終わってしまえば拍子抜けなほど呆気なく、
どれくらい呆気なかったかといえば、
「本当にこれで終わりなんですか? ベッドで寝てる内に終わったようなものですけど……」
「戯けか貴様、その身に宿した力を何も感じぬというのか? であればお前は失敗作よ、さっさとここから失せよ」
「えぇ……そんな言い方しなくてもいいでしょうに。私もちゃんと感じ取れてますから心配には及びませんけども」
などと目覚めた直後に間の抜けたやり取りをした程度にはアッサリだ。あの時は本当に寝て起きたら
それにしても、思い返せばあの時の老技術者は随分と口が悪かったし、研究職とは思えないくらい身体を鍛えてたようにも見えた。この件に関しては
ともあれ、随分とのんびりした感想ばかりになったが無事に
だが幸運にも──といってもカグツチが選んだ時点でそうなのだろうが──オレには
「すっごい身体能力上がってるな、これは……」
あてがわれた自室で一人ごちた。どうしたものかと頭を抱えたその先には、床の上で粉々となったグラスが落ちている。
別に落として割ったわけじゃない。ただ水を飲もうとグラスを取り、そして
しかし当然、それだけの力をいきなり宿してしまえば振り回されるのも自然なことで。つい普段の感覚で力を入れてしまえばこの通り、床で散らばるコップの姿がどうなるかを証明していた。
自分の手のひらを改めて見直してみる。傷や剣だこも多いがあくまで普通な肉付きなのに、ちょっと力んだだけでこうも簡単に何かを壊せてしまうことをまじまじと実感する。
「これでうっかり握手でもしたら相手の手を握り潰しそうだな。ゴリラかオレは……これはゴリラだな……」
またも頭を抱えた。言い訳のしようもなくゴリラ並みのパワーであった。
だからこの二日は出来るだけ他者と接触しないようにしつつ、力の調節に苦心していた。その甲斐あってか段々と感覚を掴めてきてはいるものの、たまに気を抜くとアッサリこうだ。本当に気を付けなければ。
これだけでも”超人”という比喩が相応しいというのに、さらに
「つくづくとんでもない話だよ……」
これだけの力を持ったことの意味を改めて噛み締める。実際に成ってみて肌で理解した、
白状するなら
けれどこの感情はあくまでオレの内心だけで完結させるべきであり、舞い上がった心のままに現実で星を揮えば結果は火を見るよりも明らかだ。そんな奴は力に溺れて破滅への坂を転がり落ちる愚者の典型に他ならない。故に使い方を間違えてはダメだと、憧れと現実に区別を付けて前を見る。
だってオレはクリスの隣を堂々と歩きたいのだから。なのに後ろ暗いこと、自らの欲望へと
……
まあそんな述懐は置いといて、だ。今はひとまず床に散らばったグラスの破片を片付けるとしよう。ついでに能力の練習もしてしまえばちょうどいい。これも早く慣れておかないとうっかり暴発でもさせたら堪らない。
こういう時にもオレの
◇
現在、
当然と言えば当然の話だが、やはりこれだけの技術を発表すれば混乱や衝撃はどう足掻いても免れない。いくら改革派に持ち込もうと適切に扱えなければ宝の持ち腐れであり、無為に時間をかければ血統派側も技術を盗んでしまう可能性すらあった。
だからもっとも効果的にカードを切れるその時まで、
別に秘匿自体は納得できる。だからこの話で問題となるのは、実際に超人に成ってしまったオレやクリスがどうやって周囲を誤魔化すかにある。もっと明け透けに表現すれば、共通の友人となるアルの目をどう掻い潜るかだ。
「なんつーか、最近のクリスとレーテは何か隠してやがる気はするんだがな……」
「おいおいまたその話かよ、クリスはともかくオレがそんなのある訳ないだろ」
内心で表情をひくつかせつつ真顔で嘘をつけるようになったのは嬉しくない成長だった。
仮にもクリスに並ぶ親友に対してこんな嘘なんかつきたくないが、内容が内容だけにそう簡単には種明かしなど出来やしない。だからいつも当たり障りのない返答でお茶を濁しているのだが、ほんの十日かそこらでもう厳しくなってきている。やっぱり良心が痛むのだ。
「でもなぁ、レーテお前、最近どっかに行ってて見ないことがだいぶ増えたぞ。一時期のクリスの奴と同じだ。しかもアイツはアイツでよく見るようになったと思えばお偉方との会合ばかり。そのうえ”アレ”とくりゃあ、何かあると疑わない方がどうかしてるだろ」
「そりゃオレだってクリスがあんな傷を付けたのには驚いたさ。すっごい心配したんだからな」
アルの語った”アレ”というのは、数日前、突如としてクリスの顔に大きな傷跡が出来ていたことに起因する。
これまで無敵無敗も同然だった彼がよりにもよって顔面に一撃を貰うなど並大抵の事態ではない。まして
ましてクリスは今や
つまり──戦った相手は戦友でもあるギルベルト・ハーヴェスではないのかと、オレはクリスへ実際に訊ねてみた。
結果、返答は肯定でありやはりクリス対ギルベルトという星辰奏者同士の
何故そのような事態にまでなったかは聞き出せなかったが、どうも互いの思想に食い違いがあったらしい。あの二人は似た者同士なようで、たまにクリスの方から不穏な視線が向けられていたことを鑑みれば、不思議と納得しか感じなかったのを覚えている。まさかそこまでするとは思わなかったし、あの時は色々心配しすぎて逆に心配されてしまったが。
どうにせよ、裏ではそんな事態も起こっていたらしい。友人同士での戦いなどオレとしては本当にやめてほしいし、事情を少しでも知る者としてギルベルトにも話を聞いてはおきたいのが、きっとはぐらかされるだけな気がしてならない。友人同士のプライバシーに首を突っ込むのもどうかと思うので無理に聞き出すつもりもないけれど。
しかしこの余裕は裏事情を把握してるオレだから持てたものであり、知らなければアルの様に勘ぐってしまうのも道理でしかないだろう。
「ぜってぇクリスの奴は何か企んでやがるし、もっといえば巻き込まれてるのは間違いないだろうな。ただその内容が分かんないっつうか……いつものように一人で雄々しく前を向く、なんてやつなのかね?」
「さぁ、どうだろうな。でも今回は上層部も巻き込んで動いてるみたいだし、そう遠くない内にオレたちにも秘密の正体が分かる気はするけどな。本当にアイツが秘密にする気なら、きっと誰も巻き込もうとすらしないだろ」
「そりゃ確かに、一理あるわな」
確信があるわけではないが、かといって出まかせでもない。クリスの事だから下準備さえ出来てしまえばすぐにでも
希望的観測だけど、オレだっていつまでも友達相手に嘘をついてシラを切り続けたくなんかない。せめて
果たしてその想いが通じたのか、アルは一つ溜息をつくと困ったように頭に手をやった。
「ま、どうしても言えないならいいさ。今回はレーテに免じてこれ以上の追及は無しにしといてやるよ。だけど俺だってお前たちの友達で仲間なんだから、いつまでも蚊帳の外に置くのはなしだぞ?」
「アル……なんというか、ごめんな」
「謝るなよ、むしろ『何のことかやら分かりません』って太々しく笑っとけよ。そんな正直じゃこの先やってけないぞ」
……まったく、本当に。
どうもオレは、素晴らしい友人に恵まれすぎているらしいと痛感した一幕だった。
◇
それ以降は特に目立った事件や出来事もなく、思ったよりも穏やかに時間が過ぎていった。
三人目の
これに関してはオレより先に
そして、
予想通りの時期になり、いよいよ最新にして最強の人間兵器を生み出す技術が改革派の上層部より公表されたのだ。
発表された直後は流石に内部でも荒れたというか、「そんな夢物語など信じられるか!」という意見が大半だった。いきなり
だがそれも、持ち込んだのが他ならぬ東部戦線の英雄、クリストファー・ヴァルゼライドであると判明すれば話は別になる。主にクリスに憧れる若い世代を中心に
すなわち、一番分かりやすく新技術を誇示するためにはデモンストレーションを行えばいいわけで。誰の目にも理解できる形で異能の力を開帳すれば、もはや
で、その
「なんでわざわざオレを選ぶんだか。ここは改革派に文字通りの革命を齎した英雄、クリストファー・ヴァルゼライド少佐の方が相応しくありませんかね?」
「茶化すな、俺よりもお前の方が適任だと考えたから任せたまでだ。加減の効かない俺の
大真面目に返答されてしまい、まさかの大役を得てしまったオレはと言えば大きく嘆息した。
ざっと訓練場を見渡せば、戦車が二両に一般的なアドラー軍兵が数十名。全員が当然のように銃火器を装備し帯刀までしている精鋭部隊だ。いくら
「確認しとくけど、相手を殺したり重傷を負わせない限りは好きに戦って大丈夫なんだよな?」
「ああ、その認識で間違いない。だが一つ注文を付けるなら、観戦してる上層部の人間にも分かりやすく
「それはちゃんと意識してるから心配するなって。精々派手にやってやるさ」
横目で確認した先には、急ごしらえで用意された観覧席に腰かける高官たちの姿があった。
今回の主役は
その責任は思っていたより重大だが……大丈夫だ、何とかなると信じよう。これでもオレは新西暦における最新兵器なのだから、自信を持たないでどうするのだ。クリスなら生身でだって立ち向かうような相手に気後れしてるようじゃ、いつまで経っても彼の背中には追いつけない。
「それじゃ、行ってくる。精々恥じない成果を出してやるさ」
軽く笑ってから訓練場へと躍り出た。それと同時に兵士たちもこちらへ向けて銃を構えて展開する。
お互いに本気で殺し合うつもりはないが、漂う緊張感は戦場さながらだった。向こうとしては未知数の敵と戦うことになるのだから仕方ないし、オレだってうっかり銃弾を頭に貰えば即死なのだから気は抜けないのだ。
ピリピリとした空気に東部戦線を思い出しながら、腰に差した直刀の柄を握る。これまで愛用していたものとは
膨れ上がる圧力に、誰かが唾を飲み込んだその瞬間。
「それでは──第一次
高官の誰だかの丁寧な合図と共に開戦の合図が響き渡り。
「創生せよ、天に描いた星辰を──我らは煌く流れ星」
──ここに、己が授かりし星の猛威を開帳した。
次回はようやくマルガレーテ・ブラウンの
ちょっとだけヒントは出しましたが、能力はそこそこ派手かつ汎用性がありますね。