TS転生したら幼馴染が光の奴隷でした   作:生野の猫梅酒

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脚注機能ってこれ楽しいですね。


Chapter9  ”勝利”とは/Childhood's End

 アルバート・ロデオンが友人となってからは、光陰矢の如しと言わんばかりの速さで目まぐるしく毎日が過ぎていったと思う。貧民窟(スラム)という最低の環境でも住めば都なのか、慣れてしまえば友人たちと必死に日々の糧を稼ぐ生活にも楽しみは生まれてくる。

 ただ死に物狂いなだけでは決して手に入らない、光を仰いでいるからこそ理解できる”余裕”みたいなものを多く感じれるようになったのだろう。

 

 例えば──

 

「おい、今日の飯はこれしか無いぞ、どうするよ?」

「まあ待てレーテ、俺は実のところそれなりに食える草を知ってんだ。そいつ見つけりゃ凌げるだろ」

「そいつはいいな、んじゃ三人で探しに行くか!」

 

 そんな感じで空腹の中、アルの提案で野草を探しにスラムを走り回ったり。

 実際に食ってみたら驚くほど不味かった*1野草をクリスだけ真顔で食べていたのはいい思い出……ともいえないだろう。さすがにあの時はオレも止めた。何でも美味しく食べられるのは日本人的に高ポイントだが、我慢強すぎるのも考え物である。

 

 またある時は、スラムの中で不正な薬物を売り捌いていた闇業者を叩きのめしたこともあったか。蔓延する薬物被害の噂を聞きつけてきたクリスが、「ならば止めるしかあるまい」と飛びだしたのが発端だった。悪を許せぬ男の性は例えスラムだろうと巨悪でもって富を貪る輩を許せなかったのだろう。

 悪の根絶への執念と、それを原動力にした入念な下調べで薬物売買の現場を突き止めた後は早かった。およそ一月あまりでスラムでの活動人数や場所、さらに売買されている薬物まで調べた上での突撃である。

 

「そこまでだ、悪党ども。例えスラムだろうと他者を食い物にしてよい理由はない」

「結局こうなるのかよ……ここまで来たら最後までとことん付き合うけどよ」

「そうだアル、覚悟決めろよ。オレたちが足引っ張ったら勝てるもんも勝てないぞ」

 

 そこから先は語るまでもないだろう。当時十二歳くらいだったクリスを筆頭に、オレたち三人だけで現場に乗り込み大人五人を相手に大立ち回りを演じてしまったのだ。子供と大人の無謀な争いは、けれどクリスという圧倒的な男の前に打ち滅ぼされる運びとなる。拳も刀剣も銃も英雄の前には等しく無意味、オレとアルで一人づつ相手取っている内に三人が地面に転がされていたのだ。

 

「で、こいつらはどうすんだよ? 殺すか、それとも警察組織にでも突き出すのか?」

「それが一番だろうな。かつてのようにただ殺せば全て良し、そういう話でもないだろう。むしろその根幹をアドラーには絶ってもらわなければ困る」

「その口ぶりだと既に誰か殺してんのかよお前ら……いや、今はいいさ。それなら縛ってスラムの外にでも放り出しときゃいい。ついでに薬も隣に置いときゃ軍に連れてかれるだろうよ」

 

 こうして自警団じみた行いをしてスラムの秩序を守ったこともある。まあ所詮は大海の一滴、一つの悪を防いだところでオレたちの自己満足以外の何物でもないのだろうが……それでも、意味はあったと信じている。光は光で闇は闇、寿がれるべきはこうした行為の積み重ねなのだから。

 

 あとはアレだろうな、性別的な意味で騒いだりもした。オレとクリス、アルの三人は男女の違いが当然ある訳なのだが、それでギクシャクしたことは一度もない。こっちは別に女っぽい所作をしようとは欠片も考えていないし*2、向こうも()()()()()感情を表に出したことは一度もない。クリスは理解できるが、アルまでそうだ。

 

 ……自画自賛だが結構顔は良い方だと考えているだけに、ちょっと悔しかったのは内緒だ。なのでそれとなく理由を聞いてみたら、思いっきり呆れられたのは今でも覚えている。

 

「いやだってなぁ、不良相手に殴り合いする女なんざ普通いねぇって。それを異性として見れるか? 冗談は止してくれって」

「お前なぁ……! それはそれですげぇ複雑だぞおい*3

「仕方ねぇだろ、恨むんなら男らしすぎる自分の性格を恨めっての。つかなんでそんなに男勝りなんだよ、メスゴリラとか呼ぶぞ」

「よっしゃアル表でろ!」

 

 その後は夕暮れまでじゃれるような取っ組み合いを続け、戻ってきたクリスに真顔で仲裁されて事なきを得た。その後は普通に笑い合ってギクシャクしたりはしなかったので、これも良い経験だったのだろう。

 それに言われてみれば、オレの出自もかなり不思議なものである。聞いた話だとクリスもアルも物心ついた時にはこのスラムで生きていたらしく、親のことなど少しも知らないのだという。その中で知識などを持っているオレの事はどこぞのお嬢様が落ちぶれた成れの果てと考えていたとか。それが粗末な暮らしの反動で今のようになったのかな、なんてぼんやり考えていたらしい。

 もちろん真実はもっと不可思議で説明し辛いものなのだが、言ってもどうしようもない。なので二人の考えに便乗し、心苦しいがそういった過去ということにしておいた。良好な関係にはささやかな嘘も不可欠だろう。

 

 他にはまあ、男女の体の違いで恐れていた毎月の()()関係でやっぱりドタバタしたものの、特段おかしな関係性になったりすることもなく。

 オレたち三人はどうにかこうにか貧民窟(スラム)の中で生き延び、時には戦ったり騒いだりもしながら、気が付けばそれなりに年齢も重ねていたのである。

 

 ◇

 

 新西暦一〇〇九年。オレたちは未曽有の危機に直面していた。

 

「よし、今日の稼ぎはこんなもんか……そっちはどうよ、アル?」

「微妙だな、ぶっちゃけ今の俺たちには全然足りねぇ。なんせ腹空かせてばっかだしなぁ」

「だが泣き言をいったところで状況は改善しないだろう。いざとなれば、雑草に噛り付いてでも腹を満たすしかあるまい」

 

 すっかり住み慣れたスラムの廃ビルにあるねぐらにて、オレたち三人はランプの灯りの下で顔を突き合わせている。揺れる炎に照らされるアルの顔は深刻そうで、たぶんオレも似たような表情をしているだろう。クリスもまた普段の鉄面皮の下で困ったような雰囲気を隠せてはいない。

 議題は単純で、オレたちが満足に食料を得るにはまるで金が足りないのだ。数年前まではまだ身体も小さかったし成長期に差し掛かる前だったから良かったが、現在オレが十四歳でクリスとアルが十五歳だ。おそらくもっとも食べ盛りな時期に差し掛かってしまい、ここ一年の間に目に見えて食料消費量が増え始めている。スラムだから食ベもので困るのは当然なのだが、逆に何とか出来なければ当然の餓死が待っているという状況だ。

 

「ここがオレ……じゃない、()たちの正念場ってところか。マジで近いうちに何とかしないと、私たちも他の奴らと同じ末路だぞ」

 

 この貧民窟(スラム)で成人できる奴なんてほんの一握り。ほとんどは真っ当に生きることもできず、誰かの食い物にされ、最後は野垂れ死んで消えていく。忘れてはならない、ここは人が生きる最悪のどん底なのだ。この無情さこそ本来の道理であり、オレたちのような存在こそ異常なのだと。

 そういう訳でこの状況を何とかしないと、いくら真面目に頑張ったところでオレたちの末路は死あるのみなのだが……アルはニヤニヤ笑ってばかりだ。クリスですら物珍し気な視線を隠そうともしない。

 

「……なんだよ?」

「いいや、お前がまさか”私”なんて言い出すから驚いちまってな。似合ってないっつうか、意外にしっくりもするっつうか……不思議な感じだな」

「お前がどうだろうと俺は別に構わんが……確かに、やや面食らったのは事実だな」

「ぐぬぬ、やっぱオレが私なんて言うのは違和感あるか……」

 

 わかっちゃいる、オレだって結構妙な感覚はあるのだ。これでは本当に女性らしくなっていると思う。その事実がちょっと怖い。

 けれど、現実的に考えて”オレ”なんていう女性なんざいない。むしろもしオレが遭遇すれば間違いなくドン引きする。なので状況に応じてせめて切り替えができるように”私”という一人称にも慣れようと考えていたのだが、やっぱりこうなるか。

 

 だが今はそんなことを言っても仕方ない。

 

「残ってる金はパンを数個買える分、私たちが金を稼げる仕事は限られてるし実りも少ない。遅かれ早かれ食料の需要と供給が崩壊するだろうし、そうなりゃマジでクリスが言ったみたいに雑草噛り付いて生きるしか道がないな」

「どうすっかなぁ……さすがに盗みを働いてってのはアレだしよ。かといって俺たちがマトモに金を稼ぐ手段がそう簡単に転がってるとも思えねぇ」

 

 やべぇなこりゃ、詰んでる──アルが嘆息混じりにそうまとめた。

 これがスラムの怖いところだ。ほんの少し前まで順調に生活できたはずなのに、気が付いた時には崖っぷちに立たされている。そこから逆転する手段など数少ない。奇跡に賭けて耐え忍ぶか、犯罪に手を染めてでも生き抜くか。どちらにせよ未来はあまりに暗いだろう。

 食糧管理とかちゃんとやって来たはず何だがなぁ……今更後悔しても後の祭りだ。そもそも生きてくことが綱渡りなのだから少しでも計算が狂えば全て破綻する、分かっていたことだろう。

 

 この世の中、正道を歩んでいれば全て良しでは断じてないのだ。気合と根性、それに折れない心があれば道が開けるというのはファンタジーでしかない。もちろんオレは信じているが、心一つじゃままならない現実があるのも受け止めなければ。

 

「──いいや、一つだけ道はある」

 

 その時、クリスが重々しく口を開いた。自然とオレとアルの視線もそちらへ向く。

 子供から少年へと成長したクリストファー・ヴァルゼライドは、もはや侮ることなど不可能な風格を醸し出している。独力ながら極限まで鍛え上げられた身体と、決意を宿した瞳は一目で”違う”と理解させて余りある。例え着ている服がオレたちと同じ襤褸だろうと天性の強さは一つも損なわれてはいないのだ。

 

「アドラー帝国軍、そこに入隊する。正式な軍人となってしまえば当座の内は問題ないだろう」

「帝国軍に──」

「入隊、か……」

 

 そんな男が提案してきた道とは、オレたちも考えたくらいある意味で当たり前の方針だった。

 スラムの生まれは例外なく屑である──そんな風評こそ一般的だろうし、オレたちも否定はしない。だがそのせいでマトモな職にもありつけず、金を貯めてスラムを脱出なんて夢のまた夢なのだ。

 しかし幸か不幸かこのアドラー帝国はガチガチの軍事国家であり、四方八方に喧嘩を売っては領土を広げる侵略国家でもある。なので軍事力の拡大に余念がないし、スラム出身だろうと幅広く軍人を募集しているのが実情だ。よって帝国軍の門戸を叩けば入隊できる可能性自体はかなり高いし、上手く軍人になれれば衣食住は保証されることだろう。

 

 しかし、そう上手い話だけでは終わらない。アドラー帝国は軍事国家であると同時に血統主義*4の国でもあり、どうやらスラム育ちは下賤な血ということでマトモな扱いを受けないとか。オレたち以外にもスラムから軍へと志願した者は多いらしいが、誰もが一番の激戦区である東部戦線*5に送り込まれ、そして死んでいくと聞く。

 

 そんな訳でアドラー帝国軍に入隊するのは最後の手段、というより敢えて候補から除外までしていたのだが……ここでクリスに現実を突きつけられてしまえばしょうがない。もはや目を逸らすことなど不可能だった。

 

「まあ確かに、上手いこと武勲を挙げて出世できれば最高なんだろうけどよ……かなり難易度高いぜ、それはよ」

「だがここでいつまでも悩んでいたところで状況は変わらない。ならば行動を起こすしかないだろう」

「なるほどな……確かに一理あるか。アドラーで地位を手に入れるにはやっぱ軍隊で成り上がるのが一番手っ取り早い。後はオレたちの頑張り次第でどうにかなるって寸法だな」

「その通りだ。そしてその”頑張り次第”こそ、俺たちが最も得意とすることのはず。違うか?」

 

 問いの形ではあるが確信に満ちたその言葉に、オレとアルは揃って頷くしか出来なかった。

 確かに苦しい道になるだろう。簡単に死んでしまうような戦場に送られることは必至だし、どうにか足掻いて生き残ってもそう簡単に出世すらできるかどうか。

 だが、それこそ今のオレたちの日常だった。気を抜けば死ぬような世界での綱渡り、住めば都と言っても限度はある。良き友人たちと過ごせたから良い思い出になっているだけで、普通に考えて悲惨も良いとこな環境で生きのびているのだ。

 

 そんな劣悪な中で成長した仲間にして、おそらく誰よりも輝いている男が”お前たちならば可能だろう”と告げているのだ。これで奮い立たないならば男じゃない、そう確信できる重みを含んだ言葉である。

 ならばやるしかないだろう。元よりオレは彼の友人として並び立ちたいと願ったのだ、ならばその背中を追いかけるなど至極当然でしかない。アルにしたってここに来て「やっぱり俺は遠慮する」なんて言ったりする気はないだろう。

 

「”勝利”とは、何だろうな──」

 

 ふと、クリスが口を開いた。誰よりも勝利を求め、鋼の心を有する彼らしくない惑うような呟きだった。

 

「誰もが求め、手に入れようと足掻き、積み上げていく勝利の栄光。だが一度それを手にしたが最後、二度と敗北することは許されない。何故なら、勝者とは勝利の分だけ敗者の嘆きと無念をも背負うことになるからだ」

「……そうかもしれないな。正しいことは辛くて、痛くて、目を背けてしまいたい。たった今までオレとアルが、最も困難な道を避けていたように」

「ならば勝利とは忌むべきものなのか? それとも開き直って全ての勝利を手に入れるべきなのか……難しい話だな。つーかいきなりどうしたんだよ、クリス?」

 

 ”勝利”とは、なんて随分と抽象的かつ哲学的な話題である。不意にその話題を出してきたクリスの意図が分からず、不思議そうな表情をアルはしていた。オレからしてもどのような考えがあるかはわからない。

 

「俺は今まで勝利だけを目指して一心不乱に駆け抜けてきた。悪を倒し、生き残るという単純明快な理論を胸に勝利を手にしてきた。しかしこれから先は違うだろう。ただ簡潔な勝利だけで良いのか? 勝利することが逆に悪を喜ばせることになるのでは? これまでと違う環境に飛び込むからこそ、”勝利”に普遍的な概念など無いと思い知ったのだ」

「そういうことか。なら、それこそ簡単な話だろ? オレたち三人で”勝利”の在り方を見つければ良い。『”勝利”とは、何だ?』──なんて高尚な悩み、一人で解決する方が無理だろうさ」

 

 オレたちは決して完璧ではない。それはクリスという凄い奴ですら同じことで、時には道に迷ったり困ったりもするだろう。それが人として当たり前だ。

 でも、そういう時に助け合ってこその友人である。もしかしたらクリスは知ったことかとばかりに一人で突き進んでしまうかもしれないが、その時はその時で追いかけるだけだ。かつてオレはクリスに助けられたのだから、こういう時はお互い様である。

 

「ま、要は全員で助け合えば乗り越えられない困難なんざ無いって事だろ! なら良いさ、どんな地獄でもやってやろうじゃないか、なぁレーテ?」

「そういうこったな。どうせ今までも生きるか死ぬかの生活だったんだ。なら、今更どんなとこに飛び込んだった変わりはしないっての」

「お前たち……ならば、取るべき道は決まったな」

 

 最後はクリスの一言によってオレたちの今後は決定付けられた。アドラー帝国軍に入隊し、そこからどうにか成り上がり生き延びる。キツイことは確定しているが乗り越えるしかないだろう。

 ぶっちゃけると想定していたスラム脱出とは掠りもしない大胆さだが、きっと大丈夫だ。だって尊敬するべき友と、共に頑張れる友にオレは恵まれているのだから。ならば不可能なことなど何もない。

 

 ”勝利”とは、一体どのようなものだろうか。共に並び立ちたいというオレの誓約と同じなのか、違うのか、何一つとして分からない。まるでこれからの未来のようで、ふと不安になることもあるだろう。

 それでも、足だけは決して止めてはならないのだ。勝算だとか予定だとか、そういうモノは一切合切無視して良い。大切なのは前に進み続ければ、きっとたどり着ける地平があるということ。その体現者が隣に居るのだから、どのような環境であろうと進むことに間違いはないのだ。

 

 いつか抱いた夢、このスラムからの脱出。本当はちまちまと金を貯めて、それを元手に身だしなみを整え、どこかで雇ってもらう──なんてことを考えていたのだが。ずっとずっと波乱万丈で、けれど誇らしい生き方の道へといつの間にかシフトしていたようだ。 

 

 その契機が何であったのか──今更語るまでもないだろう。

 

*1
後から聞いた話だが種類を間違えたらしい。ひどい話だ。もちろん後でアルは締め上げておいた。

*2
その割にはスカート履いたりしてるが、服装をえり好みしてる余裕はないのでとっくの昔に諦めた。慣れればそこそこ動きやすいのが救いだったな。

*3
こう、男から好かれたいなんて願望はないけど、それはそれとしてせっかく美少女に生まれたなら綺麗にみられる方がやっぱ良いというか……自分で言ってて面倒くさい話である。ホントにどうしてこうなった。

*4
いつかにニュースペーパーでその名を目にした”アマツ”の名が有名だろう。さらに他にもたくさんの貴族が居て、家系がそのまま地位に直結する風通しの悪い国のようだ。

*5
日夜アンタルヤ商業連合国とドンパチやり合っている最前線。ここから将校へなる者もいるにはいるが、多くは死者として明日のニュースペーパーに掲載される羽目になる。




ちょっと予定を変更して、次回からは青年期・東部戦線編に入ります。
が、その前に政府中央棟(セントラル)で基礎教育でしょうかね。

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