完成した。
「できたぞ、どんなにヘタクソでもゴジラの声を作れる手袋だ!」
怪獣の声は色んなもんを素材にしている。
赤ん坊の鳴き声を加工すりゃ、ウルトラマン(1966)のジャミラの悲しくも恐ろしい声に。
車のブレーキ音をベースに、少し人の吐息といびきを混ぜればガメラ(1965)。
宇宙大怪獣ドゴラ(1964)のベースは人の心音。
んで、ゴジラの鳴き声は松ヤニを付けた革手袋で、コントラバスの弦をこすった音を録音、こいつを手作業で逆再生した音だ。
松ヤニってのは要するに天然の樹脂だ。
樹脂の扱いなら俺もちょっとした技術は持ってるんだぜ。
CAD(コンピュータ支援設計)で設計し、三次元工作機で雛形を作り、それを手作業で補正した……まさに会心の出来!
楽器の扱いがドヘタだろうとゴジラの声の素が出せる!
あとは録音して、値を設定したソフトにぶっこめば、ゴジラの声が完成する。
このソフトの設定値さえ知ってれば、この手袋とコントラバスを持った人間は誰でも、自由自在に元祖ゴジラの声が出せる!
「ふはは、俺は楽器演奏の才能はクソほどなかったが、物作りに関しちゃ少しはマシだぜ……!」
今度西宝の先生達に会うことがあったら見せよう。
ゴジラを生み出した名会社・西宝の大人達は既に伝説だが、俺からすりゃ尊敬する先生達だ。
こういう形で成長を見せていかないと、いざという時仕事で頼ってもらえないかもしれねえもんなぁ。
ちなみに、ゴジラの鳴き声を流用したと言われる怪獣は、ウルトラシリーズや他怪獣映画にも多く、40近い怪獣に流用されてやがる。
ヤバくねえ?
ゴジラは映画単品で見ても、怪獣映画の始祖だ。
だが鳴き声一つで見ても、多くの怪獣の始祖ってわけだ。
まさに怪獣王。
っと。
インターホンが鳴った、こんなこと考えてる場合じゃないな、お客さんだ。
「今出ます! すみませんちょっと待っててください!」
あり?
予想してた身長より、数段小さいな身長。
てか子供だ。
「あれ、山森さん」
「おはようございます、朝風さん」
どした。
遊びに来たのか。
俺の事務所がスターズ事務所に近いからってそういうのはあんまよくないぞ。
「立ってないでどうぞ。俺の事務所は小さいですが、茶菓子くらいはありますから」
ま、いいか。
子供は暖かく許容してやるのが大人だ。
同業者にして先生であるあの人達に許容され、あの撮影所の数々にいられたからこそ、今の俺がある。
俺も子役には優しくしてやらんとな。
もしや俺も既にいい感じに大人になってんのかね?
……いや、まだ駄目だな。俺はあの人達みたいな立派なヒゲもまだ生えてねえし。
ソファーに座らせて、カステラと紅茶を入れてやる。
「流石に塗料臭すぎるよ」と言ったアキラ君が置いてった芳香剤のおかげで、事務所の空気はかなり改善された。
「ポットくらい置いといたらどうかな」と百城さんがくれた電気ポットのおかげで、事務所で暖かいコーヒーや紅茶が飲めるようになった。
堂上が「茶菓子置いとくと女の子の客にモテるかもしれない」と言った日から、この事務所にはそこそこの茶菓子が置いてある。お前が食いたいだけだろ堂上。
今の俺の事務所に隙はねえ。
「どうぞ、カステラと紅茶です。チョコや緑茶もありますよ」
「あ、おかまいなく」
「遠慮なさらないでください、山森さん。
うちの事務所は年配の方が来る時の方が多いので、チョコがあんまり減らないんですよ」
なんでジジババはあんなせんべいとか好きなんだ?
チョコとかの方が明らかに美味いし脳のエネルギーになると思うんだが。
「あ……ごめんなさい、お仕事中だったんですか」
おお、目敏いな。まだ片付けてなかった、事務所隅っこのあの服に気付いたのか。
「いえ、あれは完成品ですよ。
俺は手慰みに仕事と関わりのないものをお遊びで作ってたところです。
『
「巌裕次郎さんって、あの!?」
「はい。その巌裕次郎さんです。俺なんかの仕事で良いのか戦々恐々ですよ」
巌 裕次郎。
世界的に有名な舞台演出家で、世界のイワオと言えば彼のことだ。
凄まじいスパルタで有名で、あの人に見出されて育てられた人の中には、舞台や映画の世界で大活躍してる人も少なくない。
物理攻撃もしてくるスパルタなもんで、怖い。
いや怖い。
マジあの人怖い。
親父があの人とちょくちょく仕事してたらしいが、その繋がりで俺があの人の仕事受けたら、ハンパな物作ってんじゃねえと靴でぶん殴られたことがある。
"死んだ親父の顔に泥塗るつもりか"と怒られたことは、昨日のことのように思い出せる。
怖い。
「うっ」
「だ、大丈夫ですか? 朝風さん顔色が……」
「大丈夫です。嫌なこと思い出しただけなので……」
もう怒られたくねえよぉ……でもあの人は他人の成長と改善を望んでるからこそのスパルタで……悪い人には思えねえよぉ……ちくしょう。
「注文は"わざとらしいくらい強く折り目を強調する袴"でしたね」
「折り目を強調した袴……?」
「折り目に柔らかさがないのは目立つんです。
服の襟が立ててあって、その襟がピンと硬そうだと、そこに目を引かれるでしょう?」
「あ、確かにそうですね」
「折り目を強く魅せる演劇がしたいんじゃないでしょうか。詳細は知りませんが」
袴の折り目を強く見せる方法には、仮面ライダーゴースト(2015)のリョウマ魂に使われた技術を応用し、裏地にウルトラスエードを貼った。
ゴースト放映時はエクセーヌと呼ばれていたが、現在は事業統合によってウルトラスエードと呼ばれる、超極細繊維の不織布と特殊高分子弾性体を三次元融合させた人工皮革である。
リョウマ魂は袴のデザインを取り込んだ仮面ライダーゴーストの一形態だ。
袴の基礎知識があり、袴を造形することが可能で、それを仮面ライダーのスーツに応用できる……そういう名人も、仮面ライダーの世界にはいる。
ウルトラスエードを折り目に仕込むことで、遠目には柔軟で柔らかな袴に見えても、近くで見ればシルエットが崩れない印象的な袴になるはずだ。
ただ、リョウマ魂そのままでやると流石に袴の全体的な重量バランスとシルエットがブサイクになっから、裏地貼りは控え目にして調整した。
巌さんは飾り気の無い舞台でも、徹底的に仕込んだ役者の凄まじい演技で圧倒する、金のかかるセットが要らない名演出家だ。
だが、こうした小細工を最高の形で使える応用力の高い演出家でもある。
この印象的な袴がどう舞台俳優の引き立て役になるのか、ちょっと楽しみだな。
「舞台の方でもお仕事なさってたんですね」
「ええ。頻度は高くないですけどね」
それにしても、舞台か。
最近舞台の方で仕事してないな俺。
仮面ライダーや戦隊シリーズで活躍した人って舞台の方でも活躍してること多いから、あっちで仕事すんの楽しいんだよな。
TVシリーズで一緒に仕事した人に仕事依頼されることもあるし。
仮面ライダーシリーズで俳優のファンになった子供が、舞台の方まで役者さんの応援に行くの見るとめっちゃほっこりする。ほんわかする。
ああいうのめっちゃ好きだ。
「それで、山森さんは何のご用ですか?」
俺用のコーヒーにコップ一杯ほどの砂糖を入れて、かき混ぜる。
俺はコーヒー派だがお客様に出すのは紅茶か緑茶の方が良いんだよな。
手元のティーカップを見つめていた歌音ちゃんは、少し申し訳なさそうに、顔を上げて俺に問いかけてきた。
「あの、地方巡業について聞きたくて」
「お仕事ですか?」
「いえ、オーディションです。
マスコットキャラクターの着ぐるみと子役が色んなところを回る番組で……
日本各地のゆるキャラと絡みながら、色んなデパートでイベントもするお仕事です」
「なるほど」
地方巡業ってのは、元は相撲の用語だ。
力士さんが日本各地を回って興行し、各地のファンと触れ合いつつ、取り組みを見せたりするあれだ。
転じて、芸能人が各地を巡って公民館とかで芸やトークを見せたり、レギュラー番組の内容で日本各地を回ることや、それに付随する各地でのイベントなんかもこう言うことがある。
そんでもって、マスコットキャラクターやゆるキャラ絡みか。
ゆるキャラと言えば2000年からじわじわ人気を伸ばし、2006年のひこにゃん、2010年のくまモンに、2012年のふなっしーなんかが強え、現代の新ジャンルだ。
子役と絡めるとなお強い。
子供とゆるキャラの着ぐるみは、並んでるととびっきりに映える。
なるほどな。
そういう企画なら、良い子役を探すわけだ。
んでもって歌音ちゃんはそれに受かりたいから、なんでもいいから参考になるものを探してるってわけだな。
その手の知識は、オーディションを受ける上であればあるほどいい。
「朝風さんは、印象に残っている地方巡業などはありますか?」
「俺は最近ウルトラマンとがっつり組んでるアリオウとかが来てると思いますね。
アリオウでウルトラマンショーまでやってるのは、子供相手には強すぎます。
しかも最近はEXPO(ウルトラマンのイベント)級のシナリオも組んでますから。
ストルム星人の生き残りにベリアルの復活。
ジャグラーとリクの俳優さんのウルトラマン論。
クライマックスで流れるBGMフュージョンライズ。
並び立つジャグラーとロイヤルメガマスター……
……っと、詳細の解説までは要りませんね。とにかく、今は地方巡業もホットですよ」
「私もそう聞きました。
だから知り合いの人に色々聞いて、オーディションに臨もうと思って……」
ふむ、ちゃんとしてるなこの子役。悪くない姿勢だ。
「俺にできる話の多くは他の人にできる話でしかないと思います。
ですので、他の人があまりしない話でもしましょうか。
地方巡業、ヒーローショー、ご当地マスコット……
キャラクターというものが、一般人の日常の身近になるまでの話です」
どうすっかな。
そうだ、仕事の概要を掴ませてやるなら、ルーツから語ってやるのが一番だろう。
「ターザンを知ってますか?」
「名前だけなら。あーああーの人ですよね?」
「そうですね、それで合っています。
本家ターザンを見たことがなくても、名前も聞いたことがないという人はいないでしょう」
『ターザン』はもう有名過ぎて、本編見てなくてもターザンって名前だけは知ってるって人が多数派で困る。
いや別に困らねえか。
「和製ターザンと昔呼ばれていた、バルーバの冒険(1948)という小説がありました。
これを映画化した日本のモノクロ映画、名を『ブルーバ』(1955)といいます。
開幕と同時の1955年、ブルーバは動物園で宣伝を兼ねたイベントを開きました。
一説には、これが日本で初めての子供向け特撮映画イベントだと言われています」
「あ、もしかして、後追い映画というものなんでしょうか……?」
「そうですね。
映画のターザンがアメリカでヒットしたのが1918年。
後追いやリスペクトと考える人も少なくはないそうですよ。
当時にしては画期的な類人猿の着ぐるみ使って人気でしたしね、ターザン」
後追い映画って本当に多いよな。
アルバトロスみたいな突然変異異常種を除いても多い。
そういう映画やらされてる俳優さんの気持ちってどんなのか、聞くのも怖えわ。
「同年、つまり1955年に、『ゴジラの逆襲』がイベントやってます。
子供を撮影所に招いたイベントをやったんです。
そして、1964年にゴジラは『三大怪獣 地球最大の決戦』を公開します。
この映画に合わせ、ゴジラは東京、名古屋、大阪を宣伝巡業し……
後の時代に続く、各地を怪獣やヒーローが巡業するシステムの始まりです」
「あ……地方巡業?」
「そうです。俺の個人的な解釈ですが……
"画面の向こう"が人々の日常の身近になったのは、ここから。
可愛い着ぐるみやかっこいい着ぐるみが各地を回るシステムの祖は、ここにあると考えます」
こいつが、子供達が近くのデパートや遊園地の類に行って、そこに来たヒーローやマスコットキャラと触れ合うというフォーマットの始点だ。
昔の子供は、こういうヒーローや怪獣に触れ合えるイベントが、最高の娯楽だったとか聞く。
「これはまさに革命と言っていいものでした。
何せ、劇場の画面の向こう、映画の中にしかいなかったゴジラ……
それが現実に、それも日常生活の中に現れたんです。子供達への影響は絶大でした」
画面の向こうに見るのと、直接触れ合えるのは違う。
子供達は触れられる距離にいる怪獣に興奮し、我先にと抱きついた。
ミッチーランドのミッチーにそうするように。
おかげで昔巡業に使われた撮影用ゴジラスーツの、体のひだひだとかヒレとかが片っ端から子供達にもぎ取られ、全身がハゲたようになっちまったらしいが。
「続き、1966年に多摩テックで『ウルトラQ大会』が開かれました。
ウルトラQはウルトラマン等、ウルトラシリーズの始祖ですね。
怪獣が多く並び、怪獣の寸劇なども行われ、ゴジラのよりも規模は大きくなりました」
「ゴジラから、ウルトラマンなんですか?」
「そうですね。
リレーのバトン渡しをイメージしてくださると、分かりやすいと思います。
後続が続いたことで、『キャラクターイベント』の概念が誕生したんです」
ゴジラが始め、ウルトラシリーズが拡大した。
この1966年に、初代ウルトラマンのTV放映が始まる。
そして、1971年に、初代の仮面ライダーのTV放映が始まる。
「これをとうとう『舞台』にしたのが仮面ライダーです。
1971年の冬、後楽園遊園地で仮面ライダーのショーが開かれました。
仮面ライダー2号を中心としたオリジナルストーリーで、これが大ヒット。
地方巡業は、演劇から生まれ、演劇を取り込んで別物となりました。
少し後の時代になって、このイベントに名前が付けられます。『ヒーローショー』と」
「あ、ヒーローショーなら私も知ってます! ……見に行ったことはないですけど」
もったいねえな。
でも今の時代ヒーローショー見に行かない子供意外と多いしな、仕方ねえか。
「やがて、仮面ライダーが打ち立てたヒーローショーの器を、戦隊が拡大します。
ヒーローショーは戦隊シリーズの手で、どんどん進化と改良を続けていきました」
仮面ライダーストロンガー(1975)の放映時、ストロンガーのショーにゲストとして、放映中の秘密戦隊ゴレンジャー(1975)が参戦したのが、後楽園での戦隊の初陣だった。
ゴレンジャーはスーパー戦隊シリーズ一作目。
仮面ライダーの方が、1975年に放映終了したストロンガーから1979年のスカイライダーまでTVで連続放送をやってなかったのもあって、後楽園の主役は戦隊に移ったわけだ。
バトンは続く。
ゴジラから、ウルトラシリーズ、そして仮面ライダーへ、最後に戦隊へ。
「戦隊が見つけた新しいフォーマットは、他のヒーローショーにも反映され……
2009年、全天候対応型の大型屋内劇場シアターGロッソまで出来た、というわけです」
「ええと、さっき言ってた遊園地は……」
「後楽園遊園地ですね。
『後楽園ゆうえんちで僕と握手!』
のフレーズで、日本中にその名を知られたヒーローショーの祖の一つです」
さて、話のまとめに入るか。
「この後楽園遊園地が、山森さんと共演するゆるキャラの始まりの地でもあります」
「……え、そうなんですか!?」
「2002年11月23日、後楽園遊園地で
『第1回みうらじゅんのゆるキャラショー』
が開かれました。
2004年には東京ドームでゆるキャライベントが開かれます。
そして2007年にひこにゃんが火付け役となり、ゆるキャラブームが来るというわけです」
「ほえー……」
「同郷の者に近いんですよ、日曜朝のヒーローとゆるキャラさん達は」
仮面ライダーが作り上げた後楽園遊園地のヒーローショーを、後に続くスーパー戦隊シリーズが盛り上げた。
ヒーロー達が後楽園遊園地の野外ステージから移行し、スカイシアターを使っていたのが2000年から2009年。
ゆるキャラが後楽園遊園地で借りてたステージもスカイシアター。
両者が子供達を笑顔にしていた舞台は、同じステージだった。
燃えるじゃねえか。
日曜朝のヒーロー達とゆるキャラは、同じ舞台で、子供を笑顔にするために、違う方法でショーをやってたって言うんだからよ。
そりゃもう、戦友じゃねえか。
やり方は違くても、同じ場所を目指してたんだ。
「俺が個人的に思うことですが、山森さんにはこのことを念頭に置いた上で……
現代の着ぐるみと俳優の関係というものを、意識しておいてほしいということです」
「着ぐるみと俳優の関係、ですか?」
「山森さんと着ぐるみが並んで歩いて、子供が来たとします。
山森さんは自分から子供に話しかけますか?
子供と着ぐるみが触れ合うよう誘導することを、真っ先にやりますか?」
「……えと」
「企画のプロデューサーや事務所の意向次第だとは思いますけどね。
俳優が主役なのか、着ぐるみが主役なのか。どちらを売っていきたいのか、というのは」
「あ」
ヒーローや怪獣が、有名人と握手をしてる写真を見たことがある人は多いだろう。
俺はああいうのを見る度に思う。
あれは、有名人の方のイメージアップをしてるのか?
それとも、着ぐるみの作品の知名度を上げようとしてるのか?
どっちか片方ってこともなく、どっちの効果も狙ってるのか?
仮に山森さんがオーディションに受かったとしよう。
スターズは事務所として山森さんを売りたい。
だからマスコットキャラクターやゆるキャラを知名度上昇の道具に使い、山森さんを有名にするための引き立て役にしたいはずだ。
逆に企画側は、企画を成功させるためにオーディションしてるわけだから、スターズである山森さんを客寄せにして引き立て役にしたいはずだ。
「山森さんの判断を信じます。悪い人ではないと、俺は信じてますから」
現実は無視できねえ。
番組側の意向、事務所の意向、どっちも山森さんは無視できねえだろう。
それでも思う。
子供が大好きな着ぐるみを使って、色んな場所を回るんだ。
ただの子役でも『プロ』として、子供の夢は壊さねえでほしい。
「ありがとうございます、朝風さん。私……頑張って、このアドバイスを無駄にしません!」
「いいんですよ、もっと気楽で。
山森さんが受かっても受からなくても、どういう選択をしても、俺は怒りませんから」
ま、俺にできるのはアドバイスだけだ。
あれするなこれするなとか言う権利はねえ。
特撮ヒーロー達と同郷のゆるキャラのために、山森さんが仕事を失敗するのも見たくない。
頑張れ山森さん。
日本中回ってれば、同じように日本中回ってるウルトラマンとかと会うかもしれないぞ?
「あ、ちなみにですね。
泥棒を捕まえた後に俺がちょっと話した、ゴジラ盗難事件の話を覚えていますか?」
「ええと……
1979年にゴジラの2m人形が盗まれて。
1991年に宣伝用の着ぐるみが盗まれて。
1979年の犯人が人形を返して、『君も返そう』と呼びかけて。
でも戻ってこなくて、1992年に撮影用スーツも盗まれてしまった、ですよね」
「その1979年に、酒に酔った勢いでゴジラを盗んだ人が、ゆるキャラ概念の生みの親です」
「えっ」
「ゆるキャラ概念の生みの親です」
「……えっ?」
「2000年にその人が、ハイパーホビーという雑誌でゆるキャラ概念を創出したんです」
ハイパーホビーは徳間書店発行のホビー雑誌……と言いつつ、ここでしか読めない特撮俳優のインタビューなどが読める中々よろしい雑誌だ。
俺も依頼されて短めのを寄稿したことがある。
もう二十数年の歴史があるツワモノ雑誌だったな、確か。
「ゴジラを盗んだ人ですが、まあ反省してると思うので許してあげてくださいね」
そうだ、許してやれ。
俺は許すとも許さないとも言えねえがな!
西宝は1979年の犯人に怒らないといけないだろうが怒れないとか、怒るより宣伝に利用しますとかコメントしてるもんだから、俺は公的には何も言えねえ。
言わんほうがいい。
口は災いの元だ。
「そんなところで繋がっていたんですか……」
社会や歴史ってもんは、どこも繋がってるもんだ。
「ゴジラに始まりゴジラに帰ってきた……なんでしょう朝風さん、このループ構造」
「世の中そんなもんばっかですよ」
「私が子供だから知らないだけでしょうか?」
「山森さんが俺と同じ歳になるまで、あと十年は必要ですからね」
俺が笑うと、彼女はちょっとむすっとした。
少し、今の子供扱いは嫌だったらしい。
子役らしい、年齢相応の反応だった。
「話し込んでしまいましたね。もうこんな時間です」
「え? あっ」
「俺はこれからスターズ事務所に行かないといけないので、事務所まで送っていきますよ。
お菓子はお土産に持って帰りますか? いくつ持って帰ってもかまいませんよ」
「い、いりません!」
そかそか。
「朝風さん、スターズでまたお仕事なんですか?」
「そうですね。ちょっとゴタゴタしてるところがあるらしいので……」
もっとも、スターズをただの腰掛け程度にしか使ってないあの人と、スターズ由来の仕事をすることを、"スターズで仕事"って言って良いもんか分からねえがな。
待ち合わせ場所の、スターズ事務所の会議室で、その男は椅子を傾け、背もたれに体重をかけ、デスクに足を乗せていた。
「人を待たせんなよ、ノロマじゃないのは仕事だけか?」
「すみません、お待たせしました。俺は待ち合わせの時間を間違えてましたか?」
「いーや、きっちり待ち合わせの五分前だ。ま、俺は待ってたがな」
偉そうなその男に不快感をそう覚えないのは、俺の中に『偉そうにしていいくらいの能力はある』と考える心があるからだろうか。
俺が
その傲岸不遜な雰囲気は、思うまま望むままなんでも蹂躙してしまえる、ラスボスみたいで。
「つまんねえ仕事があるんだ。
さっさと終わらせてえ。
エージ、世界で一番早く動く俺の手足になれ」
「世界で一番は無理ですが、手は抜きませんよ」
「全力出せよ?」
「はい」
『
俺を呼び出したラスボスは、偉そうに椅子にふんぞり返っていた。
数年前の初対面時に「戦隊のブラックみたいな感じの子供に分かりやすい名前してますね」と英二が言い、黒山はかなり笑った模様