酷く簡素な空間だ。だが清潔ではない。古びたコンクリートには積年の恨みでも浮かんだかのような滲みやひび割れ。ヒールをならせばどこまでも音が響き鳴り渡る。蛍光灯はどれも不規則に瞬き、今にも消えそうで、この建物に住まう私たちのか細い心そのもののようだ。
奥へ進み研究室へ入ると培養カプセルの中にはぷかぷかと可愛らしい生物が浮かんでいる。グミのような、ゼリーのような、飴玉のような、プリンのような。人々はこれを「ノイズ」と呼称している。こんなにも可愛らしいのに、こんなにも従順なのに、忌み嫌われ、そのくせ時には利用される。
同じだ。私と。恐れられ、崇められ。なのに利用されている。道具で、玩具で、モルモット。嗚呼、お前たちは悲しくないのか。人間にいいようにされて。
出来上がったノイズたちは檻の中にぎゅうぎゅうに詰め込まれた。なんて可哀想。お前たちは荷物ではなく、等しくこの星に生まれた命だというのに。
同情か、憐憫か、蠢くノイズたちを撫でる。天然物は触れた瞬間消し炭になるという。だがこのノイズたちは違う。敵か味方か選べる。殺すか殺さないか選べる。そして、この子たちにとって私は味方であるようだ。
いつも一緒にいた。物心ついた時からずっと。朝夕を共にし、苦しみを、悲しみを、憎しみを分かち合った。
ノイズたちはいろんなことを知っていて、たくさん教えてくれる。幾千、幾万、幾億もの夜を遡り、過去を、真実を語ってくれる。
曰く、人は愚かな生き物らしい。
曰く、人は悲しい生き物らしい。
曰く、人は破壊を好むらしい。
曰く、人は悲劇を好むらしい。
曰く、人は身勝手らしい。
曰く、人は非道徳らしい。
......曰く、人とは自らも滅ぶし、滅ぼすに値するらしい。
ならば、私と同じお前らが言うならば。より高尚なお前らが言うならば。私を信じ、私に願うお前らが言うならば、
私は喜んで人を滅ぼそう。私にはそれを成し遂げるだけの力がある。人にはそれを受け入れるだけの責がある。いつか人がいなくなりし日が来るのなら、そこには何者が何物をも虐げることの無い恒久平和が、永遠の楽園が、或いは新しいこの星の歴史が始まる。
やってみせようとも。ノイズたちは絶え間なく増え続け、個の力を、群れの力を増やしている。後は、私がこの烈槍を振るうのみである。
-雪音クリス宅-
「お前らいつまで宿題なんてやってんだ!ダラダラしてねぇで、ちゃっちゃと済ませろよな!」
「うぅ......クリス先輩はなんでそんなに早く終わるんデスか......」
「流石、成績優秀者は違う......」
「あぁ?!こんなの頭の良し悪しなんて関係ねぇっての!やりゃあ終わるんだからよ!」
「リディアンは音楽院のはずデス。なんでクローン生物と社会についてのレポートなんて......」
「あぁ、それはたぶんこのニュースだな。」
呆けた顔で画面をのぞき込む切歌。そこには様々な動物の写真が写っていた、同じ見た目のものが複数。どうやらアメリカのとある研究所で違法な研究をしていた科学者が逮捕されたということらしい。人間のクローンに手を染める一歩前だったとか。
調はSNSで検索をしている。実はもう人間のクローンも作っているだとか、秘密結社の仕業だとか当たり障りのない噂が電子の海を泳いでいる。
「切ちゃん、いろんな噂が流れてるみたいだよ。」
「どれどれ......おお!オカルトマニアの心をくすぐりそうなものばかりデス!」
「んぁ......??おお、結構話題になってるもんなんだなぁ。」
「そういえば、マリアがこの前見たっていうセレナのそっくりさん、もしかしてクローン人間だったりして。」
「それはさすがにないデスよ、調~。」
「ほら、気分転換もしたし課題、、、進めろよ~~。」
「はぁ、クローン人間を作って宿題とか全部ソイツにやらせたいデス......」
「高望みし過ぎだ。そんなことして復讐でもされたらどうすんだ。」
「真面目にやるしかないみたいだね、切ちゃん。」
「デース......」