TS転生したら幼馴染が光の奴隷でした   作:生野の猫梅酒

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星辰奏者じゃない頃の本気おじさんって体内がロマンの塊だと思うんですよ


Chapter41 強欲竜/Dainsleif

 帝国軍基地に強襲を仕掛けたアンタルヤの傭兵団──後に強欲竜団(ファヴニル)と呼ばれ畏怖されることになる彼らは、息をひそめて林の中に潜んでいた。

 初手で指揮系統を麻痺させかき回し、超人が力に驕り単独で出てくるように誘導。しかも敢えてこの林の方に自分たちが居ると匂わせてもある。これに釣り出された星辰奏者を待ち伏せし、数と奇襲で一気に畳みかけようというのがファヴニル・ダインスレイフの仕掛ける策だ。

 

 シンプルゆえに穴はないが、失敗すれば順当に押し負けて死ぬ確率が高い。だから不安や怖れを抱いて当然のはずなのに、集う傭兵たちの目に怯えの色はなかった。それどころかむしろ、首魁たるダインスレイフを筆頭に口角を吊り上げ今か今かと待ちわびている有様である。

 

「帝国の奴ら、来ますかね」

「こちとら(やっこ)さんらには恨み骨髄なんだ、ご自慢の超人相手に一泡吹かせてやりたいねぇ」

 

 獰猛に嘯く傭兵たちを横目にダインスレイフはいっそう凄絶な笑みを深める。

 

「いいねぇ、その意気だ。帝国は強大で、新たな兵士は超人だから勝てっこない? ったく、お前たちの本気を腰抜け共に見せてやりたいくらいだぜ」

 

 ほんの少人数で帝国の快進撃を止めた邪竜だからか、男の言葉にはこれ以上ない説得力が存在した。

 すなわち、人間全力でやれば大抵何とかなってしまうこと。挑むことすらせずに何もしない他の傭兵(腰抜け)共を筆頭に、リスクを恐れて口だけ達者なまま逃げ回る輩は唾棄すべき姿と腹の底から信じている。

 だけど自分たちは違うのだ。頑張れば一泡吹かせることも出来たのだし、これからも意志の限りやってやれないことはない。狂気的なまでの自負を胸に今宵、未知へと挑まんとしているのだが、

 

「来たぞ」

 

 短い言葉と共にざわりと生温い風が駆け抜けた。なのに反射的に肌が粟立ち背筋が冷える。これまで何度となく死線を潜り抜け、銃火飛び交う戦場を駆け抜けた勘が騒いでいるのだ──これより相対する敵手は過去最強の怪物であるのだと。

 

「お前たちが基地襲撃の下手人だな?」

「聞くまでもねぇ、コイツらは真っ黒だよ。やっちまえ、レーテ」

 

 眼前にやって来たのは軍服の男女が二人だけ。立ち姿に隙は無いが、真正面から堂々と現れる様はいっそ滑稽にも思えてしまう。なのに誰もそれを嘲笑しなかったのは粟立つ肌が警鐘を鳴らしているからか。

 

「おまえら、ありったけばら撒け!」

 

 会敵による一瞬の空白、即座に動いたのはやはりというかダインスレイフだった。

 次の瞬間には号令に従って滅亡剣含む全員が一斉に発砲、銃火器は雨霰と鉛玉を吐き出し、たった二人の軍人を蜂の巣にすべく猛威を振るう。なのだが超人(エスペラント)二人は何処までも落ち着いていて、一秒後には風穴が空くというのに慌てた様子もなく睥睨していた。

 

「悪いが銃弾の雨霰はもう見てるんでな」

 

 レーテと呼ばれていた茶髪の女がスッと手を前に出した。まさか銃弾を手掴みするとでも言うのかと傭兵たちが目を見張る。

 だがそれ以上に()()()()()()整った顔立ちにダインスレイフが瞠目したのも束の間、すべての銃弾が地面へとめり込み停止する。どう考えても物理法則に喧嘩を売るような驚きの光景が眼前で繰り広げられたのだ。

 

「……へぇ、銃撃が曲がるとは、いったいどんな手品だいそいつは」

「企業秘密──ああ、いや、帝国秘密って言った方がいいか」

 

 呼び方なんてどうでも良いが、とにかく事実として無数の弾丸は軍人二人に一切傷を与えていない。まるで上から見えない手に叩き落されたかのよう。あるいは急に銃弾が意思を持って地面に飛び込んだとも思えるほどだ。

 しかし星辰奏者(エスペラント)の隠し玉、特殊能力について考察材料を知れたのは大きい。もう一人の男の能力は現状不明だが、明らかに油断できる相手ではないだろう。

 

「ま、嫌なら無理に教えてくれなくても構わないぜ? こちとら勝手に解析でもさせてもらうからなァ──!」

 

 どうにせよ先手必勝、下手に自由を与える意味はまったくない。銃撃が効かないのなら次の手段、次の策をぶつければ構わない。

 一般常識の通用しない相手にも驚異的なポジティブさを発揮する強欲竜だが、しかし。

 それでもまだ認識が甘かったと言わざるを得ないだろう。新西暦最新にして最強の人間兵器、その真価と恐ろしさはまだまだこの程度では計れないということを。

 

「意気込んでるところ悪いけど、もう詰みだよ」

「あ……?」

 

 どこまでも対照的な冷たい声音と共に、駆け出したダインスレイフ達の身体が地面へと沈んだ。

 まるで全身に鉛を付けられたかのような重量感に誰もが抗うことも出来ぬまま、成す術もなく大地へ磔となる。都合十人程度の傭兵たちは揃って身じろぎすら不能、片腕すら動かせずただ藻搔くだけ。

 

「おい、なんだこれ!」

「クソッ、動けねぇ!」

「畜生、いくら何でも寝るには早すぎんだろ!」

 

 こうして呆気なく勝負は付いた。女の操る超能力は馬鹿らしい程に圧倒的で、抵抗すら無駄である。所詮一般人は超人に勝てる余地がない事を刻み込まれ、それでもまだだと滅亡剣が視線だけでも上に向ければ──

 

 狂おしくも懐かしい光景が閃光のようにフラッシュバックした。

 そうだ、邪竜にして魔剣が生まれた時もそうだった。這いつくばったまま見上げた先に、忘れもしない姿をその眼に焼き付けたのだから。

 

「おいおい……俺の目は節穴か……?」

 

 古巣(ニルヴァーナ)を破壊したのは不死身の英雄(ジークフリード)ともう一人、戦乙女(ワルキューレ)が居たではないか。英雄の輝きに負けないように付き従う姿に、羨望と嫉妬を抱いたのをよく覚えている。あの時と比べて互いに容姿や立場の変化も見られるものの、分かってしまえば間違えようがない。むしろどうして遭遇時点で気付かなかったのか、己の眼を抉って呪い殺したくなる衝動に駆られてしまう。

 

 いや、それだって違う。自責でも後悔でもなく、もっとやるべきことは他にあるのだ。

 

「あぁァ……ったく、それならこんなところで寝てる場合じゃないだろうッ!」

 

 憧れを前に地面に倒れ伏したまま?

 ここまで本気で生きた証を見せつけることなく敗北する?

 なんだそれは、馬鹿げてる。こんなにも成長した己を見て欲しい相手に対して、これ以上の無様を晒すなんて出来る訳がない。血が滲むほどに拳を握り締めながら、諦められぬと吠える意思が全身を駆け巡り、そして常識を超えた爆発力が身体に宿っていく。

 

 さながらそれは憧れた英雄が起こす覚醒のように……心一つで新たな段階(ステージ)へと駆け上がる。光と対極の邪竜(ヤミ)を名乗っておきながら、その在り方は何処までも英雄と同じもの。

 よってここに、ダインスレイフは更なる脱皮(しんか)を遂げたのだ。鱗と魔剣を悪意のままに軋ませて、輝く光を喰らい尽くさんと星に咆哮したのだった。

 

 ◇

 

「ま、そう難しい仕事じゃなかったな」

「俺はさすがにヒヤッとしたぜ。銃弾をあんな簡単に避けられるなんざ聞いてなかったからな」

「そりゃ悪かった」

 

 星辰光(グラビトン)のおかげで帝国軍基地強襲の傭兵(はんにん)たちを拘束するのは楽勝だった。やはりというか一般人が急に十倍以上の重力負荷に晒されれば行動は不可能なようで、呆気なく無力化に成功した。

 なのに一人だけ、赤髪に巨大な篭手剣が特徴的な男だけは様子がおかしい。おそらくはリーダー格だろうこの男は地面に伏せたままこちらを見上げ、次いで何かに気が付いたようにハッとして……次の瞬間には口元に獰猛な笑みを浮かべていた。

 

「下がれアル、なんかヤバいぞ」

 

 嫌な予感がする。こちらを見上げる瞳に宿っているのは諦観ではなく決意と克己心で、それがどうにもオレの憧れを想起させて仕方ない。

 この手の人物は絶対に()()()()()()。だから念には念をでより強力な拘束を掛けようと力を込めようとしたが、もう遅かった。

 

「クハッ、ハッハハハハーッ! 邪竜を戒めるには一歩遅かったようだなァ戦乙女(ワルキューレ)!」

「おいおいマジかッ!」

 

 哄笑を引っ提げながら信じられない勢いで起き上がり突撃してくる。重力の軛は今も有効であるはずなのに、それを一切感じさせない身のこなし。星辰奏者(エスペラント)でもないのに意志力だけで強引にねじ伏せたとでも言うのか。

 ある意味で星辰光(アステリズム)以上に現実を無視した挙動に不意を突かれたのも一瞬、振りかぶられた篭手剣(ジャマダハル)に対して即座に直刀を引き抜いて対応した。あたかも竜の爪を模したような武器は常人が扱える代物じゃないだろう。

 

「その状態でよく動けるよ、普通は無理だと思うんだがな」

「無理だと? なんだそりゃ、そんなつまらない理屈は前におまえと会った時に捨てちまったぞッ! 成せば成るって教えて貰ったんだよ、()()()()()の背中にな!」

「前……!?」

 

 記憶を探ってもこんな男など出会った覚えがない。ここまで覚悟のキマった人間との出会いはそれこそジェイスのように印象に残るだろうに、ちっとも分からないのが逆に恐ろしい。因縁も力の源も分からない相手と戦うなどご免被りたいところである。

 だが依然として有利なのはオレの方だ。この男の重力負荷は解除していないし、他の傭兵が横やりを入れてくることもない。身体能力でも圧倒的となれば負ける要素は一つもない──はずだ。

 

「そらどうした戦乙女(ワルキューレ)! 超人となったおまえの力はそんなものかァッ!?」

「ちっ……! アル、悪いが他の奴ら任せた! コイツをほっとくのはヤバい!」

「おう、了解!」

 

 そう、負ける要素など微塵もないはずなのに。

 己が勝つと信じて憚らない姿がどうしても幼馴染(クリス)を想起させるものだから。きっと、どうせ、意志の力で何か不条理をやらかすのだろうと覚悟を決めて篭手剣(ジャマダハル)を振り払う。他の奴らはアルに任せオレはコイツだけに集中しよう。

 果たして男は身体にかかる十倍以上の負荷をものともせず、当然のように衝撃を受け止め直立姿勢を維持していた。もはや驚くまでもない。

 

「ちょいと身体は重たいが、慣れちまえばこんなもんか。むしろ良い鍛錬になると礼を言ってもいいくらいだぜ」

 

 軽口を叩く余裕すらあるらしい。つくづくとんだ規格外、あり得ない事をあり得ないまま実現できる強さはまさしく、帝国軍を後退せしめるに相応しいというべきか。

 だけどそれも今日までだ。帝国(クリス)に仇なす危険人物はここで確実に終わらせる。可能ならば捕虜にでもするのが一番だが、無理そうならば容赦なく殺す以外にない。

 

「トレーニングしてるなら悪いけど、生憎これだけが取り柄って訳でもないんでな」

「へぇ、やってみろよ」

「言われずとも!」

 

 男に集束させていた重力を一時解除、かつてギルベルトにそうした如く上方向へ変換すると即座に無重力へと投げ出した。これだけで普通ならば対応不可能であり、ぱっと見で篭手剣以外に装備のない男には対応不可能な嵌め技だ。

 もちろん行動不能にするだけでは終わらない。向こうが戸惑っている間に拳銃を抜いて狙い撃ち。極力頭ではなく胴体や手足を狙っていくが、どうも手ごたえがおかしい。鈍い金属音と共に、身体に銃弾が弾かれる。

 

「まるで鋼の肉体でも持ってるみたいな……」

 

 宙づり状態にして狙い撃ちというやや間抜けな状況ではあるが、どうも身体か服になんらかの措置が施されているらしい。ならばもう直接斬りこむ方が早い、そう断じて刃の間合いまで一足飛びに踏み込んだ。

 だけど男は、まるでそれこそを待っていたかのように笑みを浮かべ。空中でクルリと体勢を変化させると鮮やかにこちらの刃を受け止めた。鋼の噛み合う音にいっそう男の笑みが深まり、反比例するようにこちらは渋面を浮かべるばかり。

 

 巨大な武装を用いた重心移動、なのだろうか? それにしても鮮やかな上に淀みがない。ただ身体を捻るだけでは実現できないような、あたかも全身に重りがあるかの如く勢いをつけている。

 しかし所詮はほんの一合防いだだけ、故に鍔迫り合いとなった直刀を即座に引いて二の太刀、今度は鋭い突きをお見舞いする。この至近距離かつ自由に動けない相手に対して外すことなどありえない。

 吸い込まれるように一閃が男の胴体へと刺さり──妙に硬い手ごたえを残しながらも過たず腹部へと潜り込む。だが、なんだこれは?

 

「機械と……オイル?」

 

 うっすら火花が散っているのはどうみても機械の類で、血と共に滴るのは匂いからして油の類で間違いない。しかしそんなものが人体から出てくるという異常事態に脳が思わず理解を拒む。まさかこの男、自分の肉体を、

 

「──改造したんじゃないかって? おいおい、強化人間(エスペラント)様がそれを言っていいのかい!?」

「くッ……!」

 

 内心を見透かされると同時、男の肉体が文字通りに爆ぜた。ノーモーションで放たれた爆風をすんでのところで回避し、引き抜いた直刀を握りしめる。傷はないが、ほんの少し焼け焦げた髪の匂いが鼻に突く。

 どうやらこの赤髪の男、自らの身体を機械兵(サイボーグ)へと改造しているらしい。それもおそらく、全身の至るところをだ。だから銃弾を弾くしパワーもある、奥の手として内部に仕込んだ隠し武器すら備えているということか。にしても躊躇なく自爆紛いの攻撃を選ぶなど、頭の方も相当改造したと見える。

 

「クセは掴んだぜ、ようはこうすりゃ動けるってことだろ?」

 

 驚愕も束の間、男は左腕を後方に向けると篭手剣をおもむろに取り外した。一見生身にも見える掌が晒された瞬間、信じがたいことに爆炎が吹き上がる。あたかも火炎放射器と化した左腕を推力とし、無重力空間における動きを体得してしまったらしい。

 

「どいつもこいつも嵌め技の対抗策持ちすぎだろ! なら空の果てから墜落して、現実ごと潰されてみろ!」

 

 ギルベルト然り、どうやら安全なところから一方的に終わらせるという手段は取らせてくれないようだ。こちらに向けられた炎を避けながらさらに重力操作、半ば自棄となって男を()()()()()()させた。

 いくら改造人間といえど空を飛ぶことは不可能で、自由落下の衝撃は誰であろうと平等だ。そしてこの頭のイカれた男に対して生け捕りなどと生温いことは言ってられない。殺意と敵意を混ぜたままに上へ上へと持ち上げる。

 地上から非常に小さくなり、男が放つ苦し紛れの銃弾すら当たらなくなったところで、重力反転(フリーフォール)。自然法則をハンマーに模して男へそのまま叩きつける。ほんの数秒後には地面にぶつかり無様な押し花となるのがこれで決定づけられた。

 

「いいぜ、それがおまえの与える試練だってんなら、俺は乗り越えてみせるとも。やってみろよ戦乙女(ワルキューレ)、邪悪な魔性を滅してみせろォ!」

 

 なのに、やはり、これでも男は止まらない。我に秘策ありとでも言うのか、それともただの鼓舞なのか。

 邪悪な魔性は叫びながら地面へと吸い込まれ──派手に爆発した。

 

「おっ、と」

 

 とんでもない大爆発だ。駆け抜けた爆風が激しく髪を揺らし、思わず足を取られてよろめきそうになるほど。反射的に顔を覆った手の隙間から爆心地を見やれば、燃え上がる炎で男を確認するどころじゃない。既に維持性の限界もあり男を捉えていた重力も解除されてしまっている。

 まさか男の中に途方もない火薬があった訳でもあるまい。この爆発は周辺一帯の地面からも出てきたもの、つまりは地雷を意図的に爆破させたとみて間違いない。そして、そんな無謀をするとなれば……

 

「空を飛ぶなんて貴重な経験をありがとうよ。中々刺激的な時間だったぜ」

「仕掛けてた爆風をクッションにしたのか……つくづく螺子が外れてやがる」

 

 当然のように炎の中から男が現れた。身体は歪み無傷なところは何処にもないが、それでも生きて立っている。機械と人肉を晒しながら登場する様は出来の悪いホラー映画か何かを連想させる程だ。

 そして再び攻撃の姿勢を見せるかと思いきや、意外にも男は肩を竦めて参ったというように息を吐く。

 

「さて、と。せっかくの再会を祝して心行くまで殺し合いたいところだが。今の俺じゃどうにも実力不足なのは間違いないらしい。こんな様じゃ英雄の館(ヴァルハラ)に招かれるには不相応さ」

「で、だから? 素直に逃がすと思うのか?」

「まさか。んな妥協はしないだろうさ」

 

 だからこうする、と頬を吊り上げて男が指を鳴らした。

 なんの合図かと訝しんだのも束の間、横合いの木々から何かが飛び出してきた。それはちょうど爆風から逃れた範囲で、アルもまだ目を向けてない箇所。”そいつ”は一目散にオレへと飛び掛かると、焦点の合わない濁った瞳を向けてきた。

 咄嗟に引き剥がしながらもすぐに正体には思い当たった。

 

「薬物中毒者か……!」

「ご明察、ついでに言えばそいつらはまだマシな方でな。上手く治療すればマトモに戻してやれるかもだぜ?」

 

 愉快気に語る男にどうしようもなく不快感を隠せない。

 一般人を攫って薬で洗脳、人間爆弾に仕立て上げる悪魔の所業をここで持ち出してくるとは。しかもご丁寧に『助けられるかもしれない』という逃げ道を出すおまけつき。だから下手なことをせず俺を見逃せと男は傲岸にも告げているのだ。

 ……ここで男を逃がす方が後の犠牲は大きくなる、そんなことは分かっているとも。だけど今もワラワラとこちらへ向かってくる人間爆弾(ひがいしゃ)の数は十や二十よりなお多く、ただ利用されただけの相手を瞬時に見捨てる覚悟はどうしたって決められない。

 

「だと、しても!」

 

 逡巡したのは一秒か二秒ほど、まとわりついてくる中毒者たちを容赦なく斬り捨てる。心の中で謝りながら、けれど犠牲の分だけ次の被害は増やさないと誓って蹴散らした。

 舞い散る血しぶきの先に見えるのは喝采を浮かべんばかりの男の姿。憎たらしい敵手へ必ず引導を渡すと踏み込んだ瞬間に、足元がカチリと不吉に鳴る。地雷だと反射的に判断した時には炸裂、大した規模ではなかったが数秒の時間稼ぎには十分すぎる隙が出来てしまう。

 

「土壇場で運も向いてくれるとはついてるぜ──と、いう訳でさよならだ。次はもっとおまえに相応しい魔剣にして邪竜(ファヴニル・ダインスレイフ)となってみせるから、光を磨いて待っててくれよ」

「待て!」

 

 即座に重力操作で足止めを狙う。けれど一手先んじて周囲の斬り捨てた人間爆弾たちが、生存者諸共に一斉爆発する。今度こそ躱しきることは出来ず爆風に吹き飛ばされ、どうにか空中で立て直して着地するも既に遅い。爆風と一緒に焚かれた煙幕に紛れ、もはや男の姿は影も形も見えなくなってしまっていた。

 戦闘狂らしき言動でありながら引き際も鮮やかだった。憎たらしいほどの静寂の中、残っているのは爆心地に取り残されたオレ一人だけである。

 

「……マジかよ」

 

 呆然と呟いた言葉が全てだ。慢心はしていなかったと思いたいが……超能力を得てもなお、たった一人相手に逃げられてしまうなど。あまりにも情けなくて言葉が出ない。最後は全員が使い潰された中毒者たちの肉片を払い落し、よりいっそう惨めな気分になった。

 

 結局、残った傭兵を気絶させたアルが戻ってくるまで、オレはその場に佇んでしまっていたのである。

 

 ◇

 

「ま、初戦にしては上々か。思った以上の難敵だったが生き残れたのならそれで良しだ」

 

 逃げ伸びたダインスレイフは口元の血を拭いながら不敵に笑った。火花を散らして血とオイルを垂れ流す身体もなんのその、この戦闘で得た成果を思い出して歓喜すら溢れる始末だ。

 マルガレーテ・ブラウンも途中までは生け捕りにするつもりだったはず。完全には殺す気が無かったおかげで付け入る隙も生まれたが、もし最初から本気だったら間違いなく死んでいた。最後に偶然地雷を踏んでくれたこともふまえ、運を味方に付けた上での逃走成功なのは間違いない。

 

 そして、帝国の誇る最新最強の人間から逃れたというのは経験値以上に大きな意味を持つ。

 

星辰奏者(エスペラント)との生の戦闘データは高く売れるぜこりゃあ。いよいよ俺も傭兵団でも持ってみる時期かねこりゃあ」

 

 超人の宿す不可思議な能力の実体験もある。アンタルヤの重鎮からすればこの報告は喉から手が出る程に欲しいものだろう。これに肉片の一欠片や血の一滴でもあればより良かったのだが……贅沢を言ってはいられない。

 

「さてと、そんじゃお色直しの始まりだ。次はいったいどこを改造しようかねぇ。ハーハッハッハッ!」

 

 一度の逃走なんのその。本気で次に繋げるならば構いやしない。

 瀕死の身体も意に介さず、帝国に仇なす邪竜は夜空へ向けて哄笑を放つのだった。




本気おじさんに逃げられたのはかなりの痛手だったものの、他の面子をサクッと捕らえられたのもマルガレーテの力でプラスマイナスだとややマイナスくらいな感じです。
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