TS転生したら幼馴染が光の奴隷でした   作:生野の猫梅酒

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Chapter22 平穏な日々/First

 初めてフランクフルトの街並みを見た時は、確か冬の季節で雪も降っていたと思う。アドラー首都とは全く違う寒さに体を震わせながら、東部戦線の本拠地まで移動していたはずだ。

 あれから気が付けば一年半が経ち、景色も気温もすっかり様変わりしていた。

 

「思えば、こうやってフランクフルトの街を見物するのも初めてかもな」

「確かになぁ……最初に来たとき以来、自由に歩き回る機会はちっとも無かったぜ」

「各地の戦線をひたすらに駆け回っていたからな。お前たちには良い息抜きになるだろうさ、楽しむと良い」

「そう硬くなることもないだろう。あなたもまた人並みに楽しむ権利はある」

 

 フランクフルトの街並みに飛び出したのは、つい先日オレたちの上司となったギルベルト・ハーヴェス少尉からの提案が発端である。

 彼も知識として旧暦から続くこの街を知ってはいるようなのだが、実際に歩いてみたことは無いという。だからオレたちに案内してほしいと頼んできたのだが、生憎とこちらも戦争漬けで街のことなんて全然知らない。そうでなくとも自分を鍛えることばかりしていたものだ。

 なので案内はちょっと出来ないと遠回しに言ったら、どうやらそれもお見通しだったらしい。ならば四人で学びに行こうとか何とか言いだして、言われるがままに全員揃っての観光ツアーが始まったのである。

 

「夏は暖かいってレーテが言ってたのは本当だったんだな。こうやって軍服着てると熱くて仕方ないぜ」

「我慢したまえ、ロデオン。あまり市街地で軍人が軍服を着崩す訳にもいかないだろうさ」

「ギルベルトの言う通りだな。あんま格好付かないとやっぱどうかと思うし。ほら、クリスの方見てみろよ。汗一つかいてないぞ」

「鍛錬や戦いで身体を動かしている時に比べればどうということはないからな。アル、お前はもう少し我慢強くなった方が良いかもしれないな」

「ったく、なんだよ皆して! はいはい、俺が悪かったですよー……」

 

 すっかり、という程でもないがオレたちとギルベルト・ハーヴェス少尉は打ち解けていた。年齢がほとんど同じで、かつ互いに敬意を抱けているからだろう。オレたちは気付けば彼のことをギルベルトと呼ぶようになったし、向こうもオレたちのことは普通に名字で呼んでくる。敬語ももうほとんど抜けてしまっているが、もちろん軍人として公私混同はしない。

 

 ともあれ賑やかに会話をしながら古くからの街並みを歩いていく。旧暦の遺物たるビルや機械的な街頭が多く残っているが、そのどれも電気を必要とするので無用の長物か、まったく別の使い方をされている。例えばビルはアドラー帝国軍がやっているように自動ドアが手動ドアに、内部も空間だけを再利用しているし、街頭は新たにランプが吊り下げられてガス式となっていた。

 コンクリートで整えられた自動車道も今はほとんど車が走らず、たまに通る軍用車を除けば人間が好きに闊歩できる有様だ。歩道との区別がほとんど無い光景は旧暦を知っている身からすると新鮮で仕方ない。

 

「なんだか、変な感じだなぁ……」

 

 旧暦と新西暦が混じり合い、全く違う形で奇妙な共存を見せているのは現代の特徴の一つだった。本当なら段々と進化していく技術によって古いモノは駆逐され、次第に新しいモノへと移り変わっていく。けれど新西暦では第二太陽(アマテラス)から溢れる星辰体(アストラル)の影響で技術進歩に事実上の蓋をされ、旧暦に追いつくことも追い越すことも不可能な有様となっている。

 なので旧暦の遺物の方が質が良いというのはザラにあるし、今では生み出せない物質や加工だって山ほどある。こうしてかつてのビルやら街灯やらを外面だけでもそのまま再利用しているのは、下手に取り壊してしまえばもう二度と取り返しがつかないからだろう。

 

 確か昔に習った四字熟語に、この状況を表すような言葉があったような無かったような──

 

「温故知新か……ああ確かに気持ちは分かるとも。ブラウン嬢、君の抱いた感想は実に正しい。今の我々は古き大和やその周囲の国々が遺した恩恵にあやかって生きている状況だ。過去から学び、そして今に繋げ新しい生活基盤を得る。まさしく言葉の通りだろうな」

「えっと……いや、ちょっと待って。そんな当たり前に私の思考を読まないでください」

 

 怖い。割とマジで怖気が走った。

 なんでギルベルトはオレの思考を当然のように理解して、しかも先回りまでしてきたのだろうか。その気持ち悪いくらいの思考能力に反射的に距離を取ってしまう。そもそも仲良くなってるはずなのに超他人行儀になるくらい衝撃的だった。

 当の本人はといえば、若干失礼なオレの言動を全く気にする素振りもない。むしろ薄ら笑いを崩さず平然としているくらいだ。この妙な器の広さはいったい何なのだろうか。

 

「いやすまない、つい癖が出てしまったものでね。君は特に街灯やビルといった旧暦から存在するものを気にしていたから、おそらく今と昔を比較していると考えてしまった。他にも数パターンの候補はあったが素直な答えで安心したよ」

「待て、俺は今猛烈にお前のこと気持ち悪いって思ったぞ……頼むからそんなの俺たち以外にやってくれるなよな。変態の部下とか言われたら立ち直れねぇからよ」

「ふむ、善処はしよう」

 

 本当に善処する気はあるのだろうか……思わず疑ってしまうくらい説得力に欠けるというか。それが彼の持ち味なのだろうし先読みの具現は素直に凄いと感じるのだが、こんな形で実感したくは無かったのが本音だ。

 

「クリスはこのこと、どう思いますかー? 是非とも意見を聞かせて欲しいなー」

「……それを俺に聞くな。答えに困る」

「へぇ、お前が困るなんざ珍しいな。良かったじゃないかギルベルト、あのクリスが言葉に詰まるなんざ相当だぜ」

「まったく、ああ言えばこう言う……お前たちはいつもそうだな」

 

 常に堂々として勝利を目指すクリスでも、やっぱり困ることはある。長い付き合いではあるがオレもそうそう見た事はないし、アルが楽しそうにギルベルトへ語る姿もよく理解できた。オレもちょっと驚いて心のメモに仕舞い込んでるくらいだし。

 ただしギルベルトとしては、全然別の方向に興味を抱いたようだった。

 

「そういえば、君たちはスラム出身とは知っているがその経歴は私も知らない。もし差し支えなければ話を聞かせてもらっても良いだろうか? もちろんプライベートに関わることだし、辛い過去があるというなら無理強いはしないが」

「まあ……プライベートなんて昔は気にしたこと無かったし。そもそも辛い過去なんて言っても、全部乗り越えたことばっかだからな。クリスとアルが構わないなら大丈夫だよ」

 

 たぶん普通の女性なら強姦されかけたなんて一生モノのトラウマになってもおかしくないのだろうが、生憎とオレは普通でない。気にしてないと言えば嘘になるが、いつまでも引きずる程でもなかった。第一それが無ければクリスとこうして親友になる未来すら無かったと思えば、感謝こそしないが忘れようと思うほど辛いとも感じなかった。

 二人も同じように過去を話すことに異存は無かったようで、無言で頷いてくれた。なのでフランクフルトの街を歩きながら、ぽつぽつとギルベルトへと語っていく。なんだか自分語りのようで気恥ずかしいが、まあこれも一種の精神的特訓だと思っておこう。

 

「初めてクリスと出会ったのは十年くらい前の、たぶんオレが七歳くらいの時だったかな──」

 

 ふり返ってみればかなり数奇な人生だ。転生して性別まで変化した時点でもう冗談みたいなのに、スラムに捨てられ、小悪党の手からクリスに助けられ、仲良くなって。しばらくは平和に過ごしていたのが貴族の青年たちに襲われて、それをクリスの助けもあって返り討ちにし。アルから喧嘩を売られたと思えばクリスとも喧嘩別れをしかけ、それでもクリスの友人としてありたいと自覚した。

 後はアルとも仲良くなり、こうして今に至るまでの関係を築いている。そんな話を二人の相槌も挟みながら簡潔にした。さすがに貴族の青年たちに襲われて返り討ちにした辺りはぼかしたが、彼の炯眼ならば裏にある事情も読み解いているかもしれなかった。

 

 いつしかマイン河の上に架かる橋の上にオレたちはいた。フランクフルトを横切る雄大な自然を眺めながら、話も既に終わりへと入ったところである。掻い摘んで話したからそこまで時間は経っていなかった。

 

「とまあ、今日までにだいたいそんな事情が有ったって感じだよ。色々あったけど思い返せばどれも貴重な経験になったと思うよ、オレはさ」

 

 太陽が真上にやって来た頃、オレはそのように話をまとめた。河川からやってくる風が頬に当たり心地良い。

 熱心かつ静かに話を聞いていたギルベルトはといえば、まるで感動しているかのように身体を静かに震わせている。そんなに面白い話だったろうか?

 

「──実際に話を聞いてみて、やはり私は君たちに敬意を表したいと思う。よくぞここまで登り詰めたものだと」

「お、おう……それはどうもありがとう」

 

 ちょっと反応に困ってしまった。なんだか本当に感動しているような口ぶりで、あたかも熱にうなされているように恍惚としているのは気のせいでないだろう。彼は本当にオレたちの経歴を聞いて、何故か知らないが感動までしている。どんな言葉を掛ければ良いか分からず三人揃って沈黙してしまった程だ。

 

「えっと……大丈夫か?」

「ああ、すまない。少々感極まりすぎたようだ。私も知識の上では貧民窟(スラム)の存在とその実態を知ってはいたが……所詮は知識だったか。君たちの話を聞いては自らの浅学さを恥じるばかりだ」

「貴族としてこれまでを過ごしてきたそちらと、スラムの最底辺から成り上がってきた我が身らと。前提からして違うのは当然のことだし、それを指して自らを恥じることはないだろう」

 

 クリスの指摘はもっともだったが、ギルベルトはといえば「いいや、否だ」と頑なに否定する。

 

「例えばの話だ。もし貴族の慣例や礼儀作法を君たちが知らないとすれば、貴族たちはその無知を間違いなく笑うだろう。そのような事を知り、学ぶ余地など何処にも無かったとしてもだ」

「それは、まあ、そうかもしれないけど」

「だが翻って貴族が君たちの背景について詳しくなくとも、誰もその事を恥じはしないだろう。指摘される事もない。しかし相互理解の点において、これは実に不公平で正しいことではないと私は思う」

 

 自らの想いを語るギルベルトの口調が段々と強く、そして激しくなっていく。まるで今まで抑えられていたものが噴出するかのように堰を切って止まらない。初めて顔を合わせた時にも感じたが、彼は正しさや光の方向に話が向くとかなり饒舌で熱意を見せる。初めて士官学校で顔を合わせた時の無機質な印象が何処にも見当たらないのだ。

 それとも、これこそギルベルトの本質なのだろうか。彼の精神は紛れもないプラスの方向だが、それだけに今のアドラー帝国では紛れもない異端である。話の合う人間が居るとは思えないし自分の思想を説いて納得されたとも考えづらい。

 

 いわば今のギルベルト・ハーヴェスとは、誰に憚ることも否定されることもなく自らの考えを好きに語れる状況なのかもしれない。だとすればここまで熱意を見せる気持ちは、オレにも理解できる。自分の好きな物事を語れる時ほど楽しい時間なんて無いのだから。

 

「綺麗で格式高ければ誰もが知っていて当然で、汚くて低俗ならば知らなくても良いと? それは道理が通らないだろう。他者に理解を強いるのならば、自らもまた相手を理解して当然だ。少なくとも知るための努力はするべきであるし、小賢しい言い訳を盾に放棄しては言葉の重みが全て無くなってしまうのは想像に難くない」

 

 つまりは自分と他者における平等性と正しさのテーマに到着するという訳だ。

 ──相手に一方的な理解を強制しておきながら、自分たちは相手を理解しようともしない。そういった本来して当然の努力を怠り、また居丈高に他者を弾劾し排斥する者が許せない。彼の思想は一貫してそこに終始するし、相手が出来ることを何故自分たちはやろうとしないのかと疑問に感じている。

 

「で、それがさっきの話にも繋がると?」

「然りだ。私は今まで君たちの置かれてきた境遇を知らずに、ただ自らの知識のみで天秤を作り、そして評価していた。これは由々しき事態だったと私は思うし、改めて知った今では考えも変わるというものだ」

 

 彼はそこで言葉を溜めると、くい、と眼鏡を上げた。あからさまにインテリらしい動きでありながらちっとも鼻につかないのは彼の雰囲気がそうさせているのか。むしろ端正な顔立ち──あまり男相手に言いたくはないセリフだが、オレの周囲はカッコいい奴ばかりだ──に似合っているのが何だかちょっとむかつくくらいである。

 

「過去に起きた出来事を物ともせずに未来への糧とし、こうして歩む姿はやはり人間の模範と言えるだろう。光を目指して歩む限り、人の可能性は決して途絶えない。ああ、君たち全員が私にとっては奇跡のような存在だとも」

「それはまた……どうもありがとう」

 

 なんだかこう、そうまで手放しに褒められてしまうとこちらが恥ずかしくなってしまう。上手い言葉が全然見当たらない。

 それに、クリスやアルはともかくオレのはそうまで褒められるに値しないと思うのだが。前者は憧れた大元だから当然だし、アルはといえばオレたちにない冷静さや視点を持ち合わせている。比べてこっちは何が出来ているやら、まったく自信が無かった。

 

 しかし、そんな葛藤すら彼には見抜かれていたのだろうか。

 

「むしろ私にとって興味深いのは君だよ、ブラウン嬢。女性の身でありながら軍人として活躍し、真っ当であり続けている。どのような人間だろうと光を仰げば君のようになれると、誰よりも雄弁に語っているのだ」

「おいおい、そりゃ極論じゃねぇのか? それはただレーテが特別我慢強くて頑張れる奴だったってだけだろ」

「俺も同感だ。こんな破綻者を見て目標に定め、しかも歪まない者が多いはずもない。この二人があまりに特別過ぎるだけだと考えるが」

 

 真っ当な指摘に対して、それでもなおギルベルトは意見を翻さない。

 

「なに、別に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()さ。ただその在り方を模範とし、自分の中の限界まで努力するようになればより世界は美しいものになると、そう考えているだけさ」

「なるほど、そういう……それならまあ、そうかもしれねぇわな」

 

 人には誰しも限界はあるだろう。だがそれにすら向き合わずに言い訳を述べて逃げるようでは話にならないし、ましてや負の方向へと突き進んでしまうなど言語道断だ。だから自ら出来る事は積極的にやるべきだし、その見本こそマルガレーテ・ブラウンであると。ギルベルト・ハーヴェスはそう述べていて、アルもそっちは否定しなかった。クリスすら無言で頷いているようで──

 

「止めて……それ以上は普通に恥ずかしいから勘弁してくれって……」

 

 横で聞いているオレはといえば、思いがけない褒め殺しに顔から火が出てしまいそうだから両手で隠すのに精一杯だった。




本当はもう少し話を進める予定でしたが、ギルベルトが思った以上に饒舌なのでここまで。
彼を書くのが楽しすぎるのが悪いんです……

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