ノット・アクターズ   作:ルシエド
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嵐の前兆

 大丈夫かなあ、とも思う。

 面白くなってきた、とも思う。

 それは僕がデスアイランドの監督として、外野であり当事者であるからだろう。

 

 映画の失敗や責任は全て僕にのしかかる。

 映画一本で一生を棒に振ることもあるのが映画監督だ。

 だから、僕は当事者であると言える。

 

 俳優の暴走や、勝手な現場判断を抑え、撮影の現場を俯瞰し、世界を見下ろす神様のようにコントロールするのが監督である僕の仕事だ。

 そういう意味では、僕は外野であると言える。

 ただまあ、僕はちょっとその暴走を後押ししてる側なんだけど。

 

 僕が夜凪ちゃんをオーディションで採用したのは、期待があったからだ。

 皆の予想を超えて、周りの皆を変えて、暴走しながらも"誰も見たことがないもの"を生み出していく。

 僕は見たかったんだ。

 

 そうして、百城千世子の仮面が壊れる瞬間を。

 

 ずっと、その微笑みを見てきた。

 完成された綺麗な微笑みを。

 ずっと、同じやり方でやってきた。

 売れる映画の作り方を一度完成させてしまったら、僕の映画撮影は以後流れ作業になった。

 ずっと、同じものを見て、同じやり方でやってきた。

 

 僕は"その"百城千世子に飽きていて、何よりも僕自身に飽きていた。

 何もかも変えてくれるなら。

 見たことのないものを見ることができるなら。

 夜凪景に賭ける価値はあると、そう思っていた。

 

「手塚監督。監督の目的は、作品の完成より、百城さんの仮面を壊すことですよね」

 

「……ああ、バレちゃったか。流石二代目」

 

 でもそれも、ここまでみたいだ。

 

 僕の意図を完全に把握された上で彼が千世子ちゃんのカバーしたら、もうどうにもならない。

 

「いつから気付いてたのかな?」

 

「100%確信があったわけではないです。

 確信を得たのは今、監督の反応を見たからですね」

 

「おお、僕相手にカマかけ? 成長したね君。

 手先は器用でも口先と生き方は器用じゃないと思ってたのに」

 

「監督が俺を買い被り過ぎなんですよ。

 何が『流石』ですか。俺がそんなに万能な人間にでも見えてたんですか?」

 

 む、確かに。

 僕は君を信頼しすぎていたのかも。

 こんなカマかけに、しかもトークが得意ってわけでもない君のカマかけに引っかかるなんて、いつの間にか僕は朝風英二を思っていた以上に信頼していたのかもしれない。

 

 それにしても、だ。

 二代目の観察力でも、こんなに早く、こんなに正確に見極められるとは思ってなかったけど……彼の周りの誰かの入れ知恵あたりかな?

 気付きと確信が予想以上に早い。

 二代目を警戒しすぎたのと、二代目の友人関係を甘く見すぎたのが失敗の要因だろうか。

 

「分かってますよね。

 俺は百城さんの味方です。何があろうと。

 あの仮面を剥がそうとすれば、百城さんは嫌がるでしょう。俺はそれを許しません」

 

「だから君にバレたくなかったんだよ」

 

 まぁーったく。

 使いやすいようで使いにくいようでやっぱり使いやすい君は本当に厄介だ。

 一度惚れ込んだら面倒臭いところは少し父親似だね。

 

「そもそもなんで百城さんの仮面を壊したいと思ったんですか?

 手堅く危ない橋を渡らない作風の手塚監督らしくもない。

 第一、それで得をするとは思えません。

 何も得をしないままリスクだけを増やしてる……そんな風にすら見えるんですが」

 

 あー。それ言っちゃうか。

 他の誰でもない君が。

 

「君がいたからだよ」

 

「……俺が?」

 

「君はきっと見てないんだろうけどね。

 ひょっとしたら、僕の見間違いかもしれない。

 僕の勘違いだったら、それはそれでいいのさ。でも……」

 

 千世子ちゃんはさ、君の近くで、君に見せないまま、一瞬だけ仮面を外している時があるような……そんな気がする。

 気がするだけだ。

 それっぽい一瞬を見たことがあるというだけで、本当はあの仮面の下に"百城千世子の素顔"なんてものがあるかどうかすら、確信は持ててない。

 

 でも、一度そう思うと、気になって仕方がないんだ。

 その仮面の下には、素顔があるのか?

 それともやっぱり、その仮面が素顔なのか?

 僕はその仮面の下を見たことがなかったから。

 そこに、見たことがないものが、あるような気がしたから。

 

「見たことがない百城千世子を見たい、って気持ちには、抗えなかったんだ」

 

 僕は、百城千世子という個人をとても評価していた。

 君がそこに、僕の想像力を働かせた。

 そして―――夜凪ちゃんが、僕に決定させた。

 

 君達の誰か一人が欠けても、僕はこんな気持ちを抱かなかっただろう。

 

 見飽きたものじゃない、僕の心が揺れるもの、それがそこにあるのなら……そんな風に思ってたんだけど、こりゃ駄目か。

 

「それを百城さんが嫌がる限り、俺は絶対にそれの邪魔をし続けますよ」

 

「だろうね。君はそういうやつだ」

 

 うん、詰みかも。

 こりゃあもう僕が何しようと駄目な奴だ。

 夜凪ちゃんが僕の予想も二代目の予想もまとめて超えていくのを期待するしかない。

 

 不思議な気分だ。

 百城千世子と朝風英二が組んでればもうそこは不動、って僕の心は思ってるのに。

 "それでも夜凪景なら"と思ってしまう。

 なんだろうね?

 

 本日撮影15日目。

 日数も既に折り返し地点。

 撮影には僕個人の個人的な暗雲が立ち込めていた。

 あー、見たこともない千世子ちゃんの顔が見たいんだけどなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 撮影16日目。

 

 カチンコの音が鳴る。

 

「夜凪ちゃん? 夜凪ちゃん!」

 

 茜ちゃんの声が聞こえる。

 

 そうだ、私はケイコじゃなくて、夜凪だった。

 クラスに夜凪なんて子いたかな? なんて思っちゃった。

 しっかりしないと。

 ケイコの感情と想いを、頭の片隅に置く。

 そこに置いておいた夜凪景の感情と想いを取ってくる。

 そうやって入れ替えないと、私は夜凪景にちゃんと戻れないし、次の撮影の時にちゃんとしたケイコに戻れない。

 なんだっけ。

 英二くんが前にどこかで言ってたやつ。

 そうだ、演技の一貫性だ。いっかんせー、いっかんせー。

 カットの区切りを越えても感情は連続させろ、だっけ。

 

「どうしたの、茜ちゃん」

 

「中々返事せえへんのやもん、心配もするわ」

 

「ごめんね」

 

 ふぅ、と息を吐く。

 主演じゃなくてよかったわ。

 今の私だったら、こういう撮影で主人公をやったらちょっと混乱したかもしれない。

 

 撮影は、カットっていう小さな単位で区切られてる。

 そして、時系列に関係なく、その場で撮れるカットは一気に撮ってしまう。

 移動時間を極力抑えて、同じ場所で撮れる映像は一気に撮っちゃって、撮影時間を極限まで圧縮するテクニック……って、茜ちゃんが言ってた。

 

 同時に、私の芝居を理解してるらしい茜ちゃんは……ううん、英二くんから私の芝居を解説されてるらしい茜ちゃんは、私のことを心配してた。

 

 ケイコは最初怯えてるだけで、次第に周りに流されて、自分の意志もなく動き始めて、友達が一人死ぬ度に違う表情を見せる。

 自然な感情の流れを作って、最後には友達のカレンを助けないといけないんだけど……感情の流れを意識すると、カットごとの分割がちょっと大変。

 最初の撮影で、笑顔の少し怯えてるだけのケイコを演じる。

 10分休憩入れて、友達が一人死んだ後のケイコを演じる。

 10分休憩入れて、クライマックスの友達がほとんど死んだケイコを演じる。

 ちょっと移動して、別の場所でまだ友達が死んでない時のケイコを演じる。

 

 私は人格を入れ替え、カットの度に細かく記憶も入れ替えれる。

 カットごとに大切な友達が死んだことを忘れて、別のカットで大切な友達が死んだことを思い出して、無垢に笑って、悲しみに暮れて、希望だけ持って、絶望だけ持って、演技する。

 時系列順に私を管理する。

 じゃないと、"映画撮影"の慣例的なやり方の中で、私は上手くお芝居ができない。

 

 「夜凪ちゃんそれでメンタル壊れへんの?」と茜ちゃんが心配してくれてたけど、やってみると意外と楽だったわ。

 台本が頭の中に入ってると"私はこの時点でのケイコだ"と思い込むのがとても楽。

 『私は夜凪景だ』ということを綺麗に忘れてしまえば、余計なことは全部忘れて、必要なことだけを覚えたケイコでいられる。

 

 私が私であることは忘れられる。

 役の私の心を表に出して、全部忘れて、1を0にすればいいだけだから。

 でも千世子ちゃんの友達にはなれない。

 友達だと思える気持ちが無いから、0を1にするのが難しい。

 

 壊すのは簡単だけど創るのは難しい、っていう話が本当なんだってよく分かるわ。

 

「それにしても、夜凪ちゃんまた迫真の演技やったな」

 

「そう?」

 

「一色ちゃんが完全に気圧されて、テストで二回も台詞どもってたやん。

 夜凪ちゃんの感情こもった演技はすんごいわ。

 前に立つにはそこそこ気合要りそうやん。

 殺人鬼の演技なんかした日には、警察にうっかり通報でもされるんとちゃう?」

 

「殺人鬼の演技……したことがないわ。

 殺人鬼になりきっちゃうのも少し怖い。茜ちゃんはしたことある?」

 

「木っ端役でならあるけど、中心人物級で演じたこたないわ」

 

 そうなんだ。

 でもそうね、うっかり人を殺してしまいそうで怖いし、殺人鬼役は皆嫌がりそう。

 巷のドラマで殺人鬼役をしっかり演じてる人達はどうやってるんだろう……?

 

「あ、英ちゃん」

 

 え、どこ?

 茜ちゃんの視線を追って、英二くんを見つける。

 英二くんは川の傍から森にかけての領域を、撮影に相応しい場所へと変える作業中だった。

 色んな人が英二くんの指示で動いて、英二くんの采配を待っているみたい。

 

「では次のテストで液体窒素5L瓶を使い切る予定でいきましょう」

 

「分かりました。朝風さん、本番は10L瓶ってことでいいんですよね?」

 

「はい、満タンの10L瓶で。

 どうにも美術スタッフの皆さん、屋内セットの癖でやってる気がします。

 液体窒素もドライアイスも使う量が抑えめですね。

 でもここは屋外ですから、もうちょっと思い切りが欲しいです。

 "思いっきりやっていいですよ"と皆さんに連絡をお願いします。ドッと煙を作りましょう」

 

「はい、分かりました。

 おーい、テストで液体窒素とドライアイスで白煙思いっきり出すぞー!」

 

 何やってるのか分からない。

 ただ、何か巧みなことをやっていることは分かる。

 英二くん達が撮影場所に手を入れると、同じ撮影場所の森なのに、全然違う形に見える。

 

 だから監督は、森の二箇所での撮影を組み合わせて観客に「背景が全然違う。移動したんだな」と思わせたい時、『別の場所に移動させるか』と『英二くんに森を加工させるか』を選べる。

 重い機械を沢山遠くまで運ぶには、車とお金と時間と人手がいるんだとか。

 でも、英二くんが森を加工すればそもそも移動しなくてもいい。

 移動するか加工させるかを、手塚監督は巧みに使い分けてるみたいだった。

 

 ふと、しゃがんで、足元の草に触れてみる。

 私の手に触れた草は、短く切り揃えられていた。

 英二くんが、切り揃えた草だ。

 

 昨日の内に人の肌を切り裂くような葉は全部刈り取っていたんだわ。

 私達がうっかりして、足を切り裂かないように。

 

 この一つ一つが、英二くんの愛だと思う。

 誰も気付かないような、草葉の陰の愛。

 俳優を大切にしてくれるその心遣いに、つい胸の奥が暖かくなる。

 

 俳優に事前に声をかけておけば、普通の俳優はきっと、こういった肌を切る草の周りには近付かないと思う。

 対策なら、それだけでよかったかもしれない。

 でも、私がいたから。

 自然な芝居をする過程で、きっと草で足を切りかねない私がいたから。

 英二くんは私に恩を着せず、私からのありがとうも求めず、ただ私の安全を考えて、陰ながら小さな気遣いをしてくれた。

 

 茜ちゃんが言ってた、ゲロを吐いちゃった後の私に、そうしてくれたように。

 

 顔を上げて、英二君の方を見る。

 あら。また他の人を助けてるわ。

 

「作業遅れ気味ですね」

 

「すみません、カッターの刃が随分ボロボロでして」

 

「あっちのダンボールに俺の私用のスピードブレード*1の刃の替えが入ってます。

 刃換えてきちゃってください。俺達が遅れると、撮影全体が遅れてしまいますから」

 

「すみません!」

 

「いえ、ここから一緒に遅れを取り戻しましょう。チームですから」

 

「……はい!」

 

 英二くんはあっちこっち走り回ってる。

 自分より偉い人にも、自分より偉くない人にも敬語を使う。

 誰かの話を聞いて、それを他の人に伝えて、自分の仕事にも反映して、助けながら仕事をする。

 

 だから、齟齬が減っていく。

 英二くんがいると撮影の流れ、話の流れがスムーズになっていく。

 英二くんが人と人の間の緩衝材になりながら、便利屋をやってるからかな。

 色んな人の困ったことを解決しながら、お願いや要望を聞いて、それを自分の仕事や他の人の仕事に反映させてる。

 

 そっか。

 英二くんは皆が仕事しやすい空間を『作って』るんだ。

 

 でも、物作りが得意な英二くんが、撮影全体に良い影響を与えるためには、それを影で支えられる人が必要なんだわ。

 だから、もうひとり、俳優の側から同じことをしている人がいて……その人にも英二くんの支えが必要で……その人は、きっと。

 

「水落ち事故起きないように気を付けてください。

 川の側ですからね。

 俺達美術班は撮影中は基本的に手が空いてます。

 いざという時は撮影中に起きた事故には俺達が対応するくらいの気概で行きましょう」

 

「はい!」

 

「あ、撮影前もですよ。

 撮影中の事故死って結構な割合で撮影してない時に死んでますからね。

 撮影前と撮影後は人の気が抜けます。気を付けてください」

 

「はい!」

 

「皆さんが気合入ってて助かります」

 

「そういえば朝風さん、昔の有名俳優やスタントって泳げない人多かったってマジですか?」

 

「マジですよー。もうずっと昔、昭和の仮面ライダーの時代のことですけどね」

 

「へー」

 

 うっ、私がしたことのせいで英二くんが水周りの安全にすごく気を遣ってるのが分かる……ごめんなさい……とってもごめん英二くん。

 

「なんかそういうのに理由あったんですか? 泳げないのって」

 

「団塊世代が子供の頃、小中学校にプールあんまなかったんですよ。

 だから水泳の授業も全然無くて、泳ぎの技能が無い人が多かったんです」

 

「……ああ!」

 

「今の時代はナチュラルに恵まれてますよ。

 一般人の方が海に落ちても自力で戻って来れることありますし。

 泳げない俳優さんが希少なレベルです。

 漫画や映画でもカナヅチキャラは時代にそぐわないので随分減りました。

 下手すりゃ泳げないから水場撮影NG、となることすらありえますからね。

 70年台には泳げない俳優が海や湖に放り込まれ、死を覚悟したという事例がいくつかあります」

 

「はぇー、いい時代になったんすね」

 

「全くですよ。俺もいい時代になったと思います」

 

「というか僕、血縁者以外に団塊世代の知り合いとか一人もいませんね。

 なんかもうちょっとファンタジー入ってる存在です、団塊の世代」

 

「えーまあそれは……

 俺達の世代だと大体定年迎えてる方達ですしね……

 俺はギリギリその世代の方からも指導受けてますけど……」

 

 あ。

 英二くんと、目が合った。

 作業中の英二くんが一旦仕事の手を止めて、私と茜ちゃんの方に来て、折りたたみの椅子を広げて置いて、飲み物を置いていった。

 

「どうぞ、座って待っててください。撮影までまだちょっと時間がありますから」

 

 英二くんが笑って、また仕事に戻っていく。

 

 なんだろう。

 

 元々あった中途半端な演技をしたくないっていう気持ちが、ぐっと膨らんだ気がする。

 

「夜凪ちゃんは女優やな」

 

 ? 茜ちゃん?

 

「何が?」

 

「周りを見て、撮影に本気で挑もうとできるなら、その人はもうちゃんと女優や」

 

 その言葉に、私は茜ちゃんに言われた、"変わらなきゃ"と思うきっかけになった言葉を思い出した。

 

―――人の気持ちが分からんなら、役者なんかやめてまえ!!

 

 私、変われてるかな。

 私、成長できてるかな。

 そうだといいな。

 英二くんに聞いてみたら、どう答えるだろうかな。

 ちょっと想像がつかないわ。英二くん、こっちに気を遣ってきそうだから。

 

「やから、どこまで本気なんか分からん子は反応に困る。

 どこまで熱意持っとんのか、どこまで本気なんか。

 どこから演技で、どこから演じとんのか。

 分からんと、どうにも、判断つかんなあ……英ちゃんのいい人判定はあてにならへんし」

 

 茜ちゃんが首を傾け、視線を動かす。

 その視線の先を追って、私は茜ちゃんが誰のことを言っているのか理解した。

 

「……千世子ちゃん」

 

 デスアイランドに来る前は、とても綺麗な芝居だと思った。

 実際に見て、画面の向こうに居るみたいな、手の届かない綺麗さを感じた。

 でも茜ちゃんの熱意を受けても何も変わらないそれに、人形みたいな綺麗さを感じて……初めて『合わない』って、なんとなくに思ってしまった。

 

 私は人形みたいなあの人が、どうしても好きになれない。

 

 なんで英二くんは、ああいうのが好きなんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 撮影17日目。

 

 今日も私は、皆が望む百城千世子を演じる。

 

 残りは13日。

 撮影進捗を%に直すと65%くらいかな。

 もうちょっと早めたかったけど、スターズ組のスケジュール調整があったのにこのペースっていうのは十分早い。

 序盤でスターズ何人かの撮影を一気に終わらせたからかな?

 余裕が無いわけじゃない、ってとこだよね。

 

 今島に残ってるスターズは七人。

 翔馬君は英二君が何かして武光君と共演してから、オーディション組に良い感情を持ってて共演も良くしてる感じ。

 和歌月さんは夜凪さんに露骨に対抗心持ってそう。

 町田さんもなんだか湯島さんに対抗心持ち始めてるっぽい。

 竜吾君の夜凪さんへの敵対視は本物で、佐和君がそれに付和雷同って感じかな。

 アキラ君は問題なしで言うことなし。

 

 このまま行けば、あと一時間くらいで予定通りに今日の撮影も終わる。

 皆いい仕事してくれたね。

 そうだ、皆のスケジュール表は頭に入ってるから……うん、やっぱり、英二君今日はもうこれで仕事一区切りだ。

 

 アキラ君も誘って三人でご飯に行こう。

 なんだかんだ言って、アキラ君も英二君の親友だもんね。

 一緒にご飯食べたら楽しいし、嬉しいはず。

 アキラ君も頑張った。

 英二君も頑張った。

 楽しい時間、心休まる時間が二人にあったっていいはず。

 二人が何も考えず喋れるような時間を、三人でご飯食べに行って作ってあげよう。

 

 そう、私が思った瞬間。

 演技に深く"入って"いた夜凪さんが、思いっきり槍を振り回してコンクリートの壁に当て、槍が真ん中からへし折れた。

 カットが入り、カメラが止まり、OKが出る。

 ……監督?

 

「ちょっ、それ壊しちゃ駄目でしょ!?」

 

「え? ……あ」

 

 槍が壊れることは予定になかったはず。

 台本を読んで、常識的に考えればそれは分かる……でも、槍を折った夜凪さんの演技を見ていた人達も、監督も、夜凪さんが折って初めて気付いた。

 このシーンは、夜凪さんが槍を振り回して折った方が遥かにリアルだってことに。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「いいんですよ景さん。

 最高の映像が撮れたと思えば必要経費です。

 折れた槍はこっちにください。俺ならちょちょいのちょい、朝飯前ですよ」

 

「本当……?」

 

「ええ、本当です。あっという間ですよ」

 

「よかった……」

 

 嘘。

 結構手が込んでたやつだったよね、あれ。

 

 英二君、自分が作った物壊されると、大体心の中で絶叫してるけどね。

 分かってるのかな夜凪さん。

 ……分かってないんだろうなあ。

 だから、もう『申し訳ない』って気持ちが表情から消えてて、『ありがとう』って気持ちで表情がいっぱいになってるんだろうね。

 正解だよ。

 英二君ってごめんなさいって言われるより、ありがとうって言われる方が好きな人だから。

 もう夜凪さんのことは完全に許しちゃってるんじゃない?

 

 ああ。

 やだな、こういうの。

 

 これ、追加の仕事になる。

 撮影が終わった後に英二君が黙々とする仕事になる。

 私達が食事に誘ってゆっくり談笑とかしたら、その分だけ後の方に時間が食い込む。

 そうしたら、英二君の寝る時間がまた減っちゃう。

 邪魔をしないで、英二君が撮影終了後に一人で集中して槍の修理に取りかかれるようにして……私が何もしないのが、英二君にとって一番いい。はず。

 

「英二くん、私にできることはない? 私が壊しちゃったから……」

 

「特には……あ、あのおにぎりあったじゃないですか。

 とても美味しかったあのおにぎりです。

 あれなら作業中でも食べられます。

 槍の修理は夜まで食い込むと思うので、作業しながらあれを食べたいんですが」

 

「! うん、分かったわ。前より美味しいのを持ってくから、部屋で待ってて」

 

「おお、それは楽しみです」

 

 ―――私は。

 

 大丈夫。

 手鏡を見る。

 私はいつもの微笑みを浮かべている。

 褒められた仮面は、まだ私の顔の上に張り付いていた。

 

「千世子君」

 

 私の隣に、人がやって来る。気遣うような足取りで。

 

「アキラ君」

 

「僕に分かるのは、幼馴染のことくらいだから」

 

「……ありがとう」

 

 人一人分くらいの間隔を空けて、アキラ君が私の横で足を止める。

 これが幼馴染の距離。

 私が英二君だったら多分、アキラくんは肩が触れるか触れないかくらいのところで足を止めてたと思う。

 それが親友の距離。

 私とアキラ君の距離はいい友人の距離で、遠ざかることも近付くこともない。

 それがほっとする。

 英二君と私が仲良くなることを素直に応援してくれるアキラ君は、私の肩の力を抜いてくれる。

 

「我儘言ってもいいんじゃないかな。千世子君は少し、我慢をしすぎる」

 

 その上、私が望んでいることを言ったりもしてくれる。

 

「朝風君は君の我儘を喜ぶと思うよ」

 

 だろうね。分かるよ。

 睡眠時間削ってでも夜一緒にお話して、なんて言ったら英二君は喜んで受けてくれると思う。

 でもそういうの、私好きじゃない。

 

 

 

「そんな自分勝手に好き勝手できないよ。夜凪さんじゃないんだから」

 

 

 

 私にだって、"同じになりたくない人"ってのはいるんだよ?

 

「私がワガママを言って、英二君が聞くのは。

 英二君がワガママを言って、私が聞くのは。

 いい作品を作るためだよ。

 英二君が作品と関係のないワガママでも私に言うようになったら、話は別だけどね」

 

 あれ。思ってた反応と違う反応……アキラ君が、驚いてる。

 

「どうしたの?」

 

「ああ、いや。

 千世子君の知らない一面を見てビックリしたんだ。

 仕事でも、仕事関係ない私的なことでも、朝風君に頼られたかったのか、千世子君」

 

「……そういうこと言ってるんじゃないんだけど」

 

「そういうこと言ってるんだと思うんだけどな」

 

「……」

 

 なんだかなぁ。

 常識を身に着けて、気遣いを身に着けて、多くを見通せる目があるわけでもないのに、基本的に優しいから女心が分かるアキラ君。

 クライアントの内心を読み取りより正確な造形をする能力を極めて、超人的なくらいに人の内心が読み取れるようになってきてるのに、仕事に必要ないから女心は全く読み取れない英二君。

 二人はほんっとうに良い関係してるなと、私は思うよ。

 

「撮影開始10分前です! 皆さん、定位置についてください!」

 

 撮影が始まる。

 

 さあ行こうアキラ君。

 

 支えてね英二君。

 

 私は今日も、ちゃんと『百城千世子』だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 撮影18日目。

 

「和歌月」

 

 竜吾さんと朝食を摂っていた私に、竜吾さんが語りかける。

 

「なんでしょうか?」

 

「今日は初めての千世子と夜凪のタイマン共演だな」

 

「……忘れてたんですよ、私は、今まで」

 

「忘れんな忘れんな」

 

「忘れようとしてたんですけど」

 

「忘れてても今日千世子と夜凪がガチンコすることには変わんねーぞ」

 

 分かってますよ。

 

 竜吾さんは今でも、夜凪さんを軽んじて見ている。

 あの普通でない芝居の凄さは、とても分かり難いという側面もある。

 ある意味当然だが、ちょっとスターズとしてどうなんだろうとも思う。

 夜凪さんの演技は本物だ。

 役に入れば、揺るぎなく。

 

 だからこそ、あまり歯牙にもかけられてもいない現状が少し辛くもある。

 

 私はあの時、夜凪さんと対等の場所にいた。同じオーディションにいた。

 夜凪さんに負けるか、と奮起してもいる。

 芝居の中で対抗心を見せてしまったりもした。

 けれど夜凪さんは、私を全く意識していないように見える。

 夜凪さんにとってのデスアイランドのライバルは……千世子さんに、なるんだろうか。

 

 正直なところ、悔しい。

 私は夜凪さんに善意も敵意も向けられていない。

 仲間として必要な人間とも、共演に忌避感が出るほどの競争相手とも見られていない。

 極端な言い方をすれば、私はあの人の眼中に無いんだ。

 

 私は夜凪さんが落とされたオーディションに受かったんだから、夜凪さんより優れていなければならない……そう思っても、現実の方がついて来ない。

 悲しいことに、私は夜凪さんのライバルに相応しくないらしい。

 『ケイコ』に武器を持って挑むも相手にされず、その後を追いながらも追いつけず、その背中に追いつけないまま終わる役。それが、私の役だ。

 

 そんな気持ちを飲み下しながら、今日も私は撮影を頑張っている。

 

「どうなると思います? 夜凪さんと千世子さん」

 

「夜凪が千世子にゲロぶちまける」

 

「真面目に答えてください」

 

「ふざけ半分真面目半分だっての。そうなっても変じゃねえと俺は思ってるってことだ」

 

 竜吾さんはそのくらいには夜凪さんが千世子さんを嫌ってると思ってるということだろうか。

 どうだろう。

 そんなに敵意はあっただろうか。

 夜凪さんと千世子さんの間にある感情は、ちょっと読み辛い。

 

 私が考え込もうとすると、食堂に朝から元気な朝風さんがやって来る。

 

「おはようございます! 今日もいい撮影をお願いします! 俺達も尽力しますので!」

 

 ああ、もう。

 俳優に対する信頼とかそういうので溢れた表情。

 千世子さんが自分の感情を隠してるからこそ、彼はこういう表情ができるわけだけど……そう考えると、彼の笑顔は千世子さんが守ってる?

 いや、これは流石に理論が飛躍し過ぎだろうか。

 

 能天気な笑顔を浮かべる朝風さんを見て、私と竜吾さんは顔を見合わせた。

 

「朝風さんは本当に朝風さんですね」

 

「こいつはこれでいいんだよ。

 めんどくせーヤツがこいつの周りに居ると面倒臭くなるんだ」

 

「え? 何かありました?」

 

「「 いや別に 」」

 

 む。私と竜吾さんの息がピッタリ合ってしまった。

 不覚。

 

「あ、そうそう。

 もう残り12日じゃないですか。

 だからどっかのタイミングで皆集まって集合写真とか撮りたいなって思ったんです。

 どっかのタイミングで集まれませんか?

 スターズは次々本土に戻っちゃってますからね。

 島に残ってる組で集まって、同じ撮影に同じ気持ちで臨んだ記念に、と撮影したいんです」

 

「んー、悪くねえとは思うが」

 

「でしょう? これから景さんと百城さんにも声をかけに行くつもりです」

 

 ……良い人なんだけどなあ。

 良い人なんだけど……うーん。

 駄目だ。

 私には道理に反してないこの人を悪いとは思えない。

 だってこの人、基本的に善意と誠意だもの。

 

「声かけに行く順番は千世子、夜凪の順に行けよ?」

 

「なんでですか?」

 

「俺を信じろ」

 

「理由を聞いたのに……!? とりあえず、信じてそうしておきますけど……」

 

 この人「俺の言うことが信じられねえのか?」とか言われたらとりあえずで信じて行動しそうなチョロさがある気がする……いや実際にそうなのかは分からないけれども。

 しかし竜吾さん。

 夜凪さんが嫌いというか、千世子さんの味方というか……私は特に何も言いませんよ、どっちの味方とかありませんから。

 

「最近忙しい百城さんみたいな人には、忙しい時の励みになります。

 オーディション組みたいな駆け出しには、人気が出るまでの誇りになります。

 少しでもそういう助けになったら、と思うんですよ。

 小さい写真立てでも作って皆に配ろうかなって思ってます。思い出の品、ということで」

 

 マメな人だ……マメな人なのに。

 

「それに、こういうのの作成をきっかけに、人は仲良くなることもありますし」

 

 撮影してる人達が、とりあえずでも仲違いせず仲間としてやっていけるように、色々考えてる人なのに。

 この人が渦中の中心点じゃなければなあ……はぁ。

 

 朝風さんが去っていく。

 あ、ちゃんと千世子さんの方から行ってる。

 良かった……同じ部屋に千世子さんと夜凪さんがいて、朝風さんが千世子さんから声かけるとかいう事態にならなくて。

 って、朝風さん、千世子さんにからかわれてる。

 メンタル的力関係はああなのに。なんというか本当にもう。

 

「外野から見てる分には楽しいよな、あれ」

 

「たまげること言いますね竜吾さん」

 

 脳味噌どういう構造になってるんですか?

 

「英二はなんだかんだ無難なところに着地させるだろ。心配0っつったら嘘になるがな」

 

「はぁ。信頼してるんですね」

 

「まあ、それもあるが」

 

 それもあるが?

 

「どうせ千世子が勝つだろ。どんな奴にも負けねえよ、あいつは」

 

「―――」

 

「あいつが俺達の代表だ。なら、なんであっても負けやしねえって」

 

 朝風さんへの信頼。

 千世子さんへの信頼。

 スターズに入ったばかりの私と、新人でもない竜吾さんの間には、天と地ほど離れた何かがある気がする。

 それが"共に同じ世界を仲間としてくぐり抜けてきた信頼"っていうものであるのなら、きっとそれは私にも……そして、夜凪さんにも無いものだ。

 

 私は夜凪さんに負けられない。

 負けたくない。

 だけど今の私には、最初の数日ほど競う気は無くなっている。

 千世子さんを押しのけてまで夜凪さんと競うのは、少し怖いから。

 夜凪さんの対面に千世子さんが立った時点で、私は脇に控えている。

 

 今日、初めて、千世子さんと夜凪さんが衝突する。

 

 

 

*1英二が以前、アキラとバイクを作っていた時に使っていた黒刃の一種のこと。めっちゃよく切れる上級者用カッターナイフの刃。薄い木の板がスパスパ切れる。




【ノット・アクターズが好きな人が好きそうな映画】

●カメラを止めるな!

 映画ファンの間で口コミで爆発的に広がり、大ヒットした2018年映画。
 監督&俳優養成スクール・ENBUゼミナールの企画により撮影&上映され、当初は映画館2館でのみ公開されたドマイナー映画であったが、国内外で大ヒットし、上映館は300館を超え、国内外で多くの賞を受賞しました。
 有名映画サイトで満足度100%を達成するなど、目眩がするような記録が連続してます。

 著名人がこの作品を評価した時の『某有名演出家を真似したらオリジナルより面白くなってしまった事故みたいな作品』という評価があまりにも的確な作品。

 キャッチフレーズは「最後まで席を立つな。この映画は二度はじまる」「無名の新人監督と俳優達が創ったウルトラ娯楽作」。

「手塚監督のマイナーチェンジ安価版」
「自分を改善しないまま結婚しちゃった夜凪」
「撮影中に殻を破った茜さん的な女優」
「こじらせたアキラ君」
「英二の如く常に走り続ける名もなき裏方達」

 みたいな人達が殴り合いながら一つの船を漕いで嵐の海の中を進んでいくみたいなゾンビ映画です。

 制作費は250万なので、黒字ラインは750万。
 え? 実際は興行収入どのくらいになったかって? 30億超えました……


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