TS転生したら幼馴染が光の奴隷でした   作:生野の猫梅酒

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Chapter7  拳と喧嘩と友情と/Brawl

 まず結論から述べてしまえば、どうしてこのような迂遠な手を用いたのか、本人であるアルバート・ロデオンにしても理解は出来ていなかった。

 

 クリストファー・ヴァルゼライドが気に入らない。これはまだ良いだろう。人は往々にして好かない人間と出会ってしまうものだ。今回はたまたまそれがヴァルゼライドであっただけの話であり、故に正面から喧嘩を売る行為自体はおかしくない。

 ただ、それなら別に自分たちの対立に巻き込まずとも、最初から数の暴力を頼みに潰してしまえば良いだけ。そっちの方がよほどスラムの流儀に合っているのも間違いない。なのにアルバートは、迂遠な手を取った挙句に”自分たちの軍門に下れ”とまで告げてしまった。しかも、わざわざ向こうが鍛錬をしている朝に訪れてまでだ。

 

 これではまるで──

 

「いや、馬鹿かよ。そんなことして俺になんの得があるってんだ」

 

 馬鹿げている。とんだ道化で笑い話だ。

 アルバートはその思考を一蹴して脳裏の片隅へと追いやり忘れることにした。それだけはあり得ないし認めてはならない。だってそんなことを認めてしまえば、不良集団の大将をやっている自らの名折れになってしまうからだ。

 ここは貧民窟(スラム)、あらゆる悪徳こそ生存を許される力の世界である。光は光で美しく尊いものかもしれないが、それだけでは決して生きられない。それをあの真っすぐで曲がらない男へと思い知らせてやりたいのだ。

 

 そう、だからこの時のアルバート・ロデオンの目には雄々しき男の姿しか映っておらず、彼の友人のことなんてこれっぽっちも考えてはいなかった。所詮は女、たかが一人いた程度で何が出来ようか。むしろ男達の戦いに余計な水を差すなと言いたいくらいだ。

 故にハッキリと彼女の存在は無視したし、名前だって興味はない。随分とヴァルゼライドと仲が良いみたいだが、それも奴が無様を晒せば終わりだろう。そんな端役程度にしか思っていなかった。

 

 まさかそれが、一番の大番狂わせを起こすなんて。

 この時のアルバートは毛ほども考えてはいなかったのである。

 

 ◇

 

 果たして約束の日、スラムにたむろする不良少年たちは開けた一角で一堂に会していた。

 年齢的にはおよそ八歳から十二歳程度までが揃った、十人程度の集団で一グループ。それが二つで二十人という大人数がこの場に集っているのだ。

 誰も彼も粗末な服を着て、眼光をぎらつかせ、イライラしたような気配を漂わせている。だがそれも当然のことだろう。スラムで満たされるなんてことは一つも無い。いつだって腹を空かせて、世の中を恨んで、徒党を組んでは非行に走る。この縄張り争いだって切っ掛けはもう誰も分からない。ただ別のグループと同じ地域で鉢合わせたから戦う、その程度のものだ。

 

 空気が張り詰める。誰かが動けばその瞬間にでも戦いは始まるだろう。

 何か一つ切っ掛けがあれば、すぐにでも二十人が入り乱れる大乱闘となる。分かっているから互いに睨み合ったまま十秒、三十秒、一分と時間が過ぎていき──

 

「来たか、ヴァルゼライド」

「ああ。俺は逃げも隠れもせん」

 

 足音も高く響かせて、クリストファー・ヴァルゼライドが登場した。

 恥じることも、臆することもなく堂々とした歩みを止めないヴァルゼライドに、片グループのリーダー格でこの状況を仕組んだ本人たるアルバートが一歩前に出た。やって来た男は両グループのちょうど中間に位置取っている。

 

「いいぜ、来たのは褒めてやる。つまり俺たちの仲間として戦うってことだな?」

 

 アルバートの問いに敵対グループから野次が飛んだ。ここに来てまさかの助っ人を呼ぶなど、卑怯者、恥を知れなんて罵声が飛んでくる。けれどそんなもの痛くも痒くもない、何故なら自分たちはスラム生まれの屑なのだから。卑怯で上等というものだ。

 半ば返答を予想しながらヴァルゼライドの言葉を待つ。彼はゆっくりと左右の人間たちを見てから、勇気と意志を携えた口調で否と返した。

 

「いいや、それこそまさかだ。俺はお前たちの誰にも与しない」

「……はぁ?」

 

 そのあまりに無無茶苦茶な宣言に、思わずアルバートの口から呆れたような声が零れてしまった。彼に限らずこの場の誰もが信じられないというように目を見張る。

 つまりなんだ、この男はここに居る全員を相手取るつもりなのだろうか。大人しくアルバートのグループと共に戦えば良いものを、いったい何を好き好んで全員と戦う必要がある。とてもじゃないが利口なやり方ではないし、あまりにも困難な道をどうして躊躇いなく選べるという。

 

「お前たちは間違っている。ならば俺はお前たちに味方しない。来るがいい、全員まとめて相手をしてやろう」

 

 どこまでも熱く雄々しく厳然と、光の奴隷は駆け抜ける。正しさの方へと振り切れ、自らが悪へと堕ちることを絶対に許さない。故にこの展開もまた分かり切ったことでしかなく──

 

『う、おおおォォォォッ!』

 

 あまりにも現実が見えていない大言壮語を吐く光の勇者(おおばかもの)、その気迫に中てられたかのように一人が大声をあげて飛び出した。釣られてさらにもう一人、二人、三人と、決壊した状況はもう止まらない。

 まるで怒涛のように敵も味方も入り乱れ、瞬く間に二十と一つが殴り合う混沌へと変わっていく。だがその実態は二十対一という信じられないような大乱戦であったのだ。

 

 ◇

 

 誰かが怒号を発し、そして誰かが殴られた。鈍い音が絶え間なく響き渡り、地面に伸びた不良少年たちの数も今や四人は超えているか。たった十分の間に血で血を洗うような闘争は更なる過激さを深めていた。

 

「なんだこりゃ、あり得ねぇだろ……」

 

 呟いたアルバートの言葉に嘘はない。それこそ目の前で繰り広げられる乱戦は、暴力と悪徳を是とするスラム育ちといえども見たことも聞いたこともないような滅茶苦茶さだったのだ。

 中心で大暴れしているのは言わずもがなヴァルゼライドである。彼はアルバートの仲間を手始めに殴り飛ばしたかと思えば、次の瞬間には敵対グループの一人を殴り倒す。本当に宣言通り、両グループを相手取って真正面から勝利しようとしているのだ。

 あり得ない、ふざけてる、なんだこれは──疑問と困惑ばかり胸中を支配するが、けれど現実に起こっている。仮にもグループの長だから今は一歩引いた視点で見れているが、あの中で実際に戦っている者からすれば余計に訳が分からないことだろう。

 

「アイツ、まさか今日のために対策してきやがったのか……?」

 

 拳を振るうヴァルゼライドの動きはあくまでも最小限だ。出来るだけ振りを小さく抑え、多人数相手に隙を晒さないようにしている。背後はそれこそ目でも付いているかのような警戒網で奇襲を防ぎ、いざ数人で肉薄すれば足払いでたたらを踏まされる有様だ。間違いない、大多数を相手取るための対抗手段を用意してきたのだ。

 どこまでも規格外、常識ではとてもじゃないが計れない。対策したことと、だから不利を覆してまで戦えることは全く別の事象である。殴り、殴られ、殴って蹴ってまた殴って、けれど同じくらい全身をしこたま殴られて。それでも、血を流しながらもヴァルゼライドは止まらない。正しい勝利をその手に掴むため、どのような不利でも諦めずに戦い続けているのだ。 

 

「そら、どうした──ッ!」

 

 また一人、ヴァルゼライドの拳によって地面へと転がされた。これで五人目、いいや既に六人目か。もうすぐ半分に手が届きそうなほどの勢い、相応に怪我も負っているが止まる素振りはどこにもない。

 これはいよいよ自分も参戦しなければ、本当に全滅してしまう──アルバートの背筋に冷たい汗が流れた。素面では信じられないような未来なのに、何故だか”ヴァルゼライドなら出来るだろう”と自然に感じてしまう。 

 

「馬鹿がッ……! またそれかよ、んなこと考えたら負けを認めてるようなもんだろうが……ッ!」

 

 それはまるで、孤軍奮闘する男をこそ信じているかのようで。

 そんな弱気に駆られた自分をどうにか戒め、ついにアルバートも戦線に加入せんと一歩を踏み出した。やはり長だけあって腕っぷしは当然強い。今もなお暴れまわるヴァルゼライドが相手だろうと不足はないはず。

 だからやはり、今この時は鋼の男しか眼中に入れてはいなかった。

 

「ちょっと待てよ、アルバート・ロデオン」

「づぉ……! なんだ、お前は──!?」

 

 そのせいで全く意識していなかった背後から思い切り殴られて、勢いのままにアルバートはつんのめったのである。

 どうにか受け身を取って背後を見れば、そこに居たのは見覚えのある少女だ。波打つ豊かな茶髪をうなじで括り、華奢な身体を粗末な服で覆い隠して立っている。ヴァルゼライドに比べれば吹けば飛ぶようにしか見えないが、その夕陽のような瞳に映る情熱だけはあの男とよく似ていた。

 

「お前じゃない、オレの名前はマルガレーテ・ブラウンだ。友達として、クリスの力になりに来た。そんで──」

 

 粗野な環境に似つかわしくない整った顔立ちの癖に、出てくる言葉はどこまでも男らしい。まるで少女の肉体に少年の心が入り込んでいるようだ。

 その奇妙な雰囲気に戸惑うアルバートの前で、マルガレーテと名乗った少女は憚ることなく輝く決意を宣言してのけた。

 

「今からお前を倒す奴でもある。しっかりと覚えとけ!」

 

 ◇

 

 深く息を吸い、そしてゆっくりと吐く。喧嘩の中心地に立っているという緊張感がオレを圧し潰しにきているが、それを気合で耐えて毅然と前を向く。大丈夫だ、かつての危機に比べればこれくらいはなんてことない。

 先ほどオレが殴り飛ばしたロデオンが背中の辺りを擦りながら立ち上がった。これまでクリスと共に鍛えてきた拳の一発ではあったが、やはりオレの貧相な身体では致命打には程遠いようだ。不意打ちをついてようやく多少痛む程度のダメージしか与えられないのだから、力量差は眩暈がするほど明白で。

 

 けれどオレの心の中には、絶望なんて影も形も存在してはいなかった。あるのはただ一つだけ、今も集団の中で燦然と輝く友から学んだ光だけだ。

 

「一応聞いといてやるが……まさかお前、俺に勝てるとでも思ってんのか? そりゃ不可能だ、止めときな」

「誰が負けるつもりで勝負の土俵に乗るかよ。不可能だって? 寝言はよせよ、人は心一つで不可能を乗り越える事だって十分可能なんだから」

 

 チラリと戦っているクリスの姿を見た。何人もの相手に囲まれてボコボコにされているというのに、痛みを気合と根性で耐えては逆に相手も薙ぎ倒している始末。まさに一騎当千に相応しい彼の姿を見てしまえば”自分には出来ない”と最初(ハナ)から諦めるなんて出来る訳がないだろう。

 そう、だから結局こうして戦いの場に赴いてしまった。クリスに言われたことは全部理解しているし、事実だとも認めているが──それがどうした? 彼が自らの道を貫き通すように、オレだってやりたいことを貫徹させるのだ。そうでなければ彼の友人として相応しいはずもない。友として大切だから守ってくれるのは光栄だし嬉しいが、それが絶対に正しいとは限らないのだから。

 

「だからオレはお前と戦う。友達一人に全部の苦労を押し付けて、それで自分は幸せだって? ──ふざけるなよ」

「ちッ……なんだか知らねぇが、俺と戦うってんなら容赦しねぇぞ。ちょうどこっちもイラついてんだ、憂さ晴らしくらいはさせてくれよ」

 

 いい加減にロデオンの方も我慢の限界らしい。腕を回してこちらを敵だと認識したようだ。

 喧嘩慣れしてるのは向こうだろう。単純な体格差や力の違いも大きい。ここでオレがこの男に勝てる道理なんて普通に考えれば一つも無いのだろうが……

 

「やってやるよ。積み重ねた努力は裏切らない、そうだろ? クリス」

 

 呟きながらもう一度、ほんの一瞬だけ戦うクリスへと視線をやった。ちょうどその時、彼もまたこちらを見た。

 一秒にも満たない刹那の間、互いの視線が交錯して。

 

 ──いいだろう、ならばやってみろ。

 

 怒りと呆れのない交ぜになったような瞳の奥に、そんな言葉が聞こえたような気がしたから。

 

「はぁぁぁァァァッ!」

 

 拳を構えてはるか格上の相手に無謀な突撃を開始した。

 向こうもいよいよこちらが本気と悟ったのか、油断なく拳を構えて迎撃の体勢を取った。おそらくこちらの一撃を耐えた上でカウンターを繰り出すつもりだろう。先ほどの不意打ちでオレの拳の威力はおおよそ割れてしまっている。

 だからロデオンまで残り二歩というところで、体格差を活かして逆に足元へと潜り込むように身体を屈めた。あちらからすればいきなりオレの身体が沈んだように見えただろう。鋭く息を呑む音と同時、こちらを振り払うように足が動く。

 

 だが遅い。蹴りをすり抜けたこちらの拳が相手のガードを抜けて太ももへと突き刺さる。その状態から一気にすれ違って背後へと抜けた。ロデオンは太ももへの痛みで一瞬反応が遅れているから振り返るだけで精いっぱいだ。

 

「このやろう……ッ!?」

「どうよ、オレだって少しはやるだろ!?」

 

 さらに振り向いたところを拳で躊躇なく殴る。腹へと入った一撃に思わず不良のリーダー格もうめいた。いくらオレの殴打が弱かろうと鳩尾に入れてしまえば無視できない苦痛となる。 

 それでも飛んでくる反撃は男の意地か。痛みを堪えながら飛んできた拳がオレのガードを上から貫通して痛みを与えてくる。咄嗟に後ろに下がって威力を殺したものの、やはり力の差は圧倒的。マトモに受けてしまえば即座に勝負が決してもなんら可笑しなことではないだろう。

 

「おらァッ!」

「こんのォ!」

 

 向こうは受け止めてからの反撃が許されるが、こちらは当然回避し続ける必要がある。理由はもちろん、そうせねばならぬから。受け止めることすらほんの数回で抑えなければ、ジワジワと削り倒されるのがオチである。

 それからも互いに拳と脚を振りぬき譲らない。殴って、見切って、受け止められて、どうにか受け流して、今度は蹴って、その繰り返しだ。だが、勝負は成り立っている。クリスと毎朝のように特訓を行っていたおかげだ。故にオレは今こうしてギリギリで対等の土俵に立てている、この事実が誇らしくてたまらないから、さらに自分を鼓舞するのだ。

 

 殴り、蹴って、殴られ、蹴られ。互いにどんどんダメージが蓄積してくるが、それでも意地で立っては戦い続ける。その果てに、僅かばかり全ての激突が止まった均衡状態が出来上がった。

 まるで最初の状態のように凪いだ状況の中で、心底不思議そうにロデオンがこちらを見据えていた。

 

「なぁおい、なんでお前はそんなに戦えるんだよ。女で、年下で、場数だって俺の方が遥かに上だ。なのにどうして、一歩も引かずに戦えてるんだ……!?」

「んなこと、理由なんざ決まってんだろ。アイツが居てくれたから、それだけだ」

 

 ”アイツ”と言いながら、今も向こうで戦っているクリスを目線で示した。もう残りは片手で足りる程度しか残っておらず、満身創痍なクリスはそれでも止まることを知らずに戦い続けている。この調子でいけばそう遠くない内にオレたちを除いた全員があそこで倒れ伏すことになるのだろう。

 だからこそ、オレはこいつをここで倒さなくてはならない。だってそうでないと、傷ついたクリスがコイツまでも相手しなければならなくなるのだ。きっとそれでも、疑うまでもなく彼は”勝利”するだろう。それこそ平然とした顔で、ボロボロになりながらなお。

 

 でも、勝てるからその過程を無視しても良い理由はないのだ。クリスはあまりにも雄々しくて格好良いから、その道を止めようとする気はない。そもそも簡単に止まってくれる奴ではない。

 けれど、一緒に並び立って少しでも負担を軽くしてやることは出来るはずだ。一人じゃなく、二人で協力する。こちらの方がより大きな力になるのは自然の道理なのだから。

 

 そんな想いを籠めた言葉に、ロデオンはといえば意外なくらい穏やかだった。まるで何かを理解しかけているような、認めようとしているかのような。自らの中で一つの結論を導き出そうとしているかのようだ。

 

「……一つ聞かせてくれ。クリストファー・ヴァルゼライドという男は、お前がそんなにも凄いと思えるような男なのか?」

「当然だ、アイツは眩しいくらい輝いてる奴だからな。オレたちなんかとは違うとも思っちまうけど、それでも一緒に並び立ってやりたい魅力がある。知ってるか? 当たり前のことを当たり前に続けるって実は滅茶苦茶難しいことなんだぞ」

「正しいことは、辛いことでもある……か。そうだな、そりゃそうだとも。こんな掃き溜めで生きてりゃ嫌でも分かる」

 

 不良少年は不良少年なりに、やはり世の不条理やどうしようもない痛みを知っているのだろうか。嘆息するように息を吐いて、だからこそ負けられないとばかりに再び拳を構えてみせた。

 

「だから俺は、お前らが気に食わないんだ。世の中なんてキツイことだらけ、他の誰より俺らスラム育ちは分かってる。なのになんでだ、どうしてお前たちはそうまで真っすぐ進めるんだよ。こんな所で過ごしてるんだ、俺らみたいに悪に走ったって、誰も責めはしないだろうに──俺たちは、そうはなれなかったのに」

 

 最後にポツリと零れた言葉こそ彼の本音なのかもしれない。けれどその意味を問う前に、彼の雰囲気が豹変した。

 次の一撃ですべて終わらせる、そう言外に伝えてきたから、オレも持ち得る全力で応えるまでである。どうにかして奴の顔面か腹に拳を叩きこんで戦闘不能にしなければ、俺にとっての勝利はない。 

 

「これで終わりだ」

「やってみろよ」

 

 売り言葉に買い言葉を叩きつけ、共に雄叫びをあげながら最後の吶喊を開始した。

 拳を振り上げた。向こうの方がリーチが長い。だから出来るだけ速く懐に潜り込む。

 小柄さを活かしてスルリと超近接戦(オメガファイト)の距離に入った。これで決める──覚悟を決めた直後、それを読んでいたロデオンが膝蹴りを繰り出した。強烈な一撃はオレの腹へと過たずヒットして、

 

「いや、お前も終わりだッ!」

 

 痛みで叫びだしそうな身体を気合一つで抑えることで、どうにか渾身の一撃を奴の腹へと見舞うことに成功したのである。

 

「う、ぐぅぅ……」

「いっ、てぇ……」

 

 互いにうめきながら同時に地面へと倒れ伏した。さすがにもう立ち上がれそうにない。かなり良い一撃を貰ってしまったし、蓄積されたダメージと合わせて完全にトドメとなっていた。

 さらにクリスたちの方も決着はついていたらしく、やはり全員が同じように地面へと倒れて伸びている。唯一血塗れのクリスだけは膝を付いてどうにか堪えているようだが、いくら意志力の大暴走があろうと身体の方は限界だろう。

 つまりはこれで二十二人を巻き込んだ大乱闘は幕を閉じたという訳だ。例外なく全員が倒れ伏す痛み分けな結果には乾いた笑いしか出てこない。

 

「ちっくしょう……まさかこんなひょろい女に相討ちされるとはな……」

 

 その中でロデオンが悔しそうに笑っていた。言ってることは小馬鹿にしているような口ぶりだが、口調はいっそ爽やかなくらい清々しい。負の感情を何も感じさせない素直な感想である。

 

「鍛え方が違うからな、鍛え方が。つーかなんだよ……そんなに悔しいか?」

「そりゃ悔しいけどよ……ちくしょう、こりゃ認めるしかないみたいだな。クリストファー・ヴァルゼライドに、マルガレーテ・ブラウン。お前たちは大した奴らだよ、すげぇ二人だ」

「き、急にんなこと言われても照れるっての……」

 

 気恥ずかしさを隠すようにそっぽを向いた。さっきまで殴り合っていた相手からいきなりこんな事を言われても、光栄だがどうにも調子が狂ってしまう。

 そんなオレの様子にやはりロデオンは苦笑したように唇を歪めた。それから純粋な瞳でこちらを見ながら一度口ごもり、さらに続きを口にする。

 

「なぁ、俺も今からお前たちみたいになれるのかな? 正しくて、強くて、真っすぐで、正直で……そんなすごい奴になれるのか?」

「それは──」

「無論、なれるさ」

 

 オレの代わりに答えてくれたのは、やはり威風堂々としたクリスの方だった。傷だらけの身体を引きずりながらこちらへとやって来ている。あの状態で動くなんて、もはや気力と意地の段階だろうによくやるものだ。

 力強くロデオンの言葉を肯定しながら近くまで来たクリスは、そのままオレの隣にどっしりと腰を下ろした。さすがに限界が近いのか肩で息をしながら、それでも鋼の有り様は少しも崩れていない。

 

「人を左右する要因とは、結局のところ心の在り方一つだけだろう。例え悪に走ろうと、後からやり直す資格自体は誰にでもある。ましてお前は俺が滅ぼすべき、唾棄するような悪でもない。いくらでも再起は可能だ」

「は、はははっ……そりゃまたなんとも、ありがたいお墨付きなことで」

 

 安心したような言葉を最後に、ロデオンは完全に気絶してしまった。

 これで後に残ったのはオレとクリスだけ。結果だけ見ればとんでもない大逆転勝利を収めたのだろうが……

 

「えっと、その……」

「……まったく、お前という奴は」

 

 取り敢えず喧嘩別れ同然のことをした目の前の親友と、腹を割って話をする必要がありそうだった。あれだけ感情的に振舞った後だとすごく気まずいけれど、逃げる訳にはいかないだろう……うん。


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