TS転生したら幼馴染が光の奴隷でした   作:生野の猫梅酒

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大変お待たせしました。


Chapter13 卒業/To East

 そして迎えた士官学校卒業──と言ってよいかは知らないが──の前日、グラウンドに集まったオレたち三人はムラサメ教官と最後の模擬戦闘を行う直前であった。

 うん、白状すれば自分でもこの展開には驚いた。せめてお世話になった相手に挨拶をしようという事になり三人で教官の下へ出向いたのだが、気が付けばあれよあれよという間に剣を握って対面していたのである。

 

「さあ、お前たちがこの半年の間に学んだことを見せてくれ。生半可なら戦場に出るまでもなく俺が斬り殺してくれよう」

 

 別に武器を交えて挨拶をしなくとも良いのではと感じたものの、こういう方がオレたちらしいと思えたので。

 次の瞬間には三人揃って教官へ足と剣を踏み出していたのである。

 

 ◇

 

 剣と剣が重なり合い、甲高い音が周囲に響き渡った。余韻も冷めやらぬうちにもう一撃、さらにもう一つと鋼が噛み合い金属音を奏でて止まらない。その度にこちらは苦しい顔になるというのに、相手──ムラサメ教官は涼しい顔で少しも揺らぐことがないのだ。

 だが、この戦いはオレ一人でやっているのではない。ひときわ大きく弾き飛ばされたのを合図に後ろへと下がっていけば、待ってましたとばかりにアルが後方から駆け抜けていく。

 

「レーテ、入れ替わるぞ!」

「了解、クリスのフォローに入る!」

 

 即座にオレとアルの位置が入れ替わる。前もって決めておいた手順によってスムーズに攻めを切り替えたオレらは、前面でひたすら教官へと食らいつくクリスのフォローをさらに続けていく。作戦通りメインアタッカーはあくまでクリス、三人で円を描くように教官を囲みながらオレらは彼のサポートとして戦況を優位に導くのだ。

 三対一という卑怯さも感じられる戦い方だが、これを教えてくれたのは他ならぬムラサメ教官である。一人が注意を引きつけ、他の二人が背後や側面から叩いていく基礎的なやり方。言ってることは誰もが思いつく簡単なことだが、流動的な戦闘中にこれを実行するのは意外と難しい。

 

「足運び、呼吸、連携……全部合わせてようやく多人数での戦いは成り立つ。そうでしたよね、教官……!」

「その通りだ。数だけ揃えたところで連携も何も無ければ烏合の衆に過ぎない。単純だからこそ必要とされる要素は多岐に渡り、それを満たせれば容易には打ち破れない必殺の戦法になるのだ」

 

 位置を入れ替わるタイミングの共有、相手の隙を見逃さない洞察力、互いが行動の邪魔にならないようにアイコンタクトや身振り手振りを交え、常に有効な立ち位置をキープし続ける──

 囲んで叩くという簡単な戦法でも、実はこれだけ多くの要素が絡み合って初めて成り立つのだ。この半年の間にみっちり教えられた基礎はしっかりとオレたちの血肉となってこの戦いに活きている。

 

 基礎こそ奥義であり、簡単なことほど後になって有用となってくる。この短い間に教官がオレたちに伝えたかったこととは、つまりそういうことなのだろう。

 

「とはいえ、まだまだ俺を仕留めるには練度が足らないな。あと十年もしたら出直してこい」

 

 けれど、逆を言えばだ。三人に常に包囲されている状況でなお一歩も引かない教官の技量はオレたちと隔絶した位階にあるのは間違いない。

 クリスの無駄のない抜刀術を捌きながら、背後に回ったオレの一撃を身を捻ることで容易く躱し、身体の軸がぶれたところをアルが狙えばそれすら予定調和のように剣で弾いて逸らしてしまう。まるで魔法のように攻撃が少しも当たらないという現象を前に、ジリジリと焦燥感ばかりが募っていく。

 

「本当に、強い……!」

「落ち着け、レーテ。自棄になって冷静さを失えば教官の思うつぼだ」

「っと、悪いな。ちょっと熱くなってた」

 

 落ち着け落ち着け、ここで連携を崩してしまえばオレらの勝ち目は皆無となってしまうのだ。どのような時でも冷静に状況を見極め慌てることをしてはいけない、そう教官から教わったのを思い出せ。

 特に命のやり取りをする戦場においては普段通りの行動が出来ない者から死んでいくと聞かされた。弱気になって縮こまってしまうとか、逆に強気になって積極的に前に出てしまうとか、そういう()()()()()()()から死んでいくという。

 

「だがまあ、仲間との支え合いという意味では良い連携だろうな。ややヴァルゼライドに頼り気味ではあるが悪くない、そうやって仲間を諫めたり信じたりできるのは良いことだ」

 

 人殺しの戦場においては尚更な──教官はそう締めくくった。微塵の躊躇いもなく刃に殺意を乗せてこちらへと向けてくる。これは模擬線だから本当に斬られるはずがない、そんな甘えた感情を抱けば次の瞬間に身体が二つになっていると確信できるほど。一瞬だけ身体が震え、けれどすぐに持ち直した。

 ……自分でもたまに忘れそうになるが、オレはかつて人を殺している。突き立てた錆びたナイフの感触を忘れることは出来ないし、殺人という禁忌に対して「こんな程度か」という感想を覚えたのもよく覚えているとも。

 

 今更殺しを躊躇ったりはしない、とっくの昔に一線を越えたのだから。命のやり取りをする戦場に恐怖が無いと言えば嘘になるが、別に逃げ腰になってしまう程ではない。それは何故か、決まっている。

 だって一度でも躊躇ってしまえば、クリスはオレを置いてどこまでも進んでしまう。彼は躊躇うとか迷うとかそういう余分が少しも無いから、オレが惑っている分だけ前へと突き進んでいくのだ。ならばオレもまた躊躇などしてられない、どんな地獄だろうと隣に光があるのなら、間違いなく踏破できると信じるのみ。

 

 この模擬戦闘はそれを確かめるために重要なことなのだ。相手は強大、オレごときが敵う存在では決してない。それでも光があるから諦めずに挑み続け、これから先の戦場も乗り越えらえると証明する。何よりもまず、自分自身に証明してみせるのだ。

 その最中でふと、教官がこちらへと問いを投げた。別に惑わそうとするつもりとかではなく、純粋に疑問を感じたかのような呟きだった。

 

「お前たちは何のために軍へと志願したのだ? 真っすぐでひたむきなお前たちのこと、例えスラム生まれといえど他に道はあったように思えるが……それを知らずにむざむざ死地に送るというのも寝覚めが悪い。なぁ、何がお前たちを突き動かしたのだ?」

「ははは、そりゃ勘違いですぜ教官」

 

 流れるように剣を振るい位置取りを変えながら真っ先にアルが苦笑してみせる。教官の誠実で裏表のない疑問に対して、「何故今更そのようなこと聞くのか?」という呆れにも似た感情を抱きながら。

 

「例え真っすぐでひたむきで、隣には誰かに自慢したくなるほどすげぇ友達がいたとしても、俺たちスラム育ちは最初の時点でどん詰まりなんですよ。いくら頑張ったって理不尽は唐突に訪れる、俺たちが軍に志願したのだって食うに困ってやむを得ずがほとんどでした。教官だってアドラー帝国の血統主義はよくご存知でしょう?」

「……なるほどな。これは愚問だった、こちらの非礼を詫びよう」

 

 例え上位の一族(アマツ)に仕える従者の家系であろうとも、トナリ・ムラサメ教官は間違いなく恵まれた側の人間なのだ。少なくとも飢えに困ったことはないだろうし、身の回りの品にすら困って数年間も同じ服装だったことなんて一度も無いはずだ。

 悲しいかな、いくらお互いに敬意を表し嘘偽りのない評価をしようと埋めがたい溝は確かに存在してしまう。底辺の気持ちは底辺にしか分からないのだ。貶すつもりが欠片もなくたって認識の差は確かに存在してしまう。

 

「では、さらなる非礼を承知で訊かせてくれ。お前たちはその意志の力で何を成そうとする? 明日を生きるためか、それとも飯のためか。いいや、何か胸に抱いた大望があるというのか。ここで一つ、俺に聞かせてほしい」

「知れた事、少なくとも俺の目指す行いなど一つだけです。悪を許さず善を貴び、今日涙を流した者が明日は笑えるような世界を作る。手段や順序などどうだって良い、やると決めたから俺は成し遂げてみせたいのです」

 

 胸に抱いた覚悟を炎と燃やしながら今度はクリスが力強く答えてみせる。やはり迷いなど一欠片とて存在しない。

 彼は、オレが憧れるこの男は、いつだってそうなのだ。”自分がそうと決めたから”、たったそれだけの理由で意地でも意志を貫き通す。そして抱いた決意は正しい方向性のものであり、誰かのために身を粉にして止まることがない。いつかオレを助けてくれた時のように、そうしなければ気が済まないという理由だけであらゆる無茶を薙ぎ払うのだ。

 

 果たしてそんな荒唐無稽な信念を聞いたムラサメ教官は──

 

「この国を変える、か……他の誰が言おうと無理だと断言してやるところだが、誰でもないお前たちが言うのなら希望は持てる。ならばやってみるがいい、俺の教えた技術がその助けとなるのならば見応えもあるというものだ」

「教官……?」

「なに、老人の楽しみが一つ増えたというだけの話だ。お前たちの活躍でもう少し教え甲斐のある生徒が増えてくれれば、この仕事にも誇りを持てるものだからな」

 

 その言葉を最後に教官が強引にこちらの包囲を突き破り、そして刀剣を鞘へと納めた。これで模擬戦闘は終了という合図なのだろう。不意打ちで訪れた静寂にしばし三人並んで呆気にとられ、ついで教官の動きに倣って武器を収めた。

 戸惑い気味に教官を見やるオレたちに、彼は初めて少しだけ微笑んでみせてから、

 

「これに俺の講義は全て終了だ。後はお前たちの努力と決意次第で道を開くことは十分可能だ、使い捨ての兵士ごときで終わってくれるなよ。教えた俺の沽券にも関わるからな」

 

 そのような言葉をかけてくれたから、オレたちも一斉に頭を下げて感謝の言葉を述べたのだった。

 

 ◇

 

 教官と最後の挨拶を交わした後、オレたちはすぐに自室へと戻って荷づくりの最終準備に取り掛かった。もうほとんどの準備は終えているので後は足りないものがないか、忘れ物がないかを確認する程度だ。

 模擬戦闘の余韻も少しずつ冷めながら黙々と準備を終え、ほとんど三人同時に荷物となる小さめのトランクケースの蓋をパタンと閉じた。呆れるほどに少ないが、元よりスラムから持ち出したオレたちの持ち物なんて一つもないのだから是非もないか。

 

「明日からは戦場か……いざそうなるとビビるもんだな」

「一応言わせてもらえば、意外と人を殺すことってのは平気なもんだよ。少なくともオレはトラウマになったことなんざ一度もないから安心してくれ……っていうのも変な話だけど」

「ありがたいお言葉をどうも。つーかその話は前にも聞いたわ、すっげぇ驚いたから今でもよく覚えてるぞ」

 

 アルの軽口も普段よりかは覇気がない。無理もないだろう、軍事帝国の兵士として最前線に赴くのだ、むしろ怖がらないという方がどうかしている。ここで落ち着いていられるのは戦争狂いの破綻者か、今も無言を貫きベッドに腰かけているクリスくらいのものだろう。

 

「つうかクリス、お前マジでこの国を変えようって決意してるのか? 冗談でも何でもなく本気でか?」

「ああ、本気だとも。確かに俺たちのような者が軍の上層部に至った前例はないだろうが、ならば俺たちもまた不可能と諦めるか? いいや、否だろう。誰かのために生きて死ぬし、悪を許すつもりも毛頭ない。俺がやりたいことはたったこれだけだからな」

「……まったく、お前は本当に他人本位に見えて自分本位な奴だよな。しかもそれが悪いことにはちっとも思えないから凄いし性質が悪いっつうかよ」

 

 普通なら、「この国を変えたい」と願ったところで「現実的に考えて無理だから止めよう」となるのが道理だ。オレだってスラムから這い出したいとは願ってもスラム自体を無くしたいとまでは思わなかった。それは無理だと無意識のうちに常識が訴えかけてきたからだ。

 でも、クリスを見ているとどのような絵空事でも頑張れば叶うのではないかと錯覚してしまう。現実はまだまだ辛いしクリス自身目的を達成している訳ではないのに、何故か無条件に信じられてしまうのだから。

 

「そういうアルとレーテこそどうなのだ、お前たちには何か夢や目的があるのか? あるというのなら俺もまた微力ながら応援くらいはさせてもらうが」

「夢や目的ねぇ……今のところオレの目的なんざ一つきりだよ。ひとまず、いつまでもクリスと友人で居られればそれで良いさ。お前に相応しい自分であれるように頑張れば、後は自然となるようになるだろ」

「俺も自分に正直に生きられればそれで良いさ。昔みたいな奴に戻りたくはないし、ほっとくとすぐにでも突っ走っちまう奴が二人もいるからな。それで楽な暮らしが出来るようになればそれで良いのかもな」

 

 別に夢とか目標とか、そんな大層な目的なんて抱いてない。そもそもスラムからの脱出が目標だったはずなのに、気が付けば軍属という形で叶ってはいる訳だし。そういう意味でも本当に「クリスの友人として立派にありたい」くらいしか目標が残っていないのだ。

 まあオレも人並みに欲とかはある訳だし、出世して偉くなりたいくらいの願望やぼんやりとある。軍事帝国だけあって軍功を立てれば出世も夢じゃないとは聞くし、ひとまず具体的な目標として「高官になる」くらいは有って良いかもしれないが。

 

 何にせよやることはスラムだろうと戦場だろうと一つも変わらない。それを改めて理解出来ただけ十分だと思おう。

 

「ともあれ、夢や目標の話はひとまずこんなとこで良いんじゃないのか? それよりもほら、オレたちが送られるとこの確認でもしとこうぜ」

「えーっと確か、旧・ドイツ領の──」

「フランクフルトだったな。そして当面の目標は、アンタルヤに占領されているベルリンを帝国の領土とすることだ」

 

 旧・ドイツ領のフランクフルトとベルリン。かつての巨大都市こそオレたちの初陣を飾る戦場だった。

 




繋ぎのつなぎみたいな感じなので、起伏がなく真っ平な話&オチすらなくて申し訳ないです。
次はさすがにもう少し早く更新できると思いますのでのんびりとお待ちいただければと思います。

あと余談ですが、糞眼鏡とカグツチが実は同じ声優さんというのにたまげました。気が付けた人っているんですかね……?

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