終わらせる者   作:MUL

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終わらせる者

命の音がしなくなった街の中を、一人の青年が歩いていた。

着ている衣服は煤と血で汚れ、所々に鋭い刃物のようなもので切り裂かれた跡がある。

それを纏う青年の体にも無数の傷が刻まれていた。

傷だらけの体を抱え、足元もおぼついていないが目だけはしっかりと行くべき場所を見つめている。

 

数日前まで少なくとも表面上は平穏だった町の影は今はもうない。

視界に移るのは崩れた建物のがれきとあちこちに散らばるイノチだった者たちの残骸ばかりだ。

 

ふとした拍子に残骸の一つと目が合った。

うつろに開かれた目は何かを訴えているようで、見続けていればそれを読み取れるような気がして少し、足を止めた。

名も知らぬ誰かの躯を見てそんな気になったのは、もういなくなった人たちの誰かに重なった気がしたからか。

 

少しの間、それを見つめていた青年だったが頭を振ると再び前を見て歩き出した。

どれだけ見つめていても失った命は帰ってくることはないし青年にはここで止まってはいけない理由がある。

 

青年の名は「水澤悠」。

8年前、世界的な大企業である野座間製薬が開発した”アマゾン細胞”をめぐる運命に翻弄され続けた人物の一人である。

 

 

”アマゾン細胞”

 

野座間製薬が開発したその新種の細胞は本能として人のタンパク質を求める習性を持つ。

それを培養し、人型にまで成長させた人食いの怪物「実験体アマゾン」。

すべては8年前、野座間製薬で発生した事故により約4000体の実験体アマゾン達が逃げ出したことが始まりだった。

様々な理由から金のためにアマゾン達を駆除する戦いに身を投じた「駆除班」のメンバーたち。

開発メンバーとしての責任からアマゾンを駆逐するために自らの体にアマゾン細胞を移植した元研究員の「鷹山仁」

そして、アマゾン細胞に人間を遺伝子を組み込むことで生まれた第3の存在である「水澤悠」

多くの人々の運命を巻き込んだその戦いは、対アマゾン用ガス兵器を使用した”トラロック作戦”により多数の実験体アマゾンが駆除されたことによってひとまずの終わりを迎えたのだった。

 

しかしその5年後、新たな戦いが巻き起こる。

ある条件によって生まれた人に感染し人をアマゾンに変える溶原性細胞と名づけられた新種のアマゾン細胞により、アマゾンとその犠牲者の数が激増したのだ。

そして始まった溶原性細胞をめぐる戦いも、多大な犠牲を払いながらもオリジナルを持つ新種のアマゾン2体が駆除されたことにより一応の終息を見た。

 

しかし、オリジナルがいなくなったとはいえこれまでにばらまかれた溶原性細胞による潜在的な感染者の数は推定数万に及ぶ。

それらの脅威に備えるため、対アマゾン用の特殊対策期間”4C”では失った戦力の補充が急務であった。

 

そんな中、失った戦力を補充するという名目のもと4C局長である橘雄悟によりある計画が推し進められた。

 

”シグマ・スクワッド計画”

 

それは、人間の遺体にアマゾン細胞を移植したシグマタイプと呼ばれるアマゾンのみで部隊を編制するという人道から大きく逸脱した悍ましい計画であった。

もちろん、このような計画は通常であれば許可など降りるわけがない。

しかし、家族、友人等近しい人々が突如として人食いの化物になるかもしれないという現実の恐怖による影響はあまりにも大きく、結局は非公式ながらこの計画は実行されたのであった。

 

様々な思惑が入り交じり始動した計画は目覚ましい戦果を挙げた。

元が死体であるシグマタイプには感情がなく、命令には従順で痛みも疲労も感じない。

さらには人間ではありえないアマゾンであるからこその膂力に加え、標準装備として用意されたアマゾンの力を強化するための”ネオアマゾンズドライバー”によりその力はまさに圧倒的であった。

 

計画責任者である橘はこの結果に大いに満足し、さらなる拡大へと邁進していったのだった。

 

しかし、順調に見えた計画は突如として破綻を迎える。

彼はもっと深く受け止めるべきだったのだ。

 

1年前、イユという少女の遺体を利用したシグマタイプのアマゾンが感情を取り戻した(・・・・・・・)という事実を。

 

 

SS計画に利用される人間の遺体は、非公式ということもあって実に様々な所から集められた。

アマゾンによって殺害された元4Cのメンバーはもちろんのこと、腕が立つならばということで裏社会の人間の遺体なども利用されていた。

その中にはその実力と頭脳、そしてその異常な精神性から危険視されて多数の裏組織によって処分された凶悪な人間達の遺体も混ざっていたのだ。

 

その男に感情が戻ったのは突然だった。

本当にある日突然。些細なきっかけから夢から覚めるように感情を取り戻した。

感情を取り戻しても男は冷静だった。

 

下手にそれを悟られればすぐに処分される。

 

男は表面上今まで通りの無感情を装い、ひたすら時を待ったのだ。

生前の同志たちが自分と同じように感情を取り戻すその時を。

 

そうして待ちに待った時がくる。

順調に感染者の駆除を進めていた4Cはその日、突如として内部から崩壊した。

 

計画名から自らを”シグマ・スクワッド”と名乗ったシグマタイプの軍団が次に狙ったのは野座間製薬だった。

4Cを制圧した後すぐさま野座間製薬へ侵攻し、電撃的にその中枢を掌握した。

こうして、人類はアマゾンに対する抵抗手段を失ったのだ。

 

 

そこから地獄が始まった。

街を丸ごと手中に収めたシグマタイプ達は暴虐の限りを尽くした。

逃げようとするものを殺し、逆らうものを殺し、気の向くままに殺した。

そしてその死体から新たなシグマタイプが生みだされた。

町丸ごとを人質に取られ、外部から手を出すことはできない。

運命は内部の抵抗勢力にゆだねられた。

 

 

元駆除班のメンバー、4Cの生き残り、そして悠と仁が中心となり、人々は散発的な抵抗をつづけた。

圧倒的な戦力差を経験とチームワークで補いながら各個撃破で局所的勝利を奪っていった。

しかし、それも長くは続かない。

4Cと野座間製薬を押さえられている以上、物資の補給は絶望的だった。

協力者たちが一人、また一人と散っていった。

アマゾンにとっての死神であった鷹山仁も、ついには斃れた。

長年の戦により、彼の体はもう限界だったのだ。

削っても削っても死体のある限り増えていくシグマタイプ達。

抵抗は、もう限界を迎えていた。

残存した抵抗勢力は残った物資と人員をかき集めて最後の作戦にすべてをかけることを決定した。

そして―――

 

歩き続けてきた悠の足が、とある建物の前で止まった。

 

―旧4C本部

 

シグマタイプ達のリーダーが拠点にしている場所であった。

 

見える範囲に警備などはいない。

今、仲間たちが決死の陽動を行っているのだ。

 

所々が破損した建物を見つめながら、悠の右手は無意識に自身の首元に手をやる。

首にかけられた黒い紐を胸元から引っ張り出すと、その先端には6枚の汚れた5円玉。

駆除班メンバーとの絆の証を見てそっと微笑むと、それを再び胸元にしまい入り口に向けて歩き出した。

 

動力の切れた自動ドアをくぐり、入り口付近の柱の陰へと進む。

陽動で大半の敵がそちらに向かっているものの、いくらかは中に残っているだろう。

あまり時間はないがここからは慎重に行動し、最小限の消耗でヤ(・)ツ(・)のもとへたどり着かなければならない。

胸の奥で一定のリズムを刻んでいる音が外へ響いてしまうような気がして、右手でぐっと胸を抑える。

周りを慎重に見まわし、動き始めようとしたその時―

 

「ようこそ!歓迎するぜ水澤悠。」

 

その男が現れた。

シグマ部隊のシンボルマークを付けた黒の4Cの制服を着込んだ30代ぐらいの見た目の男。

常に冷たい笑顔を張り付けているこの男こそ、部隊の隊長であり今回の件の首謀者だ。

 

「そこにいるんだろ?隠れてないで出て来いよ。面と向かって話そうじゃないか。」

 

―気づかれていた。

この期に及んで隠れている意味はないだろう。

内面の動揺をどうにか隠しながら、ゆっくりと男の前に歩み出る。

目の前にいるのはこの地獄の主であり、不死の軍団を率いる悪魔だ。

付け入る隙を与えるのは極力避けたい。

そう考えながらこちらの内心を見透かしたような酷薄な笑みを浮かべている男をにらみつける。

 

「松岡。あなたを、殺しに来た。」

 

悠の言葉に男―松岡の笑みが一層深くなる。

 

「へぇ。旧式が大きなことを言うじゃないか。―と言いたいところだが」

 

「正直お前たちがここまで頑張るとは思ってなかったんだ。無駄な抵抗だが、簡単すぎるよりは全然マシだ。」

 

芝居がかかったような大きな動作に、悠の嫌悪感が増していく。

出迎えられた以上、何か仕掛けがあるだろう。

こんな時こそ冷静な判断が必要になるが感情はすぐにでもこの男を殺したくて仕方がない。

 

「だからご褒美としてお前にチャンスをやろう。ここにはほかにだ~れもいない。正真正銘の一対一だ。」

 

極力感情を出さないように努めてきた悠の表情が驚愕に変わる。

ここまで簡単に内部に潜入できることに違和感は感じていたが、まさか本当に一人だったとは。

しかし、この男の言葉を鵜呑みにできるわけがない。

 

「そんなこと、僕が信じるとでも思うのか。」

 

「本当だって!まぁ信じられないのはわかるけどな。でもどちらにせよお前はここで俺と戦うしかないわけだ。」

 

確かにその通りだ。

事実として今この場所には自分とこの男しかいない。

このままここでもたついていたら本当に誰かが来かねないし、何よりもう本当に時間がない。

目線は目の前の男に固定したままバッグの中に手を伸ばす。

手に触れる感触は、悠が慣れ親しんだものよりも幾分か傷跡が多い。

 

(仁さん・・・)

 

悠が所持しているのは旧式のアマゾンズドライバー。

かつて、鷹山仁が使用していたものだった。

ネオアマゾンズドライバーは必用なタンパク液の供給ができなくなったことで使用不能となった。

今では仁が遺したこのドライバーだけが悠に残された唯一の変身手段となっていた。

 

悠がベルトを取り出したのを見た松岡も、戦闘服の内ポケットに収納されているアマゾンズインジェクターに手を伸ばす。

”アマゾンズインジェクター”

ネオアマゾンズドライバーの起動に必要な特殊なタンパク液が入った、注射器のような形状をしたユニットだ。

4Cと野座間製薬が所有していたインジェクターとタンパク液は、現在すべてシグマタイプ達が独占している。

 

手の中でインジェクターをもてあそびながら、思い出したように悠に言葉を投げかける。

 

「あぁ、そうそう。そういえばあの子は元気かな?お前の義妹の・・・確か美月ちゃんだっけ?」

 

「!!」

 

悠の脳裏に、ある光景がフラッシュバックする。

雨、血の匂い、途切れかけた言葉、そして・・・

頭の中が一気に沸騰しそうになる。

この男は、わ(・)か(・)っ(・)た(・)上(・)で(・)言(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)の(・)だ(・)。

 

「この前遊びに来てたから歓迎してやったんだよ。かるーく小突いただけのつもりだったけど少し加減を間違えたみたいでな。」

 

「大丈夫だったかなーって心配『アマゾンッッ!!!!』・・・せっかちだな。『アマゾン』。」

 

二人のいた地点から高温の熱波が発せられる。

変身により発生した蒸気も消えきらぬまま、緑色の体表を持つアマゾン体に変身を遂げた悠は、低い姿勢のまま目の前の紫色のアマゾンに突っ込んだ。

 

「健気だねぇ・・・。そんな旧式のドライバーで本当に俺にかなうと思っているのか?」

 

「黙れ!!あなたは必ず、僕が狩ってやる!!」

 

旧式のドライバーとネオアマゾンズドライバー。その戦力差は決して無視できるものではない。

1年前の戦いではネオアマゾンズドライバーによって変身した千翼というオリジナルの少年を圧倒したことがある。

しかし、この相手は違う。

まともな訓練も受けたことがなかった少年と比べて、この男は積み重ねた経験も技術も何もかもが違う。

アマゾンとして戦ってきた年数では確かにこちらが上だが、それ以前からずっと裏社会の修羅場を潜り抜けてきたのがこの男なのだ。

 

タックルに合わせて突き出された松岡の膝を両手で受け、その反動で飛び上がって背後を取った悠は、その背中に向けて渾身の拳を打ち出す。

しかし、松岡はこともあろうにこちらに一瞥を向けるでもなく前を向いたまま掌でその拳を掴んだ。

突き出した勢いのまま腕を引っ張られ、態勢を崩して無防備な脇腹に、逆に紫の拳がめり込んだ。

 

ボキリ、と。

肋骨が砕ける嫌な音と共に激痛が走る。

掴まれた腕を何とか振りほどいた悠は、距離を取って荒い息を吐きながら松岡のほうを振り返った。

追撃を気にした悠だったが、不思議なことに追いかけてくる気配はない。

当の松岡はというと、こちらを見ることもなく、怪訝そうに先ほど悠の拳を掴んだ自分の右手を眺めていた。

 

「おかしいな・・・。お前、こんなに弱かったか?」

 

「・・・。」

 

痛みをこらえ、息を整えながら松岡の言葉に別の意味で奥歯をかみしめる。

この戦いが始まる前から悠の体には無数の傷がついていた。

実験体とも仁とも違う、第3の存在として生み出された悠の回復能力は、はっきり言って常軌を逸している。

それこそ致命傷クラスの負傷でさえも、タンパク質さえ接種していれば一日もたたずに完治してしまうほどに。

それがあの状態だということが表すのはつまり――。

 

ハァ―――。

と、目の前の男がため息を吐く。

心底がっかりした、とでもいうように口を開いた。

 

「お前、エネルギー補給してないのかよ。」

 

図星だ。

シグマタイプが本格的に行動を起こして以降、まともに食料を調達することもだんだんと難しくなっていったのである。

それでもそんな弱みは見せまいと、悠は精一杯の虚勢を張る。

 

「あなたには関係ないことだ。」

 

「大有りだバ~カ。せっかく楽しめると思ってたのに。お前もアマゾンなら、弁当なんてその辺にいくらでも転がっているだろ?」

 

アマゾンの弁当。

その内容は、言うまでもないだろう。

確かに人間の肉を接種していたらエネルギーを回復し、さらに肉体を強化することもできただろう。

でも悠にその選択は選べない。

その選択をしてしまったら最後、もはや悠は悠ではいられなくなるだろう。

自分をここまで連れてきてくれた人たちのためにも、そんなことはできない。

 

「ハァ。まぁいいや。せめていい声で鳴いてくれよ。」

 

≪Blade loading≫

松岡がネオアマゾンズドライバーにセットされたインジェクターのレバーを押し込むと、その腕が変質し硬質な刃が姿を現した。

刃を正面に構え、悠目がけて突っ込んでくる。

悠も、ベルト右側にある"バトラーグリップ"を引き抜きブレイドへと変化させて応戦する。

 

金属が打ち合う音が、エントランスホールに響き渡る。

インジェクターによって強化された松岡のブレードは強力で、たった数度打ち合っただけで悠の持つアマゾンブレイドにはもう罅が入り始めていた。

さらに加えられる斬撃。

逆袈裟に振りぬかれた斬撃を受け止めようとして、とうとう悠のブレードが砕け散った。

武器を失い、無防備になった胸部が大きく十字に切り裂かれる。

出血とダメージで膝をついた悠の四肢に、容赦なく斬撃が叩き込まれた。

決して致命傷にならない程度の攻撃。

悠はただできるだけ長く苦痛を味合わせてやろうというような松岡の嗜虐的な嗜好により生かされているだけのような状態だ。

うずくまった悠の脇腹に、強烈な蹴りが突き刺さる。

ご丁寧にも先ほど砕かれた場所と同じ位置だ。

衝撃に耐えきれず吹き飛んだ悠は、床を何度も転がり、数度せき込むと口から大量の血液を吐き出した。

折れた肋骨が肺に刺さったようだ。

 

倒れたまま動けない悠のもとに、ゆっくりとした足取りで松岡が近づいてくる。

恐怖をあおるようなその音は、悠に死を告げる死神の足音だ。

 

自分で立つこともままならなくなった悠の頭部を掴み、無理やりに立たせるとそのままエントランスの大きな柱にたたきつけた。

 

「なかなか楽しかったがもうおしまいだぜお坊ちゃん。お仲間も見る目がないねぇ。一番肝心なこいつがこんな甘ちゃんとは。」

 

意識が朦朧としている。

血を大量に失った体は、末端からすべての力が抜け落ちていくようで。

必ず殺すと誓った目の前の男の声すらまともには聞こえていない。

しかし、こんな状況でも一定のリズムを刻む体内の音だけはやけにはっきりと聞こえていた。

 

「な・・・で・・・」

 

「ん?なんだ?」

 

「な・・んで、こんな・・ことを・・・?」

 

それは、生き残った人々全員の疑問だった。

いくら一人一人が強力な力を持ったアマゾンシグマの軍団でも、地方都市一つを抑えたところでどうにもならないはずだ。

今は混乱の中、手出しできない状況が続いているとはいえこれだけ大掛かりにことを起こしているのだ。時間が立てば国、ひいてはその思惑はどうあれ世界も動き出すだろう。

松岡たちのこの行動に、先はないのだ。

 

「別に。」

 

今まで少なくとも表面上は楽しげだった松岡の口調から、すべての感情が抜け落ちた。

薄桃色の複眼の奥には、ただただ何もない空間が広がっているようだ。

 

「俺たちは何も求めちゃいないしどこを目指してもいない。ただただこの体が朽ち果てる時まですべてぶっ壊していくだけだ。」

 

「橘には感謝している。生きていた証すら残せず死んでいった俺たちに、こんな力を与えて蘇らせてくれたんだからな。」

 

悠を掴んでいた腕の力が少し緩む。

しかし、それを払うことはできず、その独白をそのまま聞いていた。

 

「俺たちは生まれた時から、何も顧みられることはなかった。目的があって生み出されたアマゾン以下だ。一度も誰かに望まれたことはなかった。」

 

「それでも生きていたんだ。ただ漠然と死にたくはなかった。だからクソみたいな世界で腕を磨いて何とか生き延びようとした。」

 

「でもその結果として俺たちは殺された。元々不要なヤツが何をどうしたところで結局は邪魔になるだけなんだとさ。」

 

人間社会の裏側を知らない悠にとってそれは衝撃的な話だった。

悠はずっとただの人間に憧れていたのだ。

生きることが許されないアマゾンではなく、ただ純粋な人間として生まれたかった。

そうすれば少なくともただそこにいるというだけで命を狙われることもなく、自由に生きられたのかもしれないのに、と。

 

「だから感情を取り戻したときに決めたんだ。何も得られなくてもいい。ただ爪痕ぐらいは残してやろうと。俺たちの痕跡を、この世界に刻み付けてやるんだ。」

 

「一度死んだ身だ。この先いつ死んだってかまわない。ただ、傷はデカけりゃデカいだけいい。」

 

「だから死ね、水澤悠。お前を殺し、お前の仲間たちを殺し、俺はこの体が朽ち果てるまで世界の傷口を広げてやる。」

 

そういうと松岡は腕のブレードを消し、左手で悠を掴んだままゆっくりと右腕を掲げる。

最後は直接自分の手で、ということなのだろう。

 

「これで最後だ。先に地獄で待ってろ。俺もそのうち行くからな。」

 

その言葉を別れの言葉として、とうとう死神の鎌は振り下ろされる。

すさまじい勢いで付きこまれた右の貫手は悠の腹を貫通し、背後の柱すらも貫いた。

血しぶきが松岡の顔へと飛び散る。

悠の全身から力が抜けていくのを感じ、右腕を引き抜こうとしたとき――

 

 

――再び動き出した悠の両腕が、その腕をがっちりと捕まえた。

 

 

「何?」

 

もう死んだと思った相手の予想外の行動に、流石に困惑の声が漏れる。

全身は傷だらけで、腹部にも大穴があいている。しかしその目にだけははっきりと命の炎が宿っていた。

エネルギーがほぼ枯渇した状態でなぜここまで動けるのか。

 

「つか・・・まえた・・・。」

 

口内の血液がブクブクと音を立て、もはや言葉なのかどうかも判別できないほどの弱弱しい声。

自分の体がもう数分と持たないことなど、悠自身にもわかっている。

しかし、それで十分なのだ。

たった数分間、この男を拘束できればそれで。

 

「で、それがどうした?それは抵抗じゃない。悪あがきっていうんだ・・・よっ!!」

 

往生際の悪さに辟易した松岡が、自由な方の左腕で悠の体を滅多打ちにする。

衝撃で体中の傷口がさらに開きおびただしい量の血が流れるが、右腕を捕まえた悠の両腕が離れる気配はない。

こういう手合いのしつこさはよく知っている。

これは完全に死ぬまでは無理かと諦めようとしたその時、切り裂かれた胸部装甲の奥にある、不自然な光を松岡の目が捉えた。

 

ピッピッピッピッピ―――

 

むき出しになったことで聞こえ始めた独特の電子音。

死体のはずの体に冷や汗が流れる感覚を、松岡は感じた。

 

「圧・・裂・・弾・・・だと?貴様ッ!!」

 

見えないはずの仮面の奥で、悠の口角がわずかに吊り上がったのを感じる。

そう。

悠は最初から真正面からの戦闘で勝てるなどとは思っていなかったのだ。

松岡の足を止め、体の中に埋め込んだ圧裂弾で自分もろとも吹き飛ばす。

捨て身の特攻こそ、今回の作戦の目的だった。

 

悠に近しいメンバーには伝えていない。

彼らは悠から別の作戦を聞かされていた。

圧裂弾を時限式の爆弾に改造したのも、それを悠の体に埋め込んだのも、すべて悠とは元々あまり接点のなかった4Cの元研究職員に悠自身が依頼して行ったことだ。

 

「こんなもの一体どこから・・・。まさか!?」

 

思い出すのは先ほどの自分の言葉。

危険を冒して悠の義妹達がこちらのテリトリーに侵入してきたその理由。

奪われたのは少量の武器弾薬と、この圧裂弾。

 

正直言って油断していた。

この期に及んであの程度の物資を奪われたところでもはやどうにもなるものではないと。

しかしまさかこんな方法でこちらを殺しに来るとは。

 

「あなたは・・・今日、ここで死ぬんだ・・・。僕と・・・一緒に・・・。」

 

悠には松岡の気持ちは理解できない。

その境遇も、この凶行に至った激しい感情も。

きっと本人でなければ理解することはできないだろう。

理解できないまま殺すことが正しいことなのかはわからない。

でも、この男は生かしておいてはならないのだ。

悠が生を受けて8年間、多くの戦いを乗り越えてきた。

実験体アマゾンも、感染したアマゾンも、それに立ち向かう人間たちも、みんな「生きるために」戦っていた。

生み出した者の責任として、アマゾンを狩り続けた仁とも違う。

この男は、多くの命を巻き添えにした自殺を実行しようとしているのだ。

 

悠には世界と人々を守るなどといった意識はない。

生まれてから数年間しか生きていない悠の世界はとても小さいのだ。

でも、だからこそそんな小さい世界の人たちには生きていてほしいと思う。

少なくとも、悠の世界の人々がこの男の自殺に付き合わされるのは我慢がならない。

 

「くっ・・・は、な、せぇ!!」

 

どこにこんな力が残っていたのか。

全身からは絶え間なく血が流れだし、目ももはや見えていないのだろう、元は赤かった複眼が今は乳白色に代わっている。

それでもこの手だけは離すまいと、その両腕に最後の命のすべてを注ぎ込んでいる。

 

「チッ!クソ・・・あんまりこの手は使いたくないんだが・・・。まぁいい。お前の覚悟に免じて、腕の一本ぐらい冥途の土産にくれてやるよ。」

 

そういうと松岡は、掴まれた右手を引き抜こうとする力を緩め、左手をスッと振り上げた。

自分の右腕ごと切り離し、脱出をするつもりらしい。

そうは、させない。

 

「な、あぁ?」

 

振り上げた腕に、緑の棘が突き刺さる。

松岡の行動を察知した悠が、さらに死力を振り絞り、肩口から自身の細胞を変異させた棘を生えさせたのだった。

以前のように、全身からというわけにはいかないが、今はこれで十分だ。

 

「う、おおおおぉ!!まだっ!俺はっ!」

 

こんなにも近くにいる松岡の声が、今はとても遠くに聞こえる。

代わりに聞こえてくるのは、今まで出会った人たちの声。

 

駆除班のみんなは、まだ無事だろうか。

頭はこちらが引き受けたとはいえ、相対している数は圧倒的にあちらのほうが上だろう。

厳しい戦いであるのは間違いがない。

どうか生き延びてくれと、胸の5円玉に願いをかける。

 

ずっと胸の奥で響いていた電子音の間隔は、徐々に短くなっていく。

もう数秒のうちに起爆するだろう。

 

短い一生だった。

僕は僕として生きることができたのだろうか。

苦しいことはいっぱいあったが、あの日、義母さんのもとを飛び出したことに後悔はしていない。

 

何も映していない視界に、ふと仁さんの顔が浮かんだ。

最後まで相容れることのない相手だったが、心のどこかで彼の生き方を認めていたし、彼に認められたいという気持ちもあった。

心の中の仁さんは、いつものようにつかみどころのない笑みを浮かべている。

そのまなざしに僕を認めてくれているような色を感じて、ただの妄想だというのに、とても嬉しかった。

 

電子音の間隔は、短くなりすぎてもはや連続した音になっていた。

いよいよ最後の時が来るようだ。

 

美月、みんな。

ごめんなさい。そしてありがとう。

 

仁さん、七羽さん、千翼、マモル君。

僕も今、そっちに行きます。

 

 

 

そうして、視界いっぱいに、光が、広がって―――

 

 

 

 

とある廃ビルの中、突如動きを止めた目の前の敵。

警戒しつつも近づき、手にした銃の先端で、再起動する様子がないことを確認すると、駆除班リーダーである志藤真は張りつめていた息をようやく吐きだした。

軍用として開発された新しいシグマタイプのアマゾンは、指揮系統を容易にするために一般のソルジャータイプと一部のコマンダータイプに分けられていた。

コマンダータイプから送られる生体信号がなければ、ソルジャータイプは機能を停止する。

 

「志藤さん。」

 

壁に背中を預け、座り込んだ志藤のもとに、同じく駆除班のメンバーである福田耕太が声をかけた。

先ほどまで凄惨な戦いが繰り広げられていたこの場所は、今は歓喜に沸いている。

遠目に見る限りでは、福田以外の駆除班メンバーも何とか無事の様だった。

 

「こいつらが止まったってことは、悠がやってくれたってことですね。」

 

「・・・あぁ、そうだな。」

 

そう答える志藤は、自らの心の内を悟られないように、天井を見上げながら右手で顔を覆った。

ここで戦闘を始める前、最後に会った悠の表情が、嫌でも脳裏に浮かびあがる。

悠本人は隠していたつもりだろうが、駆除班の仲間のうち、最も年長の志藤は気づいてしまった。

彼が、覚悟を決めていたことに。

本当にそうなったのかはわからない。

だが、おそらくはそうなのだろう。

 

「――あぁ、あいつは本当に、俺たちの最高の仲間だ。」

 

右手の隙間から零れたものが、崩れた壁から差し込む月光を反射した。

 

 

 

白いシーツが敷かれたベッドの上で、水澤美月は目を覚ました。

視線のみ動かして回りを見ると、薄暗いそこには自分のほかに誰もいない。

咄嗟に起き上がろうとしたが、その瞬間に強烈な痛みを訴え始めた体はそれを許してはくれなかった。

彼女の全身にまかれた血の滲んだ包帯が、彼女の今の状態を物語る。

何とか一命はとりとめたようだが、それでも瀕死の重傷だったのだ。

 

「――悠・・・!」

 

思い通りにならない体で、彼女は大事な家族の名前を呼んだ。

こうなってから、一体どれだけの時間が経過したのだろうか。

 

その時不意に、扉の開く音が聞こえた。

視線だけでそちらを見ると、白衣を着た見知らぬ女性。

恐らく、自分を治療してくれたのはこの人なのだろう。

 

目を覚ましていた美月に驚き、慌てて駆け寄る。

そのまま軽く検査をし始めたその女性に、美月は掠れた声で問いかけた。

 

「あの、ここは・・・?敵はどうなったんですか・・・?悠・・・は・・・?」

 

美月の質問に、女性の顔が曇る。

しかしそれも一瞬のこと。すぐに笑顔を浮かべた女性は安心させるような言葉で美月に休息を促した。

 

「大丈夫、もう全部終わったわ。だから、今は休みなさい。目覚めたらきっとまた、普通の日々に戻れるから・・・。」

 

その言葉と共に、美月の体が急激に休息を求め始めた。

瞼をあけていられない。

消えかかる意識の中、それでもなんとなくわかってしまった。

美月の大好きだった、水澤悠はもういない―――。

 

 

 

この日、人口生命体アマゾンはこの世から完全に姿を消した。

人間の肉を食らい、通常の人間では太刀打ちできない強靭な体を持つ怪物、アマゾン。

その脅威が除かれたことに、人々は喜び合い、新しい明日に思いを馳せる。

 

だが、怪物とは何なのだろう。

生物誰もがもつ、“生きたい”という欲求。

人によって生み出された悲しい生物は、ただそれに従っただけではなかったのか。

 

この戦いに終止符を打った水澤悠。

彼を覚えているものはあまりに少なく、その存在はいつか時代の中に消えていくのであろう。

“人間”と“怪物”。

その定義の中で苦しんだ彼が最後に選んだのは、“生きたい”という本能ではなく、“生かしたい”という意思だった。

本能を、理性で上回る。

それが人間の特権だというのならば、彼は確かに人間だった。

 

そして、何より。

 

大切なもののために命を賭けられるその存在を、人は英雄(ヒーロー)と呼ぶのだろう。

 




シーズン2最終回の橘局長のセリフで私が浮かんだのはこんな内容でした。
(実際はもっととんでもないものだったわけですが・・・)

【アマゾンズ×ダンまち】のクロスオーバー妄想をしていた時に導入として作った奴で、これが初作成のものです。

ゆゆゆのほうの戦闘描写が少し詰まったので息抜き(?)に。

・・・そんな事より早く続き書くべきですね。
お待ちしている方、申し訳ございません・・・。
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