桜が咲いたら、雪が…… 作:何故か外れる音
八月六日、大会四日目に当たるこの日から九校戦本戦は一旦休みとなり、一年生のみで争う新人戦が五日間に渡り繰り広げられる。
その新人戦も一日目が終わり、時計は既に二十四時を回っていた。
達也はその時間になり、部屋に戻り休むことにした。
七月十四日の夜、達也は自身が所属している陸軍一〇一旅団・独立魔装大隊隊長・風間玄信少佐から「サード・アイ」のソフトウェアのアップデートと、性能テストを行うという旨の業務連絡を受けた後、ある警告を受けていた。
九校戦の会場となる富士演習場南東エリアに不正な侵入者の痕跡が見つかり、時期的に見て九校戦を狙ったものであるということ。
さらに、近辺にて国際犯罪シンジゲートの構成員らしき東アジア人の姿が見られるようになり、信頼できる情報筋から得られた情報では、香港系の犯罪シンジゲート「無頭竜(No Head Dragon)」であるということ。
そういった情報を得ることが出来ていたが、奴らが起こしたと思わしき事は起こる。
一つは大会が始まる前日に、侵入者が居た。
これは、幹比古の機転により達也が駆けつけた時には鎮圧されていた。
もう一つは八月三日に起こった、摩利が巻き込まれた事故。
これは解決には至ってはいないが、達也たち一高メンバーは外部工作者の犯行であると睨んでおり、今も事の解決に向けて調べている。
それ以来何も起こっていないが、達也としては気を抜くことは許されない。
達也の推測では、「敵」がCADに細工を仕掛けるとみており、それは競技の直前であると考えている。
夜のうちにCADに妨害工作を行う可能性は低いと考えられるが、念には念を入れて、システム的に厳重にロックし、保管庫に入れて三重に施錠し、達也は作業車両を後にしたのだった。
部屋の前まで辿り着いたとき、達也は自分の部屋から人の気配が漏れてくるのを感じた。
達也のルームメイトは機材なのだが、達也は迷わずキーを開けて中に入る。
達也の部屋に無断で入る人など一人以外に心当たりはない。
いつもと違う、少し厳しい声で、先手を打って叱りつける様なことはしない。
睡眠不足は集中力を低下させ、予期せぬミスを誘発する可能性が高くなることぐらいは深雪は知っている。
今の深雪の優先度は、この大会で活躍し深桜と仲直りすることに重きを置いている。
そんな深雪が部屋に来て待っているというのは、何か理由があるはず。
そう思い、達也は深雪に用件を促した。
「雫に聞きました。お兄様、『インデックス』にお名前を連ねる名誉を断られたそうですね」
「正式に、ではないがな」
「正式のお話があっても、お断りになるおつもりでしょう?」
「ああ」
しかし、達也の予想は外れ、達也自身に関する話題であった。
国立魔法大学編纂・魔法大全・固有名称インデックス。
国立魔法大学が作成している魔法の百科事典、魔法の固有名称の一覧表のことであり、決して某シスターのことではない。
ここに採用されるということは、大学が認めた新種魔法として独立した見出しが付けられることを意味し、魔法開発に携わる国内の研究者にとって、一つの目標とされる名誉。
今回達也は、能動空中機雷という魔法を、スピード・シューティングに出場する雫に授け、雫がそれを使い優勝した。
それが今回の件に発展したのだが、今の達也としてはあまり喜べないものであった。
インデックスに登録する際、新魔法の開発者には大学の資料を利用する上で様々な特権が与えらる関係で、その身元を詳細に調べられる。
その調査能力は、そこらの報道機関などとは比べものにならないほどに高く、軍の諜報機関に匹敵するとも言われている。
身元を秘匿している達也たちからすれば、四葉との繋がりを知られることは好ましいモノではない。
ましてや、四葉の日陰者たるガーディアンである達也が脚光を浴びるのを、あの真夜が容認するはずがない。
今までの達也に対する仕打ちから、二人が、達也がそのような結論に達するのも無理はなかった。
それゆえに。
「今はまだ、力が足りない。一対一なら『夜の女王』四葉真夜を倒すことも可能だろう。俺の『分解』は叔母上の「夜」に対して相性の良い魔法だからね」
しかし、真夜を倒しても四葉を屈服させることはできず、それどころか更に性質の悪い操り手が姿を見せる様になり、何も解決しないと、達也は自分に言い聞かせるように、深雪に言い聞かせた。
深雪は泣き出しそうな顔を浮かべながら下を向き堪えていた。
「……わたしは味方ですから」
「深雪……」
「わたしはいつまでもお兄様の味方ですから。……たとえ、お姉様と敵対することになったとしても」
深雪はそう言いながら、達也の顔を見上げていた。
その表情は、決して決意の決まったものではなく、先程以上に泣き出しそうな顔を浮かべ、堪えきれず、達也の胸元にしがみつき、泣き出してしまった。
達也は深雪の宣言ともとれる言葉に驚いていたが、今、泣き出してしまった深雪が落ち着くまで好きにさせよう、と泣き止むまで手を深雪の背中に回した。
深雪の事を思いながら、達也は先の深雪の言葉を思い出していた。
姉上と敵対という言葉を使えるほどに、深雪はその覚悟を決めているのだろう。
そんな時が来るとは達也は思いたくもないが、もし敵対したときの為に、姉上について分かっている事を話しておこうと、心に決めた。
そしてお互いの情報を共有しておこうと。
◇ ◇
アイス・ピラーズ・ブレイク
自陣、敵陣ともに十二メートル四方に設置された十二本の氷柱を巡り、純粋な魔法力で競い合う競技である。
先に敵陣に設置されている十二本の氷柱を倒す、もしくは破壊した方の勝利である。
先の通り、純粋な魔法力で競う競技のため、身体をあまり動かす必要がないことから、この競技に参加する選手のユニフォームは自由となっている。
自由と言っても規制はあり、「公序良俗に反しないこと」というものがある。
このことから、女子のアイス・ピラーズ・ブレイクはファッション・ショーと呼ばれている。
そんなファッション・ショー会場、もとい、ピラーズ・ブレイク会場に深桜は入場していた。
勿論のことではあるが、観客としてであり、決して選手やスタッフなどではない。
「んー…没ね」
そんな深桜はと言うと、ピラーズ・ブレイクに出場している選手たちの魔法演算領域を漁っていた。
魔法師の精神領域に存在する魔法演算領域を、何故観ることが出来るのかと言えば、やはり異能が関係してくる。
本来であれば、この世界では全くの使い物にならない能力であった。
その為、少しばかり弄ってもらい、使えるようにしてもらった能力。
一度記録したAIM拡散力場の持ち主を、たとえ太陽系の外に出ていたとしても検索・捕捉することができる探索用の能力。
また、対象者のAIM拡散力場や
全力でやれば、相手の能力を乗っ取ることもできるとも言われている能力である。
他にも幾らかあるが、ここで重要なのは、この世界にAIM拡散力場も
そして、これがこの能力で弄ってもらった点である。
AIM拡散力場ではなく、魔法演算領域を記録、検索、捕捉、干渉できるようにしてもらった。
正直な所、心理掌握以上に隠しておいた方が良い能力であると判断できるが、深桜にその策を取る気はない。
能力…、とは違うが、一つ貰っていたものがあり、それが関係してくる。
ミサカネットワーク
妹達の電気操作能力を利用して作られた脳波リンク。
テレパシーを送ったり、記憶のバックアップを取ったり、巨大な並列コンピュータであったり、第一位の演算補助を行ったりする代物である。
能力では、確かに無い。
ミサカ一人一人の能力を欠陥電気とし、妹達の能力をミサカネットワークと見なすことにより、異能の一部として無理やり詰め込んでもらったという経緯が存在する。
正直な所、深桜としては記憶のバックアップを取ったり、読み取りを行えたりとする領域が欲しかっただけであった。
深桜がこの領域を欲したのは、自分の脳に、前世の記憶・異能の数々とその演算式等々を埋め込まれるのを避けたかったと言うのもあるが、使用する異能を切り替え式にしたかったというのもある。
例えば、食蜂操祈、彼女は自身の能力を把握するためにリモコンを使うことで能力を把握している。
例えば、結標淡希、彼女は自由度の高い能力に基準をつけるために、軍用懐中電灯を軽く振るう。
これらとは違うが、複数の能力を一人で扱う多才能力などと、一つの能力を取ったとしてもその幅は広いものがあり、異能をすべて把握して使い分けるというのは非常に手間がかかると、深桜は考えた。
そこで、能力を切り替え式にし、自身が扱える能力を制限しようと考えたのだった。
深桜自身でルール決めをし、原則的に使う能力は一つだけ、LEVEL3以下に分類されている能力は纏めて多才能力として扱う、などと色々と定め、それに従い能力を扱っている。
異能の演算領域に存在する演算式はその時使用している能力のみであり、それ以外は、ミサカネットワーク(ミサカはミサカは…)にのみ存在するという形をとっている。
その結果、ミサカネットワーク(テレパス相手募集)は、異能の保管庫として主に機能している。
また、巨大な並列コンピュータに至っては、魔法式の演算やら、異能の演算補助やらと出来、そのため、ミサカネットワーク(構成人数一人)は、第三の演算領域とも呼べる代物と化している。
そして、先の二つの能力が組み合わさることで何が起こったか、と言えば簡単な事だった。
疑似・禁書目録の作成が可能となったのだ。
消えることのない記憶領域が存在し、魔法演算領域を観ることができる能力があり、そして、学園都市の能力を扱うだけの脳が存在している。
ここまできたらお判りであろう。
深桜は、他者の魔法演算領域をのぞき見、起動式、魔法式を記憶し、整理し、保存する。
どこぞの腹ペコシスターの完成であった。嘘である。
これにより、ミサカネットワークの領域はもはや疑似・禁書目録と呼ぶべき代物と言っても差し支えないものになった。
他の禁書目録との違いと言えば、巨大な並列コンピュータが内蔵されているということぐらいである。
次いで言うなれば、魔法とは別に異能が格納されていることぐらいか。
そんなわけで、今、深桜はコスプレしながら、ピラーズ・ブレイクで使用されている魔法を、起動式・魔法式を記録していた。
当然ながら、深桜にとって使い物にならないもの、既に収録しているものであったりと、詰まらないモノではあったが。
といっても、先程まで行われていたのは第四試合。
これから始まるは、第五試合。
そして今、深桜がいるのは第一高校の天幕。
「いよいよ北山の出番か」
「今度は普通のCADみたいね」
「かわいいわね…あの振袖。今度振袖も調達しようかしら」
アイス・ピラーズ・ブレイクの試合会場が映し出された大型のモニターに首ったけになっている真由美と摩利に連れられ、深桜は第一高校の天幕まで連行されていたのだ。
今日のお目当ての一つである雫の振袖姿を観れたので、この試合に興味など既に無くなった深桜は、モニターに釘付けになっている二人からそっと離れる。
ここにつれてきた張本人たる二人が雫の試合、もしくは達也の策略に夢中になっているうちにこの場を離れておくことに決めていた。
深桜が向かう先は、天幕から離れた場所などではなく、鈴音の所である。
このままここから離れる、という選択もありはしたが、ここに深桜を連れてきた二人の行動を制限するためにこの場に残る事にした。
第五試合が始まった時、鈴音は真由美と摩利を試合結果を纏める仕事に連れ戻そうと、これ見よがしにため息をついていた。
しかし、全くといって相手にされず、一人で作業に戻って行ったのだった。
ただでさえ、作業を一人に押し付けていると言うのに、再び、深桜さんを探してくる、などという理由でこの場から消えて行かれるとあまりにも不憫すぎた。
そんなわけで、深桜は鈴音のボッチを解消するために、鈴音の仕事を手伝う…こともなく、ただただ作業している鈴音を正面から眺めていた。
見つめられている鈴音としてはたまったものではなく、更には目の前にある試合結果のまとめ作業が思うように進まず、難航していた。
「……見ているのであれば手伝ってくれませんか?」
先日判明した、というよりは前から大体薄々分かっていたことではあったが、深雪と達也の口からきちんと告げられた事実もある。
あの二人の姉である深桜の能力が少なくともあの兄妹に匹敵するだろうと。
だからこうして、手伝いを頼んでみたのだが。
「只の一生徒の手を借りたいほどに切羽詰まっている様に見えませんでしたから…。ほら、二人ほど試合観戦しているではないですか」
鈴音はその言葉に対し思わず作業を止めてしまう。
確かに、モニターの前から微動だにしない作業員が二人いた。
「それに、私を試合会場からここまで連れてくる余裕すらありますし」
確かに、モニターに深桜が映ったからと作業を中断し深桜を捕まえてきた作業員が二人いた。
それは傍から見れば、一高の運営は余裕があるように見えるだろう。
そこまで鈴音は考えたところで、鈴音は両手で頭を抱え、思考する。
そして鈴音は一つの結論に達した。
「深桜さん、この作業の手伝いをお願いします。正直な所、あの二人に期待できませんので」
「……もう少しだけあの二人のために頑張ってほしかったわ」
「無茶を言わないで下さい」
あっさり見捨てられてしまった真由美と摩利を不憫に思いはしたが、鈴音の現状を鑑みると自業自得かな、と思い直し、深桜は鈴音に指示を仰ぎながら作業を手伝い始めたのだった。
◇ ◇
「うんうん!ピラーズ・ブレイクも順当に勝ち上がれそうね!」
サボり魔の一人である真由美が、新人戦においても順当な成績を収められることを見込みながら一高の天幕に帰ってくると、大会本部から送られてくる書類のまとめ上げに奔走している鈴音と深桜の姿…はなく、コーヒー片手に談笑する二人組の姿が真由美の目に映った。
「え……」
てっきり鈴音が作業を進めてくれていると思い込んでいた真由美は、目の前に広がる光景が信じられず言葉を失ってしまった。
この試合の間、一切進んでいない作業を再開しなければならないのか、と真由美は想定していた予定を変更しないといけない、と絶望した。
「ふっ」
その様子を隣で見ていた摩利は軽く吹き出していたが。
ここで反省して作業に取り込んでくれればよかったが、当然ながら真由美がそうすることはなく。
「ちょ、ちょっと鈴ちゃん!な、なんで鈴ちゃんまでサボってるの?」
「会長は何を言っておられるのでしょうか」
鈴音は真由美のその言動に珍しく目を丸くし、深桜と顔を見合わせた後そう返した。
鈴音の目は、今まで見た覚えのないほどに冷え切っていたが、無意識のうちに真由美はその目から目を逸らす。
鈴音の言葉に対し、真由美はきょとん、とした顔をしながらその言葉の真意を測る。
しかし、全く分からなかった真由美は、鈴音と楽しそうに話していた深桜に目を付けた。
「あっ、深桜さん!」
「何かしら?」
深桜は微笑みながら、真由美に返事する。
その様子から真由美は、深桜がこちらに合わせてくれている、と勘違いしてしまった。
そこから真由美は深桜との話に持ち込み、現状から意識を逸らそうと思い立ち、行動に移そうとしたが、それを読んでいたかのタイミングで深桜がわざとらしく掌を叩いた。
「そうですね。私とのお話をする前にこちらの試合結果を整理して下さい」
勘違いが加速することはなく、早々に正された。
深桜は最初から鈴音の味方であり、こちらに手を貸す気はないのだと、真由美は悟った。
だが、真由美にとって現状から目を逸らす道はそこしか残されておらず、どうにか茶化してその道へ押し通ろうと策を練る。
その為に、真由美は出方を考えようと、深桜の顔を見た。
見てしまった。
深桜は優し気に微笑んでいた。
一見すると、自分の事を気遣ってくれている笑みだと思えたが、人を見る眼に自信のある真由美の目は捉えてしまった。
達也や深雪の面影をどことなく感じる微笑みでありながら、その目が一切笑っていないことを。
その目を見た真由美は思わず固まってしまうが、気のせいだ、と思いながら真由美は行動に移った。
「それなら大丈夫よ「会長さん?」
真由美の言葉は深桜のその言葉で、強制的に打ち止めされるも、真由美は気を持ち直しもう一度。
「それ「会長さん?」
ここに来て、ようやく真由美は気付いた。
深桜の微笑みは変わっていないが、その目が、眼光が鋭くなっていることに。
それでも真由美は年下の子に負けるわけにはいかない、などと云う、この場にて謎なプライドを発揮し再度行動に移そうとするも、それは深桜が許さない。
「会長さん?」
真由美の視線の片隅で、鈴音が口を押えながら笑いをこらえている様子が見えてはいるが、その逃げ道に行くことを許さないとでも言うように、深桜の視線から真由美は目を逸らすことが出来ずにいる。
「会長さん?返事は?」
「ハイ」
どうしてこうなったのかしら、と真由美は思いながら言われた通りに作業に戻る。
その一部始終を間近で見ていた摩利はと言うと、鈴音側に潜り込みサボろうとコーヒーを入れに行く。
「風紀委員長さん?あなたもですよ?」
しかしそれが叶うはずもなく、摩利は渋々と、ではあったが苦手な情報処理の作業に戻っていくのであった。