TS転生したら幼馴染が光の奴隷でした   作:生野の猫梅酒

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Chapter18 次の”勝利”のために/Third

 ──気合と根性。

 

 人間なら誰しもが大なり小なり備えている意地の発露、身も蓋もなく言い換えればやせ我慢だ。肉体的に、精神的に、辛く苦しい事象を心の持ちようだけで我慢して乗り越えるための起爆剤。古臭い精神論と言われれば否定はできないが、ともすれば奇跡すら手繰り寄せ、本当に不可能を可能にする魔法の力なのも事実である。

 ただしそれだけで奇跡を起こせる人間などたった一握りだけ。ほとんどは無情な現実の前に敗れ、意地があろうと不可能を乗り越えることなど出来やしないのだ。

 

 所詮は精神論など夢幻のごとく、心だけで結果を残せるはずもない。だから誰も()()()気合と根性を信奉しようとは思わないし、またそれが如何に難しいことかを言葉にせずとも理解している。

 でも、だからこそ。もし本当に気合と根性だけであらゆる奇跡を掴み取れるというのなら──人はきっと、その者を”英雄”と讃えることだろう。

 

 ◇

 

「なんだ、コイツは……ッ!」

 

 予想外の事態にクラックの声が上ずった。らしくもない動揺が表情に滲み出ている。これまで見せていた余裕ある姿とはまるで反対に、目の前で起きている事態が信じられないと言わんばかりの様子だ。

 だがそれも無理はないことだろう。なにせ()()は因果が狂っている。まるで筋が通らない。水が上に向かって流れていくかのような、太陽が西から昇って東に沈んでいくような、それくらい不可解な事態が起きている。

 

「ふッ、ハァッ──!」

 

 だってそうだろう? 瀕死の肉体(からだ)で更に攻撃のペースを上げるなど、常識的に考えてありえないのだから。

 

 対峙する金髪の青年は腹を横一文字に斬られ、血と内臓を零して痛みに悶絶して地面をのたうち回っていなければおかしい重傷だ。そうでなくとも戦闘の続行などまず不可能だろうし、こうしている今も刻一刻と命を削っているのは間違いない。

 なのにどうしてだ。どうしてこの青年は、()()()()()()()()()より技量が冴え渡っているというのだ。足運び、剣捌き、身体の重心移動に視線の誘導まで、全てが先ほどより研ぎ澄まされていた。しかも一秒ごとに精度が上がり、まだ足りないとばかりに貪欲に経験値を吸収する。

 

 鞘から刀剣が振り抜かれた。先ほどの数倍は速く、そして巧い。咄嗟に大剣で受け取めたクラックの右腕が痺れた。腕力ではクラックがずっと有利だったはずなのに。つまり一秒後には倒れるような身体で、さらに腕力すら引き上げているということ。なんだそれは、長い戦場暮らしでも聞いた(ためし)がない。

 火事場の馬鹿力にも限度がある。まるでこれまでの戦いで本気を出していなかったかのような──いや、それは違うとすぐにクラックは考え直した。間違いなく眼前の青年は今までずっと本気を振り絞っている、出し惜しみなど絶対にしないだろう。

 

 つまり、

 

「……”覚醒”した、とでも言うのかッ……!」

 

 それ以外に今の青年を形容する言葉を、クラックは持ち得なかった。

 青年は自らの窮地を起爆剤にすることであらゆる不都合(いいわけ)を取り払ってしまったのだ。あたかもお伽噺に出てくる英雄の如く、『追い詰められてからが本番』などと告げるかのように。激痛も、実力差も、身体能力すら気合と根性だけで補って遥か格上(クラック)へと追い縋っている。

 考えるまでもなく道理が通らない。心一つで不可能を可能にするなど、罷り通れば世の中は全て茶番になってしまう。だからあり得ないし認めてはならない。こんな英雄(バケモノ)が存在して良いはずが──

 

「いいや、あるに決まっている……ッ!」

 

 茶番も道理も知った事かと投げ捨てて、クラックは口元に無骨な笑みを浮かべてみせた。

 どんな理屈を持ちだしたところで、今目の前にある現実が全てなのだ。だから新兵が覚醒を果たし熟練の傭兵と斬り結ぶという信じがたい光景だって否定しない。そもそも古の大和(カミ)様だって精神論を唱えていたと言うではないか。ならば第二太陽(アマテラス)が何か影響していたとて不思議でない。

 

 だからこの時ばかりは考えるのをやめて、この青年と満足するまで戦おうではないか。心も新たにクラックは大剣を勢いよく振り下ろし、青年は刀剣をクロスさせて防いでみせた。勢いで僅かに青年の身体が後方へと流れる。もはや当初の受け流す動きを必要としないのは、急激に上がった技量と身体能力の賜物だろう。

 空白のように凪いだ戦場へ一陣の風が吹き、微かに戦いの熱を奪い去る。気が付けば既に陽は落ち、森の中はかなり暗い。そんなことにも気が付けなかった頭がほんの少しだけ冷静になったところで、クラックは無意識に訊ねていた。

 

「俺は、クラックと呼ばれている。お前の名は何だ?」

 

 別に答えなど期待していない。戦場で名を訊ねるなど時代錯誤も良いところ。けれど、これだけの男の名を知らないままなのは惜しいと感じたのだ。

 果たして青年は、その望みに応えてくれた。

 

「クリストファー・ヴァルゼライドだ」

「……クリストファー・ヴァルゼライド、か」

 

 もう一度その名を唱える。らしいというべきか、良い名前だ。呟いただけで身体が熱く震え、闘志がさらに沸き上がってくる。まるでこの男の存在に鼓舞されているかのよう。

 いや、まるでも何も鼓舞されているのだろう。人間の限界を意志の力で越える姿は美しくも格好良くて、相手が自分より格下などという侮りはもはや微塵も抱いていない。自分もまた負けていられないという心に忠実となって、さらに激烈に剣を合わせていく。

 

 ここにきてどちらの方が強いか、などという議論は無意味で無粋でしかなかった。クラックは積み上げた技量と経験値によって他の追随を許さない実力を誇るが、ヴァルゼライドはその優位性を覆しかねない爆発力を備えているのだ。ならばクラックが優位を保つうちにヴァルゼライドを打倒し逃げきるのか、ヴァルゼライドの方がクラックを上回る速度で成長してしまうのか。勝負の分かれ目はそこにある。

 

「ぐおおッ……!」

「うおおおッ!」

 

 吹き荒れる風のように剣と剣が交錯する。三つの刀剣を今や手足のように操るヴァルゼライドと、無骨で巨大な大剣をこれまた軽々扱うクラック。その余波で周囲の木々には幾重にも傷が走り、あまつさえ自重を支えられずメキメキと折れていく始末だ。その目を疑うような光景の中でなお、両者は相手のことしか眼中にない。

 新兵に負けるかもしれない、なんてみみっちい恐怖はクラックの中に存在しない。何せ彼は精神力だけで不可能を乗り越える手合いだ、きっと数年もすれば”英雄”と呼ばれるに相応しい人物となることだろう。その確信があるからこそ、全力を振り絞って追い縋る挑戦者(ヴァルゼライド)へと対峙する。

 一方のヴァルゼライドもまた、生半可な覚悟で倒せるような相手とは思っていない。相手は間違いなく現在の自分より強く、重傷を負った身でなお逆転を望むなど虫の良い話だろう。だが、それは膝を屈して良い理由にならない。

 

「何がお前を、こうまで突き動かすのだ──!?」

「決まっている、やると決めたからだ」

 

 剣の噛み合う甲高い音を響かせながら、言葉短く問答が交わされる。

 

「俺はいつか、必ずやアドラーに光を齎してみせる。そのためにはここで折れることなどあってはならないのだ」

「それだけで、これ程の奇跡(むちゃ)を……!」

「当然の対価でしかない。分不相応な目標を抱いたのだ、その道が生易しいはずがない」

 

 それは、ヴァルゼライドにとって呼吸と同じくらい当たり前の認識だった。

 苦もなく楽に成し遂げられる道などあるものか。しかも彼自身は才能や血統などとは程遠い生まれであり、他人より劣っている事の方が余程多いと自認している。そのうえ悪を病的なまでに許せず、友との絆すら時には捨ててしまえるのだから救いようもない大馬鹿だと知っていた。

 だが、なればこそ理想の為には妥協などしていられない。才覚が足りないのなら徹底的に自分を高めるまで。その過程で軟弱を晒せばどのような大望とて藁にも劣る屑にしかならないだろう。

 

「障害に突き当たり、それを言い訳に諦めるような輩が何かを成し遂げられるはずもなし。決めたからこそ貫き通す、それだけが俺に出来る唯一だと信じている」

 

 故に彼は、決意も新たに改めて叫ぶのだ。

 

「どのような難敵が相手だろうと、俺は必ず諦めない──”勝つ”のは俺だッ!」

 

 その熱く雄々しい宣言がどこまでも青臭く、されど本心からの決意だと心で理解出来たから。

 

「クッ、ハハハハ、ハハハハハッ! 本当に面白い奴だよ、お前は!」

 

 あまりの痛快さに大笑いしながら、歓喜と共にクラックは大剣を振り落としたのである。 

 こんな人間がこの世に生きていることがそもそも奇跡だ。世界の不具合、特異点とでも言われれば素直に納得してしまうかもしれない。もし彼が成熟し、より力を付ければどうなるのだろうか? こうして剣を交えるからこそ興味が湧いて仕方ない。

 だがここはあくまで戦場の一角であり、どちらかが死なねばならない修羅の巷である。そしてこの場合、どちらに勝利の天秤が傾くかといえば──

 

「どうした、身体が鈍ってきたか?」

「いいや、まだ……だッ!」

 

 ヴァルゼライドの剣技が僅かに(かげ)る。本人もその異常を感じ取ったのだろう、気概を叫ぶが変化は止まらない。戦いの中で急激に磨かれてきたあらゆる技量からほんの少しずつ精彩が欠け始め、釣り合っていた天秤は着実にクラックの方へと傾きだしたのである。

 別に特別な事は何もない。ただただ単純に、ヴァルゼライドの肉体が精神について来れなくなってきているのだ。彼の猛攻を前に忘れがちだが、今もヴァルゼライドの腹部は大きく裂けて一秒ごとに命を削っている有様。その状態でなお歴戦の傭兵と渡り合っているのに、どうして反動が何もないなどと言えようか。

 

「お前は紛れもなく凄まじい男だ。しかし、どのような者だろうと起こせる奇跡には限度がある」

 

 どれだけ精神力があろうと物理的な限界は当たり前に存在した。もしこの戦いが今より数年後なら、あるいは()()()()()()()()()を可能としていれば、ヴァルゼライドの身体は必ずや耐え抜いたことだろう。心一つで全てをねじ伏せ、あるいは格上すらも倒してしまっていたかもしれない。

 だが現実はえてしてこのようなもの。奇跡を起こせる人間は一握りだが、それを最後まで維持できる人間はもっと少ない。悲しいことにこれが自然の摂理であり、ヴァルゼライドはまさにその代償を払わんとしている最中だった。

 

「まだ、まだだッ……!」

 

 剣技が乱れる。足運びも、呼吸も、視線の誘導も、何もかもが先ほどよりも劣化し始めている。それでも不調を跳ね返そうとヴァルゼライドの精神は咆哮をあげるが、既に落下を始めた彼の肉体は止められない。

 重ねて言おう。仮にヴァルゼライドがあと数年は経験を積み身体を鍛えていれば、まだ倒れることは無かったはず。しかし”たられば”の話をしても意味はなく、そもここまで戦い抜いただけでも十分な異常事態である。

 

「……お前には何の慰めにもならないとは思うが、よく戦ったと俺が保証しよう」

 

 よってこの場は順当にクラックの勝利で終わるだろう。ヴァルゼライドの肉体の崩壊はもはや精神力で押し留められるものではなく、クラックの方は息を切らしてこそいるがまだ無傷である。やはり圧倒的なまでに開いた経験値の差は、覚醒一つでどうにか出来るものでは無かったのだ。

 無論のこと、ヴァルゼライドもそれは理解している。いるのだが……諦めることだけは決してしない。まるで心から諦めという感情が抜け落ちてしまったかのように、死に体に鞭打ってなおも足掻き続けるのだ。

 

 だが、無情にもついに不屈の青年の手から刀剣が零れ落ちた。間髪入れず三本目が引き抜かれるが、そちらはクラックのナイフに弾き飛ばされる。いつの間に抜いたのだろうか、霞む視界の中ではヴァルゼライドでも捉えきれない早業だった。

 どれだけ心が否と叫ぼうが覆せない不条理はある。それをよく知っているヴァルゼライドであるからこそ、今の状況が本当に手詰まりだと理解していた。またも覚醒したところで焼け石に水でしかなく、この巨漢に二度目は通用しないだろう。

 

 だからもし、この窮地から逃れる方法があるならば。

 

「こっちを向け、デカブツ野郎!」 

 

 彼がどうしても心から信じることの出来ない、仲間という存在しかあり得なかった。

 威勢の良い少女の声が木々の暗がりの間に木霊した。その言葉に反射的にクラックが振り向いた直後、銃弾が三発飛来する。先と同じような奇襲だ、これを防ぐなどこの手練れには容易いことである。だが、対処に使ったその数秒がこの戦いの趨勢を完全に覆してしまう。

 クラックが大剣で銃を防いだ直後、一直線に彼らへ突っ込む人影があった。顔はよく見えないが体格からしてヴァルゼライドと同年代の少年だろう、彼は一目散にヴァルゼライド目掛けて走り込むと彼の手を引いて走り出す。

 

「逃がすか……ッ!」

 

 もちろん、目の前で勝負に水を差されたクラックが黙っていられるはずがない。即座に追撃を仕掛けようとするモノの、踏み込んだ足が何かに引っかかってたたらを踏んでしまう。たぶん、走ってきた少年が設置した即席のブービートラップのようなものだ。あまりにも簡素でお粗末だが、この暗がりと急な事態を前に対応が遅れてしまった。

 その間隙を縫うようにしてさらに銃弾が二発、別方向から撃ち込まれる。たまらずクラックも体勢を立て直して迎撃するものの、これが全ての明暗を分けた。

 

「何処へ行った……?」

 

 ほんの数秒の間にヴァルゼライドともう一人の青年、それにおそらくは最初に奇襲してきた少女の三人は忽然と姿を消してしまっていた。周囲を見渡しても気配がなく、目を凝らそうにもほぼ真っ暗な森の中は視界が悪すぎて敵わない。

 だが耳をよく澄ませば、微かにガサガサという足音は聞こえてくる。かなり距離がある、おそらく一直線に距離を稼いだのだろうが……この足場も視界も悪い中で、どのようにして一気に離脱したのか。クラックですらこの状況では木にぶつかったり、根っこや段差に足を取られる心配があるというにだ。

 

 理由は分からない。しかし一つ確実なのは、間違いなく彼らはクラックの想像の上を行ったということか。熟練の傭兵と対峙してなお諦めず、一瞬の隙と何らかの策を活かして見事に逃げ延びてみせたのだ。

 勝負としては引き分けだろうが、クラックとしては良い訳のしようもない負けである。光るものがあったのはヴァルゼライドがダントツだが、他の二人も中々どうして大胆不敵で度胸がある。この先の成長が楽しみになるような三人組だ。

 

「ハハハ……また次に相まみえる時が楽しみだな、クリストファー・ヴァルゼライドよ」

 

 ゆっくりと大剣を担ぎ直し、クラックは暗がりの中を拠点に向けて歩き出したのだった。

 

 ◇

 

 暗闇の森の中を歩くのは結構怖いものだが、三人揃えば意外と心細くはならないものだ。

 しかし幽霊よりも怖い巨漢の傭兵が追いかけて来ている可能性はある。なのでビクビクと警戒しつつ、ゆっくりと手元の糸を手繰って先を急いでいた。

 

「おいクリス、大丈夫か?」

「問題ない……と言いたいところだがな。身体が言う事を聞こうとしないのは困ったものだ」

「そりゃそうだろ、そんな重傷で戦えてた方が驚きだっての。ったく、相変わらず無茶しやがるぜ」

 

 クリスを背負ったアルが呆れたようにぼやいた。オレも大いに同感であるが。だってお腹を大きく斬られたというのに、平然と戦闘行為を続けていたというではないか。いやまあ、確かにクリスならやりかねないという説得力はあるものの……とにかくその無謀な行いには友として心配になるばかりだった。

 今までだって自分たちより年上相手に戦ってみせたりだとか、何人もの不良相手に無謀な取っ組み合いをしたりしたが、今回のはぶっちぎりでナンバーワンの無理無茶無謀と言えるだろう。こんな大怪我自体が初めてかもしれない程だ。

 

「それにしてもだ。何故、お前たちは戻って来た。それにどうして今も道に迷わず進めているのだ?」

「簡単なことだよ。そこらへんに倒れてた傭兵の服を解体して糸にして、アリアドネの迷宮攻略法よろしく伸ばしてるんだ。そのおかげで木にはなんとかぶつからないし、足元にだけ注意できるから逃げるのも早いって寸法だ」

「全部俺の発案だけどな! お前もレーテも目を離すとすぐ一人で突撃しそうになるから、俺くらい頭使っておかなきゃ仕方ないだろ」

 

 ハハハ、なんて小さな笑い声が漏れた。もちろん敵に見つかる可能性はあるので控えめなものの、戦場という非日常の中ではまるでいつもの日常に戻ってきたかのような安心感を感じてしまう。

 それでまあ、何故クリスのところに戻ってきたかだったか。そんなの今更話すまでもないけれど、彼にとっては心底不思議なのだろう。だから簡単に言ってしまえば、

 

「そんなの、親友見捨てて逃げるなんざ出来る訳ないからに決まってる。それにほら、オレたちは仲間だからな。助け合うなんて当たり前だろ?」

「そうだそうだ、お前は俺たちのことなんざアテにしてなかったかもしれないが、こっちにしてみりゃ違うんだよ。三人揃えば文殊の知恵、なんて言葉も大和にはあったらしいしよ」

「なるほどな……俺は素直にお前たちを尊敬する。よくお前たちのような真っすぐな人間が、俺ごとき破綻者の友であってくれるものだと思う」

 

 まあ要するに、当然のことをオレたちはしたというだけ。そしてクリスがどれだけ仲間を信じられないと言おうが、それとは別に友情をしっかり抱いてくれているのも知っているのだ。ならば今はそれで良い、仲間としてハッキリ認められるのはこれからの努力次第で何も変わらない訳だ。

 

「だが……今回の戦いは俺の負けか。奴を相手に粘りはしたが、結局このザマだ。勝ち目すら見えないと感じたのはいつ以来だろうな」

「お前程の奴がそこまで言うかよ……でもまあ、負けじゃないだろうさ」

「……何故だ? 勝つつもりで戦い、それでもなお力及ばずに敗北を覚悟した。お前たちが来なければ俺は確実に死んでいただろう。単に運よく生き延びただけを、負け以外になんと評すればいいのだ」

「決まってる、勝ちだよ」

 

 アルの言葉をオレが引き継いだ。クリスは”勝利”についていっそ潔癖なくらいだが、オレたちは別にそうでもない。負けは負けと認めるし、そこから這い上がれるかが重要だと思う。要するに、諦めなければいいだけのこと。

 とはいえ、今回は別に負けではないだろうと思う。

 

「めっちゃ強い相手と戦って、善戦して、最後はどうあれ生き残ったんだぞ。これを勝ちって言わなきゃ何が勝ちになるんだよ? 相手を打ち負かして殺せば完全無欠の勝ちなのか? それは違うだろうとオレは思うな、生きてればまだ次があるんだからさ」

「だから勝負に負けようとも、生き残った時点で勝ちだと言いたいのか?」

「そうだ。まさかとは思うけど、ここで負けたからもう二度とアイツには勝てないし戦う気もない、なんて考えてる訳じゃないだろう?」

 

 わざと挑発でもするように言ってみれば、即座にクリスの闘志に火が点いた。身体が弱っていることなど微塵も感じさせないような荘厳さが溢れ出す。彼はまだ、ちっとも諦めてはいないのだ。圧倒的な相手と戦ってなお、心が折れてなどいなかった。

 

「無論だ、次は必ずや勝利してみせる。例え肉体的に敗北しようが、心までは必ず負けない。来るべき再戦に備え準備を始めなければな」

「その意気だ、お前に負けは似合わねぇよ。まだ負けが決まった訳じゃないんだ、なら次の必勝を誓えばいい」

「オレたちだっていつまでもクリスにおんぶに抱っこって訳にもいかないし、努力はしてみせるさ。お互いに頑張ってみようぜ」

 

 今はまだ負けは負けじゃないのだ。敗北から学び、受け入れ、次の勝利を模索する。これから先がどうなろうとも、今のオレたちにはまだチャンスが残っている。たった一度の敗北で全てがおじゃんになるなんて次元には到達していないのだから。

 ハッキリ言ってオレも悔しい。どうにかクリスの手助けは出来たものの、今回は──今回”も”な気はするが──何も良い所なしだ。これじゃ『彼の隣に並び立てる友人になる』という、心に決めた誓約だって果たせるかどうか。現状では何も変わらないし変われない。

 

 ただし焦っても仕方ない。それよりも今、もっとも恐れるべきことは──

 

「オレたち、まさか敵前逃亡とか思われてないよな……」

「いやぁ、それは無いと思うがなぁ、ハハハ……」

「さて、どうなるだろうな。全ては影隊長の思うようになるはずだが」

 

 負けてはないが勝ってもいないという現状を、どう上官に釈明するかだろう。

 




次回はちょっとダイジェスト風味で巻いてくと思われます。早く例のあの人をメインキャラにしたいですし。

滞ってる感想返しは明日にでもやります、すみません……いつも目を通させてもらってます。

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