今回感想返しは出来ていませんが、読ませていただいてます。いつもありがとうございます。
自己の定義とは、いったいどこにあるのだろうか?
難しい命題だが、一つ意見を挙げてみるなら心の存在を指していると思う。では心とはそもそも何か? ドライな見方をする人間なら、脳の細胞一つ一つが複雑に絡み合った末の電気信号を心と錯覚してるだけと語るだろう。確かにそれも正論だが、味気ないし夢がない。というより心を機械的に紐解くことがナンセンスにも感じられる。
では肉体的な方面よりも哲学的な方向で考えてみよう。西暦以前の有名な哲学者の思想に、『
話が長くなってしまったのでまとめよう。
つまるところ、
◇
意識だけが水の中を揺蕩うような不思議な感覚。
頭は覚醒しているはずなのに、身体がまだ眠ったままのような。ぼんやりと思考はできるのに目を開けることができず、ただ周囲の音だけが耳に届いて認識できる。でも内容は専門的な話ばかりで、残念ながら私に理解できるような情報は一つもなかった。
あれ──いま、
どうしてだろう、それが一番自分の中でしっくり来ているはずなのに、途轍もない違和感を覚えてしまう。もっと違う一人称だったような、私という個人が根本から揺らいでしまうような、大きな齟齬。なのに思い出そうとしても砂のように手のひらから零れ落ちて掴めない。
しばらく考えても理由を思い出せなかった。
現状は目も開けられなければ身体も動かせない、できることと言えば思考をする程度だ。ではこの直前の記憶はといえば、これは覚えている。私はあの神星の下へ訪れて、
いや待て、となると私は一度死んだのか? でもこうして意識は続いているし、まさかこの暗闇があの世な訳がない。私は私、マルガレーテ・ブラウンで間違いないのだから。
そう考えていたとき、不意に身体を動かせることに気が付いた。指先がピクリと動く。金属質の冷たいものに触れている感覚。身体の体勢的に寝かされているのだとここでようやく気が付いた。
「ん……」
微かだが声も出る。その瞬間、耳に届く声がどよめきに変わった。雰囲気からして喜んでいるような状況か。「実験成功」だとか「理論は証明された」だのいかにも科学者といった内容が聞き取れた。
さて、こうなればいい加減に察しも付く。要するに自分はカグツチの語った
そして目元に意識を集中すれば、呆気なく目蓋が開いた。
「ここは……」
場所はおそらくカグツチのいる
文句を抱きながらもゆっくりと立ち上がる。服は普段通りの軍服、肩より少し長い茶髪にも変化はない。おそらく外見に大きな差異は起きていないのだろうが……中身が明らかにこれまでと異なっている。これではまるで──
「生まれ変わった気分はどうかな、マルガレーテ・ブラウンよ」
唐突に投げかけられた声に思考を中断され、そちらを見やった。
視線の先にはやはりというか、揺蕩う人型機械の姿がある。
「目覚めてすぐ出会うのがおまえとはな、カグツチ。どうせならクリスに起こしてもらいたかったもんだが」
正面に鎮座する
明らかに以前より強くなっているが故の自信と、それに付随する
「さて、どうかね?
「素直に言うなら、思ったより悪くない。ああ、私らしくない馬鹿げた誘いに乗った価値があったよ」
「ほう」
……私の返答の何が琴線に触れたのか、カグツチは興味深そうにこちらを見つめている。あたかも
そのようなやり取りをしている間に、先ほどまでいたはずの科学者たちはそそくさと立ち去ってしまっていた。まるでカグツチの注目を引きたくないとばかりに無言かつ気配を消していたが、事実そうなのだろう。いくらマッドサイエンティストの類だろうと魔星の主が発する"圧力"は心地よいものではない。
そして、広い部屋には私と神星だけが残された。
「一応礼は言っておくべきか? おまえにとって私は計画のための敵か端役だろうに、よくもまあ誠実にやってくれたよ」
「礼には及ばんさ。己には己の思惑があり、それがたまさかそちらの思惑と被ったにすぎない。そして、一つ勘違いをしているようだが──」
「強い敵が一人増えた程度で揺らぐほど、自身の計画に狂いはない、だろ?」
眼前で笑う不具の絶対者にとって、クリス以外の戦力がいくら増えようと取るに足らない存在だと分かっている。それを見越しての発言だったのだが……ヤツは愉快そうに心外だという笑みを浮かべた。
「いいや、敵が一人増えたのではない。こうして魔星となった時点で、おまえもまた己の眷属の一つとなった。製造時にそれらの情報は
「分かってるさ。
今や自分でもまったく知らなかったはずの情報が頭の中に流れ込んできている自覚がある。カグツチのより詳しい来歴、アドラーの暗部、他の魔星の作成計画や一向に目覚めない
それらすべてを踏まえた上で、最後は結局こう告げるのだ。
「
「ああ、やはりそうなるか。知っていたとも、英雄の薫陶を受けた者がこの程度で己に従うはずがないと」
真っ向から叩きつけてやった絶縁状を受けてなお、カグツチは余裕を崩さず泰然としていた。
「故にこそ己はおまえにこう告げよう──知っていたとも好きにしろ、とな」
「なんだ、力を恵んでやった立場のくせに、随分と寛大な処置じゃないか」
「己は別におまえがどちらの側に立っていても構わんのだよ。いや、むしろ……あの英雄が聖戦の舞台へと上がるそのときまで、奴の味方であって欲しいとすら願っている」
意外な発言だった。敵のくせにいったい何を、などと怒るべきかもしれないが……超然とした態度が薄れ、どこか真摯さすら滲ませて語るカグツチに私は不思議なほどのシンパシーすら覚えていた。
英雄という孤高の道を歩むクリストファー・ヴァルゼライドへ向ける敵意と信頼と尊敬を呆れるほどに有しているから、万が一にも他の些末事に足を掬われてほしくないという願い。その気持ちはよく理解できる、できてしまう。外野の余計な手出しがどれだけ厄介なのかは
「"誰か"のことを慮っているから誰にも真実を話さず、だからこそ守るべき"誰か"から不信感を抱かれる。たとえばおまえが何としても奴の喉元に喰らいつこうとしたように」
「……否定はしないさ、する権利もない。力になりたいという願いが当人の邪魔になることがままあるのも、悲しいが認めなきゃいけない不条理だからな」
「故にこそたった一人で己と相対し、すべてに"勝利"すると誓った奴の気概を己は尊重したい。お前はそのための避雷針となり、英雄の視線を己にだけ向けさせる役割を果たせば構わない」
そして聖戦が起動した暁には、英雄の前座としてまとめて打ち倒す──そう語るカグツチの言葉に嘘は微塵も存在していない。
「嫌になるな、本当に」
呟いた言葉は小さかった。ここまで尊大かつ心を込めて「奴を守る避雷針となれ」と言われることの意味が理解できてしまう。
だから今抱いている呆れにも似た"嫉妬心"を舌に乗せて、精一杯の皮肉を吐いてやる。
「──お前、本当にクリスに首ったけなんだな」
「何か問題でもあるかな? 対等にして唯一無二の好敵手、ヴァルゼライド以外に己と聖戦を演じることのできる者など、今後二度と登場はしまい。なればこそ、この機会に己が存在理由のすべてを賭けるのが道理というもの」
「そうかいそうかい、よく分かったよ。悔しいがお前たちは相思相愛、本当に私のことなんか眼中にないんだな」
「己は最初からそのように告げていたはずだが?」
「ようやく肌で意味を知ったってことだよ」
まったくとんだ蚊帳の外だ。随分と妬けてしまうじゃないか。
だけど
すなわち、『立派な友に並び立てるようになりたい』という想い。そのために生きてそのために死んでも構わないという純化された覚悟。きっと今の私なら、眼前に誰が立ち塞がろうとその覚悟を貫き通せる。
──たとえそれが
「……待って、私はいったい何を考えて」
立派な友に並び立つために、その友を排除してでも想いを貫く?
なんだそれは、矛盾だらけじゃないか。いいや違う、そもそも
「そういえば一つ、お前にまだ話していないことがあったな」
意味の分からない思考に翻弄される"私"へ、カグツチは忘れていたとばかりに語り掛ける。
「魔星とは死者を素体として作成される星辰体運用兵器と語ったが、肝要なのは力を制御するための
「残留思念……だと?」
「そう、すなわち死者の情念を用いて無色のエネルギーに色を付け、
問題点──死者の残留思念。
カグツチの語る言葉に嫌な予感が止まらない。この身が死者であるのは構わない、こうして意思を持って動ける時点で一度の生死がどうだというのだ。
だから真に問題となるのはこの次であり……さっき脳裏をよぎったように、いつの間にか手段のために目的を選ばない思考となっているのが問題なのだ。それはまるで、『目的達成のためなら何でもする』という意思が根底にあるかのような。良心や躊躇もあるはずなのに総じて些事と片付けてしまいかねないような、恐ろしいまでの危うさがある。
現に今の私もまた、目覚めたときに抱いた自分への違和感がほとんど消えている。何かが大きく変わったはずなのにどうでも良いことと心は片付けてしまっている。
「気が付いたかな? 死者は死者故に成長できず、製造時から完成された存在となる。よって不変となるただ一つの感情に振り回され、人間らしい思考とて一皮剥けば止まったままの情念に突き動かされているだけ。我ながら、兵器としては度し難いにも程があると自認はしているさ」
「っ、なるほどな……死者は死者で、こうして立っている私自身も厳密には本人じゃないってか。なのに不思議だな、ちっとも動揺できないから困ったもんだ」
きっと今の私は『クリスに追いつけ、並び立て』という意思だけが残った状態なんだ。だから光に恥じるようなことは出来ないと考えられる頭と、彼に追いつくためには他の事柄など総じて些事だという考えが同居してしまっている。
単一の
「気持ち悪いけど仕方ないか。それはそれで、これはこれだ。自分で選んだ道なんだから、利用させてもらうぞ神星」
だとしても想いは微塵も変わらない。そういう意味ではこっちだってどこまで行っても光に首ったけなわけで、カグツチのことを少しも笑えなかった。
「ならば決まりだな、
「言われるまでもない、やってやるさ。知らないか? これでも私、
ああ、それから。
もう一つだけ言っておかなければならないことがある。
「クリスを甘く見るなよ、機械風情が。あいつは私なんかが居なくても必ずお前の前までやってくる。私はただ、私がそうしたいからそうしているだけだ」
「無論、理解しているとも。しかし己も本気でこの聖戦に挑んでいるのでな、打てる手はすべて打つのが礼儀であろう?」
「言ってろ」
これにてやっと、
……よく考えてみれば、私が魔星になると決断して刃を突き立てた時から、どれだけ時間が経過したのだろうか?
クリスやギルベルトはともかく、アルが心配してなければ良いなと頭の片隅で思うのだった。
私事ではありますが、キャラクターの一人称の変化というのが好きです。