どこか懐かしい匂いを感じて、それがなんの匂いだったのか頭を巡らせる。
そこでふとアイツがスコッチと呼ばれていた頃のことを思い出した。僕とスコッチが歩く前で誰かがこの匂いを漂わせていた。
「君のギターはかなり癖があるようだ」
低く落ち着いた声色で遠慮も距離も飛び越えて的確に事実を突きつけてくる。
そんな男のことが僕は最初嫌いだった。相手は潰すべき犯罪組織の一員だから好きになるほうが難しい。それでも、それを差し引いても苦手意識があったように思う。
だがそれを取り除いてくれたのは幼なじみのアイツだった。
「バーボンも始めたばかりにしてはよくやってる。でも…そうだな。肩の力を抜けば、ぐっと良い音が出せるんじゃないか?」
そう笑ったアイツはライの受け売りだけどと続ける。
アイツは他人の助言を素直に受けとる器量も、自分の未熟さを認める謙虚さも持ち合わせていた。
だけど僕にはその両方が少し足りなかったのかもしれない。だから様々なことを見誤って、多くの誤解と、たくさんのものをあの男にぶつけてしまった。
だがあの男はそのすべてを受け止めながら、僕の進むべき道を正してくれた。もちろん僕は進むべき道を見失ってなんかいなかったけど、だけどわずかにずれていたことは認めよう。
自分の過ちを認めて、相手の優しさも素直に受け止める。そんなアイツの良さを見習った時に、僕は新しい何かが見えた気がした。
それは例えばこの匂いの主の……。
目を開けると見知らぬ天井が広がっていた。久しぶりに熟睡したようなスッキリした感覚とともに起き上がる。すると視界のすみに何かがよぎった。
疑念とともに横へ目を向ける。するとベッド脇に座り本を閉ざそうとする赤井秀一がいた。
「なぜここにいる?」
「被害者の無事を確認しているだけだが」
「被害者?」
なんの……と問いかけようとして僕は口を閉ざした。
怪盗キッドが宝石「月下の女神」を狙って現れるとされたあの時。敵は僕のすぐそばにいた。
「マイク・ルチアーノは何者だったんだ?」
「人身売買、未成年者略取・誘拐の容疑で捜査中の人物だ」
「日本へその情報が流れてこなかったのは、捜査中の案件だったためか」
「そうだな」
「しかしあの場にルチアーノ本人はいなかった。少なくとも僕は見つけられなかった。だとしたら現行犯で捕らえることは難しいんじゃないのか?」
「君が言うルチアーノがどのルチアーノなのかは知らないが、既に被疑者は確保している。今は日本警察にいるが近日中に米国へ移送されるだろう」
順番は守ると言いたげな赤井に僕は眉を潜める。おそらく赤井が帰国する前からアメリカ国内で捜査は進んでいたのだろう。
だが優秀な人間がそろうFBI捜査官の中でも日本語が堪能な人材は貴重なはずだ。そのため再び赤井が日本へ行くこととなった。
「では移送される際に……」
おまえも帰国するのかとは聞けず僕は口を閉ざす。そうして赤井に目を向けるのだが、相手が僕を見ることはなかった。
そういえば赤井はさっきから一度も僕を見ないな。もしかしたらもう僕には関心がないのだろうか。
小さく、だが徐々に膨らんでいく疑念に僕は顔をしかめる。だが僕への関心の有無などを問いかける理由が見当たらない。
「用件が済んだなら俺は仕事に戻る」
「ああ、そうしろ。そして今後は連絡なしに僕の国で勝手なことをするな」
立ち上がる赤井に厳しい言葉をぶつけるが、やはり赤井は僕を見ない。
なぜだろう。ただそれだけのことで酷く苛立ってくる。
部屋を出ていこうとした赤井は部屋の扉を開けたところで足を止める。
「君はあまり……他人の前で気を抜かないほうが良い」
「は!?」
なんだ?僕が間抜けだとでも言いたいのか?
赤井の発言の意図がわからず、僕は顔をしかめる。だが赤井はそれ以上は何も言わず出ていってしまった。
ひとりになった僕は義憤に歯を噛み締める。
赤井の何がこんなにも僕を苛立たせるのかはわからない。
意味のわからない忠告のせいなのか。
それとも僕に一切目を向けないあの態度か。
答えのでない疑念を手に僕はひとり赤井のいなくなった扉を睨み付けていた。