TS転生したら幼馴染が光の奴隷でした   作:生野の猫梅酒

45 / 47
Chapter45 星間転生/Living Dead

 コツコツと、足音を響かせながら目的地へと歩いていく。

 

「“聖戦”、か……」

 

 ギルベルトから聞き出した内容について反芻しながら、淀みなく地の底へと進んでいく。今のオレは近衛白羊(アリエス)の仕事の一つ、政府中央棟での巡回任務にかこつけ、本来のルートを外れて私欲のまま動いている。これじゃオレも立派な屑だなと自嘲して、けれど振り返ることなく止まらない。

 その間にも考えることは、クリストファー・ヴァルゼライドの抱える最大の秘密、聖戦についてだ。

 

「今後帝国の発展のために必要なリソースを得るため、と言われればそりゃ納得はするが」

 

 聞いた内容としては簡潔であり、クリスはカグツチと協力して半永久的な資源(リソース)を手中に収めようと考えているらしい。この資源(リソース)が何か、というのはボカされたが……星辰体(アストラル)技術に関するものだろうと目途は立てている。そして、最終的にこの資源を巡って争うことを”聖戦”と呼称しているのだとか。

 なるほど確かに、これはかなりの大事だ。未だ謎の多い星辰体(アストラル)を有効活用できれば新西暦の王冠を得たも同然で、星辰奏者(エスペラント)以外にも応用できれば帝国(アドラー)の優位性は揺るぎないものとなる。同時に他国も虎視眈々と隙を狙っているとなれば秘匿性を重視するのも頷ける。

 

「ってだけなら、まだ良かったんだけどな。“組織とはどのように腐るか”、なんてアルと語ってたのを思い出す」

 

 なのだが、しかし。クリスの場合は秘匿性がどうこうという理由ではなく、“意志の純粋性を保つため”という一点だという。つまるところ大人数で事に挑めば足を引っ張られてしまうから、ギルベルト以外の誰にもカグツチとの決戦と、その果てに待つ利益について語っていないというのが真相なのだろう。

 

 幼少の頃から本当に何も変わってない。別に個人ですべてを成せるとは彼だって思ってない癖に、いざとなれば何の躊躇もなく単独での行動に踏み切り、あらゆる道理を置いていく。そして驚異的な意志力で無理を可能にしてしまうから格好良いし憧れてしまうのだ。

 とにかく、彼はあのカグツチを相手に戦う算段を立てているのは間違いない。曰く、カグツチは“魔星”と呼ばれる星辰奏者(エスペラント)の上位互換であり、比較にならない強大さを持つのだとか。今は半壊の姿に甘んじているが、聖戦を発動させる暁には完全復活するのが決まっているらしい。今でも思い出すだけで肌が粟立つような気配を鑑みれば欠片も嘘とは思えない。

 

「ま、理解はしたよ。確かに大和が残した魔星(ロボット)相手に油断は持ち込めず、星辰奏者(エスペラント)技術の源流ともなれば馬鹿みたいな強さだろうさ。そんなのと戦う前に余計な気を配りたくない、善意だろうと足を引っ張られるなど言語道断──それも理解できる」

 

 正論、正道、正着手──どれもこれも(くる)しさに満ち溢れた選択だ。普通なら誰もが我慢できないことを、その方が確実だからという理由一つで容易に決断できてしまう。確かに、クリスならそれをやるとオレも知っていた。

 

「とはいえ、理解できたからって気持ちを汲んでやるかといえば、否だけどな」

 

 足を止めた。眼前には固く固く閉ざされた鋼の門がそびえている。さながら冥府の門かの如く、生命の気配を感じさせない静けさに支配されている。

 ここは政府中央棟(セントラル)の地下、カグツチの居城の入口だった。かつて星辰奏者(エスペラント)になる直前に一度だけ招かれ、そしてその後は二度とオレに対して開かれることのなかった開かずの扉だ。重力操作(グラビトン)をぶつけてみたりもしたが壊れないほど頑丈で、かつては頭を抱えたものだ。アダマンタイトよりも硬度がありそうだが、果たしてどんな材質で出来ているのやら。

 

「集束、干渉──重力増幅変更(ギガグラビトン)圧壊しろ(バースト)

 

 なのだが、しかし、今度は呆気なく扉が吹き飛び四散した。見えざる巨人の手により破壊の限りを尽くされたかのような()()を横目に、堂々と歩を進めていく。前にも見たような機器の横を過ぎ、否応なしに視線を前へと向ければ、そこにはやはり、奴がいた。

 

「これはまた、久しいというべきかな。マルガレーテ・ブラウン、第三号星辰体感応奏者(エスペラント)よ」

「ああ、久しぶりだな、カグツチ。こっちはおまえに会いたくて仕方なかったってのに、随分とつれないじゃないか」

 

 圧倒的な意志の力に圧し潰されないよう、努めて平静を保ちながら軽口を叩いた。

 カグツチは硝子管(フラスコ)の中から相変わらず出られていないというのに、どこまでも悠然として、高みから見下ろすようであり。そして困ったことにそんな様が似合っているからたまらない。

 

「今回はまたすんなり入れてくれたじゃないか。どうせオレが来るのも分かってたろうに、どういう心変わりだ?」

「一つ、新たに実験(テスト)を行ってみたいと考えたのさ。恥ずかしながら今の我らは手詰まりでな、打開策の一つとして改めておまえを利用しようと考えたのだ」

「へぇ、おまえたち程の存在から手詰まりなんて言葉が聞けるとはな。ああ、もしかしてとは思うが、ギルベルトに情報を流すよう指示でもしたのか?」

「相も変わらず直感には優れているようだ。ヴァルゼライドが知れば反対すると分かっていた故、些か回りくどい手段を取ったが、果たしておまえは予想に違わずここに来た。ああ、しっかりと星の力も使いこなせているようで何よりだよ」

 

 満足気なカグツチを前に不思議な納得を得た。薄々そうだと感じていたが、やはりコイツの掌の上で踊らされていたらしい。あの開かずの扉も無理やり突破できたというより、敢えてオレが全力で行けば壊せるようにでもしたのだろう。ついでに力試しもさせるとはどこまでも合理的だ。

 

「おまえからの評価なんざどうでもいい。確信犯でオレをここに呼び寄せた以上、互いの目的は一致してるだろ?」

「そうさな、ならば本題に入るとしよう。かつてヴァルゼライドがその身で行った星辰光再強化措置、これに興味があるのだろう?」

 

 無言で頷く。

 

「死亡率は九割強、成功しても寿命は大幅に削れ長くは生きられぬ。所詮は人類種の持つ寿命の前借りでしかないのだが……さて、そのような手段を本当に受けたいと思うかね」

「ハッキリ言うが、悩むところだな」

「ほう」

 

 正直に告げたこちらの言葉にカグツチは興味深げに相槌を打った。

 

「強さの方面からクリスに少しでも近づけるのは歓迎だけどな、それだけじゃどうしても足りないのが事実だ。というか、九割強なんて流石に死ぬだろ、気合と根性以前の確率論で現実的じゃない」

「……それが普通の回答であるはずなのだがな。あの男が何の躊躇いもなく三度もの再強化措置を行ったせいで、己は少しばかり拍子抜けしてしまったよ」

「悪かったな、こっちは凡人なもんでな。助けになってやりたくて手術したら意志力が足りず死亡しました、なんて間抜けはしたくないんだ」

 

 滔々と語りながら、しかし相反する感情もまた抱く。いよいよとなれば恐らくオレも躊躇せずにその再強化措置を受けるだろうという不思議な確信も心の片隅には存在した。死亡率九割だろうが十割だろうが、きっと勢いだけでやらかしてしまうのだろう。

 そんな内心の決意を見透かしたのか、カグツチの視線がオレを貫く。「ここからが本題なのだが」と前置きしてから語り出す。

 

「まあよい、己の目的はここからが本題だ──再強化措置ほど死亡率は高くなく、けれどより強力な星の力を手に入れる手段があると言われたらおまえはどうする?」

「随分と都合の良い仮定じゃないか。そんなことが出来るのか?」

「可能だとも。己がその証人なのだから」

「…………それが、星辰奏者(エスペラント)の上位互換って奴か」

「いかにも。“人造惑星(プラネテス)”、あるいは“魔星”と呼んでくれて構わないが、そちらへ変貌するという道もある。無論のこと、選ばれし星々への切符は相応に狭い門であるのだが──」

 

 そこでカグツチは、初めてオレに対して()()()()()()()()()。既に己の実験を果たし役目の終わった端役から、ようやく少しは利用価値のある相手になったということか。

 硝子管(フラスコ)越しに放たれる圧力に対し睨みつけることで均衡を保ちながら、呼吸を深く静かに行う。

 

「喜ぶがいい、マルガレーテ・ブラウン。またしてもおまえは合格だよ、人造惑星(プラネテス)へ至る切符をその身は確かに有している」

「なんだと?」

「そう疑うな、言葉通りの意味だとも。己らは聖戦に備え新たな人造惑星(プラネテス)の製造を行うために、その素質を有する人間を探す手段を既に有している。故にこそ、素体が素質を持っているならば見抜くことも容易いのだ」

「都合が良すぎるな。星辰奏者(エスペラント)だけじゃなくて人造惑星(プラネテス)とやらにまでなれるなんざ、鵜呑みにする方がどうかしてる。おまえ、オレを騙して都合のいい様に転がそうとしているだけじゃないのか?」

 

 望んだ力を手に入れる土壌をそう何度も都合よく持っているはずがない。何よりもオレ自身が、自らが特別な人間であるはずがないと信じている。勇者の資格、特別なただ一人、誰もが驚くような過去の経歴(バックボーン)──そんなものとは無縁の凡人なのだから。

 

「都合がよい……確かに己らも疑うところさ。奴ほどの傑物の周囲には星辰奏者になれる逸材が溢れていて、しかもその内の一人は魔星にまでなれる始末。まるで出来の悪い脚本か、あるいは目に見えぬ運命とやらにでも翻弄されているようではないか」

「ロボットのお前がそれを言うのか」

「機械だからこそ、あるがままに出来事を受け止めるだけでは不十分なのだよ」

 

 そこまで語ってから、カグツチは不敵な笑みのままオレを一瞥する。

 

「ならば問うが──()()()()()()()()()を、回りくどい策を弄してまで罠に嵌める必要が己らにあると思うかね?」

「言ってくれるじゃないか、壊れたロボット風情が」

「己はただ事実を述べただけさ。ごく僅かな英雄(れいがい)を除いて、どれだけ足掻き藻搔こうと個人で解決できないことは幾らでもある。ここに来るまでのおまえがそうであったように」

「はっ、そうかよ」

 

 随分な言い草に腹も立つが、まあ良いだろう。

 

「つまり、その人造惑星(プラネテス)を作るための試金石にオレがなれば、対価として力を与え、強制的に“聖戦”とやらにも噛ませようってことか」

「そうだ。乗るか降りるか、どうするかね?」

「待てよ、まだ肝心なことを聞いてないぞ。再強化措置ほどの危険性は無いと言っていたが、これについては?」

「ふむ、詳しい話は割愛するが──適性のある()()を元に改造を施し、新たな骨格(フレーム)へと強化する関係上、危険性が無いことはあり得ない。対価なき力など存在しないのだよ」

「……おい、聞き間違いじゃなければ、死体って言ったか? 素体じゃなくて?」

「己の設計した星辰奏者(エスペラント)は聴力も強化しているはずだが?」

「チッ、そうかよ」

 

 何が危険性は無いだ、九割死ぬか十割死ぬかの違いじゃないか。むしろ確実に死ぬだけこっちの方が余程タチが悪い。その後で身体も新たに蘇ることが可能として、それが現在から続く自分自身だとどうして言い切ることができるのか。

 しかし今の悩みすべてを打開する切っ掛けが目の前に転がっているのもまた事実で……クソ、心が落ち着かない。

 

「オレは……いったいどうしたい?」

 

 暴力だけがすべてではない──必要なのは総合力──しかし力が無ければ同じ土俵にすら上がれない──クリスの敵から恵んでもらった星辰光で道を切り開くことは正しいことなのか──あらゆる逡巡戸惑い後悔に誘惑が脳内を駆け巡る。

 

「一つ確認するが、つまり人造惑星(プラネテス)になりたいなら今ここで死ねばいいんだな?」

「そうだ。楽に死ぬ手段ならば己が提供しても構わないが?」

 

 腰に佩いた直刀を引き抜く。

 よく磨かれたアダマンタイトの刀身に反射した自らの顔を覗き込む。迷っているのだろうか、自分自身の心の行方が分からない。

 ただ一つ、どこまでも澄んだような、落ち着いた表情を湛えた顔つきがオレを見返してくる。その眼がオレに訴えかけてくるのだ、『ここで迷うという贅沢な選択肢がおまえにあるのか?』と。

 

 いつまで経っても周回遅れ、憧れ続けるだけで終わるなんて。それだけはたとえ死んでもご免だから、ようやくここで意志は一つになる。

 

「覚悟は決めた。オレは死んでもクリスに追いつくと決めたんだ、なら一度死ぬくらいはやってやるさ」

 

 その切っ先を、自分の心臓へと当てながら──躊躇なく刃を押し込んだのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。