──まずは結論から告げてしまおう。”その男”にとって成功という蜜は、同時に自らを滅ぼす毒でもあった。
別に彼は天才に生まれついた訳ではないが、さりとて無能でもなかった。出自が劣等という訳ではなく、家が貧しかった訳でもない。それなりに努力して頑張ればそこそこの結果は出せるだろうし、真っ当な幸せを得ることだって当然可能だったはず。
しかし彼は、努力なんて下らないと一蹴してしまった。真面目に生きたところで仕方ない、もっと楽に生きられる道があるならどうしてそれを選ばない? 本気で生きても辛いだけ、怠惰に生きられるならそれが一番ではないかと。
悲しいかな、その理屈も一面では間違ってはいない。努力しても成果が出るかは分からないから、不安になるのも仕方ないのだ。努力すればそれに見合った報酬が出るなんて甘い考え、意志力さえあれば何でも叶うなど夢物語にすぎない。むしろ徒労に終わる方が一般的だろう。正しいことはどうしようもなく痛い事で、只人にとってこれは動かせない事実である。
故に、彼の運命を決定的に変えてしまったのは。麻薬という世の日陰に分類されるものに手を出してしまい、しかもそれが”成功してしまった”ことだろう。
新西暦一〇一二年のフランクフルトにて。帝国の誇る若き英雄たちを前にどうにか逃げだしてみせた手腕は、巨大麻薬組織ニルヴァーナをして一定の評価を下した。彼は少しだけ上の立場へと登り詰め、下っ端としては上等な類の分け前に預かることとなる。危険な橋を渡ってまでのし上がるつもりは無かったのに、これこそ降ってわいた幸運と言えよう。
しかし皮肉にもこれによって小物ゆえの謙虚さすら忘れた彼は、更なる怠惰と傲慢の沼に溺れる羽目になった。仮にも敵の襲撃から逃げ出した周到さは消え失せ、自分の失敗は他人へ押し付ける癖に他者の成功には飛びつき分け前に預かろうとする。悪党の中でも一等どうしようもない屑と呼んで差し支えないだろう。
それでも、成功によって手に入れた蜜の味を忘れられるはずもなく、よって彼は当たり前のように組織からも切り捨てられる運命となるのだが……
だが敢えて断言しよう。この時点での彼は、何処にでもいる小悪党の一人だった。
小物で強欲で謙虚さの欠片も無いが、まだ只人の範疇だ。人としての箍は何一つとして外れていない。探せばそこら中にいるだろう屑の一人として生を終えたことだろう。
よってこれはどのような運命の悪戯なのか。
何処にでもいるはずの取るに足らない蜥蜴風情が、まさか
◇
「おい待てクリス、本当に行くのか? このままニルヴァーナの本拠地まで、今すぐに?」
「当然だ。場所が分かり、討伐の許可も降り、この身体は往けると言っている。ならば立ち止まる理由など欠片もないだろう」
早足で歩くクリスの後ろをオレは小走りで追いかけていく。数年の間にさらに開いた身長差が恨めしいが、とにかく置いていかれないように半歩後ろを意地でも付いていった。
ほんの数時間前には戦争の渦中で大活躍を果たし、さらにほんの十分前にギルベルトからニルヴァーナの本拠地の情報を入手したばかりだというのに、この男は躊躇など微塵も見せようとしない。先ほどオレに語ってみせた言葉を実行し、あらゆる堕落の根本を殲滅すべく心が猛り続けていた。まるで冗談のように止まることを知らない姿はブレーキのない暴走特急のごとしだ。
さらに言えば、軍からも即座に許可が出たことも後押ししてるだろう。なにせアドラー帝国にとっても麻薬流通は頭の痛い問題であり、可能な限りすぐにでも取り除きたい癌なのだ。元より血眼になって流通ルートや製造元を探していたから軍の腰も例外的に軽かった。
未だに戦場での後始末や怪我の治療に専念している大多数の兵士たちを横目にクリスは歩いていく。そんな彼の堂々とした姿に視線が集まるがお構いなしである。
「だけど今の状況じゃほとんど──いや、たぶん誰もついて来れないぞ。なにせまだ戦後すぐだ、怪我した奴や後始末に走り回ってる方が大半なんだからな」
「理解している。だがレーテよ、敢えて問うが」
こちらに目線を合わせたクリスの瞳は、まるで太陽の様に熱く燃え盛っていて、
「たかが
「でもあの”血塗れの雛罌粟”の奴らとか、他にも私兵の類もいるはずだぞ? 裏でアンタルヤの十氏族が後ろ盾になってる話も聞くし……いくらなんでも無茶だ」
「委細承知の上だ。それでも、俺はこの足を止められん。愚か者だという自覚はある、お前の言う事はもっともだと分かってもいる。だが──悪が相手である限り、”勝つ”のは俺だ」
眩暈がする。その圧倒的な熱量に。
鼓動が高鳴る。その雄々しき宣言に。
オレだって本当は分かっている。どれだけ理屈を並べたところでクリスが止まる訳がない事を。そうでなければ憧れなかった。そうでなければ親友になどなれなかった。それでも危険性をつらつら並べてしまうのは、彼の事が心配だから。
だけどそんな言葉ばかりの説得などより、もっと先に言う事があるはずだ。
「分かった、それなら勝手にしろ。だけど代わりにオレのことも連れていけ」
「……自分の言ってることの意味が分かっているのか? 先ほど危険性を述べたのはお前のはずだ、俺とてむざむざ死地に友を連れていく趣味はない」
「それでもだ。前にも言ったろ、オレはお前の友達なんだから一人で突き進むのを黙って見送れるほど冷血にはなりきれない」
敵組織の本拠地に乗り込もうというのだ。普通に考えれば死ぬしかない。むしろ勝利してしまう方がおかしいだろう、常識的に考えて。たとえ英雄といえど無茶が過ぎる。
でも、クリストファー・ヴァルゼライドがいる限り、きっと勝利を手に入れることが出来るとオレは信じている。だから死地に飛び込むことにだって迷いはない。もしクリスが首を縦に振らなかったとて勝手についていこうとするだろう、あのときスラムでそうしたように。
「……まったく、お前というヤツはいつもそうだ。こんな男を信じてどこまで突き進もうとする。その強情さ、果たして誰に似たのやら」
「さぁて、誰だろうな。きっと自分の決めたことを意地でも曲げないカッコいい奴さ」
「そうか」
彼にしては珍しく曖昧に頷いた。今も自分のことを『そのような賞賛を受けるに値しない』とでも卑下しているのだろう。もう慣れっこだし、是が非でも認めさせてやりたい。自分が凄い奴なのだと、何よりも本人が認めてあげて欲しいから。
そうこうしているうちに、オレたち二人は軍用車の下へと辿り着いていた。整備士にも既に話を通してあるのか、ごく自然に厳つい車の受け渡しは完了する。オレが運転席で、クリスが助手席だ。彼よりオレの方が運転がちょっぴり得意なのだ。
「クリスは負けず嫌いだからな……」
「なんだ、レーテ?」
「いいや、なんでもない」
含み笑いをしながら鍵を入れ込めば、エンジンがかかり振動がシートを伝わってやってくる。
あとはハンドルを握りアクセルを踏みこめば発進というところで、整備士がエンジン音に負けない大声でこちらへと叫んだのだ。
「アドラー帝国の誇る若き英雄、クリストファー・ヴァルゼライド軍曹! あなたがあらゆる不条理を薙ぎ払い、あのニルヴァーナを粛清してくれることを祈ってます!」
「任せておけ。アドラー帝国のため、貴君らのため、必ずや腐敗を齎す
「それでこそ、我らが英雄というものです。お力添えすら出来ず歯痒いばかりでありますが……お二人とも、どうかご武運を!」
ピシッとした敬礼にこちらも敬礼を以って返した。同時に今度こそ軍用車を発進させて帝国軍の前線基地から一挙に離れていく。
目指す先は東部戦線のさらに先。ニルヴァーナの拠点は押し上げられた国境線のちょうど境に存在するらしい。おおよその目安が記された地図とにらめっこしながら車を軽快に走らせていく。
風を切って駆動する車の感触が心地よい。隣に座るクリスをチラリと見つめてから、前に向き直って笑ってみる。
「しっかしまあ、軍も本当に二人だけで壊滅させられるなんて思ってるのかね?」
「思っているはずも無いだろう。万が一成功すればそれで良し、失敗したところで下賤な生まれの成り上がりが一人消えていくだけだ」
「……一人じゃなくて二人だけどな。死ぬときはたぶんオレも一緒だぞ」
「そうかもしれんな。故にこそ、俺は決して負けられん」
気が付けば太陽はゆっくりと沈み、逢魔が時へと差し掛かっている。魔性の生まれいづるとされる時間帯だが、鮮やかなオレンジが目に眩しくて美しい。
その先に待ち受ける魔性の都を遠くに見つめて──クリスは鋭い眼光を投げかけていたのだ。
◇
アドラー東部にかけて広く麻薬を製造し、売り捌いていた悪徳の根源ニルヴァーナ。
その本拠地は今、いっそ惨めに思えるほどに大混乱と大炎上に見舞われていた。
城塞にも似た施設の中を怒号と悲鳴が駆けまわる。最新鋭の兵器たちが惜しみなく投入され、この騒ぎを引き起こした下手人相手に容赦も呵責もなく解き放たれて憚らない。銃火や砲弾の雨あられは轟音と共に壁を砕き、地面を抉ってその破壊力を見せつける。
なのに──なのに、たった二人の狼藉者には掠りもしないのはどういうことだろうか。
無謀にもニルヴァーナへと殴り込みをかけてきたのは、帝国軍人が二人だけ。片や七刀を携えた金髪の青年で、片や直刀と拳銃を構えた茶髪の美女。その特徴的な容姿は違法組織に身を置く者をしてよく知っている。
すなわち、アドラー帝国の英雄ことクリストファー・ヴァルゼライド、そして彼に次ぐ者として評されるマルガレーテ・ブラウンの二人だ。苛烈な戦場でなお光輝く英雄たち、その断罪の刃がついにここまでやって来た。あまりにも無謀で無茶で現実の見えていない殴り込みも、この二者ならばやるだろうという奇妙な納得すら生まれてしまう。
だからこの不条理とて当然の帰結だろう。燦然と煌く英雄たちが、悪の手先の一撃に屈することなどあり得ない。
まるで物語から抜け出してきたご都合主義の権化が如く、笑えるくらいに銃弾も砲弾も当たらない。たった二人と侮った者から逆に容易く斬り伏せられ、悪の敵によって血だまりへと沈められていくのだ。
どこまでもどこまでも圧倒的な
無数の銃弾に囲まれたなら、最低限のみ刀剣で叩き落して突破する。
爆破が起きれば瓦礫を投げつけ相殺する。
人数差で囲まれようがお構いなし、鍛え上げた七刀の抜刀術はあたかもヴァルゼライドが七人に分身したかのように敵手を切り刻む。
完璧、最強、無敵、絶対──! まるで男が抱く稚拙な夢がそのまま形を取ったかのようだ。いっそ愉快で痛烈な進軍は一切の躊躇も停滞もなく麻薬の園を蹂躙して浄滅せしめる。
「……おい、クリス」
「ああ、分かっている」
だが、ついに快進撃を続ける二人の足が止まった。片手間に組織の者を撃ち殺したマルガレーテが足を止め、ヴァルゼライドもまた油断なく前方を見抜く。炎と爆発の背景に彩られて立っているのは、大剣を携えた巨躯の男だ。
その男──クラックが一歩前に出た。ヴァルゼライドもまた前に進み出る。数年振りの再会は突然で、しかし敵対しているからには容赦も油断もありはしない。言葉を交わすことすらなく、互いに刀剣を抜き放って対峙した。
「レーテ、お前は先に行け」
「……いいのか? こいつはあの時の──」
命からがら離脱した時の記憶をマルガレーテは今も鮮烈に覚えている。三人でかかってなお勝てず、ヴァルゼライドが覚醒を起こしてなお勝てなかった途轍もない相手だ。あれ以来数年にわたって戦場を駆け抜けたが、彼ほどの手練れにはついぞ出会うこともなかった。
それくらい格の違う傭兵で、今だって彼女一人では勝てるか分からない。だというのにヴァルゼライドは臆することなくさらに一歩踏み込んだ。
「構わん、この男は俺が片付ける。お前は先に他の奴らを始末しろ」
あくまでも譲らない態度。一度は実質的に敗北したからこそ、今度こそ”勝つ”のは俺だとばかりに意思は猛っている。
その熱量を感じ取ったマルガレーテも短く嘆息してから引き下がった。こういう時、何を言っても無駄であると知っている。
「……分かったよ、クリスに任せる。でも気を付けてくれよ、お前が無茶をやって傷ついたりするのなんて嫌だからな」
「善処はしよう。だがあまり期待はしないことだな」
もはや互いに真正面しか見えていない。駆けだしたマルガレーテすら意識の外にあり、武器を構えた両者だけに集中する。
極限の集中状態の中でふと、クラックが小さく言葉を漏らした。侘びたような笑みも一緒だ。
「見違えたな、アドラーの若き英雄よ。かつて戦った時とは大違いだ」
「お前に負けてから、お前に勝つことだけを目指して剣を振るってきた。二度目はない、今度こそ勝つのは俺だ」
「面白い、やってみろ」
──二人には奇妙な予感があった。
この戦い、長くは続かない。いやむしろ、最初の一撃ですべてが終わる。
ヴァルゼライドの戦い方は抜刀による素早いもので、対するクラックは剛力によって大剣を叩きつけるように振るうもの。かつては技量の差から後者が圧倒的な有利を維持していたが、戦場で莫大な経験値を獲得した英雄を前に同じアドバンテージがあるなど思えない。
だから結論、この戦いは一度で決まる。最初の抜刀術をクラックが防げれば、その後も彼が押すだろう。逆に防げなければ速さに追いつけないことの証明で、ヴァルゼライドが勝つのだから。
ジリジリと距離が縮まる。
爆炎と銃声が遠くから聞こえるのすら気にならない。
瓦礫が落ち、音が鳴る。それを合図とばかりに両者は同時に地を蹴った。
◇
英雄の刃が悪を見過ごすなどあり得ない。なのにこうして重傷を負いながらもどうにか生きていられるのは、ひとえに他の雑多な者たちとまとめて斬り伏せられたから。有象無象の草木を刈るが如くに倒されたのだ、その扱いには屈辱どころか奇妙な嗤いすら覚えてしまう。
だってそうだろう。彼と彼女に比べて、
あの男は──クリストファー・ヴァルゼライドは本気で怒っている。本気で挑んでいるし、全力を出して
あの女──マルガレーテ・ブラウンもそうだ。ヴァルゼライドに比べれば天に輝く太陽と月のように差はあるが、彼女もまた本気であることに変わりない。それが証拠に見るがいい、只人ならば次の瞬間に死んで然るべき銃火の中を生きているのだ。だからああして英雄の後ろをついていくことが許されているのだと強く分かってしまうから。
故にこそ、昨日までの自分に燃える怒りが止まらない。本気でやっても報われない? 努力が結果を出すなんて夢物語も良いところ? なんだそれは、どこまでふざけた理屈だったのだ。
もしその言葉を口にするならば、あらゆる努力を本気でこなして結果を追い求めてもなお駄目だった時だろう。少なくとも金でも、女でも、俗的なことでも未来だろうと、何もかもに不真面目に生きていた自分が吐いて良い言葉では断じてない。訳知り顔で努力をバカにする資格なんて自分には欠片も無いのだ。
理解した、頑張れば人は報われると。
肌で感じた、本気を出せば人はどこまでも限界を超えられると。
そのかつてない実例が、こうして目の前で英雄譚を紡いでいるのだ。あまりの威光に魂が揺さぶられ、比べて矮小な我が身への羞恥に自らを呪い殺したくなってしまうほど。かつてフランクフルトで出会った時にどうして気が付けなかったのだろう。無駄にしてきた四年間が途方もなく大きく感じられる。
しかし駄目だ、ここで自死など選べるはずもない。
英雄と、その介添えを許された戦乙女。この二人の視界の外で死ぬなんて、もはや絶対にありえないのだから。
「待て、待ってくれ……! 俺を見てくれ……!
自らの血に這いずりながら手を伸ばす。けれど、その手は虚しく届かない。
炎と爆音の先へと消えていく両者の視線は、既にその先に立つ偉丈夫へと向けられていた。知っているとも、あの男はニルヴァーナの雇った”血塗れの雛罌粟”のメンバーの中でも最強格の男である。確かクラックと言っただろうか、小悪党だった自分と比べて如何に輝いているか、今ならよく分かる。
だから、彼らの視線がクラックに向くのは当然なのだ。自分は努力してないけど、彼は実力者になる程の努力を積んでいるから。汚泥に塗れた雑草よりも、力強い花の方が視線を引くに決まっている。
「お前なら……勝つ、よな。そうだろう、
この輝きに目を焼かれても構わない。一秒一瞬でも長く自らを変えてくれた英雄の光を記憶に刻み込みたいのだ。
もはや善悪や敵味方の所在すら忘れている。本当はクラックが勝たなければ状況は絶望的になるだけのハズなのに、心は笑えるくらい一途にヴァルゼライドを応援してしまっている。でも、仕方ないのだ。人生で初めて見た至高の輝きを前にして、『地に墜ちて敗北してほしい』などとどうして願えようか。
ヒーローに憧れる少年のように、アイドルに恋する乙女のように、英雄の勝利を祈って対決の行く末を見届ける。敗亡ばかりの手を伸ばして、彼の雄姿を絶対に見逃さないと誓ったのだ。
果たして、両者は示し合わせたかのように飛び出した。
「はああああッ!」
「おおおおおッ!」
共に全力、後のことなど考えない。魂を込めた抜刀に唯一の傍観者は眼を奪われて──
「あぁ……!」
気が付いた時にはヴァルゼライドの刃が、クラックの胴体を一閃して駆け抜けた後だった。
とてもじゃないが目では追えないような速度だった。それくらい刹那の出来事で、あたかも過程だけが抜け落ちてしまったような空白感すら感じてしまう。瞬きの間に翻った刃が鞘に納められ、クラックはその場に倒れ伏す。小さな声でヴァルゼライドに何かを告げ、彼はそれを受け取ったようだが男の耳にまでは届かない。
しかし事実として、ヴァルゼライドは歴戦の兵士すら一刀のもとに斬り伏せた。この結果に絶望すべきはずの男の心は、けれど際限を知らぬとばかりに燃え上がる。
「……待っていてくれ、麗しの英雄よ……! 俺は必ず、お前の本気を受け止めてみせる……!」
もはや怠けるつもりはない。次の瞬間には気を失って死んでもおかしくない怪我だって気にならない。
そうとも、本気で頑張ればこの程度の怪我がどうだという。少なくともヴァルゼライドは絶対に止まらないだろう。ならば自分もここで膝を屈している場合ではなかった。今も天井から落ちた瓦礫が自らを束縛するように圧し掛かるが、それすら跳ね除け必ず再起を果たしてみせよう。
先に奥へと進んだマルガレーテを追うようにヴァルゼライドも眼前から消えていく。今の英雄の視界には唾棄すべき悪の群れと、後はあの女しか入っていないのだから。自分なんて歯牙にもかけない、仕方ないと分かっているが羨ましくてしょうがない。
そうだ、
昨日まで怠惰に溺れていた男の勝手な言い分だ。自省と悔悟の自覚はある。
でも、一度決意したことを絶対にやめられないのもまた、光に焦がれた者の
「
瓦礫と炎の中に消えていく英雄たちへと精一杯に宣言して。
崩壊する組織を生誕の揺り籠としながら、ここに人知らず
本気おじさん、目覚める。