桜が咲いたら、雪が…… 作:何故か外れる音
深雪と達也の大体中間部分。
夏休み編 Ⅰ
八月十四日
九校戦最終日の翌々日。
結局と言っては何だが、先のミラージ・バット本戦の応援に駆けつけなかったことを深雪に責められた日の翌日。
達也と深雪と共に深桜はショッピングタワーに来ていた。
元々、達也が深雪のミラージ・バット優勝のご褒美に何か深雪が欲しいモノを買ってあげる予定を立てており、紆余曲折あった末、今回のお出掛けに同行することで応援に来なかった件は全て水に流してもらえることになった。
元々深桜は更に翌々日の帰省に向け部屋の掃除や準備をしようとしていたのだが、今、横を歩く深雪の上機嫌な様子を見たら翌日に掃除などを回したのは間違いじゃなかったとも思えてしまっている。
深雪の衣装は袖がシースルーとなった濃い色のブラウスにくるぶし丈のスカートにサンダル、頭につば広のストローハット。
それに対し達也は 省略させてもらうが、深雪に似て、首から上と手首から先を除いて外気に触れない出で立ちとなっている。
そんな深雪と達也と打って変わった装いをしているがいつもの事である。
二人はいつもの事と言えるほど場数は踏んでいないにも拘わらず、それとなくこういった人間なのだろうと、変に理解されてしまったのは素直に喜べないのだが。
そんな適応力の高さを見せられた深桜の衣装は、空の境界の主人公:両儀式が着ていた白い方の着物、あの装いを思い出してくれたらいいだろう。
髪はローラ・スチュアート風にまとめている。
因みにこの着物は、合格祝いと入学祝いを兼ねた贈り物として真夜から頂いた物。
着物を買ってあげると言われ、深桜自身がある程度方向性を指定したりした内の一枚。
雫の振袖姿を見た日、存在を忘れていたのを思い出した。
逆を言えば、忘れ去られていた。
細かい装飾は覚えていない、ということもあり、それっぽい感じの着物である。
余りにも方向性が二人と違うにも拘わらず、深雪に選ばせたあたり深桜の意地が悪い部分がでたと言えよう。
他に提示した選択肢が、堕天使エロメイドと元天草式十字凄教女教皇の奇抜な装いの二つというのはあまりにも酷く、また、深雪が賢明な判断を下したことを褒め称えるべきなのだろう。
傍から見れば、着物を着た女性をお姉様と慕う美少女とその二人の後を追うボディガードもしくは付き人の男性、といった構図が出来上がっている。
達也の立ち位置がブレる以外は、あながち間違いではない。
女性が買い物好きなのは変わらず、特に若い女の子がショッピング好きなのは相変わらずだ。
女の子の買い物のパターンはいくつかあるようだが、深雪は本命の買い物を真っ先に済ませるタイプのようだ。
九校戦の行きと帰りのバスで真由美が見せたサマードレス姿に刺激を受け、夏物のワンピースが欲しくなったのではと、深桜は達也から聞かされた。
サマードレスは帰りも着てたんだと思ったのは秘密である。
深雪が先導するように二人を連れてきたファッションビルのブティックに表示されている露出の多いサマードレスを見て、達也はそう判断したようだ。
妹もたまには冒険していいんじゃないか、と達也は思いながらサマードレスを着せられたマネキンを見ていると深桜が不穏な発言をした。
「達也はこういうのが好きなのかしら?……あぁ、試着したいのね?」
「違う、そうじゃない」
「照れなくていいのよ?」
かすかに笑みを浮かべながらそう続けた深桜を見て、達也は揶揄われているのだと察し、姉上、と一言だけ返すのが精一杯だった。
その話の的となったサマードレスの値段を見て怯んだ表情を見せた深雪は、現実から逃避するように姉上側に立ち参戦する。
「お兄様でも着れるサイズがあるか聞いてきましょうか?」
「……深雪、姉上の戯言に付き合わなくていい。後、遠慮は要らないよ。俺の収入は深雪の知っての通りだから」
値札は昔と変わり、AR技術を用いた仮想タグによるものとなっており、情報端末のARアプリを使わなければ確認できない。
姉に可愛がられながらも深雪が何を見て怯んだのかを正しく理解した当たり、流石である。
深桜と達也の二人も、既に仮想タグに記されている情報は確認している。
そこに書かれた値段は達也の予想を外れたものではなく、また、深桜には少なくない驚きを与えていた。
深雪のお眼鏡に適った店なのだ。
安物が置いてあるはずがなかった。
しかし、高いといっても所詮はヤング、ティーン向けのプレタポルテ。
オートクチュールほど法外な金額ではなく、トーラス・シルバーの片割れたる彼にとっては、まるで負担に感じない金額であった。
「参考までに聞かせて欲しいんだが、姉上が今着ている着物はどれくらいしたんだ?」
「…深雪の為に聞いているんだろうとは思うけど、答えられないわ」
深雪が躊躇いを捨て、立体ハンガーやマネキンに着せられているサマードレスを吟味していったのを確認した後、達也はそう尋ねた。
深桜の言う通り深桜が着ているような着物を深雪に与えたら喜ぶのではと、達也は思ったが故に聞いたのに間違いはなかった。
様々なサマードレスの値札を確認し、その値段に何故か感心しながら深桜は答えとは到底言えない答えを返す。
ワンピースを吟味している深雪の様子を確認しながら、達也は聞き返した。
「答えられないほどのものなのか?」
「違うわ。知らないから答えられないだけよ。ただ、言えることが一つだけあるわ」
「なんだ?」
「安物ではない。絶対に」
あくまでも深桜の予想でしかないのだが、あの真夜が安物を買い与える姿が思い浮かばない。
ただでさえ、真夜から買い与えられてきた服は値が張るものだったことを考えれば、祝い事として贈る着物にお金を掛けない真夜が想像できない。
この着物について色々と指定していた際に、オートクチュール…という単語を真夜が出していた気がしなくもないため、深桜はこの着物がいくらしたかなど考えないようにしている。
店の中を見て回り、何着か指を差し試着したいと深雪が申し出ると、店員が満面の笑みで頷いているのが見えた。
その営業スマイルに、深雪を店のPRに使いたいという意図が潜んでいるのを感じる。
深雪がその手の下心が向けられるのは珍しくはない。
達也が深桜が聞き取れるぐらいの小さな声で、深雪を不特定多数の邪な視線に晒したくないという本音を深桜に晒した。
その本音に深桜は頷きながら、それは七草の領分じゃない?、と失礼なことを考えてしまい、本音が見え隠れする言葉を落とした。
「真由美ならやりそうよね」
達也はその言葉に何故か納得できてしまう。
敬称が抜けているあたり、深桜が真由美をどう見ているのか察してしまえるあたりが何とも言えず、達也は話を戻した。
「…安物ではないことは分かるが値は知らずに買っていると」
「そうよ。私があっちに居た時は執事長が用意してくれたから」
深桜が欲しいモノのリストを真夜に渡して葉山が用意する、といった流れで深桜は物を手にすることが出来た。
さも当然のように葉山に用意させていたというのだから、達也は深桜が四葉家本邸でどういった扱いを受けているのかが気にならずにはいられない。
金に糸目を付けぬ生活をしている、という話は聞いていないし、聞こえてこなかった。
そもそも達也が知る限りでは、そんな生活を出来る立場に深桜はいない。
だがここで話すような話でもないため、そこで話が途切れた。
偶然か話が途切れるのを待っていたのかは分からないが、深桜の斜め前に顔色を伺うような目つきで深雪を案内した店員が立った。
用件は深雪の方を見ていたから何となく分かっている。
「何かしら?」
「お客様に少しご相談が…」
威圧した覚えは無いのだが、腰が引けているように感じる。
達也が参考程度に聞いた値段不明の着物という話と相まってか、深桜がサマードレスに向ける冷めた視線と値札に向ける驚きの視線を見ると、この値段でこの商品か…と呆れられているように見えなくもない。
腰が引けていようがいなかろうが、気が引けていようがなんだろうが、深桜が取る選択肢は一つであるが。
「達也。対応しなさい」
達也に丸投げ。
深雪に関する事なら達也におまかせ。
~達也、相談中~
店員と達也の相談が一段落ついたころ、別の店員が深桜の所にやってきた。
そちらも達也に丸投げしようとした所、達也に連行されるように深雪のいる試着室に連れいていかれた。
深雪がどこか恥ずかしながらワンピース姿を見せ、正直すぎる感想を言う達也、恐らくであるがそのやり取りに年上である店員が顔を赤く染め、その様子をどこか冷めた目で、それでいて微笑みは忘れずにと器用に見守る深桜。
目が死んでいないだけマシである、などと言い訳しながら、深雪のファッションショーを深桜は眺め続けた。
基本的に達也の誉め言葉の口撃で試着室へと撃退されていく深雪だったが、数着着替えるごとに深桜に向けてどうですかと尋ねてくる。
辿り着いた先がコスプレという自慢できない深桜に感想を述べよというのは酷とも言えるが、深桜の経験がものを言った。
思い出すは着せ替え人形と化していた日々。
真夜から掛けられる言葉の数々。
最終的に可愛いしか言わなくなっていたのは忘却の彼方に追いやる。
結果として、達也と同様に撃退に成功した。
深雪のファッションショーを遠巻きに見ていた、一人で訪れていた女性客、女性のみで連れ立った客が、別の意味で羨望の眼差しを深雪に向けるようになった。
別の意味合いが付加された、というべきか。
幸運と言うべきか、深雪は自身に集まる眼差しを自然と無視するようになっていた。
そうでなければ町を歩くことが出来なくなるとはいえ、それが結果的に深雪はその眼差しに込められた意味に気付くことがなかった。
最終的に二着のワンピースと三着のドレスを購入することとなった。
いつ着るんだろうと疑問に思う深桜だが、数々のコスプレ衣装を作る自分も大概だと気付き、何も言わないことにした。
◇ ◇
「素敵な彼氏は可愛い彼女に。可愛い彼女は素敵な彼氏に。お似合いのお二人に、甘い一時を」
テーブルには四号サイズのアイスケーキが一つ、スプーンが二つ、取り皿は無し。
スプーンは柄が不自然に長く、自分で食べるには向いていないと思えるモノだ。
ウェイターは芝居気のある落ち着いた声で二人に低く囁いた。
こういう場所柄だからこそ、用意された台本にそう書かれているのだろう。
「ごめんなさい。私たち兄妹なんですが…」
照れて見せながら、それでいてどこか冷めた目をしながら深雪がそうウェイターに告げた。
仕方ないとはいえ、注目が集まっていたこともあったのだろう。
深雪のその言葉に店の中が凍り付き、気障なセリフを言わざるを得なかったウェイターの戦き凍り付いたその表情と心境に達也は同情を禁じ得ない。
申し訳ございませんと一言告げて席を離れ、裏方に回っていたのだろう店長にどうしたらいいんですかー!と焦り声を上げているのが聞こえた。
あまりにも店内が静まり返っていたために聞こえてきたのだが、店長の焦り声も聞こえてくるため不謹慎にも面白いと達也は思ってしまった。
そんな昼食を終えた後、二人は深桜と合流した。
元々、三人で外食する予定を立てていたのだが、深桜の秘技・真夜のお使いにより、深桜が用事を済ましている間に、二人で食事をとる事となった。
愚図る深雪をパスタハウスに押し込み、一仕事を終えたと深桜は汗を拭う動作を見せたが、冒頭のような結果に至るとは思いもしなかった。
深雪・達也来店⇒女優・芸能プロ社長来店⇒社長、深雪に絡む⇒社長、恥を掻かされる⇒女優、社長を一瞥もせずお帰りになる⇒尻尾を巻いて逃げる社長
と言った流れの後、食事になったそうだ。
そして今、尻尾を巻いて逃げた芸能プロ社長が深桜たちの前に立っていた。
最初こそ、先ほどいなかった深桜を見て、和服の女性…?と固まっていたが、連れの一人が耳打ちし気を取り直していた。
「さっきはよくも恥を掻かしてくれたな」
人相が悪く体格のいいお伴四人を引き連れて、青年は開口一番そう言った。
声量は抑えられているが、今にも喚きだしそうな、そんな不機嫌さを醸し出していた。
「さっきも言った。お引き取り願おう」
達也からは喧嘩を売るつもりは毛頭ないが、平和的とは言い難い。
さすがに「そんな器量だから女に逃げられるんだ」というフレーズは口にはしなかったが。
ここでいう女は言わずもがな社長に一瞥もくれず一足先に店をあとにした女優の事である。
この女優、一足先に店をあとにした所、深桜と出くわし紆余曲折あった結果、深桜の手駒となった。
深雪と比べれば見劣りするのは当たり前とは言え、この女優を野放しにしておくのは惜しまれた。
彼女はその美貌だけでなく、人並み外れて鋭い感性と歳に似合わぬ演技力でスターの座に上り詰めた。
もっとも、そんな彼女が来店しても誰一人として気が付かなかったようだが。
彼女は生まれ持った外見に胡坐をかかず、容姿を更に磨き上げるために生活習慣を固く守り、美しく見せる立ち振る舞いを研究し、貪欲に演技を学んできた。
そんな自負があり、今の地位をつかみ取った。
そして、第二の本能となった演技で彼女は自らの魅力を演出する。
偶々、偶然、深桜が彼女を見つけたからとなれば、こんな面白い人材を見逃すはずがない。
かといって、亜夜子の様に時間を掛けてどうこうすることは不可能に近い。
そんな深桜が取った行動は、全部月島さんのおかげ、ならぬ、全部深桜のおかげ、作戦である。
正確には、少し違うが。
彼女の今までの選択という選択はこれから出会う誰かの為に選んできたこととなり、そしてそれが今日、その誰かが、深桜だった。
そしてその誰かに自分の全てをささげるべく生きていたと。
そう彼女を改変した。
記憶を在り方を生き方を。
彼女が違和感を覚えない様に、それが当たり前だったように、彼女の望み其の物だったように。
良い拾い物をしたなあとか、心理掌握の使い勝手が良すぎて酷いなとかそんなことを思っているうちに、達也が件の社長の付き人四人を叩きのめした後だった。
呆けていた深桜を心配する深雪に大丈夫よと対応していたところで、警官が到着し事情聴取として署についていくこととなる。
ただ一部始終、蚊帳の外だった私から何を聞こうというのだろうか、と深桜は一人困惑していた。
恐らく深雪のおかげで長時間もの間、警察署に引き留められなかったのだろうか、深桜は一人でに深雪に感謝していた。
感謝の意を示すために過剰なスキンシップを取り、照れた深雪に家でおもてなしされるというよく分からない展開が広がったのだった。
◇ ◇
八月三十一日
打ち止めに仕掛けられたウイルスを除去したわけでもなく、アステカの魔術師とやり合うこともなく、闇咲逢魔とファミレスで出くわすようなことも当然ない日の朝。
深桜は四葉家本邸から深雪たちが住まう家に帰還する前に、銀行に訪れていた。
先の事件が起きない代わりといっては何だが、偶然にも達也と深雪と出会った。
銀行を訪れた理由は偶然にも深桜と同じものだった。
お互い、銀行にお金を下ろしに来たわけではない。
財布代わりの電子ウォレットと電子パーソナルチェックの進化形態にあたるマネーカードの普及により、現金の用途はより限られるようになった。
振り込みや取引記録もほとんどオンライン化されており、銀行店舗を利用するのは特殊なケースと言える。
深桜と達也は何をしにきたのかと言われれば、オンラインサービスの利用に必要なIDの更新に来たのだ。
セキュリティレベルコントロールの一環として、達也は三ヶ月に一回のペースで店舗に赴き変更するようにしている。
深桜は帰る前に真夜に変更した方が良いわよと言われてようやく更新に来た、と言ったところだ。
八月三十一日にちなみ、『桃太郎』を読み順番を待っていた所に達也たちが来店してきた。
深桜・深雪・達也の順で並び座り、深雪が深桜がいなかったこの二週間もの間にあった出来事を、周りの人にバレても問題の無い程度に教え、達也は書籍サイトを開き携帯端末に書かれた文字を読みつつ、深雪に向けられた不躾な視線の主を威嚇したりとしていた。
八月三十一日、夏休み最終日ということもあるからか、イベントが起こることが運命付けられているような気がする。
現に、このご時世にしては珍しい見世物が始まったのだから、やはり何かしらあるのだろう。
もはや絶滅危惧種とまで言われるようになった銀行強盗の四人組が押し入ってきたのだから。
刻一刻と夏が終わりに近づいているとはいえ、まだ真夏と言えるこの時期に、ニットの目出し帽で人相を隠し、改造拳銃を振り回している。
深桜はそんな喜劇を観れたことに驚くようにどこからか取り出した扇子で口元を隠している。
だが、見る人が見れば分かるが、深桜が驚いたと言うより口元の緩みを隠すために咄嗟に開いたものだと。
鉄扇であることを見抜けたのは達也ぐらいだったが、それ以上に視線をアトラクションかと思えるレトロな恰好を確りとまもった強盗犯に向けた一瞬の間に取り出し口元を隠した芸当に感心していた。
「お兄様、どうされますか?」
深雪が達也に肩を寄せ顔を上げ、いつもの声で問う。
深桜が笑いをこらえているのに気付いているのだろうと達也は思った。
「いや、俺達が手出しする必要はないよ」
達也は笑ってそう返した。
曲がりなりにも強盗が行われているこのすさんだ空気の中で、ほのぼのとしたムードを作りだした二人、笑いをこらえる人が放つ独特な雰囲気を纏う者一人とこの異様さは言うまでもなく目立っていた。
達也が言うように、銀行強盗は絶滅したわけではなく、銀行の防犯体制が等閑になったわけではない。
改造拳銃程度では決して成功しないほどの防犯体制を整えている。
その証明が来客店の前で実演され、窓口は閉ざされた。
元々、透明なシールドが張られカウンターから乗り越えられないようになっており、さらに窓口として開いていた係員の前に空いた穴を塞ぐように天井から半透明なシールドが下ろされたのだ。
強盗の一人がシールドに向かって発砲した。
跳弾しないように配慮された材質でシールドは作られているようで、銃弾は一枚目のシールドに食い込んで止まった。
それを目の当たりにした強盗が何やら悪態を吐き出した後、ロビーに振り返った。
その男と目を合わさぬよう視線を逸らした。
まず最初に彼が目を向けたのは深雪だった。
だが、すぐに深雪のすぐそばに居る女性に目を奪われた。
深雪のように美貌で視線を奪ったわけではない。
一連の間抜けな行動を見た深桜が腹を抱えて笑っていたのだから。
いくら深雪の美貌に魅了されていたと言えど、現状において腹を抱えて笑っていられたら目を向けずにはいられない。
どれだけ間抜けであれど、深桜が何故笑っているのかなど直ぐに気付いただろう。
ただでさえ、ロビーの客は異様な状態に当てられ緊張と恐怖を忘れげんなりとした表情を浮かべているというのに、あまりにも空気を読めない深桜の行為に呆然としている。
何のための扇子だったのか分かりやしない。
「何笑ってんだ?てめぇは」
「はーーー…笑った。もう帰っていいわよ?十分に、笑わしていただきましたから」
強盗の一人が荒げた声に深桜はそう返す。
強盗しに来た人間に対して帰れと言うその姿勢にロビーの客のみならず、職員すらギョッとした表情を浮かべた。
心境を綴るなら、まじかよこいつ…といったところか。
二の句が告げずにいる強盗を見て、深桜は言葉を続ける。
「このご時世にそんな玩具で銀行強盗が成功すると本当に思っていたの?いくらバカと言っても成功しないことぐらい考えたら分かるでしょう?」
「あぁ?俺たちが手に持ってる物が目に見えねえのか?このご時世に目が悪いなんてなぁ」
「はぁ……そんな玩具を見せびらかす真似をしていないで大人しく出頭したらどう?どうせ人を撃ったことすらないんでしょう?」
人を撃つことに抵抗が無いのなら、シールドなんてものを撃たないでロビー客を撃ち抜いた方がまだ銀行に対しての威嚇に脅威になる。
その分罪状が加算されるだろうが。
そんなズレたことを考えのもと深桜は立ち上がり、他のロビー客から少しばかり距離を取る。
立ち上がった際、うごくんじゃねえ、みたいなことを喚いていたが気にしない。
「チッ。黙って震えとけばよかったのによォ 殺すぞッ!」
図星だったのか、リーダー格であろう強盗がそう言い放った。
彼なりに強がっているのだろう。
だからこそ、深桜はここでこの言葉を言うべきだと心が躍った。
「…あまり強い言葉を使うなよ」
顎を引きニヒルな笑みを浮かべ続ける。
「弱く見えるぞ」
その一言が強盗の癇に障った。
一言だけでなく、深桜の姿勢もだったか。
心底馬鹿にされている、と。
声にならないような雄叫びを上げながら、強盗は深桜に拳銃を向けて発砲した。
ロビーの客から悲鳴が上がった。
深雪は両手を口を覆うように当て、驚愕に包まれていた。
驚きに包まれたのは深雪だけではなく、達也もである。
そしてそれは強盗の四人も同じであり、驚き固まってしまっていた。
強盗が固まった直後、ロビーの天井が格子状に組まれた梁を残して消失した。
いつの間にか天井版が立体映像に切り替わっていた。
梁の上から強盗の頭の上に屈強な警備員が降り立ち、瞬く間に強盗を取り押さえていた。
その光景を見てため息をつきながら深桜は動きを見せた。
身体の前に構えたままの右手。
握られたままの右手を見せびらかすように、腕を横に広げ、ゆっくりと手を開く。
零れ落ちるは一つの銃弾。
「言わなかったかしら?玩具如きで強がるなって」
心底不思議そうに深桜はそう言う。
銃弾の速さに合わせた速さで腕を引き銃弾を掴む。
橘花と秋水という技も使うことによって実現している。
「に、にんげん技じゃねぇ」
腰を抜かしながらロビー客の一人がそう溢す。
その声を受けて深桜は笑って手を振って返すが、苦笑いで返される。
苦笑いと言うよりは引きつっているだけのように見えるが。
仕方ないかぁ、と若干落ち込みながら深雪の方に目をやると、おねえさまぁ…と涙声で訴えられながら深雪に抱き着かれた。
深雪の心境を考えれば止むを得ないか、と思い深桜はされるがままとなっていた。
この中で一番驚いて見せたのは珍しくも達也だった。
銃弾をつかみ取る芸当は、まさしく人間業ではない。
同じことをやれと言われて、魔法を使わずに同じことをやってのける自信どころかその光景を思い浮かべることすら出来ない。
知っていたとはいえこうして見せられると自分と深桜との間にある実力差を感じずにはいられなかった。
銀行職員や警備員からお叱りをしっかりと頂いた後、深桜はIDの更新を行った。
達也の用事も終わらした後、三人で外食に行った。
あの後泣き止んだ深雪のご機嫌を直してもらうために深桜のおごりで外食して帰ることとなった。
四葉家らしい魔法って何かなと悩んだ末に直死の魔眼でいいやと妥協し掛けている自分がいます。
何か案がありましたら感想欄に意見を頂けたらなと思います。
誤字報告いつもありがとうございます。
いつもお世話になっております。