ノット・アクターズ   作:ルシエド

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その主人公からは、少し有機溶剤の匂いがした

 社内を自由に歩き回れるカードを発行するから待ってなさい、と言われたので待機中。

 

 俺はフリーランスの男。

 スターズの関係者じゃない。

 んでもって、スターズの事務所は入り口のところで首から下げた関係者カードを見せないと出入りもできねえし、部屋も電子ロックが掛けられてるところが多い。

 じゃなきゃ熱烈ストーカーとかの犯罪者が入ってきてもおかしくねえからな!

 芸能界はやべーところだぜ。

 ちょっと油断して事務所に入れた記者が機密をこっそり撮影してスクープしやがった、なんて事例も過去にはあるもんだ。

 

 なので俺はゲスト用のカードしかないので、スターズの機密とかがある部屋には入ることもできやしない。

 だが、警備員とかのカードは防犯のために臨時でどこにでも入れるようになってるらしい。

 今回のコソドロは警備員に紛れて来た。

 なら、俺が入れない場所に隠れてる可能性もある。

 

 アリサ社長は俺が今日は自由に動き回れるよう――つまり今日だけは俺に見られたくないものも見られていいと割り切って――カードを発行してくれると言ってくれた。

 太っ腹!

 発行までに10分はかからないと言われたので、並んだゴジラスーツの前で会話でもして時間でも潰そうか……と考えた、が。

 

 どうしよっかね。話しかける相手。

 安定のアキラ君か、考えてることよく分からん百城さんか、何か言いたそうにしてる山森さんか……よし、アキラ君が安定だな!

 

「よう、いい朝だな。退屈しない良い朝だ」

 

 って、逆に話しかけられてしまった。

 

「おはようございます、堂上さん、町田さん」

 

「最近一緒に仕事してねえから会いもしなかったな、英二」

 

「おはよう、朝風君」

 

 話しかけてきたチャラい系のモジャっ毛頭の男は、堂上(どのうえ)竜吾(りゅうご)

 その横で朝の挨拶をして微笑んでる髪長の美人さんは町田(まちだ)リカさん。

 どちらも、スターズ所属の俳優だ。

 

 堂上さんは、昔監督にダメ出しされまくってイライラしてた時に俺に喧嘩売ってきた人。

 町田さんは、その時俺を庇って喧嘩になりそうだったのを仲裁してくれた人。

 演技にも色々言えるが俺の中のイメージは大体そんなんで固定されている。

 俺は技術も過去の所業も忘れんタイプだぞ堂上この野郎。

 だがこの前のドラマはよかったぞ堂上。

 

 まあ俺の中のイメージだが、堂上さんはヤンチャな若者役やるとがっちりハマるし、町田さんは他人をよく見てるから撮影に参加してると若手俳優が喧嘩しなくなる。

 映画の主演級を十分やれる人材な印象だ。

 

 どっちも19歳で俺の一個上だが、業界に入ったのは俺が先。

 出会った当初はこの二人と俺は距離感を測りかねてたとこがあったな、そういや。

 

「で、泥棒どこにいるのか分かったのか? 俺にだけ教えろよ」

 

「いやまだ探しに行ってもないんですけど」

 

 無茶言うんじゃねえ堂上!

 ケラケラ笑う堂上と対象的に、町田さんは心配そうな顔をしていた。

 

「社長の言い分は無茶振りだよ。朝風君ができなくても誰も文句は言えないと思うな」

 

「いえ、仕事なので。受けた仕事はやり遂げます。

 それは仕事受けといて納品できませんって言うようなものでしょう」

 

「……うーん、そういうもんかなー。

 別に朝風君ができなくても社長は怒らないと思うけど……」

 

「堂上さん、町田さん、今日何か変なものとか見ませんでした?」

 

「いや全然」

「変なもの? うーん、私が見た変なものか……」

 

 ぬ、考え込んでしまった。

 町田さんに真面目な対応されるとちょっと申し訳なくなるな。

 堂上みたいに思い出そうともしない対応されるとそれはそれで腹立つが。

 

「で、何が盗まれたんだっけ?」

 

「? ……? えと、堂上さん、どういうことですか?」

 

「だから、どれが盗まれたんだよって話」

 

「いやいやいや、ラインナップをよく見てください!

 初代ゴジラの1号スーツの再現物だけがないじゃないですか!

 初代ゴジラの2号スーツだけ残ってますし見れば分かるでしょう?」

 

「分かんねーよ特撮キチガイ! 全部同じだろゴジラなんて! 見分けつくわけあるか!」

 

 ぐっ、ちょっと傷つくこと言いやがって!

 アニメゴジラの宣伝文句とかで『国民的キャラクター』って紹介されてただろゴジラ!

 国民的キャラクターなら国民は覚えておけよこの野郎……

 

「……すみませんでした、今のは俺が悪かったです」

 

「英二って特撮に関しては詳しすぎて気持ち悪いよな」

 

 うるせえ。

 

 お前結構言動で問題起こしがちなんだから黙ってろ堂上。

 

「お恥ずかしい限りです。造形屋ですが、根がマニア気質なもので……」

 

「つか、さっきから謝らなくていいって。

 そういうとこを仕事に活かしてるってのは皆知ってることだろ。

 マニア気質っつーか、それは誇っていい知識ってことでいいんじゃねえの」

 

 良いこと言うな堂上。ちょっと嬉しいぞ。

 

「あの」

 

 堂上ちょっと待ってろ。

 歌音ちゃんが俺をお呼びだ。

 

「どうかしましたか、山森さん。

 仮面ライダーのネットムービー撮影以来ですね、少しばかり久しぶりです」

 

「あ、あの時はありがとうございました。えと、その」

 

 何か言いたげだな。どうしたんだ。

 

「私、最初は寝ぼけてたんだと思ってました。

 でも今朝見たんです。ここの廊下を歩く、ゴジラの姿を」

 

「!」

 

 マジか。こりゃ有力な証言だぞ!

 

「詳しく教えてもらえますか?」

 

「朝、私はこの階の廊下を歩いていました。

 そうしたら、曲がり角の向こうからゴジラが出てきたんです。

 ゴジラは吠えて、私は怖くなって背中を向けて逃げ出しました。

 そうしたら、何かがぶつかるみたいな音が聞こえて……それからは、何も見てません」

 

「何時頃のことだったか聞いてもいいですか?」

 

「レッスンの前準備の前だったので、朝の四時半くらいです」

 

「なるほど。ありがとうございます、山森さん。助かりました」

 

 四時半か。

 ふむ。

 その時間だと事務所の出入りは……すると……エレベーターは節電でその時間動いてない……ゴジラが廊下歩いたら見つかる時間帯……やっぱこの事務所出てないんじゃないのか泥棒?

 つか子役の子供を驚かして怖がらせるなよコソドロならぬクソドロ、死ねぃ。

 

「百城さん、山森さんをちょっと預かっててもらえますか?」

 

「いいよ。おいで、歌音ちゃん」

 

「あ、はい」

 

 百城さんの膝の上に山森さんが乗った。

 子供を膝の上に乗せてる天使は絵になるな……まあとりあえず、怖いもの見ちゃった山森さんの相手は一旦百城さんに任せておくか。

 

「アキラさん、堂上さん、町田さん、ちょっと」

 

 18歳組と19歳組で作戦会議だ。

 来い来い。

 もっと寄れ、内緒話だ。

 

「どう思います? 俺は皆さんの意見が聞きたいです」

 

「私は泥棒が着ぐるみ着て脅かしたんだと思うな。

 顔を見られたくなかったんじゃない?

 だから廊下で歌音ちゃんの足音を聞いて、とっさに着ぐるみ着たんだと思う」

 

「僕も同意見です」

「奇遇だなアキラ。俺も同意見だ」

 

「俺もそうだと思います。するとですね、一つ思い当たることがあるんです」

 

 町田さんの見解は正しいだろう。すると、だ。

 

「初代ゴジラの1号スーツは、着ぐるみとしてはとんでもない曲者なんですよ。

 総重量150kgオーバー。

 スーツの骨組みは鉄骨と金網。

 綿を詰めた布袋が内側に詰まっているので、熱いは重いわ、汗を吸って気持ち悪いわ。

 下駄を履いて動かすことを前提にした足部分は、下駄のせいで妙に歩きにくい。

 腕は肘と胴体が接着されてるので、肘から先しか動かせず、転ぶと一人で起きられません」

 

「うわぁ……」

 

「動けないスーツってことか?」

 

「そうですね。その認識で間違いはないです」

 

 その昔、特撮の世界において鉄骨は()()()()()()()()()()

 初代ガメラのスーツ造形において、合金をベースにしたスーツを、鉄骨をベースにしたスーツに変更して強度を維持したまま軽量化を図ったほどに。

 強度と重量を常に計算しないといけねえのが造形屋だ。

 軽すぎて脆ければ失敗、重すぎて動けなくても失敗。

 初代ゴジラに鉄骨が入っているのは、重くしたいからじゃねえ。

 軽くしたいから鉄骨を入れたんだ。

 

―――何かがぶつかるみたいな音が聞こえて

 

 だからこそ、山森さんが聞いた音の正体も分かる。

 

「つまり、山森さんが聞いた音は、ゴジラスーツ着た泥棒が転んだ音だと思うんです」

 

「あー」

「それっぽいね」

「その光景想像すると泥棒がクソ情けなくて笑いそうなんだが、俺笑っていい?」

 

「後にしてください」

 

 真面目にやれや堂上。

 

「転んだからって何かあるのか?」

 

「重要なのは、泥棒のことです。

 俺は筋肉ムキムキの泥棒の可能性も考慮してました。

 ですが、転んだとなれば話は別です。

 泥棒にはゴジラの着ぐるみを着て動かせるだけの筋力がない可能性が高いです。

 その程度の筋力であれば、ゴジラの着ぐるみを運ぶ方法も限られてきます」

 

「ほー」

 

 少なくとも、抱えて長距離を運ぶのは無理だ。

 短時間で遠くに運ぶのも無理だ。

 台車あたりを使ったんじゃねえか?

 

「早朝、ここの事務所は人の出入りがあっても、節電でエレベーターが動いてません。

 搬入口も開きません。……でしたよね、アキラさん? 前に聞いた通りですよね?」

 

「大丈夫、朝風君の記憶は間違ってないよ」

 

「となると、事務所に人が溢れる時間帯も考えますと……

 エレベーターや搬入口の機械で一気に運んだってこともないと思うんです」

 

 泥棒が盗んだ時間が朝四時半ちょい前で、事務所に俳優の歌音ちゃんが来てたのが四時半頃ってことは、そこからどんどん人が事務所に満ちていって、逃げ道がなくなっていったってことだ。

 バカなコソドロめ。

 芸能人の睡眠時間をガンガン削っていく殺人タイムスケジュールを甘く見たな?

 

「ゴジラスーツが展示されていて、盗まれたのが四階。

 なので泥棒が事務所内に隠れているとしたら、一階から四階のどこかだと考えます」

 

 歌音ちゃんを驚かした後に転ぶような筋力なら、おそらくそうなる。

 

「ん? 俺よく分からないんだが、なんで四階より上が除外されてるんだ?」

 

「初代ゴジラのスーツを着て、あるいは抱えて、階段を上がれるわけないじゃないですか」

 

「……あー」

 

「初代ゴジラの1号スーツは何もかもが重すぎたんです。

 脚パーツだけでも重すぎて、着ぐるみは地面にあるもの跨げなかったんですよ」

 

「……それでよく撮影できたね」

 

「何でゴジラがのっそりのっそり動いてたのかって、その辺が理由なんですよね」

 

 初代ゴジラのスーツは軽量化した2号でも100kg。

 そりゃ選ばれしスーツアクターにしか着られないに決まってるだろ。

 選ばれてない泥棒ごときに運べるもんじゃねえ。

 怪獣王だぞ怪獣王。

 

「割と絞れましたね。皆さんの意見のおかげです」

 

 さて。

 アリサさんが戻って来る前に、もうちょっと色々考察したいとこなんだがな。

 

「つか、俺は知らなかったが昔のゴジラってやばいスーツだったんだな」

 

「ただ、パーツが少なめで一体になってる部位が多いスーツだったことは幸いしたんですよ。

 パーツが一体になってないと、関節に重量がかかりすぎますから。

 超光戦士シャンゼリオン(1996)なんて凄いですよ。

 仮面のヒーローなのにスーツ重量100kg近く。

 "これを着て演技が出来るのは岡末次郎だけ、他の者では首が折れる"

 と言われるほどでした。凄いですよね、並のスーツアクターが着ると首折れるスーツ」

 

「く、首が折れる……おいアキラ、お前すげえとこでヒーローやってたんだな」

「流石にウルトラ仮面の現場はそこまで過酷じゃないよ……」

「私思うんだけど、それで撮影できる人って超人としか言いようがないと思う」

 

 俺もそう思います。

 堂上さんは強者を見る目でアキラ君を見て、町田くんはヤバい人の後継者を見る目でアキラ君を見て、アキラ君はなんか乾いた笑いをしていた。

 

「ん、シャンゼリオン……?」

 

 シャンゼリオン……いや、待て。何か、閃きそうな。そうだ……手がかりってのは……?

 

「朝風君、何か?」

 

 ちょっと待ってろアキラ君。考えまとめてから話すから待っててくれ、悪いな。

 

 超光戦士シャンゼリオン(1996)。

 主人公が人間の屑を極めたヒーローものだ。

 特にその最終回は、あと百年は並ぶものは出ないだろうと、俺は断言しちまえる。

 借金まみれのヒーロー、借金の上に借金、給料は未払い、警察も平気で攻撃する。

 「変な匂いがする」と子供が訴えれば、「敵は怪物だ、臭かろう」で流してまともに取り合ったりもしないヒーロー。

 悪は臭うんだとさ、すげえ理論だな。

 

 そうだ。

 悪は臭う。

 "変な匂い"だ。

 スーツを探すには、目だけじゃなく鼻も使えるもんじゃねえか?

 

「皆さん、変な物を見たとか……あと、変な匂いがした覚えがないですか?」

 

 アキラ君、百城さん、歌音ちゃん、堂上さん、町田さんに問いかける。

 

 その中で一人、百城さんだけが反応した。

 

「そういえば……今朝事務所を暇潰しに見て回ってた時、変なゴムみたいな匂いがしたかな」

 

 百城さん! やっぱ百城さんがナンバーワンだ!

 

「どこでしましたか?」

 

「三階と四階と、あと三階四階の間の階段だったかな。それがどうかした?」

 

「犯人はおそらく三階のどこかに隠れてますね」

 

「……へぇ」

 

 あ、今何かいつもと違う微笑み方した。かわいい。

 

「理由を聞いていい?」

 

「『ラテックス』という素材があります。

 ゴム液なんて言われることもありますね。

 ゴムの木の幹に切り傷を付けて、そこから出てくる樹液の名称がラテックスです。

 ゴジラ、ガメラ、ウルトラマン……昭和のヒーローの多くは、ラテックスで作られています」

 

 かつては最先端の素材として、特撮の世界で大活躍したラテックス。

 部屋に並べられた再現スーツのいくつかにも、ラテックスは使われている。

 

 だが今の時代では使われちゃいねえ。

 劣化しやすいラテックスは、時代についていけなかった。

 今ではラテックスが果たしていた役目を、ウレタン等の素材が果たしているのが現状だ。

 

「このラテックスに酢酸などの酸を加えて固めたゴムを天然ゴム、あるいは生ゴムと言います」

 

「ああ、輪ゴムのアレ?」

 

 その通りだ、アキラ君。

 

「そうですね。

 オレンジ色の黄土色をした飾り気のないあの輪ゴムが、まさにそれです。

 初代ゴジラの公開は1954年11月。

 ですが企画開始は1954年3月。

 ゴジラのデザイン原型が出来たのが1954年6月。

 この頃にはラテックスが日本に入っていなかったので、怪獣造形には使えませんでした」

 

「ははーん、分かったぞ。生ゴムの方を使ったんだな?」

 

「正解です、堂上さん。

 ラテックスというのは、つまり酢酸を抜いた生ゴム液ですからね。

 生ゴムをバケツの水に一晩漬け、ワセリンを混ぜ込んでゴム質を作ります。

 こうして作ったゴム質を、石膏像に塗り、焼き窯で加熱して固形化する……

 焼き固められたゴム質のこのスーツこそが、初代ゴジラとなったのです」

 

「! じゃあ、かすかなゴムの香りっていうのは……」

 

 そういうこった。

 

「初代ゴジラのスーツは、油とゴムの混合材質です。

 スーツを着て歩けば、床にゴムの匂いがかすかに付きます。

 壁に尻尾でもぶつければ、皮膚の一部がくっつくこともありえます。

 油とゴムの混じった匂いが、ここ四階と下の三階でしか感じられなかったのなら……」

 

「スーツがあった四階と、運ばれた先の三階だけに、匂いが残っていたってことか!」

 

 しかし本職の俺が僅かなゴムの臭いに気付かなかったとは不覚。

 ……ん、そうか、普段から油まみれ、有機溶剤まみれの俺と違って、普通の女の子の方が臭いものには敏感なのか!

 ……俺も結構臭ってたりすんだろうか。

 周りが気を使ってくれてたりしてたんだろうか。

 やべえ。

 やだな。

 そうだったら心が辛え。

 

 百城さんは存在レベルでいい匂いしそうな感があるからな……絶対気持ち悪がられるからこんなこと絶対に言わねえけど。

 

「着ぐるみって中がくっせえイメージあるよな、アキラ。外も臭いとは知らなかった」

 

「いやいや、ウルトラ仮面のスーツの外側は臭くないからね。クリーンだよそこは」

 

「……まあ確かに臭いですけど」

 

 剣道部の人などは特に知ってると思うが、密閉された厚着の中身は臭くなる。

 汗がドバドバと出て、それがスーツの内側に染み込み、目に染みそうなくらいのヤバい刺激臭になる……こいつは、着ぐるみの宿命みたいなもんだ。

 よってゴジラのスーツの内側も臭い。

 やべーほど臭い。

 

 だがこの手のスーツで臭いのは、実は汗だけじゃない。

 口元だ。

 唾液……唾も本当にくっさいのである。汗に負けないくらい臭い事例もあってヤバい。

 スーツを着てると、人は溢れる唾液を拭けない。

 激しいアクションをすると、口元からはかなりの唾が出る。

 唾は鼻の前あたりの内側部位に当たるもんだから、唾が変性したくっさい臭いはダイレクトに鼻に来るからヤベえ。

 

 スーツに付いた泥棒の唾とか処理すんのクッソ嫌だわ。

 でもスーツアクターさんに嫌な思いはさせられねえ。

 泥棒から回収したら泥棒のくっせえ臭い――臭いと決まったわけじゃないが絶対にくせえ――を消し去る作業から始めるか。

 

「話は一区切りついたようね」

 

「! アリサさん!」

 

「通行証よ。どこで探しものをしてもいいけど、あまり余計なものは見ないで頂戴ね」

 

 よっしゃ水戸黄門の印籠ゲット。

 

 後は、三階のどこかに潜む野郎を見つけりゃゲームセットだ!

 

「堂上さん、町田さん、エレベーターと搬入口だけ見張っておいてもらえませんか?

 多分泥棒が一発逆転で逃走成功させるには、その二つの逃げ道しかないと思うんです」

 

「うん、分かった。警備の人も呼んでおくね」

 

「次の仕事の台本読みながらでいいんならやっておくぞ」

 

 堂上! ……まあ、やってもらえるだけありがたいか。サンキュー二人とも。

 

「アキラさん、三階に行きましょう。最後の詰めです」

 

「分かった。でも、泥棒を見つけたら僕の後ろに隠れると約束してほしい。

 頼りなく見えるかもしれないが、それでも君よりは体を動かせる自信がある」

 

「む」

 

「君は僕が守ろう」

 

「……おおぅ」

 

 なんだこいつ、めっちゃかっこいいぞこいつ。

 真面目にこういう台詞言ってるぞこいつ。

 俺が幼児だったら「ウルトラかめんがんばえー!」って叫んでるところだ。

 俺が女だったら「素敵! 抱いて!」ってなってるわ。

 かっこいいぞアキラ!

 でも俺の横に並んで歩くな、俺の背の低さが際立つから。殺意湧くから。

 

「アキラ君は昔からこうだよ?」

 

 実感こもってますね百城さん。

 

「って、百城さんもついてくるんですか?」

 

「危なそうな場所には近寄らないようにしておくから大丈夫だよ?」

 

「いや危ないですって」

 

「君も危ないじゃん」

 

「俺は仕事です。貴女はそうじゃないでしょう」

 

 あ、駄目だ、俺の話あんま聞いてないなこの人。暖簾に腕押しだ。

 

 ……ちょっとは心配してくれてんのかな? とか思い上がりそうになるのが怖い。

 

「英二君はスーツに関わることをする時も、ちょっと本気度が違うよね」

 

 そりゃ、まあ、なあ。

 

「舞台の上で輝く、ってやつが好きなんですよ。

 大怪獣も。

 仮面のヒーローも。

 多くの人に支えられて、舞台に上がる役者って人達も」

 

 セットの中で暴れ人を魅了したゴジラと、舞台の上で踊り人を魅了する役者。

 

 そいつはきっと、本質的には似たようなもんだ。

 

「作られてから一度もステージに立ってない着ぐるみが……

 盗まれて、売りさばかれて、そのまんまなんて悲しいじゃないですか」

 

 だからこそ。泥棒の野郎はぶっ殺す。

 

「職人だね」

 

「舞台の上に立つものは、全部大切にしたいだけです」

 

 スーツも、俳優も、俳優が使うものも、全部だ。蔑ろにはしたくない。

 

 天使は微笑んでいるが、内心はよくわからない。

 

 だが、今の俺の返答が、とりあえず正解だったらしいことだけは、なんとなく分かった。

 

 

 




 堂上くんは数年前、監督に怒られて落ち込んでた時に英二くんと友達になろうとし、まず敬語を外させようとしたが、敬語を全く外そうとしない英二君に淡々と対応されて喧嘩になった模様
 英二君はあんまりよく分かってない

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