁BSの人気ドラマの舞台化の企画。
それと、近年のドラマで人気を勝ち取ってる舞台俳優の発掘、採用。
そのために演劇畑の重鎮の、巌爺ちゃんと繋ぎ取りたがってんのか……放送局の製作チームと、スポンサー会社の企画に金出す部署の人間が。
西芝の人と面識はあんまねえんだよなあ俺。
丁BSはドラマ・CM・ウルトラマンで関わるから*8顔見知りそこそこいるんだが。
撮影に理解ある西芝の人と話せそうにねえなら、丁BSの人連れてくか?
間にそういう人が入ってくれると俺クッソ楽になるわ。
……いや、そうか。
そういう"朝風英二に付属させる人間"に、黒さんは巌爺ちゃんを挙げてんのか。
百城さん達引き合いに出そうと、『俺』にスポンサーは金出さねえかもしれねえ。
だけど、『俺+α』ならってことだよな?
「巌のじいさんに頼んでみろ。
西芝の仕事受けてくれるかもしれねえぞ。
西芝との交渉でそれ使ってみりゃいい。
巌裕次郎と仕事の交渉ができるってなりゃ、かなり良い返事が貰えんじゃねえか?
しかも代金は、デスアイランドに8000万出す手堅いバクチに参加するだけときた。軽いな」
「それは……そうかもしれませんが」
「お前はスポンサー受けてもらえる。
西芝はデスアイランドと演劇分野両方に手堅い出資ができる。
巌の爺さんは仕事して金貰う。誰も損してねえんだ、いいことだろ」
「ですが、流石にそこまで頼るのは……」
「いいんだよ、あのジジイは性根が腐ってるからな。
契約しても責任取らなくていいってこと知ってんだよ。
どうせお前のためなら、そんぐらいの卑怯はするだろうさ」
「? 責任取らなくていい?
仕事を受けたら、責任持ってそれを果たさないといけないと思いますが……」
「……あのジジイがどうせその内話す。気にすんな」
はて。
なんか超大型の仕事でも入ってんのか?
西芝の仕事を後回しにしても許される、くらいの仕事が。
じゃなきゃ巌爺ちゃんでも、受けた仕事をやらねえとか、適当にやるとか、投げ出すとか、仕事に対して無責任でいることが許されるわけがねえんだが。
仕事は完遂してこそ仕事だ。
ミスったり投げ出したりすると、信用は損なわれちまう。
"演出家としてこの先も生きていく"なら、絶対に大手企業との仕事で適当とか無責任とかできるわけがねーんだが。
「ジジイは孫代わりのガキには甘えんだよ。エージは知らねえかもしんねえがな」
「……どうでしょうか、黒さんが思ってるほど、思われてはないような気もしますけど」
「でも好かれてねえとも思ってねえだろ」
「それは、まあ」
「んじゃ後は好意の大小の問題だって話だ。
電話してみろ。あのじいさんから思われてることの確認も兼ねてよ」
へっ、いいだろう。
確かに俺はあのじいちゃんに気遣ってもらってるし、大事にしてもらってるが、仕事面でも甘い顔されるほどめちゃくちゃ大切に思われてるとは思わねえぞ!
電話コール!
繋がった!
ちょっと久しぶりだな爺ちゃん!
かくかくしかじか!
説明終了!
『いいぞ』
……。
あーもう。
嬉しいな。
すぐ快諾すんなよジジイ。ボケたか? ボケたのか? 判断力落ちたのか? ……判断力落ちてねえなら、なんか、その、なんだ。
あー。
こういう場面でこういうこと言われて、こんなに嬉しくなるとか、想像もしてなかった。
俺、こんな人間だったっけ?
『その代わりと言っちゃなんだが、一つ仕事を受けてくれねえか』
「何でも言ってください」
『俺達の次の公演準備も、公演も、じき終わる。
次の次の公演で合流してくれ。演目は―――"銀河鉄道の夜"』
宮沢賢治の童話か。
珍しいな。
巌爺ちゃんと言えばシェイクスピアのイメージがあるし、『銀河鉄道の夜』は演劇舞台用にシナリオが組まれてるわけでもねえから、相当に弄った脚本が必要になってくる。
元々の銀河鉄道の夜が未完成品な上、編集者によって度々改稿されてきた作品だ。
間もやや間延びしがちな『旅』の話で、短い時間で『魅せる』演劇とはイマイチ相性が悪く、人気になった『演劇・銀河鉄道の夜』は、脚本担当の才能が光るもんになっている。
巌爺ちゃんが納得するレベルの脚本はもう出来てるか、あるいは他の演劇で使われた脚本をそのまんま持ってきたか……どうだろうかな。
ともかく、次の次なら秋から冬にかけてってところか。
そんなら大丈夫だな。
『舞台のちょっとしたもん作らせるってだけだ。
拘束期間はそこそこだが拘束時間を長く取るつもりはねえ。
他の仕事も平行できるだろう。
どうだ、老い先短え老いぼれの頼みと思って、聞いちゃくれねえか』
問題があるとすりゃ、デスアイランド後には俺がスターズ専属になってて、フリーみてえな仕事の受け方はもうできねえってことだな。
ま、アリサさんもこれなら受けてくれるだろ。
巌爺ちゃんの話受けりゃスムーズに話進むわけだしな。
今回だけは許してくれるはずだ。
一応確認の連絡だけは送っておく。
アリサさんは、とある理由から内心で巌さんに敵意を剥き出しにしてる。
スターズに入ったら、俺はもう巌爺ちゃんの仕事を受けられなくなるかもしれねえ。
そうなったら。
この、次の次の公演の仕事が。
俺にとっての、巌爺ちゃんとの、最後の仕事になるかもしれねえ。
「分かりました。期間も多分大丈夫です、受けます」
『おう、頼んだ』
老い先短いとか言ってんじゃねえぞ。
長生きしろよジジイ。
電話を切る。
「どうだ、上手く行ったか?」
「いやもう、本当にありがとうございます黒さん。
スポンサー探して、窓口までこじ開けてくれて。
巌さんまで引き込んで突破口作ってくれて。なんとお礼を言っていいのか」
「借りを返しただけだって言ったろ?
そうだな、夜凪のデスアイランドねじ込みに協力してくれたのとチャラにしとけ」
ありがとうありがとう。
ありがとうハゲてないヒゲのオッサンと、ハゲてるヒゲのジジイ。
心から感謝してるし大好き。
超感謝してる。また何か機会あったら助けに行くぞ。
……ん?
あ、そうか。
だから伝言なのか。
アリサさんが俺にスポンサーの件振った時、なんで伝言だったのか――なんで俺との会話避けたのか――分かった。
アリサさんこの二人嫌い寄りくせーからなぁ。
ああいう伝言を残しておけば、俺が思索の果てに、必ずどこかで巌じいちゃんとか黒さんとかにぶち当たると予測して、俺がそうやってこの問題解決すると期待して……そんな感じか。
大当たりじゃねえか。
いや、そうか。
俺が最終的に周りの大人頼ることも、どっかの誰かが大人として俺を助けることも、可能性として考慮してたわけだ。
かつ、アリサさん自身はこの二人を頼ってねえ。
上手えことやるな。
俺がこうやって活路を見出すことも、活路を何も見い出せねえことも、どっちも想定して話進めてたような気すらする。
上手い感じに誘導されちまった気がすんな。
「ともかく、ありが―――」
「そいつはもういいからエージ、柊のとこに一旦戻んぞ。夜凪の弟達にも顔また見せてやれ」
「あ、はい!」
歩き出すオッサンの後についていく。
黒山墨字。
この人礼儀は頻繁に忘れるが、恩は忘れねえんだよなあ。
ものすっげえレベルで傍若無人だが、恩知らずでも品性下劣なクソ野郎でもねえ。
そう、傍若無人なんだ、この人は。
スポンサーに媚びる監督やプロデューサーは多い。
監督がスポンサーに逆らえば、そのまんま追放されて監督すげ替えられるなんてこともありえねえわけじゃねえ。
逆に媚びりゃ、制作費が増えてできることがいくらでも増える。
媚びを覚えりゃ、能力が低い監督でも金が入る。
不器用な監督やプロデューサーは、金を集められねえどころか、最悪撮影の流れから叩き出されちまう。
もしも。
スポンサーに一切媚びず、省みず、好き勝手することが許されるなら。
そいつは自分の能力に自信があって、その自信に相応の能力があって、自分が撮りたい作品を撮るだけで、他人に合わせる気が全くねえのに、それがスポンサーに許される奴だろう。
例えばこの、黒山墨字のような。
好き勝手生きて。
偉い人に媚びる気が無く。
誰のためでもなく自分のためだけに作品を作り。
その中で自分の内なるものを表現し。
不敵に笑い。
傍若無人に振る舞い。
スポンサーに媚びるための愛想笑いが顔に全く無い。
監督の顔に貼り付きがちな、"映画を撮らせてもらうための媚びた笑顔"が、無え。
アレの痕跡ですら微塵も無えってだけで、この人は凄えんだ。
スポンサー探しの苦労を知れば知るほどに分かる。
この人が、ここまで自分勝手に生きながらも、映画の業界で評価されて認められてるっていう、その事実の凄まじさが。
『誰にも媚びないことを許される』ってことが、この業界ではどれだけ化物なことなのか。
色んな監督とこの人を見比べる度に、思い知らされちまう。
黒さんも景さんも、自分勝手好き勝手に作品作りに邁進しても、出された結果と生まれた作品だけで全ての困難を突破しそうな印象があって。
それがなんだか、見ていてワクワクする。
黒さんが景さんを選んだ理由は、二人を見てると本当に実感できんだよな。
いい監督と女優のコンビだと思う。
「そういえば黒さん、西芝と巌さん周りの情報よく掴んでましたね」
「ちょっとな、あの辺で仕事創出しようと思ってな。劇団天球周りで」
「へー……ん?」
今のスタジオ大黒天は、監督の黒さん・女優の景さん・製作の柊さんを抱える制作会社だ。
ただし単独で映画を作れるって状態でもねえんで、現状は景さんのレベルアップを兼ね、女優・夜凪景をマネージャー・柊雪がマネジメントし、責任者・黒山墨字が各現場に派遣する……って形態でやってるはずだ。
景さんの法的立ち位置はまだ個人事業主じゃねえから、契約は景さん個人じゃなく、スタジオ大黒天側で一括管理してるはず。
その黒さんが劇団天球の方で仕事を作ろうとしてる、ってことは。
次の景さんの仕事の話か。
景さんが巌爺ちゃんの方で仕事できるよう、話を始められる機を伺ってる?
景さんがデスアイランドから戻って来る前に次の仕事を確定させる気か。
随分急いでんな。
これまでの仕事のどれより急いでる気がする。
巌爺ちゃんの下で一刻も早く景さんに学ばせてえ理由でもあんのか?
「デスアイランドの次は劇団天球ですか、景さん」
「分かるか。まあ、そういうことだ」
ふと、そこまで話して、ふと気付く。
また、景さんが学んで俺が万が一のバックアップに付けられてる、この構図。
巌爺ちゃんの舞台でまた俺が景さん周りの美術を仕上げられる位置にいる、この構図。
ちょっと待て。
どこからだ?
どこからどこまでがこの人の計算だ?
……ここならいけるぞと、スポンサー勧められた時からか?
うわあ、黒さんの掌の上で踊らされてた感が出て来た。
俺も、アリサさんも、巌爺ちゃんも、皆各々自分らしく最善を選択しようとした。
結果、景さんを成長させてえ黒さんの思惑通りになってる。
うっへぇ。
景さんを使ってほしいって話、巌爺ちゃんにもうしたんだろうか?
してねえ気がすんな。
してたら、巌爺ちゃんのキャラだと俺に電話でその話してた気がする。
でも、今の爺ちゃんクセつえーからなあ。
俺みたいに途中で気付くんじゃなくて最初から気付いて、「俺を利用して良いとこだけもってこうってか?」とか脅しかけそうな気がする。
海千山千の猛者の巌爺ちゃんを手球に取るのは黒さんには無理な気がする。
勘だけどな。
「んな顔すんなよエージ、悪い話じゃねえだろ」
「はい。俺は黒さんにはありがとうしか言えませんとも、はい」
あークソ。
スポンサーに四苦八苦する自分をさっさと卒業してえ。
スポンサーに媚びなくても好き勝手できるこの人みたいになりてえ。
でなきゃ、スポンサーって要素を自分の望みの達成に使えるようなこの人みてえに、駆け引きってやつができるようになる気がしねえ。
「これがあのじいさんとの最後の仕事だと思ってやれよ、エージ。悔いの無いようにな」
「分かってます。俺、スターズの方に行っちゃいますからね」
もうアリサさんが距離取ってる以上、あの劇団と一緒の仕事はできねえかもな。
最後の仕事のつもりでやんねえと。
「俺が皆さんに話し通して、それから西芝に向かいます。黒さんはどうしますか?」
「暇だからな。ここで待ってるさ」
黒さんと別れて、ミニチュア作成チームが
すぐに来ていいってよ。
応対良いなあ。
電話を切った俺のスマホに、一通のメールがやって来る。
差出人は、百城さん。
「え?」
俺が今ぶつかってる事案のことを、アリサさんあたりから聞きつけたのか?
メールに添付されていたファイルを開くと、そこにはスマホで開ける形式の簡易資料。
その内容は多岐に渡った。
西芝の最近のスポンサー傾向。
西芝スポンサーでヒットしたドラマのリスト、つまりは西芝受けする作品傾向。
百城さんが企画段階で話したことのある、西芝のドラマ等に関わる人間の性質。
株主総会の公式発表から類推される、西芝傘下のドラマ等作品傾向、すなわち西芝の映像作品スポンサーとしての商業戦略への推測まで入っていた。
知っていた。
百城さんが、自分を見る目は全て分析していることも。
研究を重ね、統計でまとめていることも。
"誰から見ても綺麗に見える自分"を作ってることも。
そして、自分が参加した作品の撮影を完遂し、売れる作品にするためならば何でもする、そんな執念を持ってることも。
だからこそ、スポンサーからも『百城千世子』が重用されてることも。
だが、改めて思う。
あの人は、怪物だ。
ゾクゾクする。ワクワクする。
百城さんがまとめた情報の羅列が、こんなにも俺を魅了する。
俺をあの人に入れ込ませ、惚れ込ませる。
メールには資料の他に、本文がたった一文のみ書かれていた。
『がんばって』
ああ。
頑張るぞ。
だから、裏方がやるべきことは任せろ。
どうか、スポットライトが当たる表舞台で、存分に輝いてくれ。
「世界最高に良い女だな、あの人は」
これで俺は初めての単独スポンサー交渉で『うっかりやらかす』ってことがなくなった。
百城さんのやり方を真似する、っていう最高の手立てを得た。
ぐんと、成功率が上がった気がするぜ。
感謝の意を、百城さんにメールで伝える。
例えば俺は、百城さんが車のCMを撮る時、それを手伝うくらいしかねえ。
『車のCM』としてしか俺は関わってこなかった。
だが、百城さんは違え。
CM出してる会社……ドラマとかのスポンサーになってくれる会社の看板を背負ってる。
そして、スポンサーの偉い人とかとも顔を合わせて交流してる。
ニュースとかだと、スポンサーの社長と女優が握手してたりする写真が載ってるが、ああいうことを百城さんはしてるわけだ。
きっと、俺がこんなにも苦戦してるスポンサー集めも、百城さんなら数日で億単位の金なんて簡単に集めちまうんだろう。
少なくとも、俺はそう信じてる。
だからこそ、この分野で俺を助けることもできた。
こいつはきっと、景さんとかにはできねえこと。
百城千世子の、本当に強え部分だ。
その強さを分けてもらって、俺は一人の造形屋として、スポンサーを勝ち取りに行く。
あ、黒さん。
「黒さん」
「おう、どうした?」
「こう……映画とか作品を作る時、本当に信頼できる人がいるってのは、いいですよね」
「何当たり前のこと言ってんだ。今更だろそんなこと」
黒さんが鼻で笑って、俺の背中を叩く。
いってぇ。
「だからとびっきりに信頼できる仲間を探してんだ、
実感湧いた言い方してんな、おい。
……いい映画撮るために、信頼できる女優をとことん探してた人が言うと流石に違えな。
信頼できる女優は良いよな。うっかりすると恋慕しちまいそうで困る。実に困る。
『千世子ちゃんは依存させたい』
って書くと最近の漫画とかラノベっぽいですね
死に逃げは流石に大人のやることじゃねえなと思ってたくせに、「まあ英坊のためにちょっと割食ってくれや」と今ノリで決めてしまった死に逃げ選択ジジイ
後で死に逃げ選択ジジイの弟子が苦笑して代わりに仕事受けるやつ