西芝で俺の対応に来たのは、結構なご老人だった。
テレビ局番組関連では結構な年のジジイが、年齢相応の白い髪に年齢不相応のエネルギッシュさで活動してるのをよく見る。
この人がそれの類であることは、ひと目で分かった。
いい大学とか出ていい会社入って、以後何十年もそこで働き、派閥闘争などにも勝ち抜く。
種類は違うものの、そういうジジイは大抵妖怪じみてやがる。
味方に付けて頼りになるかは別として、敵に回すととんでもなく面倒臭え、ってのがこの手のジジイに対する、俺の個人的評価だった。
「良い話をありがとうございます。
私どもも、そちらへの出資を行う方向で検討させて頂いております」
微笑む爺さんの肯定的な反応に、心が浮足立つのを感じる。
が、ここで油断すんな俺。
肯定的な反応は撒き餌だと百城さんの資料にも書いてあったぞ。
「ですが、一つ」
ほーら来た。
ちょっと期待持たせてから要求通しに来た。
"いい感じの反応だしちょっと西芝の要求聞いてでも話通した方がいいな"って思わせるための戦略だコレ。
メンドくっせ。
「当方は、そちらの百城千世子さんを起用した作品の撮影を予定しています」
「はい」
「こちらをご覧ください」
爺さんから手渡されたドラマの企画書を見る。
ん?
あれ、これ百城さんにやらせんの?
ちょっと待て、ミスキャスティングじゃね? キャラと俳優が合ってねえぞ?
「これまであった百城さんのイメージと、かなり違うものになりますね」
「はい、その通りです。
なので先日、企画会議で疑問の声が上がりました。
これはこのままやっても、作品として失敗するのではないかと」
「当然の懸念だと思います」
「だからこそ、朝風さんにもこの撮影に参加していただきたいのです」
「俺ですか?」
「私どもとしても、百城千世子の起用は売りの一つ。
ここは決して外せません。
ですが懸念も無視できません。
そこで丁BSさんのプロデューサーに話をしたところ、あなたの名前が出たのです」
「俺ですか?」
「はい。百城千世子と朝風英二を組み合わせれば撮れない画は無い、と。絶賛されていました」
「……過分な褒め言葉、恐縮です」
「そこにタイミングよく黒山さんから話が来たのです。実に渡りに船でしたよ」
なーる。
そういうスポンサー内部での話合いがあったわけか。
西芝に俺を推してくれたプロデューサーの名前を聞いて、納得した。
何度か、俺と百城さんをセットで使ってたプロデューサーだった。
そういや、俺が前に百城さんの車のCMでマジョーラ使った時、あの時のプロデューサーも、確かそのプロデューサーだったはずだ。
一回か二回は直接話したことあったと思う。かなり前だが。
そうか、あの車のCMの時のプロデューサーが助けてくれたのか。
あ、そうだ、西芝は確か自動車保険もやってた。
それでテレビにもCM出してたんだっけか。
電機メーカーの西芝と、車のCM出す自動車メーカーは、共同で金出して丁BSのプロデューサーにCM作らせる……ってことがあるんだな。
うっすらだが繋がりが見えてきたぞ。
「つきましては条件に、百城千世子参加のこの撮影に、あなたの参加も加えて頂きたいのです」
なるほどな。
西芝&丁BS側としても、この撮影においてスターズに求めるものは無え。
だが、俺に求めるものはある。
これなら、スターズ側の交渉で色良い返事を返す気が無くても、俺に対しては色良い返事を見せる理由になるわけだ。
内々の話だったから、西芝は俺がスターズに移籍するって話を知らねえんだな。
アリサさんあたりがその話が広まらねえようにしてたんだろうか?
だから、こういう勘違いが起きた。
"朝風英二はスターズに移籍してる頃だから、特に交換条件を出さなくてもこの撮影には来る"と認識されてねえ。
"朝風英二はスターズじゃないから個別に交換条件出して引き込まないといけない"って認識されてんだな。
こっちに都合が良いから黙っておこう。そのまま勘違いしたままスポンサーになってくれ。
うっわ、ワリぃことしてんな、俺。
罪悪感湧いてきたわ。
映画必ず成功させてスポンサーに利益が返るようにしとこう。
「大丈夫です、いけます。この撮影期間なら、自分は参加できるはずですから」
「ありがとうございます朝風さん。それともう一つ、こちらはできればでいいのですが」
「なんでしょうか?」
「デスアイランド後、どこかのインタビューで良いのですが……
そこで『百城千世子の撮影予定作品』として、この作品の名前を出していただきたいのです」
「何度も、となると難しいと思いますよ? あの百城千世子ですから」
「一度だけで構いません。
代わりにこちらも出す番組広告を増やそうと考えています。
お互いにこの作品に入れる力を増そうという打診、と受け取って頂ければ幸いです」
「少し確認を取ります、時間を頂いてもいいですか?」
「どうぞ」
スターズ本社に連絡。
OK出しといてください、と返事が来た。
よーし良さそうだ。
"朝風さんお願いします。頼りにしてます。こっちは目を覆いたくなるほどの修羅場です"とか言われちまった。電話の切り際に。
大変そうだなあんたら。
そんなに多忙か。
いやぁ一俳優事務所が、スターズ12人ぶっこんだスケジュールギチギチの、ただでさえ調整きっつい撮影のスポンサー抜けて、8000万の抜けが出て、でも現場責任者の監督を一日でも撮影現場から離すのは無理っぽいって言われたらこうもなるか。
まあ任せとけ。
造形分野と違って自信は0だが、だからといって投げ出すほど無責任じゃねえぞ。
「できれば処理の関係上、こちらとスターズは、今日中に協賛を約束していただきたいです」
「少し厳しいところですね。何分、急な話ですから」
でっすよねー。
「ですが私に任せて頂ければ、今日中にスポンサー契約は結べるでしょう」
「! 本当ですか!?」
え、マジで?
今日中にスポンサーゲット半ば諦めてたんだが。
よっしゃ!
これなら、撮影スケジュールに一時間も影響は出ねえ!
予定通りにやれるぞデスアイランド!
「ですが、それならもう一つ、追加の条件を聞いて頂きたいですね」
ほーら来た!
餌で釣って条件追加して俺を踊らせんのやめろ!
「我が社の関係者には、『光速エスパー』のことを覚えている者がそれなりにいまして」
!
ぐっ、まさかのところが来やがった。
光速エスパー。
1967年の西芝マスコットキャラクターにして、西芝スポンサーのSF特撮テレビドラマだ。
"光速エスパーとかで経験を積んだ会社が後にサザエさんを企画立案した"っつー話は、60代以上の重度特撮ファンで知らねえ奴はいねえ。
怪獣ブームによって子供達がデカいものに憧れるようになった時代に、等身大の子供とSF性を強調して人気を獲得した稀有な作品。
また、日本における『力を持った強化服を着ることでヒーローとなる』という概念は、この特撮から生まれたとかいう話があるくれえだ。
各店舗に等身大エスパー人形が置かれ、全国的に人気が高まり、各店舗からの人形盗難が続発したとか。
カラーテレビの普及に大きく貢献したとかなんとか。
古い作品だが、特定世代からの評価はクッソ高え作品だな。
1995年にVHS化。
2001年にDVD化。
2011年にデジタルリマスターDVDBOX化。
2015年にBD化したくらいの人気作品だ。
……いや何度再ソフト化してんだよ!
西芝の偉い人にこの特撮ドラマを推してる人がいるだろうってのは想像してたが、まさかこんな話になるとはな……驚いた。
光速エスパー放映当時は西芝のパワーがめっちゃ強くて、光速エスパーの制作会社には『西芝分室』っていう専用の製作チームがいたんだよな。
製作過程も一貫して、ずっとスポンサーの影響が強かったはずだ。
そういや西芝は最近疎遠だが、結構特撮で儲けてたんだよな。
初代ウルトラマンからウルトラマンガイアまでがっつりCD出してたし。
ウルトラマン一作品につきサウンドトラック一つだったりもする最近のウルトラマン見てると、『ウルトラマン一作品でサウンドトラック四つ出す』とかやってた90年台のアレ*1は、本当に儲かったんだろうなあと思うわ。
「こちらには特撮関連の人に対し、内心悪い想いを持ってない人間も何人かいるのです」
「!」
「朝風さんが実力を見せられれば、なんとかなるかもしれません」
そうか、俺の名前が地味に通った感じなのか、これ。
西芝の特撮推しの一部から悪くねえ反応引き出せたのか?
それを使えるかもとこの爺さんは言ってるわけか。
四ツ木清隆*2さんとかがスポンサー募っても金が大なり小なり集まりそうだ。
「具体的な話をお聞かせください」
「この作品のイメージビジュアルをあなたに一品、作ってみて頂きたい」
「イメージビジュアルですか」
「朝風英二の個性を出しながら、百城千世子を活かすように。
グロテスクでもない、幅広い層に受ける綺麗なものでありながら、死を連想させるものを」
「それで他の西芝の方を説得する、ということでしょうか」
「はい。"特撮畑の朝風"の価値を、西芝内でプレゼンするのです。
そうすれば、今日中にイメージビジュアルを作ることが出来れば……
今日中に、私が"これなら説得に十分だ"と判断できれば。
極めて困難な道ですが、今日中に協賛契約を申し込むお電話を、スターズにできると思います」
「分かりました。今日23時に、商品をお持ちします。
業務時間外で失礼ですが、その時間に確認だけでもしていただけますか?」
「……本当にできるんですな、朝風さん。
言った私が言うのも何ですが、今日中に作れると返答されるとは。
朝風さんの仕事の速さは聞いていましたが、実は今の今まで半信半疑でした」
「今日中にスポンサー確保したいというのは、紛れもなく自分の本音ですから」
「結果がどうであろうと、イメージビジュアル一作分の報酬はお支払いいたします」
「え、いいんですか? ありがとうございます」
ありがとさん。
23時の確認なんていう非常識な急ぎ仕事を受けてくれただけじゃなく、依頼料までくれるか。
こりゃ、遅刻はできねえな。
各所に連絡して、一回俺の事務所に帰って、素材準備して作業開始して16時前か。
移動時間込みで考えて、許される作業時間はおそらく6時間半。
大型撮影セットを一つ作るのと同じくらいの時間か?
出来る。
出来るが。
質はある程度犠牲になるかもな。
この作業時間でイメージビジュアルを一つ作るなら、像でも、絵でも、映像でも、質がどっかで犠牲になりかねねえ。
何か、この土壇場で覚醒する要素とかねえかな俺に。
俺が覚醒できればなー。
無理か。
「死を連想させるもの、でいいんですよね?」
「はい、朝風さん。その撮影は、殺人が主題に入る予定ですから」
「では今日中に。何かありましたら、スターズか自分の携帯に連絡をお願いします」
「あなたはアートでなくデザインを評価されたと聞いています。期待していますよ」
おう。
そういうのが望みなら、そういう傾向で一本仕上げてやるさ。
アートとデザインは違う、って意見は昔からずっとある。
アーティストは創造者だ。
今までに無いもの、皆が見慣れていないものを創る。
斬新であり、表現が出来ていればいい。
一般人に何を伝えたいかが伝わらなくてもいい。
だからこそ、美術館に飾る絵や像、足り得る。
デザイナーは生産者だ。
普遍的な傑作、見慣れているものを造る。
効果的なもの、メッセージが伝わるものであればいい。
一般人に何も伝わらないのは失敗作だ。
だからこそ、チラシやCMでの広告、足り得る。
アートは個性。
世界の誰にも媚びないことこそが強み。
デザインは普遍。
消費者に媚びるパワーこそが力となる。
アートは美のために。
デザインは金のために。
アートはバカの理解を求めねえから、バカには分からなくていい。
デザインはバカを騙せるように、バカにも分からないと駄目。
アートは自由だ。美しいものを目指し、何でも描いていいし彫っていい。
だからこそ、芸術を作る生き様そのものになる。
デザインは制限だ。注文された通りの美しさを、決められた予算と期間で作り上げる。
だからこそ、それは仕事というカテゴリに入る。
アートは極めれば、芸術家という職業になる。
デザインは極めれば、広告代理店のアートディレクターとかの職業になる。
どっちにも行かねえで、俺みたいな映像業界の美術監督やる人とかもいるわな。
芸術品はその人にしか作れねえ一つがあればいい。希少であることが価値になる。
チラシは誰にでも作れるもんがいい。普及した大量生産品であることが価値になる。
誰も真似できねえものを作り上げる景さんの演技は、強いて言うならアートで。
誰が見ても綺麗なものを作り上げる百城さんの演技は、強いて言うならデザインだ。
手塚監督の映画の作り方はアート要素のあるデザインで。
黒山監督の映画の作り方はデザイン要素のあるアートだろう。
俺も、タイプとしてはデザイナーだな。
けど、親父や巌爺ちゃんの影響もあって、最近はそのどちらでもある自分を強く持ってる……そんな気がする。
いや。
違うな。
俺に最近最も影響を与えた人間は、きっと景さんだ。
表現するのか? 伝えるのか?
個性的か? 普遍的か?
アートか? デザインか?
誰も作ったことのないものを目指すのがいいのか?
過去の売れた作品の真似をして、売れるものを目指すのがいいのか?
ま、それなら俺は百城さんや手塚監督よりのデザイナータイプに分類されるわな。
「いつものように、ただしいつもより速く。6時間しかねえんだ」
俺の事務所にこもる。
作成素材も作成機材も、俺が使い慣れたもんがたっぷり揃ってる事務所だ。
ここで燃え尽きるくらいの勢いで、全力を尽くす。
いつものペース管理は、一旦止める。
無茶する時より、更に加速する。
普段の撮影じゃ中々キツいが、やる気が入ってる今の俺と、俺が使い慣れたこの事務所の環境があれば、かつてねえほどに加速できる!
あと6時間!
一気に仕上げる!
他のことをやってる暇なんざ……着信!
誰だよ!
邪魔すんなやクソが死ね!
あ、柊さんの番号が表示されてる。
じゃあ死ぬな。
作業中断して電話に出て、と。
『だいじょーぶ?』
「ルイ君?」
あれ、柊さんの携帯の番号なのに、ルイ君の声? 携帯借りたのか?
『お仕事大丈夫? 大人がみんな、心配してたよ』
「うん、大丈夫だよ。
ルイ君達も早めに寝るんだよ。
俺はまだちょっとお仕事あるからね。寝る前にはちゃんと歯を磨くように」
『はーい』
短い会話を交わして、電話を切る。
あっちの撮影現場もにわかに騒ぎになってんのかもな。
俺を心配する声とかも出てんのか?
……心配されてんだな。
いけねえ。
こっちの仕事さっさと終わらせてミニチュアの方も終わらせねえと。
「よその都合で損なんてさせねえよ、誰にも。
スポンサー逃げたデスアイランドの皆にも。
責任者の俺が他所で仕事始めるとかクソなことしてる……
デスアイランドミニチュア作成チームの皆にも。
よその決定のツケなんて払わせねえさ、絶対に、絶対にだ」
作業開始。
何で作るか。絵? 像? ムービー?
ま、造形だな。
実物作る方向で行くか。
三次元工作機を使おう。
仮面ライダーの目の部分は、特殊なデザインの複眼とかは完全均等間隔の工作が難易度高かったりするんで、こういうので製造する。
表面の加工は手作業で後からでもやれるしよ。
悩んだが、音・絵・流れで多角的に魅せられるムービーを作ることにした。
倉庫を漁って、過去に作ったものをいくつか持ってきて、流用する。
「どうすっかな、吐き気を催さない、死の描写か」
血は血糊を作りゃあいい。
死を感じさせるムービーなら、暗いミニチュアの中で血を見せるだけでそれっぽくなる。
普段通りに血糊の赤に黒を混ぜるより、暗いミニチュアに合わせて対極的に血糊の赤っぽさと鮮やかさを増しといた方がいいか?
それとも暗いミニチュアに合わせて同調的に黒度合いにするか。
魅せる物次第だな。
死の実感で、手軽なのは内臓なんだけどな。
例えば、塗料にグリセリンを混ぜて水風船の中に仕込む。
これにリモコンで火薬を爆発させる弾着か、火花を出して火薬を爆発させる電点*3をセットし、スーツに仕込む。
リモコンで操作すれば、人間の攻撃を受けて血を吹き出す仕込みの完成だ。
人間の体に怪物の体から吹き出した青い血とか緑の血がかかるシーンとか、こういうので表現できたら最高に良いんだよなあ。
ブルーバック然り、グリーンバック然り、この二色は人間の肌と対になる補色だから映像の上でめっちゃ映える。
赤い血液よりずっと映える。
しかし、百城さんが出る西芝&丁BSのこのドラマに、殺人者は出ても怪物は出ねえんだ。
無念。
怪獣なら血糊を水風船に詰めて破裂させるが、人体から血が吹き出す描写なら、特撮現場の慣例的にはコンドームを使う。
程よく伸び縮みする。中に血糊を詰めても液体がとことん漏れねえ。破れた後は人間の破けた皮膚に見える。
最高の血糊パックだぜ!
んでもって、こういうゴムの風船系の入れ物の中には、色んなものが詰められる。
潰したナタデココ。
着色した糸こんにゃく。
血肉に見えるヨーグルト。
肉片に見えるゴム。
「死んだー!」と思わせるなら、この辺やってみるのがいいか。
さーてどうかな。
グロくなりすぎないように。
かつ誰の目にも明確な、心に伝わる、ショッキングでインパクトのある絵面を作る。
ガメラのイリスではできなかった*4ことも今ならできるしな。
……。
駄目だ、試行錯誤してもグロさを抑えられん。
死の実感、か。
殺人を扱うドラマ・ストーリーなら、殺人と死を上手く魅せる画作りは必須なんだろうさ、そいつは分かる。
クッソ、商業レベルを見慣れた西芝の偉い人を納得させられる質の作品ってなると、かなり悩ましい。安易なもんは作れねえ。
百城さんには綺麗なイメージがあるから、そのイメージも維持しなくちゃならねんだよな。
綺麗な死って、『らしい死』から離れんだよなあ。
"まだ生きてるように見える綺麗な死体"とかその最たるもんだ。
バラバラになってる死体を作んのが一番楽な死の見せ方で、規制で血を一滴も映せなくなった作品で死の描写は途端にクソ難しくなる。
そういうもんだ。
「死の、魅せ方」
親父が得意だったやつだ。
俺が親父に明確に追いつけてねえやつだ。
いや、きっと、親父の足元にも及んでねえ。
どうすっかな。
あ、また電話。……景さん?
「はい、英二です。どうかしましたか?」
『あ、今大丈夫?』
「大丈夫ですよ」
『ごめんなさい、英二くんお仕事で戻ってるって分かってるのに。
あ、こっちでは英二くんに迷惑かけないように電話とかは控えようって話してて。
でもルイとレイがこっちに電話かけてきて、その時ちょっと気になることを言ってたから……』
「え? ルイ君が?」
『英二くんなら文字での会話くらいだと誤魔化しちゃいそうだなって。大丈夫?』
何言ったんだあの子。
いや、ちょっと迂闊だったな。
ルイ君とレイちゃんにとっちゃ、景さんは最も信頼し愛する家族だ。
あの二人が見たり聞いたりしたことは、そのまんま景さんに伝わると考えた方がいいのか。
余計な心配かけてたまるか。
俺が目指すは何の問題もなく進む撮影だ。
「何言われたか知りませんが、大丈夫ですよ。明日には島に戻ります」
『今は作業中?』
「ですね。手近なフックで耳にスマホくっつけて、作業しながら話してます」
話しながら作業して、試行錯誤、試行錯誤。
「ちょっと苦戦してます、死の表現で」
『英二くんはあんなにリアルな死体の人形を作ってたのに?』
「はい。というか、死体を出さないで死を表現している感じですね」
『いいことだわ。あれ、ちょっと……というかかなり食欲がなくなるから』
「あはは、すみません。撮影は上手く行ってますか?」
『うん。茜ちゃんや真咲君達が色々教えてくれてるから。
ホリゾント*7とか。
内トラ*8とか。
たくさん学んだから、もう黒山さんに素人だなんて笑われないわ』
「笑われたんですか……」
『素人のゲロ女だなんて竜吾君にも笑われたから、そっちも撤回させないと』
「無理して気張らないことも選択ですよ。
役者は癖者が多いですからね。
景さんは役者です。語るより見せる方が説得力あると思います。あなたの場合は……」
『演技を見せる、ね』
「その通りです。
周りを見ながらなら個性を出していってもやっていけるとは思います。
あ、でも危険なことは駄目ですよ。
茜さん達以外とも仲良くやれてますか? 百城さんとか、あの辺りの人達とか」
『千世子ちゃんは―――怖いわ』
「あ、そうですか……」
『初対面の時からなぜかずっと怖かったわ』
「いえ、基本的に可愛い人なんですよ、九割は可愛いで構成されてる人なんです」
『可愛く笑ってても怒ってるみたいで怖いから、本当に怖いの』
「いや、まあ、その」
『英二くん、目を覚まして。千世子ちゃんは怖い人だわ』
「景さん、百城さんを悪く言われると俺気分悪くなるんです。
悪く言ってるわけじゃないのは分かります。
景さんは怖いって言ってるだけですからね。
でも俺は景さんの口からそういうの聞くと、悲しくなります。控えて頂けると嬉しいです」
『……そう』
はよ帰らねえと。
初対面の時からあった景さんの中の"怖い"が膨らんじまってるみてえだ。
『でも、英二くんが造形で苦戦してるって聞く度に驚くわ。
そしてそんなことに驚いてる私自身にも驚くの。不思議な話ね』
「死の表現って、難しいんですよね。
特定の経験があると邪魔になったり。
特殊な経験があると質が上がったり。
俺に出来る表現と、出来ない表現ってがあるのかもしれません」
『……あのね、英二くん』
「なんですか?」
景さんの言葉を待つ。
数秒の沈黙。
急かさず、景さんの言葉を待つ。
『お母さんは好き?』
その問いに、すぐに答えた。
「はい、好きです」
俺は、母さんの死体よりショッキングな造物を作れるのか、作ることが許されるのか―――ふとそんなことを、何故か思った。
『私も、大好きだったお母さんが目の前で冷たくなって……悲しかった』
「……」
『私も、英二くんを演じられるようになったら、英二くんの気持ちが分かるかな』
「きっと、もう分かってるんですよ」
『え?』
「声だけでも分かります。
景さんは俺を分かってくれてます。
あなたは他人の気持ちがちゃんと分かる優しい人です。
死を理解できる、心ある人です。だから景さんがいて、俺は救われてる部分もあるんです」
『英二くん』
「景さんのおかげかも知れません。
母が死んだことがとても悲しかったと、素直に言えるようになったのは。
境遇も人生も違う俺達ですけど、悲しみの形は同じだったのかもしれません。
それが幸運にも、奇跡的に、偶然とめぐり合わせによって、こうして出会えたのは……」
そうだな。
「まるで運命みたいです」
『―――』
きっと、そいつは、とても素晴らしいことなんだ。
『……英二くん、きっと大丈夫』
「何がですか?」
『その仕事も、きっとパパっと片付くわ』
心強えことを言ってくれやがる。
景さんがそう言うと、実際にそうな気がしてくるから困る。
『黒山さんが、私にした最初のアドバイスに……
"バカでも分かるように演じろ"っていうのがあったの』
「ああ、それで最初の景さんはあんな演技だったんですね」
『あれはきっと、バカでも分かるようにやればそれだけで大丈夫だ、ってことだと思うの』
いいアドバイスだ。
『"お前の演技は分かってもらえれば絶対に認められる"って、最大の評価の言葉だと思うの』
アート、デザイン。
芸術、娯楽。
映画の分野における多くの要素に刺さる、簡素かつ究極的なアドバイスだろうな。
『だから言うわ。英二くん、バカでも分かるようなものを作れれば、あなたなら大丈夫』
「……ありがとうございます。なんとかなる気がしてきました」
良いこと言うぜ。
"バカにも分かるように最適化すれば最強な演技"をしてる奴が言うと説得力が違え。
『あなたを分かってる私がここにいるから。
ここで待ってるから。
英二くんが帰ってきたら、落ち着いてお母さんの話をしましょう』
「―――。はい、喜んで」
電話を切る。
俺の手が、異様な速度で動き始める。
先程よりも速く、更に速く。
思考の壁を越えたように、俺の思考が今までに無い発想を生み出し始める。
己の限界を超越するように、今までの俺が今の俺に踏み越えられる。
たかだか数分の会話が。
俺の心のあり方を変え。
発想力こそが最も寛容な造形の能力を、一気に引き上げる。
決められた時間の中で、俺が作れるものの質の上限ラインを、一気に引き上げる。
……それは、きっと。
親父の死と、おふくろの死に、俺の心が違う向き合い方を出来るようになったから。
同じように親がいなくなっても頑張ってるあの人と出会わなかったら、俺はどうなってたか。
そんなもしもの世界で、この年、この月、この日、この時間の俺は、どんな性格をしていたか。
思いを馳せる。
そんな自分が想像できなくて、笑いがこみ上げた。
何気なく思い、想う。あの人になら、魂を売ってもいいと思った。
現在、23時過ぎ。
俺が作り上げたミニチュア舞台の『薄暗い世界で血塗れのナイフが落ちる』というシンプルなムービーは、一回の再生で、西芝の合格を貰った。
「この短時間でこれとは。想像以上です。
以前から何ヶ月もかけて作っていたものではないのですか?」
「デスアイランドのスポンサーになっていただければ、もっと素晴らしいものをお見せします」
「ほほう」
「もちろん、それは西芝がスポンサーの作品で、です」
「素晴らしい」
素材は既造物の改造流用。
音楽は既存のもののそのまま流用。
演出もプロの真似。
俺が個性を出したもんなんざ、造形の部分だけだ。
だがそれでも、合格は貰えたらしい。
俺と百城さんのコンビはこれで、スポンサー獲得相応に評価されたと言っていいな。
「では、これで」
「はい。朝風さん、よろしくお願いします」
「『人を殺したことを隠して友人と遊ぶ女子高生』も、十二分に彩りますとも」
「これまでの百城千世子とは違うキャラ付けですが、お願いします」
ああ、任せてくれや。
巌爺ちゃんの銀河鉄道の夜と平行になるが、真面目にやりきってみせるさ。
現在、00:18。
「日付変わっちまったわ」
デスアイランド撮影七日目。
余裕があったはずのミニチュア作成スケジュールは、完全に破綻していた。
「……ミニチュア終わってねえのに七日目突入しちまった」
大丈夫大丈夫。
もう皆帰っただろうけど俺がこっから頑張りゃ大丈夫。
こっから朝まで頑張りゃ大丈夫。
全力集中して、フルスロットルで仕事した後で、徹夜二日目に突入だから結構キツくなってきたが、俺ァ頑丈だから大丈夫だと自己暗示だ。
一人でも頑張ろう。
あークソ、朝の島行きの便に間に合わせるにはどんだけ超特急せにゃならんのか。
いや頑張ればきっと。
自分を信じろ。
この二日でミニチュア終わらせねえと結局後に食い込むぞ。
今日頑張った意味がなくなる。
頑張れ俺。
徹夜が昭和の人間の頑張り方だとかいう考え方を超越してみせろ!
「あれ?」
電気がついてる?
なんでだ?
ミニチュア作成は、俺がいないから止まってるはずなんだが。
なんで電気がついて、中から何か作ってるみてえな物音と、人の声が聞こえるんだ?
作成所に入る。
部屋角のソファーで寝かされてるルイ君とレイ君が見えた。
静かになっているその辺りのソファーの正反対の角に、スタッフと話している黒さんと柊さんの姿が見えた。
なんで。
なんで、誰も帰ってねえんだ?
黒さんがこっちに気付いて、俺に声をかけてくる。
「よう、遅かったな」
「おかえりなさい先生!」
「早かったですね!」
「朝風さん、後でチェックお願いします」
「なんで、皆さん……」
「エージがいない間も作業進めておいてあげるんだって聞かなくてな。
だからそんなこいつらに頼まれて、俺もやる気なかった仕事してるってわけだ」
そうだ。
スタジオ大黒天は、登録上、このミニチュアを使うCMの撮影制作担当だった。
ここでの作業に自然な流れで参加すんのは、非常に容易。
そして、俺がいなけりゃ、それだけならここのミニチュア作成は止まるが。
この人も、単純作業の監督と、出来上がったミニチュアの各部分の採点くらいは、余裕で出来る人だからだ。
そして、この人には肩書きがある。
やる気がある人達の上に立って、俺が突然抜けた部分を臨時で埋めるには相応しいくらいの、そんな肩書きが。
俺が居ない間、皆、ずっと仕事しててくれたのか。
俺が勝手に抜けたのに。
俺が抜けた穴を埋めて。
黒さんっていう総指揮を見つけ出して、据えて、そうやって作業続行してたのか。
「英二さん、頑張ってたじゃないですか。俺達だけ帰れねえなって」
「仕事完遂できないの気持ち悪いんで」
「僕らがやった作業の完成形、見たいんですよ」
「指示ください!」「私の絵とかまだ見てもらってませんし」「あー眠い。もうひと頑張り」
「この辺傑作なんですよ!」「俺の出来の良い岩見てくださいよ」「コーホー」
「大丈夫ですよ、この労働もバイト代出るので」「本当にお疲れ様です。コーヒー飲みます?」
「皆さん……」
感謝の気持ちが大きすぎて、感謝の言葉が出てこなかった。
「ありがとうございますっ!!」
それでも、無理矢理に絞り出した。
感謝の言葉を無理矢理に絞り出した俺の背中を、黒さんが強烈に叩く。
「あでっ」
「知らねえのか、英二。撮影は全員でやるもんだぞ」
黒さん。
「そしてそれはな、
『この人は見捨てられない』
『この人と一緒に仕事をしたい』
って気持ちがなけりゃ、絶対に成立しねえんだよ」
……ああ、まったくだ、まったくもってそうだ。
至極納得できる。
さあ、ラストスパートだ! ありがとよ皆! これで朝までに、きっと間に合う!
今年もよろしくお願いします