ノット・アクターズ   作:ルシエド

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 資料再収集でジオウの20話くらいまでの武器材質情報とかの資料もゲットしてきました。
 まだ未放送の回の仮面ライダーウォズの情報とかは話さないようにしつつ、本放送で武器が出たりするのに合わせて解説入れるかもしれません。
 『ディケイドアーマーのジオウは"お面を被ってなりきりやってる子供"がモチーフである』などの情報とかですね。

 仮面ライダージオウ、あんまライダー見てない人にもオススメして、それをきっかけに興味持った俳優が出てる作品のライダーを見てもらうとか、ライダー入門してもらいたいところです。

「ウォズこいつ、魔王と救世主と、勝ち馬にいつも乗ってんな……
 仮面ライダーウォズじゃなくて勝ち馬ライダーウォズに改名しろ」

「救世主ゲイ釣りバイヴ?」

 とか実況して楽しむのです……


英二「家城茜って知ってます? ゴジラ×メカゴジラの女主人公でメカゴジラ搭乗者です。城で茜ですよ? こう、好ましく思ってる友人の名前の合体感が最高ですよね……あの二人も仲良くしてくれたら嬉しいです」

 俺が寝不足で倒れたみてえな話は地味に広がっていた。

 地味に気遣われてる感がある。

 むず痒いな!

 よっぽどヤベえスケジュールで、気合い入れすぎた俺がフルスロットルで全力尽くすとかでもねえなら、十日寝なくたって俺は仕事できるっつうの。

 

 が。

 これに関しちゃ全面的に俺が悪い。

 体調管理ってのは周りに余計な気を遣わせねえためにもやるもんだ。

 かつ、倒れるほどの疲労は万が一の事故にも繋がりかねえからな。

 

 俺の頭が"大丈夫だ"と判断したからといって、大丈夫だとは思えねえ。

 念には念を。

 事故を起こさねえよう気を遣わねえと。

 ただまた納期がアウトギリギリラインになったら、同じこと繰り返す気がすんだよなあ。

 作品の完成と仕事の完遂は何より大事だしよ。

 

 ……もっと腕上げねえとダメか。

 作業速度の上昇は全てを解決する。もっと動作の無駄削れねえか試してみるか?

 

「おい、英二」

 

「はい、なんでしょうか堂上さん」

 

「よく寝てたなお前。見ろよ食堂の皆の視線を。

 自分の手元の朝飯と、ぐっすりおネムだったお前を交互に見てるぜ……?」

 

「うっ」

 

 堂上さんが、サンドイッチを頬張って笑う。

 

「はっはっは。めずらしーよな、お前のああいうポカ。

 これに懲りたら小学生でもやってる早寝早起きでも徹底しとけよ」

 

「その件は、大変申し訳なく思います。すみません」

 

「そこは『すみません』じゃなくて『もうやりません』じゃねーの。倒れるとかバカか」

 

「デスアイランドのスケジュールだと、まだ安心できないんですよね……」

 

「お前は余裕なさすぎなんだよ。もっと俺を見習え俺を」

 

「撮影2日目でオールアップしてますよね、堂上さん。

 10日目の今でもここで、スターズの金で飯食ってる図々しさは見習いたいです」

 

「おいおい褒めんなって」

 

「誉めてな……いや確かに、一面的に見れば褒めてはいますけど!」

 

 図々しいな!

 いや、こんくらいの方がいいのかもな。

 デスアイランドに参加してる役者の中で、俺が「上手く力を抜いてやってんなあ」って思えてんのは、この人がぶっちぎりで一番だ。

 

 手を抜く上手さだって才能だ。

 和歌月さんあたりは『適当に生きてるだけです』とか言うかもしんねえけどな。

 仕事片っ端から受け入れてギチギチになってる俺よりは、無理しねえで程良く仕事やってるこの人の方が、個人レベルで見りゃ圧倒的に優れてる。

 堂上さんが過労で倒れる未来とか想像できねえもんよ。

 そいつは、凄え才能でもあるんだ。

 

「まあいいタイミングで、いい戻り方したよお前は。

 お前見て俺ら思ったよ。もうちょっと意識して協力しねえとって」

 

「あ、スターズ組とオーディション組の間の空気の改善、気のせいじゃなかったんですね」

 

「そう、それそれ。

 それだけじゃあねえけどな。

 他にも色々やや和解した空気になってたぞ。

 とりあえず、俳優側でも色々手を尽くさねえといけねえんじゃねえかって空気は出来た」

 

「? 詳しく聞かせてください」

 

「そりゃお前……

 第三国を我がものとするために敵国と手を組むとか。

 狙った宝玉を手にするためにライバル同士が一時休戦したとか。

 いがみ合ってた奴らでもお前を見張るために手を組んだ、とかのアレだよ」

 

「何かあったんですか? 俺を見張る?

 ……助監督達あたりでしょうか。

 確かにドラマ畑のセカンド*1と西宝畑のサード*2の相性は懸念していたところでしたが……」

 

「……あー、まあ、なんだ。

 そういうのがあったとかなかったとかどうでもいいんだよ。

 問題はそこじゃねえんだって。

 おめーがトラブル引き起こしてたら、お前自身が撮影止める原因になるじゃねえか」

 

「それは……確かに」

 

「お前がしっかりすりゃいいんだよ、しっかりすりゃ」

 

「そうですよね。反省します」

 

「お前のためじゃなくて撮影のために、絶対倒れないようにしろって話な」

 

「はい」

 

 うーむ。

 普段より心配されてる。

 信頼じゃなくて心配向けられてんのは居心地悪ィ。

 嬉しくはあるが。

 "こいつはどんなに無茶させても壊れない鉄人だ!"くらいに信頼される男になりてえ。

 

「ただやっぱ、お前が戻るなり倒れたのが、色々撮影を改善した感じはあるぞ」

 

「と、言いますと?」

 

「『30日もある』って余裕ぶってたやつも。

 『30日頑張ろう』って日数計算してなかったやつも。

 『30日しか無いんだ』って思ったみたいだぞ。

 お前見て、ミスっても挽回利くほど期間に余裕ないと思い知ったみたいでな」

 

「ああ……そういうこともあるんですね。

 確かにデスアイランドは数日の融通も利かない撮影ではありますが」

 

「必死に撮影スケに影響出さねえよう走り回ってるお前見たら誰だってそう思うだろ?」

 

 あー。

 なるほどな。

 スターズ組とオーディション組の対立構造が弱くなってるように感じた原因はそこか?

 "撮影のため、余計なこと考えるのはやめよう"って気持ちが各々の中に大なり小なり出て来た……のか?

 ただまだ対立構造は残ってる気がすんだよなぁ。

 

「僕らにできることは多くない。

 それぞれの撮影に、最高のコンディションを整えて挑み、今の自分の最高を見せる。

 そうしていくしかないんじゃないかな。悩んでも解決しないことってのはあるものだから」

 

「アキラさん」

 

「とりあえずはご飯。それが今一番大事なことじゃないかな?」

 

「そうだな、飯だ飯」

 

 やって来たアキラ君が、俺の横に座る。

 俺も堂上さんも朝飯を食うのを再開し、三人揃っての朝食が開始された。

 ホットドッグとサラダを頬張る俺。

 堂上さんがハンバーグサンドイッチオムライスセットを食う。凄え欲張りセットだな!

 アキラ君は唐揚げ定食セットであった。

 他愛のないことを話しながら飯を食っていると、アキラ君が唐揚げをこっちの皿に乗せてきた。

 

「唐揚げあげるよ」

 

「ん? そんじゃ俺はミニハンバーグやるよ」

 

「ありがとうございます。でも、俺そんな食い足りないってわけでは……」

 

「いいからいいから」

「いいからいいから」

 

 いや、何考えてんのか大体分かるけどな!

 

 そういう体調の心配の仕方は要らねえんだよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上を見上げれば、真昼の太陽。

 

 10日目も問題なく撮影が進んできた。

 大体進捗は全カットの内40/100くらいが終わった感じだな。

 撮影に使える日数も10/30が消化完了ってとこか。

 もう1/3終わったとも言える。まだ1/3しか終わってねえとも言える。

 

 個人的にはもうちょい余裕を持たせてえ。

 景さんがいると、とんでもなく撮影が早まるパターンも、とんでもなく撮影が遅れるパターンもどっちもありそうだ。

 島での撮影が終わった後は、一部俳優が東京で合成素材の撮影と、アフレコの吹き込み*3やってそんで終わりだ。

 

 ただ、オーディション組の動きの硬さは随分と取れてきたように見えんな。

 

 「自分に上手くできるか?」とか「上手くやらなくちゃ」とかの意識が薄れてきた。

 スターズと比べられたことで、敗北感が良い塩梅に対抗心や気負いを削いでくれたのか?

 「スターズに勝てるわけがなかった」っていう割り切りと開き直りで、オーディション組の萎縮が無くなってきたってことだな。

 緊張が抜けりゃ、皆の能力も伸びてくる。

 

 あともうちょっと緊張が抜けりゃあ、全員フルスペックでやってくれそうだ。

 

「木梨さん、初日と比べると随分動きがよくなりましたね。撮影に慣れましたか?」

 

 ショートヘアの少女に話しかける。

 木梨さんは短いくせっ毛気味の髪さをいじって、あはは、と笑った。

 

 最近この子、ちっと景さんの演技に影響されてるが、景さんのレベルには全然近付けてねえし、景さんの成長スピードのせいか差は広がるばっかだ。

 まあ、そりゃそうか。

 この子の才能程度じゃあそこまでは行けねえ。

 優秀なんだけどな。

 間違いなく優秀だ。

 俺じゃ百年演劇習ってもこの子ほどにはなれねえだろう。

 

 だから、景さんみたいになろうとしてるこの子は、致命的に間違ってるんだが。

 今はまだ、その景さんを目指す気持ちがプラスに働いてる。

 茶々入れることもねえだろう。

 第一、この子は高校生の演劇部だ。

 門外漢の俺が余計なこと言うよりは、高校の演劇部の顧問に指導とかは任せた方が良い……気がする。多分。

 

 俺高校行ってねえから高校演劇部の顧問のレベルって全然知らねえんだよなあ。

 今度調べてみっか。

 

「今でも本番前は緊張しきりですよ。本当に心臓バクバクです、私」

 

「笑顔の演技が柔らかくなりましたよ。

 ああいうのがあると違うんです。

 木梨さんは和歌月さんに殺される役ですからね。

 和歌月さんに心許した笑顔の演技ができると、かなり映えると思います」

 

「殺されるためにですか!?」

 

「殺されるために、です。

 どうでもいい人は死んでもしょうがないんですよ。

 可愛らしく好感が持てる人が死なないと、作品評価にかかわります」

 

「せ、責任重大ですね……!」

 

 そういうこった。

 頑張れ。

 クソあっつい太陽光の下、カメラの前に躍り出ていく木梨さんを見送る。

 

「どうも」

 

 おんや。

 今度は小西さん。

 オーディション組が連続してこっち来るとは。オーディション組の俺の認知度が地味に上がってるってことか?

 

 この季節に脂肪着てると暑いだろ。

 あとでアイス仕入れるから頑張ってくれ、小西さん。

 

 地味にぽっちゃり系の映画俳優って最近地味に貴重だから頑張って欲しい。

 細いイケメンが売れるから皆そこ目指すんだよなあ。

 映画監督からすりゃ売れる細身イケメン俳優使いたいのも本音だが、デブを始めとする色んなタイプを使いてえってのも本音だってのに。

 顔が悪くなくてデブで行くことを決めた映画俳優は、多分今の映画監督達にとっちゃ値千金のお宝に等しいぞ。

 

 ちょっと売れると痩せに行くやつとか、人気があんま伸びねえから痩せてイメチェンするやつとか、そういうのもいるからデブい人は減るんだよな。

 デブも個性だってのに。

 個性なら人気や金にはなるってのに。

 デブで売るっていうフォーマットが業界に育ってねえから、受けることが分かってる細身のイケメンを目指す人の方が、圧倒的に多いっつーこの問題。

 どうにもならねえんだよなあ。

 

 しかも、ストレス問題がな。

 意外と消費者ってデブをデブと呼ぶことに躊躇いねえんだよな。

 『クズ』とか他人に言う時ほど、『デブ』って言う時に躊躇いや罪悪感持ってねえっていうか……言っちゃ悪いことだと分かってる人も確かにいるが、気楽に言う人もいるっつーか。

 

 芸能人の周りって万人単位の人がいるから、一部の人がデブデブ言ってるだけでも数百人の人がデブデブ言って嘲笑してるように見えんだよな。

 そのストレスはやべーもんがある。

 美人女優な人でも、何かの形で消費者のヘイト買うと、ネットでずっとブサイクブサイクと大勢に言われ続けたりするくれえなんだ。

 わかりやすい身体的特徴は、かなり厳しい逆風になる。

 俳優のメンタルにかかる負荷は想像もつかねえ。

 

 『情報化社会』は、ぽっちゃり系映画俳優ってジャンルには逆風だ。

 デブデブ言ってる人が自分に合うコミュニティ見つけて、そこで皆と一緒にデブデブ言って、デブデブ言うことに慣れて罪悪感覚えなくなって。

 んで、他のとこでも罪悪感なくデブデブ言ったりすんだよな。

 そりゃ痩せること目指す俳優も増えるわ。

 

 つか、百城さんが化物なんだっての。

 なんだあの怪物。

 目立てば目立つほど悪口言われやすくなんのが俳優だってのに、この情報化社会で、なんで消費者の悪評で何のダメージも受けてねえんだあの人……?

 他の俳優は一々こういう風評に四苦八苦してんだぞ……?

 マジにオンリーワンだわ、あの人。

 心底信頼できる。

 

 小西さんはぽっちゃり系だし、ぽっちゃり系が売りになるバラエティやお笑いの世界に行っちまうかも知れねえが、できれば映画俳優としても成功してほしいところだ。

 デスアイランドにいる間は、サポートもしっかりやんなくちゃあなぁ。

 

「質問なんですけど」

 

「いいですよ。美術の俺に答えられることなら、なんなりと」

 

「これあるじゃないですか。

 人殺しに使われる西洋剣。

 昔舞台で見た剣とどこか違うような……

 違いがあるなら教えてください。扱いに気を付けるところがあったら気を付けます」

 

「ああ……それはですね、わざと反射を落とした舞台小道具だったんだと思います」

 

「わざと反射を?」

 

「高校演劇だと気にしないことも多いですが……

 昔ながらの演劇だと、舞台の上に光を反射するものは置いてはならないとされてました。

 強い照明の下だと、観客の目に不快感を覚えるほどの反射光が行くことがあるからです。

 そうでなくても、俳優に視線を集中させたいのに、背景が光ってそっちに注目が……

 なんていう想定外のことまで起きてしまうわけです。

 だから光る面にヤスリをかけたり、別素材に付け替えたりするわけですね、はい」

 

「へー。あんまり気にしてませんでした、そういうの」

 

「気にしなければ気にしないでいいことではありますからね。

 映画俳優さんだとなおさらです。

 演劇舞台やオペラなどなら、客席から舞台上まで一定の距離があります。

 なので光らないように細工してる道具でも、気付かれないんですよ。

 "近くで見てない"わけですから。

 お客さんもそこまで気にしませんしね。でも、映画の撮影なら、話は変わります」

 

「カメラが寄り添うから、ですね」

 

「はい。

 カメラが近くから撮ることもあるから、です。

 舞台と違い、刃物がギラリと光れば最高の表現になります。

 また逆に、舞台と違って刃物や鏡の表面にカメラやカメラマンが映るリスクもあります。

 『光の反射をいくらでも演出に使っていい』。

 『けれど、鏡面にするなら注意すべき』。

 これが演劇の世界と違う、映画の世界の小道具のルールの一つでもあるわけです」

 

 近年は撮影技術も進化したもんだ。

 編集で画面を暗くして、色彩を黒に寄せて編集したりすることで余計なもんを画面から消す、とかやってんのはレジェンダリーズ・ピクチャー*4だったか。

 

 鏡面になるくらい磨き上げられたガラスのグラスにカメラが映り込み、撮り直しもできねえからそのまま上映する……ってのは、昔の映画では時々あったって話だが。

 今は、映像編集でそれすら消せる。

 C3PO*5の問題はもう完全に過去だぜ。

 

 なら、『反射しないよう表面が加工されてリアル感が損なわれた小道具』より、『輝かんばかりの高級感の銀食器やグラス』の方が遥かに観客の印象に残るから良い、ってなるわけだ。

 

 おかげで、舞台演劇ではできねえ『綺麗なガラスの器や、鉄の剣の表面に、俳優の顔を映してそれをカメラで撮る』みたいな技術も、映画では発達していったわけだ。

 こっちでは『反射』は武器になんだから。

 そりゃそうもなる。

 

「あー。なるほど。それでこんなに綺麗に……ありがとうございます」

 

 小西さんが納得した様子を見せる。

 ま、そこに気付ける目があるなら十分だろ。

 

「なので気を付けてくださいね。

 カメラの方に太陽の反射光を当てる時と当てない時は計算してやった方がいいです。

 普段、剣の光の反射をカメラに映さず……

 殺す直前の殺意を見せるシーンで、反射光をカメラに当ててキラリと光らせて見せれば……」

 

「あ、いいですねそれ。それなら―――」

 

「いい発想です。でしたら―――」

 

 ちょっと話して相談して、小西さんと別れる。

 はてさて。

 

 反射、鏡面、演技をするフィールドの違い。

 その辺をきっちり認識してる俳優さんは意外と多くねえみてえだな。

 

 『照明がある場所での反射するものの扱い』とか、『太陽光の下での反射するものの扱い』とか……ああそうだ、『夜間撮影で照明の前で反射するものの扱い』もそうか。

 あの辺の技術と知識が地味にねえ人がちらほらいる。

 演劇畑でしかやったことねえから映画撮影が分かってねえ、って人もいるな。

 

 いや、当たり前か。

 デスアイランド俳優の年齢上限は石垣さんの20歳。

 俳優平均年齢は百城さんに合わせた17歳。

 最年少の亜門姉弟&木梨さんに至っては15歳で、演技経験は十年もねえって俳優の方が多い……そんな感じだ。

 

 経験値が薄い。

 ま、そりゃそうだ。

 じゃなきゃオーディション組があんなに動き固くなったりしねえ。

 十代半ばで既に歴戦の勇士に等しい経験値を持ってるスターズが異常なんだ。

 

 なら、俳優さん達は演技に集中させ、余計なことは裏方の俺達が考えておくべきだろうな。

 

「でも、無能はいねえんだよなあ」

 

 思わずポロッと、俺の口から言葉が漏れた。

 

 よく考えなくても分かる。

 オーディション組は、手塚監督のあの「五分でいい演技を見せてね! ダメなようなら一分以内でアウトだよ!」のクソオーディションを乗り越えてきたんだ。

 この12人に『凡庸』も『人並み』もいるもんかよ。

 

 飛び抜けた技能、他にない個性がこの12人はある。

 その中の1人……景さんが、飛び抜けてるから他があんま目立ってねえだけだ。

 第一次審査と第二次審査で絞って500人、その中から手塚監督が選んだ12人だぞ?

 対抗馬が景さんでなけりゃ。

 対抗馬がスターズでなけりゃ。

 そう思わずにはいられねえくらい、光るもんは持ってんだ。

 

 通常のオーディションじゃねえあのとんでもねえオーディションで選ばれたんだ、通常の観点で言う『優秀』はあんまいねえと言っていいかもな。

 普通のオーディションみたく、各能力値に保有技能の高さ、そして該当役にピッタリかどうかなんか見てねえ。

 何せ、オーディションの時には手塚監督は原作も読んでなかったんだ。

 監督が見つけた"面白そうな人間"を12人選んで、そいつらを原作の各キャラにキャスティング、原作らしい演技をさせてる……ってのが実情だ。

 

 だから。

 俺と百城さんのすべきことは、相当ややこしくなってやがる。

 

 俺としちゃあ、景さん達の個性、強みは伸ばしてやりてえ。

 だが『個性的な俳優が自分を出していく』と段々撮影はまとまりを欠いていく。

 作品の完成形に統一感が出ねえ。

 そうなったら最悪だ。

 

 例えば、理知的な真咲さんが静かで恐ろしげな空気を作り、繊細で思わず唾を飲み込むような雰囲気を作って、ホラー風味の空気を作ったとする。

 その後にもし景さんが凛々しくも熱い、情感たっぷりの演技をしたら、まず確実にそっちの空気は当たり勝ちしちまう。

 そうしたら、真咲さんの演技が完全に無価値になっちまう。

 

 しかも映画は演劇みたいに時系列順にやるわけじゃねえから、このパターンで景さん→真咲さんの順に撮影しちまう場合がある。

 そうすっと、景さんが調整する余地がねえ。

 こういうのを防ぐためには、演出や監督と普段から話したり、予定表を見たりして、監督の視点で見て演技プランを調整する……ってのが必要になるわけだが。

 景さんはまだそこまで行けてねえんで、『事故』がいつでも起こり得る。

 

 そうなると、どうすんのか?

 決まってる。

 百城さんが調整すんだよこういうの!

 

 百城さんの視点は広え。

 上手い具合にこういった差異が事故にならねえよう埋めてくれてるが、当然限界はある……だろうと思う。

 俳優っていうポジションから、臨機応変に周りを景さんに合わせ、景さんを周りに合わせることができる人なんざ他にいるかよ。

 おかげで撮影10日目にして未だ完全な撮影の崩壊はどこにも出てねえ。

 

 これを百城さんは、『芝居の温度を調整する』とか『作品のバランス調整』とか言ってる。

 

 作品のバランス。

 そう、作品のバランスだ。

 どうすっかな。

 俺は基本的には百城さんのスタンスに追従する形でやってる。

 となると、俺もバランスを取りに行って、撮影の危険性を抑えに回りてえところだ。

 

 撮影が無茶苦茶にこそなってねえが、撮影のバランスは確実に崩壊を始めてる。

 

 改めて思い知るな。

 "特定のフォーマットに特化させる"っつースターズのやり方の強みが。

 不安定感がねえ。

 危険性が遠い。

 予想外、予定外、ってもんがねえ。

 景さんの演技には一種博打みてえな危うさと妖しい魅力があるが、工場で商品を安定生産するみてえなスターズの方向性はやっぱ強え。

 

 何故なら、特定の方向性で統一した『売れるスターの大量生産』ってのは、何が売れるのかをこの世の誰よりも理解できてなきゃできねえからだ。

 

 ま、同時に、飽きられるっつー危険性もあり、多様性を損ないやすいって欠点もあるが、スターズ俳優が皆同じ演技をしてるってわけでもねえ。

 そこはスターズの社長とか、プロデューサーとかが何か考えてんだろう。

 ともかく、スターズの安定感は強え。

 

 だからこそ、だ。

 オーディション組は飛び抜けた能力か個性が何か一つ手塚監督の目に留まり、それを武器に戦えればあるいはこの映画でも目立てる奴らだ。

 俺の仕事はその個性を引き立てること。

 だが原作のキャラに準じた配役がされてるオーディション組が、自分の強みを出してったら……その分だけ、作品全体のバランスは崩れる。

 

 これが直球で百城さんの負荷になる。

 現場でこれを調整できるのなんて百城さんしかいねえからな。

 かといって、百城さんは全員が演技を縮こまらせて映画の出来が悪くなることも望んじゃいねえだろう。

 

 俺のすべきことは?

 百城さんの『より良い映画を撮りたい』という意を汲み、『他の俳優も含めて調整する』っていう百城さんの負荷を減らすことだ。

 どうすっかな。

 

「お疲れ様でーす」

 

「お疲れ様でーす!」

 

 10日目の撮影が終わる。

 

 さて片付け片付け。

 

「ちょっといいですかね、朝風先生」

 

 ?

 おや、八代積木さん。

 オーディション組唯一のメガネ男子の。

 この撮影メガネ男子が二人しかいねえのと、スターズとオーディション組に一人ずつしかいねえのとで、割と印象に残ってた少年だ。

 

 スターズの方のメガネ男子の若狭さんは、烏山さんが刀を蹴り上げて掴んで切るシーンでいい演技が出来たと思ったのか、最近の演技にいい具合に気持ちが乗ってきてたな。

 それは烏山さんも同じで、演技がどんどん良くなってやがる。いいこった。

 

 しかし、何用だ八代さん。

 いい伊達メガネでも作ってほしいのか?

 

「実はちょっと、オーディション組で集まって話してたりしてたんですが……

 その、最近、分からないことが多くあって。

 オーディション組で話し合ってもよく分からないことが出てきたんです。

 なので助監督に皆で聞きに行ったんですが、『朝風の方が適任』と言われまして」

 

「何故俺に?」

 

「チーフ助監督が『感覚的なことを言葉にするのは彼が一番得意だから』と」

 

「む……チーフ経由ですか。分かりました、俺はどうすれば?」

 

「ありがとうございます! ロッジ前に今何人かいるので、そこに来ていただければ」

 

 てくてく移動。

 お、いるいる。

 太っちょの小西さんと、丸坊主の小寺さんと、ポニテ女性の一色さんと、皆と並ぶとひときわ高身長が目立つ烏山さんと、多分俳優24人の中で一番無個性な佐藤さん。

 メガネの八代さんも合わせて六人。

 全員オーディション組か、当たり前だが。

 しっかしリアル鬼ごっこで『日本で一番多い無個性名字』って多くの人に周知された佐藤の名字の少年が、一番地味な外見の俳優ってのは中々に因果だな。

 

 『オーディション組の輪』か。

 ちょっと部外者感があるが失礼して混ぜてもらおう。

 輪になってる人達に混ぜてもらうようにして、俺も輪の一部になる。

 

 しかしちょっと新鮮だ。

 オーディション組で俺がよく話すのって景さん、茜さん、源さん、烏山さんの四人だからな。

 烏山さんしかいねえのがなんか新鮮だわ。

 

「朝風先生、それで……」

 

「周りに憚ることなく好きなように呼んでください。

 俺は烏山さんや小西さんと同い年の、皆さんの同年代です。

 こちらがそちらに敬意を払うことはあっても、逆は必要ないんですから」

 

「何を言うんですか朝風先生! 俺はこの呼称で徹底しますよ!」

 

「うるせえ烏山! お前もう夜だって分かってんのか! 寝てる奴が起きたらどうする!」

 

「すまん」

 

「じゃあ私、あの双子に倣ってアサっちでいいかなー」

 

 一色笑子さんの順応性高えな。

 スターズでもアサっちとか呼ぶのあの二人しかいねえんだが。

 まあいいか。

 

「アサっち、『テレコ』って何指すの?」

 

「……あー、大体分かりました。

 今回の撮影スタッフだと、そりゃ混乱しますよね……」

 

 俺が納得した顔で頷くと、六人は我先にと質問しようとして、けれど仲間に質問の権利を譲り、結果的に一人ずつ俺に質問を投げかけてくる。

 なんだ。

 いい感じに仲間意識出来てんじゃねえか。

 まずは烏山さん。

 

「音響の方が『テレコ巻けよ』と言ってたんですが、あれは一体?」

 

「テープレコーダー巻けよ、ですね。

 昔ながらの音響屋とその弟子が使う用語です。

 昔はテープで現地の音を録音していました。

 テープを巻く、つまり最初から録り直しだってことですね」

 

 烏山さんが納得したような様子を見せると、小寺さんが坊主頭を掻きながら、問いかけてくる。

 

「サード助監督が

 『テレコに流すみたいなことできればいいんだけど』

 って言ってたんですけど、あれってなんですか?」

 

「サードが? それならスカパーですね。

 衛星放送のスカパーの番組情報検索サービス『テレコ!』です。

 流すっていうならおそらくこれで間違いないと思います。

 デスアイランドは地上波と衛星放送に流す予定もあるので、必要なものなんですよ」

 

「なるほど」

 

 佐藤さんが地味に、控え目に、手を挙げる。

 

「美術の人が言ってたんですけど、『装飾テレコってどれだっけ』というのはなんでしょうか」

 

「『テレコ生地』のことです。

 夏の肌着のフライス生地よりも、更に伸びが良いものです。

 韓国映画の映画俳優さんがイベントで着てたりしたのが有名ですね。

 デスアイランドの装飾に使ったやつは確か廃棄予定のを回収したものの応用ですけど」

 

 小西さんがふとっちょな体を揺らし、首を傾げながら聞いてきた。

 

「手塚監督が言っていた『このカット脚本のこことテレコで』っていうのは?」

 

「カットの前後を入れ替える、という意味ですね。

 順序の整理です。

 手塚監督が

 『脚本のこことここを入れ替えた方が出来がよくなる』

 と判断したので、記録管理者(スクリプター)がメモを取り、編集が後でそうするということです」

 

「おお」

 

「手塚監督のそういう判断は大体間違ってませんから、質は上がったと思いますよ」

 

 一色さんがポニテをかき上げ、からっとした女の子らしい笑みを浮かべて、手を上げる。

 

「はいはい。それじゃあ、演出さんが『ここの展開テレコでしょ』って言ってたのもそれ?」

 

「ああいえ、その台詞言われてたのは俺ですが、そうじゃないです。

 そもそも『テレコ』というのは歌舞伎用語なんです。

 二つの異なるストーリーを、交互に見せて演出する。

 これを歌舞伎の世界では『てれこ』と呼び、演劇の世界にも広まっていきました」

 

「あー、漫画や映画の演出でよく見るやつ……

 百城千世子と私の視点を交互に映す予定だったから、テレコってこと?」

 

「はい、その通りです。

 交互であること。

 前後が入れ替わること。

 互い違いであること。

 そういったことを『テレコ』と呼ぶ下地が、日本にはあったということです」

 

 八代さんがメガネを押し上げ、納得したような表情を見せる。

 

「じゃあセカンド助監督が言ってた『テレコの声優さんもう来たの?』もそうなんですね。

 歌舞伎のてれこが語源で、それが転じた何かの意味が使われていたと、そういうわけで……」

 

「あ、それは略称使いたがるあのセカンドの癖だと思います。

 『アテレコ』の略です。デスアイランドのアプリ音声を声優さんが吹き込むことですね」

 

「……あ、ああ、なるほど。声優って言ってるならそういうことなんですね……」

 

 ごっめんな。

 今回の撮影スタッフだとこういうこと起こるよな。

 

「企画段階だと『この脚本のここテレコじゃないか』みたいな言及もありましたね」

 

「ええと、台詞の順序が逆になってたとかですか?」

 

「おお、もうすっかり使い方マスターしましたね、八代さん。

 皆さんもこれで混乱しなくなったなら幸いです。混乱があっていいことはないですから」

 

「ありがとねアサっち。ほら皆もお礼!」

 

 一色さんの呼びかけで、皆が口々に礼を言ってくる。

 なんかむず痒い。

 今回のこれはおっさんどもが自分の定義で、"その相手に意味が伝わればいいから"ってノリで、それぞれ同じ言葉を違う意味で使ってたのが問題だっただけだぞ。

 俺が礼言われる筋合いねえぞ。

 

「他に何か聞きたいことはありますか?

 時間が許す限り、俺が知る限りであれば、極力お答えしますよ」

 

「英二さんも忙しいでしょうに、本当にありがとうございます」

 

「俺の仕事は、皆さんが気持ちよく演技できるフィールドを作ることですから」

 

 色々と、皆と言葉を交わした。

 彼らが持った疑問を説明し、俺が応え、皆の不理解を俺が見つけたなら、俺はそこでついでに皆の不理解を解説で解消していく。

 意外だったのは、景さんも周りに理解されてねえってことだった。

 

「―――というのが、今日の夜凪景さんの演技の内実だったわけです」

 

「え? じゃあ、あの時の夜凪さんの足の不自然な動きって……

 足元に首を切られた人の血が飛んできたことを想定してたってことですか?」

 

「皆さん距離があったから分からなかったのかもしれませんね。

 近くで見ていたらきっと、血の飛沫の幻覚が見えていたかもしれませんよ」

 

「まっさかー……そんなもん見せられる俳優なんているわけないですよ」

 

「機会があれば話聞きに行ったりするのはどうでしょうか?

 実際に腰を据えて話したことがあるかどうかで、結構違うと思いますよ」

 

「お、そりゃ名案。

 明日は俺達撮影入んのはえーし、終わりはおせーし……明後日だな。

 明後日の朝飯時ならゆっくり夜凪と話せるかもしれねえ。

 小西、佐藤、一色、八代、烏山。行けるか? あいつに話し聞きに行こうぜ」

 

「皆行けるでしょ。明後日に朝早いのスターズだけだし」

 

「ごめん、スターズの見学に行く予定入れてもう許可貰っちゃった」

「俺は夜凪のことはもう分かってる。俺と八代は行かん、四人で行ってくるといい」

 

「なんでえ、付き合い悪い奴らだな。小西、佐藤、一色。明後日の朝飯の時だぞ、忘れんな!」

 

 んでもって。

 話してる内に気付いたが、百城さんへの理解も足りてねえみたいだった。

 まーあの人の細けえテクニックや立ち回り、気遣いは分かりにくいからな。

 俺が景さんの凄さを解説した時も半信半疑だったオーディション組だが、百城さんの姿を解説しても八信二疑くらいだった。

 

 景さんよりも凄さが受け入れられてんのは、景さんが才能のもんで百城さんのそれがテクニックだからなのと、百城さんのネームバリューが凄えからだろうか。

 『有名な凄い人の凄さの解説』と、『無名天才の凄さの解説』なら、前者の方がすっと受け入れられんのは当たり前の話ではある。

 

 髪がねえ小寺さんが、後ろ髪のポニテがもっさりしてる一色さんを小突く。

 

「百城千世子そこまで考えて動いてんのか……

 おいどうすんだ一色、お前女優として髪の長さくらいしか勝ってないぞ」

 

「ぐっ、す、スリーサイズなら勝ってるし……」

 

「は?」

 

「百城千世子のスリーサイズは綺麗すぎるから、サバ読んでるって専らの噂だし……

 それなら、スタイルの良さでは私が勝ってるはずだし……はずだし?」

 

「何故疑問系」

「自分でも信じられてないんだろ」

「女のマウントの取り方怖っ」

「スリーサイズの数値の大きさなら僕に勝てる人いんの?」

「ぽっちゃり系がマウント取りに来たぞ!」

 

「ぐっ」

 

 男達の怒涛の反応が一色さんの自尊心を削る!

 

「いえ、百城さんの公表身長・体重。スリーサイズにほとんど虚飾は無いですよ。

 スリーサイズ公表が随分と前のものなので、そこの分だけズレはありますけど」

 

「えっ」

 

「百城さんは誤魔化さなくてもモデル体型で、綺麗な体型を維持してるので……」

 

「スリーサイズ把握してるとか」

「もしや美術と俳優で深い関係が……」

「おいおい、昨日の恋バナのアレは冗談めかして言ったんだぞ俺は」

 

 なんでやねん。

 

「皆さんの服作ったの誰だと思ってるんですか?」

 

「あー」

「あー」

「なるほど」

 

 スリーサイズ把握してねえわけねえだろ。

 

「というか、百城さんにそういうマウントの取り方する女性初めて見ました……」

 

「だってよ一色。朝風英二の太鼓判だぞ」

 

「うっさい!」

 

 『美しい体型』って意味じゃ、多分百城さんと景さんのツートップだぞ。

 比べんな比べんな。

 美人度がカンストしてそうじゃねえかあの二人。

 

「百城さんに対抗心持ってぶつかり、競い、比べるのはオススメしませんよ」

 

「まあ、でしょうね」

 

「あの人役者として満遍なく優れてるタイプでもありますから」

 

「声量なら負けません! そして、役の掘り下げにおいてもですッ!」

 

「うるせえぞ烏山!」

 

 確かにそうだ。

 百城さんはデスアイランド俳優の役者能力総合値において頂点に立ってる人、ではあるが。

 何か一つの能力であれば、百城さんに勝てるかもしれねえ。

 それがお前ら、オーディション組だ。

 

「そうですね。

 皆さんには皆さんの個性、それぞれの長所があります。

 それを引き立てるのも俺の仕事です。たとえば、そうですね……」

 

 各々には各々の強みがある。

 強みになる、個性がある。

 そいつを引き立てりゃあいい。

 

 声一つ取ってもそうだ。

 景さんにはリアルな声作りがあり。

 烏山さんには舞台俳優特有のよく通る大声があり。

 茜さんの感情を込めた声には伝達性と迫力があり。

 『オペラ俳優はデブでなければならない』とか言われるように、『声を響かせる』というポジションにおいてぽっちゃり系の小西さんは有利で、体型の問題でデブしか出せねえ声もある。

 

 俺は一人一人の個性に言及し、見抜いた各々の特性に合わせたプランを伝え、今後の撮影に反映することを約束した。

 各々が各々の驚きを見せていたが、俺はまだ、お前らを深く理解できてねえ。

 百城さんを支える時ほど、お前らを補助できてねえ。

 それじゃあ駄目なんだ。

 俳優を支える造形美術として、そいつじゃ足りねえんだ。

 

 お前らを高めて超一流にできるくらいじゃねえと、俺はアキラ君を押し上げられねえ。

 あの人の友情にちゃんと応えられる俺になれねえんだよ。

 

「まだ俺のサポートは最適化できると思います。あと20日、頑張りましょう」

 

「……マジっすか」

 

 同じ作品を完成させようとする仲間だろ?

 手助けすんのが俺の仕事だ。

 一色さんがやる気を出した表情をして、けれどすぐにくてっとして肩を落とす。

 

「あーでも、私百城千世子に勝てるとまでは思えないわ……」

 

「一色さん。なんでクリエイターは面白い物が作れない老害になると思いますか?」

 

「へ?」

 

「『熱量』です」

 

 一番大事なこと忘れんなよ。

 

「どうにも、一般の人はクリエイターの熱量を軽視しがちです。

 彼らは言います。

 何故作品が途中で止まるのか。

 何故自分がリクエストした作品を気軽に書いてくれないのか。

 技量があればいくらでも作れるのではないのか。

 経験を活かせば流れ作業で作れるのではないのか。

 有能な人間なら、いつまでも安定して面白い作品を作れるのではないのか。

 そんな風に思っている人は一定数いて、時折どこかで、そういった主張が顔を出します」

 

 一番大事なもんは、お前の胸の中にある。

 

「若い時より、歳を取った後の方が技量は上です。

 でも何故か、歳を取る前の作品の方が面白いクリエイターはいます。

 技量が成長し、経験が増えたなら、普通作品は面白くなっていくはずなのに。

 若い時にあって、歳を取ると減ってしまうことがあるもの。それが、心の『熱量』です」

 

「!」

 

「はっきり言いますよ。

 『数ある仕事の一つでしかない』スターズ組。

 『滅多にない大舞台でたった一度のチャンス』な皆さん。

 熱量の平均値で言えば、皆さんはスターズにも勝っているかもしれません」

 

 皆が息を飲む音が、聞こえた。

 

「熱意は態度じゃなくて、演技に出るものだと思います。少なくとも景さんはそうです」

 

 熱量がなくちゃ良いものが作れねえ。

 熱くなりすぎりゃあ事故が起きる。

 俺達は、俳優も、造形屋も、難儀な宿命の星の下に生きている。

 

「そして俺は、皆さんの演技をずっと見ています。

 カメラマンと監督の更に後ろで、ずっと。

 皆さんに必要な物を作りながら、皆さんをそうして評価しています」

 

 頑張れよ。

 

「頑張ってください」

 

 俺がここで、皆の良いところを、頑張りを、ずっと見てっから。

 

「いつか皆さんが、百城さんの熱量を感じられたなら、俺は嬉しいです」

 

 皆はまだ、景さんの本質も、百城さんの内心も、何も分かってねえ。

 

 けど、皆が成長してそれを分かるようになれたなら。

 

 景さんが演技を誤解されて怒られることも、百城さんの努力と熱意のほんの一部しか周りに理解されねえってことも、なくなるんじゃねえかと、俺は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 撮影11日目、11:30。

 ようやく、って感じだな。

 

「亜門一葉さん、亜門二葉さん、クランクアップです!」

 

 クランクアップ……というか、オールアップだ。

 ようやっと、島を離れるスターズ組が出て来た。

 

「頑張ってね、アサっち!」

「千世子ちゃんと上手くやるんですよー」

 

「お二人とも、お疲れ様でした」

 

 別れの挨拶をして、帰路につく双子を見送る。

 本来なら堂上さんも帰ってたはずなんだが、堂上さんは時折東京に戻って仕事しながら、基本はこの島にいて観光と休暇を満喫してる。

 なんだこいつ。

 まあ堂上さんがいればちょっと撮影の融通利くところもあるっちゃあるし、撮影終了してるこの人の宿泊費が撮影を圧迫することはないが……マジでいつまでもいるなお前!

 

 ってなわけで、島を離れる第一陣は亜門姉弟となった。

 サンキュー亜門姉弟。

 いい死に様だったぞ。

 

「朝風君、この剣ちょっと重くない?」

 

「そうですね。中に撮影に必要なギミックが入ってますから」

 

 さて仕事仕事。去った人にばかり気を向けてられねえ。

 アキラくんに呼ばれて、殺し合いの演出に使われる小道具の説明を始める。

 

「縮尺・重量・素材はライドヘイセイバーと同じで内部に機械があるFRP製の110cm……あ」

 

「ライドヘイセイ……何?」

 

「すみません、失言です。忘れてください」

 

「そうした方がいいなら忘れよう。他の仕事の話?」

 

「ええ、まあ」

 

 仮面ライダージオウで、新武器ライドヘイセイバーが出んのいつだっけ?

 そうだ、今年の12/9だ。次回予告に出んのが12/2、玩具発売が12/8。

 あっぶね、関係者からの事前ネタバレ情報流出とかよろしくねえ。

 気を付けねえと。

 

 うっかりするとジオウ20話以降に登場する新ヒーロー・仮面ライダーウォズの武器とかすら、ネタバレしかねん……夜凪ルイ君とかが楽しみにしてるニチアサのネタバレが、身内からうっかり漏らされるとか、そういう最悪なことにならねえようにしねえと。

 そういや仮面ライダーウォズの武器・ジカンデスピアって設計書だと140cmで作られてっから、ルイ君の身長と同じくらいあんのかアレ。

 割とでけえなあ。

 

 いっけねえ、気を付けねえと。

 アキラ君と二人で話してるとどうにも時々気が抜けるから困る。

 

「オーディション組の一部、一気に動きが良くなってないかな? 朝風君が何かしたと見た」

 

「いや、ここまで良くなるとは思ってませんでしたよ」

 

「夜凪君と合わせようという気が出て来たように見える。

 それと、僅かにあった千世子君主導の歩み寄りに反抗的な部分が消えたよ」

 

「元から大なり小なりは合わせてましたけどね。

 でもやっぱり、景さんへの不理解と、大女優への反抗心もありましたし……

 アキラさんが景さんに友好的に接してくれてたのも大きいですよ。

 オーディション組に友好的に接するスターズが一人でもいたのは、本当にいいことでした」

 

「それはそんなに影響あったかな……?

 脇に置いておこうか、それは。

 それはそれとして、オーディション組が裏方含めて広い視点で動いているのはいいことだ」

 

 アキラ君が、広場での撮影で殺し合い寸前の空気を醸し出している小寺さんと小西さんを見て、その動きを分析していた。

 

「朝風君は自分の目の一部を周りに少しだけ分けるのが上手いからね」

 

「そうでしょうか?」

 

「オーディション組がカメラマンや裏方の動きをよく見るようになってる。

 ああやって周りを見てる人が増えれば、千世子君が手綱を握るのも楽なんじゃないか」

 

「そうなってくれてたら嬉しいんですけどね」

 

 今日は百城さんが主演らしくある撮影だ。

 ほとんどのシーンに百城さんがいる。

 

 小寺さんの坊主頭は、小寺さんの体格もあって活動的な印象を受ける。

 彼が力強く動き、男らしい体格で百城さんの横に並んだりすると、小柄で華奢な百城さんの魅力が際立つ。

 

 そいつは小西さんにも言える。小西さんはぽっちゃりしてるからな。

 身長高めの小寺さんと百城さんが『縦幅の差』で互いを際立たせるなら、小西さんと百城さんは『横幅の差』が互いを印象付ける。細身の美少女と、太めの男性キャラ、ってな。

 

 佐藤さんはあんま目立たずほぼ台詞もねえが、だからこそ脇役として理想的に立ち回れてる。

 主演として強く印象に残る百城さんと、主演助演の役割分担が出来てる。

 目立つポジションと引き立てるポジションでの二極化はかなり理想的だ。

 

 一色さんは明るく活動的な女性を演じて魅せてんな。

 魅力的な振る舞いだが、だからこそ『普通にいい子』な百城さんが演じるカレンの、静かな部分や落ち着いた部分を相対で際立たせてくれる。

 

 八代さんが理知的な演技を見せりゃ、それに賛同する百城さんの立ち位置も良くなる。

 『カレン』は頭脳派キャラじゃねえが、愚かな選択をしたキャラは観客からの好感度が減っちまう。百城さんはそんな愚行はしねえ。

 頭が良い設定じゃねえキャラに正解を選ばせるには、頭脳派キャラに同意させりゃいい。上手く周りのキャラと噛み合わせて、キャラに一貫性を持たせたままキャラの好感を維持したか。

 

 烏山さんの巨躯、堂々たる立ち振る舞い、大きな声量が百城さんの演技によく噛み合う。

 大きな声は繊細で小さな声を印象付け、烏山さんの隣に立つ百城さんは相対的に小動物のような愛らしさを感じられ、ほんの少し見せたカレンの弱気が、とても魅力的に見える。

 

 悪くねえ立ち回りだ。

 ん? どうしたアキラ君。

 なんか嬉しそうな、寂しそうな、そんな感じの顔してどうした。

 

「本当に、君と千世子君を見てると、母さんが君を千世子君の横に置きたがる理由が分かる」

 

「何がですか?」

 

 アキラ君はずっと、百城さんとその周りの俳優を見ていた。

 

「君が高めて、千世子君が手綱を握るのが、だよ。

 君が成長に導いて、千世子君が共演しやすい人が出来ることが、だよ。

 まるで……小さなライトを手入れして、大きなライトの周りに並べてるみたいだ。

 小さなライトは綺麗に輝き、より強く輝く。

 そして、小さなライトは、大きく綺麗なライトの輝きの脇で、その大きな輝きを引き立てる」

 

「その人がその人にしかできない輝き方をしたなら、それだけで―――」

 

「ああ、君はそう言うんだろうね。

 君は全部の輝きを等しく尊んでるから。

 個性ってものを愛せるから。

 でもこうして見てると、本当に思い知らされるよ」

 

 アキラ君が、空を仰ぎ見る。

 

「『君達』が作る『主役の百城千世子』は、本当に『本物』だ」

 

 諦めたようで、何も諦めていない顔。

 

「湯島君だったかな。彼女と君が会話をしてるのを見ると、他人を見てる気がしないんだ」

 

「茜さんを? それって……」

 

 その会話の最中に、近くを茜さん、源さん、景さんが通りがかった。

 

「気合入ってますね茜さん」

 

「明日は初日以来、初めての千世子ちゃんとの共演や。

 会話シーンもようやく二回目、って感じやな。

 スケジュール的には、私の最後の見せ場……これが最後のチャンスやから」

 

「ぎゃふんと言われてやってください、茜さん。応援してるスから」

 

「せやな、頑張らんと!」

 

 景さんが、源さんに激励された茜さんを更に激励する。

 

「頑張って茜ちゃん、千世子ちゃんに勝っちゃうくらいに」

 

「……ん、夜凪ちゃんにそう応援されたんなら、百人力や」

 

 二人に激励された茜さんと、俺の目が合った。

 

「どうもこんにちわ、皆さん」

 

「英ちゃん、今日明日は私の撮影多いんでよろしゅうな?」

 

「はい、全力を尽くします」

 

 明日は茜さんの最後の見せ場。

 主人公・カレンを演じる百城さんとのぶつかり合いだ。

 売れてない女優の茜さんと、今若手で最も売れてる女優の百城さん……その衝突に、茜さんが軽い気持ちで望むわけがねえ。

 

 その瞳の奥に、"絶対に何がなんでも負けたくない"って熱意が見て取れる。

 

 ……だけど、俺は。

 俺は。

 アキラ君には分かってんだろう。

 俺が、心のどこかで冷めた気持ちで、ライオンに戦いを挑むアリを見るような気持ちで、茜さんを見てることも。

 

 競う気持ちでぶつかるなら、勝とうとしてぶつかるなら。

 茜さんは絶対的に、百城さんの引き立て役にしかなれねえと、俺は認識していて。

 そうなることを、俺は肯定していて。

 その結果、いい映像が撮れることも分かってる。

 

 俺の心は茜さんを応援してる。

 茜さんの成功と、誰にも負けねえことを願っている。

 百城さんの体調不良とかの可能性も0じゃねえから、茜さんが競って勝つ可能性もあるってことが分かっていて、だからこそその僅かな可能性に祈りを込めてもいる。

 

 茜さんと百城さんが衝突するなら。

 俺は百城さんの勝利を信じ、茜さんの勝利を願う。

 俺の心は茜さんの勝利を信じてねえし、茜さんの敗北を望んでねえからだ。

 

 信じてえ。信じてえんだよ。

 

 その上で。

 俺は。

 茜さんが百城さんに競り勝つとは微塵も思ってねえ。

 

 俺は百城千世子を信じている。

 彼女が主演という席を与えられたなら、彼女は誰にも負けねえ。

 どんな人の演技にも負けたりはしねえ。

 絶対に誰の芝居も超えて、自分が最も目立つ名演をすることで、作品を完成させる。

 脇役に演技の質で負けるなんてありえねえ。

 

 百城さんを信じて裏切られたことなんて、一度もねえんだ。

 

 そんな俺を理解した上で、全身全霊で百城千世子に打ち勝とうと、この子には絶対負けないんだと……そう思いながらぶつかっていこうとしているのが茜さんだ。

 茜さんは俺のことをよく分かってる。

 良いところも。

 悪いところも。

 付き合い長えからな。

 

 そんな俺と茜さんの会話を、横でアキラ君が見ている。

 茜さんの後ろから、景さんがじっと見ている。

 明日、茜さんは競り勝つくらいのつもりで、百城さんにぶつかっていく。

 

 『なんでそんな無駄なことを』と心の片隅で思ってる俺が、嫌だった。

 

 

 

*1
セカンド助監督。チーフ助監督(ファースト助監督)の次。二番目に偉いアシスタントディレクター、とも言い換えられる。日本映画界だと衣装部の総指揮の役割もやることが多い、英二に衣装の作成指示を出すポジション。

*2
サード助監督。セカンド助監督の次。三番目に偉いアシスタントディレクター、とも言い換えられる。小道具や美術の担当として英二に指示を出すポジションの助監督。

*3
声がちゃんと視聴者の耳で聞き取れるよう、撮影時に撮った画に別途音声と、録音スタジオで録音した俳優の声を吹き込む。特にデスアイランドや特撮ヒーローものでは全力疾走中でもハキハキと聞き取りやすく喋らないといけないために、アフレコ無しでの現地録音だと死ぬ。天装戦隊ゴセイジャーのゴセイイエロー/モネ役のにわみきほさんは、週に五日の撮影に参加し、週に二日のアフレコを行い、毎週一本の番組を完成させていたという。え? 休日はどこ? 一年間ほぼ休日はなかったらしい。凄えな!

*4
ダークナイト、ウォッチメン、パシフィック・リム、ジュラシック・ワールドなど、時代に変化をもたらすほどの大傑作の数々を生み出してきたアメリカの映画会社。

*5
スター・ウォーズの全身金ピカロボ。監督のこだわりで表面がピカピカに磨き上げられ、そのせいで360°全方向に対し『カメラや機材を反射して映す可能性がある』という最悪の危険性を身に付けてしまった、並の撮影監督には扱えない逸材。




茜さん
景さん
百城さん
ふーん

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