桜が咲いたら、雪が……   作:何故か外れる音

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九校戦編 Ⅴ

 

 

 北山雫の一回戦が行われる試合が始まる少し前。

 

 一般の観客席ではなく、選手・スタッフ用の観客席で試合が始まるのを待っていた深雪の目に信じられないものが映り込み、驚きで目を大きく見開いた。

 深雪の視線が向かう先は、一般の観客席の一角で話をしている一人の女性。

 その話し相手となっている二人の女性は深雪がよく知っている顔であった。

 

 しかし、今の深雪としてはそれはどうでも良い事であった。

 

 重要なのは、自分の視線が捉えてやまないかの白髪の女性。

 その装いこそ深雪は目にしたことはないが、それ以上に彼女がここに居る事が信じられなかった。

 今の深雪は彼女を求めてしょうがない状態である。

 

「……お姉様」

 

 だからこうして彼女を、深桜を呼ぶのも無理はない。

 たとえ、深雪の動向を不審に思い、気遣っている友達の姿が傍にあったといても。

 

 傍にいるほのかは、と言えば、深雪の視線の先に誰が居るのかというのも把握している。

 

 自分が通っている高校の生徒会長と風紀委員長、そして、定期試験から鑑みるに選手としてではなくとも、スタッフとして参加していてもおかしくはない司波深桜。

 深雪のその言葉から姉と呼ばれる可能性がある人物はただ一人。

 

「深雪…、司波深桜さんって深雪のお姉さんなの?」

 

「あっ……」

 

 いつも深雪や達也の近くにいるほのかからすれば、深桜が深雪たちの縁者であることぐらいはさすがに気付く。

 気が付きはするが、深桜と二人の距離感が異常に遠く、何とも云えず、形状なのか本当の事なのか分からないまま、時は過ぎていた。

 

 しかし、ここでようやく、深桜と深雪の関係性がはっきりしたことがほのかにとって僥倖だった。

 

 隣で、あっ、えっと、その、等と色々と言いながら慌てふためいている深雪の様子から見ると、最近の深雪の様子がおかしい理由が分かったからだ。

 

「あー…、深雪?一応言っておくけど、雫たちも何となく気付いていると思うよ?名前とかもそうだけど、流石に定期試験であの成績を叩き出したお姉さんが深雪と達也さんと何の関係性も無いなんて信じられないし、それ以上に無関係な方があり得ない」

 

「…それもそうね」

 

 だったら早く言ってほしかった…と深雪が心の中で愚痴を言っていると、深桜が立ち上がり真由美たちと移動を開始した。

 

「どこにいくのかしら」

 

「生徒会長さんと一緒にいるから大丈夫なんじゃないかな」

 

 その光景を眺めながめていると、前日の出来事が深雪の頭によぎる。

 あの三人が一緒にいる理由など、それしか思いつかない。

 

 それ以上に、深雪は自分を差し置いて他の人が隣にいる事に腹を立てた。

 

「み、深雪?」

 

 最近の深雪が張り詰めていて、以前より近寄りがたくなっていることは周知の事実であった。

 だが、ここにきて、突然機嫌を損ねたと来たら、ほのかからすればたまったものではない。

 

 あまりにも突然すぎて理由が分からないほのかはこの場から雫のいる場所まで逃げたくなっていた。

 しかし、今の深雪をこのままにしておくわけにもいかないわけで。

 

 ほのかは深雪の放つ圧に僅かに震える身体を己の腕で抱きながら、こうなった理由を考える。

 それは少し考えれば分かることであり、ほのかは自分が震えていたことがバカバカしくなるのは異常に早かった。

 

 未だに圧を強めていく深雪に、ほのかは呆れながら声を掛けようとしたが、それは叶わなず。

 

「ねぇ、ほのか。あの二人どうしてくれようかしら」

 

「深雪は何を言っているのかな!?」

 

 嫉妬で腹を立てていると気付いたほのかは、深雪の言葉に理解が追い付かない。

 

「お兄様だけで飽き足らず、お姉様にまで手を出したのよ?わたしにはあの二人をどうこうする権利があるわ」

 

「私からしたら深雪が何を言っているのか分からない!」

 

 訂正。理解できない。

 

「あまつさえ、このタイミングで事を起こしたのよ?このまま凍らせても良いのでは?」

 

「お願い、深雪!帰ってきて!」

 

 ほのかは深雪の言葉が理解できずにいるが、深雪を元の状態に戻さなくてはならないことだけは分かる。

 

 深雪の魔法力が真由美たちを凌ぐかまでは、ほのかには分からないがこのままでは、氷像が最低でも二つできるのは目に見えた。

 

 大会出発日に、達也がバスの外で待っていた件については、雫が機転を利かし正常に戻せた。

 だが、この場に雫はいない。

 

 それどころか、深桜と接点が全くと言っていいほどになく、なんて声を掛ければいいのかも思いつかない。

 

 ほのかにとって手詰まりの状態と言っても差し支えなかった。

 しかしそこに来て天啓が下りる。

 

 達也に連絡しよう、と。

 

 ほのかが取れる最後の手、そして最善手とも呼べるもの。

 ただ、達也にとってそれは悪手でしかないが、ほのかにそれを知る術があるはずがない。

 

 深桜がここに来ている、ということを達也が知らないわけがないと、深雪は思っている。

 事実その通りで、何一つ誤りはない。

 

 感情が高ぶっている深雪と、一旦落ち着いた後の深雪、どちらがいいかと言えば、明らかに後者である。

 

 達也にとって予期せぬことであるが、黙っていた故に起きた事の為致し方ない部分もある。

 八つ当たりで「再生」を使うことになるのは、未だに解せないが。

 

 この場に居ないながらも、危機的状況に陥っている達也である。

 

「ほのか。わたし、少しお話してきます」

 

 深雪がついに行動に移ろうとしたため、ほのかは急いで携帯端末を取り出し達也に連絡を取ろうと焦りながらも行動に移ろうとした所で止めた。

 

 深雪が席から立つのを止め、高ぶった感情を抑え、正常な深雪に戻っていたからだ。

 

 何事かと、ほのかは深雪の視線の先をたどるとその理由が判明した。

 

 

  深桜がこちらを見ている

 

 

 一度たりとも、こちらを見ていないはずなのに、さも当然とでも言うように、深雪の視線を確りと捉えた深桜の姿そこにはあった。

 やさしげに微笑みながら深雪を見つめている様にすらほのかは感じた。

 

 深桜からすれば、よく分からないけど妹から向けられ続けていた熱視線に対し微笑み返しているだけである。

 真由美らと出会ってから感じていた熱視線が、まさか妹のモノで、自分に向けられているとは思いもしなかったが。

 深桜はてっきり真由美に向けられているモノだと勘違いしていた。

 なんだかんだ言われてはいるが、真由美の容姿は優れていることも鑑みて深桜はそう思い込んでいた。

 

 何となく視線を感じる先に目を向ければ、深雪が居た。

 

 深桜にとってそれは少し可笑しいものであり、微笑みがいつも以上に優しくなっているのだが、本人が知る由もなく、そのまま深雪と視線を交わしていた。

 

 しかし、その時間は短いモノであり、声は出さないが、深桜は口を動かし深雪に何かを伝え、真由美たちの背を追い、再び移動した。

 

 

  頑張りなさい 応援しているから

 

 

「ねぇ、深雪。お姉さんは何て言ってたの?」

 

 ほのかは読唇術などできるはずもなく、恐らく分かったであろう深雪に何て言っていたのか聞いてみる。

 先程までの緊迫していた状況とは一転してはいるが、ほのかとしては深桜の言葉に興味があった。

 興味本位で聞いたのだが、深雪の様子を見てほのかは思わず固まってしまう。

 

 深雪は俯き肩を震わしていた。

 

 先程までとは違う緊張感がほのかを襲う。

 

「その、深雪?そんなに酷い事を言われたの?大丈夫?」

 

「……いいえ、ほのか。そのようなことは一言も言っていないわ。心配してくれてありがとう」

 

 ほのかの心配をよそに、深雪のその声は非常に喜びに満ちたモノであった。

 予想と違った深雪の様相に安堵しながら深雪の顔を見てみると、ほのかは目を見張った。

 

 異常をきたす前の深雪に戻ったと思っていたが、より一層、気合を入れ試合会場を見つめる姿がそこにはあった。

 

 

  ◇  ◇

 

 

 昼食時間を挟んだ後、第一回戦、最終試合がいよいよ始まろうとしている。

 

 真由美と摩利が作業に復帰した後、深桜はそのまま作業を手伝い続け、昼食を共にした後連絡先を交わし、一般客用の観覧席に戻っていた。

 

 何やらそのまま深桜を連れて深雪の応援に行こうとしていたようだったが、他人がそこに介入するのは野暮というものであり、笑顔で遠慮させて頂いた。

 嗜虐心を刺激するような震え方を見せてくれた真由美は可愛かったな…などと深桜が考えていると、深雪がステージに姿を現した。

 登場に合わせ会場が大きくどよめいたのは、深雪を見ればそれとなく分かる。

 

 深雪の衣装は、白の単衣に緋色の女袴と、いわゆる巫女姿。

 

 その装いが、深雪の美貌と合わさることで、神々しいとすら感じられるほどである。

 

「ふふっ。面白いことになってるわね」

 

 深桜は決して深雪の相手選手が深雪の容姿やその佇まいに完全に呑まれてしまっていることを笑ったわけでも、面白がっているわけではない。

 

 今の深雪の内面、精神状態を、深桜は面白いと評している。

 

 深雪は気合を入れすぎると、無意識に魔法を発動してしまうという悪癖があり、それは深雪も自覚していることである。

 そんな深雪は気合を入れるのではなく、ひたすら自分を押さえつけ試合開始の合図を待っている。

 

 そこが評した部分に関係してくる。

 

 深雪は自覚していてなお気合を入れて試合に臨もうとしている。

 深桜が応援に来ていることを知ったことなどが少なからず影響している部分もある。

 溢れんばかりに湧き出てくる闘志を押さえつけようと必死になっている。

 

 競技である以上、フライングは以ての外であり、重大なルール違反である。

 

 だからこそ、深雪の内心は自分を押さえつけるために躍起になっていた。

 失格にならない様に。

 

 深雪のこの状態は深桜の姿を確認した時から続いている。

 たった数時間の間に、深雪は今の自分が制御できる魔法力の上限を増加させているのだ。

 今もなおほんの僅かではあるが増えている。

 

 これを深桜は面白いと、思わずにはいられなかった。

 今年の九校戦が終わる頃の、深雪がどれほどの魔法制御を行えるようになっているのか、考えれば考えるほど楽しみでしかない。

 

 そんな深雪の状態を達也は憂いていると思うとそれはそれで面白い、などと考えていたら、フィールドの両サイドに立つポールに赤い光が灯っていることに気付く。

 

 深雪が閉じていた目を開け、敵陣をまっすぐと見つめている。

 

 ライトの色が黄色になり、そして青に変わった瞬間、強烈なサイオンの光がフィールド全体を覆った。

 

 そしてフィールドは、二つの地獄模様を描く。

 

 極寒の冷気に覆われた厳冬を超えた凍原の地獄。

 熱波に陽炎が揺らぐ酷暑を超えた焦熱の地獄。

 

 言うまでもなく、凍原と化しているのが深雪の陣地であり、焦熱と化しているのが相手陣地である。

 

 当然、相手選手は冷却魔法を必死に編んでいるのだが、全くと言っていい程効果は無く依然として氷柱は溶けている。

 

 ほどなくして、凍原の地獄は氷の霧に覆われ、焦熱の地獄は昇華の蒸気に覆われ始める。

 

 気温の上昇と低下は依然として続いていたが、不意に、気温の上昇が止まった。

 

 次の瞬間、相手陣地の中央から衝撃波が広がった。

 空気の圧縮と解放。

 

 深雪が魔法を切り替えたのだった。

 

 アイス・ピラーズ・ブレイクの氷柱は急冷凍で作られたものであり、内部に多く気泡を含んだ粗悪な氷。

 摂氏が二〇〇℃を超えるほどまで上昇した気温に熱せられた気泡が膨張し、熱で緩んだ氷柱はひび割れを起こしていた。

 

 そんな脆弱になっていた氷柱が耐えきれるはずもなく、相手陣地の氷柱はひとたまりもなく崩れ落ちた。

 

「……これは酷いわね」

 

 深桜がそう呟くほどに、今の試合は一方的であった。

 しかし、その呟きは会場を包んでいる歓声でかき消され誰一人として耳にすることは無かった

 

 

 中規模エリア用振動系魔法『氷炎地獄』

 

 時折、魔法師ライセンス試験にてA級ライセンス受験者用の課題として出されるほどの高難度の魔法。

 深雪にとってそれは当たり前に使える魔法でしかないが、多くの魔法師はなかなか成功させることができない。

 

 

 使用する魔法により自身の魔法技量を見せつけるだけでなく、相手の抵抗を一切受け付けないほどの実力差を見せつけ完全勝利を収める。

 

 そして、まだ全力を出していないのだから恐れ入る。

 誓約を解かない限り、全力を見ることはできないが、現状ですらこれだけの技量を持っていると言うことは分かる。

 更にこれ以上の試合を決勝で見れると思うと、楽しみで仕方がない。

 

 今日のうちにあと一試合あるが、深桜は一足先に帰ることにした。

 

 正直な所、今日はもう見どころは無いと言ってもいい。

 二試合目と、明日の午前中に行われる三試合目は、今の試合と同じことの繰り返しとなるのは目に見えている。

 

 そこに深桜が求めるものはこれ以上無いということもあったが、元より、真夜が今日連絡を入れると伝え聞いていたので、早めに帰って待機しておかなければならないということが一番大きかった。

 

 そういったこともあり、深桜は急ぎ目に帰路についたのであった。

 

 

  ◇  ◇

 

 

 ホテルに帰ってきた深桜は、まず先に秘匿連絡用の端末を起動した。

 学園都市の技術を流用して深桜が作り上げた通信機器であり、その秘匿性は四葉の秘匿通信技術の上を行く代物である。

 そのため、真夜がこの技術を欲したが、それが真夜の手に渡ることはなかった。

 というよりは、手に渡る前に東京に出てきただけである。

 

 不在着信やメールが無数に届いている、などということは無く、深桜はほっと一安心した。

 しかし、その瞬間、ある事に気が付いた。

 

 真夜に連絡方法を伝えていなかったことに。

 

 元からおかしい箇所はあった。

 その中でも、連絡する事を人伝手に伝えてきたことは一番おかしいと言える。

 

 訂正。あの真夜が今まで連絡を取ろうとしなかったことがおかしい。

 

「……今、連絡を入れたら繋がるかしら」

 

 人伝手で連絡すると言っておきながら、連絡手段を持っていない、連絡を入れろ、と言ってこないのは、真夜自身が気づいていないのか、もしくは深桜に察しろということだろうと、深桜は考えた。

 

 ここで悩んでいても仕方がないと、深桜は四葉の秘匿回線に入り込む形で連絡を繋げる。

 このためだけに、異能を能力追跡(AIMストーカー)から超電磁砲(レールガン)に切り替えたのは内緒である。

 

 連絡を受け取ったのは、やはりというか葉山であった。

 真夜に繋げられるか尋ねると直ぐに繋いでもらい、深桜がほっとしたのも束の間。

 

「もしもし深桜さん?貴方の母の真夜ですよ。元気そうでなによりです」

 

 いい加減諦めないものなのか…と深桜は呆れざるを得ない。

 

「えぇ、えぇ。本当に。元気そうで本当に良かったです」

 

「お母様。私はこのように元気でやっていますよ。だから泣き止んでください」

 

 呆れざるを得なかったが、こうして連絡が取れたというだけで、泣かれるとは、深桜は想像すらしていない。

 たとえこれが演技であったとしても心配をかけたということに変わりはないだろう、とサービスはしてあげる。

 

「……それもそうね。少し待ってて頂戴」

 

 待っている間、深桜は葉山にこの端末への連絡方法を教えておく。

 別に小難しいことは何一つないので、口頭による説明で事足りる。

 

「ふぅ…。ごめんなさいね」

 

「はい。私の生存確認以外に何かありますか?」

 

「えぇ、伝えておきたいことと、聞いておきたいことがあるのよ」

 

「先に伝えておきたい事から聞いてもいいですか?」

 

 真夜から伝えられたのは、無頭竜(No Head Dragon)のことであった。

 

 深桜はこの話は一応聞いておくことにする。

 最後は達也がどうにかすることは知っている。

 深雪が巻き込まれる可能性があり、巻き込まれたら最後、達也が切れるのは目に見えている。

 しかし、真夜を心配させないように返事は返しておく。

 

「そうなんですね。気を付けておきます」

 

「本当に気を付けてくださいね。貴女に何かあったら私がどうなるかわかりません」

 

「…何か起こったとしても抑えてくださいね!それで、聞いておきたいことはなんですか?」

 

 抑えておいてもらわないと本当に困る。

 四葉家の当主が暴走するとか考えたくもない。

 

「そうね、いつ頃こちらに帰ってきますか?予定を教えて頂いても?」

 

 何故帰ってくることが決まっているのだろうかと深桜は疑問に思う。

 しかし、九校戦が終わった後、離れに、とはいえ帰る予定ではあるので構わないのだが不思議である。

 

「東京に戻った後、一度帰る予定です。そうですね…、十五日には帰ります」

 

「十五日ですか。…そうね、十六日に帰って来なさい。分かりましたね?」

 

 たった一日の違いで何が変わるのかは分からないが、深桜は素直に従っておく。

 帰ることには変わりはないのだから、気にしたところでささいなことである。

 

 深桜はこのあと、真夜と少しばかし話をした。

 何てことない、この数か月間の事を。

 達也と深雪と喧嘩して味気ない日々を過ごしていたということは最後まで伏せていたが、今までの出来事を楽し気に真夜に報告する深桜の姿がそこにはあった。

 

 

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