桜が咲いたら、雪が…… 作:何故か外れる音
決勝は十五時半に行われることが決定した。
大凡二時間のインターバルが与えられたことになり、それぞれが自由に時間を潰すことになった。
達也は用事を済ませた後、深桜の元にやってきた。
話すのは決勝のこと。
準決勝、第三高校対第八高校の試合にて一条家の御曹司が分かりやすい挑発をしてきたとのこと。
何でも、本来のスタイルである中遠距離からの飽和攻撃ではなく、十文字克人の戦闘スタイルを意識した試合運びをしたと。
それはまるで、正面から撃ち合ってみろと言っているようだったと。
「それで、その誘いに乗ると言うわけね」
「ああ、そうだ。本来の距離では勝ち目が薄い。この誘いに乗るのが最も勝利の可能性が高いと判断した」
「………そう」
少し間が空いたものの、返事を返した。
達也にはその間が気になるところである。
「何かあるのか?」
「いいえ?貴方もちゃんと青春しているのね」
返ってきた言葉に達也は意味が分からないと顔を顰める。
今のやり取りのどこにそんなモノを感じたと言うのだろうか。
そんな様子を隠すことなく見せる達也に、深桜はクスクスと笑いながら続けた。
「気にしなくていいわ。…ねぇ、達也。貴方が目指す空の色は何色?」
「…突然なんだ?」
達也からすれば突然の話であるが、深桜からすればそうでもなかった。
エリカと幹比古が富士山を見に、気吹を感じに展望台へと訪れている様に、深桜は空を眺めるために開けた場所を訪れていた。
人差し指と薬指を中指にくっ付け、親指と小指を外に開くように右手を開き、宙へと手を伸ばしてみたりしていた。
言うまでもなく、あの世界の事を思い出していたにすぎない。
達也に空軍の知り合いがいて、その手の話をしたことがあるのなら話が通じたのだろうが、そんなことはなかった。
何が言いたいのか分からないと言う達也の様子を見て、深桜は話を切り終えることにした。
「変な事を聞いてごめんなさい。…私は十五時近くまではここに居るわ」
「いや、別に構わないが…。俺は深雪のところに居るよ」
「そう。それじゃ、またあとで」
深桜はそう言って、再び手を空に向けて手を伸ばす。
そんな深桜の姿に不思議に思い達也は問いかけることにした。
深い意図は無く、ただ、聞かれたことを聞き返しただけのもの。
「姉上が目指す空の色は何色なんだ?」
別に、深桜は空を目指しているわけではない。
一種の例え話の様なものだ。
あの世界の人々が目指す空の色、目指した色。
言葉通りの全力を出した深桜が辿り着ける場所を、その色とするのなら。
「ダークブルー」
深桜は空を見上げながらそう答えた。
誰しもがそこへたどり着けるわけではない。
深桜の場合であれば、全力を出せる相手がいるわけではない。
だからと言ってその歩みを止めるつもりはない。
達也にこの意志が通じているとは思わない。
ダークブルー さらにその上の高みへ
◇ ◇
時刻は十四時半頃、深桜は作業車の方へ訪れていた。
と言ってもやる事は限られている。
腰に吊るしていた拳銃型のCADに登録していた起動式を全削除し、中の設定を初期状態に戻し、不使用のCAD群の方に置く。
正面からの撃ち合いに応じるものとして認識してくれることだろう。
腰に在ったCADが無くなれば、彼らは深桜が中遠距離での戦闘を放棄し、近距離戦に絞ったと判断してくれると期待している。
深桜が披露したのは硬化魔法と術式解体の二つのみ。
術式解体が登録されていた腕輪型のCADは準決勝で既に外している上、彼らにとっての不確定要素である拳銃型を外せば、深桜が望む判断を行ってくれるだろう。
そう期待しながらこれらの作業を終え、深桜は控室へと直接向かう。
たとえ、そう判断してくれなかったとしても構わないのだが。
控室に辿り着くと、達也たちの他に、深雪たちが激励に来ているのが伺える。
決勝のステージが草原ステージになったことを深雪から教えられた。
障害物がないステージで砲撃戦を得意とする三高を相手にしなければならないということ、一条将輝が必要以上に達也の事を意識してくれているため、接近戦に持ち込めれば勝ち目があるということなどを話していましたと教えられた。
「そう、ありがとう、深雪。それじゃあ、達也。頑張ってね」
「他人事のように言っているが、姉上は一条を倒す方法を何か思いつかないか?」
達也がそう尋ねたのは、勝てる可能性がより高くなる方法を取りたいからだ。
魔法力の面で言えば、達也と幹比古より高いことは既に分かっている事だ。
「………接近して切り伏せる?」
少し考えた後、深桜はそう返した。
その返答は、達也たちだけでなく、激励に来ている人たちも求めているものではなかった。
否、一人だけ違った。
「さすがお姉様です!たとえ一条家の御曹司が相手と言えど、自身の戦闘スタイルを頑な変えようとしないその姿勢に、深雪は感激しました!」
「それはほめているのかしら…?」
深雪のよく分からない発言に真由美は思った事をそのまま言い放った。
控室に何とも言えない空気が流れる中、深桜は小通連を腰に差し、深雪の頭を撫でながら、爆弾を投下する。
「なるようになるわよ。それに勝ち目は私たちの方が高いわ」
「…は?」
深雪の頭をポンポンとした後、深桜は試合の開始時刻が近づいているため、試合ステージに向かうために控室の外へと向かう。
達也たちの驚きの声が聞こえなかったかのように控室から出ていこうとする深桜に、深雪が声を掛けた。
「それはどうしてですか?」
「簡単な話よ。私が出場する以上戦闘不能による敗北がなくなるからよ」
深桜はそう言い放ち外へと出て行った。
達也と深雪はその言葉で、深夜から聞かされた数少ない深桜の話を思い出した。
体中に銃弾を撃ち込まれようが、剣で刺されようが、「痛い」程度で大したダメージを受けない。
そしてそれは魔法でも同様の事が言えるということ。
「…なるほど。確かに勝ち目は俺達の方が高いな」
笑みを浮かべながら、達也は同意する発言をした。
勝ち目はと言うよりかは、相手の勝ち筋が一つ潰えたと言える。
それを受け、達也と深雪以外の面々が困惑を極めた。
「どういう事?深桜さんが防御用の魔法に特化しているってこと?」
深桜の先程までの戦い方を思い出し、真由美は思い至ったことを口にした。
魔法剣技はともかくとして、それ以外に用いたのは硬化魔法と術式解体の二つのため、そこに辿りつくのも無理はない。
「しかし、会長。司波深桜さんは刀以外装備していませんでしたよ」
服部による補足により、余計に意味が分からなくなる。
選手である幹比古はと言えば、達也と深雪の姉だから何かあるんだろうと考え、達観していた。
深桜のことについては何も言わず、達也と幹比古は深桜を追いかけるように控室を出て行った。
取り残された激励に訪れたメンバーは困惑しながら、応援席へと向かう事になった。
その中で唯一、事情を知る深雪が悲し気な表情を浮かべていた。
控室で深桜が自分の頭を優しく撫でたりしてくれたのは、次の試合での最悪の展開を予期してのことからなのかと考えずには居られなかった。
◇ ◇
新人戦、モノリス・コード、決勝戦。
選手の登場に大きく沸き、そして戸惑いの声も多数上がっていた。
幹比古はフードを深くかぶり直しながら文句を言う。
野次馬的な視線が集まっているのだから仕方ないだろう。
「何で僕だけ…」
「前衛の俺がそんな走りにくい物を身に付けてどうする」
「邪魔でしかないからねえ」
恨み節とも言えるその言葉は二人にバッサリと切り捨てられた。
取りつく島も見いだせず、幹比古はローブを外したくなったところである事に気が付いた。
「…今回は日傘を持ってきていないんだね」
「邪魔でしかないからねえ」
全く同じ言葉で返されるが、そこに含まれる意味の違いに二人は気付いた。
ローブは純粋に邪魔、日傘は持っている余裕がないのだと。
対戦相手である、将輝とジョージは幹比古が身に付けているローブに警戒を示した後、深桜が刀以外のCADを装備していないことには喜びを表した。
不確定要素が無くなり、当初の作戦通り事を運ぶことができると。
本部席近くの観客席では思いがけない来賓にざわついていた。
大会本部のVIPルームでモニター観戦しているはずの九島閣下こと九島烈が来賓席に姿を現したからだ。
その理由は、「二人、面白そうな若者を見つけたから」ということだった。
六百メートル向こうで三高の選手が喜ぶ素振りを見せたのを見ていた深桜はこちらの思惑通りに事が進んでいる事を確信した。
彼らと同じように短絡的な判断を下したとも言えるが、正直、彼らが他に喜ぶ理由が分からないため、そう判断したのだ。
正直、原作に添った戦闘を心掛けるべきかと、考えてしまう。
幹比古の覚醒イベントの一つでもあるため、引っ込んでおくべきかとも考える。
試合開始直前のこの時間は、深桜も例にもれず、迷いが生じていた。
他の選手と違うのは、相手の実力が分からないことから湧き出る不安からの迷いではなく、大人しくしておくか否かということ。
「迷えば、敗れる」
迷いを抹消せんと深桜が口にした言葉は、達也たちの中にもあったであろう迷いを失わせた。
それから直ぐに、試合の火蓋が切られた。
試合開始直後、両陣営の間で砲撃が交わされた。
魔法による遠距離攻撃。
それとは別に、第三高校陣営に雷撃が三つ降り落とされた。
観客席は一部を除き、爆発的な盛り上がりを見せた。
一部…第三高校の応援席は出来上がった現状に信じられないという思いから、第一高校の応援席は意外感に言葉を失っていた。
それは仕方ない事だった。
何せ、将輝以外の第三高校の二人がその雷撃で沈んだのだ。
将輝もその事実に動揺を隠せずにいる様子が伺えた。
咄嗟に障壁を貼り、防いだのは見事と言っていいだろう。
現状を作り出したと考えられる深桜に疑惑の視線が向けられるのも無理はなかった。
刀以外のCADが見受けられないのだから、仕方ない。
そんな疑惑を晴らすためか、見せつけるように、両の腕を後ろに回し二丁の拳銃型のCADを髪の中から取り出した。
それを身近で見ていた幹比古の顔が凄い事になり、エリカの周りが驚愕と爆笑している様を同時に見せるという器用なことをしていた。
「達也、援護は任せなさい」
敵陣に向けて歩みを進めている達也に聞こえていないだろうが、深桜はその言葉を口にした。
それは達也に聞かせるためと言うよりは、マイクを通じて観客席に聞かせる側面が大きかった。
その言葉は深雪を大いに元気づけるものであり、悲しげな表情で観客席に訪れた深雪の表情は明るくなっていた。
二人が戦闘不能の状態に陥ったため、将輝は防衛に徹することとなった。
元々、中遠距離からの魔法攻撃を得意としているため、距離的な問題はなかった。
右手のCADで将輝の攻撃を撃ち落とし、左手のCADで攻撃を行いながら達也は歩みを進める。
それに対し、将輝は達也の攻撃の合間に飛来する雷撃の槍を防ぎながら、こちらに歩み寄ってくる達也に砲撃を行っていた。
達也の攻撃は、魔法師が無意識に展開している情報強化の防壁で防げているため、問題ない。
(特化型に切り替えないでよかった)
そう思いながら、将輝は芳しくない現状に顔を顰めずにはいられなかった。
試合が進むにつれて当然、達也と将輝の彼我の距離は近くなる。
そうなるにつれ、照準を合わせるのはたやすくなるもの。
雷撃の槍を防ぎながら、強力な魔法を的確に撃ち続ける将輝の技量に感嘆し、展開される魔法を的確に撃ち落とし続ける達也の技量にはそれ以上の感嘆が人々から向けられていた。
この二人に注目が集まるのも当然で、深桜と幹比古の両名には視線が向けられることが少なくなっていた。
だが、将輝からすれば視線の先で、百メートル後方からこちらに歩み寄っている様子が見えていた。
勿論のことだが、ジョージたちは数分経つと戦線に復帰できるようになってはいた。
だが、動きを見せたその瞬間、的確に雷撃が二人に降り注がれるのだ。
そしてそれを将輝は代わりに防ぐことはしなかった。
正確にはできなかった。
最初こそ防ごうと意識を動かしたが、その瞬間達也が走り出そうとするのが見えた為断念した。
後ろの二人に意識を割けば、敗れることを直感的に察したのだ。
状況は変わることなく、試合が進み、達也と将輝の彼我の距離は五十メートルを切った。
その瞬間、試合に動きが起こった。
といっても、それは三高にとっては全く嬉しくないことであり、一高からすれば、ですよね…、といった納得の感情が向けられた。
達也が捌ききれなくなった将輝の攻撃を、深桜が捌く様になったからだ。
そして達也が数歩進む間に、深桜が全ての攻撃を捌くように変わった。
それは、達也が接近戦に持ち込める状況が整ったとも言えた。
その代わり、深桜が防御に徹するため、雷撃の槍が飛ばなくなった。
だが、その穴を埋めるように、幹比古が攻撃に参加しだした。
このまま何もしないまま試合終了となるのは味気ないでしょう?と深桜に引き連れられてきた幹比古は、後ろの三高の二人に注意を向け、いつでもそちらに追撃が出来る様に気を配り、将輝に攻撃を仕掛ける。
そんな中、達也は距離を一気に詰めるため、走り出す。
(勘付いていたのか…?)
走りながら、達也はそう思ってしまった。
何を、と言われれば、達也が勝ちたがっていることを。
深雪が、誰にも負けてほしくないという願望を抱いていることに、達也は気が付いた。
深桜がこうして力を振るって見せるとは思っておらず、達也は勝算の目処を立てることが出来ずにいた。
しかし、考えることのできなかった状況が出来上がっていた。
これを試合開始直後に作り上げてくれたというのなら、頭が下がる思いであった。
最後の抵抗とでも言う様に、将輝が一瞬で放った十六連発の圧縮空気弾は達也と深桜の両名によりあっさりと吹き飛ばされた。
接近し続ける達也に対し、将輝に迎撃という選択を与えないように、幹比古と深桜が攻撃を絶え間なく撃ち込み、達也の指パッチンとは名ばかりの音響兵器により、一高の優勝が決まった。
試合が終わり、大きな歓声と拍手に包まれている中、幹比古が深桜に話しかけた。
話題は、言うまでもなく、髪の中に仕込まれていたCADのことだった。
既に歩き出していた達也がその話を聞いて、よく分からないモノを見る様な目を深桜に向けたのは仕方ないだろう。
深桜が深雪に手を振っていたため、この話が行われていたのは当然、観客席前である。
そこで幹比古は冗談で一言。
「もしかしてまだ何か髪の中に隠しているんじゃない?」
その言葉は笑って流される思って口にした言葉だった。
だから、この返しは予想外のことだった。
「よくわかったわね」
「えっ……。因みにそれって見せてもらえることはできる?」
「俺も気になるな」
驚く素振りを見せることなく、笑いながらそう答えられたら気になるものである。
彼らが予想していたのは、腕輪型か、タブレット型か、はたまた三丁目の拳銃型かと言うところ。
「いいわよ。…少し待って頂戴」
深桜はそう言って何故か、深雪に向き直って大きく両手を振って見せる。
周囲の生徒に声を掛けられていた深雪は、深桜のその手ぶりに気が付き、再び深桜たちに注目した。
深桜があれだけ大きく動くものだから、他の観客席も何事かと注目する。
そして、試合でして見せたように両の腕を後ろに回す。
因みに、達也と幹比古は観客席側、言い換えるなら深桜の正面側へと移動していた。
その動きにまた何か出すのかと、観客席側は勘付いたようで、謎の手拍子が始まった。
次第に早くなっていく手拍子に合わせながら、軽く、上下に揺れていた深桜が、右手だけを前に晒し、手拍子を制した。
そして満面の笑みを浮かべながら取り出し頭の上に掲げた。
誰しもが予想することが出来ない、予想する事のないであろう、大鎌が掲げられ、再び観客席が大きく沸いた。
まじかこいつというような目が向けられている気がしたが、深桜は気にしない方向で決めた。
深雪が、大鎌に驚き目を丸く見開いている様子が見れたから、どうでもよくなったともいう。