TS転生したら幼馴染が光の奴隷でした   作:生野の猫梅酒

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Chapter38 努力と対価/Rhadamanthys

 胸元から取り出したのは東部戦線でも愛用していた小型の拳銃──と、()()のものである。実際にはこれも既に新調しているのだが今は気にすることでない。

 最初にハッキリ言っておくが、この戦闘で拳銃など悲しいほどに役立たない。星辰奏者(エスペラント)の身体能力ならば銃弾を見切り躱すなど容易であり、なおかつギルベルトならこちらの僅かな所作と銃口の向きだけで正確に発射タイミングすら予測してくる。目と頭を疑いたくなるがこれまで何度も見せつけられた炯眼を疑うつもりは一切ない。

 

「ま、それでも撃ちまくるんだけど、なッ!」

 

 バン、バン、バンとリズミカルな銃声と共に弾丸が放たれる。弾頭は全て重力偏向済み、地面と平行になった重力に導かれ『水平に加速』しながらギルベルトの下へ殺到する。進めば進むほど加速するという狂気の弾丸たち、たとえギルベルトであろうとこの速度を前にすれば多少の動揺や計算ミスを狙えるかと考えていたのだが。

 

「まさか、今更このような攻撃が通用すると?」

「……そりゃそうだろうけどな!」

 

 最低限の回避動作だけで危なげなく回避されてしまう。剣で弾かれ、身体を一歩横にズラシ、それだけだ。特別なことは一つもしていない、故に恐ろしいのはいくらでもこの光景を繰り返せるということで。どれだけ星辰光で強化した銃弾を撃ち込もうが一切のダメ―ジも動揺も誘えない事実だった。

 しかしオレだってただ翻弄されっぱなし、やられっぱなしではない。今の一撃も当然ながら布石として用意したもの。干渉した銃弾たちの操作を、オレはまだ手放していないのだから。

 

「集束再干渉──戻ってこい!」

 

 重量再偏向。

 壁や床へとめり込んだ銃弾にかかる重力へと一気に再干渉していく。今度は可能な限り重力を集束させることにより、通常の重力加速度を遥かに超えた加速力を発生させた。その上で当然ながら重力の向きはギルベルトへと設定、彼我の距離もそこそこ離れていることで到達時の速度は馬鹿にならないものがある。

 よって、一度は完全に防ぎ切ったはずの攻撃が今度は死角から再来、これに乗じてオレも真正面から攻め込むことで疑似的な全方位(オールレンジ)攻撃を実現させることに成功した。どれだけギルベルトが先読みの天才だろうと剣は一つで腕は二本に限られる。加えて向こうの重力を強化することにより動きを鈍化、全てに対応するにはどうしても手数と速さが足りないという『読めていてもどうしようもない状況』へ無理やり追い込んだ。

 

「ほう、これはまた。良い手だが、しかしすまないが読めている」

「……ま、そうだろうな」

「驚かないのかね?」

「驚かないさ。この程度でお前をどうにか出来ると思う程、オレだっておめでたくないんでね」

 

 この局面を打開するにはどうしても星の力を解放する必要がある──そういう状況に白夜の如き天才を引きずり込めただけで儲けもの。本当はこの全方位攻撃で決着を付けれれば一番手っ取り早いが、そこは高望みとしてすぐに諦めている。これすらギルベルトの能力を暴くための布石として利用するのだ。

 剣を打ち合う刹那に交わした会話すら置き去りにして、予定調和として全ての銃弾がギルベルトへと殺到するその瞬間。三度目の不条理が今度はオレの狙い通りに顕現した。

 

 いっそ素直なまでに正面からオレの直刀が剛剣により受け止められた。これはまだ想定の範囲内。だが同時に到達するはずだった銃弾のいくつかが、突如として見えない手に叩き落されたかのように軌道を変えた。

 もちろんオレ自身は重力方向の操縦を止めていない以上暴発などあり得ない。となればこれこそがギルベルトの星辰光の一端に他ならず、

 

「っと……!」

 

 銃弾の一発がこちらへと曲がったのを認識して即座に数歩後退。追いかけるようにギルベルトも身を屈めつつ踏み込んだことで、数瞬遅れで誰もいない空間を銃弾が通過した。まんまと必殺の包囲網をやり過ごされてしまった訳だが今回ばかりはこれで構わない。正体不明の星を使用させたことで能力解明へとまた一歩近づけたのだから。

 

 幸いにして重力による(くびき)はまだ生きている。よって多少は受けやすくなった剛剣に集中しつつ、正体不明なギルベルトの星辰光(アステリズム)を暴くことにも思考を傾ける。

 

 まず発動条件。これはシンプルにギルベルトの意志に応じて発動と考えて良いだろう。そうでなければああも自由に無重力下を移動したり、オレの太刀筋を捻じ曲げたり足元を不意打ちで爆破させたりは出来ないはず。

 ではいったい何を起こしているのか。オレが星の力で重力操作を行っているように、アイツもまた何かしらの現象を起こして空中移動や不意の起爆を行っているはず。そこまでは推察出来るのだが、では条件がどうなっているのか掴めない。

 見えない力と考えてパッと思い浮かぶのは重力、磁力、それに風といった代物だ。しかし剣や弾が曲がったときに風など感じなかったし、磁力や重力でああも派手に足元が吹き飛ぶとは考えづらい。この三つは除外して良いだろう。

 

 ならば詠唱にいずれかのヒントがあるか? どうもオレの星辰光(アステリズム)には直接的に重力を示唆するような名称(グラビトン)が入っているが、これを考慮すればヒントくらいにはなるかもしれない。

 確かギルベルトの詠唱に含まれていたのは──

 

聖痕(スティグマ)、か……」

 

 心の中の男の子はまだまだ生きている。前世(かこ)に学んだ中二病ご用達の用語にはそれなりに覚えがあった。

 うろ覚えだが聖書に曰く、聖痕(スティグマ)とは救世主が磔刑に処された際の傷跡を示すのだとか。真偽はともかく中世の頃は救世主と同じ位置に聖痕が発生する信者も存在し、しかも流血や痛みを伴うというオカルト現象もあったらしい。

 

「…………いや、まさか!」

 

 武器によって付けられた傷跡。

 何故か同じ位置に出来る聖痕。

 そこから流血や痛みを伴うという不思議な現象。

 これらはつまり、ギルベルトが起こしている不可解な現象と全く同じことを示しているのではないのか?

 

 突飛な発想だがそう考えるとこれまでの全てに辻褄が合う。

 直刀と銃弾の軌道がいきなり曲げられたのは直前で受けた一撃を『同じ位置にもう一度発生させられたから』であり、足元が爆発したのはギルベルトの踏みこみによる衝撃が再び発生したため。無重力下でも動けた理由は『自分の身体を対象にして衝撃を再発生させた』ことによる慣性移動と考えれば理屈は通る。

 

 ここから導き出される結論はつまり、『一度与えた衝撃(きず)の再発現』だ。これが完璧な正解とまでは考えないが、似通った能力であるのはほぼ間違いないと見た。

 そして同時に、剣戟を防御に徹していたこの状況が()()()()()()()()()()であることに思い至り背筋が凍り付く。これは、非常にマズい──!

 

「私の星辰光(アステリズム)に気が付いたかね? だが少しばかり理解が遅かった、これにて詰みだ」

 

 ──ひたすらギルベルトの剣を受け流してきたオレの直刀は、どれだけの衝撃が再発現してしまうのだ?

 

 致命的なミスに理解が及んだ時にはもう遅かった。パチンと指が鳴らされた瞬間、しっかりと握り込んだはずの直刀が突如として手の中で暴れ出す。滅茶苦茶な方向へブレようとする直刀は星辰奏者(エスペラント)としての膂力を以ってなお抑えきれるものではなく、もはや振るうどころでない暴れ馬と化したそれは呆気なく掌から離れ飛んでいく。ダメ押しとばかりに空中でも衝撃が発動、オレの手の届かない所へと音を立てて転がった。

 これは駄目だ、特殊合金(アダマンタイト)製の媒介が存在しない限り星辰奏者(エスペラント)発動値(ドライブ)へと移行することが叶わなくなる。現にオレの身体能力も一気に基準値(アベレージ)相当まで低下、今やギルベルトとは比べるべくもない差が出来てしまう。星辰光(アステリズム)も同様に性能低下は免れず、今のままでは重力で足止めすることすら不可能となる。

 

「く、そ……ッ!」

 

 やけに時間が遅く感じられる。走馬灯とはまた違う、極限状況故のスローな感覚。ギルベルトの剛剣がこちらへと振り抜かれる一瞬が途方もない時間に感じてしょうがない。

 ……別にこの戦いで負けても命まで失う訳じゃない。ついつい忘れがちだがこれは模擬戦闘であり、そこは向こうも意識している以上せいぜいが気絶する程度で留まるはず。むしろそれくらいでキリよく終わらせてしまった方が星辰奏者の力をアピールするにはちょうど良い塩梅だろう。

 ここでの負けは本当の意味で”敗北”ではない。ならば潔く諦めて地力を鍛え直す方が、ここでみっともなく足掻くよりも遥かに賢い選択肢なのは当然で。分かっているが、ああ、けれど──クリスはこの男に”勝利”したのだ。その事実が脳内で煩いほどに疑問を呈示してくる。

 

 お前は本当に、成す術もなくこれで終わって良いのかと。

 

「そんな、のッ……!」

 

 ふざけるな。オレにだって譲れない矜持の一つや二つは存在する。

 確かにここで負けても肉体的な再起は出来るだろう。だが心に刻まれた敗北を拭うことは叶わず、ここで負けてしまえば最後ギルベルトには勝てないという確信が不思議とあった。それは駄目だと直感が警鐘を鳴らしている。

 だけどそれ以上に、クリスはギルベルト相手に勝利を収めたというのに、その背中を追いかけるオレが無様に負けて終わることが許されるのか? いいや、否だ。そのような様では未来永劫クリスに追いつくなど不可能であり、オレの誓いは出来もしない大言壮語として終わってしまう。まだ後が残っているからなどと、そんな惰弱な理由で勝利を諦めることが許されるはずもなし。

 

 オレは光を目指す男の幼馴染であり、誰よりもその背中に憧れて追いかけてきたという自負がある。

 それがつまらない言い訳を重ねてただ敗北するなどあり得ない。意地を見せろよ、マルガレーテ・ブラウン!

 

「ああ、そうとも──まだだッ!」

 

 振り絞る声は何てことのない決意と気合の表明。しかしたったそれだけで心の底から無限に気力が湧いてくる。これまでの自分は眠っていたのかとばかりの覚醒に逸る心が止まらない。

 無手で剛剣を受け止めるなど不可能で、基準値(アベレージ)の重力操作では星辰奏者(エスペラント)に意味を成さない?

 知ったことか、そんな理屈は捨ててしまえ。出来ると信じてやり抜けよ、それも無くしてどうして勝利を掴めようか。

 狂った時間感覚が一気に平常へと戻される。スローに見えたギルベルトの一撃は一秒後には届く位置にある。猶予はない、考えるより反射で動け。

 

 剛剣だけに狙いを定めて重力操作。目的は上への偏向。

 振り下ろされる剣筋がわずかに鈍った。基準値(アベレージ)ではあり得ないはずの動作妨害。気合一つで強引に上昇した出力がそれを成す。初めてギルベルトの瞳に微かな驚きが映る。

 続けて両手を前に出す。普段ならばやろうともしない無茶無謀。だが極限の集中に入った今なら可能だと直感が吠えている。ならばやれ、恐れるな。それだけのお膳立てはあるだろう。

 眼前に迫った剣の腹を両手で挟み──白刃取り。重力操作で勢いは削いだ、故にやれない方がどうかしている。確信のままに受け止めギルベルトへと横蹴りを見舞った。ヒットと同時に自分の重力を後ろへと偏向、勢いよく後方へと距離を取りながら銃を抜く。

 銃弾三発を間髪入れずに撃ち込みながら牽制。どうにか間合いを取って難を逃れた。自分でも気が触れたとしか思えない手段で乗り切れたことに心の昂揚が止まらない。

 

 そして、必殺を凌がれたギルベルトはといえば。

 

「素晴らしい、さすがだよ我が戦友。君ならばこの程度の窮地、必ず凌いでくると信じていたとも」

 

 いっそ不敵で傲慢なほど満足そうな声音と表情で、大いにこちらを讃えてきた。

 仮にも自分の必殺を防がれたというのに、あたかも『その覚醒こそ見たかった』と言わんばかりの態度である。余裕があるからではなく本心で紡がれるその言葉に、思わずため息を吐きかけたのをグッと堪えた。奮起も挫折も好きにやらせ、どう転んでも自分の得になるよう転がすのはギルベルトの十八番だろう。一々呆れていても仕方ない。

 

「同じ光に焦がれた者として、限界を超えてくれる姿ほど胸に響くものはない。この点に関して私と君の意見は相違ないと考えるが違うかね?」

「そう、だな……理解はできるさ。ピンチを乗り越えて勝利を掴む姿ってのは、どうしても憧れるし格好いいよ」

「英雄のように、君がたった今実現させたように、どのような危機に直面してもなお心一つで自らを克己し踏破できる、それこそ人間の持つ強みだ。だというのに──」

 

 忸怩たる思いを噛み締めながらギルベルトが距離を詰めてきた。軽快に鳴り響く爆発音はこれまで仕掛けていた衝撃の再利用だろうか、奴の足元で爆発するそれが更なる加速力を与えている。

 

「この世には言い訳を重ねて何もしない人間の何と多い事か。頑張る者ほど鼻つまみ者とされ弾圧され、堕落した周囲に迎合した人間ほど歓迎される不条理。ふざけていると思わないか?」

「確かに、世の中そんなのばっか、だなッ!」

 

 こちらもただ手を拱いている訳じゃない。バックステップで宙に飛んだ瞬間に自分を無重力状態に置き、さらに後方へと重力を重ね掛けすることで疑似的に空を飛んで見せる。これで床に仕掛けられた無数の罠にもひとまず対策は出来た。

 正体が知れたギルベルトの剣はもはや迂闊に受けられない。一撃でも身体や拳銃で防げば最後、そこから衝撃を与えられて予定調和の詰将棋へと持って行かれる。よってこの場で最大の妙手は距離を取って遠距離攻撃、それしかないのだが。

 

「でも、だからこそクリスが、オレたちがいるんだろ? このアドラー帝国が是正されれば、正しい人間が評価される社会になる。お前の言うような懸念はきっと無くなるはずだ」

「一理ある。ならば見方を変えよう。頑張る者が歓迎される世の中になったとして、頑張った者が報われるのはいったい何時(いつ)だ? 成果を出した者に評価を与えるより上位の人間、彼らが報われる日は果たしてどこだ?」

「随分とまた、未来を見てるじゃないか。来年の話をすると鬼に笑われるぞ、知らないのか?」

「ふ、私は来年ではなくいずれ来る未来の話をしているのだがね。なるほど、君にとってはもはやそれだけ近い日のことだったか。言われてみれば同感だ」

「揚げ足を──ッ!」

 

 衝撃による加速を行うギルベルトが相手では距離を離し続けるなど土台不可能なこと。さらに飛び散った瓦礫や破片すら衝撃再発生により飛来させて絶妙にこちらの退路を塞いでくる。あたかもオレの一挙手一投足まで予測しているかのように的確で無駄がない。

 読み合いや場を活かした騙し合い。そういった状況下でギルベルトに勝負を挑んだ時点で負けている。敗北をほんの少し先延ばしにしただけであり、このままではいずれ訪れる負けを甘んじて受け入れるより道はない。

 

「話を戻すが、誰よりも努力して上へと到達した人間は、果たしてその瞬間に誰が報いてくれる? どうやって幸せになれば良いのだ? 栄光ある勝者の冠を戴いたその瞬間から、誰が報いてくれるかも定かでない茨道へと放り出される。これは少々、努力と成果の採算が合わないのではないかね?」

「言わんとしてることは分かるさ。国のトップ──首相やら教皇やら総統やら、そういう人間には誰が褒美を与えてくれるのかって話だな。その地位にまで昇りつめた事そのものや、既にルールで定められた報酬があれば構わない、なんて収まりのいい話題でもないんだろ?」

「然りだ。大した努力もしてない人間と、気が遠くなるような歩みを重ねた人間に対する報酬が、等しく杓子定規に決められたものであって良いはずがない。馬鹿らしく青臭い話かもしれないが、頑張った人間には頑張っただけの輝きに見合う何かを得る資格が存在すると私は思う」

「そうだな、そうなれば理想的だよ。でもそれは結局、本人にしか分からない事じゃないか。お前が言う杓子定規な報酬で十分に満足できるトップだっているかもしれない。敢えて言うが、もしクリスが総統にまで至ったとすれば、きっと同じことを言うはずだ」

 

 こちらの勝ち筋は後にも先にも一つだけ、弾かれた直刀をもう一度手にして発動値(ドライブ)にまで戻すことだ。さっきまでは正体不明の能力ゆえに翻弄されたが、種が割れた今なら敗北必至とまでは言い切れない。

 オレと奴の星辰光(アステリズム)を比較する限りでは、間違いなく後者の方がタイマン性能は高いと見た。代わりにこちらは広範囲に影響を及ぼし敵手へ触れない対集団の戦い方を得意とする。よって特別に有利ではないが、距離を開けられる性質から不利でもない。

 だがその程度の狙いはギルベルトも当然理解しているはず。だから床に落ちている直刀へとオレを近づけさせないよう巧妙に退路を断っているのだ。基準値(アベレージ)の身体能力と星辰光でどうにか距離を取れているのは、向こうもそちらを強く念頭に置いているからだろう。

 

 結局のところ、もはや敗北は秒読み。いい加減に詰ませに来るのは間違いない。

 よって勝負を仕掛けるならここだった。握りしめた新型の拳銃──アダマンタイトで出来た試作型拳銃がすべての鍵を握っている。

 

「ああ、その意見にもまったく以って異論はない。現実に同じことを言われたとも。だが、本当にそれで良いのか? 総てを手に入れるはずの勝者が報われず滅私奉公する先は、たった一つの汚点があれば即座に引き摺り下ろそうとする自称弱者たち。これではあまりに甲斐がない、英雄をそのように扱って良いはずがなかろう」

「つまり要点を抜き取れば……なんだ、単純な事じゃないか。報われて欲しいんだな、お前は。クリスにさ」

「……理解してくれるか、私の想いを」

「当たり前だろ、オレはお前よりずっと長くアイツの幼馴染をしてるんだ。あんなに凄い奴がいつまでも評価されず燻ぶって、最後まで自分の幸せを得られずに死んでいく。そんなのはご免だな」

「ならば共に目指せるはずだ、誰かのために頑張れる者が報われる世界というのを。私たちならば、いずれ──」

「だけど、だ。ギルベルト、お前のそれは一つだけ致命的な見落としがある。はっきり言って、らしくないぞ」

 

 元々オレの戦闘スタイルは直刀と拳銃を用いた遠近対応で非力を補うものだった。これに目を付けた叡智宝瓶(アクエリアス)の技術者から、『異なる触媒を用いた場合、星辰奏者(エスペラント)発動値(ドライブ)にどう作用するか』の実験として渡されたのが手の中にある試作型拳銃だった。

 一部パーツをアダマンタイトで作成されたこの拳銃は当然ながら星辰光に感応する触媒として使えるが、如何せん同調が甘く不安定だ。なのでほんの短時間しか発動値(ドライブ)へと移行できないうえ、使えば最後フレームが歪み拳銃としても役に立たなくなる諸刃の剣。文字通りの切り札である。

 渡されたのはつい先日、なのでギルベルトですらこれの存在自体は知らないはず。あるいはこの切り札すら予想の範疇として考慮に入れているかもしれないが──構わない。読まれていようが関係ない、光に倣って力技でねじ伏せる。

 

「お前の考えてるそれは、言ってしまえば善意の押し付けじゃないか。もっと報われたいと考える人間も存在するかもしれないが、今のままでも別に良いと語る人間だっているはず。なのに意見も聞かずに『お前は報われるべきだ、私たちがどうにかしてみせよう』なんて、善意だろうと迷惑に取られるかもしれないだろ」

「ならば英雄が民衆に使い潰され消えていくのをただ傍観していくのみだと? 相手が望まないからはい、そうですかと従うだけが正しいとでも言うのかね?」

「そうじゃない。頑張った人間に報酬を与えられる人間がいないなら、オレたちみたいな人間が隣に立てるまでになればいい。誰だって一人じゃないし横並びになっちゃいけない道理もない、たったそれだけの話だろう」

「それでは解決になっていないと私は思う。理解者が居ればそれで良しと、つまりは勝者が我慢しやすくなるだけの話で終わってしまう。同じ言葉で返すが、それもまた一つの押し付けだろう」

「ああそうだな、その通りだよ否定はしないさ。だけどオレの人生なんて結局、最初から今日までずっと勝手に抱いた誓約の押し付けみたいなもんでな。振られ続けてきたけれど、いつか振り向かせてみせるさ」

 

 拳銃型の発動体(アダマンタイト)により星へと感応──瞬間的にすべての能力が発動値(ドライブ)へと引き上げられる。

 果たしてギルベルトはこれすら予測の内だったのか、これまで以上の加速で一気に距離を詰めてくる。だが遅い。ギルベルトにかかる重力には既に干渉済み、増幅された重力をオレと逆方向に動かし強制的に距離を取らせる。再び接近されるまで持って数秒、充分だ。

 続けて弾き飛ばされたまま放置されているオレの直刀へと干渉。一気にこちらへと引き寄せる。だがそれもギルベルトが発動された衝撃によりあらぬ方向へ飛ばされるが、それすら覚醒を果たした今では関係なかった。自分に出来る極限まで集束された重力を前に、ほんの些細な方向転換など大した意味を持ちはしない。

 

 あと目測一メートル、七十センチまで来た。五十センチ、衝撃で方向が変わったが関係ない。あと三十センチ、残り十──手が、届いた。柄を握った次瞬、役目を果たしたように拳銃がひしゃげる。良く()ってくれた、後は不要とばかりに投げ捨ててしまう。

 相変わらず手の中で直刀は暴れているが、それがどうした。事前に暴れると分かっていれば力で強引に抑え込める。それに衝撃の再発生も先に比べればまだ大人しい。おそらく回数制限もあるのだろう。

 

 そして、掴んだチャンスを固く握ったその先で。

 重力の軛を強引に振り払ったギルベルトはもう、オレの目前にあった。

 

「ならば良し、その誓約を尊重しよう。だが──”勝つ”のは私だ!」

「違うな、”勝つ”のはオレだ!」

 

 防ぐことなど最初から考えない。距離を取ることすら後回し。

 目指すのはただ一つ、相手より先にこちらの刃を届かせることだけ。

 速く、(はや)く、何よりも鋭く──最短に最速を突き詰めた刺突を放つ。

 こちらの直刀と向こうの剛剣、互いの打倒を目指して迸る一閃が、触れ合う、その刹那に、

 

「──両者とも、そこまでだ。これ以上の争いに益はないと理解しろ」

「な……クリスッ!」

「おっと、これはまた」

 

 オレたちの間に割って入った雄々しき英雄が、輝く二刀で彼我の刃を受け止めていた。

 思わぬ乱入者の登場に思考が冷や水を掛けられたように急速に冷えていく。同時にクリスの言葉の意味も染み込み、ゆっくりと現状を理解する。

 そうだ、途中からすっかり熱くなってしまったが、これはあくまで模擬戦闘(デモンストレーション)である。殺し合いではないのだ。だというのに、最後の瞬間オレもギルベルトも明らかに相手を傷つけるつもりで……もっと言えば、殺すつもりで剣を振るっていた。どう考えてもヒートアップしすぎだった。

 

「……悪い、確かに熱くなりすぎてたな」

「私としたことが、つい状況を忘れてしまった。許してくれたまえ、我が英雄」

「まったく……どうせ焚きつけたのはハーヴェスだろう。何を話していたかまでは問わないが、勝手をするのもそこまでにしておけ」

「心得た、次は気を付けるとしよう」

 

 などと嘯くギルベルトは何一つとして堪えた様子がない。ここまでの展開がすべて彼の掌の上から出ていないと言われても無条件に信じられるような余裕ぶりであった。いつも通りとも言えるが。

 

「ひとまず二人とも、ご苦労だった。多少筋書きからは外れたが、星辰奏者(エスペラント)の力を見せつけるという意味では十分すぎる結果だろう。お偉方も今やこの技術を軍に転用することで頭がいっぱいだ」

 

 言われて観戦者の方を見てみれば、誰も彼もが心此処に在らずといった有様である。破壊され尽くした訓練場に超常の異能を揮う超人たちを見てしまったのだ、そうなるのも無理はないかもしれない。

 ともあれ本懐はこれで達した訳である。思いがけず突っ走ってしまったが成果としては上々だろう。これで星辰奏者(エスペラント)技術を持っている改革派の立場もうなぎ上り、血統派に比肩するまで規模が膨れ上がるのも時間の問題だ。

 

 大役を果たしてホッと息をついて肩の力を抜いたオレに、疲れた様子もないギルベルトが声をかけてくる。

 

「決着がつかなかったのは口惜しいが、君の宣誓は確かに聞き届けたとも。そういう在り方もまた一つの解だろう、そのまま貫いてくれることを祈っているよ」

「そいつはどうも……ま、お前の言ってることだって理解は出来たさ。あとは匙加減だろうから、オレも応援してやるよ」

「これはありがたい。かの戦乙女(ワルキューレ)からの激励ともなればやる気が出るというものだ」

「冗談は止せよ、恥ずかしいだろ」

 

 ちょっとだけ笑って受け流した。すっかり言われ慣れてしまったが、やっぱりその二つ名は恥ずかしいものがある。

 そんなこちらの心情を見透かしたのか、ギルベルトはあたかも審判者のようにこちらを見据えて──

 

「ならば、誓約者(テルース)とでも名乗るのが良いだろう。そちらの方がまだ文句もないだろう」

「テルース? それってつまり──」

「誓約と誓言の神、それにちなんだ名前だよ。戦乙女(ワルキューレ)が嫌ならそちらを名乗ると良い」

 

 それだけ告げて、神託でも授けたようにギルベルトは去っていった。クリスもひとまずお偉方の方へと戻り、オレだけ一人残される。

 誓約者(テルース)。それはオレの星辰光(アステリズム)にも含まれている名称であり、確かに誓言の神である。似合っていると言われれば頷けるのだが……

 

「結局これも女神じゃないか……」

 

 思わず呟き、頭を抱えたのだった。

 




これにてマルガレーテVSギルベルトは終了です。
次回以降は星辰奏者がまた増えていることでしょう。いよいよシルヴァリオシリーズらしくなってきました。

ちなみに、本編でもちょっと仄めかしましたがマルガレーテとギルベルトの会話は他に聞こえていません。ギルベルトがそれも込みで衝撃爆破することで、割とうるさかったからですね。
あとこの段階でのギルベルトはまだオリハルコン埋めこんだりはしてないはずなので、基準値と発動値がそれぞれCとAになっていると考察して書いています。逆に言えば、それ以外はそのままです。
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