ノット・アクターズ   作:ルシエド
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茜の世界

 カチンコの音が鳴る。

 茜さんが役に"入る"のが見えた。

 百城さんが役を"作る"のが見えた。

 

 皆で協力して生き残ろう、と呼びかける『主人公』を百城さんが演じる。

 けれどもその過程で多くの友達が死んでいった『脇役』を茜さんが演じる。

 

 それは『人間らしい綺麗な善』で居続ける百城さんの演じるキャラと、『醜くもどこか人間らしい』茜さんが演じるキャラの衝突。

 ここには、人間の強さと弱さの両方がある。

 強い人間として観客に憧れと尊敬を向けられる輝きの部分と、弱い人間として観客に共感と同情を向けられる醜さの部分の、両方がある。

 "二人で演じる"からこそ、その二極性を観客に見せられる。

 

 追い詰められても揺らがず『人を殺してはならない、友達を蹴落としてはならない』という在り方を貫く、強い者のみが持てる綺麗な人間らしさ。

 追い詰められたことでメッキが剥がれ『死にたくない、他人を蹴落としてでも生きることの何が悪いのか』と叫ぶ、弱い者が見せる醜い人間らしさ。

 それが、このシーンの肝になる。

 

「カレンはいつも綺麗事ばっか! 私達に死ねって言うの!?」

 

 茜さんが叫ぶ。

 ……お、いいぞ。よく通る声。感情が乗った言葉。感情に沿った身振り。

 悪くねえ。

 いや、良い。

 過去最高の演技だ。

 

 数年分の成長を先取りしたような劇的な成長。

 スターズと違って成長前の能力値が低めだった分、その成長は殊更劇的に見える。

 景さんの影響で一気に自分の殻を破ったか。

 

 茜さんの能力は……デスアイランド前は、光るものはあっても十把一絡げの女優に埋もれる危険性を無視できねえ、そのくらいのレベルだったが。

 今はもう少し何かを積めば、スターズクラスに肉薄できるレベルにある。

 いいぞ。

 もっと壁を越えろ。

 この瞬間のこの演技のレベルを一回だけの奇跡にすんな。

 まぐれ当たりにすんな。

 自分に定着させろ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()なんてもんに、価値はねえんだ。

 ……ねえんだよ。

 

 続けて、茜さんが百城さんに叫びを叩きつける。

 

「あなたの綺麗事を鵜呑みにして一体何人が死んだ!? 皆で生き残りたいなんて嘘ばっかり!」

 

 茜さんがぶつけるのは怒り。

 『カレンの言う綺麗事』で死んでいった人達のことを語りながら、怒る。

 

 だがその裏には悲しみ、絶望、自己嫌悪がある。

 友達が死んだ悲しみ。もう先がないという絶望。何もできなかった自分への嫌悪。

 その全てを、茜さんは演技一つで具現化する。

 怒りの言葉。

 怒りの声。

 されどその怒りの裏に、確かに感じられる悲しみ。

 

 俺や一般人みたいな奴らができねえ、『二つ以上の感情を一つの演技で観客に誤解なく伝える』という超絶の技巧。

 これができる女性を、人は『女優』と言う。

 

 最後に生き残るのも『主人公』。

 最後に得て終わるのも『主人公』。

 そうでないキャラは死ぬ運命にある。それがデスアイランドだ。

 死ぬ運命にあるからこそ、この叫びには悲嘆が乗る。

 死んでいく犠牲者達の一人であるからこそ、この表情には感情を揺らす力が乗る。

 

 茜さんが演じるキャラは、最後の勝利者でないことが約束されている。

 『クラスメイト』という『その他』であることが約束されている。

 『主人公でない』ことが約束されている。

 『特別でない』者の叫びであるからこそ、この叫びは観客の胸に響く。

 

「カレンはいつもそうよ!

 周りとは違うみたいな振る舞いで、いつも綺麗で……

 あなたみたいになれないと思うと、みじめな気持ちにさせられて!

 友達を殺さないって言い続けてるあなたがどれだけ綺麗に見えて!

 生きるために殺し合いをしようとしてる私達が、どれだけみじめな気持ちか分かる!?」

 

 雨が演技の熱量を遮断しきれてねえ。

 突き抜けるような感情の奔流が、ピリピリと伝わってくる。

 

 手塚監督は無言のまま見てる。

 いい演技が出来てる時、この監督はこういう見方をする。

 撮影現場を囲んでた観客も、皆茜さんを凝視してる。

 声一つ漏らしてねえ。茜さんの演技の迫力に手に汗握ってる、ってとこか。

 

 雨のカーテンの向こうから感情を伝え、観客の心を動かす。

 

 まさに、いい女優の真骨頂ってとこだ。

 

 一発本番の撮影に、過去最高の演技を持ってくるか。

 "持ってる"な、茜さん。

 俺も思わず口角が上がる。

 これは劇場公開すりゃ"湯島茜"を評論家が評価する内容になりそうだ。

 

 が。

 ちっと、どうかな、これ。

 

 監督・演出が伝えてた予定と随分違えぞ。

 当初の予定だとここまで激しい芝居にする予定はなかった。

 百城さんが言い返さねえといけねえからな。

 茜さんが百城さんを糾弾して、百城さんが毅然とした態度で言い返して、茜さんが心情的に百城さんの味方に付き、殺し合いを止めようとする流れが再始する、って流れだ。

 

 『感情の流れ』は自然じゃなくちゃならねえ。

 それまで普通の様子だった人が突然激昂したり、人を殺しそうなほど怒っていた人が突然落ち着いたりすると、違和感がありすぎて全く自然に感じねえからだ。

 作中のキャラの感情は、観客が自然に感じる推移のさせ方をさせなきゃならん。

 

 映画だとそういうのは「脚本の都合で動かされてる」「脚本のせいで頭おかしい人みたい」とか言われる。

 感情の移り変わりに共感できる脚本にしろ、ってことだな。

 

 ただここがまた難しい概念だ。

 脚本の先の先まで読む名俳優は、自然な感情の流れを計算して演技の流れを組み立ててくれるから、監督や脚本がゴミでも感情の流れが自然に見える。

 逆に監督や脚本が、台本に細かく演技の流れを書いて指示しても、感情表現がど下手な俳優だと自然な感情の流れが表現できねえんで、「突然キャラが豹変するゴミ脚本」とか観客に言われちまったりもするわけだ。

 

 感情の流れは、自然じゃなくちゃならねえってのは、そういうことだ。

 茜さんが激情をぶつけてる以上、こいつを軟着陸させんのは難しい。

 ここまでの激情だと、カレンの言葉に耳を貸すのも、カレンに歩み寄るのも、カレンの心情的な味方になるのも不自然だ。

 むしろ、ここでカレンを殺しちまう方が自然に見える。

 景さんが役に入りきってこのポジションにいたら、カレン突き殺してんじゃねえか?

 

 軟着陸させるには、激情が収まっていき、カレンの言葉に耳を貸し、カレンの心情的な味方になる……って流れと芝居を作らなくちゃならねえが。

 茜さん、そこまで考えてねえよな。

 『景さんみたいに』演技に夢中になって、最大熱量で百城さんにぶつかりに行ってやがる。

 

 このままだと、百城さんが予定通りの言い返し方をすりゃあ、茜さんの激情の演技と真正面から衝突して、喧嘩になっちまう!

 喧嘩別れになっちまったら、脚本が全て破綻する!

 脚本が破綻しなくても芝居の流れが破綻するぞ!

 

 どうする?

 俺に何かできるか?

 茜さんは海岸線と放水車に背中を向け、百城さんと向き合う立ち位置。

 百城さんは陸と野次馬観客に背を向け、放水車と茜さんを視界に収める立ち位置。

 それを横からカメラが撮ってる。

 

 ……放水車の後ろから回り込めば、カメラに映らねえで二人に近付けるな。急げ!

 

「カレンになんてついて行かなければよかった!

 そうすれば、死ななかったかもしれない人もいたのに!

 カレンに憧れてて、その後をついていったあの子は、もう、もう……!」

 

 茜さんは感情が乗ったいい演技をしてる。

 だからこそ、生半可な演技じゃ当たり負けする。

 料理に大量の唐辛子をぶち込んだみてえなもんだな。

 インパクトは強まった。刺激も強くなって面白みも増した。

 だが、最初に予定された完成形からは遠ざかり、調整は一気に難しくなった。

 

 湯島茜の最高の演技が、湯島茜の評価の上昇が、作品の完成度と一貫性を損なう。

 景さんの演技が、そうであるのと同じように。

 

 放水車の間に辿り着いた。

 放水車の合間でホースを持ち、吹き出した水で雨を降らせている人に頭を下げる。

 どっちだ。

 茜さんと百城さん、どっちのサポートをする心持ちで立つ?

 どっちをカバーすりゃリカバリできる?

 

 と、その時。

 百城さんが、向き合う茜さんと、放水車の間でホースを持つのを手伝い対応策を練る俺を、同時に見た。

 百城さんの立ち位置ならば、首も動かさずに俺達を同時に視界に捉えられる。

 眼球のほんの僅かな動きで、俺達二人を同時に見ることができる。

 俺達を見ながら、百城さんは口を開いた。

 

「ごめんね」

 

 とても、静かな演技だった。

 台本通りの台詞だった。

 だがその一言で、茜さんが作った流れが、微細に変わる。

 

 その百城さんの作った声を、表現を、なんと言えばいいのか。

 そうだ。

 雪だ。

 "雪が降り積もる音"ってのがあるのなら、多分今の百城さんの声はきっと、それに近え。

 静かで、微かで、綺麗で、優しい。

 そんな発声の演技。

 

 茜さんが作った『激情による怒りと悲しみの糾弾の流れ』が損なわれ、当初予定されていた百城さんが強く言い返す流れが、どっかに行く。

 だが茜さんは、演技に一貫性を持たせた。

 

「謝らないで! 死んだ人は帰ってこないのよ、カレン!」

 

 雨のカーテンを貫くような、強烈な感情を叩きつける芝居。

 罵倒じみた言葉の攻撃。

 10m、20mと離れた位置にいる野次馬達が茜さんの声量に驚き、迫力に気圧されて小さく一歩引いたり、上半身を後ろに引いたりしてんのが見える。

 そのくらいに、今の茜さんの演技には破壊力があった。

 

 目の前にいる百城さんにかかってる圧力はやべーもんがあるだろう。

 百城さんの代わりにあそこに木梨さんを立たせたら、迫力ある怒りの演技と砂浜を揺らすような怒声に気圧されて、台詞も忘れて固まっちまいそうだ。

 "怒声をぶつけられる"ってことが脳や神経系に悪い影響を与えるってのは、脳科学の分野でも確認されてるもんだからな。

 怒鳴られて台詞を忘れる、くらいは撮影の舞台じゃかなり見る。

 

 だってのに。

 百城さんは、綺麗なままだった。

 

「でも私は、諦められない」

 

 綺麗な演技。

 静かな演技。

 穏やかな演技。

 

 声を張り上げているのは茜さんなのに、何故か静かな百城さんの方が印象に残る。

 

 印象に残る派手な色を塗りたくったキャンパスの中で、唯一残った綺麗な白地が、逆に印象に残るような。

 どこもかしこも爆発している戦場で、唯一全く爆発していない領域が目立つような。

 うるさいメタル・ミュージックが響く中、綺麗な高音と綺麗な低音を組み合わせた上等な音楽が逆に目立つような。

 

 派手で激情的な声よりも、静かで優しい声が目立つ。

 百城さんに勝とうとする茜さんの演技と声が、百城さんの演技と声の引き立てに回っていく。

 茜さんの演技にあった迫力とインパクトが、全て百城さんの演技を引き立てるための踏み台へと変わっていく。

 

 激辛料理の合間に出された甘い優しいデザートが、激辛料理の『インパクト』を踏み台にし、それ以上のインパクトを残すかのように。

 インパクトがあるものを、インパクトがねえはずのものが踏み台にして、自らの演技の一環へと取り込み、自らの演技をより印象に残るものにした。

 

 ヤベえ。

 これ、見た覚えがある。

 オーディションの時のやつだ。

 景さんが静かな声で、大声で口喧嘩していた茜さん達の演技をぶったぎったアレと同じだ。

 百城さんはあのオーディションを見ていたと、確か言ってやがったな。

 

 だが、同じなのは結果だけだ。

 

 あの時の景さんは、景さんの演技のやり方で、役に入り込んで全てを破壊するぶつかり方をし、リアリティによって茜さん達の芝居の流れを粉砕した。

 今の百城さんは、百城さんの演技のやり方で、役に入り込んで芝居の流れを破壊しようとする茜さんにぶつかり、芝居の流れを守るために茜さんの演技を粉砕した。

 

 まるで……百城さんが、"こういうのはこういう風にやらないと"と景さんに言ってるかのようにすら感じられる。

 『静かな演技で大声の派手な演技を粉砕する』という演技のリバイバル。

 茜さんが、景さんの時と同じやり方で演技の上を行かれるっていう、再演。

 

 真逆のやり方で、あの時のことが、繰り返されてやがる。

 

「誰にも死んでほしくないんだ。

 誰にも殺してほしくないんだ。

 私は、自分が絶対に正しい人間だなんて思ってないよ。

 でもね。これが正しいことなんだと思いたい。これが正しいと信じたいんだ」

 

 もう誰も、茜さんの方を見てねえ。

 茜さんは激的で、百城さんは静的なのに、皆揃って百城さんしか見てねえ。

 

 茜さんの演技を柔軟に受け止め、自分の演技の引き立て役として利用して、観客の視線を全て集めた百城さんを見てる。

 観客のほとんどに百城さんは背を向けてるってのに。

 それでも視線を集める百城さんが、化物じみてやがる。

 

 他人を自分に夢中にさせる天才。努力によって自分を天才にし続けている頑張り屋。

 

 いつ見ても、惚れ惚れする。何度でも夢中になっちまいそうだ。

 

 景さんにできねえことだと俺が常々思ってる、"相手の演技を受け止め柔軟に相手に合わせる"って技巧を、百城さんは難なくこなす。

 自分をコントロールできれば最高になれるのが景さんなら。

 他人すらもコントロールできる最高なのが百城さんだ。

 

「私にとっては、あなたも友達だから」

 

「……うっ」

 

「これが正しいことだっていう確信があるわけじゃない。

 でも、友達に殺されそうになると悲しいし、友達を殺したらきっと泣いちゃう。

 だから、友達は殺せないし、友達同士が殺し合おうとしたら、止めたいんだ」

 

 茜さんが激情の芝居で、当初の芝居の流れの予定を粉砕した。

 百城さんが静かな芝居で、その芝居を受け止めた。

 茜さんの激情の芝居を誘導し、静かな芝居で受け止めながら調整し、当初の予定と同じ場所に着陸させていく。

 "茜さんが激情の芝居をしなかった場合と同じ着地点"に持っていく。

 

 とても、可憐に。とても、秀逸に。とても、綺麗に。

 

 台本と一字一句変わらない台詞を言ってるだけなのにな。

 演技と芝居だけで全てを調整し、他人の演技で自分の演技を引き立てた。

 芝居に使う仮面の性質を精密に調整し、静かに調整することで、自分を変えて完成図を戻すという、まさに神業。

 

「それが、私の願い」

 

 作品の完成度の欠損による、作品の評価の低下を防ぎ、作品のクリエイター自己満足化を防いで作品の完成度を維持する。

 天使が人に囁くような、ほんの小さな調整による、最大限の効果の獲得。

 

「だから、あなたも生きて」

 

「……うん」

 

 "予定通りの着地点"に到達したことで、手塚監督は満足したような、少し期待はずれだったような、そんな表情で動いた。

 

「カット!! OK!!」

 

 すっげ。

 いつものことながら、すげえ。

 だから信頼できんだよ、百城さんは。

 

 想定外・予定外の激情を、静かな芝居で軟着陸させやがった。

 思いっきり突っ込んできた茜さんのパワーを上手くいなして、自分の演技を引き立てるのに使って、最終的に自分を最も目立たせてみせた。

 『百城千世子』の俳優イメージの維持、作品の完成度の維持、今後の撮影に負担をかけないようにする計算に加え、茜さんの見せ場を丸々残してみせやがった。

 

 茜さんを踏み出しにしつつ、茜さんの良さは残した。

 それは茜さんの見せ場を残しても、自分の演技は十分魅せられること、そして茜さんが最高の演技をしても()()()()()()()()()()()()って確信があったってことだ。

 茜さんの最大の演技が自分の演技の引き立て役止まりだって、正確に見切って、冷静に処理したってことだ。

 

 何故なら。百城さんは全く競う気もなかったし、成長もしてねえからだ。

 

 流石に誰かと全力で競えば、百城さんだって本気になる。成長も見せる。

 地味に負けず嫌いなところがあるあの人は、まだ未熟だった頃に、他の俳優と本気で競って撮影中にも自分を成長させていた。

 成長してねえってことが、茜さんが対等にもなれなかったことを証明する。

 百城さんの仮面より生まれる最高の演技は、茜さんの全力で揺らぎもしなかった。

 

「……影響を与え合う、か」

 

 景さんはすげえ。

 百城さんが周囲をコントロールするなら、あの人は周囲を成長させてる。

 正直に言えば、茜さんがこのレベルに到達すんのは早くても数年後だと思ってた。

 俺の予想を超える景さんは、景さんの周りの人間ですら、俺の予想を超えさせる。

 

 だが、それすら、百城さんを超える人間の量産には直結しねえ。

 

 景さんの規格外の才能が引き出した湯島さんの能力、かつてないほどに高質な演技を見せる覚醒した湯島さん……それが()()()()()()()()()()()()、百城さんは凄かった。

 撮影中に覚醒して急激に演技を上達させた湯島さんの存在は、事前に共演者を徹底して研究する百城さんにとっちゃ奇襲みたいなもんだっただろう。

 予定外で予想外。

 その能力の伸び幅も鑑みれば、湯島さんが百城さんの想定を超えて競い勝つことが可能だったのは、湯島さんの一生でただ一度、この一瞬だけだったはずだ。

 

 それでも、百城さんをほんの僅かに揺らすことすらできなかった。

 

 百城さんがいついかなる状況あらゆる分野において常に95点を出す怪物なら。

 今この瞬間、普段60点平均の湯島さんが覚醒して、瞬間的には100点を出して。

 百城さんがそれを柔軟に受け止め、自分の演技に取り込んで、195点を叩き出した。

 

 湯島さんの激しい演技がなけりゃ、百城さんの静かな演技は際立たねえ。

 ここまでいい演技には見えなかっただろう。

 役に入り込む景さんの熱さ、その熱さを真似たような茜さんの熱さ、それを自分の丁寧な演技の引き立て役とする。

 

 もしかしたら。

 もしかしたら、だが。

 百城さんは……最高の状態の景さんの演技すら自分の演技に巻き込んで、加工して、今みたいにコントロールできるのかもしれねえ。

 

 いや、どうだ?

 

 景さんは俺の予想をいつも超えてくる。

 百城さんは揺らがず信頼に応えてくれる。

 茜さんじゃあ駄目だったが、景さんの方の役に入り込む演技まで、百城さんに競い負けするとは限らねえ。

 百城さんは、景さんの真似をした女優くらいなら余裕で捌いてみせた。

 でも景さん本人なら?

 茜さん程度じゃ駄目でも、景さんなら―――い、や。

 

 いや、待て。

 何考えてんだ俺は?

 

 放水車のホースを引っ張って、頭から水をぶっかける。

 興奮気味だった頭が冷えて、服の内側に滑り込む水がめっちゃ冷てえ。

 

「うおっ、ど、どうしたんだい!?」

 

「すみません、頭冷やしたくて」

 

 茜さんを応援する。

 百城さんのバックアップをして、撮影を順調に進める。

 そうだろ。

 そのはずだ。

 一時の感情に流されんな。

 

「ごめんね。皆に夜凪さんみたいな芝居して貰う訳にはいかないんだ」

 

 百城さんが、茜さんと俺を一緒くたに視界に収める。

 濡れたままでも、彼女は綺麗で。

 綺麗な微笑みを浮かべ、茜さんにひと声かけてから、ファンがいる方へと向かっていく。

 

「私が主人公じゃないといけないから」

 

 ファンに歩み寄り、綺麗な愛想笑いを浮かべる百城さんを見て、茜さんはその場に座り込んで、弱々しく砂浜を拳で打った。

 

「……せやな。私は、主人公やれるような奴やないわ」

 

「茜さん」

 

「英ちゃん、ちょっとほっといてくれんか。

 落ち込んどるわけやないけど……なんか、一区切りついた気がする」

 

「え?」

 

「また後で、な」

 

 茜さんはふらふら立ち上がり、女性スタッフに体を拭かれに行った。

 濡れた服のまんまじゃ風邪引きかねねえ。

 女性スタッフの準備、すぐ着替えられる準備、体を拭く準備は、助監督達と俺で手配しておいたもんだった。

 

 あれ、景さん?

 茜さんと百城さんを見て……茜さんの方に行くかと思ったら、俺の方に来た?

 どういうことだ?

 

「英二くん」

 

「なんですか?」

 

「私、もしかしたら、千世子ちゃんの友達を演じられないかもしれない」

 

 ……そいつは。

 

「私、初めてかもしれない」

 

 景さんが、主人公たるカレン/百城さんの、ファンに今まさに絶賛されているその人の、雨に濡れた背中を見つめる。

 

「英二くんが心底好きなものを、私が好きになれないのは」

 

 ……駄目か。

 

 仲良く、なれないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 撮影が終わり、夕方になって、茜さんを探しに出た。

 島から見える水平線に夕日が沈む。

 綺麗だな。

 『これ』と同じものを作るには、俺はどれだけ腕を上げりゃいいんだろうな。

 あ、散歩中の九条百合さん発見。

 

「九条さん、茜さん見ませんでしたか?」

 

「湯島? 源と一緒にあっちの海に居たけど」

 

「ありがとうございます」

 

「好感度稼ぎがマメな男だねーあんたは」

 

「へ? いやいや、源さんもいるなら、そういう話にはならないでしょう」

 

「男の好感も得に行くと? 強欲な……」

 

「あのですね……」

 

「この撮影さ、私が抜けた後に撮影中止の可能性とか、0じゃないと思うわけよ」

 

 九条さんが柔らかそうな長い髪を揺らして、大きく溜め息を吐く。

 

「私明日オールアップなんだから。

 『千世子と朝風に任せておけば大丈夫』って安心した状態で島を発たせてよ?」

 

「尽力します」

 

「ま、本当は全然心配してないんだけどね。

 アキラもいるし。あんたら仲良し三人組揃ってりゃ大丈夫でしょ」

 

「仲良し三人組って」

 

「興行収入ズッコケない三人組」

 

「九条さんおいくつで?」

 

「あんたと同い年よ」

 

 ごもっとも。

 

「第一知識で年齢疑われるならあんたはどうなのよ」

 

「ごもっともです」

 

 全くだ。

 

「あ、そうそう、あの鞭貰ってっていい?

 次の撮影でも鞭使うらしいんだけど、あの鞭がよく手に馴染んじゃったから。

 他の使い辛い撮影用鞭なんてもう、練習でも使いたくないくらいなのよ」

 

「大丈夫だと思いますよ。

 あれ使うシーンはこの作品でも原作でも一回だけですから。

 あ、でも手塚監督と、スターズの事務への連絡は忘れないでくださいね」

 

「りょーかい」

 

 一人、また一人と、スターズは島を去っていく。

 ある人は俺達に後を託し。

 ある人は俺達に心配してないと言葉を残し。

 完了していない撮影に後ろ髪引かれながら、撮影現場から去っていく。

 

 俺達が撮影を完了させなきゃ、映画は完成しねえし公開されねえし、金も入ってこねえ。

 撮影のために良い演技をした人達は、俺達に後を託していくしかねえ分、心配な気持ちもあったりすんだろう。

 

 ずっと島に残ってる俺や百城さん、アキラ君に景さん……そういうメンツには分からねえ、島を撮影途中で去る人達の気持ちってのがある。

 その人達は。

 信じて、俺達に撮影と後を託していく。

 

「がんばんなよ」

 

「はい。九条さんも次の現場、頑張ってください」

 

「はいはい」

 

 一人去る度に、一つ託される。

 一つ託される度に、一つ重くなる。

 それはこの撮影に参加した人達が一人一人持っていた、責任感っていうものの重みだ。

 撮影は一人でしてるんじゃねえ。

 忙しい中頑張って時間を捻出してくれて、デスアイランドの撮影に数日来て、その数日で全力を尽くしていった人達……その人達の想いも、いつもずっと傍にある。

 

 俺達の想いは一つ。

 良い作品を、売れる作品を、心に残る作品を作る。皆の力で。

 

 あ、いた。茜さんと源さん。

 

「あー、すっきりした。完全燃焼や、綺麗に負けた」

 

「……。芝居に勝ち負けとかないだろ」

 

「あったやろ何その気遣い。キモイで」

 

 茜さんは笑っていた。

 波に少しずつさらわれていく砂と、静かに流れて来る波の中に、素足を置き立って伸びをしている。

 源さんは真面目な顔をしていた。

 言葉の選び方、声色が優しい。

 

 茜さんは開き直った様子で、源さんは傷跡に触れるように言葉選びに気を付けている。

 その源さんの在り方を、優しいと。

 その茜さんの在り方を、綺麗だと。

 俺は、そう思った。

 

「……どうして俺らオーディション組なんかが、やけに千世子との共演が多いのか分かったよ。

 共演者、皆喰っちまうんだなアイツ。共喰いは避けたかった訳だ、スターズとしては」

 

 本当に気遣いの男だな、お前。

 "スターズの奴らですら百城千世子と共演すれば喰われるんだから気にすんなよ"ってところか、その言葉の裏の意味は。

 俺も茜さんも、遠回しなその励まし、分からねえ奴じゃねえよ。

 

 茜さんが複雑な感情を噛み潰すような表情で、源さんに返答する。

 

「私らよりキツイのは夜凪ちゃんや。

 覚えてるやろあの子の役。

 最後千世子ちゃんと、クライマックスで共演や」

 

 源さんが嫌そうな顔で後頭部を掻く。

 オーディション組の、それも知り合いが百城さんの引き立て役のように扱われることに、源さんはとても嫌そうにしている。

 一種割り切った表情の茜さんとは、対照的だ。

 

 二人を目指して歩いていた俺の足音を聞いて、二人が同時にこっちを見る。

 

「英ちゃん」

「英二さん」

 

「ども」

 

 話すことを考えながら、砂を踏みしめる足音と共に俺は近づく。

 砂浜に腰を降ろしていた源さんが立ち上がって、俺とすれ違いどこかへ行こうとする。

 すれ違う時に、源さんは俺の肩を叩き、一言ささやいていった。

 

「うちの先輩は、頑張ったんスよ」

 

「分かってます」

 

 優しいってのは、頑張った人に報われてほしいと思うことも、含まれてんのかもな。

 波に足がさらわれそうでさらわれない、波に足を当て立っている茜さんと向き合う。

 茜さんと、背景が重なる。

 南の島の青い海、青い空が、夕日で『茜色』に染まっていて綺麗だった。

 

 とても、綺麗だった。

 

「お疲れ様でした。いい撮影だったと思います」

 

「ありがと。ん、ま、でもなあ」

 

 茜色の空を背景に、少し悔しそうな顔を俺に見せてくる。

 

「……百城千世子の壁は、厚いわ高いわでどうにもならんかったわ」

 

「あの人はもう、大女優になった後の人みたいなものです。

 一朝一夕でどうにかなるもんでもないですよ。

 全ての挑戦者に受けて立って勝ち抜いたボクシングチャンプみたいなもんです」

 

「せやな」

 

 茜色の日差しが溶け込む海面を、茜さんが蹴り飛ばす。

 ばしゃん、と心地良い音が鳴る。

 飛び散った海の水の飛沫が、茜色の陽光に照らされ、キラキラと輝いていた。

 

 茜さんは、どこか開き直ったような、満足したような顔をしている。

 俺はこういう顔に見覚えがある。

 やりきった者の顔、今の自分が出せる全てを出し切った者の顔だ。

 この顔に、俺は見覚えがあって、それは嫌な記憶と共にある。

 

 売れなくなったりファンの声が面倒になったりして、どこかの映画でやりきって、満足して、満たされた人は"もういいか"って思う。

 そして、辞める。

 『辞め時を見つける』ってやつだ。

 病気や事故で死ぬとかでもない限り、俳優はそうやって、どこかで満足して、やりきった気持ちで引退を表明する。

 

 もしも。

 

 もしも、茜さんが、これで全力出しきって完全燃焼して、満足してしまっていたなら。

 

「あの……茜さん。まだ、女優、続けてくれますか……?」

 

 俺は今、どんな顔してんのか。

 下を見んのが怖え。

 下の方見たら、海に俺の顔が映っちまうかもしれねえ。

 今の俺がどんな顔してんのか、自分で見るのが怖え。

 だから、下は見ねえ。

 

 そんな俺を見て、茜さんは笑った。

 

「なんか子犬みたいやな、英ちゃん」

 

「ちょっと、真剣な話を」

 

「もう決めたことや」

 

「……!」

 

 決めたって、何を?

 何をだ?

 まさか、辞め―――

 

 

 

「私、ずっと女優続けるわ」

 

「―――」

 

「人気のうなったら辞めなあかんけどな。それまでは、頑張ることにした」

 

 

 

 え?

 何故?

 茜さんはずっと、売れないことや現状の継続を嫌がって、辞めるか辞めないかの間で揺れてて、結局辞めずに続けることを選んでた、そんな人だったはずだ。

 辞める理由が増えたら、すぐ辞めちまいかねねえところに居た人だったはずだ。

 

 辞めるって言うなら分かる。

 茜さんが辞める理由ならいくらでもある。

 辛くなったら、茜さんには辞める自由がある。

 そいつを止める権利は俺にはねえ。

 

 だけど。茜さんが辞めねえって決意を固めた理由が、俺にはまるで分からねえ。

 

「何か心境の変化があったんですか?」

 

「開き直れたんかもな。夜凪ちゃんと、千世子ちゃん見て」

 

 もうプライドの欠片も残ってへん、と茜さんは苦笑した。

 

 ちゃぷ、ちゃぷ、と水音を立て、波と砂浜を交互に踏むように茜さんが歩き出す。

 その後を追い、俺も歩き出した。

 茜色の海辺の世界は、昼の世界とも夜の世界とも違う色合いで、どこか優しげであるようにすら感じられる。

 

「英ちゃんが物作って、監督が掛け声して、カメラマンが構えて、私が演じて……」

 

 茜さんが、空に手を伸ばす。

 

「やっぱ私、好きなもんが詰まっとる、『ここ』が好きや」

 

 空に輝く夕暮れの太陽にも、夕方に姿を現し始めた空の星にも、黒に染まっていく夜空にも、その手は届かない。

 けれど、茜さんは手を伸ばし続けた。

 

「苦しかったら辞めりゃええんや。私の自由やしな」

 

「茜さん……」

 

「比べられんのは辛い。

 敵わないんは悔しい。

 届かないことが嫌や。

 辞めちゃえば楽になれるんやろな。

 続ければ人並みの幸せとかも得られんのかもしれん。

 私は幸せを諦めながら女優続けとんのかも。

 でもな。

 それでも。

 私は女優を続けたいと思うんや。英ちゃんに昔言ったように、凄い女優になりたいんや」

 

「―――」

 

「辞める。辞めない。その自由が私にはある。

 でも辞めないのは、私がそうしたいと思ったから。

 辞めるまでずっとずっと比べられて、ずっとみじめな気持ちのままでもええ。

 そんなんなっても辞めないのは、私がそうしたいと、そこに居続けたいと思ったから」

 

 息が止まったかと思うくらいに、強く、深く、息を呑んだ。

 

 胸の奥を強く打たれた、そんな錯覚があったくらいに、俺の心は打たれて揺れた。

 

「前にな、噂で聞いたんや。

 私と同期の子役の子。

 当時は私より演技上手くて、一年くらいで子役辞めてった子や。

 その子がテレビで私を見て、言ってたそうや。

 『あの子、私より演技が下手だったんだよ。私の方が上手かったんだから』って」

 

「それは……成長する前の茜さんと比べていたから、です」

 

「せやな。

 もう何年も自分を磨いてる私の方が上かもしれへん。

 でもな、その人の中では私はずっと"自分より下"なんや。

 その人は誰にも追い越されないまま、子役で一番のまま、一年で引退しおった。

 だからその人の中ではずっと、"自分は一番演技が上手い俳優"のままなんや」

 

「……」

 

「きっとそれが賢いんやろな。

 引退すれば、誰にも追い越されない。

 引退すれば、負け星も増えない。

 自分がもうこれより上に行けないと思ったら、すぐ辞めりゃええ。

 そうしたらその時点で持っとる自尊心だけは抱えたまま、辞めていける」

 

 でも、茜さんが、そうしないのは。

 

「私はずっと悔しいかもしれん。辛いかもしれん。

 でもそれは、私が……

 『あの凄い子達と同じ舞台で本気で競ってる』

 ことの証明や。

 負けるか、って叫び続けてることの証明や。

 それはきっと、途中で辞めて英ちゃんの前から消えてった人達が、持ってないものなんや」

 

 ああ、そうだ。

 だから、俺は。

 足りないものがあると分かっていながら、なりたい自分になれないまま、諦めず折れず、普通の人らしい心を頑張って奮い立たせて、前に進み続けるアキラ君や茜さんが好きだ。

 

 その心を。

 俺の心が、美しいと思ったから。

 俺の手では作れねえ美しさを、そこに見たから。

 

「女優としてここにおられるんなら、一生辛くてもええ。そう……思えたんや」

 

「―――」

 

 一生辛くても、一生幸せがなくてもいい、という覚悟。

 

 天才にとって、一生芸能の世界に居続けることは、一生幸せであるということだ。

 百城さんや、景さんや、黒さんがこれにあたる。

 でも、そうでない人にとっては、そうじゃねえ。

 一生苦しみ続けることすら覚悟し続けなけりゃならねえ。

 演劇で主演の役を割り振られたとしても、そういう人間の心は癒やされねえだろう。

 

 それは作品で例えるなら、『永遠に主人公の引き立て役で居続ける脇役』の人生を生きるようなものでもある。

 一番になれねえことが確定している人生は、一番と常に比較され続ける人生は、芸術と芸能の世界においてはありふれている。ありふれた地獄だ。

 だがありふれてるだけで、絶対に軽くなんてねえ。

 かつて朝ドラ女優だった人が脇役の仕事しか来なくなり、引き立て役でしかねえ脇役の仕事に絶望し、自殺したなんつー話すらちらほらある。

 

 だけど、もし。

 

 その全てを覚悟の上で、普通の人の幸せを諦めることすらも決意し、一生を役者としての自分に懸け……『辞めるよりその方が良いと思えたから』で、立ち上がれる茜さんがいるなら。

 同じような想いを抱える、アキラ君がいるなら。

 足掻き続ける人に、俳優ではない裏方の助けがいるなら。

 俺が助ければ、その分だけ出来た余裕で、普通の人らしい幸せを得られるかもしれない人達が、この業界にいるのなら。

 

 ―――俺は、そんな人を助けるために、この世に生まれてきたんだと。

 

 ―――そのために、技を修め、今日まで生きて来たんだと、そう思えた。

 

 

 

 

 

 俺達造形が見てえもの。

 俳優と芝居を劇場に見に来た人が見てえもの。

 物語と世界を劇場に見に来た人が見てえもの。

 

 『その人だけの心』。

 

 その俳優だけが見せられる、そのキャラクターだけが魅せられる、その作品でしか見られねえ、人間っていう生き物が持つ、他の何も真似できねえもの。

 それが、心。

 

 それを見た時、俺達の心に沸き立つもんがある。

 その人の心を、かっこいいと思う気持ち。

 その人の心を、優しいんだと思う気持ち。

 その人の心を、とても強いと思う気持ち。

 人間が登場し、人間の心が描写されるからこそ、心こそが作品の中で魅せられる。

 

 製作者の心から生まれ、登場人物の心として描写され、観客の心を動かす。

 それが、作品の心臓となる心。

 心は作品の一部であり、どんな作品も最初は誰かの心より生まれている。

 

 作品が人の心を動かすならば、作品を生み出す人の心もまた、人の心を動かすもの。

 

 だからこそ、茜さんの心は俺の心を動かした。

 

 だからこそ―――

 

「わぷっ」

 

 茜さんが足元の海水を掬って俺にぶっかけてきた。何してんだテメッー!

 

「なにすんですか!」

 

「あ、いや、難しい顔してたもんやから。

 英ちゃんって余計なこと考えてドツボにはまっとること多いし……」

 

「それは否定しませんけど……」

 

「ほれ、第二撃!」

 

 ぐあああっ! 二連撃だと! そこを動くなてめえッ!

 俺が作った服でもねえお前のシャツなんざ海水一発かけたらスケスケだぞッ! 後悔しろ!

 

「カウンターッ!」

 

「わっ、なんやそれ!?」

 

「手の平に乗せた水を狙った形で撒く秘技にして手技……

 特撮畑の人間が、水の魅せ方を研究してないと思いまわぷっ」

 

「長々説明をしがちなのは英ちゃんの弱点やな、ふはは」

 

「カウンターッ!」

 

「回避!」

 

 あったんねえ! なんで俺の動きが……いや、心理が読まれてる!?

 

「ほーれこっちやこっち」

 

「ええいちょこまかと海岸線を逃げて……!」

 

「私に追いつけんと仕返しずぶ濡れアタックは成立せんとちゃう?」

 

「言われなくてもへぶっ」

 

「あ、コケた。しまらんやっちゃなあ」

 

「ぺっ、ぺっ、クソっ、親父の転倒遺伝子が……」

 

「……最近の英ちゃん、過去のあれこれネタにできるんやなぁ。

 や、私に親の話を明かしたりとか、傾向はあったと言えばあったんやけど」

 

「隙あり! 海水を食らってください!」

 

「当たらん当たらん、そんなんじゃうちを捕まえられんよ?」

 

「ぐぬぬ」

 

「へいへい、追いかけて来ぃや!」

 

 待ってろよ! 追いついてせめて一発は海水ぶち当ててやるぜ!

 

 ぶほっ! くそっ、またコケた……ふざけんじゃねえぞ砂浜死ね!

 

 またあんな遠くに……絶対に追いついてやる! 待ってろや!

 

 

 




 追いつけませんでした。

 『答えを出す』ことそのものに輝きがあり、価値があり、意味があるのなら。
 天才と呼ばれる人間にだけ出せる答えがあり、ゆえに天才と呼ばれない人間にのみ出せる答えもあります。
 "天才に一生勝てなくても、苦しくても、私はこれが好きだから"などです。
 それはアキラ君の"本物になりたい"とはまた別なもの。
 それは英二君の内側からは絶対に生まれないもの。
 彼の手では作れないもの、だから彼が見惚れるもの、とも言えます。





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