TS転生したら幼馴染が光の奴隷でした   作:生野の猫梅酒

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Chapter21 光の信奉者/Gilbert Harves

 ギルベルト・ハーヴェス少尉。略歴を聞くに彼は士官学校を首席で卒業し、かつてない天才としてその名を欲しいままにしたらしい。さらに血筋、家柄、容姿の全てにおいて一流以上という先天性の要素にすら恵まれた、一片の隙もない完全無欠な人間なのだとか。聞いてるだけで眩暈がしそうだ。

 

「彼と君たちは確かに名目上は同じ学校の卒業生だが、それはイコールで同格を意味する訳でない。あくまで付け焼刃の知識を詰め込まれた者と、士官になるべく上等な教育を施された者。どちらが優れているかは明白だろう?」

 

 まあ、言われなくともさすがに分かる。オレたちはあくまで士官学校の端っこにひとまずの席を与えられただけ。他の者に約束されるような将来なんて欠片もないし、何なら地位の格差をより浮き彫りにするための踏み台とも言って良い。それはこの男とオレたちの階級差からして一目瞭然だ。

 ただしその割に不思議なのは、彼の視線には貴族お得意の侮蔑やら憐れみといったモノが少しも含まれていないことか。普通に考えれば影隊長のようにもっと偉そうに、かつ格下だと断定して見下すだろう。なのに彼からはそのような負の感情がちっとも見受けられない。どころか、しげしげと観察するような瞳の奥には信じられないことに──

 

「ええ、影隊長の仰ることも道理ではあるでしょう。ですが私は彼らを一目見て、紛れもなく尊敬に値する人物なのだと半ば確信をしました。そうでなければこれまでの戦歴に説明がつかない」

「なるほど、君はそう評価するか……だからこの東部戦線に来たのかね? 君ほどの才があるなら、もっと安全なところから手柄を立ててもすぐに頭角を現しただろうに」

「それで満足できない恥知らずな強欲者が自分なのです。私は彼らに貴ぶべき光を見た。故にこうして此処に来た。これはそれだけの話であり、期待を裏切られることもないと今は確信していますから」

 

 そうだ、この若き少尉はオレたちに対して全く色眼鏡で見ていない。いや、まあ、眼鏡はしているがちっとも心根が歪んでいないのだ。その炯眼はこちらの全てを余すことなく見通し、さながら心の奥底、感情の棲み処まで暴かれているかのような錯覚にすら襲われる。

 そしてここに来てようやく、オレは彼に対する既視感の源を思い出した。確か二年前のことだった、廊下ですれ違いにぶつかった男が同じ瞳をしていたのだ。下賤な者──と自分で言いたくはないが──の非礼を一切気にせず、むしろこちらの何もかもを把握し、まるで未来を知っているかのようにオレたちのその後を予言してみせたあの男だ。

 

 だがどうして、当時より学校一の秀才と目されていたギルベルト・ハーヴェスがオレたちの事を気にかけているのだろうか。あの口ぶりでは明らかにこちらの事を認識し、わざわざ会うためだけに東部戦線へやって来たということだ。端的に言って正気の沙汰ではないし、その価値があるとも思えない。

 もし可能性があるとするなら……やはりクリストファー・ヴァルゼライドという規格外の男が原因なのだろうか。何事にも膝を屈せず、諦めず、勝利のためにあらゆる代償を是と出来る彼の姿は眩い。他の血染処女(バルゴ)隊員がその姿に敬意と憧憬を持っているように、ハーヴェス少尉もまた何かを感じたのかもしれなかった。

 

 果たして影隊長も似たような考えは抱いたのだろう。一つ溜息をつくと、事務的な口調で続けた。

 

「ギルベルト・ハーヴェス少尉、貴官にはこれより第六東部制圧部隊血染処女(バルゴ)の中尉として活躍してもらう。部下はクリストファー・ヴァルゼライド一等兵、アルバート・ロデオン一等兵、そしてマルガレーテ・ブラウン一等兵を含め二十人を貸与する予定だ。しかし最初からそれだけの人数を統べることはいくら君でも難しいだろう」

「だからまずはデモンストレーションも兼ねて、我々だけで分かりやすい手柄を立ててみせろということですね? 死なない程度に汗水流し、他の者から抵抗感なく受け入れられるようにしろと」

「百点の解答だ。では期待しているよ、士官学校始まって以来の天才君」

 

 最後に大きく満足げに頷いた隊長に促され、オレたちはそのまま揃って部屋を退出した。唐突にオレたちの上官となった彼は口元に薄ら笑いを浮かべて上機嫌そうだ。ちょっと気味が悪いのが本音だが、こっちへのマイナスの感情はやはり微塵も感じない。本当に、心の底から、対等の人間と見ているのが理解できる。

 

 これまで出会った人間とはまるで違う思考を持った男に、オレたちの誰もが戸惑いを持っていたのは否めないだろう。

 

「立ち話もなんだろうから、まずは私の自室へ来るのはどうかね? そちらの方でゆっくりと親睦を深め合うのも悪くないと思うのだが」

 

 だからその戸惑いを狙い撃ち、隙間を徹すように滑り込んできた彼の言葉に、オレたちは一も二もなく揃って頷くのだった。

 

 ◇

 

「殺風景ですまないが、好きにかけてくれたまえ。作法を気にする必要はないさ」

 

 案内されたハーヴェス少尉の部屋は謙遜ではなく確かに質素な佇まいの部屋だった。少尉待遇だけあって執務机と応接用のソファー、それに簡易キッチンとカーペットが敷かれた様は豪勢だが、それ以外の余計な装飾は一切ない。奥にある扉はたぶん寝室へ繋がるものだろう。けれど決して殺風景ではなく、むしろ質実剛健を形にしたような印象を受ける。

 ひとまず三人並んでソファーに腰かけた。すごいフカフカ、しかも座り心地が良い。これだけでも招かれた甲斐があるかもしれないなど、割と本気で思ってしまった自分が少し恥ずかしい。

 

「レーテ、あんまはしゃぐなよ」

「はしゃいでないっての。恥ずかしいからそういうこと言うなって」

「ハハハ、構わないさ、好きにくつろぐと良い。むしろ私の方がこのような椅子しかなくて辟易していたところさ」

 

 鷹揚に笑いながらハーヴェス少尉が対面に座り、ようやく場が整った。

 

「まず単刀直入に聞かせていただきたい。何故、あなた程の者が我々ごときに目をかけているのです? それこそ影隊長も言っていたように、もっと穏便かつ手早いルートも存在したことでしょう」

「そう固くならないでくれ、ヴァルゼライド一等兵。階級の差は確かにあれど、人としては間違いなくあなたと私は同格だ。いや、むしろ私などよりあなたの方が遥かに上と言っても良い」

「またクリスの奴を随分と高評価してるんですね。貴族のお偉いさんでそういう見方をする人は初めてですよ」

 

 やや、アルの口調が砕けた。彼を相手にいつまでも肩ひじ張っては逆効果だと考えたのだろう。オレとしても少々ながら躊躇いはあるが、ハーヴェス少尉にとってはその方が好ましいと見て間違いない。それが証拠に彼はオレたちの態度の軟化に満足そうだ。

 

「君たちを取り巻く環境はよく知っている。スラムで生まれ、育ち、やっとの思いで生き抜いた後は軍隊の門を叩いた。しかしそこは血統と権力の世界であり、君たちにとってはあまりに大きな向かい風だったことだろう。しかしそれでも、不満を漏らさず胸を張り、正しい在り方を保ち続けた君たちの強さは賞賛に値すると私は思っているのだよ。この世の中はそんな()()()()()()()が出来ない人間が実に多い、嘆かわしいが事実だ」

「あなたは、貴族でありながら今のアドラーが嫌いなのですか? だから私たちに肩入れすると?」

「その通りだよ、ブラウン一等兵。貴族だからと胡坐をかけば下から追い縋る者に簡単に抜かされる、それを君たちはこの東部戦線で存分に証明しているではないか。私はそれが嬉しくてたまらないのだ」

 

 かなり主観は入っているが、血統主義に染まった貴族たちは碌でなしばかりだと思う。

 それは九歳の時、オレを襲ってきた青年たちだとか。

 士官学校でスラム育ちへの陰口を叩いていた貴族たちとか。

 今の上官である影隊長も含め、貴族たちの中でマトモな人間に出会ったことが一度もないのが実情である。唯一尊敬できる大人といえば、アマツに仕える由緒正しい家系のムラサメ教官くらいなものだろう。改めて考えても酷いラインナップだ。

 

 その中でこのハーヴェス少尉は明らかに思想が異なっていた。端的に言って発言が”非常にマトモ”なのだ。たかが生まれ一つで人を差別することなく、他者を正当に評価してくれる。例え貴族だろうと正しくないなら批判も辞さないし、その逆もまた然りだ。あくまでも人間性や能力で評価し、贔屓することが一切ない。

 正直に言おう──とても感心した。自分たちが素晴らしい人間である、とはさすがに口幅ったくて言えないが、それでも他者より努力して成果を出しているのは事実だ。けれどそれを認めてくれる人もいれば、認めてくれない人もいる。彼は普通なら認めてくれない人の側だろうに、こうして正面から胸の内を語ってくれているのだ。

 

「ああ、しかし先ほどの言葉は一つ訂正させてもらおう。私はこの国が嫌いなのではなく、この国に多くいる()()()()()()()()()()()()が嫌いなのだよ。人間は確かに怠惰に逃げる性質があり、それを否定することは誰にもできまい。だが、私が見てきた”怠惰に逃げる者”は決まって誰も彼も、君たちより恵まれていたと断言できる。誹謗中傷を受けず、才能に溢れ、己を磨くための環境と時間に困らないというのに、どうして誰も努力をしようとしないのか。私にはてんで分からなかった」

 

 今から少しばかり失礼なことを言うがどうか許してほしい、そう前置きして彼は話を続ける。

 言葉に反して申し訳なさそうな様子はなく、むしろいっそう活き活きとしているのは気のせいでないだろう。

 

「君たちは彼ら恵まれし者たちとは真逆だ。スラム出身故に誹りを受け、才能にも決して恵まれているとは言えず、また己を磨くための環境も時間も満足に手に入らなかったことだろう。私はスラムを知らない故に想像で恐縮だが、きっと日々を生きていくだけでも苦労したはずだ、違うかな?」

「そう、ですね……毎日毎日、その日の糧を手に入れるだけで精一杯。その合間を縫っては独学で鍛錬の真似事なんざしてみて、わりとしょっちゅう命の危険に陥ったり……もしかしたら今よりも苦労してたかもしれませんね」

「そう、それでも君たちは正しさを投げ出すことなく毅然と前を向き、こうして今に至っている。皆が模範とすべき行いなのは論ずるまでもないだろう。なのに私の見てきた怠惰な者たちは、君たちの苦労の影さえ踏まぬうちから怠惰に逃げて言い訳を重ねた。今にしてみれば恥ずべき惰弱の徒だろうさ」

 

 段々とハーヴェス少尉の声に熱がこもっていく。口元に浮かぶ薄ら笑いはいっそう主張を増し、彼がこの現状に怒りながらも別の何かに喜んでいるのが伝わってくる。まるでドロドロと煮えたぎるマグマのように、熱く、粘ついた感情の澱が吐き出される寸前なのだろう。

 発言も思想も紛れもなく良識者のそれだ。恵まれているはずなのに努力しないのはおかしい、彼はそう告げているし理解もできる。真逆の存在であるオレたちを評価してくれているのも光栄だった。

 

 なのに何故だろう。今このとき、おかしな直感が最大限に警鐘を鳴らしていた。別に特別感覚に鋭いわけでもないというのに、無性におかしな鳥肌が止まらない。

 ──オレたちは今、致命的なエラーが起きている様を目の当たりにしているのだと。

 

 何の根拠もない直感だし、信用したところでどうなるのか。まだ会って一時間と経過してない相手に感覚で判断を下すなど愚の骨頂である。だからこの変な予感は気のせいと切り捨てはせず、でも信用もせずに頭の片隅に置いておいた。

 

 その間にもハーヴェス少尉の熱弁は続いていく。

 

「だから話は最初に戻るのだ。君たちはどのような苦境にも甘んじず、逆境を跳ね返さんと戦い結果を残してきた。それは私や他の者のような、最初から恵まれている者が結果を残す以上の偉業なのは間違いない。故に君たちは人として私と同格以上であり、また敬意を払うべき人間であると思うのだよ」

「そちらの言葉に水を差すことになりますが、敢えて言わせていただきたい」

 

 クリスが強い語調で少尉へと言葉を返した。もちろん彼はそれを却下などせず、むしろ眼鏡の奥に輝く瞳を好奇心で輝かせたほどである。おそらく自分の意見を述べた上でのクリスの発言を待っていたのだ。

 

「そこのブラウン一等兵並びにロデオン一等兵はともかくとして、生憎と自分はその評からは些か以上に外れるでしょう。自分はあくまで諦めを知らなかっただけであり、言い換えれば往生際が悪く引き際を知らなかっただけです。ただ我武者羅に自らの道を走ってきただけの人間を、そのように評価してしまうのは如何なものかと」

「ふむ、つまりこういう事か。『自分は評価に値する人間では無いから、正しさの基準に含めてはならない』と。ならば言わせてもらうが、それこそまさかだ。何故なら私は、あなたのような人間の登場をずっと待っていたから」

 

 まるで信奉者のようだと思った。クリストファー・ヴァルゼライドという男が放つ雄々しく巨大な光を仰ぐ敬虔な信奉者。他の誰よりも光を拝し、そして目を焼かれてしまったかのようにそれ以外が目に入らない。どことなくそのような印象を受けたし、あながち間違いでもないだろう。

 ただ、それはオレも似たようなものだから。むしろ共感を覚えるところがあるし否定をするつもりも無い。アルは無言で事の推移を見守っていた。

 

「その謙虚さもまた美徳と評すべきか……ふむ、他ならなぬあなた自身がそう言うのなら今はそれで良いのかもしれない。しかし、その在り方に影響された二人は私としても非常に興味深いのだ」

「俺たち、ですか?」

「そうだとも。正しい光を目標に出来れば、人はどのような環境からだろうと立派に立ち上がることが出来ると。それを証明しているのは他の誰でもない、君たちだろう? 人間、誰しも()()()()()()()()()()いかなる困難をも突破できる力があるのだ」

 

 ──すべては、心一つなり。

 

 彼のそんな言葉が聞こえた気がしたから、オレも思わず口を開いてしまっていた。

 

「私は、例えどんな状況だろうと諦めなければ道は開けると信じてここまで来ました。あなたもやはりそう思いますか?」

「無論だとも。ここに歩みを諦めなかった者が三人も居るというのに何を疑う必要があるのか。私にはない」

 

 これはもう、確信できた。彼はオレと同じような人間だ。心一つでいかなる道を開けると信じているし、その為の如何なる障害も苦にしない。どちらがより強く信じているかはこの際置いとくとしても、アルを除けば初めてそのような相手と出会えたのは純粋に嬉しかった。

 

「そのオレ、いえ、私は、あなたと上手くやれると思いました。これからよろしくお願いします」

「そう畏まってくれなくても良い。だがそうだな、私の方こそ君とは上手く付き合えるという確信があるよ」

 

 そうして、差し出した右手が硬く握り返された。がっしりとした男の掌から、火傷しそうなくらい熱い感情の迸りが伝わってくる。やはり彼もオレと同じ、光に憧れそれを追う人間なのだろう。このほんの短い時間でそこまで理解できるくらい、彼の心は一途だった。

 

「ま、レーテがそう言うなら大丈夫なのかな。クリスみたいなタイプがまた一人増えたのは誤算だけど……こちらこそよろしくお願いしますよ、ハーヴェス少尉」

 

 やれやれといった風に頭を振りながらアルも笑った。何だかんだ彼としても理解者が得られたことは事実だから、それを否定するつもりもないのだろう。

 そして最後の一人。ある意味で最もハーヴェス少尉が熱を上げている東部戦線の若き英雄はといえば──

 

「どうであれ、共に戦うことに異論はないか……ハーヴェス少尉、あなたが正しい思想の下にこちらを評価しているのは十分に理解できました。このような男を参考にするのは推奨しませんが、善き付き合いを出来ればと思います」

「こちらこそ、どうぞよろしく頼むよ、ロデオン一等兵、ヴァルゼライド一等兵。私は君たちこそあるべき人の鑑だと信じている、その雄姿を間近で見せて欲しいのだ」

 

 笑う姿に安堵して、こうしてオレたち三人の中にまた一人新たな仲間が加わったのである。

 

 ただし──オレとハーヴェス少尉の思想は非常に似通っていたものの、ある致命的な点で擦れ違いを起こしていたのだが。

 それにようやく気が付けたのは、今よりずっと先のことだった。




ギルベルトさんはほぼ糞眼鏡化してますが、まだ実際に閣下たちの雄姿を見ていないのでギリギリ一線は踏み止まってます。特に『ヴァルゼライド閣下並の覚醒は要求してない』ところが肝で、『皆がマルガレーテみたいに光を仰げば良いのになー』くらいです。なのですべては心一つなりをしつつ、まだちょっと常識的だったり。こればかりは実際に閣下の雄姿と覚醒を見なければ難しいですからね。
あと、地味に閣下のお言葉をきちんと聞いて「あなたがそう言うのならまあ……」と引いたのもミソです。糞眼鏡に覚醒すればそんなの馬耳東風ですから。
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