私、エンリ・エモットはお父さんとお母さんに頼まれて、水くみをしていました。井戸は村外れにあるのに、一日に必要な水を用意するには、とても重い木桶を持って何度も何度も往復しないといけません。毎日やっていて慣れてるとはいえ、とっても疲れます。これで2往復目。まだまだ先は長いです。
「結構歩いたけど、なかなか森の中抜けないね」
井戸の近くで休憩していると、トブの森の中から声が聞こえてきました。自分と同じくらいか、それより幼いぐらいの女の子の声。迷子になったのかな?と思って様子をちらっと見てみました。その声をよく聞けば、村の人達でも、いつも来る冒険者の方でもないとわかったはずだけど。
「でも、生えている木の種類が変わってきましたも。きっともうすぐですも」
「足跡が多くなってきたも!それにここに井戸があるも。きっと村の人達がいっつも水を汲みに来ているんだも!」
その声を聞いて、その姿を見て、私はすぐさま木の陰に身を隠した。
茶色と白の雄々しい毛並みをして、人の言葉を喋り、叡智を感じさせる黒い目。私が小さい頃から村の人達に言い聞かされた、森の賢王の特徴に似ていたから。
「ふむ・・・誰かそこにいるのか?」
心臓がどきんと鳴った。
今度は大人の低い女性の声。
私が隠れている場所がばれている?
すぐに顔を引っ込めたからばれてないよね?
どくどく鳴っている心臓の音が聞こえてしまうんじゃないか?
森の賢王を使役していて、私はその餌になってしまうの?
「・・・」
「出てきませんね。メレフ様、武器をおろしてみるのはいかがでしょう?この足跡の小ささから、おそらくは女性のものだと思われます。我々に敵対の意思があると思われているのかもしれません」
「俺たちは人の集まっている場所に行きたいんだ。傷つけるつもりはないから、出てきてくれないかな?」
今度は男の子の声。ンフィーと同じぐらいの年頃?それにその前に聞こえた男の声は私を本当に気遣ってくれているみたいに、丁寧な口調をしている。それに私の場所は本当にばれているみたいだ。このまま隠れていてもしょうがない、ここは思い切って・・・
「あ、あの、もしかして冒険者の方でしょうか?」
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「冒険者・・・なのかなぁ?」
アルストに冒険者なんて職業はなかったけど、秘境めぐりする人たちのことかなぁ?
「冒険をするつもりはないだろう?我々は平穏無事に日々を過ごせればいいんだ」
「それであんさんは何もんや?」
「はい、私はエンリ。エンリ・エモットです。あなた方はもしかして森の賢王を従えたんですか?」
「森の賢王?誰それ?」
「茶色と白の雄々しい毛並みをして、人の言葉を喋り、叡智を感じさせる黒い目をした恐ろしい化物だと村の人達に言い聞かされてきました」
聞いたことがないけど、エンリはトラの方を見て言っているような・・・
「茶色と白の毛並みで、言葉を喋って、黒い目の・・・えぇっ!?トラが森の賢王!?」
「あなた達が森の賢王をその力で従わせたんですよね?」
「そんなわけないも!トラはこっちに来たばっかりだし、けんおーなんて呼ばれたことないも!?」
「ご主人はとぉーっても賢いんですも!賢王といっても過言ではないですも。この前ハナが
「はいはい、ノロケ話はここまでにしとき。話が進まなくてこまるわ」
トラは賢王なんてガラじゃないし、ふふっ、トラが「賢王様ー」なんて呼ばれているの想像したら笑いがこみ上げて、くくっ。
「どないしたんやボン、そんなニヤケづらかまして。気色悪いで」
「ごめんごめん、なんでもない。それでエンリはここで何しているの?」
「私は今からあっちにあるカルネ村に水を運ぶところです。今始めたばかりだから、私に何か頼み事をされても困ります」
そういうとエンリは木桶に水を貯め始めた。結構重そうだな・・・
「へえー、近くに村があるんだ。じゃあ手伝うからさ、村まで案内してくれない?俺たち寝泊まりできる場所を探しているんだ」
「いいんですか?それぐらいだったら喜んで。空き家があればいいけど、どうだったかなあ」
「寝泊まりだけじゃなくて食べるものも欲しいなぁ。お金は出すからさ、これぐらいでどう?」
そう言うとニアがカバンから1000G(ゴールド)出した。モルスの地についてからは店とかなかったからお金は有り余っている。相場はよくわからないけど、あまり高くならないといいな。
「なんですか、これ?」
「ゴールドだけど・・・あー、アルストとはお金が違うんだ」
アルストではお金はどこに行っても使えたんだけど。世界が違うとお金の種類も変わってくるものなんだ。よくわかんないなあ・・・
「じゃあ畑仕事とかすることにするよ。それでどう?」
「わかりました。でも食べ物はあまり余裕が無いので、あまり大飯食らいだと困ります」
「じゃあイダテンは呼ぶわけにはいかないも!あいつとぉーってもよく食べるも!」
たしかにイダテンはいっぱい食べるうえにグルメだからなあ。とうぶん呼び出さないほうがいいかな。
木桶はエンリの分しかないので、水筒や料理用の携帯鍋に水を汲んで運び始めた。
「そういえば、いまこの場所にいないブレイドってどうなっているんだろう?ここに呼び出せるけど、そうじゃないときってフレースヴェルグの村にいるのかな?」
「わかんないけど、本当にお腹が減って死んじゃうーってなったら出てくるんじゃない?」
そんなことになったらお笑いだけど、拾ったコアクリスタルは全部同調したからブレイドは100人ぐらいいたはずだし、全員一気にご飯が欲しいとか言われたらシャレになんないな・・・
「さっき足跡探しのために呼んだユウオウさんに聞いたんですが、呼ばれる前までの記憶がないんですって。眠っている状態みたいですね」
「気になるのは場所だな。難しいだろうが、普段はアルストにいるのだとすればダイセンニンの力を借りずとも帰れるかもしれん。だが、詳しいことは村で落ち着いてからじっくり話すことにしよう」
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「おかげで水くみが早く済みました。ありがとうございました!」
カルネ村の女の子、エンリちゃんの仕事のお手伝いを終えました。
私達の住む世界、アルストは雲海に浮かぶ
つまり周りが常に水に囲まれているから、そこらじゅうに水源がある。
だから井戸を見る機会は少なかったし、使うのはこれがはじめての体験だった。
「報酬のご飯、期待してるよ!」
「えーっと・・・5、6、・・・11人ですか。ちょっとうちの材料じゃ足りないかも」
「じゃあ俺たちはおすそ分けをもらってくるよ。村の人達に顔見せもしたいしね!」
「それじゃあ私は料理を手伝いますね」
旅の間の食べ物はお店で売っていたものが中心だったけど、トラの家やレックスの家みたいにキッチンがあるときは私が料理を作ってみんなに振る舞っていた。
「よろしくおねがいします、えーっと」
「私の名前はホムラです。よろしくね、エンリちゃん」
「おねーちゃん、この人たちだぁれ?」
「ネム、この人たちは水くみを手伝ってくれたの。私は料理しているから、あなたはこの人たちと一緒に隣の家からパンとか野菜を分けてきてもらって」
「オレの名前はレックス。よろしくなネム!」
「わかった!よろしくね、レックス!」
ネムちゃんが元気よく返事すると、レックスたちと一緒に駆け出していきました。元気がいいですね。
「それじゃあお料理の下ごしらえしましょうか」
森のなかで私達に襲いかかってきた、イノシシみたいなモンスターのお肉を取り出し、塩こしょうで下味をつける。
「手慣れてますね」
「当然です、みんなの料理は私が作ってきたんですから。今日は私達とエンリちゃんとネムちゃんがいますし、具材が少ないみたいですから、お鍋にしましょうか」
「わかりました。それじゃあかまどはこっちです。あっ、そういえば火種の調子が悪くってうまく火がつけられないんです」
「大丈夫ですよ、火を使った料理なら何でもござれ、です♪」
手のひらから炎を出して薪に火をつけた。
「えっ!?ホムラさんって
「マジックキャスター?なんですかそれ?」
「私も知り合いがそうってだけで詳しくは知らないんですが・・・とにかくいろんなすごい魔法を使える人たちのことです」
すごい魔法・・・レックスは私みたいに炎を出せるわけじゃないし、ブレイドの力がみんな魔法みたいに見えるのかな。
「他にはどんなことができるんですか?」
「えーっと、ブレイドにできてドライバーにできないことってことなら・・・そうですね、武器を出してエーテルを込められる、とか」
「へえー、すごいんですね」
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「終わったよ!報告聞く?」
「ご苦労様でした。ご飯を作ってから聞きますよ」
村のみんなに食材を分けてもらったレックスさんたちが帰ってきました。
「今日のご飯はお鍋なので、こっちのお肉は煮ることにしましょう。野菜はとっても新鮮なのでサラダにしましょうか。みんな、外から帰ってきたときはちゃんと手を洗うんですよ」
「わかってるって。口うるさいなあホムラは」
「ニア、こういうんはバカにならへんで。この前ワイがちょっとぐらい手が汚れてても大丈夫やろって思いながら飯食ったときはなぁ」
「まだ出来上がるまで時間があるとはいえ、食事の前に淑女の前で言うような話題ではないぞそれは」
てきぱきと料理を進めていく。こうみるとホムラさんってお姉ちゃんというかお母さんみたいだなぁ。・・・おっぱいも大きいし。
「・・・?どうしたの、エンリちゃん?そんなに私のこと見つめちゃって」
「あっ!?いえいえ、なんでもないです!それにしてはちょっと露出度がって、なんでもないです!」
出るところはでて、お腹は引っ込んでるし、背中とか空いててちょっと色気を感じちゃうし・・・って何考えてるの私!?
ま、まあ、ちょっとスタイルは抜群だし、格好は色んな意味ですごいし、性格は憧れるし・・・。服装は抜きにして、いつか私もホムラさんみたいになれるかな。
「ええんかぁ~ボン、ホムラが他の女に取られるで?」
「えっ、ホムラが他の女の子に・・・って、いやいやいやいや、違うだろジーク!?ホムラはそんな目移りするような・・・違う違う、そうじゃない!?」
「何そんな動揺してんのよ。もう」
ホムラさんに似ている金髪の人・・・ヒカリさんが目を背けている。ちょっと耳が赤くなってるけど、何があったんだろう?
それに猫耳の女の子・・・ニアちゃんの目がちょっと怖い・・・
「きょうの料理、完成です!」
「いただきまーす!」
お鍋にサラダ、それともらってきたパン。ちなみに家の中に12人も一緒に御飯を食べられる場所はないので、外で食べている。
「村の様子はどうでした?」
「それがいろいろと大変でさ、村の人達がみーんなさっきのエンリみたいにトラを見かけた時に「森の賢王だーっ!」って驚いちゃってさ。仕方ないからトラはそこらへんで素材集めさせてたんだけど、今度は私のことを「ビーストマンだーっ!」ってさ。私の耳が頭の上にあるからだって」
「ニアちゃんってビーストマンだったんですか!?」
「違ぇよ!」
「天然の天丼。基本中の基本ですね」
「どういう意味ですも?」
「知らんでもええこっちゃ」
「ということでニアとビャッコもとりあえず素材集めに行かせて、オレたちだけでおすそ分けを貰いに行ってきた。まあしばらくはオレたちここにいようと思うから、トラもニアもビャッコも後で紹介することにするよ」
「そうなんですか」
事情は聞いて、多少は慣れたといっても風変わりな格好をした人たちだと思う。全体的に露出度が高かったり、変なアクセサリーをつけてたり・・・。でも性格は普通だから、村に馴染むのは時間の問題かな。
私達がお鍋をつつきながら談笑していた、その時。
カーン、カーン、カーン。
「?なんの音?」
「この音は、村の外に不審者が現れたときの鐘の音です!皆さん、家の中に入ってください!」
「オレたちも戦うよ!」
「レックス、我々はエンリの言うとおりに家の中に避難するんだ」
「なんで!?オレたち村のみんなに恩があるじゃないか?」
「それでも、政治的な内容を含む可能性があるならば、下手に手を出すべきではない」
「助けちゃだめって言ってるのか!?」
「落ち着けボン、メレフは助けてはいけないとは一言もいっちゃおらん。戦うべきだったら村人たちを家ん中に放り込まずに武器を持って戦えって言うやろ。ワイらはここの家の窓からちょいと門のほうを見て、武力が必要になりそうだったら手ぇ貸せばええ」
「アタシもそれに賛成。村のことちゃんとよく知っているならそうしてもいいと思うけど、詳しい事情も知らないうちに政治に巻き込まれるのは嫌だね」
メレフって人はなんというかしっかりとした身のこなしで、とっても頭が良くて偉い人なのかなぁって思いましたが。
「なぁ!あんたたち腕っぷしは立つんだろ!?村長の後ろについていてくんねえか?」
「は?我々はあくまで部外者であるから、直接的な戦力が必要でないのならいざというときに備えるだけにとどめようと思っていたのだが。村人全員に隠れているように通達したのは、
「格好からして山賊じゃないと思うが、国の騎士団でもない。目的がよくわからないから、とりあえず抵抗できるだけの戦力があることを見せたほうがうまくいくと思う。うちらの村長に危害を加えそうだったら、どうか守ってくれねえか?」
「なんや、最初からボンの言うとおりにしても良かったんか」
「・・・もう少し早く話してほしかったな。了解した。ではそれに立ち会うことにするが、あまり深入りさせてくれるなよ?」
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