宝石「月光の女神」の持ち主である米国の富豪マイク・ルチアーノは噂の多い人物である。 多くの女優と浮き名を流しているが既婚歴はない。
しかし子供好きで、毎年クリスマスには児童養護施設にプレゼントを贈っていた。他にも恵まれない子供の進学費用を援助するための基金も設立している。
そして今回ルチアーノ氏は宝石「月光の女神」を持参して来日する。宝石は鈴木大博物館に10日間だけ飾られ、一般人への公開もされるらしい。
公園のベンチに座り報告書に目を通す。隅々まで熟読しても問題があるようには見えなかった。
「降谷さん、コーヒー買ってきました」
コンビニから戻った風見からホットコーヒーのボトルを受け取る。公園の銀杏が黄色く色づき季節の進みを伝えていた。
「風見は怪盗キッドを見たことは……ないよな」
「ありませんが、捜査二課の中森警部が担当していると聞きます」
「何度も遭遇していながら逮捕に至っていない、と」
「そのようです。しかし神出鬼没の怪盗と言われていますので……」
「そうか」
ついでかかった「無能」という言葉をブラックコーヒーと共に飲み込む。
怪盗キッドはハンググライダーで飛び去る事が多いらしい。空を飛ぶ白い物体など、赤井なら一撃で撃ち落とすことができそうだ。
そんな事を考えながら僕は少し離れた場所にある紅葉を眺めた。
「降谷さん、先日の中間選挙に関係して米国大使が変わるそうですね。新しい大使が来日した際にはやはり……」
「それなりの人数を招いてパーティが開かれる予定だ」
「となると降谷さんも警備として招かれていると」
「そうなるな。風見、興味があるのか?」
「い、いえ。そういうわけではないのですが、その」
言いにくそうな風見を眺めていると、視界の隅を木の葉が流れていった。
「最近の降谷さんは覇気のようなものが失われているように見えます。ですので休暇を取ってはと……」
「覇気か」
風見に指摘されてしまうほど僕は腐っているらしい。僕自身はそんな自覚はないし、今の状況もそれなりに楽しい。
だがやはり人生を懸けて潰すべき組織と恨む相手を失ったのは大きいのかもしれない。
「平和が一番良いはずなのにな」
黒の組織が壊滅したことも、それに関連してFBIが立ち去ったこともこの国にとって幸いなことだ。なのに空虚さのようなものは僕の中から消えてくれない。
「これ、助かった。処分しておいてくれ」
報告書を風見に返した僕はコーヒーを手に立ち上がった。そんな僕の背後で風見が勢いよく立ち上がる。
「じ、自分は降谷さんのことを慕っています!」
不意に、本当に唐突に告げられた告白に僕は足を止めて風見を眺める。
「何の話をしてるんだ?」
「いやっ、その……何か……寂しげな顔をしてらしたので……」
「だから俺の事が好きだと告白した?」
「告白だなんてそんなだいそれたことでは!」
「風見」
「はい!」
顔面蒼白となった風見の悲鳴に似た返事を耳にしながら僕は自嘲の笑みをこぼした。
「おまえのほうこそ疲れてるだろう。目の下のクマも酷い。戻ったら少し休め」
「いえ、自分のことより」
「風見、これは上司命令だ」
「はい……」
肩を落とした風見は風が吹けば吹き飛びそうなほど弱々しい姿をさらしている。
「とりあえず食事に行こう。この近くに美味しい店があるんだ」
「しかし」
「栄養補給と休息は大切だぞ」
余計な気を回してくる部下を持つと苦労するものだ。そう思いながらも、僕は最近見つけた飲食店へ足を向けることにした。