「うーむ……」
机の前に広げられた紙の前でひたすら唸る。手に持ったペンをクルクルと回しながらあーでもないこーでもないと考えを巡らせる。議題は自らの
重力というのは非常に普遍的な力である。この地球にいる限り影響を受け続けるし、
なのだが、強い故に頭を抱えるという贅沢な悩みもある。
「汎用性が高すぎる、ってのも考え物だな」
個人や物体ごとに重力を操ることなど朝飯前、”集束”させれば不可視の束縛となるし”操縦”すれば空中浮遊も軌道の捻じ曲げもお手の物。自らに”付属”して不可思議な挙動を取るのも案外できる。戦闘利用ばかりでなく、輸送体として途方もない重量の荷物を簡単に運ぶのだって可能だろう。
閑話休題。
ともかく、重力に関して思いつくことなら大抵は実現でき、思い付き次第でいっそう幅を広げられる。
だからこそ、なのか。やれそうなことが多すぎてどこから手を付ければ良いのか困ってしまう。汎用性の高さを最大限に活かす術が難しい。極端を言えば、戦闘中に
「その辺、あんまり機転が利くタイプかといえばちょっとなぁ……」
この前のダインスレイフの取り逃がしといい、強力な
なので必殺技、ないし汎用性に長けた行動をいくつか前もって考えておこうという寸法だ。練習させて五体に覚えさえた行動はいざという時に強力な手札となる。同時に、焦って変な手筋を生まないようにする布石にもなってくれる。
そこで最初の話に戻り、なにか妙案はないかと頭を捻っている最中なのだ。
重力を用いた必殺技といえば、ブラックホールなんかはまず真っ先に思いつく。小さな石ころを用意して極限まで重力を集束させれば理論上は出来るだろう。しかし、果たしてどれだけの集束性が必要とされるか。
後はギルベルトやダインスレイフに使った重力に”干渉”した無重力化による空中浮遊。アレはかなりの嵌め殺し技だと思うのだが、立て続けに攻略されてしまって自信を無くした。なんでアイツらはあんな簡単に攻略してくるんだろうな……まあ教訓になったと前向きに考えよう。
他にも空中に持ち上げてからの空中落下なんてのも、下に水かクッションでもなければまず即死だ。案の定ダインスレイフには通用しなかったが使えるはず。逆に質量のある物体を浮かばせて重力偏向し、
と、ここまで考えたところで急に気付いてしまった。
「もしかしてオレの
超能力といえば火や水を出したり、一撃必殺のビームなり斬撃なりを放ったり、そういうイメージじゃないのか? ギルベルトは衝撃で床が爆発したし、クリスは剣が輝いていた。なのにオレは無重力とか、落下させるとか、モノをぶつけるとか、なんか思った以上に使い道に華がない。目に見えない力なのもあるだろうけどこれは酷いぞ。
いや、空中浮遊とかは間違いなく派手なはず……なんだけどな。いずれギルベルト辺りは自前の衝撃操作だけで飛びかねない。アイツはそういうこと絶対やるだろ、うん。
などと謎の確信を得つつ、何かないかと考える。オレの場合、どうも『操縦性』と『干渉性』がずば抜けて高いらしい。他の
対多数の場合は数百ある銃弾すら強化された五感で見切り、掌握できる制圧力がある。やろうと思えば剣を数本飛ばして自在に操り、遠隔攻撃なんて真似も出来るかもしれない。まあオレの頭の処理が追いつくのか甚だ怪しいものだけど。
「単に直進するだけの銃弾なら意識して”干渉”するのは容易。ただしオレ自身が知覚してない存在には重力干渉できないし、空間に丸ごと”
こうして考えると微妙な地味さ以外にも欠点はそこそこある。特に脳死で重力操作するのでなく、対象の重力を一つ一つ意識しなきゃいけないのは結構疲れるものだ。対人戦で手足を逆方向に引っ張り千切る、なんて器用な使い方が出来ないのも、オレが『人体の各部位にかかる重力』を全部まとめて一つの力と認識してるからに他ならない。繊細なのに大雑把な
まあ、アドラーから技術流出しない限りVS
思考を脱線させつつ思い付きを紙へと書き留めていく。とりとめのない内容ばかり膨れ上がっていくが、良い感じの必殺技は浮かばない。さて、どうしたものか──
「おーいレーテ、居るかー?」
「アルか、入っていいぞー」
控えめなノックに考えを打ち切られ、反射的に返答した。
入ってきたのは何度顔を見たかも分からない幼馴染の一人だ。勝手知ったると言わんばかりに部屋に入ると、椅子の一つに腰かけている。
「随分と殺風景になったな。もう大体準備は完了ってか」
「ああ、明後日にはまた帝都に出戻りだからな。どうせ荷物も多くないんだ、さっさとやるに限るさ」
そして、今のアドラーには星の恩恵を受けた超人が百人単位で存在しており、観測された異能も多種多様だとか。もはや俺たち二人だけで東部戦線の
「なんつーか、普通はもっと荷物纏めるのに慌ただしくしてそうなもんだと思ってたが……レーテならこうもなるか」
「うっさいっての。つーか軍人が荷物大量に持ち込むとかどうなんだよ」
「はは、それもそうか。だけどそろそろ俺たちもいい歳だし、ちょっとは気を配った方がよくないか?
「おい馬鹿やめろ、それ以上言ったら重力でぶっ飛ばすぞ」
「シャレになんねぇからやめろって! 悪かった悪かった、意外と気にしてんだな」
「意外ってなんだよ……」
はぁ、と溜息を一つ。何が悲しくて自分の歳と向き合わねばならないのか。ここまで無我夢中で全然気にしたことも無かったが、すっかり年齢も重ねてしまった。
二十代前半から、外見もあんまり年齢重ねたように見えないしなぁ……などと言い訳しつつ、自分の年齢は忘れておく。既にアルの雰囲気が先ほどまでと違い、固いものを纏っていたからだ。
「ま、冗談はこれくらいにしといてだ。俺を呼んだ理由、ちゃんとあるんだろ?」
「──ああ、
これが本題、東部戦線の思い出話のために呼び出したわけでは断じてない。
だいぶ引っ張ってしまったが、いい加減にアルには話しておくべきなのだ。
「
「……聞かせてくれよ。アイツが関わってるなら俺が聞かない道理はねぇ」
そして、すべて包み隠さずぶちまけた。
秘密だとか機密事項だとか、そんなことは関係ない。カグツチという旧日本軍の遺物がクリスに何かをさせようとしてること、その見返りに
「っていうのが、
「随分ととんでもない話っつうか……帝都の地下に大和の遺物が残ってて、そいつがクリスと手を組んだだと? しかもそっからこの技術が誕生って……出すとこに出せば全部がひっくり返りかねない情報じゃねーか! 俺たちに何も言わずそんなことに首突っ込んでやがったのか」
アルの驚愕ももっともだ。
だけど、そんなこと以上にクリスと結託しているという事実に驚いているのがオレには分かる。オレたちは幼馴染で親友同士だ。なのに肝心要な事実をひた隠しにされ、挙句の果てにカグツチのことなど欠片も聞いてはいない有様。オレだって三人目に選ばれなければ奴を知ることは無かっただろう。
「わざわざ手を組んだってことは利害の一致があるんだろ? そのカグツチって奴はクリスに何をさせようとしてるんだ?」
「分からない、そこだけは何度聞いてもはぐらかされた。ギルベルトに聞いても無駄だぞ、アイツと情報戦するとか馬鹿らしいにも程がある」
「んなこた知ってるさ……しかし、結果的に帝国の為になる事ではあるんだろうな」
もしカグツチの目的が結果的に帝国を滅ぼすことになるなら、ここで
「だってのに、俺たちには一言も声を掛けず、勝手にギルベルトの野郎や
そう、結局問題はそこに終始する。
クリスがカグツチの代行となってる時点で、理由と目的を知ればオレたちはほぼ間違いなく納得するはずなのに。彼もきっと、そのことを頭では理解できているはずなのに。アイツはこちらの意見を聞こうともせず一人で納得して完結させるのだ。
「『重大なことだからこそ、友人を巻き込む訳には行かないだろう。困難を背負うべきは俺一人で十分だ』とか言いやがったよ、アイツは。ハッキリ言ってありがた迷惑だ」
「そこまで言われて、まさかレーテは引き下がったのか?」
「それこそまさかだ」
答えを承知してるだろう問いかけに、ニヤリと笑みを浮かべて返す。
「なら好きにしろ、勝手に追いかけてやるって啖呵を切ってやったさ」
「はっ、そいつはレーテらしい。ただ少しだけ文句を言わせてもらうなら、もっと早く俺にも話して欲しかったもんだがな」
「悪かったとは思ってるさ。でも
「だから東部にまで来た今がチャンスってことか。だけど帰る直前に言うか普通?」
そこはまあ、悪かったと思うけど。忙しくて話すタイミングが無かったので許して欲しい。お互い各地の戦場に引っ張りだこだったじゃないか。
果たしてそんな想いが通じたのか、「ま、今更言っても仕方ないか」と呆れたようにアルが頭をかいた。
「実際問題、レーテはどうするつもりだったんだ? 素直に俺たちも協力させろって言ったところで聞く耳持たない頑固者だぞ」
「馬鹿らしいかもしれないが──まずは一発ぶん殴る。言葉で言っても聞かないんだ、それしかないだろ?」
「マジかよ。まあ確かに理には適ってる……のか? にしても無理やりじゃねぇかって思うが」
「ああ、もちろん物理的にぶん殴るだけじゃないぞ。立場や権力、そういう方向性からでも殴ってやろうと思ってる」
要するに、クリスがオレたちの事を”頼らざるを得ない存在”だと認識すれば良いのだ。
例えば、彼の隣に並べるだけの腕っぷしの強さ。あるいは改革派の筆頭にも負けず劣らずの立場や権威。これらを手に入れてから「オレたちと協力した方が事は早く進むぞー?」とアピールする訳である。
幸い、とは言いたくないが今のクリスは血統派にマークされているせいで、軍の階級自体は不相応な程に低い。逆にこちらは強くマークされておらず、かつ
「──今までオレは、剣でもなんでも強くなれればどうにかなると考えてた。だけど
横に並べるだけの実力さえあれば、と考えていたこれまでの間に、本当の意味で差が縮まったと感じたことはほとんど無い。いつだって憧れの背中を見上げて追いかけるばかり、追いついたという感慨を抱いたことなど一度だって存在しない。
意地になっていたのだろう。初めて会ったとき、オレを助けてくれた姿があまりにも印象的で、以降もオレにとって最強であり続けていたから。どんな不条理でも薙ぎ倒せる力を求めないと相応しくないと考えてしまった。
「星の恩恵を受けて飛躍的に強くなっても、まだまだ足りない。差が埋まったと思えない。ならもう、重要なのはそこじゃないんだろうなって」
「要するに
既に、いいやずっと前からか、アルも同じような結論に至っていたのだろう。オレの言葉に驚くこともなく頷いた。
だからお互いに導きだした今後の展望も、やはり同じようなものだった。
「実はな、
「こっちは帝都に戻ったら
「なんだ、やっぱり考えることは同じだったか」
もう、単純な武力だけじゃ足りないのだ。立場や情報すら容赦なく追い求め、あればあるだけ良いを体現しないと一点特化の怪物たるクリストファー・ヴァルゼライドには追いつけない。本当は最初からこうするべきだったのだろう、ようやくそれを認められた。
そこで部隊異動の誘いが来たのはまさしく降って湧いた天運ともいうべきか。
「
「よしてくれ、権謀術数が渦巻いてるのくらいオレにだって分かる。どちらかといえば獅子身中の虫になる気分だよ」
第一近衛部隊
そこで、
当然、そんな見え透いた誘いに向こうも乗る訳がない……と思いきや、意外にもこれを承諾した。改革派所属という事実を差し引いても──否、敵対派閥だからこそ欲しがっている面もあるか。オレを通して
「飼い殺しになるか、それとも上手いこと利用してやるかだ。どちらにも裏があるのは承知の上で、オレは乗ろうと思ってる。上層部の思惑なんて食い破る気概がないとクリスに追いつくなんて不可能だ」
「なるほどな、そんだけ覚悟が決まってるなら頑張れよ。応援してるぜ」
「そっちこそ、諜報部隊なんてこれまでと真逆なところじゃないか。ちゃんとやれるのかぁ?」
「自信の有る無しで言えばそりゃあ難しいと思ってるが……やらなきゃ駄目だろ。どうせレーテの話を聞くまでもなく、クリスが何か企んでるとは思ってたんだ。その為に決めてたことだからな、今更引くつもりもない」
分野も畑も違うような部隊に乗り込む決意を固めたアルは、普段の柔和な気配が嘘のように強固な雰囲気を放っている。どれだけの困難が待ち受けていようと関係ない、やると決めたらからやるのだと、その瞳が語っている。
「アイツは何処まで行っても馬鹿だからな。すぐ傍にいる友人を忘れて何かやらかそうってんなら、引き留めて力になってやるのもまた
「だな、誰も彼もが改革派筆頭のヴァルゼライドって男ばかり見てるなら、そうじゃない奴が近くに居たっていいだろう。文句は誰にも言わせない」
使えるものは何でも使ってやれば良い。それで憧れの男に頼られるなら、オレは全然かまわない。
だけど、こうも思うのだ。結局のところ覚悟を決めた大馬鹿野郎を振りむかせるには、本当の意味で一発殴りつける以外の手段は無いんじゃないか、と──