第一回
まず改革派の変化だが、上層部の面々に目に見える形で
さらに、星辰奏者の技術は
こうして強まった勢いを下に、改革派はより間口を広げる手段を取る。
すなわち、
それだけ
「オレたちの頃にこの待遇があれば楽も出来たろうにな……お行儀よく勉強なんかして最前線で使い潰される、なんてことも無かったろうに」
「使い潰されるどころか大暴れしてやったけどな。つーか俺は今でも信じられねぇよ……クリスの奴はどっからこんな技術持ってきたのやら。明らかに技術のブレイクスルーってやつだろ、
自分の手を開いて握って感触を確かめているのは、つい先日に強化措置を受けて無事に
「クリスが持ってきた、というよりはクリスが居たから実用化出来たみたいな感じらしいな。どうもこれまでは星辰奏者の適性がある人間が見つからなかったらしくて、そこにクリスが第一号となったことで後続が生まれる改良余地が出来たとか」
「へぇ、そうなのか……なんともまたアイツらしいぜ」
本当は単にカグツチが星辰奏者の技術を提供しなかっただけなのだが……そこは敢えて嘘を交えて語っておく。
アルはまだ帝都の地下深くに座す鋼の
「ま、これでやっとレーテ達が何を企んでたのか理解できて腑に落ちたぜ。こんなとんでもない技術、友人だろうがおいそれと漏らす訳にはいかないな。適性があったおかげで俺だけ蚊帳の外にならないでホッとしたぞ」
「四人揃って星辰奏者になれたのは幸運だったと思うよオレも。これで揃って適性無しとか、一人だけ脱落だったら悲しいにも程がある」
「だわな。何にせよこんなすげえ力が手に入っちまった訳なんだ、上手く使ってやらないとな」
どこまでも明るく星辰奏者の力を捉えているアルが羨ましく、そして裏の事情を知る身としては申し訳なく感じられてしまった。
だってそうだろう、彼にはまだカグツチの話をしていない。友人には何一つとして隠し事をしないとまでは言わないが、嘘をついてまで隠し立てしている事柄があるのもまた事実。どうしても負い目を感じてしまう。
……オレの目的はクリスとカグツチが企てている計画を暴き、難事へとたった一人で挑もうとしている幼馴染の力となることだ。そのために行動を起こそうと決意するのは良いが、事はそう上手く運ばない。筋金入りの頑固者であるクリスは決して口を割るはずがなく、ギルベルトもまた一枚噛んでいるのだろうが思わせぶりな態度で煙に巻くばかり。計画の根幹について明らかに口止めされているのが見て取れた。
そしてカグツチのいる地下施設にも何度か足を運んでみたものの、生憎と扉が開くことは一度もない。もはや用済みと言わんばかりに沈黙を保っており、元凶へ直接コンタクトを取ることも出来ない有様である。
他者と比べればまだ取っ掛かりは存在する。だがそれ以上踏み込む手段は存在しない。これがオレの現状であり、数ヶ月もの時間を手をこまねいて過ごすしかなかった原因だった。
しかし状況は刻一刻と変化している。もはや星辰奏者であることを隠す必要はなくなり、堂々と自らの力を誇示し能力を高めることも容易だ。星の力をより効率的に用いるだとか、さらなる高みを目指すために身体を鍛えるだとか、分かりやすい対抗手段は取りやすくなった。
だから必要なのは情報面での協力者だ。悲しいがオレは凡俗であり、切れ者といった評価とはかけ離れている。そういう意味では頭が回り協調性もあるアルは英雄たちの裏を暴くのにうってつけの仲間に違いない。
いずれ、アルにもカグツチ周りの詳細は語るつもりである。しかしそれは今ではない。現在はオレにもさりげなく監視の目がついているし、そうでなくとも真正面から『お前たちの計画に勝手に関わってやる』と宣した以上ノーマークはありえない。迂闊に動けばより身動きが取れなくなるか、あるいは最悪の場合…………
「どうしたレーテ、体調悪いのか?」
「ん、あぁ……いや悪い、なんでもないよ。少しボーっとしちまってた」
「なんだそりゃ。考え事もほどほどにしろよな」
呼びかけられ、頭を振って最悪の想像を振り払った。
もし、どこまでもしつこく食い下がり続けたら……その果てにオレは、クリスの野望を阻む”敵”となってしまうのだろうか。あり得なくは、ない。かつて
『つまるところ、本心から人を信じられない塵屑が俺のことなのだろう。たとえ友であろうと目指すべき未来への障害になるなら躊躇なく切り捨ててしまうし、自覚があっても止められん』
それがどうしたと、かつてのオレは豪語した。
同じように、カグツチの前でも胸を張って宣言した。
けれどもし、本当にクリストファー・ヴァルゼライドという男の前に立ちはだかる敵になってしまうとしたら──やはりそれは、非常に恐ろしくて悲しいことだった。
覚悟の上だ。けれどいざ実行するとなれば勇気は必要で、アルに語ることで彼にまでこの業を背負わせることになるのなら、早まった行いもまた出来ない。今の関係性に亀裂が入ってしまうことをオレは望んでいないのだから。
…………だけど、あまり悪い事ばかり考えすぎると、察しの良いアルは隠し事に気が付いてしまうかもしれない。なので話を逸らすように今度はこちらから口火を切った。
「最近は一気に戦線拡大の主張が強くなってきてるけど、星辰奏者っていう切り札をゲットしたアドラーの目標は、目下のところ英雄の抜けた穴が大きい東部戦線なのかな」
「それしかないと思うぜ? クリスが
「一騎当千の英雄が抜けたとして、
英雄量産計画とでも称すべきか、物量でもって質を覆す帝国の姿勢は人類史の中で幾度となく見られた行いだけに手慣れたものだった。とりわけ個人の資質に左右され、言葉ですら曖昧な”英雄”という概念すら複製するとなれば、ついに行きつくところまで来たかとすら思えてしまう。オレにとっては英雄などたった一人しかありえないのだが、それは置いておく。
まあ、そんな感想はともかくとして、アドラーはやはり近日中に東部戦線に星辰奏者を投入するつもりなのは間違いないようだ。戦線が徐々に押し戻されているのもそうだが、なにより激戦区で先陣切って暴れる”とある存在”が危険視されているらしい。
「確かアンタルヤの傭兵だっけか。それこそ一騎当千クラスの働きをする相手がひたすら帝国だけを狙ってくるとなれば、
「そんな奴がいるなんざ信じられないから偽情報だ、なんてのは俺たちだけは言っちゃいけないんだろうな……」
二人揃って遠い目をしてしまう。意志の力だけで不条理を覆す男の存在をよく知るからこそ、生身で一騎当千という眉唾物な話を疑うことは出来なかった。
ともかく、噂の傭兵はここ最近で驚異的な戦果を挙げ始めた新進気鋭の人物であるらしい。これまでいったいどこで燻っていたのかとばかりの活躍ぶり、経歴を調べてもそれこそ突然変異的に誕生したとしか思えないほど、傭兵や兵士たちの間でもその人物は知られていなかったとか。
しかも厄介なのが、その傭兵はアドラー帝国だけを執拗に狙ってくるという点だ。戦場ならば傭兵同士の激突や、場合によっては身内での小競り合いや裏切りに巻き込まれることなど日常茶飯事だろうに、それでもなお帝国以外に目もくれない。
徹頭徹尾アドラー狙い。まるで英雄の抜けた穴を突くかのような活躍ぶりに加え、戦闘手段に倫理的な葛藤や人として真っ当な意識など欠片もない。水源に毒を盛る、死んだ味方を盾にする、市街戦なら一般市民に爆弾を持たせて横合い特攻させる等々──あまりにも人道に
長くなったが、今の東部戦線はクリスと入れ替わるようにその傭兵が大暴れしているせいで、思うように戦線が前に進まないどころか一部では後退すらしているらしい。信じられないような苦戦ぶりに驚かされるが、例外は何処にでも存在するということか。
そんな時に流星の如く現れた星辰奏者技術に人工的な超人たち。ある意味では巡り合うべくして出会う星の下にあったのかもしれない。
「もしかしたら、オレたちもまた東部戦線に送られたりしてな」
「十分ありそうだから困るな。んな超人みたいなやつと一戦交えるなんざ勘弁願うぜ」
「いいじゃないか、アルの能力は生き残るのに便利だからさ。指揮官として活躍できるんじゃないのか?」
「こっちは死に辛いだけでレーテみたく派手で強力な能力じゃないんだよ……ま、便利ではあるけどな」
「アルらしいと思うけどなー」
伝え聞いた能力の詳細は本人の言う通り決して派手な能力ではないようだが、軍隊という枠組みの中ではこれ以上ないほどに便利で重宝されるものだ。オレやギルベルトみたく戦闘で敵を打ち負かすことに特化した能力に比べればサポート特化とも表現できる。
……考えてみれば、前線で死ぬ兵士の数を抑えることが出来るうえ、東部戦線で戦った経験も持つアルは星辰奏者の力を振るわせるのにうってつけの人材な気がしてきた。段々と数は増えてるとはいえ、最初に戦線に投入される星辰奏者の一人はこの男になりそうな予感がヒシヒシと。
「ま、頑張ってこいよ。オレは遠くからアルの活躍を祈ってるぜ」
ポン、と冗談めかして肩を叩く。
気分は出向を見送る同僚か上司のそれだろうか。
「そんときはレーテも道連れにしてやるから覚悟しとけよな……!」
「やれるもんならやってみろってんだ」
本人も自覚はあったのか、いい笑顔で道連れ宣言をされたものの。
星辰奏者となっても特に関係性が変わることなく、オレたちは面白おかしくふざけ合うことが出来ていた。
◇
などとじゃれ合っていたのだが。
マルガレーテ・ブラウン並びにアルバート・ロデオンの二名に東部戦線への転属指令が出たのは、それからわずか三日後のことであり。
どうやら実戦に投入される
本気おじさんがアップを始めたようです。