「あー、こいつは確かに手負いの狼っぽい」
扉を開けた工藤君が開口一番にそう言って苦笑いを浮かべる。そんな彼の言葉に僕は眉を潜めてどういう意味なのかと問いかけた。
「赤井さんが、安室さんは不機嫌すぎて手負いの狼のようだから気を付けろって言ってたんだよ。それより俺の服いろいろ持ってきたんだけど」
ベッドのそばまでやってきた工藤君は抱えていた衣類をベッドの上に置いた。その衣類の山を見て、僕はやっと自分が全裸だったことに気づいた。
「僕がなぜこんな状態なのかは……聞かなくてもわかる気がする」
大人の状態から子供になる場合はそのままでも問題ないが、逆の場合はサイズの点で問題が起きる。だからここへ運ばれた時点で着ていた子供服は脱がされたのだろう。
そんな事を考えながら工藤君を見上げると、彼は笑顔でうなずいてくれた。
「安室さんが飲んだ薬だけど、宮野が実験段階のやつって言ってたろ? それに加えて安室さん、犯人に睡眠薬か何かで眠らされてたからさ。子供に戻る時間も予定してた時間とずれてたし、いろいろ心配な部分があったっていうか」
「だから念のため、こうして君の家に運んでくれて様子を見てくれていたというわけだね」
ありがとう、と礼を言おうとした僕の目の前で工藤君はそうだけどと言いながらその場に腰を下ろした。
「礼を言うべきなのは、犯人確保してやるべきこと片付けて、ここに駆けつけて、目覚めない安室さんを徹夜で見てた赤井さんにじゃないかと思う」
工藤君の言葉に僕は半ば呆然としてしまった。そこまでのことをあの男にされる理由がない。そして僕はあの男に感謝とは違う感情を向けてしまっている。
「俺が言うのもなんだけど、赤井さんスッゲェ心配してたよ。まぁ宮野が『実験段階の薬物だからこのまま目覚めないかも』とか脅したのもあるけどさ。そもそも安室さん、ド変態な小児愛者に拉致されかけてたわけだし。一歩間違えたら無事じゃすまなかったわけだろ? そこは赤井さんじゃなくても心配するとこだけど」
「……ああ、えっと、人身売買と略取・誘拐容疑の……」
やっとのことで思考が追い付いた僕に工藤君はさらなる追い討ちをかけてくれた。
「小児愛でも特に小さくて可愛い男の子に性的興奮を覚えるからって、拉致していろんなことをしてきたって容疑がかかってる。5年前にも同じような手口で『宝石と見学していた子供達』を拉致させたんだって」
工藤君の説明が僕の脳内にある情報と重なる。5年前にアメリカで起きた宝石の盗難騒ぎはこのことだったんだろう。
「だけど今回はFBIが先回りをして、犯罪を未然に防いだ?」
「しかも偽物の予告状出された怪盗キッドを巻き込んで、な。赤井さんもたいしたもんだよ。どうやってキッドと連絡つけたのか知らないけどさ」
「そこまでの下準備をしていたのか……」
つい先程、僕は赤井に僕の国で勝手なことをするなと言った。だが僕にそれを言う資格はあったのだろうか。
工藤君が舌を巻くほど完璧な用意周到さで犯罪集団を囲い混み、犯罪を見事に防ぎきった。
それと比べて僕は、捕らわれていただけで何もしていない。
「言っとくけど……」
気落ちしかけた僕のそばで工藤君がさらに口を開く。
「今回はFBIも容疑を固めてる段階で、正式に情報を出せる状態じゃなかったらしい。だから日本警察にも話せなかったと正式にコメントしてる。なら安室さんが知らないのは仕方ないし、俺含めて何もできなかったのは不手際ってわけじゃないよ」
「工藤君、もしかして僕のこと慰めようとしてる?」
「俺は目の前に落ち込んでる安室さんがいたら、拾い上げたくなる男だからね」
「そうだね。そう言えば君はそういう子だった。けどそれは『蘭姉ちゃん』にだけ向けられるものだと思っていたよ」
「まぁそれはそうなんだけどさ」
江戸川コナンとして知り合った当初、彼は毛利蘭という少女のためならがむしゃらになる子だと思っていた。そんな彼が元の工藤新一に戻って、何が変わったんだろうか。
黒の組織の驚異がなくなって余裕が出たということか。
思案を巡らせる僕の目の前で、不意に工藤君の表情がいつもと少し違うものに変わる。
「なぁ、安室さん」
優しげな、でも少し苦味を含んだ表情を彼は本当にごく稀に見せる。だけど僕は少しだけ、少しだけだが彼のその表情が苦手だった。
そういう時は決まって、僕がまだ行き着いていない部分に触れるから。
「探偵ってさ、本人が自覚してない部分も見抜けちゃったりするんだよ」
「どういう意味だい?」
「名探偵の俺が間に立たないと、駄目になりそうだなってことだよ」
どうやら工藤君は真実を口にしてくれる気がないらしい。だがどうやら僕の味方でいるようなので、この件は後回しにしてもいいかもしれない。
そう結論付けた僕は工藤君が持ってきた衣類に目を移した。
「君への尋問は後日にして、とりあえず着るものを借りて家に帰るよ」
「その前に車が博物館のそばに置きっぱなしって赤井さんが言ってたけど」
「なぜそれを赤井が知ってるのかな」
大切な愛車のことを教えてくれた工藤君へ、一応のこと問いかける。すると工藤君はまたいつもの苦笑いを浮かべて見せた。
「車を降りるところから見てたって言ってたから、小さい安室さんが心配だったのかもな」
本来ならここで心配される義理はないと返していたかもしれない。だけど今回は赤井に助けられ、しかも僕が起きるまで徹夜でついていたとも聞く。
赤井にそこまでさせたのに、僕は文句しか向けていない。そうして胸にこびりついた罪悪感に、僕はため息を吐くことしかできなかった。