ノット・アクターズ   作:ルシエド
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 デスアイランド撮影時期が「そろそろ2018年10月1日から開始の『あかねさす少女』始まるな……」ってくらいの時期なので、たまにはこういうサブタイもいいですよね。ね


茜刺す少女

 子供の頃の私は、心も体もまだ子供で。

 今の私とは違う考え方をしていて。

 未来を、とても楽観的に見ていた。

 

 あの頃の私は……湯島茜が、今の私を見たら、どう思うかな。

 

 朧気に覚えてる。

 思い出したり、忘れたりしながら、今も時々夢に見る。

 子供の頃の私が、子役の中に混ざってる。

 子供らしい緊張が私達の間に広がって、そこでオーディションが開かれてた。

 周りには大人がいて。

 父親の横にちょこんと座った英ちゃんがいた。

 

「英二君。君ならこの役に相応しい子役は誰が良いと思う?」

 

 監督らしき人が、英ちゃんに問いかける。

 英ちゃんのお父さんらしい人が、まだ早いと釘を刺していた。

 英ちゃんは昆虫みたいな目でじっと私達を見て、子役一人一人を品定めするように見て、私と目が合った。

 そして、私を指差す。

 

「あの人が一番綺麗です」

 

「―――」

 

 あれ。あの時、私は何を思ったんだったか。

 

 嬉しいって気持ち以外にも、何かを思ったはずだったけど。

 

 英ちゃんみたいに機械じみた記憶力が無い私は、人並みに色んなことを忘れる。

 

「そうだね。あの子にしようか」

 

 監督が英ちゃんと同じ判断をしたらしく、私が選ばれた。

 そのドラマに使われる子役が私に決定して、選ばれなかった子供達が部屋から出て行く。

 私の視界から消えていく。

 

 消えていく。

 選ばれなかった人は消えていく。

 それがこの世界。

 選ばれた人だけに価値があって、選ばれなかった人は有能も無能も、比較的天才でも比較的無才でも一緒くたに無価値になる。

 "選ばれなかった無名の人達"の中に、一緒くたに放り込まれる。

 

 そんな世界を、私はずっと見てきた。

 

「よろしく。湯島茜さん」

 

「よろしゅうな、うち、頑張るから」

 

「?」

 

 英ちゃんから挨拶されて、気持ちの入り方を宣言したら、首を傾げられた。

 素直に、"あの人が一番"と言われて、嬉しかった気がする。

 いや、嬉しかった。

 間違いなく、飛び上がるくらい嬉しかった。

 

 同時に、分かってもいた。

 『一番』と『特別』は違うことも。

 私は私以下の人達と一緒にいる時にしか『一番』には見られない。

 英ちゃんが上に行けば行くほど、私がこの世界に残れば残るほど、『湯島茜以下』は引退して消えていき、私は相対的に下に行く。

 

 だからもう、私があの時のように『一番』と言われることはない。

 

 後悔はない。

 後になって悔いる、にはまだ早すぎる。

 まだ終わっていないなら。『後』になっていないなら。

 諦めきれない私は、まだ頑張れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 知った顔が景さんと一緒に朝食を摂ってるのが見える。

 おお、一昨日話してたやつ、早速行ったのか。

 俺はちょっとそっちにゃ混ざる気ねえが、景さんに友人が増えるのはいいことだ。

 

 オーディション組に囲まれてチヤホヤされてる景さんを見てると、完全無名だった頃から応援してたファンとして誇らしくなる。

 けれど同時に"その人にずっと前から俺は注目してたんだぞ"みてえな、傲慢極まりねえ気持ちがふつふつと湧いてくる。

 ついでに"後からファンになった新参がよぉ!"みてえな気持ちも湧いてくる。

 ……面倒臭えファン心理だこれ!

 まあメンタル切り替えてパパっと捨てとこう。

 小せえ上に要らねえ気持ちだ。

 

 朝から塩ラーメンを食ってる俺は健康に良い飯を食ってんのか、健康に悪い飯を食ってんのか、判断が分かれるところである。

 ここは四人席。

 俺の左隣に烏山さん、向かいに茜さん、左斜め前に源さん。

 源さんが軽めの和食、烏山さんがガッツリとカレー食ってんの見ると、男の朝食に相応しいものはなんぞや? と思うな。

 

「あーあ、夜凪組が形成されてきてんぞ、大丈夫かよ」

 

 源さんが頬杖ついて、景さんを見ながら言う。

 

 彼がまずすんのは心配。

 悪目立ちのデメリット、スターズとの関係悪化進行を考える。

 

「良くも悪くも目立つからなあいつは。だがいいじゃないか」

 

 烏山さんがカレーを素早く食いながら、景さんを見ながら言う。

 

 彼がまずすんのは肯定。

 源さんとは違う視点、演劇役者の視点……『明神阿良也を見慣れた者の視点』から、景さんを見ている。

 いい視点だよな。

 

「楽しそうだ」

 

「そうか……?」

 

 オーディション組に囲まれてあわあわしてる景さんを見て、烏山さんはどこか景さんの成長の展望をにじませ、源さんは景さんが周りに衆目されて右往左往してる姿を心配してる。

 だが二人共、景さんを見てることは変わらねえ。

 茜さんも会話にこそ加わってねえが、その目は景さんをじっと見ていた。

 

 面白えよな。

 百城さんも景さんも、自然と人目を引くのは同じだ。

 だが、人目の引き方が全然違え。

 例えば百城さんは人目を引く引かねえを立ち振る舞いや変装でコントロールできるが、景さんはそういうコントロール全くできてねえから、注目されてテンパってるわけだしな。

 

 自然と人目を引く者。

 自然と輝く者。

 他の者には無い輝きを持ち、凡夫には届かない高みに在る者。

 そいつを昔の人間は、『スター』と表現した。

 『スターズ』は、そいつを作ろうとしてる会社だ。

 

 だが、そいつは。

 

 "スターになれなかった者達"っていう蔑視に近え評価も生み出してきた。

 

「夜凪ちゃんに負けてられへんな。

 今日は初日以来の千世子ちゃんと共演の日や。

 私の最後の見せ場……私かて堂々と演じたる」

 

 茜さんが、自分に言い聞かせるように言う。

 

「英ちゃん、悪いけど付き合ってや」

 

「茜さんのお願いとくればいくらでも。車回してきます」

 

「あんがとさん」

 

 さて、手伝いだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 子供の頃、大女優・星アリサの名演を見た。

 テレビの中のスターは皆キラキラしていて、星のように輝いていた。

 親は恨んでいない。

 私が決めたことだから。

 周りも恨んでいない。

 「関西弁直さんと名女優にはなれんで」と言われたけれど、今は皆応援してくれている。

 

 でも。

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 子役は皆、心のどこかで自分の可能性を盲信してこの世界にやってくる。

 ある子は自分の意志で、ある子は親の意志で。

 そしてその盲信を失い、夢から覚めるようにして消えていく。

 

 子役上がりの多くは、成功しない。

 子役の時からずっと大当たりしていない俳優は、先がない。

 本当に大女優になれるような人なら、十代で着実にステップアップしていく。

 私は、そうはなれなかった。

 

 上に行きたい。

 でも、一段も上がれない。

 前に進みたい。

 でも、一歩も進めない。

 そんなイメージが自分に纏わりついてくる。

 "子役の時からずっとやってるのに今や端役しか与えられない"女優の気持ちは、成功している人にも才能がある人にも、きっと分からない。

 

 粘り気の強い泥の中で、沈みながら延々と歩いている気分。

 上に行こうとしても、上がれない。沈んでいく。

 前に進もうとしても、進めない。その場に留まることしかできない。

 

 なのに周りは、私にこう言う。

 

「茜ちゃんはいつ、百城千世子みたいになれるんだい?」

 

 誰にも悪意はない。

 誰にも悪気はない。

 でも皆、気軽にそう言う。

 

 なれるわけがない。

 ないのに。

 同年代だから、比べられる。

 百城千世子に町田リカと、私と同年代の成功株と、比べられる。

 

 ごめんなさい。

 期待に応えられなくてごめんなさい。

 私、走るのが遅くて、ごめんなさい。

 

 後悔はない。

 後になって悔いる、にはまだ早すぎる。

 まだ終わっていないなら。『後』になっていないなら。

 諦めきれない私は、まだ頑張れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『同世代であること』ってのは、地獄だ。

 俺の目には、少なくともそう映る。

 

 そいつはスポーツでも、学問でも、普通の出世競争が激しめな会社でもそうだろう。

 

 歳が近いと、世に出るのが同期だと、周りはどうしても比較してくる。

 自分より速く成長する奴。

 自分より速く出世する奴。

 自分より速く成功する奴。

 そういう奴らと、比べられる。

 

 例えばアキラ君だ。

 アキラ君の同年代の実力派俳優とアキラ君が比べられて、『星アキラは親の影響力で成功したに過ぎない。実力は高くない』とか言われる。

 ゴシップ誌は、こういう言い回しが好きだ。

 こういうクッソくだらねえ批判を受けても揺らがずグレねえアキラ君の心は、強え。

 

 逆にアキラ君の同年代の若手男性俳優とかは、アキラ君と比べられる。

 親に「あんたと同い年のアキラ君みたいにやれないの」と言われ。

 友達に「お前アキラと比べると駄目だよな、ドラマに全然出ねえし」と言われ。

 近所の人に「早くアキラ君みたいにCMたくさん出れると良いねえ」と言われ。

 周囲に「アキラ君みたいになるためにもっと頑張らなきゃ駄目よ?」と、今の自分の努力を全否定され、同世代のアキラ君に比較され続ける。

 

 映画に出て。

 大成功してすら。

 「あなた主演の映画の興行収入って、アキラ君主演の映画の興行収入の半分なのね。もっとがんばらないと」と言われる地獄。

 

 この重圧に耐えられねえなら。

 とても、この業界には居られねえ。

 ……だから、俺と友人だった俳優もたくさん、そりゃもうたくさん、辞めていった。

 

 茜さんの、この世代は地獄だ。

 特に女優は地獄だ。

 こっから先の時代に、確実に地獄になる。

 何故なら。

 

 常に同じ時代に、同じ世代に、同じ年齢層に、百城千世子と夜凪景がいるからだ。

 

 常に比べられる。

 常に比較される。

 姿勢を。能力を。役幅を。個性を。

 "今の十代の女優なら千世子か夜凪を使いたいよね"と全ての監督が思うようになったら、同年代の女優はどうすりゃいいんだ?

 そうなる可能性は、決して0じゃねえ。

 誰だって、自分が使いてえ俳優を使いてえ。

 対戦ゲームと同じだ。

 飛び抜けて強いキャラがいるなら、誰もがそいつを使おうとし、弱いキャラを使おうとするやつは目を覆いたくなるくれえに少なくなっちまう。

 

 しかも、()()()()()()()()()()だ。

 

 十年後。

 『20代のいい感じな大人の女性』を使いたくなった監督が、「じゃあ夜凪か百城のどっちかにしようかな」って二択になってる可能性もある。

 

 二十年後。

 熟女の選択でも二択だったなら。

 三十年後、四十年後、五十年後……何年経とうが、この世代の女優はずっと『夜凪景と百城千世子の同世代』だ。

 

 世代は、年齢層は、そのままスライドする。

 

 無論、ここまで極端なことになることはねえだろう。

 有名じゃねえ俳優を使いたがる監督もいるし、有能な女優を選ぶより女優を有能に育てるのが好きな監督もいるし、低予算映画で有名女優が使えねえ監督もいる。

 この二人だけが仕事独占するってこともねえ。

 

 だが、常に比較される。

 スポーツの同世代みてえに。

 会社の同期みてえに。

 優秀劣等がきっちり分かれてる対戦ゲームのキャラみてえに。

 

 『あの人は凄いんだよ』と誰かが言っても。

 『でも、〇〇ほどじゃないんでしょ?』と言われる関係性が、永遠に残る。

 

 銀メダル、銅メダルを握りながら、いつも金メダルを取っている人の顔を、いつものように見上げる関係が何十年も続きかねねえ。

 最優秀賞をいつものように取るその人を、負け犬の気持ちで眺める関係が続きかねねえ。

 「この世代を代表するのはこの人ですね」と、テレビで紹介されているその人達を見つめながら……「私もその世代なんだけどな」と呟く日々が続きかねねえ。

 

 そういう毎日と現実に耐えられず、何人もの奴らが辞めていった。

 歴史に残りそうなレベルに優秀な奴の同年代にいるってことは、そういうことだ。

 アリサさんの同年代。

 百城さんと景さんの同年代。

 ぶっちゃけ、後者の方が『比べられる』苦しさはでけえだろう。

 アリサさんの世代だって、決して楽じゃなかったってのに。

 

 俺は歌音ちゃんを現役子役の中でもトップクラスの芝居の才能があると思ってるが、それが俳優として成功する最たる条件ってわけでもねえ。

 俳優には他にも必要なもんがある。

 『心の才能』だ。

 

 タフであること。

 諦めねえこと。

 踏ん張り続けられること。

 批判や嘲笑で心折れねえこと。

 そいつもまた、俳優に必要なもんなんだ。

 

―――あなたに必要なのは、強い心の足よ。どんなに心が傷だらけでも、立ち上がる心の足

 

 俺は随分と恵まれてる。

 おふくろが、俺がまだガキだった頃に一番大事なものをくれた。

 

 アキラ君や茜さんには、心の才能は十分にあるように見える。

 だからこそ、二人がなりたい自分になるための才能がもう少しありゃ、景さんや百城さんとも正面からぶつかれたのに……と思わずには居られねえ。

 二人にはなりてえ自分がある。

 その自分になるための才能が不足してやがる。

 この先どうなるか……そうだ、この先だ。

 

 今、少し先の地獄を想像できてる女優は何人いんだろうか?

 

 百城千世子はどこの撮影にも引っ張りだこ。

 百城さんがNG出さねえのもあって、百城さんは毎日のように仕事仕事、圧倒的な仕事消化速度で仕事をこなしてる。

 その表現力の高さ&汎用性に、『百城千世子』そのものが売りになるっつー特性もあって、金稼ぎてえだけの企業は百城さんに仕事を集中させる。

 

 夜凪景は、未知数だ。

 正直言ってどう転がるか全く分かんねえ。

 だが、景さんは自分にしかなれねえが、逆に言やあ自分を広げれば誰にでもなれるし、全く違う自分にもなれる。

 自分を殺す演技まで覚えりゃ、もはやできねえ役はなくなるだろうな。

 

 こいつらが多くの仕事をかっさらって、多くの賞をかっさらったら、同年代が獲れる仕事や賞ってのは残り物ってことになる。

 そうでなくても。

 ゴシップ誌や映画誌は、同年代・同世代をこぞって比べる。

 そういう雑誌の比較記事で、大きく扱われる百城さんや景さんの横で、いつも小さくしか扱われねえ自分を見て、その世代の女優達は何を思うのか。

 

 景さん達の十歳年上の世代、十歳年下の世代の代表格が、景さんや百城さんの同世代の四番手五番手くらいだったりするかもしれねえな。

 

 "生まれるのが後十年遅かったら国民的大女優だったかもしれない"って評価されてる人、いないわけじゃないんだぜ?

 同年代、同世代に圧倒的格上がいたから影に隠れちまった、そういう悲劇の名俳優ってのは時々話題に上がるもんだ。

 

 茜さんは分かってんだろうか。

 この先を。

 業界に生きていくなら、"常にライバルと対抗馬が百城千世子と夜凪景"の時期も来る。

 その二人と被らねえ需要を探して、二人と競いながら、ぶつかり合う地獄が待ってる。

 

 百城さんも景さんも、こっから十年、二十年と成長して芸幅を広げていきそうなのに、だ。

 

 成人後の人気俳優が消えてく大きな理由の一つが、まさにこれだ。

 自分の上位互換が現れる。

 自分の仕事のシェアが他の奴に奪われる。

 そうして仕事がなくなっていくパターンの果てに、引退……そんな大人を、何人も見てきた。

 

 応援してる。この業界でずっと一緒に仕事していてえから。

 心配になる。俺は一人の友人として、茜さんが苦しむのが嫌だから。

 正解ってのがどこにあんのか、時々分からなくなっちまう。

 

 分かんねえから。

 今は、茜さんを全力で手伝うしかねえんだ。

 

「―――というわけで。そこでそう動くことが、観客受けと監督受けがいいと思います」

 

 今日の撮影に使う砂浜に俺と茜さんはフライングで到着し、フライングで茜さんの演技プランを二人協力して立てていた。

 

「雨の影響ってどないなるんやろ」

 

「今回は海の撮影です。

 海辺に立つ百城さんと茜さん。

 一対一での会話シーン。

 放水車から水を撒き、雨を演出。

 ネズミの撮影や爆炎の撮影に使った大型扇風機で、『雨』を『風雨』に。

 砂浜表面には、ロサンゼルスのハリウッド仕立ての小細工を少し施してあります」

 

「ハリウッド?」

 

「ロサンゼルスでの撮影時、雨がない撮影でも路面を濡らしているということはご存知ですか?」

 

「へ、そうなん?」

 

「『雨が降ったシーンが無いのに道路が濡れてるな』

 とハリウッドの映画で思ったことがあれば、まず間違いなくこれです。

 『人が立つその場所を濡らしておく』というテクニックですね」

 

「ほー」

 

「路面を濡らすことで、路面に質感を出す。

 路面に水面を作ることで、光を反射させる。

 例えば、コンクリートは濡れていた方がそれっぽく見えます。

 車の走行シーンは、車のライトを路面が反射した方が臨場感が出ます」

 

「ああ、乾いた路面より、濡れた路面の方が光反射するんやな」

 

「その通りです。

 俳優の姿を路面の水面に反射させたりもしますしね。

 画面内部に水濡れで光のメリハリを作ると、俳優もくっきり見えるんです」

 

「ふむふむ」

 

「今回の撮影においては、島の反対側の砂浜から砂を持ってきて撒いてあります。

 砂色は問題無いでしょう。*1

 そして撮影直前に足跡を均して消す予定です。

 スタッフが歩き回った足跡が残っていたら大変ですから。

 あ、放水車のタイヤ跡も消しておきます。

 監督の要望でそこそこ暗いシーンの撮影になるでしょう。

 照明はかなり拡散し、広めに照らし、砂浜と茜さんを照らす形になると思います」

 

「気を付けること、なんかあるかな」

 

「良くも悪くも雨、ですね」

 

 俺は木の棒で砂浜に絵図を書く。

 

 

■  ○

■□□□□□

 

 

 ■が海岸線に並ぶ放水車。

 □がカメラやら照明やら監督やら。

 ○が向き合う百城さんと茜さん、と説明した。

 

「いいですか、この放水車から水を飛ばして雨を降らせます。

 雨はそのままだとカメラにも目にも見えにくいです。

 なので拡散させた光を、照明側から雨に当て、反射させてカメラに映します」

 

「せやな」

 

「今回の撮影は、相当に雨の質感にこだわってます。

 そのためにカメラを俳優から離し、かなりの広範囲に雨を降らせてます。

 放水車六台ですよ?

 ニチアサ特撮だと劇場版でもホース2、3本で雨シーンやるんですよ?

 この広範囲雨で出す質感とか、なんとも羨ましいと言うか、こだわりが見えるというか……」

 

「英ちゃんの羨ましい話はどうでもええねんて、もう」

 

「あ、すみません」

 

「ええて、英ちゃんは英ちゃんらしくてええんや」

 

「本当すみません、話続けますね。

 なので、カメラは結構離れたところから引きの画を取って、ズームします。

 離れたところからのズームです。

 近くのカメラから撮るんじゃありません。

 なのでつまり、茜さんとカメラの間に入る雨粒の数が増えるんです。ぼやけが出ます」

 

「あー」

 

「おそらく、普通のドラマの顔アップシーンで使われる

 『眉の僅かな動き』

 『唇の僅かな動作』

 などでの感情表現は、この豪雨の中だと通じにくいかな……と思います」

 

「それやと私有利で千世子ちゃん不利やないか?

 私が千世子ちゃん糾弾する役の分、千世子ちゃんの方が繊細な表現必要やろ」

 

 茜さんは、死んでいった仲間のことで百城さんを責める演技をする。

 百城さんはその糾弾を受け止め、反論し、茜さんとの関係を決裂させねえままに皆で生きて帰ろうと再度呼びかける演技をする。

 やがてその流れは、クライマックスへと繋がっていき……って感じだな。

 確かにまあ、動的なアクションを追加する余地がある茜さんの方がやりやすいか。

 

「百城さんは俺のこういう心配は要らない人なんですよ」

 

 茜さんの眉根がピクリと動いた。

 

「私は千世子ちゃんと違って、心配要るくらいの未熟もんやからな」

 

「友達の心配をするのに理由が要りますか?」

 

「おっ、おおう」

 

「百城さんと演技力で競って勝つくらいの気持ちなんでしょう? しっかりしてください」

 

「……ん、せやな」

 

「服は透けません。

 熱い気候に合わせた通気性ですが、透けないように作ってあります。

 雨の存在感を出す照明は、砂浜を照らします。

 質感を出し、そこに立っているお二人の存在感も引き立ててくれるはずです。

 それと海風も。

 海風は昼は海から陸、夜は陸から海に風が吹きます。

 夜の風の方向に惑わされないように。撮影中は海の方から雨が流れてきますので」

 

「これでもかって心配しとるなぁ。

 ん、まあでも、英ちゃんは誰に対してもそんくらい心配して、対策立てとるしな」

 

「友人サービスは結構多大に入ってますよ」

 

「ふふっ、せやったか」

 

 茜さんが微笑む。

 撮影準備開始まで、あと30分くらいか。

 スタッフがぼちぼち集まってきた。

 

「準備は万全です。

 茜さんと……その、百城さんも、最大限に引き立ててくれます」

 

「英ちゃんほんま公平やな」

 

「すみません」

 

「ええんや。実力で百城千世子にぶつかって行こと思う。

 こんな開けた砂浜で、小細工なんてできるはずもないんやしな」

 

「俺も何かを仕込めるところはないでしょうね」

 

「うっはー、百城千世子に一回でも競り勝って瞬間的NO.1になれたら、自慢できそうやな」

 

 ……茜さん。

 

「一番になれたら嬉しい。そう思うことは、何も変なことやないはずや」

 

「ですね」

 

 茜さんが笑って俺の顔をじっと見る。

 

「そう、一番に……」

 

 瞳を閉じて、何かの気持ちを飲み下すようにした茜さんが、瞳を開く。

 

「一番に」

 

 前とは違え。

 何かが違え。

 自分の壁を一つ越えたような茜さんが、そこにいた。

 

「茜さん?」

 

「本気でぶつかって、それで負ける度に悔しいんや。

 他と比較されて下に置かれる度に悔しいんや。

 でも、頑張ってきた。できることは全部してきた、そのつもりや」

 

「はい。俺はそれを見てきたつもりです。頑張ってください」

 

 その頑張りが報われてほしいと祈る。

 その頑張りが報われるとは信じられない。

 どうしても、そこだけは変えられねえのが、俺だった。

 茜さんが困ったように笑う。

 

「こういう時、英ちゃんに無条件で信じられるのが、一番の特権なんやろな」

 

「すみません」

 

「謝らんでええて。英ちゃん責める気になんてなれへんし」

 

 俺が無条件で信じられる人なんて、何人いるのか。

 ……百城さんと誰かが競い、その誰かの競い勝ちを俺が信じられるような、そんな人が数多くいるはずもねえ。ねえんだ。

 だから、俺は。

 

「うちもな。同情やなくて、能力で信頼される女優になりたい」

 

「―――」

 

 力強く、茜さんは笑む。

 

 ガッツがあること。それが、この人やアキラ君にある強さ。

 

 天賦の才に恵まれた人以外で『負けるか』と踏ん張れる人が、どれだけ輝いているか。

 

 それを知らしめてえ俺が一番、茜さんやアキラ君に対して失礼な感情を持っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 英ちゃん気にしすぎやろ、と言葉が浮かんでは消える。

 そういうのが英ちゃんやって知っとるがな、と言葉が浮かんでは消える。

 英ちゃんの"技能抜きで他人の心を好きになる"っての、受ける側からすれば悪い気持ちやないんやで、と言葉が浮かんでは消える。

 

 もう、本番が始まる前だから。

 それを英ちゃんに言いに行く時間の余裕がない。

 

 たくさんの観光客が、千世子ちゃんをひと目見ようと撮影現場の周りに集まっていた。

 今皆の中心にいる私が英ちゃんに話に行きでもしたら大騒ぎだ。

 

「千世子ちゃあん」

「こっち見てー!!」

「天使!」

「千世子ちゃん!」

 

 周りを見ていると、緊張で徐々に心をやられてしまいそうだ。

 今は、目の前の千世子ちゃんに集中する。

 私と目が合った千世子ちゃんが優しく微笑む。

 

 気を張っている私とは対照的に。

 競い勝とうとする私とは対照的に。

 湯島茜なんていうものを歯牙にもかけない、上位者の微笑み。

 百城千世子が競り負けるなんて、微塵も思っていない微笑み。

 それが少し、癇に障った。

 

「千世子ちゃんって、私らの世代の代表……『一番』で居続けるの、辛くないんか?」

 

 少し揺さぶりをかけようとした気持ちが半分。

 この大勢のギャラリーの前でもほんの僅かな緊張すら見えないその心が、一体どんな構造をしているのか、ちょっと気になったというのが半分。

 自然と、私は目の前の千世子ちゃんに問いかけていた。

 

「大変だよ。誰か一人の中でだけでも、『一番』で居続けるのって」

 

「……せやろな」

 

「全ての人にとっての『一番』になれる人間なんていないんじゃないかな。

 それができるなら、狙った人の『一番』で居続けるのも簡単な、洗脳能力みたいなものだし」

 

「ん、わかる」

 

 含みがある言い方だった。

 含みがある言い方で返した。

 互いに、一の言葉に二つ三つの意味を持たせる。

 素の表情を全く見せないような"完璧な表情を運び"を見せる千世子ちゃんの内心は全く読めず、撮影時に一心同体の動きを見せる英ちゃんがどうやって心情を把握しているのか、私には全く分からなかった。

 

「皆、大変なんやな。一度一番になったら、落ちるの怖かったりせえへんの?」

 

 私だったなら、一度でも『若手俳優を代表するNo.1女優』なんて芸能誌に書かれるような千世子ちゃんの立場になってしまったなら、そこから落ちるのが怖くてたまらなくなる。

 

 一度でも自分を一番だと見てくれた人が、()()()()()()()()()()

 そう思うだけで、怖くてたまらない。

 

 子役でチヤホヤされた人は、いつからか自分を一番だと思うようになって、そんな思い込みと現実のギャップで潰れる……なんて、話がある。

 真咲ちゃんですら、スカウトされて有頂天になって、自分が一番だと思いこんでいたのに鼻っ柱を折られて、今の芸風になった子だ。

 自分が一番でないことに耐えられること。

 そこから立ち上がれるガッツがあること。

 そのくらいしか、私には千世子ちゃんに勝てそうなものがない。

 

 そんな私に、百城千世子は微笑みかける。

 

「そうしたら、また取り戻せばいいんじゃないかな? その人の中の一番を」

 

「―――」

 

 まいった。

 この人は、ちょっとやそっと折れたくらいじゃ、終わらない。

 成功者であること、失敗者であることが、この世界を抜けることに直結しない……()()()()()()()

 才能以上に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 英ちゃんを見ていたから、それが分かる。

 

 やめてほしい。

 ガッツでも、諦めない気持ちでも、私の上を行かないでほしい。

 勝てるところがなくなってしまう。

 千世子ちゃんを褒めちぎる英ちゃんの話を、冷静に聞けなくなってしまったら、もう駄目だ。

 

 英ちゃんがそうで、千世子ちゃんも同じなら、もしかしたら、夜凪ちゃんも?

 

「千世子ちゃんって、夜凪ちゃんのことどう思っとるんや?」

 

 その名前を出しても、千世子ちゃんは特に反応は示さない。

 英ちゃんはどうやって心情を読んでるんだろう、とますます不思議に思う。

 

「湯島さん、内緒にしてくれる?」

 

「ん。約束する。私は約束は破らんやつや」

 

 ただ、乙女の勘だと、友達になろうとする夜凪ちゃんから距離を取り続ける千世子ちゃんは、夜凪ちゃんが嫌いなんじゃないかと思う。

 

「あんまり余計な影響与えてほしくないんだよね。責任取る気もないくせに」

 

「何にや?」

 

「やだな、分かってるくせに」

 

 手塚監督に?

 撮影現場に?

 英ちゃんに?

 ……何を考えているのか、さっぱり分からない。

 顔に浮かんでいるのは、可愛らしい笑顔だけ。

 

 責任を取る気?

 

「私の人生で友達になれないと思ったのは夜凪さんだけだよ。これでいい?」

 

「……そうなんかもな、とは思っとったけどな」

 

 うん。

 駄目だ。

 駄目だね英ちゃん。

 仲良くできそうにない。

 

「私、千世子ちゃんよりは、夜凪ちゃんの方が好きみたいや」

 

 千世子ちゃんが、柔らかに微笑む。

 

「で、それは夜凪さんの真似?

 私に剥き出しの激情をぶつける役作りはできた?」

 

「……ん、まあ、せやな」

 

 司会みたいなことをしてる町田さんの声が聞こえる。

 

「ご覧下さい! この人の数!

 千世子ちゃんをひと目見ようと、大勢の観光客の皆さんが押し寄せています!」

 

 観光客の声はどんどん大きくなっていき、千世子ちゃんに向けて大きな声が上げられ続け、もはやライブステージの観客じみたものになっていた。

 

「半分宣伝目的なんだと思う。ごめんね、集中できないよね」

 

 千世子ちゃんが優しく語りかけてくる。

 心配してくる。

 上位者が初心者の手を引くように、私の緊張をほぐそうとしてくる。

 

 私は対等の立場ではなく。

 千世子ちゃんは私の緊張をほぐそうとするくらいには、私より上で。

 上から目線でないそれすらも、どこか上から目線に感じられてしまって。

 ほんの僅かに、腹が立った。

 それは私が、千世子ちゃんに負けたくないと思っているからだろうか。

 

 一度、深呼吸。

 

 落ち着いて、リラックスして、横目で夜凪ちゃんを見て、千世子ちゃんの『ごめんね』に返答する。

 

「……ううん」

 

 私も、夜凪ちゃんのように。

 

「今日は、大丈夫」

 

 ただ夢中に、ただ一心に。

 

「そっか」

 

 夜凪ちゃんみたいに、と思っただけで、心がすっきりとする。

 と、同時に、千世子ちゃんが私の様子に何かを感じたのか、あまり好印象ではなさそうな反応を見せた。

 夜凪ちゃんみたいな演技、そんなに嫌?

 

 自分らしく、じゃなくて。

 夜凪ちゃん、らしく。

 百城千世子の心を揺らしていた夜凪ちゃんらしく。

 私が凄いと思った、夜凪ちゃんのあの演技のように。

 

 英ちゃんが見惚れた、惚れ込んだ夜凪ちゃんの演技のように、自分に埋没する。

 

 そのせいか、私の口から、つい心に浮かんだことがポロッと漏れてしまった。

 

「後から来てすぐの夜凪ちゃんに追い抜かされそうなら、私らどっこいどっこいやないかな」

 

「―――」

 

 一瞬。

 たった一瞬だけだったけれども、千世子ちゃんの目に、本気の光が宿ったのが見えた。

 ああ。

 なるほど、今の一瞬だけは、英ちゃんが千世子ちゃんを『根が可愛らしい人』って言ってた意味が分かるような気がする。

 

「テストはなしで。雨に濡れるシーンだ、2人に負担はかけさせたくないからね」

 

 監督の声が聞こえる。

 

「本番!」

 

「お静かにお願いします!」

 

 助監督や町田さんの声が、観客を静まり返らせていく。

 耳に優しい町田さんの声が通り過ぎると、後に残るのは沈黙だけ。

 

「本番です!」

 

 集中。

 もうほとんど周りの声も聞こえない。

 カチンコの音にだけ集中して、それが聞こえたら、役に入る。

 

 全力でぶつかろう。一番になれないと自覚していても、負けたくない、そう思えるから。

 

 英ちゃんも夜凪ちゃんも私の大切な、大切な……だから、この人にだけは負けたくない。

 

 後悔はない。

 後になって悔いる、にはまだ早すぎる。

 まだ終わっていないなら。『後』になっていないなら。

 諦めきれない私は、まだ頑張れる。

 

 

 

*1砂の色はイメージをかなり左右する。茶が混ざった砂浜は日焼けした肌に合い、真っ白な砂浜は青い海と合わせれば非現実感を出すことが可能で、ピンク色の砂浜というものも存在する。この場合は、英二がややグレー味が出るように砂浜の色彩を微妙に調整し、デスアイランドにおける『制服の黒』と『千世子の白』と『俳優の肌色』が埋没しないようにしつつ、デスゲームの暗い雰囲気を砂浜の乳白色が相殺してしまわないよう、砂浜表面の暗さを調節したことを指す。




 湯島茜の全身を、かつてない最高の演技ができるという実感が包む!

 少年漫画で言うところの、
 主人公の影響で親友が覚醒!
 伸び悩んでいた能力が劇的に改善!
 親友は殻を破って過去最高の自分に!
 挑め、強敵に!
 って感じですね。仮面ライダーで言えば二号ライダーの最強フォーム習得展開イベントにあたるのでしょうか





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