コツコツと、足音を響かせながら目的地へと歩いていく。
「“聖戦”、か……」
ギルベルトから聞き出した内容について反芻しながら、淀みなく地の底へと進んでいく。今のオレは
その間にも考えることは、クリストファー・ヴァルゼライドの抱える最大の秘密、聖戦についてだ。
「今後帝国の発展のために必要なリソースを得るため、と言われればそりゃ納得はするが」
聞いた内容としては簡潔であり、クリスはカグツチと協力して半永久的な
なるほど確かに、これはかなりの大事だ。未だ謎の多い
「ってだけなら、まだ良かったんだけどな。“組織とはどのように腐るか”、なんてアルと語ってたのを思い出す」
なのだが、しかし。クリスの場合は秘匿性がどうこうという理由ではなく、“意志の純粋性を保つため”という一点だという。つまるところ大人数で事に挑めば足を引っ張られてしまうから、ギルベルト以外の誰にもカグツチとの決戦と、その果てに待つ利益について語っていないというのが真相なのだろう。
幼少の頃から本当に何も変わってない。別に個人ですべてを成せるとは彼だって思ってない癖に、いざとなれば何の躊躇もなく単独での行動に踏み切り、あらゆる道理を置いていく。そして驚異的な意志力で無理を可能にしてしまうから格好良いし憧れてしまうのだ。
とにかく、彼はあのカグツチを相手に戦う算段を立てているのは間違いない。曰く、カグツチは“魔星”と呼ばれる
「ま、理解はしたよ。確かに大和が残した
正論、正道、正着手──どれもこれも
「とはいえ、理解できたからって気持ちを汲んでやるかといえば、否だけどな」
足を止めた。眼前には固く固く閉ざされた鋼の門がそびえている。さながら冥府の門かの如く、生命の気配を感じさせない静けさに支配されている。
ここは
「集束、干渉──
なのだが、しかし、今度は呆気なく扉が吹き飛び四散した。見えざる巨人の手により破壊の限りを尽くされたかのような
「これはまた、久しいというべきかな。マルガレーテ・ブラウン、第三号
「ああ、久しぶりだな、カグツチ。こっちはおまえに会いたくて仕方なかったってのに、随分とつれないじゃないか」
圧倒的な意志の力に圧し潰されないよう、努めて平静を保ちながら軽口を叩いた。
カグツチは
「今回はまたすんなり入れてくれたじゃないか。どうせオレが来るのも分かってたろうに、どういう心変わりだ?」
「一つ、新たに
「へぇ、おまえたち程の存在から手詰まりなんて言葉が聞けるとはな。ああ、もしかしてとは思うが、ギルベルトに情報を流すよう指示でもしたのか?」
「相も変わらず直感には優れているようだ。ヴァルゼライドが知れば反対すると分かっていた故、些か回りくどい手段を取ったが、果たしておまえは予想に違わずここに来た。ああ、しっかりと星の力も使いこなせているようで何よりだよ」
満足気なカグツチを前に不思議な納得を得た。薄々そうだと感じていたが、やはりコイツの掌の上で踊らされていたらしい。あの開かずの扉も無理やり突破できたというより、敢えてオレが全力で行けば壊せるようにでもしたのだろう。ついでに力試しもさせるとはどこまでも合理的だ。
「おまえからの評価なんざどうでもいい。確信犯でオレをここに呼び寄せた以上、互いの目的は一致してるだろ?」
「そうさな、ならば本題に入るとしよう。かつてヴァルゼライドがその身で行った星辰光再強化措置、これに興味があるのだろう?」
無言で頷く。
「死亡率は九割強、成功しても寿命は大幅に削れ長くは生きられぬ。所詮は人類種の持つ寿命の前借りでしかないのだが……さて、そのような手段を本当に受けたいと思うかね」
「ハッキリ言うが、悩むところだな」
「ほう」
正直に告げたこちらの言葉にカグツチは興味深げに相槌を打った。
「強さの方面からクリスに少しでも近づけるのは歓迎だけどな、それだけじゃどうしても足りないのが事実だ。というか、九割強なんて流石に死ぬだろ、気合と根性以前の確率論で現実的じゃない」
「……それが普通の回答であるはずなのだがな。あの男が何の躊躇いもなく三度もの再強化措置を行ったせいで、己は少しばかり拍子抜けしてしまったよ」
「悪かったな、こっちは凡人なもんでな。助けになってやりたくて手術したら意志力が足りず死亡しました、なんて間抜けはしたくないんだ」
滔々と語りながら、しかし相反する感情もまた抱く。いよいよとなれば恐らくオレも躊躇せずにその再強化措置を受けるだろうという不思議な確信も心の片隅には存在した。死亡率九割だろうが十割だろうが、きっと勢いだけでやらかしてしまうのだろう。
そんな内心の決意を見透かしたのか、カグツチの視線がオレを貫く。「ここからが本題なのだが」と前置きしてから語り出す。
「まあよい、己の目的はここからが本題だ──再強化措置ほど死亡率は高くなく、けれどより強力な星の力を手に入れる手段があると言われたらおまえはどうする?」
「随分と都合の良い仮定じゃないか。そんなことが出来るのか?」
「可能だとも。己がその証人なのだから」
「…………それが、
「いかにも。“
そこでカグツチは、初めてオレに対して
「喜ぶがいい、マルガレーテ・ブラウン。またしてもおまえは合格だよ、
「なんだと?」
「そう疑うな、言葉通りの意味だとも。己らは聖戦に備え新たな
「都合が良すぎるな。
望んだ力を手に入れる土壌をそう何度も都合よく持っているはずがない。何よりもオレ自身が、自らが特別な人間であるはずがないと信じている。勇者の資格、特別なただ一人、誰もが驚くような
「都合がよい……確かに己らも疑うところさ。奴ほどの傑物の周囲には星辰奏者になれる逸材が溢れていて、しかもその内の一人は魔星にまでなれる始末。まるで出来の悪い脚本か、あるいは目に見えぬ運命とやらにでも翻弄されているようではないか」
「ロボットのお前がそれを言うのか」
「機械だからこそ、あるがままに出来事を受け止めるだけでは不十分なのだよ」
そこまで語ってから、カグツチは不敵な笑みのままオレを一瞥する。
「ならば問うが──
「言ってくれるじゃないか、壊れたロボット風情が」
「己はただ事実を述べただけさ。ごく僅かな
「はっ、そうかよ」
随分な言い草に腹も立つが、まあ良いだろう。
「つまり、その
「そうだ。乗るか降りるか、どうするかね?」
「待てよ、まだ肝心なことを聞いてないぞ。再強化措置ほどの危険性は無いと言っていたが、これについては?」
「ふむ、詳しい話は割愛するが──適性のある
「……おい、聞き間違いじゃなければ、死体って言ったか? 素体じゃなくて?」
「己の設計した
「チッ、そうかよ」
何が危険性は無いだ、九割死ぬか十割死ぬかの違いじゃないか。むしろ確実に死ぬだけこっちの方が余程タチが悪い。その後で身体も新たに蘇ることが可能として、それが現在から続く自分自身だとどうして言い切ることができるのか。
しかし今の悩みすべてを打開する切っ掛けが目の前に転がっているのもまた事実で……クソ、心が落ち着かない。
「オレは……いったいどうしたい?」
暴力だけがすべてではない──必要なのは総合力──しかし力が無ければ同じ土俵にすら上がれない──クリスの敵から恵んでもらった星辰光で道を切り開くことは正しいことなのか──あらゆる逡巡戸惑い後悔に誘惑が脳内を駆け巡る。
「一つ確認するが、つまり
「そうだ。楽に死ぬ手段ならば己が提供しても構わないが?」
腰に佩いた直刀を引き抜く。
よく磨かれたアダマンタイトの刀身に反射した自らの顔を覗き込む。迷っているのだろうか、自分自身の心の行方が分からない。
ただ一つ、どこまでも澄んだような、落ち着いた表情を湛えた顔つきがオレを見返してくる。その眼がオレに訴えかけてくるのだ、『ここで迷うという贅沢な選択肢がおまえにあるのか?』と。
いつまで経っても周回遅れ、憧れ続けるだけで終わるなんて。それだけはたとえ死んでもご免だから、ようやくここで意志は一つになる。
「覚悟は決めた。オレは死んでもクリスに追いつくと決めたんだ、なら一度死ぬくらいはやってやるさ」
その切っ先を、自分の心臓へと当てながら──躊躇なく刃を押し込んだのだった。