人の代わりに海に投げ込んだウルトラマンだが、アレも泳ぎが得意なスタッフの手によって回収され、今は別の役割を与えられていた。
そう。
台風が到来した島で、屋外撮影に使うもののあれこれを守る大型シートが吹っ飛ばされないよう括り付けられる、重しである。
やるじゃねえかウルトラマン!
「すげえなウルトラマン……」
雨合羽で俺と一緒に片付けをしてたスタッフが、台風の圧力からもシートを守るウルトラマン人形の重さに感嘆の声を出した。
まー分かる。
「ウルトラマン人形と言っても自動販売機ですからね、要は。
中身は機械、重量も十分です。
最近はカメラも軽いので、大型カメラよりこのウルトラマンの方がよっぽど重そうです」
ヒーローの立像ってのは、種類にもよるが重い。
立像自体が重い場合も、立像とセットの土台からキャスターを外すと滅茶苦茶安定感があって、その重い土台にしっかり固定できたりもする。
基本的に"子供が思いっきり飛びついても倒れて事故が起きないように"ってのがあっから、数十kgの体当たりにも耐えられるってわけだわな。
中身が機械ならなおさらの安定感。
流石だぜタカトク。この重量、パーフェクトだ。
ここは南の島で、俺達は撮影に使うフィールドと宿泊施設を借りてるにすぎねえ。
倉庫とか持ってるわけでもねえんだ。
となると、一部の撮影に使うでけーもんはどうしても屋外に置いとかなくちゃならねえ。建物入り口をそもそも通過できねえからな。
放水車何台も島に持ち込んでるこの撮影は、当然でけーものなんかも結構持ち込んでるわけで……そういうのを嵐から守らなくちゃならん。
車の中に入れられるもんは車の中に詰め込んで。
人間が個人で持ち運べるもんはスタッフの宿泊部屋に持ち込んで。
どうしようもねえもんはビニール袋やビニールシートで包んで、一箇所にまとめて、クソデカブルーシートを被せる。
んでブルーシートに重りウルトラマンを括ったり、軽トラのタイヤにブルーシートの端っこを踏ませた上で固定したりする。
やっぱ風が強い時は、ビニールシートの端っこを車に踏ませて固定すんのが中々に効くな……普通自動車免許クソ便利で助かるわ。
俺は声を張り上げて、暴風雨の中片付けしてくれたスタッフさん達に頭を下げる。
「皆さん、片付けお疲れ様でした!
あの規模の撮影撤収が一時間以内に終わったのは皆さんのお陰です!」
「いや、朝風先生が人間離れして手が速かったおかげっすよ」
「こっちこそ助かりました」
「雨が降り出す数分前までカメラ剥き出しで撮影してましたからね……」
「さっきチェックしましたけど、どれも壊れてませんでした。バッテリ周りは怖かったですね」
「雨ん中を皆で必死になって駆け回んのはもうしたくないですわ」
いやマジで助かった。
俺が動かせる部下の美術スタッフが異例に多い、この撮影じゃなきゃどうなってたか。
撮影前に傘とかを俳優の人数分準備することすらできなかったかもな。
美術スタッフを始めとする、台風の風雨の中でも片付けをやってくれた数十人のスタッフが、俺の視界の中でホッとした顔をしていた。
今、島は台風に飲み込まれてる。
撮影は中止するしかねえし、明日以降に出る影響がどのくらいになるのかも分からねえ。
恐れてた事態になっちまった。
急場しのぎにシートで撮影用具を屋外で守ることができるようにはしたが、この人数でもやっぱこの撮影規模だとちっと撤収に時間かかっちまう。
次に同じことがあった場合、今回ほど上手く行くかどうか……次は、怪我人が出るか、カメラや照明が壊れるかするかもしれん。
「自分、台風での撤収って初めてなんですけど、風ヤバいですね」
「そうなんですよね」
そう、それだ。
雨は良いんだ雨は。
カメラの上に傘させば普通に雨の中の撮影成立したりすっから。
上から下に降るだけの雨なら良いんだよ。
だが台風だと、横から風に殴られる。
どうしようとカメラのレンズは雨粒まみれ、照明や反射板は風に殴られてぶっ倒れ、監督のために置いた折りたたみ椅子は陸地から海の彼方まですっ飛んでいく。
木や看板は倒れて人を下敷きにするし、飛んで来た木の枝が俳優の肌に刺さりゃ事務所も巻き込んだ大問題、俳優の目になんか刺さって失明でもすりゃ世紀の大スキャンダルになる。
建物や背景ごと作る屋外セットが、強風でバキバキにされ、一から作り直しになったのを俺は見たことがある。
暴風で木が折れちまって、"かつてその男女が初めて出会った場所で最終回に告白し結ばれる"っていう演出をやるために必要な背景が崩壊して、俺が木一本でっち上げたこともある。
豪雨で地面がぐちゃぐちゃになっちまった上、丘の上から白砂が流れ込んできたせいで地面の色が代わり、「連続するシーンなのに急に地面の色が変わるわけないだろ」ってことで、地面を調整するまで撮影続けられなくなったこともある。
台風ってのは、破壊者だ。
景さんとは違う意味で破壊者だ。
撮影に最適化した森とかも、俺達が調整した部分は全部パァ。
また撮影するならもう一回調整し直しになるかもしれん。
この島、地面の土質を考えると、豪雨の後はしばらくグチャグチャになってるところもあるはずだから……乾いた砂か土撒くとかも考えとかねえとな。
「急に来ましたよね、台風」
「南の島近辺だと急にこういうものが発生することもありますから」
「え、そうなんですか?」
ん? スタッフの中にはそういう認識の人もいるのか。
つか、表情を見ると3、4人はいるな。
台風の発生を"電車が止まるから嫌い"くらいにしか思ってねえ人もいるか。
「石垣島・那覇間で発生する台風も定期的にあります。
那覇・九州間にももちろんあります。
九州南端で発生した台風も事例にはあるくらいですよ」
「はー、マジすか。
台風にずっと南の海で発生して日本に来るイメージ持ってました。
いつも関東でテレビの台風天気予報見てるだけだと駄目なんですね……」
「確か東京の八丈島の西で台風発生した事例もあったと思います」
「ひえー」
天気予報には俺も気を配ってた。
……けどなあ。
結局のところ、天気予報だけの話じゃねえが、ああいうのは『最大多数のためのもの』にある程度最適化されてんだ。
『本州や東京に来るかもしれない台風』ってのは精密にチェックされ、毎日ニュース番組で情報が流され、台風到達の数日前から警告されまくる。
ただ日本の端っこをかするだけの台風ってのは、それらより扱いが小せえ。
"台風になるかもしれねえ低気圧"に至っちゃほぼ見る機会もねえ。
「台風になる可能性のある低気圧が突如南東沖に発生しました!」とか言ってるニュース速報とか見たことねえぞ。
南の島で突然発生するかもしれねえ台風ってのは、いつ俺達の首筋に刺されるかも分からねえナイフと同じだ……クソッタレが、こんなんどうしろってんだ?
「どうしますか、朝風美術監督」
美術スタッフの一人が、恐る恐る聞いてきた。
「俺も台風の情報はチェックしておきます。
皆さんもチェックしておいてください。
撮影スケジュールの相談は、監督間で話し合うと思います。
どんな形であれ変更はされるでしょう。何せ、この規模の台風ですから」
「分かりました。スタッフ間で情報は共有しておきます。
あ、照明やメイクとか片付けに参加してなかった他のスタッフとも認識は共有しておきます」
「お願いしますね」
助かる。
自主的に動いてくれる、かつ指示に忠実、でも余計なことはしない、ってのは人を使う側に熟達してるわけでもねえ俺には最高の助けだ。
「あの」
ん、どした? 俺になんか質問か?
「なんでしょうか」
「今進捗7割行ってませんよね撮影。
今日はもう無理、明日も多分無理です。
台風が過ぎ去るのは明日夜遅くだそうです。
じゃあ撮影再開できるのは明後日から。
……撮影間に合わないんじゃないですかこれ」
「撮影再開は明後日朝からになると思いますが……厳しいでしょうね」
良い勘してるな。
いや、確信はなくて"間に合わないかも"って不安になっただけか?
正解だ。
お前の不安は、的中してるよ。
撮影ってもんが入り組んでるから分かり難いが、カット数にすりゃ現在の進捗率は68%。
今日が撮影18日目だから、撮影前半にかなり急いだおかげで1日あたりのカット撮影スピードは約3.8%ってとこだな。
ただし。
撮影後半には、早く終わらせられねえ撮影がいくつもある。
俺の概算だと、1カットあたりの撮影にかかる時間は一気に増える。
おそらくカット撮影スピードは、半分の1日あたり1.9%くらいまで落ちるだろうぜ。
仮に20日目から撮影再開するとして、使えんのが11日分。
撮れるカット数が20.9%。
最終的に揃うカットは、当初の予定の88.9%。
まあ無理すりゃ30日目に95%以上まで行けるかもしれねえが、流石に一割以上が撮影できねえってペースになると、『絶対にどこかのシーンは削除しないといけない』ってラインになるな。
プロデューサー達の間で、もうどこかは削ろうって話になってるだろう。
今日、18日目の夕方に台風さえ来なければ。
明日の夜まで台風が島を包んでるって、予報で言われてなければ。
多分、確実に1.5日分以上は稼げた。
いや、18日目夕方にはややっこしい撮影も予定されてたから、純粋にカットごとにかかる時間換算なら、二日分相当くらいにカットは進められてたかもしれん。
そうなってりゃ、カットの進捗は+3.8%。
無理して頑張りゃ、30日目にはシーンほぼカット無しで撮影終了、ってとこまで持っていけたはずだってのに。
百城さんがいりゃあ、後半急かせばどうにかなってたはずだった。
台風が一回来た時点で、この撮影のスケジュールはもう崩壊しちまってやがる。
こういう風に一日何カットって感じに計算して、撮影ペースを計算して、間に合わないようなら途中で対応策を練る……っていう風に考えんのは、特撮番組でもよくやるやり方だ。
特撮番組だと、ここで別班結成・スケジュールの過密化と加速化・最終手段として新規外注とかの手段を考える。
ここが西映の撮影で、プロデューサーとかの融通が効くなら、俺は監督複数緊急投入からの撮影二班体制とか色々提案して、監督達に選んでもらってただろうな。
が。
ここはスターズ主催の映画撮影現場だ。
西映とかのフォーマットの撮影はやれねえ。俺は経験で知ってる。
クソがぁッー!
いや、冷静になれ。
平成ガメラ三作目なんて「1日3カット余裕ですよ!」で仮スケジュール組んでたのに、1日2カットずつしか撮れず、残り15日くらいで残り90カットとかいうことになってたじゃねえか。
しかも「え? 今ウルトラマンダイナの本編撮影と、ウルトラマンガイア第一話の作成開始する予定だから援軍は無理というか……あ、ガメラ撮影から人持っていくね」とかいう状況でだ。
んで裏技の応酬で間に合わせた。
手段を選ばなけりゃどうにかする方法は……あるはずだ。あると思う。
そんなどハードな状況超えんのが特撮だ。ここで諦めちゃ先人に顔向けできやしねえ。
ほら見ろ。
周りのスタッフが皆不安そうにしてるじゃねえか。
俺が牽引しなくてどうすんだ!
「大丈夫です、皆さん。俺を、俺達を信じてください」
皆を安心させる。
スタッフロールに名前が出るだけのこの人達が、映画の授賞式に影も形もねえようなこの人達が……映画を作る、基礎にして土台。
皆が頑張ってくれりゃあ、間に合う可能性はある。
皆が頑張ってくれなけりゃ、俺や百城さんや監督がいくら頑張っても間に合わねえ。
諦めんなよ。
俺はまだ諦めてねえぞ。
「映画は必ず完成します。
俺を信じて下さい。
ですが完成させるには、皆さんの尽力もきっと必要になります。
皆の力でこの映画を……デスアイランドを、完成させるんです」
皆が雨に濡れたまま、姿勢を正すのが見えた。
「皆さん、今日は休んでいてください。
先に謝っておきます。
皆さんをこれからこき使うことになります、申し訳ありません。
これからおそらく、大して休みも取れない終盤戦とその前準備が始まりますよ」
皆が力強く頷く。
男も女も。
若い人も老人も。
新人もベテランも。
フリーも専属も。
照明も、美術も、制作も、撮影も、編集も、録音も、メイクも、助監督も、他も。
俺達の想いは一つだ。
この作品を、必ず完成させる。皆の力で、最高を目指す。
ありがとよ。
お前らが気合の入ったスタッフであるってことが、何よりも最高の希望だ。
俺も着替えて、考え事をしながら歩いていると。
「あ、おかえり」
「お疲れ様です」
「町田さん、和歌月さん。お疲れ様です。
配った雨合羽は不快ではなかったですか? 濡れてなかったらよかったんですが」
「はい、おかげさまで」
スターズのお二人さんだ。
とりあえず今日の撮影中止は、俳優に風邪引いた人も怪我した人も見当たらねえのが、何よりも幸運だと思うべきか。
じみーに百城さんと合わせられてる女優二人。
ま、他の比較対象が景さんやオーディション組だからってのもあるが……こういう同性同事務所同年代の女優が合わせてくれると、百城さんの負担も減るってもんだ。
良い女優は画面のメインでもサブでも良く映えて、見てて心地良い。
雨なんかで体壊すなよ?
「朝風君は20:30からロビーで軽く会議だって。監督からの伝言」
「ありがとうございます、町田さん。
和歌月さんはもう着替えたんですか?
今夜の宣伝誌面用インタビューまでは、まだ一時間以上あると思いますけど」
「撮影が台風で中止になったので前倒しです。
インタビューも早くやってしまえるなら早くやってしまおう、と」
「ああ、なるほど」
ほー。
今日は予定されてた撮影が終了したらすぐに、百城さん、アキラさん、和歌月さんがインタビューを受けることになっていた。
このインタビューは映画誌と映画専門サイトのインタビューページに掲載され、宣伝になって映画の成功に直結してくれる。
ありがてえありがてえ。
現在一番人気の若手女優、ニチアサのヒーロー、三万分の一のオーディションを勝ち抜いたとあちこちで話題になった和歌月さんのインタビューだ。
そりゃあ効果は高えってもんよ。
「聞いてよ朝風君、和歌月さんのライバルって夜凪さんだったみたいなの」
「ちょ、町田さん!」
「ああ、それは知ってますが……もう共演もほぼないんですよね。和歌月さんと景さん」
「……そこは本当に心残りです」
台風が去る頃には、撮影残り日数は1/3になってる。
もう、和歌月さんと景さんが同じ画面に映ることはあっても、目立つようなぶつかり合い共演をするシーンはねえ。
この撮影で和歌月さんが景さんに挑戦するようなことはもうねえってことだ。
「私も挑戦者の気分ですが、夜凪さんもまた挑戦者のようで、少し不思議な気分ですね」
ま、景さんにも"百城千世子"っていう挑戦対象がいるからな、今は。
でもなあ。和歌月さんも劣等感だけ抱いててもしゃあねえと思うぞ。
「俺が見る限り、完全ノースタントのアクションと演技を両立できているのは2人だけ。
この撮影では、アキラさんと和歌月さんだけです。
景さんは身体能力があってもちょっと例外ですしね。
"スタントマン要らず"と言えるのはやっぱりアキラさんと和歌月さんだけですよ」
「……朝風さん」
「自信を持ってください」
「自信はありますよ。
大丈夫です、撮影に支障はきたしません。
でも自信があれば夜凪さんに何も思わないというわけでもないんです」
和歌月さんは割り切ったような、割り切ってないような、そんな顔をしていた。
「こうやって一生繰り返していくのかもしれませんね。
勝ちたい、勝てた、勝てない、と思うということを……私達、俳優は」
そうなのかもな。
でもそう思える俳優を、俺はかっけえと思ったりもする。
町田さんが半目で、嫌そうな顔で髪の毛の先を弄っていた。
「忌々しや伸び代マン……って感じだよね。成長速くて見てんのが嫌なこと嫌なこと」
ん? あれ、町田さんにもそういう人いたのか、この撮影。
「朝風君の旧友って時点でもうちょっと警戒しとくべきだったかな、湯島茜」
「え? あれ、町田さんって茜さんに何か思うところあったんですか?」
マジかよ。ノーマークだった。
「あんなに伸びられるとね……
ほら。オーディションの時も千世子ちゃんとの共演の時も私司会だったでしょ?
だから見てて成長がよく分かっちゃったのよ。
よーく伸びたわ、あの子。
あの分野で伸びてこられると、私はちょっと面白くないなーなんて思っちゃうなあ」
「む」
「あー、羨まし。
私もあのくらい一気に伸びたいんだけどねえ。
ダメダメ、あそこまで急に伸びる気がしないわ」
まあそりゃスターズでみっちり鍛えた人と、大舞台の経験が比較的少ねえオーディション組だと伸び代の量ってのは違えに決まってるわ。
でも伸び悩むと気になるんだろうな。オーディション組とかの急成長。
スターズ組もオーディション組も10代だからまだまだ伸び盛りだとは思うんだが。
オーディション組は撮影を経て格上のスターズを自然と見上げるようになり、スターズ組はオーディション組の成長に対抗心や嫉妬心を持つようになることも出て来た。
和歌月さんは景さんに。
町田さんは茜さんに。
若狭さんは烏山さんに。
堂上さんが景さんに。
俺が知らないだけで、他にもそういう人はいるかもしれねえ。
……百城さんと景さんの間にも、それっぽいもんはある。
「町田さんは百城さんなどには対抗心を抱かないんですか?」
「私は自分より上の人間は別にいいや。
千世子ちゃんずっと私の上にいるだろうし。
でも下から突き上げてくんのはハラハラするから苦手なのよ」
「……なるほど」
「新人と格下に追い越されるのが一番胸に来るの、本当に。朝風君には分からないだろうけど」
えー。いや確かに俺には分かんねえが。
新人とか若手とかに追い越された、とか感じたことねえしなあ。
俺はいつも先人の技を覚えて先人を追い越そうとする側の若造だしよ。
正確に理解できてねえ気がすんな、町田さんの"追い越されたくない"って気持ち。
全力で努力すんのは当たり前で、自分の才能に全力の努力プラスして、その結果超えられる人と超えられない人がいるだけじゃねえの?
これ足し算で絶対値を求める数学の問題みたいなもんじゃねえかな。
努力して到達できる能力の限界値って人それぞれに決まっちまってるし。
茜さんが絶対的に町田さんより上ってこともねえだろうし、町田さんが羨ましがるほどのこたねえと思うんだが。
ただ、まあ。
羨んだ相手に本気で勝とうとする気持ちは分かる。
競う相手の上に行こうとする気持ちは分かる。
その気持ちは応援できる。
茜さんに刺激されて町田さんが更に成長としかしたら、そいつはきっといいことだ。
「でもお二人は対抗心から撮影に影響を出さないでいてくださってるので、助かります」
「撮影は撮影ですからね。
え、というか、私情で撮影を台無しにする人っていらっしゃるんですか……?」
「人間ですから、私情はなくせないものだと思いますよ。
マイティジャック*1の主演の方周りの話などがそうですね。
子供向け特撮番組で防衛隊の隊員服を嫌がった*2主役*3の影響で崩壊した撮影ですし」
「ええ……」
おめー、私情抑えられる人ばっかだと思うなよ。
仮面ライダー響鬼の時のメインライターとか、数年後の仮面ライダーディケイド放映時になってから自分のブログで公然とプロデューサー批判しだしたしな。
海賊戦隊ゴーカイジャーとか、過去のスーパー戦隊が皆登場するお祭り作品だからって、ライター同士で殴り合いの大喧嘩寸前の激論になったからな。
「私が執筆したジェットマンのブラックコンドル*4復活なんぞ許せるかー!」「アバレキラー*5やドラゴンレンジャー*6の復活やってんだからいいでしょう!?」「なんであなたが書いてた作品の死人であれは復活いい、これは復活駄目って分かれてるんですか!?」とかそんな感じに。
どんな人間とも対立しねえ人間なんていねーしな。
心の中では対立してても、それを飲み込んで作品を作ろうとする人ってのは偉大なんだよ。
「対抗心あっても喧嘩するほどじゃないでしょ。それがプロなんだから」
「町田さん」
「だいっきらいな俳優とのラブシーンもやったことあるわよ、私」
町田さんは嫌そうにしながら、おどけて笑った。
……プロだよな。
嫌いな人ですら愛する人のように扱って、撮影期間中は不快にさせないように愛想よく振る舞って、作品をちゃんと完成させる。
嫌いな人でも、演技の上ではちゃんと愛せる。
本当に愛しているように観客が見えるようにする。
景さんができてねえことで、俺ができねえことで、プロじゃなきゃできねえことだ。
「朝風君は周りを善く見すぎ。
アキラ君はちょっと心配しすぎ。
堂上君は夜凪ちゃんに食って掛かりすぎ。
でもま、千世子ちゃんは千世子ちゃんだから、大丈夫そうで良かったわ」
「百城さんは今どこに?」
「あ、それなら私がさっき食堂で見てます。
私とアキラさんと千世子さんでインタビューを受ける予定ですから」
へぇ。
ちょっと様子見てくるか。
景さんと百城さんの衝突が、俺の目にも見えて激しくなってきた。
今のところ撮影に影響はねえ……と思いてえところだが、景さんと百城さんからも話を聞かなきゃ正確なところは分からん。
時間見つけて会いに行こう。
「お、朝風先生! 今日もお疲れ様でした!」
「あ、烏山さん。お疲れ様でした」
「傘ありがとうございました! お返しします!
おかげで俺と夜凪は濡れずに……俺は濡れずに済みました!」
なんで言い直した?
「あの、なぜ言い直……」
「そういえば星アキラがあなたを探していましたよ、つい先程のことです!」
すげえ。発しようとした俺の台詞が烏山さんの声に飲まれてかき消えた。
こいつ尊敬した相手の前だと常に大声になってそうだな。
「アキラさんが、ですか。ではちょっと失礼します。
和歌月さん、インタビュー頑張って下さい。俺も雑誌買って読もうと思います」
「はい。恥のないものにしようと思います」
「アキラ君によろしくねー」
町田さんと和歌月さんと別れて、アキラ君を探すべく俺は歩き出す。
言い忘れてたことがあった、といった様子で、烏山さんがついてきた。
「夜凪にも会いに行ってやってください」
「景さんですか?」
「あいつ、海に繰り返し飛び込んでたんですよ、さっきまで」
「な、なぜ……?」
「頭を冷やしたかったようで」
「……台風襲来中の海に?」
「台風襲来中の海にです」
あの人一々こえーな!
やめろよお前!
そういうのマジでやめろ!
なんで何やるにしても"他の人ができないこと"してんだお前!
「俺も一人で海に飛び込んでる夜凪を見た時は思考止まりました。次見たら止めときます」
「すみません、お願いします」
「あ、そうだ。
夜凪のやつが珍しいこと言ってましたよ。
『台本通り演じられなかったのにOKテイクにされてしまった』と」
「……へぇ」
「分かりますか。
湯島の時と同じだと、頭が冷えた夜凪は気付いたんでしょう。
台本通りに演じようとしたのに、そうできず、百城千世子の演技でOKにされた……
あの時の湯島の悔しさと屈辱、やり直したくても許されない憤り。それを感じたわけです」
ややこしい関係になってきたわけだ。
湯島さんは最初に台本通りにやろうとして、台詞どもっちまって台本通りにできず、百城さんのフォローでOKテイクにされちまった。
で、景さんの真似をした。
景さんは台本通りにできず、ゲロ吐いたりとか、途中で泣き出したりとかして、今回百城さんのフォローでOKテイクにされちまった。
だけど、目指したのは茜さんが景さんの前で何度も見せた、『周りに迷惑をかけず演じきる自分』だったはずだ。
『台本通り演じられなかったのにOKテイクにされてしまった』って一言に、景さんの万感の想いと彼女の成長が感じられる。
その一言だけで、伝聞だってのに景さんの悔しそうな顔が目に浮かぶようだった。
「台本通りにできなかったことが悔しい、と思うのは、景さんの変化なんでしょうね」
「俺もそう思います」
「景さんが台本を壊しても何とも思わない人だと、そう思ってる人もいるでしょうし」
奇妙奇天烈な話だ。
景さんは頑張って台本通りに演じようとしていた。
そのために、百城さんを友達と思い込める自分の人格を作るため、懸命に必死に、自分の全てでぶつかっていった。
百城さんは作品の完成度が損なわれず、それが完成されることを望んだ。
だから百城さんは意外とアドリブみてえな動きや台詞がちょくちょく混ざる。
予定にねえことが起こった場合、百城さんがアドリブで軟着陸させるためだ。
だから百城さんが本当は一番、『予定にないこと』を自分の意志でする気満々でいる。
よって、今日の最後の撮影。
あれは景さんが一番に"予定通りの演技をやろう"としていて、予想を超えに超えてくる景さんを矯正するつもりの百城さんが一番に"予定通り演技をする気がなかった"。
景さんは"途中で演技をやめてしまったが指示された通りにのみ演技し"、百城さんは"指示されてない演技を勝手にやった"ってことになる。
なのに。
『夜凪景のせいで予定通りの画は撮れず』、『百城千世子のおかげである程度予定通りに近い着地点に持っていけた』っつー結果となった。
夜凪景。
百城千世子。
あの二人は遠く離れてるって意味じゃなく、裏表って意味での正反対。
だから見比べてると、似てるようで正反対な二人に対し、不思議な気持ちが湧いてくる。
あの二人が正反対だからって『水と油』だと思ってるやつはそこそこいそうだな。
『磁石』なんだけどなあ。
共存できねえ正反対と共存できる正反対、はたしてその違いはどこにあるのやら。
「やはり夜凪が百城千世子に劣るとは思えません。俺も少し何かしてみるつもりです」
「お願いします。
俺もボチボチ余計な小細工する余裕なくなりそうです。
喧嘩なく競い合ってくれれば一番だと思うんですけど、中々それも難しいですから」
「それは確かに」
「景さんと百城さんが仲良くできないわけないんですが、どうしてこうなったんだか」
あの二人は衝突しても最後には仲良くなれる。
頭で色々考えても、俺の心がそう言っている。
なーんか仲良くなるのに時間かかってるが、俺の目に見えてねえ、あの二人が仲良くなるのに邪魔になってるクソヤロウでもいんのか……?
「他の人と見比べているとつくづく思います。
朝風先生はどこかがズレてますね。
特に、競争している人を見ている目が俺達とは違うように感じます」
「そうですか? なにかあるとすれば、そうですね……」
親父の顔が、頭に浮かんだ。
「俺は一生勝てない相手に、勝ちたくない相手に、絶対に勝ちたいんです。超えたいんです」
親父を超える。
俺にデカい目標があるとすりゃ、それだけだ。
死人とは競い合うことなんてできねえけど、そこはしょうがねえ。
百城さんみたいな映画制作への執着とか、景さんみたいなお芝居がただ楽しいって気持ちとか、ああいうのとは違え。
俺のこの気持ちは、すげえ女優に成りたいっていう茜さんとか、本物に成りてえっていうアキラ君とか、多分あっちの方が近え。
俺はずっと、俺の心の中の親父に挑み続けている。その背中を超えるために。
「俺がその人に勝つ、その時は……
俺が成長して。
俺が変わって。
俺が俺の中にある想いに打ち勝って、今までにない俺になれた時なんです」
いくら自分の実力を高めても、俺が親父を超えられたと思えたことなんざ、今日までの日々の中で一度もねえ。
他の誰でもねえ俺自身が、親父を超えられてねえと思おうとしている。
俺が、親父を超えたんだと納得できてねえんだ。
納得できねえから、比較がある。
芸術的な映画は嗜好品でしかない娯楽映画に勝ると叫び。
娯楽映画は興行収入が多いから芸術的な映画に勝ると叫び。
私はあの人より優れていると歯ぎしりし。
僕はあの人に劣ってないと拳を握り。
俺があの人を超えただなんて思いたくない、と自分に言い聞かせる。
負けている、劣っている、と誰かが思う限り比較は終わらん。
優越感、勝利の快感、そういうものを求める限り比較は終わらん。
あの人がいると自分の生き方が全否定されると思う限り、その他人が自分の上位互換だと思う限り、その人物が自分より下等だと思う限り。
人間の心は、自然に自分と他人を比較する。
他人と自分を比較しなくていいのは、『一番』くらいのもんだ。
その異性に一番愛されてる人とか、そのジャンルで一番上手い人とかな。
だからまあ、争ったりするわけで。
「人間は、自分以外の命になれないまま、演技で自分以外の存在にもなれる生き物です」
だからまあ、納得する以外に、この気持ちからは抜け出せねえんだよな。
「役者は、自分以外の何にでもなれます。
でも、できないことはできません。
何にでもなれるけれども、何でもできるわけではない。ちょっと矛盾みたいですよね」
「朝風先生は、俺達役者のことを語る時、少し羨ましそうに見えますな」
「自分以外になれる人なんて、そりゃ尊敬して当然ですよ」
俺はな、役者には絶対なれねえから、役者が皆羨ましい。
最近、茜さん見てて気付いたんだ。
俺が役者の皆を見る目は、きっと茜さんが景さんや百城さんを見てる目と似てる。
なりてえがなれねえし、なりたいとも強くは思わねえ。今の自分に納得できてる。
百城さんに全力で挑んで、負けて、悔しい表情じゃなくてすっきりした顔をした茜さん。
アレだよ。
あれが大切なんだ。
あれがきっと、自分の価値観基準で比較して百城さんの仮面を否定した景さんと、自分の価値観基準で比較して景さんの心の演技を否定した百城さんがまだ抱けてねえ気持ち。
比較の果ての、納得だ。
茜さんは景さんとも百城さんとも本気でぶつかって、今の自分の演技と目の前のその人を比較して、そして負けても、納得した。
納得して終わらせた。
もうあの人は劣等感にはそうそう潰されねえだろう。
納得して、感情に一区切り付けてるからだ。
自分の芝居と生き様を全否定してくるような相手を受け入れられねえと思うのも、負けられねえと思うのも当然かもしれねえが……負けを受け入れて進んだ奴は、そういうのとは別になる。
今日の撮影で、そこは見えた。
景さんは百城さんの仮面に納得できず、百城さんは景さんの心を晒すやり方に納得できてねえ、だからぶつかるしかねえんだ。
少なくとも、今は。
「だから納得しないといけないんですよ。本当は。
俺達にはできることと、できないことがあります。
努力と成長っていうのは、何もできない自分から、才能の限界へ到達するまで旅路です。
他人と競おうと競うまいと、最後に辿り着ける実力の上限は変わりません。
人間は頑張っても裸で飛翔は不可能でしょう?
俺は烏山さんにはなれませんし、烏山さんが俺になることはできません。芝居以外では」
納得が大事だ、そいつは分かってる。なのに。
俺は、親父を超えたと自分を納得させられなくて。
業界に残るなら才能に溢れた奴だけにするのが一番だと分かってても、そうは在れなくて。
撮影に危険があっても、予算や時間に制限がある以上それが必要なら撮影は決行しなくちゃならねえと分かってても、そうは割り切れてなくて。
一番何もかもにも"納得"できてねえのは、俺だ。
「他人と自分の比較を終わらせられるのは『納得』だけです。そういうものだと思いますよ」
親父が死んでからずっと、俺は俺と親父を比較してる。
納得できねえ。こんなんで納得できるか。
"これだけの実力があれば親父が俺の代わりに死んだ意味はあった"と俺が思えるくらいの実力にならねえと……納得できるわけがねえ。
こいつは俺のケジメで、俺が今でも最高の職人だったと信じてる親父に捧げる、最後の手向けの花なんだ。
少しだけ、話が終わるのを待っていた。
待っている時間は、苦にはならなかった。
英二君が話している相手は、武光君、アキラ君、プロデューサーとコロコロ変わっていて、彼と話そうとしている人が何人もいたということが分かる。
ま、この台風だもんね。
英二君と話していたアキラ君と合流して、インタビューに出て、夜凪さん達の交流会の枕投げの参加を断って、まだプロデューサーと英二君が話してるのを確認して。
人が途切れたのを確認して、私は彼の前に現れた。
「百城さん」
「少し、話そっか。今時間大丈夫?」
「大丈夫です。百城さんはインタビューもう終わったんですか?」
「そうだね。今夜凪さん達の枕投げ大会を断って、部屋に戻ろうとしていたところ」
「枕投げ大会……?」
英二君が怪訝な顔をした。だよね、そういう反応が普通か。
私もどうなんだろうとちょっと思ったから大丈夫。
屋内連絡通路を通って、英二君に割り当てられた部屋にお邪魔する。
部屋の中で男の子と二人きり。
普通、私は女優なんだから、警戒しないといけない場面。
でもまあ英二君だし?
こんなに安全な男子もそう居ない。
性欲が無いというわけじゃなくて、英二君は極端に社会性が高いだけだけど。
社会性が低いとちょっとした性欲でもやらかすけど、その女の子を凄く好きになっちゃってたとしても、社会性が強いと相手の気持ちを考えたり後々の問題とかを考えて、ぐっと踏み留まってくれたりする。
それが、信じられるってこと。
私は英二君が私をどのくらい好きかは把握してるつもりだけど、その上で英二君が何もしないだろうと確信してもいる。
私が"誰のものにもならない百城千世子"の価値を重んじて、大切にしている限り、この人はその価値を永遠に守ろうとしてくれる。
その部分を疑ったことは、一度も無い。
「ちょっと聞きたいんだけど、いいかな」
「何でも聞いてください。何でも答えますよ」
なんでもとかそんな気軽に言っちゃいけないと思うな、私は。
なんでもやるとかも気軽に言っちゃいけないと思うよ、私は。
「英二君は、女の子に恋をしたことはある?」
空気が、変な感じになった。
英二君が目をパチクリさせる。
恋愛っていうものを概念的にさえちゃんと分かってない朴念仁はこれだから困る。
恋っていうのは……こう。
死んだら一緒に双子に生まれようねとか、男女で約束するやつだよ。
恋愛以上の関係まで望んじゃって、今生では無理だけど来世には遺伝子レベルでその人と完全に同一になってみたいとかちょっと思っちゃうくらいのやつ。
そういうあれが恋だよ。多分。
ま、私にもお付き合いの経験なんて無いけど。それは脇に置いておこう。
うん。
原作の枕投げ開始→千世子部屋に戻ると言って離脱(誰の部屋とは言わない)→何故か千世子部屋にいない、どこかに行っている→千世子どこ行っていたか説明されずどこからか戻って来る→監督達の話し合いに千世子が一言
くらいのタイミングですね