あまりにも気持ち悪いくらい正確なギルベルトの読みにより、オレたちはアッサリと麻薬中毒者らしき人物と接触できた。どちらも気弱そうな雰囲気をしていて、第一印象ではとてもじゃないが悪事に手を染めるような人物とは思えない。
帽子とフードで顔を多少隠しながら話を聞いてみることしばらく、最初は渋っていた中毒者たちもお金を握らせればアッサリと口を割ってくれた。金持ちなギルベルト少尉様々である。
「その、こっからしばらく行った先のバーに寄ったら赤髪の男に勧められて……」
「わ、私は、変な男に話しかけられて……生活に困っていたからつい、その、ね?」
何が「ね?」だよ、と内心思いながら根気強く話を聞くこと数分、ある程度具体的な情報をようやくゲットした。
どうにも両者ともに俯きがちで、また話は要領を得ない。その中で最も正確な情報は今の二つが精々であり、どっちも似たような男から薬を手に入れていたという。販売人は赤い髪のまだ若い青年らしく、彼によって地下のバーに案内されてそこで薬を買ってしまったようだ。
たぶんその男とバーこそ、このフランクフルトにおける麻薬被害をもたらす一端だろう。青年の方はただの下っ端で使い捨てという可能性もあるかもしれないが、取引所らしき方は全くもって見過ごせない。
話はそこで終わりであり、後は後腐れなくさようなら──とはいかないのが軍人の辛いところだ。
「んで、どうするんだよレーテ?」
「決まってるだろ、オレたちだってこのまま見過ごす訳にはいかないんだから」
「そりゃそうか」
アルが溜息を吐いた。オレも同感だから気が重い。
なんだか騙すようで悪いが、麻薬は立派に犯罪である。売るのはもちろんのこと、買うのだって許されない。ここで情報を渡してくれた二人を見過ごす訳にはいかないのだ。だから心を鬼にして彼らに接しよう。
「えっと……?」
「まだ私たちに何か?」
「それが、あるんだよ。黙ってて悪いが、俺たちはアドラー軍に所属する者でな──」
驚き戸惑う二人には悪いのだが、ここは大人しくオレたちに同行してもらうしか道はないのだ。
◇
この軍事帝国では警察は存在せず、軍が治安維持や警察の代わりも担っている。よって二人の麻薬中毒者は待機していたギルベルトの手引きによって迅速にアドラー軍へと引き渡された。幸いにして彼らはまだ初犯であるらしいからそこまで重たい罪にならないことを祈るばかりだ。後は自分の意志で薬に依存しないような人生を取り戻してほしいと願う。
必要な情報は手に入れたし、後は情報の場所へと乗り込むだけだ。ただしアドラー軍にはまだ詳しい話を通してなく、ギルベルトはあくまでもオレたち四人だけですべて終わらせてしまうつもりらしい。先の麻薬中毒者たちも偶然見つけたから引っ張ってきたと誤魔化しており、後は間髪入れずにすぐ本丸へと乗り込みである。軍の了解も得ずに動いてしまう辺り、随分と大胆な行動だ。
「その方が都合が良いのだよ。あくまでも『偶然にも麻薬販売の現場を見つけ、速やかに制圧した』という体が欲しいのだから。正規に軍の力を借りれば狡猾な彼らのこと、逃げられるのは火を見るよりも明らかさ」
本当にこう、どこからその自信が来るのだろうか。オレたちだけで丸く収められる保証なんざ無いのに、彼の瞳には今回の顛末まで含めた至るべき結末が映っているらしい。よほどオレたちを信用に足ると考えているのか、一度たりとも揺らがないのは大したものだ。
……思うところはあるが、こうなったら後で独断行動云々で叱責さえなければ良いから突っ走るまで。開き直りなんざ慣れている。まずは正面の物事に集中して、後はギルベルトに任せてみよう。
「しかしまあ、さっきのはちょいと堪えたな。『お前たちみたいな強い人間に、俺たち弱者の心なんざ分からない』、か……」
改めてアルと二人、街中を歩きながら呟いた。今度は悪の巣窟というべき親玉に乗り込む訳だが、どうにも先ほど投げられた言葉が気にかかって仕方ない。まるで奥歯になにか挟まったようなもどかしさだ。
どうであれ、悪い事をしたのは軍に引き渡されたあの二人でありそこは揺るがない。どれだけ嫌なことがあろうと麻薬に手を出す気持ちだって分かりたくない。それで人生を壊してしまえば元も子もないだろう。なのだが、最後に男の方が悔しそうに漏らした言葉だけはヤケに耳に残っていた。
真っすぐ、曇りなく、堂々とした正道を歩める人間は思っている以上に少ない。誰だって弱い方向に流れてしまい、楽なことばかり好んでしまうのは仕方ないのだ。皆がそう簡単に出来ることではない。いったん謙虚さを捨て、オレたちみたいな人間なんて稀だという事実をまずは受け止めよう。
では、強者であるオレたちは弱者の気持ちに共感できないのか? いいや、そんなことはないはずだ。オレだってクリスと出会わなければ間違いなく弱者だったろうし、何なら精神的にはかなり凡庸だと思っている。共感できる点は多々あるはずだ。
……それでも、気が付けば弱者のことなんて気にも留めない人間になってしまうのだろうか。出来ない奴は死ねと、正しくない奴は間違っていると、なんの疑いもなく感じてしまうのだろうか。正論は心地良いからこそ、
「どうよアル、オレたちって強い人間なのか?」
「んな訳ないだろ。俺らはたまさか精神が良い方向を向けてるだけの奴らなんだから、強いも弱いもあるもんか。出会いが良かったっていうだけの話だろうよ。さっきの奴の言葉ならあんま気にしても仕方ないぜ」
「重要なのは切っ掛けであって、個人の問題どうこうではないって事か。ま、確かにそうだよな」
──切っ掛けがあったからオレたちは強い人間と言われるまでになれた。
──切っ掛けが無かったから、彼らは弱い人間と言われるまでになってしまった。
これらは結局のところ等価の事実であり、過程を無視した結果だけを抜き出してどうこう言える問題ではないと言う事だ。もっと極論を述べてしまえばクリストファー・ヴァルゼライドという男に出会えたから今があり、出会えなかったから
それだけ若き英雄の影響力とは甚大なのだ。ほんの少しの偶然と機会があればそれだけで誰かの今後をあっさり変えてしまいかねない程に。分かっていてもすさまじい話である。
などと考えている内に、気が付けば情報の場所へとやって来ていた。旧暦から残るビルの地下へと続く階段と、その入り口には控えめに飾られた看板が立っている。
フランクフルトに蔓延る麻薬被害の元凶たる大元、ここはその一つらしかった。洒落た酒屋といった具合の風貌の店はどんな人間が出入りしてもおかしくない。麻薬の取引にはうってつけといえるか。
「……取り敢えず無駄話はここまでみたいだな。ようやく目的地に到着だ、俺らがヘマしたらクリスやギルベルトの奴に迷惑をかけちまう」
「んなこと分かってるさ。まずは情報にあった赤髪の男を探してみて、上手く証拠を掴めればそれで良し。ダメそうなら──」
手元の筒をポンポンと弄びながらチラリと背後を窺えば、人込みの中に紛れるようにクリスとギルベルトが立っているのが確認できた。どちらも紛れるにはちょっと目立ちすぎる風格を備えてはいるものの、軍人が普通に闊歩しているこの街ではそこまで目立たない。少なくとも軽い変装をしているオレたちとすぐに関連付けられる人間はそう居ないことだろう。
「この爆竹をぶん投げて向こうに知らせて、一気に決着をつけると。シンプルで良いじゃないか、オレは好きだな」
「そのぶん責任重大だけどな。ま、何とかしてみるしかないわな」
いくら顔の利くギルベルトが後ろにいるとは言えども、軍の上層部の思惑とはかなり違った動きをしているのは事実だ。
あんまり派手なことになってもそれはそれで心配なので、手っ取り早く済ませてしまいたい──なんて考えながらオレたちは地下への階段へと足を踏み込んだ。
◇
下へと降りていく二人を見ながら、ヴァルゼライドとギルベルトは控えめに言葉を交わしていた。
「今回の件はさすがに独断専行が過ぎるのではないか? 俺たちが個人でやれる裁量を逸脱していると考えるが」
「確かに、否定できない事実だな。君たちと私のたった四人で敵陣の一つに乗り込むなど正気の沙汰ではない。まして軍すら手を焼いている地に益を求めてとなればなおさらだろう」
「そこまで理解しているなら、何故このような事をする?」
目に見えて分かりやすい手柄を示し、他の者から受け入れられる土壌を作る。
言葉にすれば非常に簡単だし筋も通っているが、やはりリスクは大きいだろう。もし失敗すれば大惨事どころの話ではなく、また独断専行を咎められれば少なくともヴァルゼライドたちは何も言い返せない。個人と組織という規模で比べれば、危険度すら戦場とそう大差ないと言えよう。
「何故だと? 決まっているだろう、私が君たちを信じているからだよ。どのような困難だろうと彼は、彼女は、必ず成果を出せると。無論のこと、君は言うまでもないが」
だが返ってきたのは曇りなき信頼の言葉と、揺るぎのない自信の二つだった。
半ば以上予想していた事とはいえ、思った通りの言葉にヴァルゼライドは嘆息する。
「不可能を可能にする、言葉で見れば綺麗で美しいかもしれない。だがな、それを当然のように求めてしまえば待っているのは過剰な期待と過度な信頼のつるべ打ちだ。まだほんの数日の付き合いでしかないが、端的にお前の考えは理想論に過ぎないのではと思うが?」
「これはまた手厳しい。しかし、一つ忘れてはいないかな? 不可能を可能にする奇跡を起こしているのは誰あろう、君たちなのだと。たかが
これにはヴァルゼライドも押し黙った。当然だ、人より遥かに諦めが悪く、意志の力で数々の奇跡を起こしてしまうのは彼の特権にこそ他ならないのだから。自覚はあるが止められるはずもなし、進めるならば進んでしまうのが彼の
「どのような不遇にあろうと、危険に放り込まれようとも、決して折れず朽ちず諦めなかった輝きを私も直に見てみたいのだ。本来ならばもっと相応しい場があるのは同感だが……だからこそ、これは重要なことなのだ。英雄が輝くための舞台が凡百の戦場で良いはずがないのだから」
「……つまり、俺たちにも手柄を挙げさせておきたいのがお前の魂胆か」
功績をさらに重ねて上官すら侮れない存在となってしまえば、それだけヴァルゼライドたちの八面六臂の活躍の機会も増えていくだろう。やれ上下関係がどうだの、やれ生まれがどうだの、下らない些末事に煩わされるなど彼らにあってはならないのだ。
だからギルベルトは大きく頷き、ついで安心させるように微笑を浮かべた。
「その通り。ああ、付け加えておけば影隊長にだけは既に話は通してある。故に後のことは気にしなくても構わないさ」
「まったく……食えない男だ」
◇
店内は意外にも騒がしく、大衆向けの酒場とそう違いないように思えた。木製のテーブルやカウンターが配置され、吊り下げられたランプが柔らかな光を放っている。がやがやと酒を片手に笑う人間たちには活気があり、何やらウェイトレスらしき金髪の少女たちが席の間を忙しなく走り回っていた。とてもそっくりな容貌だが、双子なのだろうか。
外の落ち着いた雰囲気から予想もつかない姿には驚いたが、むしろこうした活気があるから穴場として機能しているのかもしれない。もし真面目な理由でここに訪れていなければオレも場の雰囲気に絆されていそうだ。
だけど、賑やかで騒がしいからこそ麻薬取引の会場としても優秀なのは皮肉としか言いようがないのだが。
ひとまず入口に立ってアルと一緒に辺りを見渡すものの、これといって怪しい雰囲気は感じられない。あくまでも賑やかな酒場といった風情だ。
ついでに言えば二人揃ってこういう酒場に来たことは一度もない。なので逆にオレたちの方が浮いた存在になりそうなものだが、悪目立ちする前に給仕の少女たちがオレたちの方へとやってきた。
どう見ても未成年らしい二人は随分と愛くるしい容姿をしているが……浮かべた笑みはとても小悪魔的なそれを感じる。
あ、マズいかも──咄嗟に足が一歩引いた時だった。
「いらっしゃいませー。お二人様のご来店でよろしいでしょうかー?」
「お、これはもしかしてカップルだったり? ひゅー、お熱いねー」
「いや、ちょっと、はぁ……?」
「でもデートで酒場に来るのはちょっとどうなのかなーって。お兄さん、甲斐性なしとか言われちゃいますよ?」
「せっかく美人さん捕まえてるならチャンスは活かさなきゃ! この街でカップルにお勧めのスポットでも紹介してみようか?」
「待て待て、お前たち、何か勘違いしてないか? 俺とレーテは別にそんなんじゃ──」
何だこれ。いやホント、なんだこれは。
金髪双子の息もつかせぬマシンガントークに対応が追い付かない。気が付けば勝手にオレとアルはカップル扱いだし、しかもなんかセンスのない彼氏扱いを喰らってるみたいだし。うん、申し訳ないがそこだけは面白い。
でもそれ以外はあんまり笑えない、というか笑ってる暇すらないくらい弄り倒されてる。ホントに何だろう、この二人は。人を揶揄うことに命を懸けてるのかってくらい勢いが凄まじい。給仕として大丈夫なの?
「あ、申し遅れましたが私はティナと言います。どうかお見知りおきを」
「私はティセだよー! このお店に来ちゃった以上はガンガン有り金を貰ってくからそのつもりで!」
「ま、まあ覚悟だけはしとくよ……」
否定はせずに曖昧に笑っておいた。そうやって遊んでみるのもちょっと憧れるが、今はそれどころではないのだ。ティナとティセの双子には悪いが店の売り上げにはあまり貢献できそうにない。
そしてどうやら、このお店では双子の毒舌ラッシュも普通に受け入れられているらしい。入口でさっそくタジタジにさせられているオレたちは思った以上に注目されておらず、「またいつものか」といった具合で流されている。仮にも潜入捜査の途中なのでこれはありがたい。
「では二名様ご案内でーす!」
最後は従業員らしく元気よく席へと通され、二人席の方へと揃って案内された。たぶんまだあらぬ勘違いをされているのだろう。
席に着いたところでメニュー表を渡され、双子給仕はそのまま次の客へと向かおうとして──
「んー……お姉さん、ちょっとお名前を聞いてもいいですか?」
「え、私ですか?」
不意にティナの方がこちらへと向き直った。さっきまでと違いかなり真面目な顔つきをしている。知りたいことがある、疑問が浮かんだ、そう形容するのが最も近いだろうか。まるで人が変わったかのような雰囲気である。
……本当はあまり本名を名乗るのもよろしくないのだが、その妙な気迫に押し負けてしまった。いや、この表現はあまり適切でないかもしれない。なんだろうか、オレの方も何かモヤモヤとした疑問を感じるのだ。
「……マルガレーテ・ブラウン、です」
「なるほど……すみません、変なことを聞いてしまった。なんだかこう、私たちと
「はぁ、それはまた。たぶん街中ですれ違ったとか、そんな程度じゃないですかね」
「たぶんそうだと思いますねー。お手間をかけてすみませんでした」
ペコリと頭を下げて今度こそティナは去って行った。後に残されたオレたちは何が何やら分からず、二人並んでポカンとするしかない。
「レーテ、あんな知り合いいたか?」
「んな訳ないだろ。たぶん人違いか何かじゃないのか?」
「ま、それが無難な線か。つぅかおい、なにを頼むよ?」
「え、うーん……何も考えてなかった」
これは困ったなと軽く笑って、じゃあミルクでも頼んでみるかと冗談でも飛ばしてみる。これでもまだ未成年の十七歳である、残念ながらお酒を飲もうという気にはちっともなれなかった。
そういえばこの新西暦ではやっぱり未成年の飲酒は禁じられているのだろうか。これまで試したことも調べたことも無かったので知らなかった。なのでもしかしたら、オレの脳裏にある
「……あれ?」
「どうしたよ。まさか本当にミルクでも頼む気か?」
「いや、そういう訳じゃないんだが……何でもないよ」
──そういえば、何度も”前世”と比較をしている割には、個人としての具体的な記憶を思い出したことがほとんど無いな。
ふと気が付いたものの、だからどうしたという話なのだが。さっき感じた妙なモヤモヤといい、この大事な時に余計なことに気を取られるのはあまりよろしくない。もっと気を引き締めなければ。
ひとまずカモフラージュ? にアルがビールを二つ注文しているのを横目に周囲を見渡してみる。やはり怪しい雰囲気や人物は見られないような──いや、一人いた。テーブルを一つ挟んだ壁の近く、深めにフードを被った男の横顔はかなり若い。チラリと見えたその髪色は赤、これはもしかして。
「……おい、アル」
「ああ、分かってる……さっそく当たりを引いたかもしんねぇな」
この男が情報にあった人物で間違いないだろう。麻薬を売りさばくニルヴァーナの手先、彼を上手いこと捕まえれば目的は全て達成される。だが焦りは禁物、慎重にことを運ばないとどうしようもない。
と、赤髪の男のテーブルにもう一人の男が座った。中年らしき彼はしきりに辺りを見渡し、キョロキョロと落ち着かない様子だ。どこかうだつの上がらない様子は先の中毒者二人とどこか似た雰囲気を纏っていた。
随分と大胆な取引だ。いや、店側もある程度承知の上と見て良いのだろうか。周囲の客も気にした様子はちっともない。
「……その、ここに来れば、アレを……」
ボソボソと喋る中年男性の声を遮るように、赤髪の男は鼻で笑った。すべてを小馬鹿にしているようなそれに思わず顔を顰めてしまう。
彼はドンとテーブルの上に乗り出すと、囁くように語り出した。こっちも必死になって内容を聞き取ろうと耳を傾ける。
「本気で生きたところで報われる保証なんざどこにもない、そうだろう? アンタはそれをよーくわかってやがる、賢い生き方って奴をようやく見つけられるんだ」
まるで獲物に這い寄る蛇のように、狡猾な蜥蜴のように、彼は滔々と語り出したのである。
高天原に~おわします~や~およろずの神々よ~
天より下りて集いませ~願い~願い~奉る~