桜が咲いたら、雪が…… 作:何故か外れる音
半日ほど前、小通連を自分好みへと作り替えた深桜は富士演習場東南エリアの近くに位置しているとある廃墟を訪れていた。
理由としては、先日深桜に用件を伝えに来た人物にとある物を取ってくる様に指示しており、本来であれば達也らが訪ねてきた頃に受け取る予定だったのだ。
しかし、達也の件を優先し、小通連を改造し、と時間を掛けた結果、日付は変わっていた。
モノリス・コードが終わった後に取りに行くと伝えていたはずなのだが、こんな時間になってもまだ待っているという連絡が入っている事に気付き、急いでここまでやってきた次第であった。
急ぐ理由は色々とあるが、やはりこんな夜遅くに十五歳の少女を廃墟に放置し続けるのは大きな問題だろう。
そこらのおっさんでも遣わすのであれば、待っていようが放置していたと言うのに。
「……深桜お姉さま、遅いです」
廃墟の中に入ると、一人の少女が不満を口にしながら廃墟の暗闇の中から浮かび上がるように現れた。
どこか眠たげな様子であるが時間を考慮すればそうなるのも仕方がないことだろうが、その様子を見ていると時間をずらした方が正解に思えて仕方がない。
言いたいことはあるが、深桜は眠たげな眼をこすっている彼女に近づき、頭を撫でながら謝っておく。
「遅くなってごめんなさい、ヨル」
「うにゅ……亜夜子って呼んでも大丈夫ですわ。今は深桜お姉さまの使いとしてここにいますの」
そう言いながら亜夜子は深桜の胸へと飛び込んだ。
その行動に少しばかり驚いた深桜だったが、亜夜子に対して感じているわずかな後ろめたさから、彼女を受け入れる。
頭をグリグリと押し付けてくる姿に苦笑しながら、深桜は亜夜子の気が済むまで頭を撫で続けておくことに決めた。
黒羽亜夜子
四葉家の分家の一つ、黒羽家の長女で、齢は一つ下。
中学三年生でありながら、真夜の使者を務め、工作部隊を率いて活動をすることもある。
そして、唯一、異能を用いた実験の被害を被った人物である。
このことは亜夜子本人を含めた四葉家の人間はおろか、深桜以外に知る者はいない。
好奇心が故に執り行われた実験、悪戯感覚であったが故に起きた出来事だった。
親戚の集まりの場で、深桜と亜夜子は顔を合わせいるが、それはあくまでも凡そ十年前の出来事、それも数回あった程度の話でしかない。
深桜が軟禁生活を送ることが決まってからは一度も会ったことはなかった。
先に述べたように、亜夜子は真夜の使者を務めることがある。
その練習としてなのか、それとも本当に使者として使われていたのか、同年代の子と触れ合わすためなのかは知らないが、真夜から頼まれた言伝を伝えに、亜夜子は深桜の所を訪れるようになった。
それは今から数えれば二年前の出来事で、亜夜子が中学に上がってから始まったことだった。
幼いころに数回会った程度の人物を憶えている訳はなく、亜夜子が深桜に取っている心理的距離はほぼほぼ他人といったものだった。
こればかりは無理もない話であり、ここで終わる話だったが、この時深桜が気になっていた事がここに関係するため、終わらなかった。
それどころか、始まったと言ってもいいだろう。
深桜が気になっていたのは一つの異能。
対象が他人に対して置いている心理的な距離を識別し、それを参考にして対象と自分の心理的距離を自在に調整できる能力。
端的に言い表すなら、「本物の感情を偽りで塗りつぶす」能力。
この異能の使い勝手を深桜は知りたかった。
四葉家が用意する魔法師らで実験する気にはなれなかった。
そんな時に使いとして遣わされ、深桜にとって都合がいい心理的距離、心理模様を亜夜子は描いていた。
そして深桜は、この機会を逃すような人ではなく、気になる事を確かめるべく実験の準備を始めた。
深桜が知りたかったのは、
この実験を行うための下準備として、深桜は亜夜子と仲良くなることに尽力し僅か半年で「仲の良い姉妹」と言えるような関係性へと至った。
そういった心理的距離を亜夜子がとっている事を認識した深桜は、次に訪れる時に実験を開始することに決めた。
亜夜子が深桜の所へ訪れている間、仲の良い姉妹と言える心理的距離を亜夜子が違和感を覚えざるを得ないほどに距離感を縮める。
そして亜夜子が帰るときに、縮める前に取っていた心理的距離へと戻す。
どれくらい縮めるのかと言われれば、今、某妹様がお兄様に取っている距離感より近い、といったところだろうか。
この時期の深雪が達也に取っている心理的距離を深桜は知る術がないため予想でしかないが。
魔法を使えないという前情報や、魔法を発動させるときに生じるサイオンの動き、エイドスの反発を感じなかったことがフィルターとなり、精神干渉を受けていると亜夜子が気付かないという賭けが生じるが、深桜は、バレたらバレたでいいや、という投げやりと言える心構えを前もって済ませている。
会っていない時間に、深桜に会っていた時に覚えた違和感を思い出させることが目的だからだ。
違和感に付随させる形で、
普段の自分であれば考えられない方向性へと感情が動く。
それが深桜に会っている時に毎回起こる。
本物の感情を偽りで塗りつぶすのではなく、生じさせた偽りの感情から本物の感情を芽生えさせることが出来るのか。
深桜が亜夜子に行った実験はそういうものだった。
亜夜子がある日降って湧いたこの惑いをどのように整理したかは今の彼女の様子を見れば分かるだろう。
亜夜子が深桜に対して取る心理的距離から判断し、深桜は実験を終えようとしたところで問題が一つ発生した。
実験を終えるにあたって、心理的距離を元々の「仲の良い姉妹」へと戻す為に、逆のプロセスを行ったときのことだった。
深雪の達也に対する傾倒具合は、亜夜子にも受け継がれていたようで、一向に戻る気配がなかった。
それどころか、実験を行っていた時に感じていた気持ちなどが感じられないと、深桜は亜夜子に泣きながらの謝罪を受けてしまう始末であった。
会っているときに感じなかった思いを、記憶を思い出すときに感じるのだと。
それとなく非道な事をやっていると自覚していた深桜はここで亜夜子に対して
亜夜子をこのままにしておくことで得られる利を考慮した結果でもあった。
これこそ非道と言えるが、
ここまで弄っておきながらどの口が言うのかと思えるが、深桜はこれ以上の干渉を亜夜子に行うことに思うところもあった。
要は諦めて、時間が解決することに掛けた。
深桜に異能で振り回された等と未だに知らない今の亜夜子はあくまでも自分の意志で深桜の使い走りとなっている。
自分が役立てることで深桜の役に立ちたいという思いで。
今、亜夜子が深桜に抱き着いているのは使いを見事果たしたという意思表示を兼ねた自分へのご褒美タイムといったところである。
このお使いを果たす為に四葉家に赴かねばならなかったからか、深桜はいつも以上に頭を押し付けられている気がしてならなかった。
満足したのだろうか、亜夜子は突然深桜から離れ、深桜が取ってくるように言われていた物を渡してきた。
亜夜子にお礼を言った後、深桜は気になっていたことを聞いた。
「亜夜子はこの後どうするの?」
「どうすると言われましても…。時間が時間ですし、どこかに宿泊しようかと思います」
「そう…」
深桜は少し考える素振りを見せ、亜夜子を使う事に決めた。
「ねぇ、亜夜子。貴女さえ良ければ私が宿泊している部屋に泊まらない?」
「え?」
何を言われたのか理解できなかったようで、亜夜子は辛うじて聞き返すも固まってしまっている。
そんな彼女の様子を見て、深桜は冗談で変な方向から畳みかけてみる。
「彼是一週間近く泊まっているけれど、私以外の人間に出入りさせていないし、シーツの交換も行っていないわよ」
「泊まります!」
その言葉を受けて、なのかは分からないが、食いつく様に返事した亜夜子に深桜は思わず顔を引きつらせてしまう。
深桜としては、変な目で見られる未来を予想していたがゆえに。
しかし、亜夜子が泊ってくれるのは好都合。
気を取り直し、深桜は亜夜子に今渡された物の一部を除き、亜夜子に渡しながら用件を告げた。
「それじゃあ、こっちは部屋に持っていって貰えるかしら?」
「…必要ないってことですの?」
苦労して調達したというのに部屋に持っていくように言われ、亜夜子は聞き返さずにはいられなかった。
先程までの幸せそうな表情から打って変わって、泣き出しそうな顔を浮かべる彼女を見て深桜は思わず笑ってしまう。
「違うわ。さすがに軍の施設に銃器の類を持ち込むのは面倒だから、元々部屋まで自分で運ぶ予定だったの」
そもそも銃器を持っている人間が限られている訳なのだが、そこにつっこむ人はいない。
それ以前に二人以外にここにいない。
深桜のその言葉で安心したのか、亜夜子の表情は和らいだものへと変わった。
表情の揺れ幅の大きさが面白いとすら思えている深桜は、亜夜子に宿泊施設の場所と部屋の鍵を渡した。
どこか急ぎ足で去っていく亜夜子を見送った後、深桜は亜夜子に託さなかったモノ 特殊な加工を施したコインの一枚を取り出し、親指で宙へ弾き上げた。
深桜の直感はとあることを彼女に訴えかけていた。
少なくとも真夜には、異能の存在を知られていると。
プロセスが違うため亜夜子は上手く騙すことは出来たが、仕事を言い渡す真夜が亜夜子の唐突とした変化から気が付かないとは思えないからだ。
精神干渉に長けていると言ってもいい四葉家、その当主ともなれば、尚更だろう。
異能でなくとも精神に干渉する術をもっていると考えていてもおかしくはない。
突然、亜夜子が心変わりした、と言えばそれまでではあるのだが、本当の所を深桜が知る術はない。
気にしたところで今すぐどうにかなるわけでもないと判断し、深桜は会場へと戻って行った。
◇ ◇
第二試合は第一高校対第二高校の試合。
昨日に事故が起こったというにも関わらず、試合が行われるステージは市街地に決まった。
このことについて誰一人として文句を言わなかったのはそれぞれに思惑があったからなのだろうか。
それは分からないが、室内だから日傘はいらないわね、などと宣う一高生徒がいるぐらいなので、先の事故は既に忘れ去られたと言われても仕方がないだろう。
その一高生徒こと深桜は自陣のモノリスの前に置いた椅子に腰かけていた。
市街地というのだから椅子の一つや二つ見つかるのではと探索した結果、椅子を数脚見つけることができ、そのうちの一脚を拝借した次第だ。
自陣敵陣共に、モノリスが設置されたのはビルの中層、具体的に言えば五階建てビルの三階に設置された。
やる気あるのかと一高の応援席のみならず、二高の応援席および一般の観客席らも騒ぎ立てる人がいるのも無理はないだろう。
深桜の装いは先程行われた八高との試合の時と変わっていた。
と言ってもCADが新たに二つ追加された程度だが。
左腕に腕輪型のCADが装着され、右太腿に装着されたホルスターに長銃型のCADが収められている。
その手に小通連が握られている様子を見れば、あくまでも主な戦闘法は超が付くほどの接近戦だとでも言うのだろうか。
三人目だからか、複数のCADの同時操作という技術の難易度が下がった様にすら感じるのは気のせいだろう。
そんなことを摩利と真由美の二人は話しながら、試合の展開を見守っていた。
試合が始まって数分ではあるが、当然ある程度の動きは起きている。
モノリスの前で椅子に座っている女子生徒は兎も角として、達也は相手オフェンスの警戒を潜り抜けるために建物の陰から陰へと移動し、幹比古はというと三階より上の階層に隠れていた。
それに対し、第二高校の三選手の内二名がオフェンスとして第一高校の陣地へ向けて進んでいる。
第一高校のディフェンスと違い、第二高校のディフェンスは建物の外へと気を張るように警戒している様子が伺える。
その違いを見せられると深桜の在り方に疑問を禁じ得ないのも無理はない。
深桜としては相手選手が来るまでの間モノリスの前で仁王立ちし続けるような真似事をするのはもう嫌だし、何より、
五階建てのビル程度であれば把握し続けられる以上立っている事すら面倒になっている節すらある。
このことを知る者が一人でも居れば深桜の今の振る舞いがどういうことかを説明する者が現れただろうが、当然の様にそれを出来る者はいない。
深桜が映し出されたのが何回目になったころか、不思議な光景がモニターに映し出された。
「面白いくらいに髪が躍動しているな」
「笑っちゃだめよ?」
「笑っている奴に言われてもな…」
二人はそう言いながらモニターに映っている深桜を見る。
本人は椅子に腰かけてから微動だにしていないが、かなり長めでゆったりと編まれている後ろ髪が、上下左右へと動いているのが見て取れる。
髪の中には分離連結が可能な大鎌等が隠されているがそれを知る者はいない。
小通連に用いられていたドッキング技術を見て即席で作り上げたおもちゃ其の二。
某女装武偵の真似事が出来るのでは思い立ったが故に生み出された遊び道具。
元々、八意永琳のような髪型をしていたため髪の長さや髪型を変更する必要がない。
何分思いついたのが早朝の事だったため、髪の中に武器が格納されているという現状に未だに慣れず、髪を動かすことで慣れようとしているからだ。
この試合ではお披露目する気など一切ないが仕込んでいる事に変わりはなく、各パーツに含まれる金属を磁力で動かす形で髪をあっちらこっちらへと器用に振り回しているだけでる。
これから先の試合でお披露目するのかは非常に怪しい所ではあるが。
第二高校のオフェンス選手の内の一人が、第一高校の自陣へとたどり着いた瞬間、第二高校の応援席は歓声に沸いた。
しかし、それだけではなかった。
自陣に敵が侵入したその瞬間、相変わらずと言うべきか、ゆったりとした動きで椅子から立ち上がり歩き出し始めた。
立ち上がった瞬間、眉間近くに短くではあったが電流が走った。
「流石…と言うべきだろうな。敵の侵入にすぐ気が付いたようだ」
「気付いた…にしては速すぎると思うけど」
「それはそうだが…。お前のように…ってどこに向かっているんだ?」
摩利が何を言おうとしたのか気になるところだが、大方マルチスコープのような知覚手段を持っているとでも言おうとしたのだろうと、真由美はアタリを付ける。
二人が考えられるのはそこが限界点であり、あながち間違いではない。
それより深桜の動向が気になるところであった。
深桜は徐に歩きだしたかと思えば、階段突き当りに設けられた直線的なスペースで立ち止まった。
階段はここ以外にもあるのだが、ここから上がってくると確信しているのか、深桜は硬化魔法を発動させ小通連を抜いた。
魔法の発動にはエイドス側から不可避の反動が生じる。
それは同時に魔法を発動した時の居場所がバレたも同然である。
深桜の場合は居場所を教えた、というのが正しいのだろう。
小通連を抜いてからその場からは動かない。
第二高校の応援席は今の内にモノリスを割るべきだと声援を送っている。
無情にもそうはならず、オフェンス選手は深桜が魔法を行使した地点へと移動を開始した。
警戒しながらではあるが、一階から二階へと移動し、そして深桜が待ち受ける三階へとたどり着いた。
ここで第二高校選手の誤算が一つ。
屋内というスペースが制限された場所でどうやって深桜が届かない距離から魔法を放てるというのだろうか。
モノリスが設置されたのが屋内であり、それも外から狙撃も行えない場所に設置されている以上、接近しない以上どうしようもない。
通路へと躍り出たオフェンス選手が目にしたのは、上段に獲物を振り上げた深桜の姿だった。
お互いの距離はそう遠くはない。
先の試合を見ていた者は、深桜がこの後どういった動きをするのかそれとなく理解した。
そしてそれはオフェンス選手も同じことだった。
五メートル以上は離れていた距離を一瞬で詰めるように踏み込み、無骨に、正面から叩きつけた。
そこで決まったと誰もが思ったが、そうはならなかった。
上段に構え、次の動きが予期しやすかったからか、深桜対策として防具を身に付けていたからか。
オフェンス選手は両の手をクロスさせ刀身を受け止めることにしたのだった。
とっさの事であり、他の抵抗手段を行うだけの技量を彼は持っていなかったが故でもあった。
結論から言えば、受け止める、ことは出来なかったが、戦闘続行不可能に追い込まれたわけでもなかった。
だが、正面から受け止めざるを得なかったからか、オフェンス選手は両膝をつかざるを得なかった。
痺れているのか分からないが、両腕の感覚はなくなり力もなくだれている。
しかし、そんな現状を彼はそうなるだろうと予想していた。
そして、初撃を防げれば反撃に移れるだろうと。
彼は深桜が見せた一撃の火力は移動速度にモノを言わせた一撃だと認識していた。
移動距離が無に等しいこの距離で放てる打撃はそんなに高いものではないと。
小通連の刀身と仕組みを見ればそう判断するのは無理もなかっただろう。
それが大きな誤算だったと気が付いたのは試合が終わってからの事。
オフェンス選手が深桜の一撃を凌いだことを受け、第二高校の応援席から歓声が上がったのも、第一高校の応援席それも深雪の周りに位置する一年女子たちが悲鳴のような声を上げたのも当然だった。
オフェンス選手は、獲った、と信じ、腕輪型のCADから送られてくる起動式から魔法式をくみ上げようとした瞬間、意識を刈り取られた。
葦名流・一文字・二連
一文字に加え、反撃が来るならばもう一度叩き割る。
追加で放たれたその一撃で応援席の有り様は切り替わった。
反撃に移れると思ったその矢先、その希望をあっさりと奪われたのだから仕方がないと言えた。
深桜は納刀するも魔法を解いたわけではないのが見てとれる。
その行為に疑問を覚えるのも当然であったが、その意味は直ぐにわかった。
反重力系の魔法を使ったのかは知らないが、窓から別の選手が飛び込んできたのだ。
階段付近まで移動していた深桜と飛び込んできたオフェンス選手の距離は十メートルの範囲外であった。
その幸運とも言える距離はオフェンス選手を勇猛にさせた。
まるで仇を討つかのような咆哮を上げながら起動式を読み込み魔法式を組み立てる。
深桜からすれば、一歩で詰めれないなら二歩で詰めればいい話。
しかし折角なので秘伝技の練習台になってもらおうと深桜は思い立ち、納刀した形から動かない。
オフェンス選手が魔法の構築を終え魔法を放とうとした瞬間、サイオンの奔流がオフェンス選手を襲った。
その奔流はオフェンス選手が組み立てた魔法式を呆気なく吹き飛ばした。
「……どっかでみた覚えのある光景だな」
「……そうね」
術式解体
問題はその使い手にあった。
使い手がほとんどいないと言われている対抗魔法を扱える選手が同じチームに二人存在していることも驚愕に値するのだが、深桜が放った。
達也と違う点と言えば、特化型の補助機能なしに眉間の先から術式解体が放ち魔法式を吹き飛ばしたところか。
圧縮されたサイオンの塊が眉間の先から発射される様はモニター越しで見る者たちに興奮を与えていた。
「達也くんが使えるのだから、その姉が使えるのも不思議ではない…のか?」
「その理論で行くと深雪さんも使えることになるわね」
大いに考えられることだが、正直考えたくもないという意識の表れからか、その会話は続くことは無かった。
術式を吹き飛ばされた当人はと言うと、困惑を隠しきれない様子。
その狼狽え様はもはや目を当てられないほどのもの。
近距離以外は不得手だと思い込んでいたのが主な原因か。
深桜からすれば不思議でならない思い込みなのだが。
それは兎も角として、術式解体は時間稼ぎとして使ったに過ぎない。
納刀の構えから高速で斬り降ろす。
傍から見れば素振りを行っただけにしか見えず、深桜のその行為に幾人かが頭をかしげた時、それは起こる。
斬撃を飛ばしたかのように、振り降ろしたその方向へと地を這うように衝撃波が飛んだ。
第二高校の二人目のオフェンス選手はなす術もなく、沈黙し倒れ伏した。
それは一瞬の間に起ったことであり、恐らくだが彼は何が起ったのかを認識する事すらできなかったことだろう。
秘伝・竜閃
呟くように深桜はその技の名を告げてみる。
魔法攻撃から生じた衝撃波が、物理攻撃と魔法攻撃のどちらに当たるのかなど、一選手である深桜が判断していい事柄ではない。
もし物理攻撃として認められた場合、一高は失格となってもおかしくない。
それは避けなければならないことであったため、深桜は使ってみたい魔法や秘伝・竜閃のような大会規定に従うために用意された魔法ばかりを収録した腕輪状の汎用型CADから起動式を、秘伝・竜閃の型と魔法式をリンクさせ魔法として、その技を放った。
しかしそれで感慨深いなどと深桜は思えず、それどころか虚しさを感じた。
異能の影響で超人と化していると言えども、魔法などを使わず、彼の御業を再現したいという思いが強かったことが大きいだろう。
仕方がない部分があるとはいえ、決して喜ばしくはない。
下向きな気持ちを振り払うため、振り下ろしたままだった刀身を鞘に納めながら口にした言葉をマイクは拾い上げた。
何も収穫が無かったわけではないと、自分に言い聞かせるように零れたその言葉を。
十九メートル…か。魔法でこれだと、魔法なしなら数メートルぐらいは飛ばせそうね。
この言葉を聞いたエリカや摩利、その他の剣を握ったことのある人間が皆、ふざけるな、あり得ない、などと叫んだと言うが真実を知る者はいない。
ただ、会場に訪れていた面々は皆叫んだことだけは確かだった。
一連の戦いが終わったのを見ていたのだろう。
幹比古が上階から降りてきて、二高選手二人のヘルメットを取り外す光景が映し出されていた。
雑用の為に使われているのかと疑わしくなるが、規則に記されていないが規則内である項目が適応されるのかが分からないためこういった処置をとっているに過ぎない。
それが分からぬ者共が何やら騒いでいるが、深桜らが知る由もない。
異性間、及び女性同士の戦いにおいて、ノータッチルールと呼ばれる身体的接触を禁止するというものがある。
魔法を使用した模擬戦で適応されるルールなのだが、見方を変えればモノリス・コードも魔法を行使する模擬戦と見なせる。
このルールが適応されていた場合、ヘルメットを取り外す際に身体的接触が起った場合、失格となってもおかしくはない。
元々男性用の競技であるためモノリス・コードのルールには記されているわけはなく、正直どう転ぶか分からない点なため、幹比古がこき使われることとなった経緯である。
この後、第二高校の陣地に辿り着いた達也がモノリスを割り、幹比古が達也が喚起した精霊を通じて見たコードを送信したことで試合が終了した。
オフェンス選手が両名とも倒された後から、試合終了までの観客席、特に第二高校の席は目を当てることが出来なくなっていた。
そんな事態を作り上げた張本人はと言えば、モノリス前に置かれている椅子に座り、呑気に髪を揺れ動かしていた。
◇ ◇
決勝トーナメントの組み合わせが発表された。
準決勝での組み合わせは、第一試合が第三高校対第八高校、第二試合が第一高校対第九高校となった。
試合開始時刻は正午。
深桜は達也たちと別れ、一人作業車に来ていた。
達也がランチボックスを手にしていたことから、早めの昼食を摂ると容易に予想が付く。
深桜も誘われはしたが、優先すべき事態が発生したため、遠慮した次第である。
相手を叩き上げた影響か、技の練習を行った影響か、はたまた一撃を正面から受け止められたからか、理由は色々と考えられるが、刀身に早くもガタが来ていたのだ。
即席で作られたため、耐久性に元々問題があったことも考えられる。
「……九頭龍閃に一回耐えられたらいい所、といったところかしらね」
刀身の状態を確認したあと、独り言の様に呟く。
そんな状態だからと言って、新しく刃を用意することもできない。
資材が手元にないのだから仕方がないとも言える。
取り敢えず、刀身の状態は分かったので、先に腕輪型のCADを取り外し、中に登録していたデータ全てを抹消する。
中には術式解体も含まれているが、全くと言って問題は無い。
というのも、髪の中に仕込んである拳銃型のCAD二丁の内の一丁にも登録されているためである。
腕輪型のCADから起動式が送られているのを見せたため、上手く騙されて欲しい所である。
腕輪がないから術式解体も秘伝・竜閃も撃ってこないと。
そんな事を考えながら、髪の中に仕込んでいた大鎌、拳銃型のCAD二丁、コイン数枚を取り出し、そして髪のほぼ先端部分で髪を纏めていたアクセサリーを取り外した。
アクセサリーと言っておきながら、その実、腕輪型のCADを小型化したものであり、中には一つだけ起動式を記録することが出来るようになっている。
中に記録されている起動式は
深桜の魔法力の関係上、砲弾初速1030m/sec、連発能力8発/min、着弾分布18.9mmという異能で目一杯出力抑える状態でなおかつプールの水で威力を大幅減退させることで測定できるというこの記録が、深桜が魔法で放つことができる最大値となっている。
それは兎も角として、深桜は再度髪を結びなおす。
仕込み直した後、違和感が無いかを確認するが、分かるのは頭が非常に重いと言うことだけ。
それは修正できた事に変わりない。
ここで時間を確認すると、正午近くになっていた。
本来なら達也たちと合流すべき時間帯だろうが、深桜が取った行動は別のモノ。
分かりやすく言えば、昼食を摂ることに決めたのだ。
一人で食事を摂るという生活には慣れている。
何せ、十年近く続けてきたこと。
高校に入ってからも続くとは思いもしなかったが、この夏が終わる頃には深雪たちと食事にすることができるだろうか。
そんなことを考えながら、深桜は深雪から分けてもらった昼食を口にした。
準決勝は幹比古の独擅場となり、幹比古と達也の活躍により一高の勝利で幕を閉じた。
幹比古がやってのけた芸当によって、相手オフェンスがモノリスまでたどり着けないという事態となり、深桜はモノリスの前で立ち尽くしていた。
ただ、小通連を使わずに済んだと言うのは喜ばしい事だろう。